太平洋、血に染めて 「あの夕陽が憎い」
エピソード「ばるす!」のチャプター2の直後(エピソード「戦士たちの
夜」の約二時間まえ)に起こった出来事です!!
なお、完全版には収録されない模様!!
大五郎は床に置いた赤いトレーラートラックのおもちゃを手で押しながら走らせた。狭い艦内通路は、まるでアリの巣のように入り組んでいて、うっかりすると乗組員でさえも迷子になることがある。だから、大五郎は食堂と甲板以外にはあまり行かないように気をつけていた。
「さいばとろん、しゅつどう!!」
大五郎はトラックのおもちゃを走らせながら、そのまま甲板に通じるタラップのほうへ向かった。
左舷のタラップを上がって甲板に出ると、空はまっ赤に染まっていた。とてもきれいな夕焼け空である。大五郎は艦首中央の甲板にあぐらをかいてトレーラーを人型形態に変形させた。
「とらんす――」
そのときである!
「エイドリアーン!!」
何者かの雄叫びが大五郎の声をさえぎった。
大五郎は声のしたほうをふり向いた。空母の舳先。オレンジ色の夕陽に重なる黒い影。
「エイドリアーン!! I LOVE YOU!!」
夕陽に向かって叫んでいる男は、上半身が裸だった。陽の光を受けて男の汗ばんだ体がキラキラと光っている。それにしても、すごい筋肉である。まるでプロレスラーだ。
――ガチャッ
「あっ」
しまった。ついボーッとして手がすべってしまった。大五郎は甲板の上に落ちたおもちゃを慌てて拾い上げた。
「だれだっ!」
男が上半身を捻ってふり向いた。
「ひっ?!」
大五郎は弾かれたように立ち上がった。男は体を捻ったままの姿勢で警戒している。おどろいてとっさに身構えただけなのか、あるいは偶然なのか。彼の格好は某ロボットアニメに登場する木馬の艦長が「殴ってなぜ悪いか?!」のシーンで見せたポーズとおなじだった。
「ごっ、ごめんなさい!!」
大五郎が謝ると、男は腰に手を当てて少しうつむき、肩をゆらしながら首をふった。
「べつに謝ることはないさ。ぼうやは、なにも悪いことはしていないんだからな。むしろ、謝らなくちゃならないのはおじさんのほうだ。ごめんよ、ぼうず。おどろかせてしまって」
見かけとは裏腹に優しそうな人だ。大五郎は男のところへ駆け寄った。
「おじさんは、なにをさけんでいたの?」
「え? ああ、あれは……」
男が少し困った顔で言葉を詰まらせた。肩まで伸びた黒い縮毛に、黒いバンダナ。そして目尻のさがった彫りの深い顔。どこかで見たような顔だ、と大五郎は思った。
男は哀しい目で夕陽を見つめている。
「……エイドリアン」
男が小さくつぶやいた。
「えーどりあん?」
大五郎は男の顔を見上げたまま首をひねった。男は、だまって大五郎にほほ笑んだ。しかし、どこか寂しそうな表情である。
「俺は……俺は、エイドリアンのもとに帰るんだ」
そうつぶやくと、男はふたたび夕陽に向きなおった。
「この太平洋を泳いで、彼女のもとに……。この苦難を乗りこえたとき、俺がただの〝ゴロツキ〟じゃないってことをはじめて証明できるんだ」
「だめだよ、おじさん。あぶないよ」
「危険はもとより承知の上さ。だが、俺は逃げるわけにはいかないんだ。俺は、ゆかねばならないんだ」
「でも、おじさん。このうみには……」
人喰いザメがいる。大五郎はそう言おうとしたが、男の固い決意に燃える瞳を見て思わず言葉を呑み込んだ。この男の覚悟は本物だ。たとえ大統領であろうと、彼を止めることはできないだろう。大五郎は、そう直感するのだった。
ところで、お互いにまだ自己紹介を済ませていなかった。男に名前を尋ねるまえに、まずは自分が名乗ろう。大五郎がそう思ったときである。
「エイドリアーン!!」
男がふたたび叫びはじめた。夕陽に向かって、二度、三度と叫びつづける。
「エイドリアーン!! アイラッビュ!!」
そして次の瞬間、ふいに男が甲板を蹴ってあたまから海に飛び込んだ。
「えっ?!」
とつぜんの出来事に、大五郎は一瞬戸惑った。まさか、本気で泳いで帰るつもりなのだろうか。無茶だ。あまりにも無謀すぎる。
「おじさーん!!」
男はふり向かない。まっ赤な夕陽に向かって、ひたすら泳ぎつづける。
大五郎は舳先に座ってヒザをかかえながら、しばらくぼんやりと眺めていた。夕陽が水平線に沈みかけている。その夕陽の中を泳ぐ男は、もう米粒よりも小さくなってしまった。
はたして、彼は無事に太平洋を渡ることができるのだろうか。
「おじさん……」
大五郎にはわかっていた。この蒼い砂漠を泳いで渡ることなど不可能だということを。きっと、あの男も〝やつ〟の餌食に……。
大五郎がそう思ったときである。
「あっ!」
大五郎は立ち上がって海面に目を凝らした。なにか海面の下から突き出している。大五郎の正面、ちょうど男と空母のあいだのところだ。
「きっ、きた!」
やつだ。
「くわれる!!」
大五郎は三角形の黒い背ビレを指さしながら叫んだ。
だいたい法定速度で走る車ぐらいのスピードだろうか。黒い背ビレは静かに海面を走りながら、まっすぐ男に向かってゆく。しかし、男は気づいていない。
「おじさーん!!」
だめだ。男の耳には大五郎の声が届いていない。男は夕陽に向かって泳ぎつづける。そのあとを黒い背ビレが追いかける。やつは一定の速度を保ったまま、じわじわと距離を詰めてゆく。
「まぶしいっ!」
大五郎は夕陽の光を掌でさえぎった。
海が紅い。夕陽に照らされて、海がまっ赤に燃えている。血の池地獄のようにまっ赤な海を、男が泳いでいる。そして黒い背ビレは、男のすぐ後ろまで迫っていた。
「あっ?!」
男が消えた。
「くわれたーっ!!」
大五郎は飛び上がって絶叫した。
黒い背ビレは法定速度を維持したまま、まっすぐ夕陽に向かって走りつづけている。進路を変えることなく、まるで何事もなかったかのように走りつづけている。紅い海を切り裂きながら、どこまでも……どこまでも……。
「じんせいの、むだづかいだ!!」
大五郎は夕陽に向かって叫んだ。水平線の向こうに届くぐらい大きな声で、ちからいっぱい叫んだ。
エピソード「あの夕陽が憎い」
おわり
太平洋、血に染めて 「あの夕陽が憎い」
エピソード「戦士たちの夜」へつづく!!
*エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=dJBTyaXCiXA
https://www.nicovideo.jp/watch/nm9432314(予備)
*提供クレジット(BGM)
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https://www.youtube.com/watch?v=OJCP8aFZgog
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・愛しのエイドリアン(ゴロツキのキャラクターソング)
https://www.youtube.com/watch?v=km14YBrIKCE
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4457330