或るシスターの贖罪 ―あるシスターのしょくざい― (1:1)
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「或るシスターの贖罪(あるシスターのしょくざい)」
ユリアナ
元修道士の死刑囚。白髪で盲目のためばあさんと呼ばれているが、年齢は30代。(回想シーンでは20代)
ダニエル
謎の男。20才代だが、厳しい世界で生きて来たため、大人びた話し方をする。(回想シーンでは10代の少年)
上演時間 約40分
※※※
ユリアナ:神よ 産まれ落ちることが罪ならば
神よ 罰はどう受ければいいのでしょう
神よ 裁きは誰に委ねましょう
神よ 人はどう生きればいいのでしょう
神よ 許しを請うのも罪ですか
ダニエル:神よ 産まれ落ちることが罪ならば
神よ 罰はどう受ければいいのでしょう
神よ 裁きは誰に委ねましょう
神よ 人はどう生きればいいのでしょう
神よ 許しを請うのも罪ですか
(地下牢。暗くて悪臭がただよっており、遠くから囚人の奇声が聞こえてくる中、一人の男(ダニエル)が歩いてくる。黒い肌で鋭い眼光だが、若い。手には粗末な食事を乗せた盆を持っている)
ダニエル:……ばあさん、おいばあさん。いるのか? いないのか? くそ、暗くてよく見えない……。おい、ばあさん!
ユリアナ:……はい。
ダニエル:なんだいたのか、くたばったかと思った。ほら食事だ。
ユリアナ:はい……(手探りでお盆を探り当て、スープの皿に触れてなにかに気が付く)これは……。ありがとうございます。
ダニエル:こんな粗末な食事に……律儀なことで。
ユリアナ:あなたは、新しい看守さんですね。随分、お若い方……。
ダニエル:わかるのか? あんたは盲目になっていると聞いたが。
ユリアナ:……スープにまだ、ぬくもりが残っています。
ダニエル:それがなんだ。
ユリアナ:私はもう何年も温かいスープなど、食べたことがないのです。あなたはご存じないようですから。
ダニエル:は? もしかして看守は食事をちゃんと運んでないのか?
ユリアナ:ええ……何も運ばれてこない日もあります。ゴミや虫が入っていることもあります。何分(なにぶん)、私はほとんど見えないもので、口にしないことには何が入っているかもわかりませんから。
ダニエル:ま、しかたないさ。あんたは死刑囚だしな。外じゃ、食べるものがなくて死ぬやつは珍しくない。生きていられるだけましだろう。
ユリアナ:そうですか、外はまだ、パンを食べられない人達がいるのですね。教えてくださってありがとうございます。
ダニエル:あんたのことだから、そいつらの為に祈りをささげようとか思ってるんだろ。
ユリアナ:……わかっています。罪を犯した私の祈りなど、彼らの慰めにもならないことは。それでも、私には祈ることしかできないのです。どうか見逃してください。
ダニエル:相変わらずだな、ばあさんよ。いや、本当はばあさんって年でもないだろ、シスター・ユリアナ。
ユリアナ:……その名前で呼ばれたのは久しぶりです。
ダニエル:こんなところに10年も閉じ込められれば、髪が真っ白になるのも、目が見えなくなるのも無理はない。それでも、朝晩、神に祈ることだけは続けているらしいな。
ユリアナ:はい。神に祈ることができるだけ、私は幸せなのだと思います。
ダニエル:は! こんな暗い地下牢でか? 悪臭はひでえし、すでに気が狂っている囚人たちの奇声はうるさい。この環境で「幸せ」とは。
……強いのかバカなのか。
ユリアナ:そうですね、自分でも愚かかもしれないと、ときどき思います。ふふ……(笑いながら涙ぐむ)
ダニエル:なんで泣く。
ユリアナ:ごめんなさい。こんな風に人と話をしたのは久しぶりだったので。あなたは神が私に遣わした天使様なのでしょうか?
ダニエル:(馬鹿にしたように笑う)天使! 俺が!?
ユリアナ:少なくとも、私には。あなたは温かいスープとパンを私に運んでくれましたし。
ダニエル:ぬるくて薄いスープと、かびかけたパンな……。昔、あんたが俺にくれたパンの方がまだましなやつだったな。
ユリアナ:え?
ダニエル:俺の名はダニエル。まあ、覚えてないよな、10年以上前の、あんたがまだ修道院にいたときの話だしな。
ユリアナ:……もしや。あの時の少年、なのですか?
ダニエル:思い出したのか。
ユリアナ:よかった、無事だったのですね。本当によかった。
ダニエル:なにもよくねぇよ。
(回想シーン)
(ユリアナ20代、ダニエル10代。ダニエルが教会に盗みに入って、金品を物色しているところに見回り当番のユリアナが見つける)
ダニエル:ちっ……(小声で)意外と金目のものはないな……めぼしいのはこの燭台(しょくだい)くらいか。豪華なのは外側だけかよ。
ユリアナ:……誰か、いるのですか?
ダニエル:ちっ!
ユリアナ:あなたは……
ダニエル:見回りのシスターか……しまった。
ユリアナ:こんな時間に、この教会になんの御用ですか?
ダニエル:うるさい。声を出すな。
ユリアナ:そ、それは、返してください! その燭台は教会のシンボル! お願いです返してください!
ダニエル:声を出すなと言ったろう! 殺すぞ。
ユリアナ:お願いです! お願いです! お願いです!
ダニエル:うるさい。
ユリアナ:待ってください。それならば……(首にかけていたロザリオを外して差し出す)これを、これを差し上げます。だからその燭台は返してください。
ダニエル:ロザリオ……
ユリアナ:私があなたに差し上げることができるのは、これだけ。
神父さまから特別にいただいたものです。きっとあなたを護ってくれるでしょう。
だから、どうか……お願いです、その燭台は返してください。
ダニエル:俺は神なんて信じてない。教会の奴らがむかつくから盗みに入った。そんな俺でも護ってくれるんなら、ただのバカだろ。
ユリアナ:……
ダニエル:それ、大事なものじゃないのか? いいのか、なくなっても。
ユリアナ:……はい。
ダニエル:本当にいいんだな。
ユリアナ:はい。
ダニエル:先にそれを寄越せ。
ユリアナ:……(戸惑う)
ダニエル:取引をやめるか?
ユリアナ:いいえ、どうぞ、受け取ってください。これはあなたのものです。
ダニエル:……燭台はここに置く。
ユリアナ:よかった……ありがとうございます。
ダニエル:なんでお礼を言われるんだ。気持ち悪い女。
ユリアナ:盗みに入るということは、お金にお困りなのでしょう? なのに、燭台を返してくださいました。
ダニエル:いや、だから。俺はあんた一人くらいなら殺せるけど、騒がれて他の奴が来たら捕まると思っただけ。やめろよ気持ち悪い。
ユリアナ:あの
ダニエル:なんだよ
ユリアナ:あなたのような少年が、どうして盗みを? ご両親はいないのですか?
ダニエル:年上だからって、子ども扱いすんなよおばさん。俺は5歳の時から盗みをやってんだ。
親? 俺のこの肌の色が見えないのか? どう見ても奴隷だろうが。俺たちは愛の元に生まれるわけじゃない。
「労働力」として「産まされて」すぐに親から引き離される。
自分の体の何倍もある、ズタ袋運んだことあるか? よろけて転びでもすれば、すぐに鞭が飛んできて、食事を抜かれる。
奴隷のじいさんが俺を命がけで逃がしてくれたが、外に出たところで、しょせん奴隷。
生きていく術(すべ)なんてあるわけないだろ。
ぬくぬくと教会に保護されてるお前らとは違うんだよ!
俺を救ってくれる神がいるなら、ここに連れてこいってんだ!
ユリアナ:……
ダニエル:……
ユリアナ:……そうだったんですね。ごめんなさい。辛いことを話させてしまいましたね。
ダニエル:ふん。
ユリアナ:私にも親はいません。教会の前に捨てられていたそうです。だから私は外の世界を知らないのです。無神経なことを言ってごめんなさい。
神父さまのはからいで、教会に仕えることを許された私は、とても恵まれていて、無力ですね。
祈ること以外、なにもできないのですから。
ダニエル:祈ってパンの一つももらえるのならいいな。
ユリアナ:あ、お腹がすいていらっしゃるのですね。気が付かなくてすみません。少し、お待ちください。
ダニエル:は?
ユリアナ:大丈夫、あなたは何も盗んでいない、ただの客人(きゃくじん)です。だから安心して。少し待っていてください。(奥に消える)
ダニエル:……バカなのか、このシスター。
ユリアナ:(もどってきて)お待たせしました。どうぞ。
ダニエル:なんだこれ。
ユリアナ:施し用のパンです。残り物ですみません。スープも差し上げたかったのですが、もう残ってなくて。
ダニエル:はあ。
ユリアナ:温かいスープとパンをふるまっていますから、よければ火曜日か木曜日に来てください。
ダニエル:俺に施しをもらいに来いと? 俺は泥棒なのに? 神は盗みを禁じてるはずだろ?
ユリアナ:しかし、神はこうも言っています。神の下でいかなる人間も平等に神の子であると。あなたにご両親はいなくても、神があなたの親です。
常にあなたを見守り、愛していらっしゃるのです。あなたの苦しい境遇を思えば、すぐには信じられないかもしれませんが……
ダニエル:神の話は聞きたくない。だが、パンは……もらっておく。あんた、名前は?
ユリアナ:ユリアナです。あなたは?
ダニエル:ダニエル。
ユリアナ:ダニエル。いい名前ですね。あなたに神のご加護のあらんことを、ダニエル。
ダニエル:俺は、馬鹿正直すぎるあんたにとんでもない厄災が降りかからないことを祈ってるよ。ちょっとだけな。
(回想シーン終わり)
ユリアナ:あのときの少年、ダニエル……そうですか、看守に、なられたのですね。
ダニエル:なっちゃ悪いか?
ユリアナ:いえ……
ダニエル:俺は看守じゃない。俺に説教垂れたシスターが、死刑囚として囚われてるって聞いて、どんな面(つら)してるのか見てやろうと思って来ただけ。看守は、ちょっと金を握らせたから、酒でも飲みにいってるんだろう。
ユリアナ:そう、でしたか。
ダニエル:俺が看守になってたら困るのか?
ユリアナ:そういうわけでは……
ダニエル:そういわけだろ。この地下牢の囚人たちへの待遇の悪さは、有名だ。待遇なんてもんじゃないな、お前がここの看守にどんな目に遭わされたか、想像するまでもない。
ユリアナ:……私は罪人ですから。
ダニエル:ここに捕まった時、あんたまだ若かったもんな。まあまあ美人だったし、看守たちはさぞ色めき立ったろうな。
ユリアナ:やめて。
ダニエル:寝る暇もなかったんじゃねーの? ここの看守の中には、そこらの娼婦では解消できない、えげつない趣味の奴らが多いし。
ユリアナ:やめて!
ダニエル:………
ユリアナ:(震えている。荒い息)
ダニエル:なるほど、そりゃ白髪になるわけだ。
ユリアナ:(震えている。荒い息)
ダニエル:わからねーな。そんなに辛かったなら、なんで罪を否定しない?
ユリアナ:え?
ダニエル:あんたの罪状は、殺人及び、教会の金の横領……くっだらね。
ユリアナ:本当の、ことですから。
ダニエル:いや、あんたはやってない。
ユリアナ:なぜ?
ダニエル:特に理由はない。しいて言うなら勘か?
俺の仕事は看守よりも、もっと神が怒りそうなことだ。
あんたは俺も神の子だと言ったが、残念ながら、神の慈悲なんぞ俺には届かなかった。
窃盗、詐欺、殺し、クスリ、神が禁じたことをかたっぱしからやって、金と暴力で身を守って生きて来た。
金で市民権を買って、ようやく「人間」として認められた。
俺を救ってくれたのは神じゃない。自分自身と金だ。
ユリアナ:そう、でしたか。
ダニエル:だからわかるんだよ。罪を犯す奴には共通点がある。
学のない俺にはうまく説明できないが、頭のどっかが壊れちまってる奴じゃないと人は殺せない。
だが、あんたは違う。こんなところに10年も閉じ込められてるっていうのに、あまりにも「まとも」すぎる。
あんたに人が殺せるわけがない。
ユリアナ:いいえ、私が殺したんです。ステラを。
ダニエル:教会の金の横領もあんたがやったのか? 盗人の俺にロザリオをくれるような、お人よしのあんたが?
ユリアナ:……私の心が、弱かったのです。
ダニエル:ふーん。で、何に使ったんだ、その金。
ユリアナ:それは……
ダニエル:宝石でも買ったか? 男に貢いだか? それとも、貧しい人に施したか?
ユリアナ:……言えません。
ダニエル:神様って嘘ついていいって言ってたっけ?
ユリアナ:いいえ。
ダニエル:じゃあなんであんたは嘘ついているんだ。
ユリアナ:それも勘ですか?
ダニエル:勘が鈍い奴でも、それくらいわかる。あんたは嘘をつけるタイプじゃない。
ユリアナ:……そう、かもしれませんね。
ダニエル:本当は、何があった。なんであんたがここにいる?
ユリアナ:どうして、そんなことを知りたいのですか?
ダニエル:ただの興味だ。
ユリアナ:興味ですか。
ダニエル:「知りたい」って思う心は、人間の持っている欲の一つだろ? 俺はそれに従っただけ。
あんただって本当は誰かに聞いて欲しいんじゃないの? 教会の奴らはよく言うだろ? 話せば楽になるよって。
ユリアナ:……
ダニエル:話すなら早くしてくれ。俺は気が長くない。
ユリアナ:まるで懺悔のようですね。
ダニエル:やめてくれ。
ユリアナ:私が人と話をするのもこれが最後になるでしょう。ダニエル。これは、頭のおかしくなった老婆の妄言(もうげん)だと思って聞いてくれますか?
ダニエル:なんでもいい、早くしてくれ。
ユリアナ:(ためらいながら話し出す)……ステラは私と同い年のシスターでした。
シスターは、物を所有することも、誰かに特別な感情を持つことも放棄し、ただ神に祈ることに生涯をささげると誓いを立てます。
それでも、なかなか感情というものを完全に捨て去ることは難しく、年の近い私とステラは、次第に親密になっていきました。
先輩たちの目を盗んで、こっそり話をする……楽しいという感情を持つことを許されるなら、ステラとの時間がそうだったと思います。
ダニエル:ちょっとまってくれ、暗すぎて話しにくい。
(煙草に火をつける)これでいい。ああ、やっとあんたの顔が見えた。ひでえ顔だな。けど、やっぱりばあさんって年じゃないな。
ユリアナ:あまり見ないでください。今の私には、身だしなみを整えることもできないのですから……。
でも、確かに明るくなりました。闇には慣れたつもりでしたが、光があるとやはりほっとしますね。
ダニエル:なんだ見えるのか?
ユリアナ:ええ、残念ながらあなたの顔は見えませんけど、私たちの間に光があることはわかります。とても、きれいですね。
ダニエル:俺の煙草だからすぐに消えるけどな。あんたが話し終わるまでは吸っててやるよ。それで? 話を続けたらどうだ。
ユリアナ:はい、ある時、急にステラが変わり始めました。なにがどう変わったのか、当時の私にはわからなかったのですが。
そして、ある夜、私は見てしまったんです、パウロ神父様の部屋にステラが入っていくのを。
ダニエル:パウロ、ね。あいつ悪そうな顔してるよな。物腰柔らかで顔もいい人格者ってことになってはいるけど、あいつやべーだろ。
俺にはわかる、あいつ、こっち側の人間だわ。
ユリアナ:……いいえ、立派な方ですよ。
ダニエル:なんとなく察したわ。シスター・ステラ殺したの、パウロなんだろ?
ユリアナ:(息をのむ)
ダニエル:ビンゴ。簡単すぎて面白くもない。
ユリアナ:本当に勘がいいのですね、ダニエル。
ダニエル:で、あんたの友人がどうしたって?
ユリアナ:はい、ステラがどう変わったのか、やっとわかりました。
彼女は美しくなっていたんです。清貧を誓ったシスターでありながら、まるで化粧でも施したかのように、彼女からは独特の艶やかさがにじみ出ていました。
私がステラを問い詰めると、彼女ははっきり言いました。
パウロ神父を愛しているし、彼からも愛されているのだと。
禁忌を犯しているはずの彼女は、美しく、同時に邪神に魅入られているかのようで、恐ろしくもありました。
私はその関係をやめるように説得しましたが、彼女は決して聞き入れることはありませんでした。
私は、悩みました。どうしたら元のステラに戻せるのかと。
ステラと神父様の行動を注意深く見るうちに、気が付きました。
彼と関係を持っているシスターがステラだけではないことに。
ダニエル:なるほど、シスターを食い散らかす神父様。で、あんたのことは誘わなかったのか?
ユリアナ:……一度だけ、二人きりのときに神父さまが、私の髪に触れたことがありました。今まで感じたことのない、全身が総毛(そうけ)だつような感覚がして……怖くなって逃げました。
ダニエル:はは、あんたらしいな。それで?
ユリアナ:ステラが死んだあの日、なぜか深夜に目が覚めました。
隣のベッドに寝ていたはずのステラがいなくて、いつもように神父さまの部屋に行ったのだと思いましたが……言いようのない、とても嫌な予感がして、私もベッドを抜け出してステラを探しに行きました。
……そしたら、彼女の悲鳴が聞こえて。
ダニエル:殺されてた?
ユリアナ:はい。神父さまのベッドで倒れているステラは泡を吹いたまま動かなくて……首に赤い痣がありました。
ダニエル:じゃ神父がやったんだろうに。しっかし……なんで自分の女を殺したんだ。よりによって自分の部屋で。
ユリアナ:それは私にはわかりません。
ダニエル:だいたい想像はつくよな。他の女にも手を出していることがそのステラってシスターにバレて、ヒステリー起こしてみんなにバラすとでも騒がれたんだろうよ。
ユリアナ:そうかもしれません。
ダニエル:で、なんであんたが罪被ることになるんだ。人を呼べばいいだけのことだろう。
ユリアナ:混乱、していましたから。自分が見ているのが何なのかわからず、なぜか冷静にその有様(ありさま)を観察していました。
だから今でもよく覚えています。
私に、神父様は言いました。
「シスター・ユリアナ、ステラは君が殺したんだよ」と。
ダニエル:は?
ユリアナ:神父様が言ったんです。
ダニエル:で、なんて答えたんだ?
ユリアナ:「はい」とお答えしました。
ダニエル:はあぁ? なんだそりゃ!
ユリアナ:その後のことは、なんだか靄(もや)がかかったようでよく覚えていません。夢でも見ているようでした。私は捕らえられ、裁判で有罪の判決を受けました。
ダニエル:いや、意味がわかんないんだけど。
ユリアナ:自分でも愚かだと思います。けれど、これでよかったのです。
ダニエル:なんで。
ユリアナ:……私は、ステラに嫉妬していたんです。
ダニエル:は?
ユリアナ:ステラが神父さまと深い中にあると知った時、私の中にどろどろとした醜い感情があふれてきました。
ステラが神父様に愛されている様子が、脳裏にこびりついて離れませんでした。私には、厳しく教えを説く神父さまが、ステラの前では、笑ったり怒ったり、彼女にしか見せない顔があるのだと思うと。
……気が狂いそうな嫉妬が渦巻いてきて、どうにも止めることができなかった。
神父さまに、お前が殺したのだと言われたとき、その気持ちをすべて見抜かれていたような、そんな気がしたのです。
だからこれは私の贖罪なのです。
ダニエル:……いや、絶対違うと思う。神父はあんたに見られて「しまった」と思ったはずだ。
けど、あんたの馬鹿正直な性格を知っていたから、見られたついでに罪を被せようとしただけだろ。
ユリアナ:ええ、わかっています。考える時間だけはたくさんありましたから、さすがに私にもわかっています。
でもいいんです。パウロ神父様の説法(せっぽう)だけを支えに生きている、貧しい人たちもたくさんいます。彼らの救いを奪うわけにはいきません。
ダニエル:俺ならそんな生臭い説法、死んでもごめんだけどな。
ユリアナ:人間とは愚かで、弱いものですから、なにか支えが必要なのです。
たとえそれが腐った杖であったとしても。だからこれでよかったのです。
ダニエル:そういうものか? 金を、横領したのもどうせ神父なんだろ? お布施とかいって、信者からたっぷりふんだくっておいて。
ユリアナ:いいえ、私が盗んだのです。
ダニエル:だから、あんたが何に使うってんだよ。あのロザリオだって……そういえば、あのロザリオ、神父にもらったって言ってなかったか? もしかして、あれを持ってないことが裁判で、あんたの立場を悪くしたんじゃ……。
ユリアナ:そんなことありません、気にしないでください。
ダニエル:別に気にはしてない。あんたがバカなのは俺のせいじゃない。
ユリアナ:はい、その通りです。
ダニエル:……あの神父な、元気そうだぜ。こないだ司教になったとかなんとか? 「人徳者」なんてものの裏側はそんなもんだよな。くだらねえ。
ユリアナ:そうですか。お元気なのですね。よかったです。
ダニエル:本当にそう思うか?
ユリアナ:……(冷たく笑う)まさか。
ダニエル:え?
ユリアナ:彼がどんなに神の名を騙っても、私がここにいる限り、彼の罪は消えない。
私は彼のたった一人の共犯者。
私がここにいるのは、彼への復讐であり、ステラを見返す行為でもあるのです。
きっと彼の心には、私のことが小さな棘のように刺さっていることでしょう。
死んでしまったステラよりもずっと。
そう考えると少しだけ、心が晴れるのです。
ダニエル:(笑いだす)はははは! 安心した、あんたもただの人間だったんだな。いいな、初めて会ったときの聖女面(せいじょづら)よりも、今のあんたの方がいい女だ。
ユリアナ:私は聖女などではありません。
ダニエル:(だんだん笑いが消える)……俺がここに来たのは、聖女面して神の教えを説いてたシスターが、神に見捨てられて不幸のどん底にいるところを見てやろうと思ったからだ。神なんていない。この世にあるのは人のエゴだけ。
俺は間違ってなかったって確信できたのに、
……なぜだろうな、あんまり気が晴れないのは。
ユリアナ:ごめんなさいね。
ダニエル:別に。それで、このまま処刑されるつもりなのか?
ユリアナ:はい。
ダニエル:いいのかそれで。
ユリアナ:私はその時を待っています。やっと神の御許(みもと)に行けるのですから。
ダニエル:俺にはまったく理解できない。パンもロザリオもくれたのは、シスター・ユリアナ。あんただ、神じゃない。
……なあ、ばあさんよ。
ユリアナ:なんでしょう。
ダニエル:もしも、次の人生があるとしたら、あんたは、またシスターになるかい?
ユリアナ:ええ、なります。
ダニエル:まじか。
ユリアナ:……まだ、神なしで生きられるほど、私は強くはないですから。
ダニエル:なるほどな。
ユリアナ:愚かでしょう?
ダニエル:まったくだ。
ユリアナ:私は自分を不幸だなんて思っていません。こうして最後にあなたと、ダニエルと話すことができましたし。
ダニエル:俺は別にあんたを助けてやるつもりはない。まあ、食事くらいは運ぶように手配してやってもいいが……ああそうだ。ほらこれ。
ユリアナ:え、これは……
ダニエル:あのときのロザリオ。もう俺にはいらないから返しておく。(ユリアナにロザリオを渡す)
ユリアナ:売らなかったのですか?
ダニエル:おめでたい考えをしてるんだろうが違う。売ったに決まってるだろう。
けど、なぜか俺のところに戻ってきた。借金のカタに取り上げた品の中にあったから、なんとなく取っておいただけだ。
ユリアナ:そうだったんですか、不思議なこともあるものですね。
ダニエル:俺はただの偶然だと思うけどな。じゃ返したからな。
ユリアナ:待ってください。どうかこれは、あなたが持っていてください。(ロザリオを差し出す)
ダニエル:は?
ユリアナ:これはあの教会に伝わる由緒正しいものです。死刑囚である私が持っているのは都合が悪いでしょう。それに、もうじき私には必要なくなりますから。
ダニエル、あなたに持っていて欲しいのです。
ダニエル:……
ユリアナ:お願いです。
ダニエル:嫌だね。
ユリアナ:え?
ダニエル:俺にまで十字架を背負わせようったってそうはいかない。
ユリアナ:……そうですか、残念です。
ダニエル:欲深いシスターだな。
ユリアナ:そうです、私は誰よりもエゴイストで、傲慢です。それをあなたが知ってくれていることが、私の救いです。
ダニエル:俺はそろそろ行く。じゃあな、ばあさん。
あんたに神のご加護があるように、祈っておいてやるよ、……俺の汚い祈りで悪いが。
ユリアナ:いいえ、ありがとうダニエル。
あなたに会えてとても嬉しかった。信じてくださいと言える立場ではありませんが、本当です。
どうかお元気で。さようなら。
(間)
ダニエル:(モノローグ)俺は、シスター・ユリアナに最低限の食事と身の回りのものを用意するよう看守に金を渡して牢獄を後にした。
そして俺は、金と嘘と暴力にまみれたいつもの日常に戻った。
首元からなくなったロザリオと一緒に、そのまま忘れるはずだった。
しかし、ある知らせが飛び込んできて、俺にあやうく神を信じさせた。
(間)
ダニエル:おい、ばあさん! いるかばあさん?
なんだってこんなに暗いんだ……あの看守、灯りはどうしたんだ。
おい、ばあさん、聞いたか?
国王が死んだ。新国王が即位する! 恩赦(おんしゃ)だ。
助かるんだぞ、ばあさん!
おい、聞いてるんだろ、返事ぐらいしろ。
おい……どうしたんだ、いないのか?
ユリアナ?
(間)
ユリアナ:神よ 産まれ落ちることが罪ならば
神よ 罰はどう受ければいいのでしょう
神よ 裁きは誰に委ねましょう
神よ 人はどう生きればいいのでしょう
神よ 許しを請うのも罪ですか
(完)
或るシスターの贖罪 ―あるシスターのしょくざい― (1:1)