おとなしの風

どこからともなくそれは吹いてくる

寄せては返す白波のようにやってくる

そして私の奥底にある

私自身でも気付かない疼きを

狡猾さを以て 呼び覚まそうとする

その輪郭が 次第に判然と浮かんでくる

私は為す術もなく 翻弄されるばかりである

得体の知れない二つの存在に

風と疼きに翻弄されるばかりである

風は疼きを刺激し

疼きが私を刺激する

私は私の知らないところで

着実に辿っている 崩壊と発狂への一途を

終わらない悪夢に魘されている

凍ってしまったように動かない瞳で

どこか遠くを見つめている

風は尚も吹きつづけている

それに呼応して疼きは肥大していく

全身を容赦なく蝕んでいく

その惨たらしい支配の果てに

静寂を破るものは存在するのだろうか

私を修復するものは 現れるのだろうか

暖かさに飢えながらも戦き

境界のほとりを這いずりまわっている

声にならない声で助けを乞うている

窶れた正気でただ一点を見つめている

風は尚も吹きつづけている

疼きはまたも膨張していく

狂う手前で一つを悟る

何も知らない頃が愛おしかった

おとなしの風

おとなしの風

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-13

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