探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵
にがつ

『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵』
●作品情報●
脚本:にがつ
原案:坂口安吾『明治開花 安吾捕物帖 三“魔教の怪”』(1950年)
引用:坂口安吾『余はベンメイす』(1947年)
所要時間:25~30分
男女比 男性2:女性2
□あらすじ■
『紳士探偵と、お嬢様助手 ――〝普通じゃない〟彼ら』
――怪奇探偵シリーズ第二弾、前編。
<登場人物>
九十九 龍之介(つくも りゅうのすけ)
性別:男性、年齢:29歳、台本表記:九十九
本作の主人公で、探偵業を営んでおり、神田神保町に事務所を構えている。
『怪奇探偵』と呼ばれるイケメンではあるが、オネエ言葉を喋る。
土御門の系譜を辿る陰陽師の一族であり、陰陽術を使用できる。
千里(ちさと)【※女性配役のキャラクターです。】
性別:男の娘、年齢:100歳以上(見た目は10代後半)、台本表記:千里
九十九の式神である、オスの猫又ではあるが―
主人の命令で女性モノの服を着ており、華奢で愛らしい容貌から少女を勘違いされる。
性格は自信過剰で好戦的という、良くも悪くも裏表のない不良気質の強い人物。
結城 新十郎(ゆうき しんじゅうろう)
性別:男性、年齢:26歳、台本表記:結城
神楽坂で『結城探偵事務所』を営んでおり、穏やかな礼儀正しい青年。
『紳士探偵』と呼ばれており、警視庁雇付という身分で警察に協力している。
実は“ある秘密”を抱えている――
加納 梨江(かのう りえ)
性別:女性、年齢:18歳、台本表記:加納
政商・加納家の娘で、自称「紳士探偵の一番助手」。
箱入り娘ではあるが、自由奔放でおてんばな性格から、かなりの行動派。
自身の父親が殺された事件で結城に出会い、彼に一目惚れした。
安吾(あんご)【※『結城新十郎』の兼ね役です。】
性別:男性、年齢:26歳、台本表記:安吾
本名は、『坂口 安吾(さかぐち あんご)』。
気性が荒くて闊達な人物で、暴力などの荒事を得意とする。
黒猫【※『千里』の兼ね役です。】
台本表記:黒猫
千里が急拵えで使い魔として確保した野良猫。
勝 海舟(かつ かいしゅう)【※作中では名前のみ登場】
伯爵で、官名は『安房守』。
警視庁顧問であり、安楽椅子探偵として数々の事件を解決してきた。
結城を高く評価して信頼を寄せている。九十九とは昔馴染みの間柄。
牛沼 雷像(うしぬま らいぞう)【※作中では登場するが台詞なし】
警視庁所属の警察官で、階級は巡査部長。
『別天教事件』で、『別天教』に内偵として潜入していた。
【上演貼り付けテンプレート】
『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵-』
URL https://slib.net/102522
Site https://nigatsu-kobo-1.jimdosite.com/
九十九 龍之介 (♂):
千里/黒猫 (♀):
結城 新十郎/坂口 安吾(♂):
加納 梨江 (♀):
(※敬称略)
※本作は三部構成の話となっており、この話は前編となります。
□アバンタイトル
安吾:一説。
安吾:私は、ただ一個の不安定だ。
安吾:私はただ探している。
安吾:女でも、真理でも、なんでもよろしい。
安吾:御想像におまかせする。
安吾:然し、真理というものは存在しない。
安吾:即ち真理は、ただ探されるものです。
安吾:人は永遠に真理を探すが、真理は永遠に存在しない。
安吾:探されることによって実在するけれども、
実在することによって実在することのない代物です。
安吾:坂口安吾、『余はベンメイす』より。
(間)
結城:ここが神田神保町ですか。
『本屋街』と言う事もあって、本当に本屋が多いんですね!
ねっ、梨江さん。
加納:…………。
結城:まだ、納得していないのですか?
加納:……新十郎さん、本当に協力を仰ぐのですか?
結城:ええ、今回の『別天教事件』については、
彼――『怪奇探偵』の協力は必須だと考えています。
だからこそ、勝先生が紹介したのです。
加納:安房守様がおっしゃっていた「この世のモノとは思えない不可思議な事件を解決する専門家」。
確かに、今回の事件は異常であることは理解しています!
ですが……
結城:先生の言葉が納得できないのですね。
加納:「今回ばかりは新十郎単独では解決できない事件だ」って……私は納得できません!
お傍で、明晰な頭脳によって数々の難事件を解決をしてきた姿を見てきたからこそです!!
貴方ほどの名探偵は他にいません!
あの 小栗虫太郎探偵長よりも!!
結城:買い被りすぎですよ。
それに、探偵とは「正義を愛するために犯罪を解く者」です。
名利は二の次。
――さあ、着きましたよ。
加納:『九十九探偵処』……なんか、辛気臭いところですね。
結城:……梨江さん、わかっていると思いますが。
加納:わかっています!
その『怪奇探偵』とやらをギャフンと言わせてみます!!
結城:違いますよ。
そして、これから協力をお願いする相手をギャフンとさせないでください。
いいですか?
相手方に失礼なことを言わないようにしてくださいね。
加納:もちろんです!
なんと言っても、私は『紳士探偵』こと結城新十郎の一番弟子!
この加納梨江、先生の恥をかかせるわけにはいきません!!
結城:あははは……
(※小声で)不安だなぁ……
加納:何か言いましたか、新十郎さん?
結城:いえいえ、何も。
さあ、行きましょう。
(間)
九十九:こんの老いぼれジジイ!
千里:うわ!?
イテテ……驚いた拍子にソファから落ちた……
九十九;なに余計なことをしているのよ!
私たちは、別の案件で今は忙しいの!!
なに?
「そんな陳腐な事件よりも、有意義な事件を提供してやる」って?
アーンタが持ち込んでくる事件なんて碌なもんなんてないじゃない!!
てか事件だけじゃなくて、それに関わる人間も厄介な奴ばっかり!!
前の、泉山っていう警視庁の刑事だっけ?
あいつ、色々と搔き乱すからイライラするのよ!!
千里:うわぁ……龍之介、めっちゃキレてるじゃん……
今日一日はきっと不機嫌な日だな、これ。
「触らぬ神に祟りなし」、八つ当たりされる前に退避を……って!
このタイミングで来客、来ちゃう?!
あれ、今日の俺の運勢、やばくね?
あー、もう!
はいはーい、今すぐ行きますよーっと!
九十九:どうせ、今回も警視庁の無能な刑事が……えっ?
今回は違う?
千里:いらっしゃい、お客さん。
生憎だけど、ちょっと今日はウチの探偵がさ……
結城:突然の来訪、申し訳ありません。
勝海舟先生のご紹介で来ました。
探偵の結城新十郎と申します。
こちらの方は、助手の加納梨江。
九十九龍之介先生はいらっしゃいますでしょうか?
千里(※タイトルコール):探偵・九十九龍之介の怪奇手帖。
堕落の因果、序、紳士探偵。
□シーン1
結城:この度は、お忙しいところ、お時間を設けて頂きましてありがとうございます。
九十九:いえいえ、彼の有名な『紳士探偵』の訪問ならば大歓迎よ。
あのジジイにしては、珍しくまともな人物をよこしたわね。
結城:恐縮です。
九十九:そんなバカ丁寧にしなくて大丈夫よ。
加納:なっ、先生に「バカ」ってなんですか、「バカ」って!
結城:り、梨江さん……!
九十九:あら、確か、あなたは加納五兵衛の……
加納:長女の加納梨江です。
九十九:あぁ、そうだったわ。
ごめんなさいね、別に馬鹿にしたわけではないのよ。
誤解を招いたのなら謝るわ、ごめんなさい。
さっ、折角入れた英国産の紅茶をお飲みなさいな。
少し落ち着くわよ。
加納:……イタダキマス。
千里:あの龍之介が謝罪を……いたっ!
拳骨する必要があるか?!
九十九:あんたが失礼なことを言ったからよ。
千里:不条理すぎるだろ!!
九十九:とりあえず、この阿呆は放っておいて。
紳士探偵。
あなたの名声は帝都に住む者ならば知らない者はいないと言われる程だわ。
『探偵とは正義のために戦うことを務めとし、いかなる人々の秘密をも身命にかえて守ることを誇りと致す者』
――これがあなたの信条よね?
加納:そうですわ!
先生は、まさに正義の体現者なのです!!
結城:梨江さん。
すいません、九十九先生。
九十九:いいのよ、可愛らしいじゃない。
話を戻すと、あなたの慧眼は勿論知っている。
そんな貴方が、私のような輩に助力が必要な事件なんてあるの?
結城:はい、『怪奇探偵』と呼ばれている貴方だからこそ協力をお願いしたいのです。
九十九先生、ここ最近、帝都を騒がしている『別天教事件』についてはご存じですか?
九十九:ええ、いわゆる『カケコミ教』と云われている邪教の信徒が首を切られた連続殺人事件ね。
結城:はい、その通りです。
ご存じだと思いますが、事件の概要について説明をさせて頂きます。
梨江さん、お願い出来ますか?
加納:はい、わかりました。
最初の事件は、昨年の12月16日に茗荷谷の切支丹坂で教団幹部の長谷川幸三がノド笛を噛み切られた事件。
二つ目の事件は、今年の2月18日に音羽の山林の藪の中で、佐分利康子・雅子の母娘が同様にノド笛を噛み切られた事件。
母親の佐分利康子は、最初の被害者の長谷川と同じ教団幹部で、娘の雅子は教団の巫女のひとりでした。
3人とも平信徒とは違って、役付きの幹部級、いずれも夜更けに殺害されています。
九十九:大方、新聞で掲載されているものとは何ら変わらないわね。
でも、どうしてこの事件に私の協力が必要なの?
どっからどう考えても、教団に恨みを持つ人間の犯行としか思えないんだけど……
加納:先ほど述べた被害者たちに報道されていない、〝もうひとつの共通点〟があるんです。
九十九:〝もうひとつの共通点〟……?
加納:全員、「腹を裂かれて、〝綺麗に〟肝臓だけが奪われていた」のです。
現場が護国寺周辺ということもあり、警察は業病人や医者の犯行を疑いました。
あらゆる可能性を考慮して、共に調査を行いましたが有力な手掛かりは見つかりませんでした。
結城:東京帝国大学病理解剖学の三浦守治教授に遺体の検死をして頂きましたが、「殺され方が人間業ではない」、と。
それに、その殺害方法に問題があるんです。
九十九:……『ヤミヨセ』ね。
結城:流石です、ご明察の通り。
千里:なー!
盛り上がっているところ、申し訳ないんだけどさー
その『カケコミ教』とか、『ヤミヨセ』って何なんだ?
加納:貴女、助手を名乗っておいて、そんなことを知らないなんて情けないわ。
千里:なんだとー!
加納:なによ、文句があるって言うのー!
結城:ふたりとも!
九十九:いい加減に……しなさい!
千里・加納:あんぎゃ!!
九十九:ギャアギャア騒がないの!
ごめんなさいね、貴方の助手まで拳骨しちゃって。
結城:いえ、大丈夫です。
すいません、良い子なのですが、少し勝気な性格というか……
加納:新十郎さ〜ん……
結城:はいはい、痛かったですね。
九十九:お互い、手がかかる助手を持つと苦労するわね。
結城:ですね。
千里:あっ?
おい、龍之介!
その言葉だと、まるで俺がこの小娘と同じみたいな扱いじゃねえか!!
加納:ちょっと、その言い分はどういうこと!
しかも、小娘って……あなたのほうが小娘じゃない!!
千里:なんだと!!
加納:なによ、喧嘩なら買いますわ!
そこらへんの娘と違うことを証明して見せてあげます!!
千里:言ってくれるじゃねえか!
人間風情が、ねこま……あんぎゃ!!
九十九:ごめんなさいね、加納のお嬢様。
うちの助手が無礼な口をきいて。
千里:龍之介!
お前の拳骨、痛いんだよ!!
九十九:莫迦につける薬はこれしかないのよ。
加納:それよりも、新十郎さん!!
さっきのはどういうことですか?!
もしかして、私の事、嫌いなのですか!!
結城:違いますよ。
僕はそんなところも含めて、梨江さんのこと、好きですよ。
加納:えっ、そんな、好きだなんて……もちろん、梨江も新十郎さんのことを……
千里:おーい。
イチャイチャしているところ悪りぃけどさー
俺の質問に答えてくれませんかー?
結城:すいません。
『カケコミ教』というのは、新興宗教団体『天王教』の別名です。
そもそも『天王教』というのは、『広大天尊』・『赤裂地尊』という
日本の神の祖親と云われる二柱の化身・『別天王』という女性を祭神としています。
千里:なんだそりゃあ、そんな神の名前なんて聞いたことねぇなー
九十九:そんな出鱈目なことを言っているから、特高の監視対象団体になっているけどね。
でも、圧力をかけられているせいで中々手出しを出来ないのが現状よ。
千里:圧力?
結城:はい、教団の後援会の存在が大きいんです。
後援会の会長は、元公家の藤巻君惟侯爵。
そして、副会長が帝国陸軍大将の町田源次郎男爵。
2人とも社会的に影響力がある方々です。
千里:ふーん、不思議なモノだな。
九十九:何が?
千里:だってよ、特高に睨まれる時点で、そういうお偉いさんは忌避する筈だろ?
加納:本当に何も知らないのね。
千里:あっ?!
加納:教団の教祖が手強いのよ。
名前は、大野妙心。
本名は、世良田摩喜太郎。
地方の府知事を二ヵ所で務めた後、イギリスのオックスフォード大学に議会政治を学びに留学した俊英の政治家。
中央政府からは、国政の柱石たるべき人と期待されていましたけど、留学から帰ってきた途端、『別天教』を創設。
亡くなったお父様のご友人である、上泉総理大臣が大層失望していたのを覚えています。
結城:留学していた頃に何があったのかは謎に包まれていますが、
彼は何かに取り憑かれたように教団を発展させるべく、持ち前の政治的手腕を発揮しました。
「邪教」と呼ばれていながらも、社会的影響力が大きい団体へと。
九十九:当時の新聞には、『別天王』の色香に迷い、籠絡されたとか書かれていたわねぇー
千里:まあ、それなりに大きい団体っていうのは分かったけどよ。
それで、その『ヤミヨセ』って何なんだよ。
九十九:『ヤミヨセ』は、毎年11月11日の『赤裂地尊』の祭日に、不信の徒を生贄に捧げる儀式のことよ。
まあ、詳しいことは信徒じゃないとわからないんだけど。
結城:そのことについては警視庁が雇った内偵の牛沼という刑事から情報を得ています。
そもそも祭日とは言われていますが、この日だけは『赤裂地尊』は荒ぶる神となり、
血と生き肝を愛する魔人へと変貌するという不吉な日だそうです。
その化身たる『別天王』も、複数の尾を持つ獣へと変貌し、人を喰らう。
儀式は生贄を捧げ、平和の守護神に戻すことを目的としています。
そして、それを全信徒の目の前で見せるのです。
千里:おいおい、ちょっと待てよ。
「生贄」とか言っているけど、疑似的なものだよな?
九十九:あんた、忘れているでしょ。
「『別王教』が「邪教」と呼ばれている」のを。
千里:まさか……本当に……?
結城:……はい。
千里:えげつねえことをするな。
やっていることが、独裁者と変わりねえだろ……
九十九:でも、信者たちを支配するには有効的ね。
結城:はい……ですが、不思議なことがあるんです。
今回の事件の肝となるひとつの事実です。
内偵の牛沼によると、生贄に選ばれた信徒は、
異形の獣によって殺され、部屋に彼らの断末魔が響き渡る。
しかし儀式が終わると、一滴の血も流さず、生贄たちは会場を後にするんです。
まるで〝何もなかったかのように〟……
□シーン2
結城:では、明日に。
九十九:ええ、わかったわ。
国鉄渋谷駅に集合ね。
結城:はい、よろしくお願いします。
失礼しました。
加納:失礼しました。
九十九:ふぅ……
千里:ううっ……なんか、色々と情報ありすぎて頭が痛え……
九十九:知恵熱でも出ちゃうんじゃない?
千里:それはあり得る……
九十九:それにしても、『複数の尾を持つ獣』、『女神』、『ヒトの血と肝を喰らう』
――恐らくは……だとしても、有り得ない。
千里:「ただの人間が使役できるはずがない」、と言いたいんだろ?
九十九:あら、少し頭が良くなったんじゃない?
千里:うっさいなぁ……でも、龍之介の言う通りだ。
だけど、今回は〝事件だけ〟が厄介じゃない。
九十九:どういうことよ、それ。
なんか、意味深なことを言うじゃない。
千里:龍之介、忠告をしておくぜ。
あの2人、〝ただの人間〟じゃねえ。
全てがわかったわけじゃねえけど……あの結城っていう探偵。
魂が〝もうひとつ〟存在する。
□シーン3
加納:それにしても、もうこんな時間なのですね。
なにか、どこでご夕飯を――
安吾:「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」
加納:その言葉に、その声……今の主人格は、『安吾』、貴方なのですか?
安吾:おいおい、そんな嫌そうな顔をするなって。
加納:私は、貴方のことが大嫌いですから。
安吾:見た目は、お前の大好きな結城新十郎そのものなのに?
加納:だから、貴方のことが尚更大嫌いなんです!
新十郎さんを汚さないでくれますか?
あなたと違って野蛮な人ではないんですから。
安吾:おいおい、猫かぶっているお嬢ちゃんが言えた台詞かい?
それにな、俺が出てきたってことはさ……こういうことなんだよ!!
加納:なにを……キャア!!
ちょっと!
いきなり蹴らないでくれませんか?
安吾:別にテメェを蹴ったわけじゃねぇからいいだろうがよ。
加納:でも、危うく当たりそうでした。
安吾:ごちゃごちゃとうるせえな、しょうがねえだろ。
……じゃなきゃ、てめぇはそのナイフに刺さって死んでいたかもしれないしな。
加納:えっ……嘘……
安吾:バレてるんだよ!
コソコソと隠れてないで出て来いよ!!
加納:あれは……頭巾で顔を隠して……誰ですか!
安吾:名乗るわけねぇだろ、バカ。
それに身体の特徴と、俺たちを狙った時点で誰だかわかるだろ。
加納:あっ……
安吾:顔を頭巾で隠しているがあの鋭い眼付き、筋肉質の体躯に、
特徴的な日本刀の構え方……お前、内偵の牛沼雷像だろ?
加納:それじゃあ……
安吾:あぁ、木乃伊取りが木乃伊になっちまったようだな。
さて、てめぇは誰の命令で動いてる?
……ダンマリか。
だったら、実力行使でその口を割らせてやるからよぉ!!
加納:ちょっと、安吾!!
安吾:先手必勝!!
千里N:勢いよく牛沼の元に駆け寄る安吾。
一方で牛沼は、怯む様子は見せず、ただじっと日本刀を構えていた。
加納:どうして動かないの……?
もしかして、先に攻めることを見越して……安吾、ダメ!!
安吾:うおおおおおおおおお!
千里N:間合いに入ったのか、牛沼は日本刀を安吾に向かって振り下ろす。
その所作は一瞬。
「斬られた」、加納梨江はそう確信した。
加納:あっ……ああっ……
安吾:……おいおい、勝手に殺しているんじゃねえよ。
加納:う、嘘でしょ……
安吾:手ぶらで、真剣を持った相手に真っ向から挑むんならよぉ!
白刃取りが出来て、当然だろ!!
加納:いや、滅茶苦茶過ぎるでしょ……
安吾:おらぁ!!
千里N:安吾は左脚に体重をかけ、右脚を曲げ伸ばしの反動をつけて牛沼の鳩尾を蹴りつけた。
それでも一言も発することはなかったが、牛沼は体勢を崩してよろめく。
安吾:もらったぁ!!
千里N:安吾が、トドメの一発を顔面に食らわそうとした瞬間だった。
牛沼は懐から小刀を取り出し、
安吾の腕を切りつける。
安吾:ぐっ!
加納:安吾、大丈夫?!
安吾:梨江!
見るんじゃねえ!!
加納:そ、れは……血……?
あいつ、新十郎さんの、身体を……傷、つけた……?
安吾:落ち着け、梨江!!
俺はだいじょう……
加納:……どこが大丈夫なの?
安吾:ちっ、化けの皮が剝がれたか……
加納:新十郎さんを傷つけたのはだあれ?
あぁ、綺麗な赤……新十郎さんは、血まで素晴らしいのですねぇ……
安吾:後ろ!!
加納:フフッ。
千里N:一瞬の動き。
加納梨江の手には牛沼が最初に使用した投げナイフが握られていた。
そして、それで牛沼の凶刃を防ぐ。
加納:貴方ですか……新十郎さんに傷をつけたのは……
悪い子……そうですね、悪い子には、お仕置きしないといけないですねぇ。
千里N:まるで年下の子供を窘める様に彼女は言い、戦闘慣れした手つきで小刀を奪い取る。
それを投げ捨て、叩きかける様に牛沼の腰にある拳銃嚢から銃も奪い取った。
加納:ダメじゃないですか、こんな危ないモノ……没収します。
でも、使わないと勿体無いですよね。
物は使ってこそ意味があるもの。
そういえば、私ずっと思っていたんです。
拳銃の火花って花火みたいですよね?
はい、まずは右手、綺麗な花火ですね。
次は、左手、たーまやー。
次は、右足、2発だけじゃ足りませんよね?
次は、左足、大盤振る舞い。
最後の大目玉、あた……
安吾:そこまでだ、やり過ぎだ。
加納:どうして?
新十郎さんが喜ぶと思ったのに。
どうして、邪魔をするの?
あっ……
結城:梨江さん、もういいですよ。
加納:新十郎さん……?
えへへ、抱きしめられて……あったかい……
結城:ふぅ……気を失いましたか。
すいません、ヘマをしてしまいましたね。
……ん?
黒猫:にゃーお。
結城:可愛らしい黒猫さん、ずっと見ていたんですか?
黒猫:にゃーお。
結城:そうですか。
もう全て終わりましたから、帰りなさい。
今日はもう夜遅いですから。
そうだ、ご主人に伝えて下さいね。
どうか、今日のことは内密に、と。
□シーン4
千里:ゲッ……バレてるし……
九十九:アンタ、なにをやってるのよ。
まだまだ未熟者ね。
千里:う、うっせなー!
しょうがねえだろ、だいだい、急拵えの使い魔なんだからさ!!
九十九:まあ、でも使い魔を放っておいて正解ね。
全ては貴方の言った通り。
「結城新十郎は二重人格者である」、というよりは、
「結城新十郎は、『結城新十郎』と『安吾』の2つの魂で一人」
千里:そして、あの助手の女。
あいつ、中に妖を飼っている。
しかも、凶暴性が半端ねえ……
九十九:そうねぇ……
(※溜息をついた後に)本当に……安房守……アンタがよこす奴は例外なく碌でもないわ。
(間)
加納:ううっ……
結城:大丈夫ですか、梨江さん?
加納:新十郎、さん……?
あれ?
私、一体……
結城:梨江さんが、私の傷を見てパニックになったところを、安吾が落ち着かせたんです。
その、少々、乱暴な方法でしたが……
加納:あの男……!!
次出てきた時にひっぱ叩いてやります!!
あっ、ダメ、結果的に新十郎さんを傷つけちゃう。
結城:アハハ……その時はお手柔らかに。
加納:それよりも新十郎さん、あの人は……
結城:しまった……!!
千里N:牛沼の存在を忘れていたことに結城は焦った。
しかし、肝心の牛沼はその場から一切動かず、横になっていた。
“ある疑問”が脳裏によぎる。
「安吾と“彼女”は致命傷を与えてない」
「それに気を失わせるような決定的な攻撃を与えていない――にも関わらず、死体のように横たわっているのは何故だ?」
梨江の方を振り返る。
加納:どうしました?
千里N:おかしなことだった。
“彼女”は至近距離で牛沼の四肢を撃った。
しかし、「加納梨江は返り血をひとつも浴びていない」。
結城は、牛沼の元に近寄り、顔を覗く。
そして頭巾を外すと――
結城:これは……どういうことだ……?
……まさか!!
千里N:驚愕の表情を浮かべる結城。
そして、“ある事を確認する”ために牛沼の服を脱がし始める。
結城:やっぱり、そうか……
加納:新十郎さん、一体……
結城:来るな!!
加納:っつ!!
結城:あっ、すいません……大きな声を出してしまって。
梨江さん、申し訳ないのですが古田巡査を呼んで来てください。
加納:どうしたのですか……?
結城:『別天教事件』、新たな被害者です。
加納:えっ?
結城:被害者の名前は、牛沼雷像。
先の被害者と違って平信徒ではありますが、死に方は一緒です。
『喉を噛み切られ、腹を裂かれています』。
(END)
探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵
本作品はフィクションです。
劇中に登場する個人名・団体名はすべて架空のものであり、現実のものとは一切関係ありません。
皆さまが、楽しめる台本でありますように。
『紳士探偵と、お嬢様助手 ――〝普通じゃない〟彼ら』