探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵

にがつ

  1. 1
  2. □アバンタイトル
  3. □シーン1
  4. □シーン2
  5. □シーン3
  6. □シーン4

『紳士探偵と、お嬢様助手 ――〝普通じゃない〟彼ら』

探偵(たんてい)九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)怪奇手帖(かいきてちょう)堕落(だらく)因果(いんが)- (じょ)紳士探偵(しんしたんてい)

●作品情報●
脚本:にがつ
原案:坂口安吾(さかぐちあんご)明治開花(めいじかいか) 安吾捕物帖(あんごとりものちょう) 三“魔教(まきょう)(かい)”』(1950年)
引用:坂口安吾(さかぐちあんご)()はベンメイす』(1947年)
所要時間:25~30分
男女比 男性2:女性2

□あらすじ■
『紳士探偵と、お嬢様助手 ――〝普通じゃない〟彼ら』
――怪奇探偵シリーズ第二弾、前編。

<登場人物>
 九十九 龍之介(つくも りゅうのすけ)
  性別:男性、年齢:29歳、台本表記:九十九
  本作の主人公で、探偵業を営んでおり、神田神保町(かんだじんぼうちょう)に事務所を構えている。
  『怪奇探偵(かいきたんてい)』と呼ばれるイケメンではあるが、オネエ言葉を喋る。
  土御門(つちみかど)系譜(けいふ)辿(たど)陰陽師(おんみょうじ)の一族であり、陰陽術(おんみょうじゅつ)を使用できる。

 千里(ちさと)【※女性配役のキャラクターです。】
  性別:男の娘、年齢:100歳以上(見た目は10代後半)、台本表記:千里
  九十九の式神(しきがみ)である、オスの猫又(ねこまた)ではあるが―
  主人の命令で女性モノの服を着ており、華奢(きゃしゃ)で愛らしい容貌(ようぼう)から少女を勘違いされる。
  性格は自信過剰で好戦的という、良くも悪くも裏表のない不良気質の強い人物。

 結城 新十郎(ゆうき しんじゅうろう)
  性別:男性、年齢:26歳、台本表記:結城
  神楽坂(かぐらざか)で『結城探偵事務所(ゆうきたんていじむしょ)』を営んでおり、穏やかな礼儀正しい青年。
  『紳士探偵(しんしたんてい)』と呼ばれており、警視庁(けいしちょう)雇付(やといつき)という身分で警察に協力している。
  実は“ある秘密”を抱えている――

 加納 梨江(かのう りえ)
  性別:女性、年齢:18歳、台本表記:加納
  政商・加納家の娘で、自称「紳士探偵(しんしたんてい)の一番助手」。
  箱入り娘ではあるが、自由奔放(じゆうほんぽう)でおてんばな性格から、かなりの行動派。
  自身の父親が殺された事件で結城に出会い、彼に一目惚れした。

 安吾(あんご)【※『結城新十郎』の兼ね役です。】
  性別:男性、年齢:26歳、台本表記:安吾
  本名は、『坂口 安吾(さかぐち あんご)』。
  気性が荒くて闊達(かったつ)な人物で、暴力などの荒事(あらごと)を得意とする。
    
 黒猫【※『千里』の兼ね役です。】
  台本表記:黒猫
  千里が急拵(きゅうこしら)えで使い魔として確保した野良猫。

 勝 海舟(かつ かいしゅう)【※作中では名前のみ登場】
  伯爵(はくしゃく)で、官名(かんめい)は『安房守(あわのかみ)』。
  警視庁顧問(こもん)であり、安楽椅子探偵(あんらくいすたんてい)として数々の事件を解決してきた。
  結城(ゆうき)を高く評価して信頼を寄せている。九十九とは昔馴染(むかしなじ)みの間柄(あいだがら)

 牛沼 雷像(うしぬま らいぞう)【※作中では登場するが台詞なし】
  警視庁所属の警察官で、階級は巡査部長。
  『別天教事件(べってんきょうじけん)』で、『別天教(べってんきょう)』に内偵(ないてい)として潜入していた。

【上演貼り付けテンプレート】
 『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵-』
  URL  https://slib.net/102522
  Site https://nigatsu-kobo-1.jimdosite.com/

 九十九 龍之介     (♂):
 千里/黒猫       (♀):
 結城 新十郎/坂口 安吾(♂):
 加納 梨江       (♀):
 (※敬称略)

※本作は三部構成の話となっており、この話は前編となります。

□アバンタイトル

安吾:一説(いっせつ)

安吾:私は、ただ一個の不安定だ。

安吾:私はただ探している。

安吾:女でも、真理(しんり)でも、なんでもよろしい。

安吾:御想像(ごそうぞう)におまかせする。

安吾:(しか)し、真理(しんり)というものは存在(そんざい)しない。

安吾:(すなわ)真理(しんり)は、ただ探されるものです。

安吾:人は永遠に真理(しんり)を探すが、真理(しんり)は永遠に存在しない。

安吾:探されることによって実在(じつざい)するけれども、
   実在(じつざい)することによって実在(じつざい)することのない代物(しろもの)です。

安吾:坂口安吾(さかぐちあんご)、『()はベンメイす』より。


(間)


結城:ここが神田神保町(かんだじんぼうちょう)ですか。
   『本屋街(ほんやがい)』と言う事もあって、本当に本屋が多いんですね!
   ねっ、梨江(りえ)さん。

加納:…………。

結城:まだ、納得していないのですか?

加納:……新十郎(しんじゅうろう)さん、本当に協力を(あお)ぐのですか?

結城:ええ、今回の『別天教事件(べってんきょうじけん)』については、
   彼――『怪奇探偵(かいきたんてい)』の協力は必須(ひっす)だと考えています。
   だからこそ、(かつ)先生が紹介したのです。

加納:安房守(あわのかみ)様がおっしゃっていた「この世のモノとは思えない不可思議(ふかしぎ)な事件を解決する専門家」。
   確かに、今回の事件は異常であることは理解しています!
   ですが……

結城:先生の言葉が納得できないのですね。

加納:「今回ばかりは新十郎(しんじゅうろう)単独では解決できない事件だ」って……私は納得できません!
   お(そば)で、明晰(めいせき)な頭脳によって数々の難事件を解決をしてきた姿を見てきたからこそです!!
   貴方(あなた)ほどの名探偵は他にいません!
   あの 小栗虫太郎(おぐりむしたろう)探偵長(たんていちょう)よりも!!

結城:買い被りすぎですよ。
   それに、探偵とは「正義を愛するために犯罪を()く者」です。
   名利(みょうり)は二の次。
   ――さあ、着きましたよ。

加納:『九十九探偵処(つくもたんていどころ)』……なんか、辛気臭(しんきくさ)いところですね。

結城:……梨江(りえ)さん、わかっていると思いますが。

加納:わかっています!
   その『怪奇探偵(かいきたんてい)』とやらをギャフンと言わせてみます!!

結城:違いますよ。
   そして、これから協力をお願いする相手をギャフンとさせないでください。
   いいですか?
   相手方に失礼なことを言わないようにしてくださいね。

加納:もちろんです!
   なんと言っても、私は『紳士探偵(しんしたんてい)』こと結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)の一番弟子!
   この加納梨江(かのうりえ)、先生の(はじ)をかかせるわけにはいきません!!

結城:あははは……
   (※小声で)不安だなぁ……

加納:何か言いましたか、新十郎(しんじゅうろう)さん?

結城:いえいえ、何も。
   さあ、行きましょう。


(間)


九十九:こんの老いぼれジジイ!

千里:うわ!?
   イテテ……驚いた拍子(ひょうし)にソファから落ちた……

九十九;なに余計なことをしているのよ!
    私たちは、別の案件で今は忙しいの!!
    なに?
    「そんな陳腐(ちんぷ)事件(モノ)よりも、有意義な事件(モノ)を提供してやる」って?
    アーンタが持ち込んでくる事件なんて(ろく)なもんなんてないじゃない!!
    てか事件だけじゃなくて、それに関わる人間も厄介(やっかい)な奴ばっかり!!
    前の、泉山(いずみやま)っていう警視庁の刑事だっけ?
    あいつ、色々と()き乱すからイライラするのよ!!

千里:うわぁ……龍之介(りゅうのすけ)、めっちゃキレてるじゃん……
   今日一日はきっと不機嫌な日だな、これ。
   「触らぬ神に(たた)りなし」、八つ当たりされる前に退避(たいひ)を……って!
   このタイミングで来客(らいきゃく)、来ちゃう?!
   あれ、今日の俺の運勢、やばくね?
   あー、もう!
   はいはーい、今すぐ行きますよーっと!

九十九:どうせ、今回も警視庁の無能な刑事が……えっ?
    今回は違う?

千里:いらっしゃい、お客さん。
   生憎(あいにく)だけど、ちょっと今日はウチの探偵がさ……

結城:突然の来訪(らいほう)、申し訳ありません。
   勝海舟(かつかいしゅう)先生のご紹介で来ました。
   探偵の結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)と申します。
   こちらの方は、助手の加納梨江(かのうりえ)
   九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)先生はいらっしゃいますでしょうか?


千里(※タイトルコール):探偵(たんてい)九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)怪奇手帖(かいきてちょう)
             堕落(だらく)因果(いんが)(じょ)紳士探偵(しんしたんてい)

□シーン1

結城:この(たび)は、お忙しいところ、お時間を設けて頂きましてありがとうございます。

九十九:いえいえ、()の有名な『紳士探偵(しんしたんてい)』の訪問ならば大歓迎よ。
    あのジジイにしては、(めずら)しくまともな人物をよこしたわね。

結城:恐縮(きょうしゅく)です。

九十九:そんなバカ丁寧(ていねん)にしなくて大丈夫よ。

加納:なっ、先生に「バカ」ってなんですか、「バカ」って!

結城:り、梨江(りえ)さん……!

九十九:あら、確か、あなたは加納五兵衛(かのうごへえ)の……

加納:長女の加納梨江(かのうりえ)です。

九十九:あぁ、そうだったわ。
    ごめんなさいね、別に馬鹿にしたわけではないのよ。
    誤解を招いたのなら謝るわ、ごめんなさい。
    さっ、折角(せっかく)入れた英国(えいこく)産の紅茶をお飲みなさいな。
    少し落ち着くわよ。

加納:……イタダキマス。

千里:あの龍之介(りゅうのすけ)が謝罪を……いたっ!
   拳骨(ゲンコツ)する必要があるか?!

九十九:あんたが失礼なことを言ったからよ。

千里:不条理(ふじょうり)すぎるだろ!!

九十九:とりあえず、この阿呆(アホ)は放っておいて。
    紳士探偵(しんしたんてい)
    あなたの名声は帝都(ていと)に住む者ならば知らない者はいないと言われる程だわ。
    『探偵(たんてい)とは正義のために戦うことを務めとし、いかなる人々の秘密をも身命(しんめい)にかえて守ることを誇りと致す者』
    ――これがあなたの信条(しんじょう)よね?

加納:そうですわ!
   先生は、まさに正義の体現者(たいげんしゃ)なのです!!

結城:梨江(りえ)さん。
   すいません、九十九(つくも)先生。

九十九:いいのよ、可愛らしいじゃない。
話を戻すと、あなたの慧眼(けいがん)勿論(もちろん)知っている。
    そんな貴方が、私のような(やから)助力(じょりょく)が必要な事件なんてあるの?

結城:はい、『怪奇探偵(かいきたんてい)』と呼ばれている貴方だからこそ協力をお願いしたいのです。
   九十九(つくも)先生、ここ最近、帝都(ていと)を騒がしている『別天教事件(べってんきょうじけん)』についてはご存じですか?

九十九:ええ、いわゆる『カケコミ教』と()われている邪教(じゃきょう)信徒(しんと)が首を切られた連続殺人事件ね。

結城:はい、その通りです。
   ご存じだと思いますが、事件の概要(がいよう)について説明をさせて頂きます。
   梨江(りえ)さん、お願い出来ますか?

加納:はい、わかりました。
   最初の事件は、昨年の12月16日に茗荷谷(みょうがたに)切支丹坂(きりしたんさか)で教団幹部の長谷川幸三(はせがわこうぞう)がノド笛を噛み切られた事件。
   二つ目の事件は、今年の2月18日に音羽(おとわ)の山林の(やぶ)の中で、佐分利(さぶり)康子(やすこ)雅子(まさこ)母娘(おやこ)が同様にノド笛を噛み切られた事件。
   母親の佐分利康子(さぶりやすこ)は、最初の被害者の長谷川(はせがわ)と同じ教団(きょうだん)幹部で、娘の雅子(まさこ)教団(きょうだん)巫女(みこ)のひとりでした。
   3人とも平信徒(ひらしんと)とは違って、役付きの幹部級、いずれも夜更(よふ)けに殺害されています。

九十九:大方(おおかた)、新聞で掲載(けいさい)されているものとは何ら変わらないわね。
    でも、どうしてこの事件に私の協力が必要なの?
    どっからどう考えても、教団(きょうだん)(うら)みを持つ人間の犯行としか思えないんだけど……

加納:先ほど述べた被害者たちに報道されていない、〝もうひとつの共通点〟があるんです。

九十九:〝もうひとつの共通点〟……?

加納:全員、「腹を()かれて、〝綺麗(きれい)に〟肝臓だけが奪われていた」のです。
   現場が護国寺(ごこくじ)周辺ということもあり、警察は業病人(ごうびょうにん)や医者の犯行を疑いました。
   あらゆる可能性を考慮して、共に調査を行いましたが有力な手掛かりは見つかりませんでした。

結城:東京帝国大学病理解剖学(びょうりかいぼうがく)三浦守治(みうらもりはる)教授に遺体(いたい)検死(けんし)をして頂きましたが、「殺され方が人間業(にんげんわざ)ではない」、と。
   それに、その殺害方法に問題があるんです。

九十九:……『ヤミヨセ』ね。

結城:流石です、ご明察(めいさつ)の通り。

千里:なー!
   盛り上がっているところ、申し訳ないんだけどさー
   その『カケコミ教』とか、『ヤミヨセ』って何なんだ?

加納:貴女(あなた)、助手を名乗っておいて、そんなことを知らないなんて情けないわ。

千里:なんだとー!

加納:なによ、文句(もんく)があるって言うのー!

結城:ふたりとも!

九十九:いい加減に……しなさい!

千里・加納:あんぎゃ!!

九十九:ギャアギャア騒がないの!
    ごめんなさいね、貴方の助手まで拳骨(ゲンコツ)しちゃって。

結城:いえ、大丈夫です。
   すいません、良い子なのですが、少し勝気(かちき)な性格というか……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さ〜ん……

結城:はいはい、痛かったですね。

九十九:お互い、手がかかる助手を持つと苦労するわね。

結城:ですね。

千里:あっ?
   おい、龍之介(りゅうのすけ)
   その言葉だと、まるで俺がこの小娘と同じみたいな扱いじゃねえか!!

加納:ちょっと、その言い分はどういうこと!
   しかも、小娘って……あなたのほうが小娘じゃない!!

千里:なんだと!!

加納:なによ、喧嘩(けんか)なら買いますわ!
   そこらへんの娘と違うことを証明して見せてあげます!!

千里:言ってくれるじゃねえか!
   人間風情(ふぜい)が、ねこま……あんぎゃ!!

九十九:ごめんなさいね、加納(かのう)のお嬢様。
    うちの助手が無礼な口をきいて。

千里:龍之介!
   お前の拳骨(ゲンコツ)、痛いんだよ!!

九十九:莫迦(バカ)につける薬はこれしかないのよ。

加納:それよりも、新十郎(しんじゅうろう)さん!!
   さっきのはどういうことですか?!
   もしかして、私の事、嫌いなのですか!!

結城:違いますよ。
   僕はそんなところも含めて、梨江(りえ)さんのこと、好きですよ。

加納:えっ、そんな、好きだなんて……もちろん、梨江(りえ)新十郎(しんじゅうろう)さんのことを……

千里:おーい。
   イチャイチャしているところ悪りぃけどさー
   俺の質問に答えてくれませんかー?

結城:すいません。
   『カケコミ教』というのは、新興宗教団体(しんこうしゅうきょうだんたい)天王教(てんのうきょう)』の別名です。
   そもそも『天王教(てんのうきょう)』というのは、『広大天尊(こうだいてんそん)』・『赤裂地尊(せきれつじそん)』という
   日本の神の祖親(そしん)と云われる二(はしら)化身(けしん)・『別天王(べってんのう)』という女性を祭神(さいしん)としています。

千里:なんだそりゃあ、そんな神の名前なんて聞いたことねぇなー

九十九:そんな出鱈目(でたらめ)なことを言っているから、特高(とっこう)監視対象団体(かんしたいしょうだんたい)になっているけどね。
    でも、圧力をかけられているせいで中々手出しを出来ないのが現状よ。

千里:圧力?

結城:はい、教団の後援会(こうえんかい)の存在が大きいんです。
   後援会(こうえんかい)の会長は、元公家(くげ)藤巻君惟(ふじまききみただ)侯爵(こうしゃく)
   そして、副会長が帝国陸軍大将の町田源次郎(まちだげんじろう)男爵(だんしゃく)
   2人とも社会的に影響力がある方々です。

千里:ふーん、不思議なモノだな。

九十九:何が?

千里:だってよ、特高(とっこう)(にら)まれる時点で、そういうお偉いさんは忌避(きひ)する(はず)だろ?

加納:本当に何も知らないのね。

千里:あっ?!

加納:教団の教祖が手強いのよ。
   名前は、大野妙心(おおのみょうしん)
   本名は、世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)
   地方の府知事を二ヵ所で務めた後、イギリスのオックスフォード大学に議会政治を学びに留学した俊英(しゅんえい)の政治家。
   中央政府からは、国政の柱石(ちゅうせき)たるべき人と期待されていましたけど、留学から帰ってきた途端(とたん)、『別天教(べってんきょう)』を創設。
   亡くなったお父様のご友人である、上泉(じょうせん)総理大臣が大層(たいそう)失望していたのを覚えています。

結城:留学していた頃に何があったのかは(なぞ)に包まれていますが、
   彼は何かに取り憑かれたように教団(きょうだん)を発展させるべく、持ち前の政治的手腕を発揮(はっき)しました。
   「邪教(じゃきょう)」と呼ばれていながらも、社会的影響力が大きい団体へと。

九十九:当時の新聞には、『別天王(べってんのう)』の色香(いろか)に迷い、籠絡(ろうらく)されたとか書かれていたわねぇー

千里:まあ、それなりに大きい団体っていうのは分かったけどよ。
   それで、その『ヤミヨセ』って何なんだよ。

九十九:『ヤミヨセ』は、毎年11月11日の『赤裂地尊(せきれつじそん)』の祭日に、不信の()生贄(いきにえ)に捧げる儀式(ぎしき)のことよ。
    まあ、詳しいことは信徒(しんと)じゃないとわからないんだけど。

結城:そのことについては警視庁が雇った内偵(ないてい)牛沼(うしぬま)という刑事から情報を得ています。
   そもそも祭日とは言われていますが、この日だけは『赤裂地尊(せきれつじそん)』は荒ぶる神となり、
   血と生き肝を愛する魔人(まじん)へと変貌(へんぼう)するという不吉(ふきつ)な日だそうです。
   その化身(けしん)たる『別天王(べってんのう)』も、複数の()を持つ(けもの)へと変貌(へんぼう)し、人を()らう。
   儀式(ぎしき)生贄(いきにえ)を捧げ、平和の守護神に戻すことを目的としています。
   そして、それを全信徒(ぜんしんと)の目の前で見せるのです。

千里:おいおい、ちょっと待てよ。
   「生贄(いけにえ)」とか言っているけど、疑似(ぎじ)的なものだよな?

九十九:あんた、忘れているでしょ。
    「『別王教(べってんきょう)』が「邪教(じゃきょう)」と呼ばれている」のを。

千里:まさか……本当に……?

結城:……はい。

千里:えげつねえことをするな。
   やっていることが、独裁者と変わりねえだろ……

九十九:でも、信者たちを支配するには有効的ね。

結城:はい……ですが、不思議なことがあるんです。
   今回の事件の(きも)となるひとつの事実です。
   内偵(ないてい)牛沼(うしぬま)によると、生贄(いきにえ)に選ばれた信徒(しんと)は、
   異形(いぎょう)(けもの)によって殺され、部屋に彼らの断末魔(だんまつま)が響き渡る。
   しかし儀式(ぎしき)が終わると、一滴(いってき)の血も流さず、生贄(いけにえ)たちは会場を後にするんです。
   まるで〝何もなかったかのように〟……

□シーン2

結城:では、明日(みょうにち)に。

九十九:ええ、わかったわ。
    国鉄(こくてつ)渋谷駅に集合ね。

結城:はい、よろしくお願いします。
   失礼しました。

加納:失礼しました。

九十九:ふぅ……

千里:ううっ……なんか、色々と情報ありすぎて頭が痛え……

九十九:知恵熱(ちえねつ)でも出ちゃうんじゃない?

千里:それはあり得る……

九十九:それにしても、『複数の()を持つ(けもの)』、『女神』、『ヒトの血と肝を()らう』
    ――恐らくは……だとしても、有り得ない。

千里:「ただの人間が使役(しえき)できるはずがない」、と言いたいんだろ?

九十九:あら、少し頭が良くなったんじゃない?

千里:うっさいなぁ……でも、龍之介(りゅうのすけ)の言う通りだ。
   だけど、今回は〝事件だけ〟が厄介(やっかい)じゃない。

九十九:どういうことよ、それ。
    なんか、意味深なことを言うじゃない。

千里:龍之介(りゅうのすけ)忠告(ちゅうこく)をしておくぜ。
   あの2人、〝ただの人間〟じゃねえ。
   全てがわかったわけじゃねえけど……あの結城(ゆうき)っていう探偵。
   魂が〝もうひとつ〟存在する。

□シーン3

加納:それにしても、もうこんな時間なのですね。
   なにか、どこでご夕飯を――

安吾:「人間だから()ちるのであり、生きているから()ちるだけだ」

加納:その言葉に、その(こえ)……今の主人格は、『安吾(あんご)』、貴方(あなた)なのですか?

安吾:おいおい、そんな嫌そうな顔をするなって。

加納:私は、貴方のことが大嫌いですから。

安吾:見た目は、お前の大好きな結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)そのものなのに?

加納:だから、貴方のことが尚更(なおさら)大嫌いなんです!
   新十郎(しんじゅうろう)さんを汚さないでくれますか?
   あなたと違って野蛮(やばん)な人ではないんですから。

安吾:おいおい、猫かぶっているお嬢ちゃんが言えた台詞(セリフ)かい?
   それにな、俺が出てきたってことはさ……こういうことなんだよ!!

加納:なにを……キャア!!
   ちょっと!
   いきなり蹴らないでくれませんか?

安吾:別にテメェを蹴ったわけじゃねぇからいいだろうがよ。

加納:でも、危うく当たりそうでした。

安吾:ごちゃごちゃとうるせえな、しょうがねえだろ。
   ……じゃなきゃ、てめぇはそのナイフに刺さって死んでいたかもしれないしな。

加納:えっ……嘘……

安吾:バレてるんだよ!
   コソコソと隠れてないで出て来いよ!!

加納:あれは……頭巾(ずきん)で顔を隠して……誰ですか!

安吾:名乗るわけねぇだろ、バカ。
   それに身体の特徴と、俺たちを狙った時点で誰だかわかるだろ。

加納:あっ……

安吾:顔を頭巾(ずきん)で隠しているがあの鋭い眼付き、筋肉質の体躯(たいく)に、
   特徴的な日本刀の構え方……お前、内偵(ないてい)牛沼雷像(うしぬまらいぞう)だろ?

加納:それじゃあ……

安吾:あぁ、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊(ミイラ)になっちまったようだな。
   さて、てめぇは誰の命令で動いてる?
   ……ダンマリか。
   だったら、実力行使でその口を割らせてやるからよぉ!!

加納:ちょっと、安吾(あんご)!!

安吾:先手必勝!!

千里N:勢いよく牛沼(うしぬま)の元に()け寄る安吾(あんご)
    一方で牛沼(うしぬま)は、(ひる)む様子は見せず、ただじっと日本刀を構えていた。

加納:どうして動かないの……?
   もしかして、先に攻めることを見越して……安吾(あんご)、ダメ!!

安吾:うおおおおおおおおお!

千里N:間合いに入ったのか、牛沼(うしぬま)は日本刀を安吾(あんご)に向かって振り下ろす。
    その所作(しょさ)は一瞬。
   「斬られた」、加納梨江(かのうりえ)はそう確信した。

加納:あっ……ああっ……

安吾:……おいおい、勝手に殺しているんじゃねえよ。

加納:う、嘘でしょ……

安吾:手ぶらで、真剣(しんけん)を持った相手に真っ向から挑むんならよぉ!
   白刃(しらは)取りが出来て、当然だろ!!

加納:いや、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)過ぎるでしょ……

安吾:おらぁ!!

千里N:安吾(あんご)は左脚に体重をかけ、右脚を曲げ伸ばしの反動をつけて牛沼(うしぬま)鳩尾(みぞおち)を蹴りつけた。
    それでも一言も発することはなかったが、牛沼(うしぬま)は体勢を(くず)してよろめく。

安吾:もらったぁ!!

千里N:安吾(あんご)が、トドメの一発を顔面に食らわそうとした瞬間だった。
    牛沼(うしぬま)(ふところ)から小刀(こがたな)を取り出し、
    安吾(あんご)の腕を切りつける。

安吾:ぐっ!

加納:安吾(あんご)、大丈夫?!

安吾:梨江(りえ)
   見るんじゃねえ!!

加納:そ、れは……血……?
   あいつ、新十郎(しんじゅうろう)さんの、身体を……傷、つけた……?

安吾:落ち着け、梨江(りえ)!!
   俺はだいじょう……

加納:……どこが大丈夫なの?

安吾:ちっ、化けの皮が()がれたか……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さんを傷つけたのはだあれ?
   あぁ、綺麗(きれい)な赤……新十郎(しんじゅうろう)さんは、血まで素晴らしいのですねぇ……

安吾:後ろ!!

加納:フフッ。

千里N:一瞬の動き。
    加納梨江(かのうりえ)の手には牛沼(うしぬま)が最初に使用した投げナイフが握られていた。
    そして、それで牛沼(うしぬま)凶刃(きょうじん)を防ぐ。

加納:貴方ですか……新十郎(しんじゅうろう)さんに傷をつけたのは……
   悪い子……そうですね、悪い子には、お仕置きしないといけないですねぇ。

千里N:まるで年下の子供を(たしな)める様に彼女は言い、戦闘慣れした手つきで小刀(こがたな)を奪い取る。
    それを投げ捨て、(たた)きかける様に牛沼(うしぬま)の腰にある拳銃嚢(ホルスター)から銃も奪い取った。

加納:ダメじゃないですか、こんな危ないモノ……没収(ぼっしゅう)します。
   でも、使わないと勿体(もったい)無いですよね。
   物は使ってこそ意味があるもの。
   そういえば、私ずっと思っていたんです。
   拳銃の火花って花火みたいですよね?
   はい、まずは右手、綺麗な花火ですね。
   次は、左手、たーまやー。
   次は、右足、2発だけじゃ足りませんよね?
   次は、左足、大盤振る舞い。
   最後の大目玉、あた……

安吾:そこまでだ、やり過ぎだ。

加納:どうして?
   新十郎(しんじゅうろう)さんが喜ぶと思ったのに。
   どうして、邪魔をするの?
   あっ……

結城:梨江(りえ)さん、もういいですよ。

加納:新十郎(しんじゅうろう)さん……?
   えへへ、抱きしめられて……あったかい……

結城:ふぅ……気を失いましたか。
   すいません、ヘマをしてしまいましたね。
   ……ん?

黒猫:にゃーお。

結城:可愛らしい黒猫さん、ずっと見ていたんですか?

黒猫:にゃーお。

結城:そうですか。
   もう全て終わりましたから、帰りなさい。
   今日はもう夜遅いですから。
   そうだ、ご主人に伝えて下さいね。
   どうか、今日のことは内密(ないみつ)に、と。

□シーン4

千里:ゲッ……バレてるし……

九十九:アンタ、なにをやってるのよ。
    まだまだ未熟者ね。

千里:う、うっせなー!
   しょうがねえだろ、だいだい、急拵(きゅうこしら)えの使い魔なんだからさ!!

九十九:まあ、でも使い魔を放っておいて正解ね。
    全ては貴方の言った通り。
    「結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は二重人格者である」、というよりは、
    「結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は、『結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)』と『安吾(あんご)』の2つの魂で一人」

千里:そして、あの助手の女。
   あいつ、中に(あやかし)を飼っている。
   しかも、凶暴性(きょうぼうせい)半端(はんぱ)ねえ……

九十九:そうねぇ……
    (※溜息をついた後に)本当に……安房守(あわのかみ)……アンタがよこす奴は例外なく(ろく)でもないわ。


(間)


加納:ううっ……

結城:大丈夫ですか、梨江(りえ)さん?

加納:新十郎(しんじゅうろう)、さん……?
   あれ?
   私、一体……

結城:梨江(りえ)さんが、私の傷を見てパニックになったところを、安吾(あんご)が落ち着かせたんです。
   その、少々、乱暴な方法でしたが……

加納:あの男……!!
   次出てきた時にひっぱ叩いてやります!!
   あっ、ダメ、結果的に新十郎(しんじゅうろう)さんを傷つけちゃう。

結城:アハハ……その時はお手柔らかに。

加納:それよりも新十郎(しんじゅうろう)さん、あの人は……

結城:しまった……!!

千里N:牛沼の存在を忘れていたことに結城(ゆうき)は焦った。
    しかし、肝心(かんじん)牛沼(うしぬま)はその場から一切動かず、横になっていた。
   “ある疑問”が脳裏によぎる。
   「安吾(あんご)と“彼女”は致命傷を与えてない」
   「それに気を失わせるような決定的な攻撃を与えていない――にも関わらず、死体のように横たわっているのは何故だ?」
   梨江(りえ)の方を振り返る。

加納:どうしました?

千里N:おかしなことだった。
    “彼女”は至近距離で牛沼(うしぬま)四肢(しし)を撃った。
    しかし、「加納梨江(かのうりえ)は返り血をひとつも浴びていない」。
    結城(ゆうき)は、牛沼(うしぬま)の元に近寄り、顔を(のぞ)く。
    そして頭巾(ずきん)を外すと――

結城:これは……どういうことだ……?
   ……まさか!!

千里N:驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる結城(ゆうき)
    そして、“ある事を確認する”ために牛沼(うしぬま)の服を脱がし始める。

結城:やっぱり、そうか……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さん、一体……

結城:来るな!!

加納:っつ!!

結城:あっ、すいません……大きな声を出してしまって。
   梨江(りえ)さん、申し訳ないのですが古田(ふるた)巡査を呼んで来てください。

加納:どうしたのですか……?

結城:『別天教事件(べってんきょうじけん)』、新たな被害者です。

加納:えっ?

結城:被害者の名前は、牛沼雷像(うしぬまらいぞう)
   先の被害者と違って平信徒(ひらしんと)ではありますが、死に方は一緒です。
   『喉を噛み切られ、腹を裂かれています』。

(END)

探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵

本作品はフィクションです。

劇中に登場する個人名・団体名はすべて架空のものであり、現実のものとは一切関係ありません。

皆さまが、楽しめる台本でありますように。

探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 序:紳士探偵

  • 自由詩
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  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-10-09

CC BY-NC-SA
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