未明


 生まれ落ちた室内で私は膜を被り外界を知らぬ娘であった。せわしなく汚れてゆく私とお前。顛末を前にして文学的に言い表してみたくなる。「私は小鳥。お前も小鳥。」私の預かり知らぬ所で脂肪を落としお前は息を絶やす。


 奇蹟よと不出来な娘をあやすので他人の絵を上書きするようなことを真っ当な顔でしたのだ。兄様、まだ幼い貴方が蝋と顔料を混ぜたものをへし折ってそっと泣くので私は自分の行いを初めて恥じたのです。

3 
 教室の誰よりも早く恋を知った。私の恋煩いはお前と似て早計だった。


 あの頃、私はとべたのよ。それで今もとべたなら良かった。春だけかえってどんな時でも良い匂いと共思い返される。「兄様、私はとべたのよ。」と縋れば兄様は「僕もそうだ。」と仰る。だけども私は貴方のその慈愛が堪える。麻疹は貴方の所為でせう。あゝどれだけ上手くあれらをなぞってももう私のものでない。


 兄様の日記を見たことを咎められた。あの小鳥をあいしていたかと聞くと兄様は多少むっとして知らないと言う。何時か恋人が余所の女の口を吸っていて然しどうでも良かったけれど自分の卑しさをぶつけられて初めて知った。私は他者で出来ているのだろうからもう誰も居ない所へ行ったのなら私は虚無と変わらないのだろう。しゃがれた声で奇蹟の子とあやして欲しい。


 今年は仏壇のカステラを取らない。枯れた顔の上を涙が流れるのを見ると自分を殺したくなる。音を立てて蚊がとび、私は叩こうとしてためらった。すると蚊は私を避けて兄様をねらう。それが私の業なのだ。巻物をくるくると開く兄の腰へ私は縋った。私は兄様を傷付けるでしょう。それが私の業なのですから。兄様の着物から線香の匂いがする。
 

 虫も殺せぬお前が私を傷付けられるものかと巻物を見たまま兄様が笑う。そんなことを言う原因を作った蚊は兄様の首筋へ止まり、兄様は矢張り無心で手の平をぱちんと首筋へ当てた。根本からして違うのです兄様。だって蚊も結果として死んでしまったでしょう。私は畳へ放られた蚊を摘まんで呆然としている。

未明

未明

20200927のネットプリントから。不出来な少女の懺悔です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-10-05

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