ピンクのスカート

 小学校5年生の頃、繰り返し見た幻がある。
 新築に越したばかりの頃だった。ある夏の日の夕方。私が階段の踊り場を曲がり上ってゆくと、正面の和室の半分開かれた引き戸の陰に、ピンクのスカートをひらりとさせて女の足がすっと入っていった。
 母だと思った。両親の寝室であるし、そもそも母をおいて他に女はいない。
 何をしているのだろうと思い、私は和室を覗き込んだ。誰もいなかった。

 引き戸の内側にカーテンなどはかかっていない。見間違えそうなものがあるならまだしも、ひらりとするものは何もない。しかもよく考えれば母のではない、見覚えのないスカートだった。あまりにもはっきりと見えたので、まったく、狐につままれた気分だった。
 それは夏から秋にかけての短い間に、度々現れた。いつも決まって、同じ時間帯、私が一人で階段を上ってゆき、ふと目を上げると、半開きの和室の戸の陰に、ピンクのスカートの足がすっと入ってゆくのである。そして毎回私はそれを母だと思い、何をしているのだろうと中を覗いて、誰もいないことに驚くのだった。
 さらにある時、それは1階の和室にも現れた。2階の和室の真下である。母に何か用事を言われて通りがかった私がふと奥に目をやると、誰も使っていない和室の、半分開かれた障子戸の陰に、例のピンクのスカートの足がすっと入っていった。
 2階だけでなく1階にも出たことで、私は不快感とともに初めて気味の悪さを覚えた。
 この家が建つ前に何かあったの? と、一度だけ母に尋ねた。変なものが見える。それも何度も。という話をすると、母は眉を顰めて、何もないわよ、見間違いよ。とだけ言った。それ以上その話をしたがらなかった。

 また別の時、6年生だったかもしれないが、不思議な物音を聞いたこともある。それは西日の眩しいある日の午後、2階の自分の部屋に一人でいた時だった。寝転がって考えごとをしていると、突然、廊下にたくさんの子どもの笑い声が響き渡った。歌ったり笑ったりしながら走り回り、ドタバタと階段を上り下りしている。
 弟が友達を連れてきたのだと思った。それにしても大勢で、五、六人はいるようだった。賑やかだなと思いながらやりすごしていたが、いよいよやかましい。ちょっと注意しようと起き上がり、部屋のドアを開けた途端。
 嘘のように、家の中はしんと静まり返った。
 家には誰も来ていなかった。1階に下りてゆき、念のため母に、弟が誰か連れてきたの? と尋ねたが、いいえ、とだけ返ってきた。今、とても騒がしく子どもが駆け回る音がしていたのだと話すと、裏の公園の声が響いたんじゃない、と適当に流された。しかし裏の公園にすら、子どもの声はなかったのである。

 5年生の春に初めての引越しと転校を経験してから、本格的に心身のバランスを崩していた。幻を見たのはその時期だけで、しいていえば血圧を上げる薬を飲まされていたが。あれらが何だったのか、薬の副作用による幻覚と呼ぶべきものだったのか、不明である。

ピンクのスカート

ピンクのスカート

奥の間の幽霊と廊下の座敷童たち

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-21

Copyrighted
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