温かい闇

わたしを優しく包み込む

皮膚に溶けてしまいそうなその膜に

心臓にメスを入れるように

爪の先を立てて

すうっと 一本の直線を描く

それを二本の指の腹で押し広げると

突き刺すような光と同時に

星のかけらが 雪崩のように落ちてきたのでした

わたしは蒼惶としていましたが

その光景をただ

茫然と見ていることしかできませんでした

光と星を絶え間なく呑み込む漆黒の紗幕は

自身の熱を媒介して

空に出来た穴の向こうに

別の膜を形成し始めました

同時に今わたしがいるここは

何かの秩序を失ったように

地盤が崩れ始めました

わたしは今度こそ叫び声を上げると

わたしが見上げる空から

螺旋の形をした回廊が降りてきました

一心不乱でその回廊を駆け上がると

辿り着いた先は また闇の中でした

そこから下を見下ろすと

わたしがいた場所は 廃墟のような

凄惨な姿に変わり果てていました

わたしは今いる場所を見回しました

そして、今度は目を凝らしました

すると、見慣れた黒とは少し薄い色をしていることに気が付いたのです

おもむろに膜に手を触れてみると

それは今までいた場所よりも

ほんの少しだけ温かかったことがわかりました

振り返るといつの間にか入口は完全に塞がっていて

わたしはふたたび闇の住人となりました

膜を切り裂いた時の感触を思い出しながら

体温に少し近付いたこの世界で

自分が覚えていることを懐かしむように

今度は爪を立てずに

指先でなぞりつづけていました

頬にはいつ流したかわからない

涙がいつかの線のように

まっすぐな痕を残していました

温かい闇

温かい闇

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-19

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