どかない蛙
第一章
縁側の外には私の膝ほどの高さの、大きな石がある
その石の上に、蛙が一匹座っていた
蛙なんて、鳴かないものはいそいそとどこかへ跳んでいってしまうものだと思っていたが、そいつは黙ってそこに居るきりであった
何を見てるのかと思えば、なんとなく前向きな志をもって空を見つめるようにも見えたし、ただ呆然とする阿呆にも見えた
私はこの石へ腰を降ろしたくなった
この黙っている蛙を退かしてみたくなったことの口実にすぎないのである
おぅ、おい。
声をかけてみたが、まるで気にしない
こちらを見るのを我慢してるかのように見えた
蛙の目と鼻の先に、私の目と鼻を置いてみた
別段なにかが変わったようには見えなかったが、その蛙の息をしている様がより間近に感じられた
お前さん、こんな近くに人間の顔があるんだから、ぴょんぴょん跳んで逃げるもんだろう
そう思うと、滑稽なものを誂うようなこの自分の言葉がおもしろくなってきて、書き留めたくなった
蛙なんてのははっきりとした首がないものだから、こっちへ目をやるときは身体の向きを変えるんだ
しかしいったいどこを見ているんだ
それでもこいつは動かない
手を蛙の目の前に出してみた
するとこいつは、少し驚いたように顔を背けてみせた
ははは、それ見ろ
しっかり見えてるんだな
緑に黒に……案外奇麗なもんだな
ふと電車の夢をよく見ることを思い出した
知らぬ間にみんな降りてしまって、いなくなってしまうんだ
それにしてもどかないね
横からふぅと息をかけてみた
まっすぐ前を見据えたまま、少しは身構えたような気もしたが、その場を離れる気配がない
大したもんだな
目は見えているんだから、耐えているとしか解釈のしようがない
果たしてこれは、意地なのか、理由でもあるのか
はたまた、退く理由がないだけなのか
いずれにせよ強情ではあろう
こんな小さな蛙にも意地があるものだろうかと思った
そんなふうにお互い過ごすうちに、思い出すことでもあったかのように、くるりと私に背を向けて、ぴょんと降りてしまった
こんなところで意地を張っていたって、乾いてしまうからだろう
これにはやつも、私が現れなければもうとっくにどこかへ行っていたかもしれないのに、私が見つめたばかりに、そこをいそいそと退くのは格好がつかないものと考えたと見た
そう思うと、またなんだか面白くなってきた
勝ち取ったように私はありがたく石の上へ座ってみた
それから幾日か経って、イシガミ君が訪ねてきた
この前蛙があの石の上に座ってね、静かに息をしていたんだよ。近づいて見ると、鼻をふんふんさせながら、もの思いに耽ってるふりなんかするんだ。と話してみると、彼はあははと笑い出した
蛙はね、肺で息しないんですってよ。やつら皮膚呼吸するんです。それ鼻息なんかじゃありませんよ。
そんなもんか
なんだか裏をかかれたような気になった
誤魔化しようもなかったので、それは知らなかったと私は言った
蛙にだって、意地くらいあんでしょう。
そう言ってイシガミ君は帰っていった
ふとあの石に目をやると、石の上には蛙が2匹になっていた
蛙が座っていたというべきか、立っていたというのもおかしい気がするし、居たという表現で良いのだろうか
イシガミ君に聞いてみたくなってきた
この一連の出来事を書き留めたら、彼に言って聞かせてみようと思った
どかない蛙