川の夢
夜毎見る夢でした。
一面の花畑なのです。青、紅、黄、白。丈の短い儚げな花が遥か地平まで咲き乱れています。その中を私は一人歩いているのです。風はそよとも吹かず、蝶や蜂の影のない、香りのない花畑でした。
ふと足元を見ると、いつの間にか道があらわれ私は坂を下っています。目を上げると花は消え去り、左手には竹藪、右手には麦畑が広がっているのでした。黄金色の麦の穂がわびしげな金の陽に眩しいほどに輝いて音もなく揺れていました。坂は次第に急になり、私は駆け出しそうになりながらどんどん下ってゆきます。まるで何かに急き立てられているかのように。そうしているうちに視界が開けて、下りきった先に。
広い川が、茜の陽にぎらぎらと輝く水面が、静かに横たわっていました。
花畑を行くうちに坂を下り川に出る。河原に人影はなく舟も見えず、この川は渡れないと途方に暮れたところで目が覚める。同じことが毎朝続くうちに、坂を下りながらまたこの夢かと気づくようになりました。だんだん薄気味悪く、怖くなってきて、目が覚めている間にも思い出すようになり、夜眠るのが不安になりました。最近毎日同じ夢を見ると母に訴えた日を境に、見なくなったのですが。
臨死体験の風景に似ていると知ったのは、後になってからのことです。ただ当時、八歳か九歳だったと記憶していますが、私は死に瀕するような病をかかえた子どもではありませんでしたから、親には偶然の一致として片づけられてしまいました。
それが二十年近く経ったこの頃、ふいに思いだされるのと同時に私の中でつながったのです。私が眠るたびにあの夢を見ていたのは、母が流産をした、ちょうどその後の時期でした。
私はあの川に、さがしに通っていたのかもしれません。母の胎内で消えてしまった、生まれなかったもう一人の弟をさがしに。
川の夢