散歩

 枯れた花をあなたはいつまでも見つめている
 行方不明の友人は相変わらず手紙を送ってこない
 蛆の湧いた猫の死骸は道路の隅に、犬の糞は電柱のそばに
 近所のボケたおじいさんは馬鹿みたいに笑っている
 錆びたバス停に停まったバスは岩になったように動かない
 栞を挟んだままの文庫本を失くしてからどれほど経っただろう?
 今日も明日も明後日もスーパーは安売りを続ける
 公園で遊ぶ子どもたちはもう二度と戻ってこない
 胡散臭い行商人はばったりとどこかへ消えてしまって
 南西の方角に建っている煙突から囁き声がする、静かな声がする
 瓦礫の下でちゃんと生きていますか?
 泣き方の勉強はしっかりできましたか?
 お線香と菱餅はどこで売っていますか?
 聞こえないふりで、聞こえないふりで、口を噤んで
 スピーカーから「通りゃんせ」、青信号が点滅して
 杖をつく盲目の人は未だ横断歩道の半ば、その脇を車は走り抜けて
 その人は気にも留めずに笑っている、のろのろと歩きながら
 横断歩道を渡った人々は踏切の前にいて、立ち往生している
 かんかんかんかん、踏切は鳴っている
 列車は来ない、なかなか来ない、人々は待ち続ける
 ようやく一両の列車がゆっくり通り抜け、踏切は上がる
 それでも人々は動かない、銅像になったように動かない
 踏切はまた下りる、かんかんかんかん音を鳴らして
 あなたはまだ枯れた花を見つめている
 寂しい太陽は山々の彼方へと落っこちていく
 溢れ出した海の出来損ないが空へと昇っていく
 粗大ゴミ置き場に捨てられた時計が鳴る、心許ない灯りの報せ
 空が藍に染まり出したら、途端に野良猫たちは目を見開いて鳴く
 薄汚れたカラスたちは寝具一式を背負って風に飲み込まれていく
 民家の壁に貼りついた、干乾びたイモリは剥がれ落ちて
 破れかぶれになった選挙ポスターは道路を滑っていって
 枯れた花は茎から切れて、そこにはもうない
 それでもあなたは見つめている、懲りもせずに見つめている
 いつまでも、見つめている

散歩

散歩

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-11

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