彼の栞は既にない

私は、彼のためならラヴィニアのように舌を切られ
切り株のようになった腕でも尽くす自信がある。
なぜなら彼の痛みを知るためにもうすでに目が
一つないんですもの。

多分大切な人

可愛いのう。
彼が生き返るなら
私は全てを失ったとしても良い。本の楽しみを教えてくれたのも彼である。平日は乗換駅の横浜で本屋巡りをして土日は小さな公園に二人、本を読んだり
中央図書館に行って無言で何時間も共に時を過ごした。彼の葬式の時、私は本を入れた。彼の作ってきてくれた
サンドイッチは格別具材が素晴らしいわけでもないのに
彼と食べるとき、私はとても気分が良かった。
私は母が憎い、けれども少し感謝していることがある
食の作法については全て母から教わった。
フランス料理から懐石まで主要な料理の食べ方は
教わった。そのため私は彼と逢引してどこかに外食する際
彼にほとんど食べ方を教えてあげれた。
私は彼にもっと生きて欲しかった。
彼さえ生きていれば私は何もいらない、知識もいらない、金もいらない、自分の全てを捨てても彼さえ生きていればよかったのに。彼が望むならなんでもする、私は私の中に彼という偶像を作り出した、彼は可愛かった、とりわけ
顔が可愛いというわけではない、顔で女性を選ぶのは
愚者の行ひであるとボードレールにならったからだ。
たまには本だけじゃなく、恋人みたいな事がしたかったのか、プラネタリウムを見に行ったりした。私は空を飛ぶのが夢だから空は好きだけど彼は興味がないのに私のために誘ってくれたのは嬉しかった。隣でしずかに寝ている彼は
品があり私はこの人の彼氏であるとこに誇りに思った。
私は彼を一度も抱かずに関係を終わらせてしまった
好きすぎるあまり嫌われたくないと思う自分がいたのかも
しれないなどと考えると選択を間違えたと後悔する時が稀にある。彼はいつでも余裕そうだった、他人を見下さず
誰にでも美しく振る舞える、けれども私の前では
包み隠さず、だらーんとしている彼はとても好きだった。



自分に性欲がないのは多分彼を失った時に全てに絶望したときや自分の目を捨てた時に涙と共に血が流れた時全てを憎んだからだと思う。私は自分の左目がなくなるのはさして問題ではなかった、彼はもっと痛いだろうなどと考えると哀しさにより恐怖はなかった。

彼の栞は既にない

昔の人は、男女の区別をせず全て彼で表していたらしいです。私は男なので彼なのですが死んだ彼女にも彼は適用されるのでしょうかね?

彼の栞は既にない

  • 小説
  • 掌編
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-20

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