三題噺「濡れ髪」「陰影」「硝子細工」
「まったく、君はなんて羨ましい奴なんだ」
隣を歩くイケメン、松風京四郎はそう言うと恨めしげにこちらを見てくる。学校の廊下を歩く今も、すれ違った女子たちが携帯電話で写真を撮る音が聞こえてくる。
「そう言うのならお前が代わりに殴られれば良かったのに……アツッ」
ため息をつくと先ほど殴られた頬にピリッとした痛みが走る。
「何を言っているんだ! 君は今、いかに素晴らしい体験をしたのかわかっていないのか?」
京四郎がなにやら熱く語りだす。しかしそうは言っても、
「……ただ偶然パンツを見て殴られただけだろ」
「わかっていない! 神の悪戯で舞い上がったスカートを最初から最後まで見ることのいかに困難なことか! 普段スカートの生み出す陰影に包まれた秘密の場所が、その神秘のベールを脱ぐ僅かな瞬間! それは硝子細工のように繊細で、見逃せば二度と出会うことのない幸運なんだぞ!」
周りの女子の視線など物ともせずに熱く語る京四郎。どうしてこんな変態じみたことを普段から言っているのにこいつはモテるのだろう。イケメンに限って何か魔法でも使えるのか?
「まあ、確かにお前にとっちゃあ凄く幸運かもしれないけどさ。俺は殴られるくらいなら見たくないぞ」
「……それは僕に喧嘩を売っているととって良いのかな? パンチラを目撃して殴られる、これはラブコメの王道だぞ! ここから愛が生まれると言っても過言ではない! 見たから殴られるのではない! これは愛の試練なんだ。殴られることで生まれる愛のため、僕たち男は女の子のパンツを見るのだあぁぁぁぁぁ!!!」
……京四郎の背中に大きな爆発のイメージが一瞬見えた。きっと疲れているんだな、俺。
「聞いているのか司君! ああ、全く僕は君が羨ましい!」
熱く語りすぎたのか京四郎の髪が汗で濡れている。京四郎が濡れ髪をかきあげる度、周りの女子の持つ携帯電話のカメラのフラッシュが光る。徐々に廊下を埋め尽くす女子も増えているようだし、俺もいい加減面倒になってきた。だからつい聞いてしまった。
「……なあ、京四郎。なんでお前こんなにモテてるの?」
「僕が、モテてる……だと?」
突然、京四郎の顔が蒼白になり、唇がわなわなと震えている。地雷を踏んだと思った時には遅かった。
「ふざけるなよ! 君以外は僕を罵らない、君以外は僕を貶めない、君以外は僕を殴らないし、僕をそんな冷たい目で見たりしないのに? そんな僕がモテるだって? 笑わせちゃいけないよ!」
そう、校内一の変態でドMなイケメンは声を荒げて言った。
「父親にもぶたれたことないのに……! さあ! 僕を殴れ、司君! この憐れな僕を殴れるのは君だけなんだぁぁぁ!」
「一人でやってろ、この変態があぁぁぁぁぁ!!!」
携帯電話のフラッシュに照らされながら京四郎が廊下を恍惚の表情で転がっていく。ああ、誰か俺と代わってくれ。
三題噺「濡れ髪」「陰影」「硝子細工」