血潮

血潮

茸人情小咄です。縦書きでお読みください。

 今日も雪です。これで二日間降りっぱなし、身の丈ほど積もっております。そのような中、提灯屋の志の助が、八茸爺さんの家を訪ねています。冬の間は犬の梅も家の上にあげてもらって、猫の梅と一緒に猫のように丸くなって火鉢の脇で寝ています。
 「紅さんの提灯がおかげさんでよく売れておりやす」
 「紅はなかなか絵が上手だし、茸をよく知っておるわい」
 紅は茸取長屋の蓑吉の女房で、紅天狗茸を栽培いたしております。その時期になりますと、それを見にたくさんの人が訪れます。桜見物ならぬ、茸見物と評判でございます。
 「近頃は、お侍の家から、こういう茸の絵が書かれた提灯を作ってくれなんて、注文も舞い込んできやす」
 「そりゃあ、いいじゃないか、それで今日はこんな雪の中なんぞ用かね」
 「へえ、実はあっしのことではないんですがね、あるお得意の家で、ちょっと騒動がありまして、そこの主人が、あっしに誰か相談できる人を紹介して欲しいというんで、来たわけで」
 「わしのところに来るということは茸にかかわることかな」
 「へえ、そうなんで」
 「それでどんなことだろう」
 「その主人の話では、真夜中、部屋の中が急に寒くなってきましてね、冬だから寒いのはわかるが、そのために厚い布団をしつらえて、そこにもぐりこんでいるのにそれでも寒いというのは何だと、目を覚ますと、顔に冷たいもの落ちてくる。真っ暗で見えないが雪のようだ。部屋の中で雪など降るはずがない。これは夢だ。と思っていると、目の前に薄赤ぽい、小さな茸がふらふらと宙に浮いている。それが雪の降った日は必ず現れる。いつぞや七日も降り続いた時には毎晩、茸が宙に浮いた。そのうち、鼻の上に止まってしまう。手を伸ばしたら、確かにそこに茸がある。夢にしてはあまりにも本当すぎる。それで悪さをするっていうわけでもないが、何かを言いたそうだ。何とか茸のいうことを理解してやりたい、そうしないと、寝不足にもなってしまう、志の助さん誰か相談できる人はいないかって、わけでして」
 「なるほど、お会いしても良いが、わしの手に負えないときには、紅さんに聞いてもみよう」
 こうして、志の助は、夜になると茸が現れるという、紙を作って売る白屋の主人を連れてまいりました。白屋の先代は京都から、殿様の奥方様がお呼びになった方でした。奥方様は茶子様とおっしゃいますが、お茶がお好きで、茶畑を山の麓に作られました。それだけではなく、絵を描かれますので、紙を作る人をお呼びになったのでございます。
 「白屋さんこちらでございます」
 外で志の助の声が聞こえます。
 「ずい分奥まったところに住んでいるんですね」
 「八茸さんは、茸の神様みたいなもんで、きっとお悩みもわかりますよ、さて、ごめんなすって」
 入口の戸を開けて、志の助が入ってまいります。その日、雪はやんで、お天道様が顔を出しております。
 「はいはい、いらっしゃい、待っていましたぞ」
 八茸爺さんが迎えに出ますと、入ってきたのは、丸い顔の背の高いひょろっとした男です。年のころは三十ちょいと過ぎたくらいでしょうか。
 「八茸さん、白屋の弥平さんをつれてきましたよ」
 弥平は八茸爺さんの前で直立不動になって頭を下げました。ずい分律儀な方だと、八茸爺さんは思いながら、
「どうぞ、話は聞いております、まずはお上がりください」と二人を上にあげた。
 火鉢が三つ用意してあり、その脇にそれぞれ座ります。弥平は座布団の上に正座を致しております。
 「年をとると、冬は堪えるようになりますわい、どうぞ足を崩してくださらんか」
 そう言っても、弥平は正座をしたままでございます。
 「さて、何からお聞きしましょうかな」
 ちょっと間があり、やっと弥平が口を開きます。
 「はい、夜起きたこと、順を追ってお話いたします。昨年十一月の初め、初雪が降ったその晩のことでございます。
夜中に何かからだが寒い、決して寒がりのほうじゃござんせんが、肩に冷たい風が当たる、そのうち顔にヒヤッとするもが落ちてまいりまして、何だと目を開けますと、薄赤色というか薄紫のような親指ほどの茸が暗闇の中に浮かんでいるじゃありませんか。
ありゃ、夢の中なのだと、その時は、布団にもぐってそのまま寝てしまいました。
それから、しばらくは雪が降りませんでしたが、その月の半ばごろから、かなりの雪が落ちてくるようになってまいりまして、雪が降った日の夜中に必ず、茸が暗闇に浮かぶようになりました。
少し細身の茸ですから、怖いとは思いませんでしたが、奇妙なこと、何か悪いことが起きないといいと思った次第です。茸は一つだけではなく、少しずつ増えてまいりまして、ただ浮かんでいるだけではなく、フワフワと舞うようになりました。
初めはほんの少しの間でしたが、師走になりますと、一刻は続くようになり、その間は目が覚めているような気分です。やはり疲れが少しですが溜まるようになってまいります。
 今年になりましてから、宙を舞う茸は無数となり、傘も柄も薄赤い茸がフワフワと舞うようになりました。ついに、私のおでこに止まったり、鼻の上に止まったりいたします。目をつぶると、目の上に止まります、とても重いというわけではないのですが、冷たいのです、その間は目をつぶっても寝ることは出来ません、ただ、一刻経つとすーっと、消えてなくなり、私も再び寝入ることができます」
 「ほお、それで、奥様にはお話になりましたかな」
 「いや、心配するといけないと思い、まだ、しておりません、このように、私自身もからだがおかしいということはありません、ただ、これからどうなるのやら、心配でございます、なにやらの祟りか、からだの変調か詳(つまび)らかにしておきたいと思っております」
 「それで、医師にはみてもらいましたかな」
 「はい、茸のことは申しませんでしたが、からだは診てもらいました。しかし、大丈夫、どこも悪くないといわれました」
 「ふむ、夢なのかもしれませんな、もし夢でないとすると、何者かの仕業、神仏に関わるお方に相談するほうが良いかもしれませんしな」
 「実は、お殿様の奥方様とは、少しばかり知己でございまして、お城に出入りする陰陽師に、やはり茸の話はしませんでしたが、なにやら心配ということで、みてもらったことがございます、しかし、鬼の気配も、邪も無い、周りは奇麗なもの、心配ない、とのことでございました」
 「ふむ、そうですか、ちょっとこれを見てくださらんか」
 八茸爺さんは茸の図譜を開きます。
 「どのような茸でしたかな」
 弥平は図譜を手に、めくっていくと手を止めた。
 「うーん、これにちょっと似ておりますな」
 「これは一夜茸という茸、一晩で大きくなってすぐ萎びてしまいます。しかし、赤っぽいことはありませんな、だがこれと似ておるわけですな」
 そう言って、八茸爺さんは、本ををめくった。そこには、薄赤紫の傘の周りに房飾りのついた可憐な茸が描かれていた。柄も薄赤色である。
 「おお、そうです、この茸です、なかなか可愛らしい茸です」
 「血潮茸と申す茸で、一寸ほどの背丈ですな、それで、今年になっても、この茸が現れるわけですな」
 「はい、雪の降る夜は必ず現れます」
 「わしにもなんだか分かりませんがな、まだ、何かおきそうな気が致しますな、ただ、弥平さんには、大きな害を及ぼしてはおらぬようだし、もし、かわったことがおこりましたら、また知らせていただけますかな、それまでに、わしも紅に聞いておきますのでな」
 「はい」
 「弥平さん、ちょっと気味の悪いことがおきても、決してあわてないようになされてくだされ、心配はないのでな」
 八茸爺さんは念を押した。
 「はい」
 「必ず、理由がわかるはずですからな」
 ということで、白屋の弥平は志の助と帰っていった。

 八茸爺さんは一人暮らし、長屋のかみさん連中が何くれとなく、世話を焼きます。誰が決めたのでもないのですが、必ず、おかみさんの一人が、食事や身の回りの世話にまいります。その日は紅さんが塩漬けの茸を戻して、お惣菜にして、八茸爺さんの家にまいりました。
 「おー、うまそうな、茸の煮つけだの、いつもすまんの」
 「今夜も雪が降りそうですね」
 「そうだな、まだ、春までは間があるんじゃな、そうだ、思い出した。紅さんに聞きたいことがあった」
 「なんでございますか」
 「血潮茸のことじゃ、あの茸は、朽木に生えると思ったが」
 「はい、切り株などにも生えます、可愛らしい茸です」
 「実は」
 八茸爺さんは、白屋の弥平さんの話を、紅さんにしました。
 「それは、もしかすると」
 紅さんはちょっと顔色を変えました。それを察した八茸爺さんが「弥平さんに悪いことがおきるのかね」と聞きます。紅さんは首を横に振って、
 「いえ、弥平さんにはなにごともありません」
 「家主さん、弥平さんの紙は、楮でしょうか、三椏でしょうか」
 「たしか、どちらも使っていると思うが」
 「楮と三椏の畑がどこぞにありましたら、お調べになったほうが良いかと思います」
 「ほう、それは、どうしてかな」
 「血潮茸に姿を借りた、人の魂かもしれません」

 それから、数日雪が降り続きました。その次の日、珍しく青い空が広がります。
 弥平と志の助が八茸爺さんの家にやってまいりました。前の時と違いまして、弥平の顔色がどことなく青白い。
 「やっぱり、おきましたか、気味の悪いことでしたな」
 「はい、八茸さん、確かに私に何をするわけではないのですが、ぞっとするものでした」
 「どうなりましたかな」
 「雪が続いていた毎夜のことです、目の前に浮かんだ血潮茸の傘に裂け目が出来ますと、どす黒い血が噴出し、たらり、たらりと垂れてきたのです。それが、私の顔にかかります。手で触ってみると、ぬらぬらしています。血です。なんとなく生臭い。それが続いて、一刻たつと、すべて消えてしまいます。だから朝は何もなかったように目が覚めますが、気持ちが沈んでしまいます。それが、続きました。雪も止みましたので、志の助さんに言って、一緒に来てもらったという次第です」
 「それは、紅さんの言うには、血潮茸に姿を借りた人の魂なのだそうじゃ」
 「魂とは、誰の魂ということですかな」
 「それはわからない、しかし春になり雪が解けたらわかるやも知れないと、紅さんは言っておった、それでな、ここに紅さんの描いた二枚の絵がある、次に雪が降った夜に、枕元にこの二枚の絵をおいておいて、血潮茸がどうするか見て欲しいそうです」
 「これはまた、見事な絵でございますな」
 「紅さんは絵がうまいから」
 志の助も感心いたしております。
 そこには楮が描かれている絵と、三椏が描かれている絵がありました。
 「これを、枕元において寝ればいいのですな」
 「そうじゃ、それで、血潮茸がどうするか見てくだされ、その後、血潮茸に、わかり申した、雪が溶けたら探しますと言って欲しいということだった、そうすると、血潮茸はもう現れない、ということですじゃ」
「どのようなことかわかりませんが、必ずそうします」
「必ず血潮茸がどうしたから教えてくだされな」
「はい」と、二人は引揚げていきました。

二日後、雪が降りました。その次の日、また弥平と志の助がやってきました。
「志の助さん悪いが、ちょいと、長屋に行って紅さんを呼んできてくださらんか、八茸が来て欲しいと言っているといってな」
「へえ、おやすいことで」
「弥平さん、話は紅さんにも聞かせたいので、それまで、茶でも飲んでましょうぞ」
猫の梅は茶を飲んでいる弥平さんの脇に、犬の梅は八茸爺さんに寄りかかります。
 しばらくすると、紅さんが茸の料理をもって、やってきました。
 「紅さんすまんな」
 「土ぽぐりを塩炒めにしたものと、滑子おろし、それに椎茸の煮しめです」
 「なんと、土ぽぐりを喰らうのですかな」
 弥平が驚きます。
 「いや、旨いものですぞ、干したものは江戸で評判ですぞ、酒をあけましょうかの」
 「私が用意します」
 勝手知ったる八茸爺さんの家です。紅さんは、さっさと、酒の用意をいたしまして、膳をみんなの前に運びます。
 「紅さんも、飲まぬのかい」
 「わたくしは、後で亭主といただきます」
 「蓑助さんは幸せですな」
 独り者の志の助がつぶやきます。
「志のさんにも、茸の好きな女子を世話しようかね」と八茸爺さんが言うと、志の助は真顔になってうなずきます。
「さて、弥平さん、呑みながら、お話をききましょう」
「はい、紅さんの絵を枕元において、寝ていますと、やはり真夜中、血潮茸が宙を舞い始めました。しばらく舞った後、傘が裂けると赤黒い血が滲み出してきました。フワフワ飛んでいた茸たちが、いきなり、すーっと枕元に降りたので、首を動かしてみると、絵の中の三椏の枝に、乗っかって並びました、それで、言われたとおりに、わかり申した、雪が解けたら探します、と申しますと、音も無くすべて消えてしまいました。ただ、三椏の枝に点々と赤黒い血のような痕が残ったのです」
弥平が三椏の絵を広げました。
「血潮茸というのは、傷を付けると、赤黒い汁が出る茸なのですじゃ」
「しかし、それがなにを意味するのでしょうか」
紅が口を開いた。
「差し出がましいようでございますが、弥平さんは三椏の木をどこかに植えていらっしゃいますか」
「ああ、熊井川を下ったところの、赤山の西側に、三椏の畑をもっていますよ、楮の畑は、その山の西側にあります」
「そうでございますか、血潮茸は枯れ木、切り株に生えるもの、雪が解けたらすぐに弥平さんの三椏の畑の枯れ木を調べてくださいまし、雪に埋もれていれば、枯れた血潮茸がまだついております。その血潮茸のついた枯れ木の下を掘っていただければ、何もかもわかることになるかと思います」
 八茸爺さんには紅の言うことがわかったようです。
「ふーむ、どうです、弥平さん、雪が解けたら、すぐにでもできますかな」
「もちろん致します、血潮茸に姿を借りた人の魂ならば、それで成仏できるのでしょうな、紅殿」
「はい、血潮茸の使命でもございます、それでは、私は、長屋に帰らせていただきます」
「紅さんや、感謝してますぞ」
「いえ、お役に立ちましたなれば、うれしゅうございます」
紅は最近、茸取長屋にやってきた時の紅天狗茸の絵柄の黒い着物を着ることはないが、どのような格好をしていようとも、紅天狗茸のようにまっすぐに気高い。

今年の雪どけは意外と早かった。
弥平は家の者と一緒に三椏畑に足を踏みいれた。所々雪が残ってはいるが、土が露われています。蕾をつけた福寿草が集まっています。
「ご主人、ありました」
話をしておいた、血潮茸の生えている枯れ木を店の者が見つけました。
「これをどうしましょう」
「この木の下を掘れということだ、人を集めて、やってみておくれ」
こうして、人足を集め、そのあたりを掘り起こしました。
すると、出てくる出てくる、白骨になった遺体が数え切れないほど出てきたのでございます。番屋から役人が来て、調べたところ、その昔、まだ、今の城がない頃でございますが、そのあたりは山賊の巣で、さらわれてきたたくさんの若い娘たちが遊ばれ、切り殺されたという話が残っておりました。
 出て来た白骨は、魂の浮かばれない、殺された乙女達の亡骸(なきがら)であったわけでございます。
 弥平と志の助、それに八茸はことの成り行きを知ったお城の殿から、お褒めの言葉をいただきました。
後に、お殿様が赤山に寺を建て、掘り出された骨たちの墓が立てられたということでございます。

 「紅さん、今度のことは、またもやみんなあんたのおかげ、茸のためになにかできることはないだろうかね」
 八茸爺さんが尋ねると、紅は首を横に振ります。
「いえ、私ではございません。
茸の本当のからだは、土の中におります、そこで起きたことは何でも知っております、土の中にいるすべてのものが、茸に話しかけるのでございます。
茸はそれを聞いて、人に伝えるのでございます、今度のことも、血潮茸が使命にそっておこなったこと、私はそれを皆様にお伝えしたただけでございます。
茸を美味しく食べていただければ、それで、茸たちは喜ぶのでございます、それに、奇麗と思われたいとも思っております」

血潮

血潮

紙屋の旦那が雪が降ると必ず怖い夢を見る。赤い茸が宙を飛び、鼻の上に止まったりするーーー

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-23

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