三題噺「ドラムンベース」「カナリア」「架空」

 扉についた鐘が鈍い金属音で店内に来客を知らせる。
 薄暗い店内にはどこで使われていたのかわからない古文書や巻物、架空の物とされている武器や装飾品がとろこせましと並べられている。アジア系のお香だろうか。天井から吊り下げられたカラフルなペルシャ織物とあいまって不思議な空間を作り出している。そんな店内のくねくねとした細い通路を大きなリュックサックが通る。まるで自分の店のように、商品に一切ぶつかることなく奥まで進むと、大きなリュックを背負った小柄な人物はカウンターで止まった。
「ごめんくださーい」

「これはカナリア文字だね」
 虫眼鏡を覗き込みながら、ボブ・マッケンガーは事もなげにそう言った。
「カナリア文字、ですか」
 ボブの言葉を繰り返しながら、トット・ルーニーは聞きなれない単語に首をかしげる。
「そう、かつてイギリスの炭鉱地帯で使われていた言語で無意味な文字の羅列が多く見られるのが特徴だ。ほら、ここを見てごらん」
 そう言うと、柔和そうな顔の男は顔見知りである未熟な考古学者の卵に、コインに書かれた文章の一部を指差した。そこにはさながら文字がリズムを刻むように、同じ文字が連続しては途切れてという周期的な書かれ方をしていた。
「カナリアという鳥は常にさえずっているという。だからこの無意味な文字群、さしずめ本文を装飾するようなドラムンベースのような文字群が常に存在することがこの言語の一番の特徴なんだ」
「はあ、そういうもんなんですか……」
 トットはいきなり饒舌になった男に尊敬と困惑の目を向けながらさらに質問する。
「あの、それで……なんて書いてあるんです?」
「さあ? なんて書いてあるんだろうね、これ」
「え? あの、ボブさんはこれが読めるんじゃないんですか?」
 予想外の返答に眼鏡の少女は思わずカウンターに身を乗り出した。
「いや、だって何百年も昔の言語だよ? 僕は考古学者じゃない。ただのしがない骨董屋さ」
 自嘲しながら短い髪を軽くかくと、ボブはおどけた調子で若い考古学者見習いの肩を叩く。
「第一、これは君に出された課題だろ? 僕なんかが解いて良い代物じゃないよ」
 それとも、と若い骨董屋はその端正な顔で軽く微笑んで、
「もしかして、僕に会いたかったとか?」
「なっ! そ、そんなことありません!」
 途端にうっすら朱色がかったトットの顔が真っ赤に染まる。どうやら少なからずそういった気持ちがあったようだ。
「べ、別にボブさんに会いたくて相談したわけじゃな、ないと思います……」
 トットは否定しようとするもの、自信が持てなくなりだんだんと声が小さくなる。
 骨董屋でもあり、少女の叔父でもある男はそんな姪っ子の少女の頭を優しく叩く。
「さ、そろそろ閉店の時間だ。ま、こんなことで良ければいつでも聞いてくれよ」
 少女の温かくて小さな手を取るとそっとコインを握らせる。
 そして大きなリュックを背負いなおすと、小柄な若い骨董屋は店番の少女に別れを告げた。

三題噺「ドラムンベース」「カナリア」「架空」

三題噺「ドラムンベース」「カナリア」「架空」

扉についた鐘が鈍い金属音で店内に来客を知らせる。 薄暗い店内にはどこで使われていたのかわからない古文書や巻物、架空の物とされている武器や装飾品がとろこせましと並べられている。アジア系のお香だろうか。天井から吊り下げられたカラフルなペルシャ織物とあいまって不思議な空間を作り出している。そんな店内のくねくねとした細い通路を大きなリュックサックが通る。まるで自分の店のように、商品に一切ぶつかることなく奥まで進むと、大きなリュックを背負った小柄な人物はカウンターで止まった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-04-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted