裏側の家

 夢の中で、家の奥の壁だったところにドアがあるのを見つけることがある。
 そのドアは後から建てた祖父母の家に繋がるのだが、夢の中では異世界への入り口になっている。二階に上がると、部屋が増えていて、しかも母屋の方へと拡張されている。空間がねじれている。
 私はそちらにもう一つ自分の部屋を持っていいことになっていて、新しくできた部屋を見て回る。色調も壁紙やカーテンの趣向も、部屋ごとに随分と異なっている。花柄の壁紙にレースのカーテン、ウッド調の部屋。漆喰の壁に深緑の扉のシックな部屋。丸いブラケットライトの暖かい間接照明で、アンティークな金房のついた刺繍カーテンの部屋。どれも魅力的で好みで、目移りしてしまう。次から次へと見ていくうちに、母屋の存在を無視して拡がるもう一つの家の奥へ奥へと、私は迷い込んでゆく。そしてそのうちに、いつまでもそこにいたくなる。元の世界には戻りたくなくなってしまうのである。
 インテリア雑誌のモデルルームや高級ホテルの客室など、完璧にコーディネートされた空間の写真を眺めるのが好きだ。生活感のない、人間が映り込むことを許さないような、静止画的にデザインされ完成された美の空間。現実世界でそんな部屋に泊まってみたいという憧れはないのだが、いくらでも見入ってしまう。そうしてなめ尽くすように鑑賞した写真の印象が蓄積されて、夢に現れているのかもしれない。
 夢見は良くなく、ほとんどが悪夢である私にとって、印象的で美しく、幸福な気分を覚えるその夢は、数少ない「好い夢」である。けれども二度、三度と見るうちに、あまりにも居心地がよいことに、危険な香りも覚えるようになった。長時間はもたない夢で、いつも探索の途中で目覚めてしまうのだが、そのまま夢から覚めず、あちらに居続けたら、どうなるのだろう。私はそれを、「裏側の家」と呼んでいる。

裏側の家

裏側の家

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-27

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