第11話

 追憶は終わった。

 地面から這い出ていたケーブルが力なく戻る。カノン・カリミは自分が最後の瞬間に何をしてさ待ったのか、自分が咎人である意味を理解した。

「あの日、システムは再起動した。あそこで、あの雪原と氷の世界で聞いた声は、システムの声だったの。あたし達はシステムの末端だっただけ。システムが再起動するプロセスにあたし達も組み込まれていたのよ。すべては最初から予定通り。仮想世界のマルチバースは今もどこかの宇宙を漂っている。少なくともあたしが繰り返した108回の人生で、崩壊することはなかった」

 前世、ジー・オーウェンと呼ばれていたジェイミー・スパヒッチが断言した。 

「生まれ変わったらなにかが変わると思ってた。前世では見えるものすべてが偽りで、モザイクだったから。だから今度こそきっと信じられる世界だと思いたかった。だから、だから」

 言葉尻が小さくなり、前髪が垂れ下がる丸顔のマキナ・アナズは、前世で父親だった男の顔を見つめた、あの時、前世ではうっすらとしか見えず、それが世界の真実だと頑なに信じていた男の顔を。

「あの世界はなんだったの。誰がなんの目的で造ったというの。結果には必ず目的が伴うもののはずよ。でも、あの世界のシステムは何も教えてなどくれなかった。マルチバースがデヴィルズチルドレンで襲われたあの時も、システムを再起動しただけ」

 カロン・カリミ。黒いレザーマスクを耳に装着した円盤型の機器から伸ばして、口元を隠す小柄な彼女は、イー・ナイアだった頃の記憶を呼び覚ました。

 あの時、銃で頭を撃った少女が目の前に居る。別の形、別の姿をしていても、間違いなくチャムだったマキナ・アナズはそこにいた。彼女の丸顔を見て、小ぶりな胸が痛む気持ちを抑えながら、マスクの下の唇を動かした。

 ジーとして造られ、ジーという存在から、システムの再起動で別の個人を108回繰り返したジェレミーは、甲高いその独特の声で答えた。

「誰が造ったのか、どんな目的で造られたのか、システムもわからないそうよ。幾度かの人生の最後にシステムがそれぞれ別の肉体に意識を移して、あたしのところへ来たけど、システム自体が世界を、仮想現実のマルチバースを増幅し、ネクストを大きくしてその中で暮らす人格を保護するためだけに存在しているだけで、それ以外のことはわからない。委員会という組織で世界統治を行っているけれど、真実に気づく者は必ずいる。でも世界から外に出た人物で帰ってきた人格は1つとしてなかった。それが真実。108回目でようやく『オルト』に導かれたあたしが最後に見た世界がまだあのままならば、外の現実世界が崩壊した時点で別の現実へ移動し、あの世界は存在し続けているはず。だから探せばどこかにあるはずよ」

 そういうフランス人の女性の会話を遮るように、水滴を弾丸として飛ばしたのは、眼をギョロリとさせた、ガロ・ペルジーノだった。

 水滴の弾丸はマイクロブラックホールに吸収されて被害はなかった。
 
 前世、娘を放っておき大義を口にした男は、前世の娘を一瞥した。

「前世のことなんてどうでもいい。世界を変えるチャンスはもうここにしかないんだ。邪魔をさせない」

「まだそんな夢を――」

 前世の娘、マキナは珍しく声を荒げた。ここまで声を荒げるのはマリア・プリースの事以外ではない。

第11話-2へ続く

 救世主殺し。それがガロの目指す革命だった。

「この人生も革命に捧げた。小さい国だったが独裁者が支配していた。支配からの脱却。そのために銃を手にしたのに、革命はいつも俺の手から逃げていく。けどこれはチャンスなんだよ。物語を、巨大な運命を変えるという革命の」

 水滴の白刃をいくつも飛ばしてくるのに対し、マイクロブラックホールが水の刃をすべて吸収してしまう。

「革命を起こすのは貴方じゃない、お父さん」

 マキナが大声で寺院に声を響かせた。

「認めたくなんかない。あんなやつ、マリアすら護れなかったあんなやつ、守りたくもない。でも、仕方がないのよ。認めたくないけど、認めなくちゃいけないのよ。この為にみんなここにこうしているんだから」

 メシアを認めたくない気持ちの反面、マキナは理解していた。すべてを変える救世主が彼であり、マリアを守れなかったことと、自分たちが救世主を守ることに、なんの関係もないことを。

「俺は認めない。世界を変えるのは俺だ。やつを殺して俺が世界を変える」

「その選択が悪だとしてもか。苦しみの連鎖が永劫に続くことになるのを分かっていても、貴方はそれをするの」

 救世主を失うことを誰もが知っている。ジェイミーはそう思っている。運命なのだ。すべては最初から仕組まれている。産まれる以前から、この肉体に魂というものが入り込む前から。だから彼女は問いかける。本当に分かっているのか。

「しかたないのよ。これは運命なのだから」

 カロンがそう叫んだ。

 その瞬間、ジェイミーとマキナを激しい頭痛が襲った。

 通信電波である。彼女は無線電波を増幅させ、肉体に過度な衝撃を与えていた。

 ジェイミーは頭を片手で抑えながらカロンの周囲に雲を充満させ一気に圧縮した。それによってカロンの身体は急激に締め付けられ、能力が弱まった。

 刹那、マキナがマイクロブラックホールを展開し、マキナの身体をえぐろうとしたが、すんでで足に痛みを感じた。彼女の足からは大量の出血が見える。水の白刃が彼女の足を切断しようとしたのだ。しかしそれもまた雲の防壁で軌道を変えられた。それでも負荷でには違いない。

 とっさに倒れるマキナの身体を支えるジェイミーは、能力を緩めてしまったせいで、締め付けられていたカロンの肉体が自由になった。

 すると今度は逆に配線が四方から壁を貫き、蛇の如く彼女たちの身体を金縛りにした。

「ジー。わたしはあなたを選んだ。どうしてだかわかる」

 黒いレザーマスクが耳のデバイスに吸収され、大きな口が身動きできないジェイミーに向かって語りかけた。あの日、前世で彼女がジーという男を選んだその理由を、カロンが言っているのだ。仮想現実マルチバースをリセットしたあの時、ジーを撃たずに、少女を撃った意味を尋ねていた。

 カロンはゆっくりとジェイミーに近づき、顔をぐっと寄せた。

「愛していたから。初めて逢った子供の頃からずっと。人でないと分かっていても愛していたのよ」

 そう言うとカロンは勢い良くジェイミーの唇に吸い付いた。

第11話-3へ続く

 顔をよじってジェイミーはキスを拒んだ。

 しかしカロンの力まかせのキスは、カロン自身が満足するまで続いた。

 ようやく唇を離したカロンは、満足げに微笑する。

「必死に愛を求めた。この肉体に転生してからずっと。人間として生きて、地球中を旅した。自分がいた地球が崩壊するその日まで延々と。イデトゥデーションに救われてからもずっとよ。分かる、ジー。求めていたのは貴方の愛だった。それだけなの」

 キスを強引にされ、一瞬、戸惑いの視線を泳がせたジェイミーも、自分の今の過去を吐露した。

「フランスで産まれた時、世界はまだ同性愛も性同一性障害という言葉もしらなかった。前世でのように簡単に男になることもできず、心のうちを隠してきた。それでも愛情を抑えるのは難しかった。偏見の眼にだっていつもさらされていた。わがままに振る舞ってたけど、本当は強がりだっただけ。自分が自分でいられる世界は少ない。今、この瞬間だって自分らしくいられれば一番いいと思っているわ。貴女ともう一度、キスができるように。でも対岸に立ってしまった。もう変えられない。交われない」

 と言った刹那、ジェイミーの身体は白くなり雲となって電源コードをすり抜けた。

 そうはさせまいとさらにコードを絞り上げるが、縛られたのはマキナ1人だけで、完全に雲となったジェイミーは次の瞬間、カロンの唇に入り込んでいた。

 雲になりながらジェイミーは言った。

「最後くらいは1つに」

 そういうと雲はカロンの唇から一気に入り込むと、カロンをあっけなく窒息死させたのだった。

 死者の中にいるジェイミーは二度と実体化することはなかった。

 苦しかったコードがバラバラと落ちていくのをマキナは感じた。とっさにブラックホールを現出させた。前世、父だった男を殺害するために。

 同じくガロは腕を伸ばし、鋭い水流を放射した。だがブラックホールにそれは吸われていく。

 マキナが勝利したと思われた。けれどもマキナも小さい能力の操作ができなかった。それが室内を吸収するほどのブラックホールの現出を招き、マキナとガロが同時にブラックホールに吸収されていった。

 能力者を失ったブラックホールは寺院を吸い付くし、ブラックホールは消滅した。そこに居た全員が消えた。

第11話-4へ続く

 ノーブランのボロア・クリーフは茶色の硬い皮膚が感覚をなくして痺れるような気分になった。それがなんなのか彼自身が分かっていた。仲間の命がまた消えた証だ。

 機械が化石化した広大な空間に浮遊する彼は、角張った青い皮膚の昆虫人間ソフリオウ人のゴーキン・リケルメンと組み合っていた。

 そのゴーキンも仲間の死を感じていた。

 シースルーの衣服の緑色の肌。触手のようにたれた皮膚と長い髪かの間から伸びた太い触手が特徴的なミサイルラン人のミンチェもまた、身体に【咎人の果実】の仲間の死を感じ取っていた。

 対峙する【繭の盾】のサンテグラ・ロードも、サイラントイランとホモサピエンスのハーフで、白い色の皮膚、蜘蛛のようは額のコブの身体にも仲間の死が入り込んでいた。

 その悲しみを感じる暇もなく、彼女の周囲にミンチェが展開する異世界への入り口のトンネルが無数に開く。

 だがそれを簡単にかいくぐりサンテグラは拳を尽きた出した。

 拳をかわしまたトンネルを開くがサンテグラはそれを当たり前の如くかわしていく。

 ミンチェはこの時、不思議に思った。サンテグラはさっきから能力を使っていない。身体能力は常人以上の速度と力なのは、当たり前だったが固有能力が発揮されていないのだ。

 そう思っていた時だ。ミンチェは背中に激しい衝撃を受け、機械の化石がどこまでも広がる部屋を落下していく。

 ボロアと組み合っていたゴーキンは、昆虫の顔を明らかに不愉快に歪め、戦闘態勢をほどき、ミンチェをすくい上げた。

 息を整え見上げた時、そこには24人のサンテグラロードの姿があった。

第11話-5へ続く
 

5

 オムニバースというすべての現実、非現実が詰まった宇宙には、時間軸という物語は無限に存在する。パラレルワールドとも呼ばれる並行した宇宙には、同じ自分、少し違う自分が時間の数だけ存在する。

 その中からサンテグラ・ロードは23人の自分を呼ぶことができた。もちろん呼ばれた自分も能力を理解している。状況も常に把握していた。

 こうして24人のサンテグラ・ロードは、時間軸の壁を超えることができるが、攻撃能力というものは存在しない。ただ【咎人の果実】2人には、それが分からない。分身したのだと思った。

 しかし現実、全員が物体、肉体のである。

 戦おうと、サンテグラ・ロードは全員、腕を上げる。

 横のボロアも加速してミンチェ、ゴーキンの背後に移動した。

 25対2の分が悪い形成にゴーキンは虫らしく、甲高い音を口から鳴らす。

 と、その時である。

『調査記録0.1を再生する』

 4人のたまの中で機械的な音声が再生された。

 誰かの能力かと一瞬、全員が考えたが、そうでないと瞬間的に皆が理解した。

 遠い昔の記憶が、記録と共に蘇った。

第12話『調査員たちの物語』へ続く

第11話

第11話

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-19

CC BY
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