暗黒大陸の〝騎士(ナイト)〟たち

koyasumi

 不意の強い風に、紀野鳴(きの・めい)はとっさに腕で顔を覆った。
「うわ……」
 口の中がじゃりじゃりとする。帽子の下の髪もとっくに砂まみれになっているだろう。
 見渡す限りの砂――
 という鳴の砂漠のイメージとは違い、そこは確かに茶色の世界ではあったが遠くに大きな岩や緑の葉を茂らせた樹木なども見受けることができた。
 しかし、とにかく茶色という印象が強い。
 それは乾いた大地と、何より経験したことがないと思えるほど強い日差しのせいだろう。
「大丈夫ですか、ハナさん」
 こくこく。傍らの小さな影がうなずく。
 彼女――ハナはいつも服装にこだわらず、髪も無造作に短く刈っただけという少年のようななりをしているが、この灼熱の地ではさすがに最低限の装備は身にまとっていた。
「やっぱり、ミンさんと向こうで待っていたほうが」
 ふるふる。無表情に首をふる。
「じゃあ、もうすこし僕に近づいてください。そこだと僕の影から出ちゃいますから」
 むっ。愛らしい顔にかすかにしわが寄る。
「ハナさん?」
 なぜ機嫌を悪くしたのかわからない。
「あっ」
 とことこと。鳴と位置を入れ替えようとする。
「ちょっ……だめですよ! こっちだと陽がまともに」
 きっ。小動物を思わせる大きな瞳がこちらを見る。
「あ……」
 わかった。
 不機嫌の理由――それは自分が一方的にかばわれていると感じたためなのだ。
「あの、お気持ちはわかりますが、ここは僕のほうが」
 むっと。眉間のしわが深くなる。
「あ、いえ、ハナさんが小さいから日差しをさえぎれないと言っているわけでは……」
 言っていることにはなっている。
「僕はハナさんの従騎士です!」
 力強く。ここは主張する。
「特別に騎士にはしてもらえましたが、まだまだハナさんに学ばせてもらうことは多いと思っています」
 かすかに。無表情な表情から怒りがやわらぐ。
「従騎士として、仕える騎士の方に戦いの場以外で負担をかけさせるわけにはいきません。それに……」
 見つめ返す。
「ハナさんはレディです」
 ゆれる。その瞳から目をそらすことなく、
「騎士としてレディを守るのは当然です。……実際は僕のほうがはるかにハナさんに助けられていますけど」
 思わず情けない顔になりかけるも、そこはぐっと気を引き締め、
「でも、だからこそ、できることがあれば自分がしたいんです。ハナさんにしてあげられるようなことがあれば……僕が」
 ゆるぎのない。心からの想いだった。
 それが通じたのか、
「ハナさん」
 変わらない無表情のまま、彼女は元いたところに戻った。
「だからもうすこし近づいてください。そこにいると僕の影から出て……」
 そこに、
「惜しいわねー」
 含み笑い混じりの声を聞き、そちらを見る。
「ミンさん」
 そこに立っていたのは、日傘を始めとした日焼け対策をこれでもかと施した女性――フランソワ・ミンだった。
「あの、迎えの人はまだ来ないみたいで」
「わかってる、わかってる」
 ひらひらと手をふり、
「だって、二人のこと、ずっと見てたから」
「えっ!」
 にやり。からかうような笑みを浮かべ、
「言うようになったわねー、鳴クンも」
「な、何を」
「『ハナさんはレディです』」
「……!」
 聞かれていた――! いや、騎士として当然のことを口にしただけなのだが。
「けどねー」
 これ見よがしにため息をつき、
「まだまだわかってないのよねー」
「わかってない……?」
「鳴クン」
 近づいてくる。かすかな香水の匂いを感じ、思わずどきっとなる。
「あなたが言った通り、ハナはレディなのよ」
「は、はい」
「こんな暑さだもの。何の用意もなしであなたに……」
 ハナの身体がぴくっと跳ねる。
 そして、あたふたとミンの口を閉じようとする。
「ハナさん……?」
 ますます戸惑わされる。
「だって、言わないとわからないしねー」
 言わないで! そう主張するようにぶんぶんと頭が横にふられる。
「だから注意したでしょ。せめて制汗スプレーくらいは持ってきなさいって」
 はっとなる。
「制汗……」
 そうか、そういうことか。
「ハナさん」
 笑顔を見せつつ、
「平気です。僕、ハナさんが……」
「はい、ストップ」
 手のひらが口をふさぐ。
「そこから先はだめよ」
「? ?」
「まさかとは思うんだけど」
 耳元でそっと、
「『汗のにおいなんて気にしない』とか言おうとしてた?」
 うなずく。
「はぁ……」
 天を仰いでため息をつかれる。
「あのでも、僕、本当に」
「そういう問題じゃなくてねぇ」
 ぎろり。
「う……」
 至近距離でにらまれ、思わず後ろに下がる。
 と、すぐまたため息顔になり、
「あなたには何から教えればいいのかしらねえ」
「ご、ごめんなさい」
「いいわよ。多かれ少なかれ、騎士の男ってあなたみたいなのばっかりだから」
「はあ……」
 理由がはっきりしないまま、ただただかしこまるしかなかった。
 ちらり。
 ハナのほうを見る。
 彼女は「知らない!」と言いたそうにそっぽを向いていた。とたんに申しわけなさで胸がいっぱいになる。
 と、そのとき、
「……!」
 多量の砂を含んだ一際大きなつむじ風がこちらに向かってきた。
「ハナさん!」
 身体が動いていた。
 腕の中で――
 はっとふるえる気配が伝わるも、鳴は彼女を離さなかった。
 やがて風が過ぎたのを感じ、
「大丈夫ですか? 砂は……」
 じたばた。
「えっ」
 腕の中で。小さな身体が暴れる。
 ぐいぐいとこちらを押しのけようとする。
「あの、その……」
「はぁぁ~」
 大きなミンのため息が聞こえる。
「なんにも聞いてなかったの、わたしの話」
「でも、いま風が来て、だから」
 不意に――
「その子を放せぇぇっ!」
 轟く。
 砂塵の舞う荒野に響いたその声に鳴は息を飲む。
「!」
 跳んだ。
 漂う砂煙の中から。
 その人影は一直線に鳴を目がけて――
「ぐはっ!」
 顔面への拳をまともに受け、苦悶のうめきと共に吹き飛ばされる。
 本来だったら避けられたかもしれない。
 だが腕の中にはハナがいた。万が一にも彼女に当たったらという思いが鳴の動きをにぶらせていた。
「ああっ!」
 抱きしめられた。
 ハナが。
 鳴を殴り飛ばしたその人影に。
「もう心配ないぞ」
 言う。
「あの変態はオレがやっつけたからな。だから……」
 直後、
「――!?」
 回転する。
 信じられないという顔で上下反転した人影が地面に叩きつけられた直後、
「うぎゃぁぁーーーーーーっ!」
 腕を完全に極められたその絶叫が辺りにこだました。
「大丈夫?」
「あ……はい」
 顔を押さえつつ立ち上がった鳴にミンが近づく。
「僕より向こうのほうが……」
「もー、人がいいわねー」
 あきれたように肩をすくめた後、いまも絶叫をあげている人影のほうを見る。
 少年だ。
 年は鳴と変わらないくらいに見える。
 濃く黒い肌はこの土地の出身であることをうかがわせ、両手首と足首につけた独特な意匠の装飾物が印象的だった。
「はい、タップタップ」
 ミンに肩を叩かれ、ハナはようやく少年を解放する。
 しかし、無表情ながら漂わせる怒気は消えず、それを相手も感じ取ったようだ。
「な、なんで」
 涙目で困惑する少年に、
「そりゃー、怒るわよねー。自分のかわいい元従騎士を殴り飛ばされたりしたらー」
「えっ!」
 驚きの目がこちらに向けられ、そしてすぐさまハナへと移る。
「従騎士……この子の?」
「この『子』とか言ってるけど、たぶん、ハナはあなたより年上よ」
「ええっ!」
「レディがいきなり知らない男に抱きつかれたら怒るわよねー」
 絶句。
 少年は何度か口を開け閉めした後、
「……す……」
 がばっ! 茶けた大地の上に勢いよく平伏する。
「すみませんでした!」
 全力の謝罪にも、怒りの色は消えない。
「ほらほら、だめでしょー」
「えっ」
「謝るのはハナにだけじゃなくてー」
「あ……」
 ばつが悪そうに。少年がこちらを見る。
「だ、だってよぉ」
 自分は悪くないと口をとがらせ、
「嫌がる子どもに乱暴してるって思ったから……騎士としてほっとけないだろ」
「えっ」
 騎士――
 では、ひょっとして彼が自分たちの待っていた――
「言いわけしない!」
 ミンの厳しい言葉にびくっと少年の背がそる。
「自分のしたことを取りつくろったりしない。それが騎士よ」
「う……」
 たちまちまた弱々しく眉尻を下げる。
 と、覚悟を決めた顔になり、
「すみませんでした」
「う、うん……」
 地面に手をついたまま深々と頭を下げられ、鳴は逆にいたたまれなくなる。
「僕も誤解されるようなことをしたから……」
「だよな!」
 とたんに顔をあげて目を輝かせるも、
「調子に乗らない」
「う……」
 たしなめられ、すぐにおとなしくなる。
(なんだか……)
 憎めない。殴られたことを忘れ、そう思った。
「あなたよね」
「えっ」
 目を丸くする彼に、
「迎えの人。ウアジェ館長からの」
「……!」
 はっとなり、
「しっ……失礼しました!」
 立ち上がると、びっと姿勢を正す。
「現生騎士団東アジア区館館長代理フランソワ・ミン様ですね!」
「もー、極端な子ねー」
 やれやれとため息をついて、
「違うわ」
「えっ」
「フランソワ・ミンはそっちの子よ」
「えええっ!?」
 ハナを見てまたも驚愕の声をほとばしらせる。
「冗談よ」
「冗談……」
 あからさまにほっとなる。と、すぐさま険しい表情で、
「や、やめてください! 騎士が嘘をつくなんて!」
「嘘じゃなくて冗談って言ったでしょ」
 年下の彼を再びたしなめるように、
「これくらいのことで怒るようじゃねぇ、将来もガチガチのままよ」
「う……」
「まぁ、騎士の男ってそんなのばっかりだけどねぇ」
 ため息と共にいつもの自論を口にする。
「す……すみません」
「って、なんでおまえがあやまるんだよ」
「あっ」
 いつの間にか頭を下げていた鳴は、思わず頬を熱くする。
 少年が吹き出し、
「変なやつだな、おまえ」
「はは……」
 笑うしかない。
「もー、情けないんだから、鳴クンは」
 こくこく。ハナも「情けない」と言いたそうにうなずく。
「ごめんなさい……」
 そこに、
「おい、こいつは悪くないだろ」
 思いがけず黒い肌の少年がかばってくれる。
「あ、ありがとう……」
「ん? お、おう」
 少年がはにかむように目を伏せる。
「はいはい、男の子同士で仲良くしてない」
 ミンが割りこみ、
「まー、でも、こういうのも〝交流〟っていうのかしらね」
 交流――
 鳴は思い出す。
 自分たちがこの遠い異国の地に来た――その理由を。

「アフリカ区館に……ですか」
 突然の提案に、鳴は驚きを隠せなかった。
「まー、学園と同じでね。区館同士の壁を取り払おうっていう改革の一環なわけ」
「はぁ……」
 騎士になったばかりの身としては、ミンの説明に「なるほど」とうなずけるところがあまりない。
 現生騎士団――世界最大の騎士組織にして主権実体。
 それが七つの区館(プライオリー)に別れていることはさすがに知っている。鳴の所属する東アジア区館もその一つた。
 組織が世界規模であることからも、ある程度地方に支部のようなものができるのはうなずける。
 しかし――
「区館同士ってそんなに仲が悪いんですか」
「うーん……」
 難しい顔で頬をかく。
「それぞれの事情があるっていうかね」
「事情?」
「まあ、同じ騎士団って言っても」
 生徒にものを教えるかのように指をふり、
「それぞれの区館……っていうか地域特有の文化があるわけね」
「はあ」
「別に悪いことじゃないの。地域には地域の事情があるし、わたしたち〝騎士団〟の究極的な目的のために一律のやり方で縛らないほうがいいっていうのは合理的だわ」
 究極的な目的――
 それは『騎士道の実践』である。
 そもそもの〝騎士団〟の始まりは、過酷な旅をする巡礼者を盗賊や戦といった凶刃から守ろうとする者たちの集まりだった。
 九百年の時を数える現在も、その基本理念は変わらない。
 ゆえに国に所属しない立場で、国家と並ぶ主権実体という独自の道を今日も歩んでいる。
「ただ地域の活動が主になるとねー、結果として閉鎖的にはなるわけよ」
「はあ……」
「交流なんかも当然なくなるし」
「で、でも」
 そこではっとなり、
「オセアニア区館の人たちとはとても仲良くしてますよね」
「まー、お隣同士だしねー。館長たちも仲がいいし」
 そう言ってすぐ口もとが引きつる。
「館長……それがまた問題なのよ」
「はあ」
「ただでさえアクの強い人が多いからねー」
 アクが強い――確かに個性的ではある。
 孫大妃(スン・ターフェイ)。東アジア区館のトップである彼女は、個性的という言葉が控え目に思えるほどの巨体の持ち主だ。性格も見た目同様に豪快であるが、面倒見が良く頼りがいのある彼女は区館の騎士全員から慕われている。
「アフリカ区館の館長も、その、個性的な方なんですか?」
「はぁぁぁー」
 ため息が深くなる。
「個性的とかそういうことはひとまず置いておいて……悪いのよ」
「は?」
「悪いの! 仲が! もうウチのオバサンと無茶苦茶仲が悪いんだから」
「む、無茶苦茶……」
 そこまで言うからには、本当に相当なのだろう。
 鳴のイメージでは、あの向かうところ敵なしのオーラを全開にしたターフェイに正面切って敵対できる人間がいるとは思えないのだが。
「館長同士がそうだもん、区館の交流なんてまずないわよ。わたしだって向こうの人に会ったことなんてほとんどないし」
「はぁ……」
「だからね」
 不意に。笑顔がこちらに迫り、
「鳴クンなわけよ」
「えっ」
「ぴったりでしょー。鳴クンは将来ウチの区館を背負って立つことになるわけだしー」
「そんな、背負って立つなんて」
 驚いて首をふるも、ミンは引かず、
「あの万里小路在香(までのこうじ・ありか)さんの弟子なわけだしー」
「師範にはもう破門されて……」
「従騎士期間をあっという間に終わらせて騎士になったわけだしー」
「それは、もう、特別にというか……」
「鳴クン」
 声が真剣みを帯びる。
「実際、あなたは適任なわけよ」
「え……」
「あなた、まだこの区館に来て日が浅いでしょ」
 そう言うと、ばつが悪そうに頭をかき、
「あんまりね……フラットになれる人がいないのよ」
「フラット……」
「あちらさんに対して」
 もう吹っ切れたというように、
「いい印象がないわけよ、アフリカ区館に対して。正直わたしもね」
「は、はあ……」
「けど、あなたにはまだそういう先入観がない」
 目が真剣さを増し、
「あなたなら向こうの本当の姿を見られる。わたしはそう期待してるの」
「期待なんて」
「あなたが適任なの」
 声に。再び力をこめて言われる。
「う……」
 こうして――
 区館〝交流〟のための鳴のアフリカ行きは決まったのだった。


「それにしてもずいぶん待たせたわねー」
 初対面にして早くも苦手意識を持ったのか、黒い肌をした少年はミンの冷ややかな言葉に肩をふるわせ、
「あの、その、待たせるつもりは」
「なかった?」
「はい……」
「ふーん」
 含みを持たせた笑みを見せ、
「様子を伺ってた?」
「……!」
「さすが地元よねー。こんな見晴らしのいいところで人が隠れられるなんて、さすがに思ってなかったわー」
「か、隠れてたわけじゃ」
「ない?」
「う……」
「ないの? 聞いてるの、わたしは」
 追いつめられきった顔で、
「あ……ある」
「んふふー」
「あの、ミンさん」
 さすがに見ていられないと、
「僕たちを迎えに来てくれた人にそんな」
「黙ってて」
 するどく。切り捨てられる。
「これは信義に関わる問題なの。区館同士のね」
 そう言われると、もう何も口をはさめない。
「けど、一つだけはっきりしたわー」
 再び笑顔を少年に向け、
「アフリカ区館がどれだけわたしたちを軽くあつかうつもりかってことが。こんな子どもを迎えによこした時点で」
「っ……」
 瞬間、
「子どもじゃない!」
 すまなそうにしていた少年が声を張り上げる。
「おいらはクン・ベ! 現生騎士団アフリカ区館所属〝騎士(ナイト)〟クン・ベだ!」
「あっ……」
 そこでようやくお互い自己紹介もしていなかったことに気づく。
「ぼ、僕は……紀野鳴!」
「メイ……」
 少年――クンがはっとこちらを見る。
 鳴はあたふたと、
「こちらはフランソワ・ミンさん。こちらはハナさんで……」
「はいはい、自己紹介はあと」
「けど、名前くらい」
「クン……〝クン〟って言ったわね」
 いつものような『鳴クン』と同じ調子では呼びづらそうに言った後、
「あらためて聞くわ。あなた一人を迎えによこした意図は何?」
「意図なんて……おいらは館長に行けって言われただけで」
「それでたった一人で来た。命令に従って何の疑問も持たずに」
「ミンさん」
 責めるような口調にたまらずまた止めに入る。
「本当に人がよすぎるわよ、鳴クン」
 ため息まじりに言われる。
 そして、冷ややかな目を再びクンに注ぎ、
「わたしたちは一時間近く待たされたの。一分一秒正確にとまでは言わないけど、誠実を重んじる騎士としては許される態度じゃないわ」
「は……はい」
「鳴クンはね」
 不意に話が飛んでくる。
「この炎天下、ずっと迎えが来るのを待ってたのよ」
 またもクンがこちらを見る。
「わたしは『岩の陰に入ってたら』って言ったんだけど、それだと迎えの人が見つけられないかもってずっと太陽の下に立ってたのよ」
「ずっと!? マジか……」
 信じられないというように瞳がゆれる。
「鳴クンだけじゃないわよ。この過保護な保護者も一緒に待ってるって聞かなくてね」
 そう言われても、相変わらず無表情なハナ。
「わたしはさすがに日陰にいたわ。全員熱中症でダウンってわけにいかないし」
「ご……ごめんなさい」
 またも思わずあやまってしまう。迎えの相手に対する誠意のつもりだったが、確かに異国の地の酷暑を過信していたとは思う。
 と、気づく。
「ミンさん……」
 ひょっとして――
 先ほどからずっと怒っていたのは、こちらを思ってのことだったのか。
「悪かった!」
 あらためて。クンが深々と頭を下げる。
「おいら、あんたたちのこともうすこし知ってからって思って、それで声かけられなかったんだ。最初からずっとあそこに立って待ってたなんて知らなかった」
「また言いわけ?」
「う……。だ、だって、先輩たちからもいろいろ聞いてて」
「あっ」
 気づかされる。
「同じですよ、ミンさん!」
「えっ」
「僕と! 僕と彼は同じなんです!」
「……ごめん。ちょっとよくわからない」
「だから!」
 じれったい思いを抑えきれず、
「先入観のない人間をよこしたんですよ! 僕が選ばれたみたいに!」
「あ……」
 納得したという顔になる。
「そういう考え方もあるか。確かに盛大にお出迎えって間柄じゃないもんね」
 うんうんとうなずきながら腕を組み、
「まあ、あの館長だから、そうやって自分の区館の権威を見せつけるみたいなことしてくると思ったんだけど、他の騎士たちがどうしたっていい顔しないもんね」
「そ、そうだよっ」
 そこへクンも、
「あんたらの悪口は、その、いろいろ聞いてて。規律とか常識とかぜんぜんなくて、館長が先頭に立って好き勝手してるとか」
「館長に関しては完全にその通りだけどねー」
「でも、おいら、実際に会ってもないのにこうだって決めつけるのは良くないって思って」
「ふーん」
 クンを見る目がやわらいだものに変わる。
 と、頭をかき、
「失敗しちゃったわねー。わたしが印象悪くしちゃったかしら」
「そ、そんなことないっ」
 ぶんぶんと首を横にふる。
「そいつのことで怒ってるって……わかったから」
 うれしくなる。彼もミンの想いに気づいていたのだ。
「鳴でいいよ」
「えっ」
「僕のこと。『鳴』って呼んでくれて」
「お……おう」
 照れくさそうに視線を外し、
「じゃあ、おいらもクンな」
「うん、クン」
 ぱっと笑みがはじける。彼が初めて見せた笑顔だった。
「ふふっ」
 ミンもまた笑い声をもらす。
「交流の第一歩は、まずまずってところじゃない」
 こくこく。隣のハナがうなずいた。


「みんな! お客さんだぞ!」
 集落の境界と思しき柵の内に入った瞬間、無数の小さな影が歓声をあげてクンに飛びついてきた。
「遅ぇーぞ、にいちゃん!」
「とっくにごちそう作って待ってたんだからな!」
「コ、コラ……だから、その、お客さんが」
「あやまれよなー、にいちゃん!」
「みんな! にいちゃんのことやっつけちゃおうぜ!」
「お、おい!」
 姿が見えなくなるくらいの数の子どもたちにぶら下がられたクンを前に、鳴はさすがにあぜんとなる。
「あらあら、人気者みたいねー」
「ですね……」
 ミンの言葉に、口もとを引きつらせつつうなずく。
「というか、大したものよ」
 感心の色合いが変わる。
「あんなに子どもに抱きつかれてるのに、ぜんぜん足腰はぶれてないわ」
「あっ」
 言われた通りだ。
 普通だったら完全にバランスを崩している。
 しかし、鳴より長身ではあるものの際立って大柄でも頑健でもないクンが、大量の子どもたちを抱えながらもまったく乱れを見せていない。
「……あれ?」
 思わぬ〝既視感〟をおぼえる。
「どうしたの」
「いえ」
 自分でも、その既視感の説明ができない。
 軽く肩をすくめるとミンは言葉を続け、
「単純な腕力とかじゃないわね。明らかに筋肉ムキムキなタイプじゃないし」
「ですね……」
「身体の〝芯〟が強靭なのよ。もともとアフリカ区館の身体能力はずば抜けてるとは聞いてたけど」
「違います」
「ん?」
「最初からの資質もあると思いますけど」
 確信をこめて言う。
「丹念に鍛えられたものです」
 そう、既視感は最初に殴られたときにも感じた。そのときの動揺もまた回避の遅れた理由の一つであった。
「鍛えられた……」
 かすかに首をひねりつつ、視線を戻す。
 ようやく子どもたちから解放されたクンがこちらに来る。
「すいません、騒がしくて」
「いいのよいいのよ、元気でー。……で」
 笑顔の中に険を含ませ、
「この村がアフリカ区館の本部ってわけじゃないわよね」
「う……」
 もはや完全に苦手意識が染みついたらしく冷や汗をにじませ、
「あの……すこしここで休憩でもって」
「休憩ぇー?」
「ミ、ミンさん」
 またも思わずフォローに回る。
「ハナさんも疲れてるでしょうし、ここは言葉に甘えて……」
「確かに疲れてるわよねー、炎天下であなたに付き合って」
「う……」
「まあ、いまも疲れてるみたいだけど」
「えっ」
 とっさに視線を向けた先で、
「ハナさん!?」
「お、おいっ!」
 鳴とクンの驚く声が同時に響く。
 クンを解放した子どもたちが、なんと今度はハナを取り囲んでいた。
「わー、かわいー」
「ねー、どこの子ー」
「やめろよ、びっくりしてるだろー」
「おまえも近づきすぎだぞー」
 クンがあわてて、
「やめろ、おまえら!」
 子どもたちの間に割って入る。
「その人はハナさんって言って……」
「ハナちゃんって言うんだー」
「かわいー」
「だからよぉ!」
 説明する間も惜しいと、ハナが怒り出すのを恐れるように子どもたちを――
「……!?」
 笑っていた。
 実際には表情は変わらないが、彼女の微笑む〝気配〟をクンも感じ取ったようだ。
「大丈夫」
 鳴は、
「ハナさんは小さな子を相手に絶対怒ったりしないから」
 言う。確信をこめて。
 大勢の子どもに囲まれて戸惑うハナだったが、事実、拒絶したり不快感を示すようなことはまったくなかった。
「おまえたち……」
 眼前の光景に見入っていたクンがつぶやく。
「いいやつだな」
 その言葉に、こちらも自然と微笑む。
「つーかさ」
 面はゆさをごまかすように乱暴な口調で、
「こうして混ざってるとぜんぜん区別つかないよな。一人前の騎士なんだが本当の子どもなんだか」
 直後、
「うぎゃーーーーーーーーっ!!!」
 瞬く間に腕関節を極められ、絶叫をあげてのたうち回る。
「すっげー!」
「ハナちゃん、つよーい」
「クン、なっさけねー」
「おまえら、見てないでやめさせ……ぎゃーーーーっ!」
 鳴とミンもまた、子どもたちと共に笑い声をあげるのだった。

「おい」
 はっと。
「わ……!」
 昼間の疲れもあったのだろう。与えられた一室で深い眠りについていた鳴は、寝台から転がり落ちそうになった。
「何やってんだよ」
 暗闇の中。苦笑する気配が伝わってくる。
「クン……?」
 笑いが止まる。
「支度しろ」
「えっ」
 あぜんとなる。
「支度って」
「………………」
「あの、ミンさんとハナさんは」
「そんなの……」
 照れるように口ごもり、
「おまえが起こしに行けよ。今日会ったばかりのおいらがレディの寝室に行くなんてできないからな」
「うん……そうだよね」
 寝起きのぼんやりする頭でそう答える。
 また苦笑が伝わり、
「ったく、敵地で平気で寝られるなんて、見た目よりぜんぜん図太いよな」
「敵地……?」
 物騒な言葉が覚醒をうながす。
「あ……」
 失言だったというように、
「そ、そんなつもりじゃない。そっちこそそういうつもりじゃないかって」
「同じだよ」
 ためらいなく。
「僕はまだ何も知らない」
「え……」
「キミたちのことを。本当に何も知らないんだ」
「………………」
 クンは、
「急いでくれ」
 それだけを言い、逃げるように部屋を出ていった。


「クンくーん」
 この上なく不機嫌な声に、前を行くクンの肩が跳ねる。
「怒っていいかしらー? 怒っていいわよねー」
「う……」
「ミ、ミンさん」
 またもかばう側に立ち、
「よかったじゃないですか……」
「はい?」
「ようやくアフリカ区館の本部に案内してもらえるんですから」
「こんな夜中にー?」
 夜中――
 正直、鳴だって困惑している。
 クンに案内された村で歓待を受けた自分たち。アフリカ区館の本部へ行く前になぜ? と思ったがその説明はなく、ささやかながらも心のこもったもてなしの中、質問を切り出せないままに時は過ぎた。
 そして日は落ち、今日はこのまま村に宿泊ということになった。
 そこへ、この突然の出発なのだ。
「んふふー」
「う……」
 怒りをにじませたミンの笑顔に鳴もふるえあがる。
「これは、ウチの館長じゃなくてもケンカしたくなっちゃうわねー」
「ミ、ミンさんっ」
 あわてふためくも、彼女はいまは何もするつもりはないというように一つ頭をふって再び歩き出した。
「い……」
 いまは? これでアフリカ区館の本部についたらどうなってしまうのだろう。
 と、クンが早足でまた先頭に立つ。
 月が煌々と輝き足元を照らしてくれているのが、慣れない土地の夜道を行く鳴たちにとって幸いと言えば幸いだった。


「……!」
 一時間ほど黙々と歩いた――そこに、
「ここです」
 息を飲む一同にクンが言った。
「ここが〝水鳥の宮殿〟。みなさんを案内しろと言われたところです」
 宮殿――まさにその響きが似合う優雅な白壁の建造物だった。
 しかも、それは澄んだ水をたたえた湖の中心にあった。
 天上の月の光が湖面にゆれてきらめく中、鳴は自分たちが幻想の世界に入りこんだかのような錯覚を覚えた。
「どうだ」
 心持ち。得意げにクンが胸を張る。
「クンくーん」
 ぐりぐり。
「ううっ……」
「ミンさん、いじめないでください……」
 またも成り行きで、クンの頭を拳ではさむミンをなだめる。
「で、何? あの立派なお城で館長サマはお待ちなわけ」
「は、はい……」
「ふーん」
 またも不機嫌さむき出しの笑みを浮かべつつ、
「行きましょう」
「ミ、ミンさん……」
「なーに、鳴クン」
 笑顔がこちらに向けられる。
「向こうのご招待よー。こーんな真夜中にねー」
「あの、できるだけ穏便に」
「穏便に……」
 笑みが消える。
「行かせてくれないみたいよ」
 鳴もそれに気づく。
 静まり返った夜の空気。その中に明らかに〝敵意〟と言うべき気配が漂い始めたことに。
「爺ちゃん……」
 つぶやきにはっとクンを見る。
 ミンは飄々と、
「ここまで来ると、クンくんをいじめる気にもなれないわねー」
「お、おいらは知らない。ただ……」
「ただ?」
「……!」
「ほーんと、嘘をつけないところは騎士ってカンジよねー」
「う……」
 口もとを引きつらせるも、すぐに何か覚悟を決めたという表情を見せる。
「これ以上しゃべるつもりはないってこと?」
「………………」
「そういう頑固なところも騎士よねー」
 あきれたように言って、
「見てなさい」
 クンに背を向ける。
 その手に彼女の騎士槍――〝戦輪(せんりん)の槍〟がひるがえる。
 鳴とハナもそれぞれの騎士槍を構え、周囲に油断のない視線を送る。
 湖から流れてきたものだろうか、いつのまにか辺りは白いもやで覆われていた。
 そのもやの向こうに、
「!」
 影――
「鳴クン、右!」
「!?」
 まったく予想もしていなかった方向からくり出された突きをかろうじて避ける。
「え……!」
 いない。
 とっさに向き直ったそこに、しかし槍どころか人影さえ見出すことができなかった。あたふたと視線を戻すと、確かに見たと思った影も消えていた。
「集中しなさい!」
 叱咤に我に返り、落ち着いて意識をめぐらせる。
「っ……」
 またも影がちらつく。とっさに反応しそうになるが、
「うかつに動かない!」
 するどい声を受け、かろうじてその場にとどまる。
「ハナ、わかる?」
 首を横にふる気配が伝わってくる。
「ただの目くらましじゃない……」
 三人は自然と互いに背中を預ける位置に立つ。
「あっ……クンが」
「あの子なら大丈夫よ」
「なんで……」
「心当たりがあったみたいだしねぇ」
 冷徹に。静かな怒りをこめて、
「どう考えたって、わたしたちを試そうっていうハラなんでしょ」
 試す? 自分たちを!
「どうして……」
「はーい、そういうこと気にするのはここを切り抜けた後よ」
「っ」
 言われた通りだ。
「ここまでやられると逆に清々しいわー」
 無駄に緊張させないための軽口が続く。
「こっちに到着した直後からアレだったけどねー。普通するかしら、ここまで回りくどい嫌がらせ」
「嫌がらせ……」
 確かにそうとしか思えない部分はある。
「まあ、あの村での歓迎は心がこもってたし、ここに来るまで月もきれいだったけど」
 そこで息を飲む。
「月……」
 思わず鳴も顔を上げるが、濃いもやにさえぎられた月はあれほど輝いていたのが嘘のようにその所在をあいまいにしていた。
「月……月……」
 つぶやき続ける。
「!」
 そのときだ。
「あ……」
 感じる。
 先ほどとは異なる影。
 それも数えきれないほどの――
「そんな……」
 獣たち。
 野犬――
 いや、それより狂暴なものを感じさせる。
「狼……」
 アフリカに狼がいるのか? 鳴はそれを知らなかった。
 低くうなる鳴き声。
 狼でなかったとしても、それが危険な存在であることには違いなかった。
 ――と、
「!?」
 殺気を押し返すように、
「はぁぁぁぁっ!」
 裂帛の気合。そして複数の投射音。
「ミンさん!」
〝戦輪の槍〟――その名の通り円輪状の飛び道具『戦輪』の組み合わされた特殊な形状の騎士槍。その戦輪が突然周囲に向かって放たれたことに目を見張る。
「チッ。やっぱりこれじゃ無理ね」
「え……?」
 鳴はとっさに、獣たちを追い払うために戦輪を放ったのだと思った。
 それが――無理?
「ハナ、やってくれる?」
 こくり。うなずく気配が伝わってくる。
(何を……)
 次の瞬間、
「!」
 猛烈なる風圧――
「え……え!?」
 思わずふり向いた鳴は目を見張る。
(こんな……)
 こんな使い方があったのか!
 ハナの騎士槍――〝飛燕(ひえん)の槍〟はミンの槍に負けず劣らず特異な機能を備えた槍だ。
 飛翔。
 グライダーのように〝羽〟を広げて滑空できるこの槍は、ハナの小柄さと身軽さを最大限に活かしたものと言える。
 だがいま、その『空飛ぶ槍』は思いもよらぬ使われ方をしていた。
 団扇――
 鳴の目にそれは日本の祭りで神輿をあおぐものを思い起こさせた。
 小さな身体すべてを躍動的にしならせ、力強く周囲に向かって〝飛燕の槍〟をあおぐ。もともと人一人を乗せて飛べるほどの〝羽〟をもった槍だ。空気を受ける面積は十分で、それがふり回されるたび周囲に猛風を巻き起こす。
「あ……」
 ようやく――
 ハナ、そしてミンのやろうとしていたことが見えてくる。
 ふき払われていく。
 徐々に、周囲を覆っていた白いもやが。
「!」
 見えた。もやの向こうのぼんやりとした影でなく、
「クン……!」
 驚きの表情でこちらを見ているクン。
 そのかたわらには、長身の彼に劣らないもう一つの影があった。
「早いじゃねえか。この槍の力に気がつくのが」
 槍――
 その人物の手にした〝騎士槍〟を見る。
 これまた独特の形状だ。見た目の印象としては騎士槍――いわゆる〝ランス〟より、長い柄の先に穂のついた〝スピア〟に近い。
 その突先が、異相だった。
 何かの動物の骨――だろうか。加工され三日月のようにそり返ったそれは、刺突力とはまた違う〝力〟を感じさせるものだった。
 槍の持ち主を見る。
 クンと同じ肌の色をしたその人物は、かなり年配の男性であった。
 しかし、その身体は年齢を感じさせない生気に満ち、腰が曲がっているといったこともまったくない。皮膚のしわさえなければ、壮年と言っても通じるのではないかと思えた。
「おい、クン! たいしたお客さんだなぁ!」
「あ……うん」
 こちらをうがいながら、あいまいにうなずく。
「お嬢さん方」
 おどけた調子で深々と礼をする。
「あっしはスル・ベ。見ての通りのジジイだ」
 クンと同じ姓――ということは、ひょっとして祖父なのかもしれない。
「ジジイねぇ……」
 油断できないという目を彼――スルに向け、
「手を抜かれた後じゃ、皮肉にしか聞こえませんよ」
「えっ」
「勝負にもならなかった」
 悔しさも見せずに。ミンが言う。
「こっちが何も気づかない間に本気で攻めてこられてたら、手も足も出なかったわ」
 それは……その通りだ。
 というか、鳴はいまだに自分がどんな攻撃を受けていたのかもわからなかった。
「月よ」
 空を指さす。
 と、その指が湖面に映し出されたほうの月に向けられ、
「水面の月」
 スルを見て、
「そういうことなんですよね」
「正解だ」
 皮肉でなく。感心したという顔で手を叩く。
「え……あの」
 ますますわからない。そんな鳴に、
「水に映った月を切ることができる?」
「えっ」
 そんなことは――
「で、できません……」
「そう、できない」
 ミンがうなずく。
「つまりわたしたちが相手してたのはそういうものだったってこと」
「………………」
 わからない。
「まあ、わたしも仕組みまで把握できたわけじゃないんだけどね」
「こいつは〝骨月(こつげつ)の槍〟」
 不意の言葉にスルを見る。
「聖なる獣から賜りし骨で創られた槍……月の力を導く槍さ」
 掲げる。
 月光にきらめくそれは確かに人智を超えた〝何か〟をあらためて感じさせた。
 と、ミンが再び鳴に、
「あの白いもやが月を映す水面だって考えてみて」
「あ……はい」
「わたしたちが見ていた影は全部水に映った月。そして、それ以外のものはすべて視界から隠されていた」
 確かにそういうことにはなる。周囲を隙なくもやで覆われていたのだから。
「どういうわけか気配まで完全に遮断よ。幻影しか映さない水面に閉じこめられたも同然。それじゃどうやったって本物には届かない」
「はい……」
「だから」
 不敵に微笑み、
「幻を映すものそれ自体を取っ払っちゃったってわけ」
「おう、見事だったぜ」
 ぱちぱちと。またも他人事のように手を叩かれる。
 ミンは苦笑し、
「まあ、最低限の情報はありましたから。アフリカ区館はその恵まれた体躯と」
 目から笑いが消える。
「呪術や幻術の類いが得意だって」
「フッ。心構えはできてたってわけかい」
「まあ……」
 表情が苦々しさを増し、
「あなたに本気を出されてたら、あんな力業でどうにかなったとは思えませんけど」
「そんなことねえさ。ああ来られたのはこちとらも初めてだからな」
 そう言いながらも余裕は消えない。
 かなりの実力者。年齢から考えてもそれは間違いのないことなのだろう。
「……それで」
 ミンの表情が引き締まる。
「腕試しは一応合格ですか、スルさん」
「『一応』なんて謙遜すんじゃねえよ、美人の姉ちゃん!」
 大きな口を開けて豪快に笑う。
「あと、さっきのは腕試しなんてもんじゃねぇ」
「えっ」
「ただのジジイのおふざけだ」
 と――
 スルの顔つきが真剣なものに変わる。
 そして、クンと共に左右に別れるようにして脇へ退く。
「……!」
 そこに、
「なるほどね」
 褐色の肌。クンたちと違って〝磨き上げられた〟という艶やかさを感じさせるその女性は、まとった衣装も立ち居ふるまいもまた優雅だった。
 女王――
 そんな言葉が脳裏に浮かび、息を飲む。
「まさか……」
「その『まさか』よ」
 言うなりミンが膝をつく。
 ハナもそれに続き、鳴もあわてて二人に従う。
「ごぶさたしています」
 その言葉に対し、たった一言、
「立ちなさい」
 あくまで優雅に。しかし、その声は逆らえない高圧さをにじませていた。
「あなたは館長代理」
 優雅に。
「なら、わたしと同格ということでしょう」
「……いいえ」
 静かに首がふられる。
「自分の位階(クラス)は〝力騎士(ヴァーチャー)〟です。〝智騎士(ケルブ)〟と同格とはとても言えません」
 すると再び、
「立ちなさい」
「っ……」
「ならばこれは」
 威圧感がいっそう増す。
「命令です。〝力騎士〟フランソワ・ミンへ〝智騎士〟ウアジェ・ラジヤからの」
〝騎士団〟において位階の差は――絶対。
「………………」
 立ち上がる。
 気力を費やして冷静さを保っているのが傍目にもわかった。
「よろしい」
 あくまで優雅さを崩さず微笑むその足元で、
「ぐるるぅ」
 黒い小さな子犬……? が主人を誇るかのように低く鳴く。
「ビスト」
 それをたしなめるように、
「この者たちはアフリカ区館の客人。無礼は許しません」
「『無礼は許しません』ですかぁ」
 かしこまっていたミンのこめかみがひくつく。
「ここまでさんざんふり回してくれた人の言う言葉がそれですか。位階が上なら何をしてもいいってことですか」
 すずやかな気配は崩れない。
 盗み見るようにして、鳴は彼女の顔をあらためて確認する。
「……!」
 左眼の眼帯――
 やはり、間違いない。
 ウアジェ・ラジヤ。自らそう名乗った彼女はアフリカ区館の――
「行きましょう」
 背を向ける。クンとスルもそれに付き従う。
「行くわよ」
 ミンも言う。
「でも……」
 このままついていっていいのかという戸惑いを感じつつ、結局何も言えないまま鳴はミンたちの後についていくしかなかった。

「うわ……」
 感嘆の声がもれる。
 水鳥の宮殿――
 流麗なその名を裏切らず、建物の外だけでなく内側もまた目を引きつけずにはいられない華麗さで彩られていた。
 白壁を基調とし、要所には驚くほど大粒の輝石や精緻な彫刻が飾られている。
 強く主張せずとも、その存在に圧倒される。
 まさに〝主〟をそのまま体現したかのような空間だった。
「……?」
 気づく。
 人の気配――
 それをまったく感じない。
 深夜なのだから、もちろん大半の人間は寝ていてもおかしくない。しかし、これだけ立派な建物なのだ。夜であろうと見張りくらいは立っていそうに思われた。
 そんな鳴の疑問をよそに、一行は建物の奥へと歩を進めていく。
「こちらに」
 クンが扉を開けた部屋の中にウアジェが入る。
 鳴たちもそれに続く。
「っ……」
 思ったよりも狭かった。
 いや、部屋としては十分に広いが、客に応対するような場所としては建物の規模から考えてかなり小さな印象だ。
 私室――
 そういうプライベートな空気を強く感じた。
「どうぞ」
 ソファーに身を沈めたウアジェが、向かいに座るようミンたちをうながす。
 その膝の上には当然というようにあの黒い犬(?)が座っていた。
「………………」
 硬い表情こそ崩さなかったが、ここまで来て逃げる気はないというようにミンは彼女の勧めに従った。
「あなたたちも」
 構わないというようにミンがうなずくのを確かめ、ハナに続いて鳴もソファーの端に座る。
 ウアジェの後ろにクンとスルが立つ。
 どちらの表情も真剣で、加えてクンのほうは明らかな緊張が見て取れた。
 それが伝染したかのようにこちらも硬くなる。
(これから何が……)
 そんな場の空気を楽しむかのようにウアジェが微笑んでいる。
 しかし、憤りは感じない。
 それほどの余裕はない。
〝智騎士〟――九つに別れた騎士の位階の上から二番目というかけ離れた存在に、最底辺のただの〝騎士(ナイト)〟である自分がどうこうできるはずもないのだ。
「単刀直入に言います」
 口を開く。ミンたちにも緊張が走るのがわかる。
「まずは招きに応じてくれたことへ感謝の意を表したいところですが」
「裏があることはわかっています」
 さえぎって。ミンが言う。
「それでは」
 欠片もひるむことなく、
「なぜ、こちらの招きに応じたのかしら」
「あなたの狙いをはっきりさせるため」
 こちらも堂々と言う。
「ただ出方を待つというのは東アジア区館のやり方ではありません」
 微笑がその言葉に応える。
「理由もなしにこんな招待は来ないでしょう……」
 正面をにらみすえ、
「わたしと……紀野鳴を名指しなんて」
「えっ!」
 初めて聞く事実に驚きの声を上げる。
 構わず話は続き、
「危険とは思わなかったの?」
「思いました。けど、応じないなら応じないで別の手を打たれるでしょうから」
 またも笑みを見せる彼女に険しいまなざしを向け、
「あなたには前科がありますからね」
 クンの表情がこわばり、身を乗り出しかける。そこに「敬意を欠いた言葉は許さない」というはっきりした意志がにじむ。
「ふふっ」
 言われた当人は気にした様子もなく、
「お互い様でしょう」
 今度はミンの顔がこわばる。
「……彼はもともと東アジア区館の所属です」
「それを言うなら」
 あくまで余裕を見せたまま、
「そもそも彼が所属するのは現生騎士団ではないのですか」
「東アジア区館もアフリカ区館も同じ〝騎士団〟だと」
「そういう話し合いのためにあなたたちは来たのでしょう」
 にこやかに。あくまで友好的な会談なのだという姿勢を崩さない。
 ミンはあきらめたように肩の力を抜き、
「単刀直入と言われてから、ずいぶん回り道でしたね」
「ごめんなさい」
「いえ」
 それだけを言って目を伏せる。
 なんでもかかってこい。そんな覚悟を決めた姿に見えた。
「フランソワ・ミン。そして……」
 不意にこちらを見られ、思わず視線を外す。
「紀野鳴」
「は、はい」
「わたしはこう考えています」
 おだやかな声のまま。
 ウアジェは言った。
「あなた方二人をアフリカ区館に迎えたいと」


「まさか、スカウトとはねー」
 スカウト――
「う……」
 胃が痛い。というか、わけがわからない。
 交流のためと聞いていた。
 それが突然の――
「んふふー、よろこんでる?」
「ええっ!?」
 いつの間にか後ろに立っていたミンに頬をつつかれ、心臓が飛び出るのではと思うほど驚かされる。
「や、やめてください!」
「あらー、鳴クンってここが弱かったりするー」
「そういうことじゃないです!」
 ぶんぶんと頭をふり、
「ふざけてる場合じゃないですよ!」
「そう、ふざけてる場合じゃない」
 声が真剣になる。
「向こうは本気みたいだし」
「………………」
 突然の〝スカウト発言〟後の二人の会話を思い起こす。


「なんの冗談ですか?」
「冗談を口にすると思うかしら。区館の館長代理に」
「好きでなったわけじゃないですけど……その館長代理をあなたは口説こうとしているんですよ」
「問題があると」
「大ありでしょう、普通に考えたら」
「東アジア区館の騎士に〝普通〟を語られるなんて」
「確かにうちの館長はアレですけど、他の騎士までああだと思われるのは心外です」
「言葉が過ぎていたら、ごめんなさい」
「だいたい、どうしてわたしなんです? わたしは〝伝説の騎士〟の息子でもなんでもないんですよ」
「あなたの実力を認めているから」
「わたしはただの〝力騎士〟です。それ以上でも以下でもありません」
「ただの〝力騎士〟が館長代理に選ばれるかしら」
「それはあのオバサンの気まぐれです。普通じゃない人なのは十分わかってるでしょう」
「我が区館の〝座騎士(ソロネ)〟スル・ベと互角の戦いをしました」
「それこそ冗談でしょう! あれのどこが互角だって言うんです!」


 結局――
 話はかみ合わないままだった。
 そして、考える時間が必要だろうということで、一同は用意されていたこの客室へと移動させられたのだ。
 ちなみにいまいるのは女性二人の寝室で、鳴の部屋は扉でつながった隣室である。
 夜中に連れてこられたことで睡魔も疲労も相当なものだったが、予想外の事態の連続にとても落ち着いて眠れそうにはなかった。
「ミンさんは」
 いたたまれず。口を開く。
「どう……思います?」
「質問が広すぎるわねー」
「だから……!」
 座っていた椅子から腰を浮かし、
「ミンさんはともかく、なんで僕まで」
 その理由について、あの場で語られることはなかった。
 ミンはこちらを見て、
「鳴クンはどう思う」
「っ……」
 言葉につまりつつ、
「見当もつきません……」
 この地に来たのは初めてだし、アフリカ区館の騎士と接触したような覚えもない。他に口にできる答えがなかった。
「ふーむ」
 腕を組んで。思案を巡らす様子を見せる。
「鳴クンがほしい理由……結構重要な気がしてきた。そもそも最初から名指しだったわけだしね」
「そ、そんな、僕なんて。きっと、ミンさんのついでみたいなもので」
「ついで?」
「はい……」
「わたしのついでがなんで鳴クンなのよ」
「それは、わかりませんけど」
「わたしと鳴クンの共通点……」
 はっと。瞳がゆれる。
「まさか……でも、ないとは言い切れないわね」
「ミンさん……?」
「鳴クン」
 真剣なまなざしが向けられる。
「確認しておきたいことがあるんだけど」
「は、はい」
「鳴クンは――」
 こちらの目を見つめたまま、
「理由があればアフリカ区館の騎士になってもいいと思ってる?」
「は!?」
 とんでもないことを聞かれ、
「な、何を言っているんですか!」
「答えて」
「答えるも何も」
 完全に混乱してくる。
「あ……あり得ないですっ!」
「それは、理由があっても東アジア区館を離れるつもりはないということ?」
「その〝理由〟が僕にはぜんぜんないですよ!」
「…………………」
 沈黙するミン。いたたまれない鳴は言葉を続け、
「だいたい騎士になったばかりの僕が〝能騎士(パワー)〟のハナさんを差し置いてスカウトなんて……」
「差し置かなかったら行ってた?」
「ええっ!」
 ミンの目におもしろむような色が戻り、
「ハナが一緒ならスカウトを受けてたわけ?」
「それは……」
 ちらり。
「う……」
 じーっと。相変わらずの無表情でこちらを見つめるハナにプレッシャーをかき立てられながら、
「僕には……決められません」
「もー、情けないわねー」
 こくこく。
「うぅ……」
 ハナにもうなずかれ、本当に情けない気持ちになってしまう。
「だって……わからないですよ」
 ミンはともかく自分が望まれた理由。
 ハナならわかる。二人とも東アジア区館の若手騎士を代表する〝四神〟なのだ。
「まー、ハナが選ばれてないことも、一つわたしの予想の裏づけにはなってるんだけど」
「えっ」
「そもそも、呼ばれたのはわたしと鳴クンだからねー」
 くしゃくしゃと。ハナの髪をかき回し、
「鳴クンが心配だからってついてきたのよー。ほーんと過保護なんだから」
「そうだったんですか」
 残念だがその〝心配〟は当たってしまったことになる。
「……すみません」
「なーんで、鳴クンがあやまるの」
 こくこく。
「す、すみません……」
「だから、あやまるのはあなたじゃないでしょ」
 深々と息を吐き、
「さーて、これからどうしようかしらねー」
「どうするって」
「おとなしくあの人の手の上で踊るのはちょっとねー」
 にやっ。いたずらそうな笑みを見せ、
「逃げちゃう?」
「ええっ!」
「冗談よ。こっちは一応東アジア区館を代表してるわけだし。……もっとも」
 笑みが悪そうなものに変わり、
「その〝代表〟にこういうことをしたのが公になったら、さすがに〝騎士団〟としては問題になるわよねー」
「も、問題……」
 ぞっと。自分が〝問題〟にされるのではないとわかりつつ、こういうときのミンの容赦のなさは思い知らされている。
 と、すぐに彼女の肩から力が抜け、
「まあ、そんな簡単にどうこうさせてくれるとは思わないけどね。甘くない人だってことは十分わかってるし」
「は、はあ」
「思えば最初から……」
 この地に来て一日も経っていないのに、早くも遠くを見る目で、
「なんだか、こっそりしてる感はあったのよねぇ」
「こっそり?」
「だって、そうじゃない」
 こちらに不敵な笑みを向け、
「両区館の交流って名目なのに、迎えに来たのが〝騎士〟のクンくん一人よ」
「それは……」
 確かに不自然だ。
「おまけにあの村で夜まで待たされてねえ」
「……はい」
「さあ、鳴クン」
 まるで教師のように、
「ここから見えてくる狙いは何?」
 気づいたままを口にする。
「なるべく人の目につかないようにする?」
「六十てーん」
「えっ!?」
「正確には『騎士たちの目につかないようにする』よ」
「……!」
 そうだ。
 ここに来たときの違和感――
 まったく他の人間の気配を感じなかったこと。
 そして、ここに至るまでも、明らかに騎士と呼べるような人物と会ったのは、ウアジェをのぞけばクンとスルの二人だけだ。
「おかしいですね」
「おかしいわよねぇ」
 やっとわかったかというようにうなずく。
「じゃあ、そんなことをしてくる理由はなんだと思う」
「僕たちのことを……知られたくない」
「あるいはアフリカ区館の内情を知られたくない」
「えっ! で、でも、それじゃ何のための交流なのか」
「もー、いまさらこの子は」
 人差し指が鼻を押す。
「わたしたちでしょ、向こうの狙いは」
「……!」
「まあ、素直にうなずくとは思ってないだろうし、何かあったとしても」
 すっとまなざしが冷え、
「わたしたちのことを知っている人間がすくなければすくないほど処理はしやすい」
「処理……!」
 ま、まさか――
「クンがそんなことを」
「あの子はいい子だとわたしも思うわ。……でも」
「っ」
 思い出す。
 この建物の中に入ってから――正確にはウアジェが姿を現してから。
 クンは一度も笑顔を見せていない。
「あの子だって騎士なのよ」
 上位者の命令は絶対――
「そんな……」
 信じられない。声がふるえる。
 しかし、それが騎士の現実なのだということもわかっていた。
「ミンさん、僕たちどうしたら」
「落ち着きなさい」
 自分にも言い聞かせるように口にする。
「このままってことはないでしょうし……」
 くしゃくしゃと。髪の毛をかき混ぜられる。
「最悪、あなたのことだけは何とかする」
「ミンさん……」
 こくこくと。ハナもうなずく。
「いまは休んでおきなさい。これから何が起こっても対応できるように」
「……はい」
 うなずく。確かな信頼を感じながら。
 きっと大丈夫だ――
 上位者の言うことは絶対。一方で、下位者を見捨てるような卑怯なことも決してしない。
 それが騎士なのだから。

「………………」
 対応できなかった。
 感情が。
「なんで……」
 クンは答えなかった。
「よく休めたかしら、紀野鳴」
「っ」
 高みからの声に、はっと顔をあげる。
「く……」
 たまらずにらみつけてしまう。
 バルコニーにしつらえられた席に座りこちらを見下ろしている――位置だけでなく位階でもはるか高いところに立つウアジェを。
「どうしてですか……」
 すずしい笑みのまま。何も答えない。
「クン……」
 すがるように見る。
 やはり、答えはなかった。
「どういうことですか、ウアジェ館長! また腕試しってことですか!」
 朝まだ早い中庭に怒りの声が反響する。
 声だけでなく、そこには満面に怒気をにじませたミンの姿があった。隣では、無表情ながらもはっきりと怒りを感じさせるハナの姿もある。
 そして、二人の前には、
「そこをどいてもらえませんか」
「はっはー」
 スルは飄々と笑い、動こうとはしなかった。
「……本気で怒りますよ」
「そりゃもったいない。せっかくのべっぴんさんが台無しだ」
 まともに取り合われずさらに怒りをみなぎらせるも、激情のまま飛びかかっていくようなことはなかった。
 実力差ははっきりしている――その悔しさに歯噛みをして。
(実力……)
 自分と……クンは――
「………………」
 昨日会ったばかりの相手だ。正直そんなものがわかるはずもない。
 しかし、位階は同じ――〝騎士〟。
「条件を出しましょう」
 不意に。口を開いたウアジェに再び顔を上げる。
「あなたがクンに勝てば望みの物を差し上げましょう」
 勝てば――
「どうしてですか……」
 どうしようもなくまたも疑問の言葉が口をつく。
「どうして……クンと僕が」
 いまの自分の望みははっきりしている。
 戦いたくないということだ!
 しかし、それは戦わなければかなえられない。
(どうして……)
 自分でも不思議だった。
 それくらい、クンとは戦いたくなかった。
 馬が合った――騎士だけに。そういう部分もあったが、彼のふるまい一つ一つにふれるたびに親近感が増していった。
 これこそ〝交流〟の意味だと思っていたのだ。 
 なのに――
「鳴」
 クンが険しい顔でこちらを見ていた。
「来い」
「………………」
「来い!」
 強く。再度言う。
「う……」
 思わず泣きそうになる。クンの眉がつり上がり、
「ふざけてるのか、おまえは!」
「そんな……」
「館長が望んでいるんだ」
 かすかに瞳がゆれるも再び強い意志をにじませ、
「おいらとおまえが……戦うのを」
「だって、理由もないのに」
「理由はある! 館長の命令だ!」
「ぼ……」
 僕の館長じゃない。
 その言葉は、しかし、クンの気迫の前にかき消える。
「おまえの館長にもなるんだ」
「……!」
「おいらが勝ったら」
 かすかに頬がゆるみ、
「おまえは……アフリカ区館の騎士になる」
「っ」
 そ、そんなこと聞いていない!
「……イヤなのか」
「あ……!」
 傷ついた顔を見せるクンにあわてて、
「イヤとかじゃなくて、その、全部が突然すぎて」
「おいらは知っていた」
 嘘のない――騎士の目がこちらを見る。
「おまえのことを。ずっと前から」
「え……」
 ずっと前から!?
「さあ!」
 疑問を口にする間もなくクンが両手を広げる。
「来い!」
「っ……」
 中庭に設けられた石造りの舞台。そこは一体一どころか、もっと大勢でも戦えるだけの広さがあった。
 その中央に、鳴とクンは立っていた。
 今朝――
 不安にさいなまれつつも疲労のため眠りに落ちた鳴のもとにまたも突然の来訪者があった。昨夜のクンに続き、そのとき現れたのは、
「しー」
「!」
 まったく気配を感じさせることなく寝台のそばにいたスルに鳴は目を剥いた。
「あんまりうるさくするなよ。隣の姉ちゃんたちが起きちまうぜ」
「………………」
 なんと言っていいかわからなかった。
 最初からスルのペースだった。
 クンのときも戸惑ったが、彼はこちらに戸惑わせる隙も与えず事を進めた。何がなんだかわからないままに支度をさせられると、そのまま外に連れ出された。
 そして、中庭で待ち構えていたクンとの突然の勝負を宣告されたのだ。
「……わからない」
 本当にわからない。
「けど」
 拳を固める。
「無理やりでなく……スンが本当にそれを望むなら」
「鳴!」
 こちらがやる気になったのが伝わったのだろう。クンが笑顔を見せる。
「始めなさい」
 勝負の幕が切って落ちた。


「――!」
 目を見張る。
 無駄のない重心移動。
 鳴の知る直情的な言動と裏腹に、クンの立ち上がりは静かな波のようだった。
「く……」
 詰められる。手の内も何もわからない状態で接近されるのは危険だ。
「ふっ」
 息を抜く。
 踏みこみに呼吸を合わせるように、後ろへ下がる。
「さすがだ!」
 クンが目を輝かせる。
「……!」
 思い出す。ずっと前から知っていた――そう言っていたことを。
(僕を? どこで?)
 疑問がよぎった瞬間、足さばきが乱れる。
(いけない……!)
 勝負の最中に気を散らすなどもっての他だ。意識を再びクンの動きに集中させる。
「う……」
 既視感――
 そうだ、最初に会ったときにも感じた。
 クンの動きを……自分は――
 知っている?
(あっ)
 まさか――
 不意の気づきにどうしようもなく再び動きが乱れる。
「どうした、鳴!」
 喜びの表情が怒りへと変わる。今度こそ回避が間に合わず――
「……!?」
 かわせた。
「そうだ、鳴!」
 右に、左に。
 つかみかかろうとしてくる手を、なかばぼうぜんとした頭でかわし続ける。
「………………」
 かわせる。
 当然だ。
 頭でなく身体にたたきこまれている。
 この動きを――
 いや、このはるか上を行く神技と言うべき練達の一挙手一投足を。
「キミは……やっぱり」
「無駄口たたいてんなぁっ!」
 獣のような雄叫びがあがる。こちらにつかみかかってくる手が勢いを増す。
「っ」
 瞬間、鳴は動いた。
 無用の力み。
 それは〝あの人〟の動きをさまたげるものでしかない。
「!」
 伸ばした腕をつかまれ、クンがはっと身体をこわばらせる。
 しかし、もう遅い。
「ふっ!」
 投げるという動きさえいらない。
 相手の勢いを、そのまま投げる力へと変える。
 息をするように何度もくり返した動作。困惑する状況が続く中、身体に叩きこまれたそれはどうこうしようとする前に最善の動きを取った。
「くっ!」
 投げられたクンが地に手をつく。
 さすがというべき身体のばねを駆使してひねりを見せ、まるで猫科の動物のようにしなやかに着地をする。
「すごいね」
 思わずもらした感嘆の言葉に、
「くうっ……」
 侮辱されたと思ったのだろう。険しい顔つきになったクンは、これまでにないぐっと這うような体勢を取り――
「そこまで」
 静かなる声。しかし、その影響は瞬時だった。
「っっ……」
 全身に大きなふるえを走らせる。そして、
「も……申しわけありません!」
 対峙している途中だというのにこちらに背を向け、クンははるか高みのウアジェに対して地に這いつくばる勢いで頭を下げた。
 静かな表情のまま。
 しかし、その奥の威圧的なものに、鳴もまた背筋を冷たくする。
「しかっちゃダメよ、ウアジェ」
 目を見張った。
「あ……」
 やはり――という思いはあった。
 しかし、その姿を目の当たりにして驚愕しないわけにはいかなかった。
「どうして……」
 笑った。その人は。
 バルコニーからこちらを見下ろすウアジェの傍らに現れた影――
 鳴の元師範・万里小路在香(までのこうじ・ありか)は。
「……!?」
 違う。
 彼女の顔には――覆面!?
「申しわけありません、師範!」
「ええっ!?」
 やはりという思いはやはりあったが、クンが彼女を『師範』と呼ぶということは――
「悪くなかったわよー、クン」
 鷹揚に。ひらひらと手をふって言う。
「この短い間にずいぶん動けるようになったわー。さすがわたしの見こんだ子ねー」
 見こんだ――
 かすかな胸の痛みを覚えるも、それですべてが納得できた。
 既視感を覚えたのも当然だ。
 それは、もともと知っていた動きなのだから。
「その子はあなたの兄弟子よ」
「……!」
 不意に。覆面の向こうからこちらを見られ、息をのむ。
「同じ技で戦うとしたら、いまのあなたじゃまだちょっと及ばないわねー。だからアレを出しても」
「万里小路さん」
 にこやかに。それ以上は言うなという静かな圧が放たれる。
 しかし、放たれたほうも負けず、
「違うでしょー、ウアジェちゃん。いまのわたしは」
 微笑みをたたえたまま、
「……マスターミストレス」
「そーそー、その通りー」
 子どもをほめるかのように頭をなでる。
 驚くことに、あの気位の高そうなウアジェがされるがままになっていた。
 同じ区館の騎士が見ている前でのこの扱いに、逆に平然としていることが器の大きさを感じさせるというか。
「あ……」
 思い出す。
 そうだ――〝彼女〟のことはターフェイも恐れていた。騎士として同期であるらしいウアジェが逆らえなくとも不思議はないのかもしれない。
(……って)
 いやいや! それはあくまで東アジア区館での上下関係だったはずだ。
 もちろん〝騎士団〟という枠で見れば関係はあったのかもしれないが、それにしてもなぜアフリカ区館に――
「おい」
「わっ!」
 いつの間にか目の前にいたクンに、情けなく驚きの声をあげる。
 ぷっとクンが吹き出し、
「なんだよ、おまえ」
「な、なんだよって……」
 スッと。表情が引き締まり、
「おいらの負けだ」
「えっ」
「完敗だ」
「そ、そんな……」
 その潔さに鳴のほうがあわててしまい、
「まだぜんぜん手を合わせてなかったし」
「あれだけやればわかる。おいら……」
 またも騎士の目で、
「師範と手合わせしてるのかって思った」
「えっ……」
 頬を熱くするも、我に返っていっそうあわてふためき、
「そ、そんなこと! 僕なんてぜんぜん!」
「なーんだよ」
 クンはちょっとつまらなそうな顔で、
「ケンソンってやつか。あの師範の弟子が」
「やめてよ! 師範は師範で、僕は僕で」
「胸を張ってろよ」
 とんと。拳が軽くこちらを突く。
「兄弟子なんだからさ」
「……!」
 胸がふるえる。
「兄……弟子」
 初めてのことだった。
 過酷さというか性格ゆえというか、鳴が入門していた当時、他の弟子は皆無だった。当然自分を『兄弟子』と呼んでくれる者などいるはずもない。
「つか、いっぱいるぜ」
「えっ!」
「アフリカ区館にはさ。おまえの弟弟子が」
「そ……」
 そうだったのか!
 いっぱい――ということはそれだけの相手に彼女が教えていたということになる。
「信じられない……」
 正直な気持ちだ。
 自分以外、一人も門下生がいなかった時代を知る者としては。
「その人たち、みんなさ……」
 そこではっとクンの言葉が途切れる。
 かすかに表情が曇る。どうやら口にしたくない〝何か〟があるらしい。
「と、とにかくさ!」
 それをごまかすように笑顔を作り、
「おまえ、尊敬されるんだぜ! 筆頭弟子として!」
「筆頭弟子!?」
「そうさ! だから、おまえもアフリカ区館に」
 その興奮の声を切り裂くように、
「クン」
 一瞬で笑顔が消える。
 はじけるように再びウアジェに向かってかしこまる。
「あなたは負けたのですよ」
 思い出す。クンに負けたとき、自分がアフリカ区館に入る条件になっていたことを。
「紀野鳴」
「は、はいっ」
 格の違いと言うべき静かな威圧感に、こちらも反射的に姿勢を正す。
「言いなさい」
「……!」
「あなたは勝者。望みを口にする資格があります」
「………………」
 自分たちを解放してほしい。
 口にするべき言葉はそれだったはずだ。
「あの……」
 鳴は、
「どうして師範がここに」
 静かに微笑まれる。
「その理由を知りたいのですか」
「あっ」
 うかつなことを言ったとようやく気づく。
「いえ、その、それも知りたいですけど、僕の望みはそれよりまず」
「教えましょう」
 うろたえるこちらの声を断ち切り、
「万里……マスターミストレスはアフリカ区館の武術顧問です」
「えっ!」
 武術――顧問!?
「格闘術の指導においてその総責任者を務めてもらっています」
「んふふー」
 驚いたかと言いたそうに、隣に立つマスターがいたずらそうな笑みを見せる。
「………………」
 驚いた。実際に。
「でも、どうして」
「だってねー」
 目を見張る。
 抱きしめられていた。
 ウアジェが。後ろからマスターに。
 抱きつかれたほうには欠片の動揺もない。隣を見ると、クンもそうだ。どうやらアフリカ区館ではこれが『当たり前』らしい。
「かわいい後輩から頼まれたらねー。断れないじゃなーい」
「か、かわいい……」
「もー、昔からいい子だったわよー」
 まるで動物を愛でるように頭をなで回す。
「礼儀はきちんとしてるし、目上への敬意は欠かさないし。どんなことでも手抜きしない真面目な子だしねー」
 おだやかな微笑はやはり崩れない。
「それに比べて、どこかの山猿はねー」
 これ以上なく嫌そうな顔になり、
「下品だしガサツだし、先輩のことを先輩とも思ってないし。もー、ホント、ウアジェちゃんとは大違い」
 間違いなくターフェイのことを言っているのだろう。
 確かに、ウアジェとは正反対だ。
 ターフェイのことを気に入らなかった彼女が真逆の性格のウアジェと親しくなるのは、区館という隔たりがあっても意外と自然なことなのかもしれなかった。
「これで、あなたの望みはかないましたか」
 にこやかな顔のままウアジェが言う。
「う……」
 否――などと言える相手ではない。
 確かに自分は『どうして師範がここにいるのか』と聞き、その回答は得られた。
 マスターはうろたえるこちらをおもしろそうに見るばかりだ。
「それじゃ不十分でしょう」
 そのときだった。
「ミンさん……!」
 行く手を阻まれていた彼女が、その阻んでいたスルを押しのけて前に出る。
「いいかげんにしてください」
 怒りを。
 純粋な怒気を立ち昇らせ、マスターをにらむ。
「全部、あなたの茶番ですか」
 答えない。
 すました余裕の顔のままだ。
「そーですよね、あなたってそういう人ですよね」
 もはや怒りも不機嫌も隠そうとはしない。
「ピンときたんですよ。わたしと鳴クンの共通点ってところで」
「……!」
 そうだ。ミンはそこで何か気づいた様子を見せていた。
「鳴クンはあなたの直弟子。そりゃ、こことしてはぜひほしい人材ですよね」
「えっ!」
 そうなのか? 直弟子といっても自分はまだまだ未熟で――
「それに、わたしですよ」
 これ以上なく『言いたくない』という気持ちをにじませつつ、
「完全に成り行きですけど……勝負して勝っちゃいましたからね」
「あ……」
 その通りだ。
 一対一の勝負でミンは彼女に――勝利している。
「もちろんまぐれで、実力の結果とかじゃぜんぜんありませんけど」
「あらあらー。ミンちゃんまで謙遜しちゃってー」
 その負けた当人であるマスターが楽しそうに言う。
「そんなキャラじゃないくせにー」
「そんなキャラじゃないから本当のことを言ってるんです」
「んふふふー」
 ミンがますます不機嫌になっていく一方、マスターはますますおかしそうに笑い、
「どう、ウアジェちゃん? わたしの言った通りでしょ」
「ええ。ぜひ……」
 冷たい中に確かな渇望を秘めた目がミンを見すえ、
「アフリカ区館にほしい」
「っ」
 あのミンがひるんだ様子を見せる。実際、脇で見ているだけでもぞっとするものがあった。
「鳴……」
 クンがおそるおそる言う。
「ミンさんに言ってくれよ……館長を怒らせるなって」
「そんな!」
 それではあまりに一方的すぎる。しかし、そんな正論を言わせないだけの切実さがクンの表情にはあった。
「そん……な……」
 再度の抗議もはっきりと口に出る前に消えてしまう。
 一方、ウアジェは高圧なままに、
「東アジア区館に残るべき理由があるのですか」
「理由とか言う以前にこんなことをされて納得できないとが言っているんです。鳴クンだって同じ気持ちですよ」
「えっ」
 またも自分の名が出てぎょっとなるが、確かに言われていることは間違っていない。
「きちんと申し入れがあれば、まだ話す余地もあったんですけどね」
「ふっ」
 おかしそうに笑う。
「余地……つまり断ることもあったということでしょう」
「当然ですよ」
「ふふっ」
 笑う。その奥に〝深い〟ものを感じさせて。
「正式に申し入れて断られたら終わりですから」
 またもひるむ。
 ミンが。
「……ここまで腹黒い人とは思ってませんでした」
 ウアジェはすましたままだ。
「うちの館長じゃなくてもどうかってところですよ」
「あーら、言うわねー」
 そこへマスターが口をはさむ。
「ミンちゃんも腹黒さなら負けてないと思うわよー」
「黙っていてください。いまはウアジェ館長と話してるんですから」
「ウアジェちゃんと勝負するには、ミンちゃんじゃまだまだねー」
「どっちなんですか、負けてないって言ったりまだまだって言ったり」
 ミンでなくても平静ではいられないだろう。
 最強のコンビ――そんな言葉が浮かぶ。冷徹に事を進めるウアジェと、多少の壁などものともしないマスター。この二人の女性を相手に、自分ではとてもミンのようにはふるまえないと断言できる。
「とにかく」
 自身の不利を悟ったのかミンも強引に、
「鳴クンはつれて帰りますから」
「えっ……」
 名前を口にされた鳴が驚く中、
「勝負はこれで終わりですよね。だったら」
「勝負は終わっても」
 すずやかな声がそれ以上の言葉を断ち切り、
「まだ終わっていませんよ、交流は」
「く……」
 ミンの負けだった。
「ああもう、好きにしてください!」
 いまにも頭をかきむしりそうな憤りを見せ、
「行くわよ、鳴クン!」
「えっ」
「『え』って何、『え』って」
 八つ当たりとしか思えないからみ方で、
「ふーん、鳴クンはここにいたいの。このままアフリカ区館に入りたいの」
「そ、そんなこと、僕は」
「ねー、どう思う、ハナー」
「ええっ!?」
 話をふられたハナは、
「う……」
 じーっと。いつもの無表情で見つめられてたまらず、
「ま、待ってください!」
 二人のもとへ駆け出すしかなかった。


「――で」
 与えられた部屋へ戻る途中、
「実際のとこ、鳴クンはどうしたいの」
「えっ」
 その問いかけに、
「………………」
「気にはなるわけだ」
「う……」
 嘘はつけない。
「まあ、在香さんじゃなくてマスターが顧問? やってるアフリカ区館に入れば、実質、弟子に戻れるのと同じわけだし」
 そう――そのことが脳裏をよぎらなかったと言ったら嘘になる。
 しかし、
「いまの僕は……現生騎士団東アジア区館の〝騎士〟です」
「よろしい」
 ぱちぱちと。満更でもなく手が鳴らされる。
「よかったわね、ハナ」
 こくこく。
 すぐさまうなずかれ、こちらも満更でない気持ちになる。
「それにしても、これからどうするかよね」
「すいません……」
「なんであなたがあやまるのよ」
「その……クンに勝ったとき、あんなことを言ってしまって」
「もういいわよ。鳴クンが情けないのはよくわかってるから」
「あ、あと、師範のことも」
「それこそあなたがあやまる必要ないでしょう。破門されてるんだし」
「ですけど……」
「あー、アレは在香さんじゃなくてマスターミストレスだったわねー」
 もう笑うしかない。そんな投げやりさで言う。
「す……すいません」
 いたたまれない気持ちのまま、鳴は二人と別れて自分の部屋に戻った。


「騒がないで」
「!」
 一瞬だった。
 背後を取られていた。
 誰が予想できるるだろう。朝からの一方的な勝負をなんとか切り抜け、不安は残りつつも一息つけると思っていた――
 そこに。
 侵入者がひそんでいるなどと。
「騒がないでと言ってるでしょう」
 とっさに隣室へ知らせようと動きかけたところをすかさず制される。
 素人ではない。
 騎士だ。しかも高位の。
 不意をつかれたとは言え、万里小路流を学んだ鳴をあっさり後ろ手に拘束できる者などそうはいない。
 一体誰が? 何のために? 混乱する鳴の耳元で、
「わたしは敵じゃないわ」
 なら、どうしてこんなことを――
「敵じゃない」
 くり返す。背後の人物が。
 女性――
 声だけでなく、それは拘束された瞬間に察することはできた。
「わたしは……ネクベ・ラジヤ」
 衝撃が走る。
「ラジヤ……」
 つまり、ウアジェの――
「いい? よく聞いて」
 周囲を気にするように声をひそめながら、彼女は言った。
「わたしは助けに来た。あなたたちを」

「……わ、わかりません」
 そう答えるのがやっとだった。
「当然よね」
 嘆息しながら、ネクベと名乗った背後の女性がうなずく。
「けど、わたしはもう二度と姉さんがすることを黙ってみているつもりはない」
「……!」
 やはり彼女はウアジェの――
「妹よ」
 鳴の気づきに答えるようにつぶやく。
「現世騎士団アフリカ区館〝主騎士(ドミニオン)〟ネクベ・ラジヤ」
〝主騎士〟――九つに分かれた位階の上から四番目。つまり、五番目の〝力騎士〟であるミンより上位ということだ。
「あ……」
 とっさに礼を取ろうとしたが、この体勢ではさすがに無理だ。
 と、ぷっと吹き出す気配が伝わってくる。
「意外に真面目なのね、東アジア区館の騎士は」
「そんな……」
 声が真剣みを帯び、
「東アジア区館の騎士なのでしょう」
「………………」
 なんと答えていいかわからない。
「やっぱり……」
 しかし、相手は何か得心したようで、
「姉さん……まさかまたこんなことをするなんて」
「あ、あの」
 また――
 そのことは引っかかっていた。
 ミンが言っていた『前科』という言葉から。
「以前にも何かあったんでしょうか」
 鳴としては最大限の勇気をふりしぼったと言っていいその問いかけに、はっきりと動揺が伝わってくる。
「やっぱり……」
 その言葉を再び使われると共に苦い想いを感じ取る。
「……あなたは知らないのね」
 こくり。うなずく。
「表沙汰にしたくないことよ。お互いにとって」
 深刻な空気を感じ取る。
 一呼吸置かれ、
「花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)」
「……!」
 知っている。
 直接、会ったことはない。
 しかし、東アジア区館にいて彼の話を聞かなかったことはない。
〝伝説の騎士〟――そう呼ばれた人の息子。
 そして、まだ記憶にも新しい〝大戦〟において、勝利のために決定的な働きをしたというあらたなる〝伝説〟――
「あ……」
 思い出す。
『わたしは〝伝説の騎士〟の息子でもなんでもないんですけど』
 言っていた。
 当てこするようなその言い方はつまり――
「花房さんに関わることなんですか」
「そうよ」
 率直だった。騎士らしく。
「っ」
 拘束がとける。
 おそるおそる後ろをふり返る。
「ごめんなさい」
 頭を下げられた。
 その顔を見て、あらためて息をのむ。
 褐色の肌。そして品のあるその顔立ちは確かにウアジェを思わせるものがあった。
 しかし、受ける印象はずいぶん違う。
 姉がつかみどころのない成熟の妖艶さを漂わせる一方、目の前の女性には凛とした親しみやすさがあった。騎士らしい清廉さだ。
 この人なら信じられる。一目でそう思える女性だった。
「は……初めまして」
 ぎこちなく。頭を下げる。
 とたんにまたもふき出される。
「本当におかしな子ね、あなた」
 と、その目が細められる。
「錦(にしき)たちよりぜんぜん情けないけど……同い年くらいよね」
「えっ」
「ううん、なんでもない」
 微笑と共に感情を消し、軽く首をふる。
 面差しが再び真剣なものになり、
「名前を聞かせてもらえる?」
「紀野……鳴です」
「鳴……」
 確かめるようにその名をつぶやく。
「……ごめん、やっぱりわたしの中には記憶がないわ」
「はあ」
 どう返していいかわからない。
「単純に四神の二人のお付き……ってことでいいのかしら」
「いえ、あの」
 どうやらこの人は自分とマスターの関係について知らないらしい。
「姉さん……館長があなたたちを面倒に巻きこんでいることについて、アフリカ区館の騎士として謝罪させてもらいます」
 またも頭を下げる。見た目の印象通りに律儀な性格であるらしい。
 しかし、こちらとしてはあわててしまい、
「そ、そんな〝主騎士〟の方が〝騎士〟の僕に」
「キミたちのことは」
 鳴の言葉をさえぎるように、
「アフリカ区館でもほとんどの騎士が知らないことなのよ」
「えっ」
 意外――というほどの驚きはなかったが、そこまでかという衝撃はあった。
「わたしは区館の外にもツテがあって、それであなたたちのことを知った」
 言葉は続く。
「アフリカ区館と東アジア区館の交流。それはもちろんしたほうがいいに決まってるけど、あのことの解決だってうやむやなままじゃあね」
「あのこと……」
 はっと息をのまれる。
「あなたは知らないんだったわね」
「はい……」
「アフリカ区館が犯してしまった……この上なく恥ずべき行いよ」
 そして、ネクベは語った。
 花房葉太郎――〝伝説の騎士〟の息子を強引に連れ去り、アフリカ区館の騎士にしようとしたことを。
「……!」
 似ている。
 今回のこの状況に。
「あ、あの」
 わかっている。うろたえる鳴の前でそう言いたそうにうなずく。
「どうして東アジア区館にばかりこだわるのかしら。いくらターフェイ館長のことが嫌いにしたって、これじゃ〝騎士団〟の溝が深まるばかりじゃない」
 悔しそうに唇をかむ。
「あの〝大戦〟をくぐりぬけたばかりだっていうのに」
 その通りだ。
 現生騎士団と、その宿敵である来世騎士団(ナイツ・オブ・ヘヴン)との互いの存亡をかけた戦い。
 文字通り世界中で激戦がくり広げられ、鳴もまた洋上でミンやハナたちと共に戦った。
「……っ」
 物思いにふけっていた自分に気づいたらしく、あらためてこちらを見て、
「とにかく、わたしはあなたたちをここから逃がす。これはアフリカ区館のためでもあるんだから」
 その目に複雑な想いがにじむ。
「花房葉太郎のことで姉には一時謹慎という措置が取られた。館長を辞めさせられてもおかしくなかったけど、それにはアフリカ区館の多くの騎士が反対した」
「……!」
 クンを見ても思った。恐れは抱いているものの、それ以上にウアジェに対して絶対的な忠誠心を持っていることを。他の騎士たちも同じなら、やはり彼女は区館のトップに立つべき人物と言えるのだろう。
「〝大戦〟のときも先頭に立って戦って……そのこともあって姉は正式に館長として復帰したのよ」
「そうなんですか……」
「なのに、こんなことを」
 手で顔を覆う。
 憤りが声にならない。それはきっと姉妹ゆえの感情もあるのだろう。
「いまはわたしを信じてほしいとしか言えない。あなたから四神の者たちにも」
「その必要はないですよ」
 隣の部屋に通じる扉の前。
 ネクベの身体が一瞬こわばるも、すぐにあきらめたように力が抜ける。
 いつの間にかこちらに来ていたミンはあきれ顔で、
「アフリカ区館の人って、こういう不意打ちみたいなことしかできないんですかね」
「わたしは姉さんたちに気づかれないようにと」
 とっさに反論しかけるも、またすぐ肩が落ちる。
「そう言われても仕方ないわね」
「仕方ありません」
 容赦のない言葉。しかし、それが逆に気持ちがいいというように微笑む。
「東アジア区館の四神、フランソワ・ミンね」
「そちらは、ネクベ・ラジヤさんでしょう」
 手を差し出す。ためらいなくそれが握り返される。
「こっちの準備は済んでますよ」
「えっ」
 さすがに不意を突かれた言葉だったのだろう。
「……どこから聞かれてたのかしら」
「大体のところは」
「さすがね」
 皮肉でなく心からというように言う。
「グズグズしてたらまた何をされるかわかりませんからね。機会を逃したくないだけです」
「さすがね」
 くり返し。ネクベが言う。
「ほら、鳴クンも」
「えっ」
「『え』じゃないでしょ『え』じゃ」
 ため息にいら立ちをにじませ、
「ここを出ていく準備よ。さっさと済ませて」
「あ……は、はい」
 あわててうなずく。と、その動きが止まり、
「あの……」
「何? ほら、急いで」
「急ぎますけど……その」
 頬を熱くしつつ、かすかに服の胸元を押さえ、
「みなさんの見ている前で……」
「乙女か!」
 またもネクベがふき出し、ミンのそばにいたハナがやれやれと頭をふった。


「ここはもともとラジヤ家の私邸なの」
「私邸ねえ」
 先を行くネクベとミンの会話に耳を傾ける鳴。
 私邸――というには豪壮すぎる気もしたが、確かに騎士が集まる場にしては瀟洒な空気が勝っているようには感じた。
「姉がほとんどお付きもなしにここに来てるらしいって聞いてね。ひょっとして……と思ったの」
「その『ひょっとして』が当たってたわけですか」
 沈黙する。しかし、追求はゆるまず、
「本当のところ狙いは何なんです」
「だから、あなたたちを」
「ウアジェ館長にも言いましたけど、わたしは〝伝説の騎士〟の息子じゃないんです。こんなことまでするメリットがないでしょう」
「姉は」
 目を伏せ、
「区館のために……盲目になるところがある」
 けげんそうに首がひねられる。
「なりふり構っていられない。そこまでアフリカ区館は追いつめられている」
「え……」
 目を見張る。が、すぐに納得したと、
「花房さんに精鋭騎士たちを倒されたこと」
「それと〝大戦〟が大きかったわ」
 表情が沈む。
「どこの区館も無傷じゃ済まなかった。それは知ってる。けど、その中でもうちは」
 声にもつらさがにじみ、
「とりわけひどい……戦力は半減してしまったといっても過言じゃない」
「そんな……!」
 思わず声をあげてしまう鳴。
 確かに東アジア区館も大きな被害を受けたが、半減となると尋常ではない。
「姉のせい……という部分もある」
 息を飲む。
「その……無茶な命令を」
「逆よ」
 冷静に。ネクベが言う。
「言ったでしょう。姉は先頭に立って戦った」
「はい……」
「区館の騎士たちは、その姉以上に戦った」
「……!」
「戦ったのよ……」
 声にいっそうのつらさが重なる。
「みんな必死だった。〝騎士団〟の存亡より何より、姉の名誉を回復しようとして。そのために命も惜しまなかった」
「どうして、そこまで……」
 思えば失礼な問いかけだ。しかし、とがめられることはなく、
「それだけのことをされているから」
「えっ」
「区館にはたくさんいる。姉だけでなく代々の館長に……」
 そのときだった。
「困っちまうなあ、妹ちゃん」
「!」
 影――
 出口と思える光差すそこに、逆光で容姿の判然としない人物が立っていた。
「スル爺……」
 ネクベにはそれが誰だかすぐにわかったようだ。
「どういうことです? 誰も知らない抜け道だったんじゃないんですか」
「誰も知らないわ……うちの家族以外は」
 これ見よがしにため息がつかれる。それでもある程度このようなことは起こり得ると察していただろう。
「しかも、先回りって。完全にやること読まれちゃってるじゃないですか」
「う……」
「おいおい、あんまり責めないでくれよ」
 苦笑しながらスルが言う。
「こちとら、妹ちゃんがオシメしてたころから知ってんだからよ」
「やめて、その話は!」
 真っ赤になって声を張る。と、すぐその顔が真剣なものになり、
「行かせて、スル爺」
「そいつは聞けねえな」
 かっと。一瞬で激高し、
「どうして! スル爺にもこんなことおかしいってわかってるでしょ!」
「お嬢にもそうやって意見できればねえ」
「っ……」
 痛いところをつかれたのだろう。顔をくっとゆがめるも、
「……行かせて」
 ふっと。
 かき出した耳垢を息で飛ばす。聞く耳はまったくないと言いたげに。
「スル爺……」
 構えた。
「おいおい」
 芝居のように大きく肩をすくめる。
「やるってのかい、この老い先短いジジイと」
「それだけ元気でなにが『老い先短い』よ」
 笑っていない。額には汗。
 その緊張がこちらにも伝わってくる。
「やれやれだ」
 スルもまた槍を構える。
 昨日も見たあの異相の騎士槍〝骨月の槍〟を。
(だめだ……)
 ウアジェは言っていた。
〝座騎士〟スル・べと。
 それは、騎士の位階の上から三番目。直接の上には、各区館の館長を任される〝智騎士〟しかいない。
 そして、ネクベは〝主騎士〟であり〝座騎士〟の一つ下。
 このまま二人を戦わせては――
「ミ、ミンさん」
「ふぅ」
 ため息を一つつき、
「ええっ!?」
 ミンは構えられた槍をものともせず二人の間に割って入り、
「なんでですか」
 その言葉の意味がわからないというよにうに双方が沈黙する。
「何度でも言いますけど、わたしたちはそこまでされる騎士じゃないんです」
 ネクベが息をのみ、スルはすずしい顔のまま答えない。
「そこが本当に見えない。不自然なんですよ、最初からここまでずっと」
 こらえていたものがあふれるように言葉が勢いを増す。
「大体、いつまでもわたしたちをとどめておけるなんて最初から思ってないでしょう」
 スルをにらむ。やはり答えはない。
「三文芝居以外の何者でもない」
 ネクベをふり返り、
「正直、わたしはあなたのことも信じきれません」
「えっ……」
 不意を突かれた。そんなショックの顔を見せる。
「そういうところも芝居くさいっていうか……まあ、あなたの素なんでしょうけど。実際、うちの館長からも言われてますし」
「えっ」
 ターフェイ館長に? 何を――
「何かあったときはあなたを……ネクベ・ラジヤを頼れって」
「そうだったんですか!」
 驚く鳴に苦笑しつつ、同じく驚いている様子のネクベを見て、
「聞きましたよ。お姉さんに叱られて泣いているあなたをずいぶんなぐさめたって」
「そ、それは……ちいさいころの話だから!」
 あわてて取りつくろう彼女を見て、鳴まで思ってしまう。
 かわいい人――
 年上であり騎士としても上位である相手に対して不遜すぎるとはわかっている。
 だがやはり、ミンが『芝居』と言ってしまうような、そんなことをする人間にはどうしても見えなかった。
「いまは違うから! ちゃんと教師として」
「はいはい」
「『はいはい』じゃないわよ!」
「……それで、お姉ちゃん方」
 さすがのスルもあきれたように、
「これからどうするね? おとなしくいま来た道を戻るか、それとも」
 不意に言葉が止まる。
「やれやれ」
 そこだけは年相応に薄くなった髪をかく。
「スル爺?」
「ヤな風だねえ」
 はっとなるネクベ。
「何かあったの?」
「こいつは……村のほうだな」
 顔色が変わる。
「おいおい、妹ちゃんよ」
 すかさず駆け出そうとした彼女にまたもあきれ顔で、
「姉ちゃんたちは置いてっちまうのかい」
「あ……!」
 こちらをふり返り、どうしようかと迷いを見せる。
「わたしたちはいいですよ」
 あっさりと言う。
「何かあったんでしょう。どうぞ行ってください」
「けど、そんな無責任なことは」
「構いませんよ。頼れとは言われましたけど、ネクベさんってあんまり頼りにならないみたいなんで」
「ええっ!?」
「あ、あの」
 あることが気にかかった鳴は前に出る。
「村って……ひょっとして僕たちを歓迎してくれたあの村ですか」
「えっ」
「そうだよ」
 スルがうなずく。
「ここに来る前にあんなことをされたのもいまとなっては……というかあの時点でかなり疑問だったんですけど」
「そんな悠長なことを話してる場合じゃないの!」
 ネクベがミンに向かって声を張る。
「万が一のことがあったら」
「万が一?」
 不安が加速する。
「万が一ってどういうことですか! 何があるって言うんですか!」
「それは」
 口ごもる。
「ちょっかいかけてくるやつらがいんのさ」
 スルがまた口を開く。
「こっちが弱り目なのにつけこんでな」
「ちょっかいって」
 良くない想像しか浮かばない。
「それって、どういう」
「だから、そういう悠長なことを言ってる場合じゃないの!」
 もう耐えきれないと、
「ごめんなさい!」
 頭を下げる。
「あなたたちのこと……いまは逃がしてあげられない!」
「ええっ!?」
 思わず驚きの声をあげてしまうも、それが緊急事態ゆえにだということはさすがに理解できた。
 ネクベは悔しげに、
「スル爺……今日はわたしの負けよ」
「勝ち負けの問題かねえ」
「勝ち負けの問題なの!」
「勝ち負けの問題じゃないですよ」
 そこに、
「ていうか、わたしたちも行きますから」
「えっ!」
「ミンさん!?」
 またも驚かされてしまう。
「行くって……」
「決まってるでしょ」
 真剣そのものの顔で、
「騎士の使命は?」
「……!」
 そうだ。言われるまでもなかった。


「あ……」
 血の気が引いていくのがわかった。
 銃器――
 昨日、何の隔たりもなく歓待してくれた人たちが虐げられているその光景に、鳴は信じられないものを見る思いがした。
「現状、大きな被害は出てないみたいね」
 隣のミンが冷静につぶやく。
 銃を突きつけられた村人たちは、悔しさをにじませながらも抵抗する様子は見せていなかった。そして、彼らはいくつかのグループに分けられ、それぞれどこかへ連れていかれようとしているところだった。
「これがアフリカ区館の現状よ……」
 同じく悔しそうに。共に物陰に身を伏せているネクベがつぶやく。
「で、でも」
 鳴にはわけがわからない。
「なんで、あんなひどいことを」
「理由があるのよ」
「理由……?」
 わからない。
「だって、みなさん、普通に暮らしているだけで」
「あの村のみんなが普通に暮らせるのは……」
 複雑さをにじませて言う。
「アフリカ区館の保護があるからなの」
「えっ」
 保護……けどそれは――
「何からの……」
 はっとなる。
「まさか〝ヘヴン〟……」
「そういうことじゃないのよ」
 頭をふる。
「いや、裏で関係はあったかもしれない」
「えっ!」
「敵が同じなら手を組める」
「敵って……」
「人を救うためにある〝騎士団〟。でも彼らにとって……」
 声にますます苦みが混じる。
「自分たちの秩序を乱す……敵」
「……!」
 秩序を乱す!? 人を守って戦う〝騎士団〟がそんなことをするはずがない!
 それ以上に〝敵〟という言葉の衝撃も大きかった。
「敵って、だって僕たちは」
 たまらず視線を村のほうへ戻した――
「!」
 そのときだった。
「クン!」
 大きな声をあげて。ネクベが止めようとするより先に立ち上がっていた。
「っ」
 クンがこちらを見る。
 彼もまた村人たちと同じく銃を突きつけられ拘束されていた。
「クンを放せぇーーーっ!」
 走った。
 他のものは目に入らなかった。視界の端で銃が向けられた気もしたが構わず鳴は――
「……!」
 砂――
「っ!?」
 さすがに足を止める。
 不意の砂嵐。いや、嵐というにはおだやかで、それは雲か霧のように漂って鳴の視界を覆った。
「なんて無茶なことをする子なの、あなたは」
 すぐそばで――
「ネクベさん」
「下がりなさい」
「でも」
 食い下がろうとするところに、
「下がりなさい」
 再び。強く言われる。
 腕をふるう。
「……!」
 槍。
 それはスルと対峙したときに構えたものだ。
 目につくのは、槍身の脇に取りつけられた大きな砂時計――
「!」
 いま目の前で起こっていることとそれが急速に結びつく。
「これって」
「そうよ」
 答えはシンプルだった。
「〝砂落(さらく)の槍〟」
 ネクベが言う。
「砂を導く力がこの槍にはある」
「砂を……導く?」
 と、気づく。
 似ている。
 もやと砂という違いはあるが、周囲の視界をさえぎるようなこの力は――
「スルさんの……」
「そうよ」
 再び。言う。
「スル爺は師匠だからね。わたしたち姉妹の」
「……!」
 不意に――
 漂っていた砂塵が渦を巻く。
「下がりなさい。早く」
「さ……下がれません」
 意地を張るわけでなく言っていた。
「ふぅ」
 ネクベにため息をつかれるのはすこし不本意な気がしつつ、
「わたしのそばを離れないでね」
 進む。あわててそれに付き従う。
「ふっ」
 小さな気合の息。
 視界がいまだクリアでない中、銃を持ったいくつかの人影が反応する。
 槍がふるわれる。
 渦を巻いていた砂が、まさに導かれるようにして人影に向かう。
「!」
 鉄爪が引かれる。とっさにネクベをかばおうと前に出るが、
「……!?」
 弾は――放たれなかった。
「鳴!」
 初めて名前を呼ばれた驚きはあったが、身体はすかさず動いていた。
「右よ!」
 とっさに右の人影に向かって走る。そして、ネクベは左に向かって――
「はぁっ!」
 気合の声が重なる。
 銃を撃てないまま人影が倒れたのが双方同時だった。
「ハァ……ハァ……」
 いまさらながら、銃を持った人間を相手していたことの緊張感に息が上がっていく。
「どうして……」
 発砲しなかったのだ――と言うより先に、
「撃てなかったのよ」
「……!?」
「多少の防塵装置はついてても、集中的に砂をあびせられたらね」
「あ……」
 そういうことか。砂を操る力――ネクベはそれで相手の銃器を使用不可能としたのだ。
 と、安堵している場合ではない。
 銃器を持った者たちはまだ数多くいるのだ。
 クンのことだって助けられてはいない。
「どこだ! クン!」
 うっすらと漂う砂塵の中を、人の気配を頼りに進む。
「……!」
 打撃。そして人の倒れる音。
 そこで見たのは、
「ミンさん、ハナさん!」
 足もとに倒れる銃を持った男たち。
 二人は動きを止めることなく、戸惑い対応できない周りの男たちに次々と向かっていく。槍は必要ない。銃が使えない相手には体術だけで十分な武器となる。
 やがて、周囲から敵意とでも言うべきものが消える。
 二人も動きを止め、その場で警戒の姿勢に入る。
「ミンさん、ハンさん……」
 かすかに力を抜いて彼女たちに近づいていく。
「!」
 パシンッ! するどく頬を張られる。
「鳴クン」
 そこに普段の軽い調子はなかった。
「何をやってるの、あなたは」
「う……」
 助けを求めるように思わずハナを見てしまう。しかし、返ってきたのはやはり厳しい視線だった。
「あなた一人が危険にさらされるだけならまだいい。わたしたちは騎士。人を救うために命をかける覚悟を決めた人間だから」
 ぐっ。胸倉をつかまれる。
「そんなわたしたちのうかつさで人を危険にさらすことは絶対に許されない」
「あ……」
 何の反論もできなかった。
「あなたが騎士になるのはまだ早かったかもしれない」
 声が静かに怒りを増す。
「正式な処分は東アジア区館に戻ってからってことになると思う。あなたにはもう一度従騎士として……」
「やめろよ!」
 晴れ始めた砂煙の向こう。
「あ……」
 そこには、拘束から解かれたクンの姿があった。
「だ、大丈夫で……」
 よろよろと。騎士失格の判断を下されたショックが抜けないながらも、安否を確かめようと彼に近づいていく。
 ぐいっと。
 しなやかな長身からは思いがけないたくましい腕で後ろにかばわれる。
「言わないでくれ」
 あぜんとなる鳴の前で、ミンたちに深々と頭を下げる。
「こいつに騎士を辞めさせるなんてこと……言わないでくれよ」
「クン……」
 落ち着いた口調のまま、
「頭を上げなさい」
 ミンが言う。
「頭を下げるのはこっちのほうよ」
 そして、実際に謝罪する。
「ごめんなさい」
「っ」
 言葉につまるクン。
「東アジア区館の騎士の失態であなたたちを生命の危機にさらしました。館長代理としておわびします」
 あまりに硬いその態度に気持ちが追いつかないのだろう。
 それでも声をつまらせながら、
「おいらたちは……同じ〝騎士団〟の騎士だ」
「彼の監督責任は東アジア区館にあるわ」
「それでもさ!」
 声を張る。と、複雑な想いをはらんで肩が落ち、
「おいらは……うれしかった。鳴がおいらのために本気になってくれたことが」
「でも、僕は」
「悪いのはおいらだって同じだ!」
 さらに声を張る。
「これはアフリカ区館の問題だ! なのにおいらは何もできなかった……」
「………………」
 ミンは沈黙し、そして、
「話しなさい」
「え……」
「いいですよね、ネクベさん」
「あっ!」
 クンがを見張る。
「どうして、ネクベさんが」
「それは……」
 気まずそうに目をそらす。先ほどまでの凛々しさが消えたその姿に、しかし、鳴はなぜかほっとしてしまう。
「助けてくれたんだ、ネクベさんが」
「おまえ……!」
 はっとこちらを見たクンが、即座にすべて納得したという顔になる。
 そこに苦さが混じる。しかし、すぐに、
「話して……構いませんか」
「でも」
 気遣う様子を見せつつ、ためらいがちにうなずく。
「おいらは」
 クンは言った。
「殺されるべき人間だったんだ」

 声を失った。
「殺……され……」
 それ以上はとても口にできない。
 なぜ? どうしてそういうことになる。
 クンはつらそうにうつむいているばかりだ。
 そこに、
「クン!」
「クーン!」
 小さな影が次々と駆け寄ってくる。
 見覚えがある。初めてこの村に案内されたとき、真っ先に彼にじゃれついてきた子どもたちだ。
「お、おまえたち」
 はっと我に返ってうろたえ出し、
「大丈夫か? ケガとか」
 子どもたちは何も言わなかった。
 じっと。見つめる。
 それだけでお互いの気持ちはわかるというように。
「う……」
 クンの瞳もうるみ出す。
「ごめんな……」
 それ以上はいい。そう言いたそうに首がふられる。
 膝をつく。そんなクンを囲むようにして、彼と子どもたちは絆を確かめ合おうと互いを抱きしめた。
「クン……」
 どう声をかけていいかわからない。
「こいつらは……おいらだ」
 つぶやきに目を見張る。
「みんな、おいらと同じで死ななきゃならなかった」
「なっ……」
 そうだ、それだ!
「どういうことなの!?」
 そばにいた子どもたちが驚くほどの勢いで詰め寄る。
 クンはかすかに笑い、
「おまえ、本気で怒ってくれるんだな」
「当たり前だよ! だって、クンは……」
 その先を口にすることに気恥ずかしさを覚えるも、しかし、ためらいなく、
「友だちだから」
 クンの笑みに心からのうれしさがにじむ。と、からかうように、
「弟弟子じゃなくてか?」
「それは……」
「えー、なになに、弟ってー」
 子どもたちが興味を示し出す。
「メイって弟なの?」
「いや……」
「バーカ、おいらのほうが弟なんだよ」
「そうなの?」
「メイのほうがちっちゃいのに」
「ちっちゃいのに」
「『ちっちゃい』って言うなら、ハナさんのほうがちっちゃいだろ」
「あー、ホントだー」
「だけど、ハナちゃん強いよー」
「クンよりつよーい」
 無邪気な笑い声が子どもたちの間に弾ける。そんな子どもたちを、本当にうれしそうにクンは見つめる。
「……本当の名前じゃないんだ」
「えっ」
 真剣な目がこちらを見る。
「おいらやこいつらは本当の名前を名乗れない」
 またも声を失う。
「どう……して」
 微笑む。そこに今度はさびしさがにじむ。
「知られちゃいけないからだ」
「………………」
「おいらたちはな」
 言う。
「みんな、生贄にされたんだ」
 ――!
 衝撃が走った。
「……い……」
 生贄――!? あまりにも鳴の知る現実から遠く離れた言葉に思考が停止する。
 無理もない。そんな笑みを見せ、
「おかしいか?」
「お……」
 おかしい。おかしくない。
 どう口にすれば正解なのだろうか。
「悪ぃな」
 こちらの戸惑いが伝わったのだろう。軽く頭を下げられる。
「悪くなんか……」
 そうだ、悪くない。
 クンもそして子どもたちも。まだ知り合ってわずかだが、それでも断言できた。
「悪くない」
 弱々しいながら、心からのうれしさをたたえた笑みが返ってくる。
「仲間たちにとったら極悪人だ」
「……!」
「いまでもな、少なくないんだ。部族全体の繁栄のために……ってのがな」
 生贄――
 衝撃のその言葉が急速に現実味を帯びてくる。
「そんな……」
 あり得ない。とは言い切れない。
 それこそ『人柱』といったようなことが過去にあったと聞いたことはある。
 過去にあったことが現在にないとは言い切れないのだ。
「おいらやこいつらはな」
 たんたんと。クンが語る。
「みんな、館長とアフリカ区館の騎士たちに助けられた」
「っ……」
 人を救う――
 そうだ……それは〝騎士団〟の根本理念ではないか。
「この村にいるのはみんなそうだ。いろんな事情で国や部族にいられなくなったやつらが一緒に暮らしてる」
 ぎゅっと。子どもたちを抱える腕に力がこもる。
「ここは、絶対に守らなくちゃいけない場所なんだ」
「……そうだね」
 鳴もうなずいていた。
「だからって、先走ってもいいってもんじゃないでしょ」
 びくっとなる。
 見れば、クンも身体を固くしている。
「ミンさん……」
「ひとまず、あいつらは退散したみたいね。クンくん一人ならともかく、複数の騎士相手に戦える数はさすがにいなかったみたい」
 周りを眺めながらそう言う。
 二人で話している間、どうやら村の中を見回っていたらしい。
「す、すみません……」
「何に?」
 こちらを見る目が再び険しくなる。
「何に対する謝罪なのかしら」
「う……」
 そこへ、
「あなたもそうよ、クン」
 ネクベがミンの隣に並ぶ。
「あなた一人で何をやってるの。姉さんは」
「館長は……」
 言葉につまる。
「……わからないです」
「は?」
「だって……」
 それから語ったところによると――
 あの早朝の勝負の後、村の子どもの一人が突然の襲撃のことを知らせに来たらしい。あせったクンはウアジェの許可を得ることなく飛び出した――というわけなのだ。
「それより、ネクベさんこそどうして」
「う……」
 逆に質問をぶつけられた彼女は開き直るように、
「あ、あなたたちが悪いのよ」
「えっ」
「区館のみんなに隠れるようにしてこそこそと」
 再びクンが気まずい顔になる。しかし、よけいなことは何も言わないというように唇を引き結ぶ。
 が、すぐに思い出したというようにこちらとネクベを交互に身て、
「……もう知られてるんですよね」
 何も言わない。
 それでもクンはためらいをにじませつつ、
「館長は……区館のためを思って」
「だったら、堂々とすればいいでしょう」
「みんなを巻きこみたくないんだ!」
 大声をあげ、そして唇をかむ。
 ネクベは冷静なまなざしで、
「あなたは巻きこまれてもいいの?」
「………………」
 唇をかんだまま、うなずく。
「おいらは館長がいなかったら死んでた。館長のためなら何でもする。そんなおいらを館長は選んでくれた」
 ためらいなく。自分のゆるがない想いを口にする。
 と、そばにいた子どもたちが次々と、
「クンのこと、怒らないで」
「みんなのこと助けようとしてくれたんだ」
「けど、おれたちが人質になっちゃって」
「それで何もできなかったんだ」
「クンは悪くないんだ!」
 銃を持った男たちに捕まったことを叱られていると思ったのだろう。懸命に声を張る子どもたちの目から涙があふれる。
「あ、あの」
 厳しい表情が一変、てきめんにうろたえ出す。
 こういうところもネクベはミンより――などと思ってしまう。
「わたしはクンを責めてるわけじゃ……あ、いや、責める感じにはなってたんだけど」
 騎士に嘘はつけない。
「やめましょう、ネクベさん」
「ええっ!?」
 裏切られた! そんな顔でミンを見る。
「けど、そういうわけには」
「行きましょう」
「えっ」
 目を見張る。
「大体の事情は把握したつもりです」
 ネクベよりはるかに冷静に。ミンが言う。
 そして、歩き出す。
「ちょっ……どこへ行くのよ!」
「あっ、ネクベさんはここに残っていてください。万が一ということもありますから」
「そんなわけにいかないでしょ! あ、ううん、ここももちろん放っとけないけど」
「会いづらいでしょう」
「え……」
「わたしたち」
 ミンは言った。
「あらためて、ウアジェ館長と話をさせてもらいます」


「大丈夫でしょうか……」
「鳴クン」
 宮殿へ戻る途上。
「やっぱり、ここに残りたくなった?」
「それは」
 すぐには言葉を返せない。
 期待のこもったクンの視線を感じる。
「ぼ……」
 とっさに、
「僕にはまだ決められません」
 やれやれと頭がふられる。
「情けないわねー」
「だ、だって!」
 あたふたと、
「力になりたいという気持ちはあります。けど、僕はまだ未熟です。さっきのような失敗をくりかえしてしまうかもしれません」
「未熟なのは、おいらだって同じだ!」
 クンが声を強める。
「おいらもおまえもまだまだだ! だからこれから一緒にがんばればいいんだろ!」
「クン……」
「あーもー、カンペキ愛の告白ねー」
 ますますあきれたように言われてしまう。
「!」
 不意の痛み。見ると、いつの間にかハナに太ももをつねられていた。
「ハ、ハナさん、僕は」
「力になりたいという気持ちはわたしにもあるわ」
 その言葉に息を飲む。
「多少だけどここの区館の現状を知ったからね。ただやり方ってものがあると思わない? ねえ、クンくん」
「っ……は、はい」
 話をふられ、かわいそうになるくらい縮こまる。
「ちょっと意見しないとねー」
「えっ!」
 クンが目をむく。
「意見って」
「決まってるでしょ。あなたの館長によ」
「そんな」
 それ以上の言葉が出てこない。クンにとってウアジェは「意見なんて考えられない」という対象なのだ。
「や、やめ……」
「シャラップ」
 うろたえるところにすかさず、
「言うわよ」
「う……」
「あなたのためにも」
 はっと。目が見開かれる。
「心から全部賛成して従ってるってわけじゃないのよね」
「けど……区館のために」
「あなたも区館の一人でしょ」
 またもはっとなる。
「あなたが迷いを抱えていることは、それは究極的には区館のためとは言えないんじゃないかしら」
 反論はない。
「たとえばね」
 かすかに声に優しさがこもり、
「今回みたいな『交流』という形からでいいと思うの。もちろん、ちゃんとした交流よ。それでお互いのことがわかれば、力になれることも見えてくるだろうし」
「はい……」
「在香さんみたいに人材を派遣するのもアリだと思う。無理に引き抜くとかでなくね」
「………………」
 クンは、
「ミンさんの……言う通りです」
「というわけで」
 一転、笑顔を見せ、
「そこらへん、きーっちりハナシつけないとね」
「あ、あのっ」
 とたんにまたあわて出し、
「その、ケンカみたいになることは」
「情けないわねー」
 肩をすくめる。
「わたしを誰だと思ってるの? 成り行きだけど、あの在香さんとやりあったことだってあるのよ。いまさら怖いものなんてそうそうないわよ」
「けど」
「ありがとう」
 再び優しい笑みを見せる。
「わたしのこと、心配してくれてるのね」
「そ、それは……」
 はにかんで目を伏せる。
「まー、なんとかしてみせるわよ」
 気持ちをほぐそうと、その頭をなでる。
「うちの騎士を本気でかばってくれた……そんなあなたの気持ちに応えるためにも」
 ハナもこくこくとうなずいてみせた。
(ミンさん……)
 鳴は思った。
 やっぱり――彼女は将来の東アジア区館館長になるべき人なのだと。
「さーてと。じゃあ、引き続き道案内よろしく」
「はいっ!」
 すでに知っている道ではあるが、土地勘がないことに加え、都市のようにわかりやすい目印もない。そのため自然とクンが一行を先導する形になっていた。
 気負いこんで前に出る彼に思わず苦笑する。
「あーら、笑ってる余裕なんてあるのー」
 ふにふに。頬をつつかれる。
「忘れてないでしょうね? あの無謀な突撃についての処分がまだ決まってないこと」
「……!」
 そうだ。最悪、自分は――
「アフリカ区館への異動ってこともあるわねー」
「えっ……!」
 それは――どうとらえればいいのだ?
「あるのか……」
「い、いやっ」
 つぶやくクンに思わず首をふるが、
「イヤなのか……」
「あ、違っ、そういう意味じゃ」
「わかった」
 何が『わかった』なのかクンはうなずき、
「変わる」
「え……?」
「変わって……いや変えてみせる。〝騎士〟のおいらが生意気だけど」
 前置きをしつつも確かな気持ちをこめて、
「アフリカ区館を変える」
「……!」
「おまえに……いや他の騎士たちにだって来るのが『イヤ』だなんて言わせないような立派な区館に」
「クン……」
 前向きだ。まぶしいほど。
 村の子どもたちもそうだった。自分には想像もできない過去があるというのに――
「力になる」
 あらためて。言っていた。
「じゃあ、異動は決定ってことでー」
「ええっ!」
 驚きあわてる鳴に、
「やっぱり、イヤなのか……」
「あっ、だから、僕はそんなつもりじゃなくて」
 誰からともなく笑い声がはじける。
 まだ――ふざけあえていた。
 この後の、思いがけない事態に直面するまでは。


「いないわよ」
 ――沈黙。
「えーと……」
 ミンの額に汗がにじみ、
「何を言ってるんです、在香さん」
「マスター」
「マスターさん」
 いまだキャラを崩さない彼女に、うんざりさをにじませつつも付き合う。
「だからねー」
 他人事のような生来の無責任さで、
「いなくなっちゃったのよ、ウアジェちゃん」
「いや、意味がわかりませんよ」
 うんざりにイラつきが加わり、
「じゃあ、ここには誰がいるんです」
「わたしだけ?」
「それがもう意味がわかりませんって」
「わかってほしいのにねー」
 そう言って、抱えていた黒い子犬の頭をなでる。ビストと呼ばれていたその犬(?)は、いやがるように顔をそむけた。
「在香さん」
 もはや冗談や遊びに付き合う気はないというように、
「知ってたんですよね」
「んふー」
「『んふー』じゃなくて」
 さらに怒りをまじえつつ、
「あの村が襲われたこと。クンくんがここを飛び出していったこと。知らないはずがないですよね」
「あと、ミンちゃんたちが逃げ出したこともねー」
 くっ――言葉につまるも、
「それとこれとどう関係があるんです」
「関係はないわ」
「ないなら言わないでください」
「ごめんねー。わたし、親切だからー」
「親切の使いどころを完全に間違ってます!」
 もはや限界寸前の顔で言う。
「在香さん」
「マスター」
「マスターさん」
 そんなこともうどうでもいいと、
「どこへ行ったんです」
「んー?」
「ウアジェ館長です。あなたが知らないわけないでしょう」
「そんなこと言われてもねー」
 ちらりと。かすかに気にするようにクンを見て、
「……さらわれたのよ」
「は?」
「だからー」
 なかばヤケのように、
「さらわれちゃったの!」
「だ……誰がです」
「あなたたちが行き先を知りたがってる相手よ!」
 声を張り上げる。
「ウアジェちゃん、さらわれちゃったのよ! この宮殿から!」

「あのー」
 あぜんとなる一同の中で、最初に口を開いたのはやはりミンだ。
「何を言ってるんです」
「事実」
 一言で。さらりと言い切る。
 再び沈黙が訪れる。
「……あのー」
 さすがに口もとの引きつりを抑えられず、
「やめません?」
「何を」
「その笑えない冗談をですよ」
 聞いていた者たちすべての意見を代弁するように、
「意味がわかりませんって。無理があるでしょう、どう考えても。仮にも〝騎士団〟の〝智騎士〟ですよ? 一万人いる騎士の、その上から二番目の位階ですよ? そんな怪物みたいに強い人を誰がさらえるんですか」
「まー、失礼ね、怪物だなんて」
「事実です」
 同じ言葉で。言い返す。
「在香さん」
 笑顔の中にすごみをこめて近づく。
「何をたくらんでるんです」
「だからー」
 再びふてくされたような態度で、
「たくらむなら、わたしだってもうちょっとマシなこと考えるわよ」
「わかりました」
 すごみのこもった笑みは崩さないまま、
「とりあえず話をうかがいます。それからいろいろと判断させていただきます」
「もー、怖い顔しないでー」
 おどけるように横を向くも、その声に真剣さがこもる。
「クンが飛び出していったあとだったわ――」


「どうするの、ウアジェちゃん」
「………………」
 沈黙。
「あの子だけで行かせるわけにいかないでしょう。スルのお爺にはミンちゃんたちのほうを任せちゃってるし」
 やはり沈黙が返ってくる。
 ――と、
「なぜでしょう」
「えっ」
「なぜ……」
 静かな表情のまま、
「なぜ、このタイミングで村が狙われたのでしょう」
「それは」
 ほんのわずか考えをめぐらせ、
「このタイミングだからでしょ」
「このタイミング……」
「だからー」
 いささかもどかしげに、
「いまこの〝水鳥の宮殿〟のそばに他の騎士たちはいないわ。あなたが周りに秘密で動くためにね。つれてきたのはクンとお爺、それにわたしだけ」
「襲うには絶好の機会ということですか」
「そういうこと」
「では、村を襲った者たちは」
 うっすらと。挑戦を楽しむような笑みで、
「秘密のこの状況をどのようにして知ったのでしょう」
 言葉につまる。
「それは……」
 直後、気づかされる。
「その通りです」
 こちらの心を読んだようにうなずく。
「内通者」
 聞いてはいた。
 現在のアフリカ区館は――一枚岩ではない。
 その根ははるか過去にまでさかのぼる。
 ウアジェのために命をも惜しまない者たちが多くいるのは確かだ。
 一方で、アフリカ区館は各地域の旧弊的な部族との摩擦が絶えなかった。部族の繁栄のために人命を犠牲にするというあり方に徹底して反対してきたからだ。
 区館の力が絶大なとき、表立って敵対する集団はほとんどいなかった。
 かと言って全面的に受け入れたというわけではない。
 スパイ――
 隙をうかがうべく、少なくない数の人間が区館に送りこまれた。
 その正体を明らかにすることは困難だ。
 ウアジェの〝力〟を使えば可能かもしれない。しかし、そのようにして身内を疑うような態度を取ることが組織の弱体化につながってしまう。
 慎重に慎重を期さなければならない。
 だが、その余裕もいまのアフリカ区館にはない。
 保護した人々をかくまっている村が襲われたのも、区館の弱体化と無関係とは言えないだろう。
「難しいわね」
 自分でも意味のないセリフだと感じつつ、そう口にする。
 難しさは館長である彼女自身が一番よく理解しているはずだ。
「あなたまでうかつに動けない……ってわけか」
 沈黙が答えだった。
「だったら、どうしてクンを行かせちゃったの」
「止めてもあの子は行くでしょう」
「そんなことないわ。あなたの言うことなら聞くわよ」
「いいえ」
 静かに首をふる。
「ここでおとなしくするような騎士は我が区館に必要ありません」
「へー」
 意外だった。
「あなたがそういうこと言っちゃうんだ」
 やはり答えはない。
「変わったわね」
「お互いに」
 静かな表情のまま、それだけをつぶやく。
「心配じゃないの」
「マスターの教えを受けた者ですから」
「そんなに信頼されても困っちゃうわねー」
 飄々と言う。
「試練ってわけ?」
 沈黙で答える。
「けど、あの子、優しいからねー」
「それゆえの試練です」
「なるほどね」
 うなずいてみせる。
 会話は――それで終わりだった。
 気づいたのは、おそらく同時だっただろう。
 マスターが動いた。
 しかし、
「!」
 完全に意識を取り戻したとき――そこにウアジェの姿はなかった。


「――というわけなのよ」
 沈黙。先ほどに負けないくらいあぜんとした空気が漂う。
「いやいやいや」
 やはり口を開いたのはミンだ。
「なんです、それ」
「『なんです』って」
 憤慨したように、
「あなたが『うかがいます』って言ったから話したのよ」
「確かにうかがいましたけど」
 あらたなイライラをにじませつつ、
「なんなんです、その急展開は」
「急展開?」
「急展開でしょう!」
 さすがにこらえきれないと声が跳ね上がる。
「何があったんですか!」
「だからー。クンが行っちゃったあとでー」
「最後です! 最後のところです! 何がどうなってウアジェ館長がいなくなっちゃったんですか!」
「そこは……まあ、細かいところはいいじゃない」
 言いながら目をそらす。
 はっとなる。
 彼女は元騎士だ。やはり嘘をつけないという気持ちがあるのだろう。
 嘘――
 それを口にしなければとためらうようなことがあったのだ。
「師範」
 思わず前に出る。
「話してください」
「あーら、強気じゃない、鳴のくせにー」
 軽口には流されない。
「話してください」
「……もー」
 ちらりと――
「っ」
 気づく。一瞬だがその目はクンをとらえていた。
(これって……)
 つまり、彼には知られたくないということなのか。いや、ウアジェがいなくなった時点で十分にショックな出来事のはずだ。
 それに匹敵する、あるいはそれ以上の――
「わかってます、師範」
 そのときだ。
 口を開いたクンは明らかに無理をして作ったという笑顔で、
「館長がお考えもなく動くはずはありませんから。わかってますから」
 マスターは――答えない。
 しばらくしてようやく、
「そうね」
 こちらも笑みを返す。
「あの、整理させてください」
 ミンが割って入り、
「つまり、ウアジェ館長は現在消息不明。そういうことでいいんですね」
「まー、そうなるわね」
「あなたに何も言わないで姿を消した。というか……」
 あごに指を当て、考えるそぶりを見せる。
「あなたにどこへ行ったか気づかせなかった」
「ちょっとー。難しく考えないでよー」
 冗談めかして言うマスターに、
「………………」
 沈思を続ける。
 そして、
「ちょっと行ってきます」
「えっ、あの……」
 戸惑う鳴に、
「あなたたちはここに残ってて」
「でも……」
「ハナ、二人のこと、お願いね」
 こくこく。うなずく。
「ちょっとー。わたしにはお願いしないのー」
 完全無視。
「もー」
 無視されたまま早々に去られ、不満そうに頬をふくらます。
「生意気になっちゃったわねー。まー、会ったときから反抗的な子ではあったんだけど」
「あの……」
 おそるおそる、
「ミンさん……どこへ行ったんでしょう」
「そんなの、わたしにわかるわけないでしょ」
「ですよね」
 本当に『ですよね』なのだろうか。
 彼女は――明らかに何かを隠している。
「あっ」
 不意に。隣にいたクンの身体がゆらぐ。
「大丈夫!?」
「ああ……」
 大丈夫には見えない。
「師範、僕、クンを部屋に」
「………………」
「師範?」
 ゆらいだ。
「!」
 なぜ気づかなかったのだろう。
「師範!」
 驚いたクンもそばにしゃがみこむ。
「あーもー」
 いまやダメージを隠そうともせず、切れ切れの息で悪態をつく。
「情けないわねー。これっぽっちやられたくらいで」
「……!」
 やられた? 区館のトップであるウアジェにすら一目置かせる彼女を――
(いや……)
 そもそもウアジェに何かあった時点で尋常な事態ではないのだ。
 わからない。何が起こっているのか。
 しかし、いまやるべきことははっきりしている。
「どこか、落ち着いて休めそうな部屋は」
「こっちだ」
 クンが先に立って歩き出す。
 騎士らしく。鳴はマスターを両腕で抱え上げ、その後ろに付き従った。


「情けないわねー」
 あらためて。ベッドに横たえられたマスターがつぶやく。
「ハナさん、お願いします」
 こくっ。うなずく。
 騎士として彼女も最低限の医療知識は身に着けている。
 二人を残し、クンと共に部屋を出た。
 彼の顔色はいまも悪いままだった。いや――むしろ悪化したかもしれない。
「来て」
 言うと、力なくうなずいてこちらに身を寄せた。
 おとなしく任せるということなのだろう。
 自分より背の高いその身体を支えながら、自分のために用意された客室を目指す。クンの寝泊まりしている部屋を聞こうかとも思ったが、ささいなことでもいまはこれ以上の負担をかけさせたくなかった。


「クン」
 夜――
 灯りのない部屋で人影がぴくりと動いた。
「どこへ行くの」
 答えはない。
 ベッドから身体を起こす。
 クンはツインのもう一方のベッドを離れるその寸前だった。
「早ぇよ」
 気づくのが、ということだろう。苦笑まじりのその言葉に、
「僕と呼吸を合わせようとしてたから」
「っ……」
「基本だからね、万里小路流合気の」
 呼吸を――気を合わせる。
 それは他力をもって己の力とする万里小路流合気でまず教えられること。
 他力をもって己を消す。つまり、こちらに知られないままに何かをしようとしていたということだ。
「さすが兄弟子だよな」
 肩が落ちる。
 ベッドの端に腰かけるクンに、鳴も同じように座って向かい合う。
「………………」
 沈黙が続く。
 ――と、
「言ったよな」
「……?」
「おいらの名前は本当の名前じゃない……」
 再びの告白に胸を突かれる。
「養子なんだ」
「えっ」
「爺ちゃんの。スル・ベの子どもで……クン・ベ」
 そうだったのか。
「クン……」
 かすかなためらいの後、
「スルさんは」
 聞く。
「どういう人なの」
「ああいう爺ちゃんさ」
 暗いままの部屋で。おかしそうに笑う気配が伝わる。
「なんだかつかみどころがなくってさ。自分のこと『ジジイ』っていうくせにいつまでも若ぇーの。〝騎士団〟にも先代からいたっていうしさ」
「先代って」
「アフリカ区館の先代の館長。いまの館長の親父さんだよ」
「そうなんだ」
「先代も……立派な人だったんだって」
 目を伏せながら語る。
「爺ちゃんが言ってた。自分は先代に会って変わったって。人の命を奪うんじゃなくて救いたいと思うようになったって」
「えっ……」
 人の命を――奪う?
 かすかに引っかかるものはあったが、いまはそれを言葉にせず留める。
「その恩返しってわけじゃないけど、爺ちゃん、すっげえいまの館長の力になっててさ。館長も爺ちゃんのこと頼りにしてて、それでおいらも一緒に……」
 声がふるえ始める。
「そんな爺ちゃんなんだ……。だから……だから爺ちゃんが……」
「クン」
 言わなくていい。暗闇の中、静かに首をふる。
「けど、他に考えられないだろ」
 すがるような視線を感じる。
「ミンさんだって気づいたんだ。だから……たぶんネクベさんのところに」
 おそらくそうだろう。まだこちらに戻ってきていないのも、彼女と共になんらかの手段を講じているのかもしれない。
「だから、連絡があるまで……」
「待てるかよ!」
 立ち上がる。長身の彼が間近で立つと思った以上の圧迫感があった。
「行くからな」
「……うん」
 あっさりうなずかれて驚いたという顔を見せる。
 こちらも心は決めていた。
「行くから」
 立ち上がって言う。
「僕も一緒に行くから」

 そう――
 マスターが話の終わりをあいまいにごまかした時点で、いくつかの事実は示唆されていたのだ。
 まず、彼女がその『襲撃者』に敗北したこと。
 もともと負けず嫌いな性格の彼女は、敗北を素直に認めないところがある。
 ミンとの勝負はすでに心の整理がついているのか広言してはばからないが、基本的には自分の強さに傷がつくようなことは耐えられない人だ。
 強がりを維持するため、平然とした顔で鳴たちの前に出た。
 本来なら、立っていることさえやっとのダメージを隠しつつ。
 それがなければ、人情に篤い――というか気に入った相手に執着するタイプの彼女が、消えたウアジェをそのまま放っておくはずがない。
 そして、彼女の敗戦は、他にもいくつかのことを示している。
 敵の実力――
 いまは引退しているとはいえ、槍抜きでも下手な騎士などものともしない。
 そんな彼女を圧倒できる相手がそうそういるはずがない。
 確実に上位騎士クラスだ。
 それに加え、その場にはウアジェもいた。
 まごうことなき上位騎士である。
 上位騎士と、上位騎士に匹敵する人物。
 その二人を相手にするには、実力者が束になってもなお足りない。そして、それほど大規模の戦いがあった様子は宮殿のどこにも見受けられない。
 ただ――
 数に頼らず二人を相手できる手段が、ないことはない。
(それは……)
 絶対的な信頼。
 その隙を突かれればどれほどの達人でも初手で遅れる。
 その遅れは、高レベルの攻防においては致命的ともなりえるものだ。
 それらの条件に当てはまる者――
 クンを気にかけるマスターの態度も答えを物語っていた。
「強えぞ」
「……!」
 不意の。先を行くクンの言葉に身を固くする。
「爺ちゃんは……強え」
「………………」
 その通りだろう。
 位階は〝座騎士〟。ウアジェの〝智騎士〟より一つ落ちるが、騎士としての経験はおそらくはるかに上だ。実力的にも劣らないかもしれない。館長という立場に遠慮して、位階を上げないということも十分に考えられる。
「そんな人が……」
 どうして――といういまさらな言葉を飲みこむ。
 そもそも、鳴たちの逃亡を阻止しようとしたあの時点で不審なところはあった。
 村の危機をほのめかした後、彼はいつの間にか姿を消していた。あの村で何があったのかということに気を取られていたため、その不在にはしばらく気がつかなかった。
 おそらく、あのときに……。
 村の襲撃もひょっとしたら自分たちを引きつけておくための――
「考えても仕方ねーよ」
 言った。極力感情を抑えているとわかる声で。
 宵闇の中を行く。
 夜目の効くクンの先導がなければ一歩も進めないと思える道だった。
「……!」
 雲の切れ目から差した月光が、一瞬『それ』の威容を浮かび上がらせた。
「………………」
 感じる。気配だ。
「当たりだったみたいだな……」
 声に苦さが混じる。
 深夜。クンが一人で趣こうとしていたのはこの場所だった。
「爺ちゃん……なんで」
 どうしても口にせずにはいられなかったのだろう。
 心当たりがある――
 彼がそう言った場所は、かつての〝儀式〟の場だった。
 養子となる前、スルは教えてくれた。
 自分が、いまは離散したある一族で祭祀を司っていた家系の末裔だと。
 確かめておきたかったのだろう。祭祀のために命を奪われそうになったクンが、それと同様のことを行っていた血族の〝息子〟になることを承諾できるのかと。
 クンは――うなずいた。
 これまでにも、彼の優しさには触れていた。
 ウアジェの後押しもあった。いままでにも何度か養子の話はあったが、スルはそれをすべて退けていた。命を奪ってきた側の者として、親になるような資格はとてもないと。そんな彼の想いを変えたいという気持ちもクンにはあった。
 養子になることが正式に決まったあと、スルは〝この場所〟にクンをつれてきた。
『ここはジジイの始まりの場所だ』
 始まり――
 それは、アフリカ区館先代館長との出会い。
 疑問は持っていた。
 自分のしていることに。
 しかし、それが部族全体のためなのだと言い聞かせ続けていた。
 ごまかしだった。
 結局は、祭祀に関わる自分の立場を守っていただけだった。
 スルはそう語った。
 そんな彼を変えたのが、先代館長だった。
 先代館長は、スルたちの行っている儀式そのものを否定しなかった。
『だって、俺にはわからないからな』
 あっけらかんと。彼はそう言ったという。
『ただな……』
 彼は、言った。
『みんなと笑いあいたいだけなんだ』
 笑いあいたい――
 その言葉は、すっとスルの胸に落ちた。
 そして、彼は村を出た。
 あれほどやめることをためらっていた祭祀も何もかも投げ出して。
 爽快だったという。
「爺ちゃん……」
 再び雲間から月が姿をのぞかす。
「……!」
 息を飲む。
 先ほど一瞬明るくなったときに鳴を驚かせた石造りの巨象。
 その下に――
「館長……」
 すでにクンは視界にそれをとらえていただろう。
 縄で縛られ、吊り下げられたウアジェの姿を。
 飛び出せなかったのは、やはりまだ信じたくないという気持ちがあったからだ。拘束された彼女のそばの人影が――
「やっぱり、来ちまったかい」
 頭をかきながら。相変わらずの飄々とした態度で言う。
「爺ちゃん!」
 直後、
「!」
 不意のまぶしさにたまらず目を閉じる。
 天ではなく地上の光。
 儀式の場を囲むようにいっせいにともされたかがり火があらたな影を照らし出す。
「……!」
 異相。
 裸体をなかばさらけ出した野生的な姿のその男たちは、全員が黒い犬を模したと思われる仮面をつけていた。
「〝聖域の騎士(ペル・ウアジェト)〟……」
 クンのつぶやきに身をこわばらせる。
「なんでだよ……あんたら、館長の」
 じりじりと。包囲をせばめるように男たちが近づいてくる。
「クン!」
 うろたえる友を叱咤する。
 彼らの正体も思惑もわからないながら、その戦意だけははっきりしていた。
「そいつら、まだガキなんだ」
 軽さの中にかすかな情をにじませ。スルが言う。
「あんまり手ひどいことはするなよ」
 一斉に跳んだ。
「!」
 目を疑うも、身体は心より早く反応していた。
「くっ……」
 躍動する肉体からの流れるような動き。しかし、そこに身体能力に頼り切ったものはない。
(……そうか)
 クンは言っていた。
 いっぱいいる――アフリカ区館には弟弟子が。
 彼らこそ、万里小路流を学んだその『同門』なのだ。
(けど、こんな……)
 信じられない。
 自分に劣らないほど呼吸をつかんでいる。学び始めてきっとまだ長い時間は経っていないはずなのに。
(いや……)
 戦う者として、彼らはみなこちらより格上なのだ。
 その経験が技に血を通わせている。万里小路流を実戦的な武技として昇華させている。
(強い……)
 とらえられない。
 複数での動きが、一つの流れを奔流とする。うかつに手を出せば、身体ごともっていかれてしまう。
 動けない。
 師範自らによって何度も一対一の組み手を経験させてもらったが、複数、しかも同じ技を習得した者たちを相手にするのは初めてのことだ。
 一方の仮面の男たちは、一糸乱れぬ連携でこちらを翻弄する。
(どうすれば……)
 そのとき、
「ぐはっ!」
「! クン!?」
 背中越しの悲鳴に心が乱れる。
「っ」
 詰められた。
「くっ!」
 とっさに手を出した瞬間、自分の失敗を悟る。
 他力。
 その呼吸を仮面の男たちは完璧に飲みこんでいた。
「うわぁっ!」
 浮かび上がる。
 懸命に宙で身体をひねって受け身を取ったが、
「……!?」
 隙なく。
 着地した瞬間、ぐるりとするどい視線に取り囲まれた。
「く……」
 動けない。
 投げた後の心のゆるみをついて反撃に出ようという目論見はあっさり打ち砕かれた。
 見れば、クンが男たちに拘束されていた。あらがう様子もなく無抵抗なのは、やはりまだ動揺から立ち直れていないのだ。
「どうして……」
 たまらず訴えてしまう。
「同じアフリカ区館の仲間じゃないんですか!」
 自分はともかく、なぜクンにまで乱暴なことをするのだ。
「! まさか」
 マスターの話を思い出す。
「あなたたちが内通者……区館を裏切って……」
「そんなはずない!」
 声が張り上げられる。
「そんなはず……ないんだ」
「クン……」
「そんなはずない……」
 くり返す。
「この人たちは……〝聖域の騎士〟は館長直属の精鋭騎士なんだ!」
「……!」
 館長直属!? そんな人たちがなぜこんな儀式に参加しているのだ? なぜ彼女を救い出そうともせずに――
「裏切られたのは、こいつらさ」
「えっ……!」
 静かな言葉に衝撃が走る。
「こいつら……正確にはもう騎士じゃねえ」
「……!?」
 どういう……ことだ。
「まあ、犠牲になったってところだな」
 犠牲? 生贄――!?
「だからよぉ」
 かたわらに吊り下げられたウアジェを見る。
「これでいいんだよ」
「よくない!」
 すかさず――
「よくない……。よく……ない」
 顔を上げ。涙に声をつまらせながらクンが訴える。
「館長は……館長は……」
「もういいだろう」
 冷たく。断ち切る。
「始めるぞ」
 鳴たちを相手している以外の男たちが、黙々と〝準備〟を進める。
 意識のないウアジェの足元に置かれていく枯れ木やわらの束。
 そして、周囲のかがり火。
 最悪の事態を想起させるのに十分だった。
「嘘だ……」
 ぼうぜんとつぶやく。
 生贄――クンにその話を聞かされた後も、正直はっきりとしたリアリティは感じ取れなかった。
 しかし、目の前で。
 炎の熱と煙の臭いと。それらが急速に〝現実〟を書き換えていく。
「嘘だ」
 再びつぶやく。
 それしかできなかった。
 そばでは、男たちに押さえこまれたクンがすすり泣くような嗚咽をもらしている。
「く……っ」
 悔しかった。
 心から自分が情けなかった。
 涙を流す友のために何もしてやれない。何をすべきかもわからない。
 できない。
 無力。
 ミンに言われるまでもなかった。
 騎士失格だ。
 自分は……自分は何のために騎士に――
「ぐるぅっ!」
 そのときだった。
「あ……」
 跳んだ。
 かがり火に照らし出されて。
 その小さな影は、まっすぐにウアジェを目がけて宙を舞った。
「ぐる! ぐるぐる!」
 懸命に。黒い子犬――ビストは主人に向かって鳴き声をあげる。しかし、彼女が反応を見せることはなかった。
「おいおい、ワン公、どっから入りこんだんだい」
「ぐる!?」
 あっさりと。スルにつまみ上げられたビストが、今度は彼に向かって敵意いっぱいに吠えかかる。
「ぐるぅっ! ぐるるぅっ!」
「おっと、悪ぃな。ジャッカルのおまえをワン公だなんてよ」
「ぐるぅっ!」
 首を伸ばした黒犬――でなくジャッカルのビストの牙がスルの腕に食いこんだ。
「ははっ」
 顔色一つ変えない。
 むしろ、かわいがるようにその頭をなでる。
「たいしたもんだな。おまえさんは」
「ぐるぅぅぅ……」
「お嬢のことが好きかい」
 言われるまでもない。そんな目でにらみつける。
「じゃあ」
 スルの瞳が冷える。
「先に焼かれちまうかい」
 ビストに噛みつかせたまま、その腕を炎の上に――
「やめろぉーっ!」
 たまらず絶叫する。
「ああん?」
 うるさそうにこちらを見る。
「なんだい。まだそんなこと言う元気があったのかい」
「っ」
 邪魔そうに手をふられ、さすがに頭に血がのぼる。
「僕は……」
 血を吐くような思いで口にする。
「僕は、騎士だ」
「そうかい」
 さらりと流される。しかし、鳴は止まらず、
「騎士は! 騎士だったら……」
 騎士だったら――
「……!」
 そうだ。答えは小さな勇者が教えてくれた。
 火に焼かれようとしても、なお噛みついたその牙を離さないビストが。
「許されない」
「ん?」
 つぶやきを耳にして、スンの目がするどくなる。
「許さないか。ケツの毛も生えそろってないガキがよく言う」
「許されないのは……」
 言う。
「僕だ」
 ためらいなく。
「騎士だったらやることは決まってる」
「ほう」
「騎士だったら!」
 ぐっと。こちらが不意に四肢に力をこめたことに反応し、動かれる前にと男たちが取り押さえようとしてくる。
 瞬間、逆に全身の力を抜いた。
「――ふぅっ」
 戸惑い、男たちの動きが乱れる、
 そこに空いたわずかな隙間に身体をすべりこませ、するりと包囲から抜け出す。
 驚いた男たちが再びとらえようとしてくるも、あせってくり出される手につかまったりはしない。むしろ、それを推進剤にし、押し出されるようにして一気にスルとの距離をつめる。
「ほうほうほう」
 スルの目に感心の光が宿る。
「ビスト!」
 初めてその子ジャッカルの名を口にする。不意に呼ばれたことに驚いてか、懸命に噛みついていた力が弱まる。
 強引に。
 その身体を奪い去り、転がるようにして後方に下がった。
「ぐるぐる! ぐる!」
 じたばたと。鳴の腕の中で暴れる。
「ビスト」
 静かに。言い聞かせる。
「僕が助ける」
「……!」
 身をこわばらせるも、直後「何を言っているんだ」という顔でにらんでくる。
 鼻息の荒い子ジャッカルに、
「助ける」
 くり返す。
「僕は――」
 言う。
「騎士だから」
 迷いは、なかった。
「大きく出たねえ」
 あわれみもにじませ、スルがつぶやく。
「最下級の〝騎士〟ふぜいが」
「っ……」
 圧される。それでも引くつもりはなかった。
〝聖域の騎士〟たちが包囲をせばめてくる。スルは傍観の構えを崩さないようだ。
 構える。
 引くつもりはない。
 しかし、この数十人にもおよぶ男たちを退けなければ救出どころでは――
「!?」
 舞い上がった。
「うぉぉぉ……らぁぁぁぁぁっ!」
 雷鳴のような雄叫び。
 発散されたその力に舞い上げられるように、クンを押さえていた男たちの身体が宙に吹き飛んだ。
「……!」
 彼もまた万里小路流を学ぶもの。
 腕力ではない。
 呼吸で。
 こちらに男たちが気を取られた間隙を突き、脱力から大人数をいっせいにふり払うほどの他力のうねりを見せたのだ。
「おまえの……言う通りだ」
 すかさずクンを囲む仮面の男たち。
 しかし、ひるむことなく彼らをにらみすえる。
 気迫――
 そうだ。いかに技があっても、あれほどの力の爆発は気力なしにはあり得ない。
 腹からの声が放たれる。
「騎士として! おいらは館長を救う! 命を救う!」
 そこに、
「……生意気だねえ」
 剣呑な響きが混じる。
「おまえら、グズグズしてるんじゃないよ」
 おだやかな。しかし、有無を言わせない何かを秘めた声に、仮面の男たちがすかさず反応を見せる。
「ぐる! ぐるるっ!」
 ビストが自分と同じ黒犬――ジャッカルの仮面をつけた男たちに吠えたてる。
 そんな彼を肩に乗せたまま、
「――!」
 応じる。
 一対多。だがもう戸惑いはなかった。
 圧倒的な数の差。しかし、その全員と一時に相手をするわけではない。
「ふっ!」
 前後左右。くり出される技に回転するようにこちらの手足を組み合わせる。
 息を合わせる。
 相手は完璧な連携で攻め寄せてくる。
 しかし、完璧であるゆえに逆にその動きは感じ取りやすかった。
 一対一。
 男たちの一体さがそのような感覚をもたらし、逆に鳴に余裕をもたらしていた。それこそ彼らが束になってもかなわない〝師範〟と自分は何度も組み手をしてきたのだ。
「うおおっ!」
 クンもまた。
 何かが乗り移ったような憤激を見せていた。
 鳴ほどの技のキレはない。しかし、それを生来の柔靭さとするどい感覚、そして何より精神力で補っていた。
「おいらは……おいらはぁっ!」
 吼える。
 その咆哮が鳴にも力を与える。
 二人が一つになったような想いの中、尽きることなく向かってくる男たちと彼らは渡り合い続けた。
「歯がゆいねえ」
 つぶやく。
「!?」
 視界がかすむ。
「霧……!」
 初めて〝水鳥の宮殿〟を前にしたときと同じ――
「鳴! 惑わされるな!」
 白いもやの向こうから声が響く。しかし、早くも自分を取り囲んでいた仮面の男たちを感じ取れなくなっていた。
 姿だけでなく、その気配までも。
(まずい……)
 こんな状態でかかってこられたら、さすがにどうすることもできない。
 いるはずだ。彼らはすぐそばに。
 なのに感じ取れない。
 まるで、世界にたった一人残されたような――
「ぐる!」
 叱咤するように。肩に乗ったビストがうなる。
「……そうだね」
 そっとその頭をなでる。
 不機嫌そうに鼻を鳴らされる。「気安くさわるな」と言いたげに。
「ありがとう」
 きっと。この霧の向こうにクンもいる。
 信じる心が何もかもあてにできないと思えるこの空間で必ず力になる。
「……!」
 霧が晴れる。
「あ……」
 鳴を包囲していた男たちが。
 全員が。
 力なく倒れ伏し、まったく動く様子を見せなかった。
 見れば――
 クンの相手をしていた者たちも倒れ、彼もまたあぜんと言葉をなくしていた。
「魂を抜いてやった」
「!」
「なんてな」
 にやり。笑う。
「言葉は力を持つ」
 言う。
「それが呪の力だ」
「っ……」
 あらためて。その得体の知れなさにふるえが走る。
「惑わされるな」
 すぐ隣で。
「クン……」
「やるぞ」
 それ以上の言葉はいらなかった。
 ぐっと。
 共に腰を落として、騎士槍を構えた。

 騎士槍を――
(……!?)
 構えた。そう感じた。
 自分は細剣を思わせる見た目の騎士槍――〝天刺(てんし)の槍〟を。
 しかし、クンは、
「なに見てんだよ」
「あ……いや」
 何も変わっていないように見えた。
 唯一はっきりわかる違いは、這うように低い態勢を取っていることだ。
 思い出す。それは自分との戦いでもやりかけて、しかし、止められたものだ。
「やるぞ」
 しゃらんと。手首足首の装身具を鳴らして再び言う。
 鳴も覚悟を決める。
 とにかく、いまは〝相棒〟を信じるしかない。
 一人では――絶対に勝ち目のない相手を前にしているのだから。
「若いねえ」
 たっぷりと余裕をにじませて。スルがあごをさする。
「ジジイにはまぶしいぜ」
 二人とも答えない。
 油断なく間合いを詰めていく。
「おい、坊主」
 こちらを見る。
「そいつぁ、ひょっとしたら在香の嬢ちゃんの槍じゃねえかい」
「……!」
 その通りだ。自分は彼女から槍を譲り受けた。
「扱いこなすにゃあ、そいつぁ、相当の技がいるぜ。それこそ天才レベルのな」
「っ……」
 知っている。そもそもこの槍のコンセプトは「体術をいかに邪魔しないか」ということを主眼に置かれたくらいなのだから。
「つまり」
 危険なものが目に宿る。
「あの嬢ちゃんに負けない技の持ち主ってことかい」
 槍先がこちらに向けられる。
「おい……!」
「待ってなよ」
 身を乗り出しかけたクンを、そちらを見ることもなく制す。
「まずはこっちの坊主と試させろや。その代わり霧の力はいっさい使わねえ」
「……!」
 これは――チャンスかもしれない。
 正直、あの幻影をどうにかできる思案はまったくなかった。
 それ抜きの勝負なら――
「油断するなよ」
 そんな心のゆるみをいましめるように、
「爺ちゃんは……強い」
 ――そうだ。
 騎士とは、そもそも戦士だ。
 高齢とはいえ衰えを感じさせない肉体は、それこそ若いころからの鍛錬の賜物だろう。そこに経験と時間とが加味され、無駄を削ぎ落した精妙ささえも備えている。
「………………」
 あらためて。容易ではない相手と向かい合っているのだと自分に言い聞かせる。
「じゃあ、行くかい」
 まるで他人事のようにつぶやいた直後、
「!」
 跳んだ。
 正面でない、上にだ。
「よっと」
 まったく力の入らない声。それに加え、思いもしなかった方向へ動かれたことで、いま自分が攻撃されているということを忘れかける。
「なに、ぼーっとしてる!」
 はっとなる。
 紙一重だった。
 真横に大きく身体をひねった直後、頭があったその場所を縦に槍がないでいた。
「ふぅむ」
 まだどうとも判断できないという息。
「よいと」
 またも気合の入らない気合。
 ぶぅんと。大きく槍がなぎ払われる。
「っ!」
 あわてて後退する。
(なんだ……!?)
 決して速くはない。その動きを目でとらえられないということもない。
 それでも引いてしまう。
 引かなければならない〝危険さ〟を鳴は感じ取っていた。
「おいおい、逃げてばかりじゃわからないじゃねえか」
 悠揚と。スルが笑う。
「っ」
 悠揚――
 そうだ。スルの槍撃には無駄な力みがまったくない。
 懐の広い、それだけにそこから何が起こるかはかり切れない。その読み切れなさが、無意識に距離を開けさせていたのだ。
(けど……)
 このままでは完全に向こうのペースだ。何もできずに終わってしまう。
「お、やる気になったかい」
 うれしそうに言われる。
 最初からやる気ではあるのだ。しかし、
「く……」
 やはり、どう攻めていいか見えない。
 広すぎる。
 霧は使わない――そう言ったが、スルの懐の広さは先の見えない霧と向かい合っているのとまったく同じ感覚だった。
「鳴!」
 叱咤にも動くことができない。
「ふぅ」
 またもやれやれと肩を落とされる。
「嬢ちゃんとは正反対だな」
「え……?」
「大胆だぜぇ」
 ぐっと。
「!」
 驚愕した鳴は転げこむようにして後ろに下がる。
「がははっ」
 無防備に前に出てきたスルが腹を抱えて笑う。
「何をそんなにビクビクしてんだ。ジジイは何もしてないだろうが」
 その通りだ。
 とっさに突かれたとも思ったが、スルはただこちらに踏みこんできただけだった。
「くぅ……」
 はめられている。
 完全に向こうの手の内にある思いにとらわれる。
「何やってんだ、鳴!」
 もう我慢できないと声が張られる。
「それ以上情けないんだったらもういい! おいらが出る!」
「クン……」
「待てって言ってんだろうが、クソ坊主」
 またも落ち着き払ってスルが制する。
「若ぇのはせっかちでいけねえ」
 あごをさすり、
「かと言ってよぉ」
 こちらを見る。
「落ち着きすぎってのもどうなんだ」
「……!」
 落ち着き――すぎ?
 とんでもない! とてもそんな心持ちではない。
「嬢ちゃんだったらよぉ」
 つかつかと。またも無防備に近寄られ、
「わけがわからんままでも向かってきてただろうな」
「!」
 わけがわからないまま――
「師範なら……」
 鳴は、
「ほほう」
 踏みこんだ。
「かははっ」
 当然、両者は正面からぶつかり合う形になる。
 槍はくり出されなかった。スルからも、鳴からも。
 互いの胸と胸とが衝突する。
「っ……!」
 押されたのは鳴だ。
 力で強引にではない。
 芯の強さ。柔軟でぶれない体軸がそのままこちらを跳ねのけた。
 スルはただ前に進んだだけだ。
「鍛え方が足りないねえ」
 言われた通りだ。心身に刻みこまれた経験でおよばないことはわかりきっている。
 重要なのは、そこではない。
「ほほう」
 またももれる感心の息。
 あらがわなかった。
 押されるまま。
 左足を軸として流れるように回転し、かがみこみながら足を払う。
 まったく態勢を乱すことなくかわされる。
 それも計算の内。いや、計算などという小賢しさはすでに手放していた。
 流れのまま。
 そして、それは相手の反応を受け、そのまま加速していく。
 他力。万里小路流の真髄。
 自身の非力など問題ではない。
 技に。
 流れを受けて回る水車のようにそれだけにすべてをゆだねる。
「ははっ、そうだ、そう来なくちゃな!」
 声がはずむ。
 鳴もふと――心地よさを覚えている自分に気づく。
(こんな……)
 自分の不純さを戒めようとするも、そのように思う『心』自体が不純なのだと気づき、努めて技に意識を集中する。
 感じる。
 身体のすべてで。
 力を。流れを。
 そして、あとは技にゆだねきる。
 自分を手放す。
 流れのままに。
 勝敗も恩讐もすべてを超えて、ただひたすら技と一つに――
「よせ!」
 そのときだった。
「あ……」
 ふるふると。ふるえていた。
 精悍な長身をはかなくふるわせて。
「おいおい」
 共に動きを止めたスルはあきれたように、
「仲間外れにしたからって、泣くこたぁねえだろ」
「違う!」
 叫ぶと共に涙が散る。
「どういうつもりなんだよ!」
 吼える。
「なんで……なんでそんなに楽しそうなんだよ!」
 胸をつかれる。
「ご、ごめん……」
 あたふたとあやまるも、クンはスルをにらみ続け、
「館長を裏切ったあんたが……なんでそんなに!」
 その言葉がより深く胸をつく。
 そうだ。スルの立つ向こうでは、いまだ意識のないウアジェが吊り下げられたままなのだ。
「裏切った……か」
 頭をかく。
「ジジイの裏切りはいまに始まったことじゃないよ」
「……!」
 息を飲んだ。クンの衝撃はそれ以上で、
「何を言ってんだよ……」
「本当のことさ」
 飄々とした顔のまま言う。
「本当のことじゃないだろ!」
 あらたな涙をにじませつつ、
「爺ちゃんはずっと館長を支えてきた! 前の館長からずっとだ! 裏切りなんてあるわけないじゃないか! そうだろ!」
「そいつの前だ」
「えっ」
 驚く二人の前で、遠い目をして、
「先代についていくことを決めたとき、あっしは自分の村とそこに住むみんなを裏切った」
「あ……!」
 その話は――
「そ、それは」
 クンは思わぬことを言われたというように、
「だって、爺ちゃんはそれが正しいと思ったんだろ? だから、生贄みたいなことやめたいって思ったんだろ」
「裏切りは裏切りだ」
「でも」
「あっしが祭祀をやめたせいで」
 視線が重く沈む。
「あっしの村は……滅びた」
「えっ……!」
「知らなかったかい。まあ、言わなかったんだけどな」
 軽く笑みを見せ、
「あそこの村。あれはもとはジジイの一族が暮らしてたところだ。だから、儀式の場がこんな近くにあるのさ」
「そ……」
 そうだったのか――
「あの宮殿ももともとはここらを治めていた王族のもんだ。祭祀がいなくなったとたん、辺りは荒廃して、それが全部王族のふがいなさのせいにされて……見捨てられて終わりさ」
「けど、それは」
 クンはうろたえつつ、
「爺ちゃんのせいじゃないだろ? 人を生贄にする儀式なんてやっぱりやめたほうが」
「それで、そこに住む人間の暮らしが失われてもかい」
 そう言うスルの目は厳しかった。
 しかし、すぐにやわらかいものになり、
「……すまねぇ。おまえに言うことじゃなかったな」
「それでも、おいらは」
 複雑な想いに顔をゆがめつつ、
「館長のやろうとしてることが間違ってるとは思わない」
「………………」
「おいらのことがあるからじゃない! それだけじゃない! 他のみんなのために一人くらいどうなってもいいって……それがいやなんだ」
「クン……」
 鳴も同じ気持ちだ。
 しかし、
「一人〝くらい〟だぁ」
 スルのまとう気配が変わる。
「おうおうおうおう!」
 不意のタンカにふるえ上がる。
「よぉく聞け!」
 声も出せず。言われるまでもなく聞き入る。
「供犠に望まれるってのはなぁ、ただの人間じゃねぇんだ!」
「えっ」
 思わず、
「そ……そうなんですか」
 間の抜けた受け答えをしてしまう。
「そうなんだよ」
 怒りをにじませつつも、かすかに落ち着きを取り戻してうなずく。
「けど、インチキが流行るのに時間はかからなかったがな」
 スルが語る。
 大地や神に捧げられる人間――いわゆる生贄となる者は本来は選ばれた血筋の者だけであって、それは特別な栄誉であり義務でもあったのだと。
「まやかしだと言うやつらもいる。けどそれを真実と信じて生きる人間たちもいる。王の力が天や地に返されることで、自分たちを豊かにするのだと」
 鳴は、どう言っていいかわからなかった。
 確かにそのような信仰はあったのだろうし、いまでもあるのだろう。それが簡単に否定できるものでないということも理解できた。
 しかし――
「人間、どうしたってラクなほう、都合のいいほうに流れる」
「……!」
「王様だって死にたくはねえわな。一方で自分の立場を失いたくもない」
「身代わりかよ」
 吐き捨てるように。
「クン……」
 スルは、
「そうだよ」
 うなずく。
「そうやって、むしろ社会的に弱いやつらのほうが生贄に選ばれることになった」
「おいらはそれが許せないんだ!」
「そうだな」
 うなずく。
「ジジイもそれは同じだ」
「それ……〝は〟?」
「ああ」
 再び目に剣呑なものが渦巻く。
「本来の意味を失っちまった祭祀には意味がねえ」
「っ……」
 それはつまり――
「本来の意味通りだったらいいっていうのかよ!」
「神に近い者は人間じゃねえんだ」
 たんたんと。そこにゆらぎはない。
「そういういまでは少なくなった貴種なのさ……お嬢は」
 貴種――
 確かに他者を寄せつけがたいあの挙措、そして意識なくつり下げられているいまもふれがたい何かを感じさせる人ではある。
「そういう人だから……こんな」
 つぶやきに沈黙が応える。
 と、間もなく、
「責任が取れるんだよ」
「えっ」
 真剣そのものの顔で、
「王はな、神に近い者は……世界に責任が取れるんだ」
 絶句。
「なんだよ、それ」
 クンまでもが言う。
「責任? どういうことだよ!」
「そのまんまだよ」
 がっとにらみ返し、
「おまえは世界に責任が取れるか」
「世界……って」
「そこまで大きくなくてもいい。例えばだ」
 目が座る。
「自分の過ちで傷つけた人間に対しておまえは責任が取れるか」
 息を飲むもすぐさま、
「で、できる! その人や家族の生活のために」
「責任を取るってことの本質はそういうことじゃねえ」
 切って捨てる。
「じゃあ……」
「何が? ってかい」
 うなずく。
「つぐなえることだ」
「……!」
「神に、世界に。ふさわしいつぐないをできるかなんだよ」
「な……」
「納得させられるかってことだ」
 またも、
「なんだよ、それ!」
 言う。いっそう激しく。
「それが求められるんだよ」
 欠片も負けじと言い返す。
「人のやることを、人がどうにかできるもんかい」
 それは――不思議な重みをともなって鳴の胸をふるわせた。
「どうにかできるもんかい」
 くり返す。
「……じゃあ」
 言う。
「スルさんはウアジェ館長に何を求めるんです?」
「………………」
 スルは、
「……話が過ぎたな」
「おい!」
 ここで切り上げるのかといきり立つ。
「じゃかぁしい!」
 怒声が返される。
「おまえらはおしゃべりに来たんじゃねえ。そうだろう」
「っ……」
 その通りだ。
「あー、もうめんどくせぇ」
 頭をかき、
「来いよ。いっぺんに」
「……!」
 反射的に槍を持つ手に力をこめる。と、次の瞬間、
「うぉぉぉぉぉっ!」
「クン!?」
 疾った。
 不意をつかれ、置いていかれた形になる。
「おいおい」
 あきれに怒りもにじませ、
「なめてんのかい」
 そうだ! 鳴も思った。
 だって彼は――
 いまだに騎士槍を手にしていないのだから!
「!」
 容赦なく。
 無手で向かってくる相手に対して槍を構える。
「クーーーーーン!」
 いまから追っても間に合わない。
 絶叫する。
「!?」
 跳んだ。
 低い態勢から両手を前に重ねつつスルを目がけて地を蹴る。
「えっ!」
 キィィィィィィン!
 硬質の――それは槍と槍とが激突する音。
「あ……!」
 見た。
 スルの〝骨月の槍〟と、クンの両手が突き合っていた。
 正確には、変形した両手首の装飾品が。
「くっ!」
 突き合いに負けて大きくのけぞる。
 しかし、すぐさま、
「はぁぁっ!」
 右足を跳ね上げる。
 かがり火の光を受け、足首の装飾品がするどくきらめく。
 キィィィン!
 またも響く金属音。
 続けて、腰をねじるようにして左足。
 キィィィン! 再び。
「くっ!」
 小さな竜巻のような攻撃をくり出したクンは、地に両手をつきながらの後転をくり返して距離を開け、再び這うような低い姿勢を取った。
「………………」
 声をなくす。
(まさか……)
 あれがクンの『槍』なのか。
「〝彗心(すいしん)の槍〟だよ」
「!」
 スルはこちらの驚きを楽しむような顔で、
「嬢ちゃんからもらったその槍と同じだ。身体能力がそのまま試される」
 身体能力がそのまま――
「しゃあっ!」
 話をしている隙に再びクンが飛びかかる。
 突きかかる。
「……!」
 低い態勢から伸びあがるように腕、そして脚をふり回して敵の身体をえぐろうとする。身体の使い方は万里小路流を感じさせる無理のない自然なものだが、そこからくり出される動きは鳴にとってまったく未知のものだ。
「あ……」
 そうか。
 クンとの戦いで〝待った〟が入った理由。
 あれは、この動きを見せたくないためのものだったのか。
 事実、知らずにこれと向き合って、すぐさま対応できたとは思えない。
 両手両足に装着された〝槍〟というのも意表をつくものであるが、それ以上にこの低い位置からの攻撃というのが脅威だった。
 眼下からの攻撃。
 これは、騎士にとって最も苦手とするものかもしれない。
 正面切っての突進に無類の強さを発揮する騎士槍。
 加えて、突き〝上げる〟という言葉が示すように、上方からの攻撃にも対応が効く。
 しかし――
 下段、下方への働きかけはこの上なく難しいと言っていい。
 突き〝下げる〟という言葉がないように。
 通常の持ち方で下へ向けて突くというのはまず不可能と言っていい。かと言って逆手に持ち変えれば、今度は相手の態勢の変化に素早く応じられない。
 何より〝腰〟が入らない。
 騎士槍は腰で突く。というより、身体と一つになって初めて脅威的な破壊力を生む。
 下への突きはどうしても腕だけに頼ったものになる。それでは騎士槍という武器の強みを殺してしまう。
 騎士槍封じの騎士槍。それを相手にどうやって――
「ほい」
 すくい上げる。
「あ……」
 そうか! 突くことにこだわらなければいい。
 事実、スルはこれまでずっと槍をふり回すようにして扱ってきた。
 それでも地を這うような相手に槍先を当てるのは難しいだろうが、そこは熟達の身技を備え持った〝座騎士〟だ。
「ほいほいほい」
 息をつかせぬ連撃に、余裕の笑みで応じる。
 ぶれない。
 鳴を驚かせた芯の強さがここでもいかんなく発揮され、意表を突くと思わせるどのような角度からの突きも、ゆったりとふり回す〝円〟の槍さばきで完全に応じきる。
「よくねぇな」
 かすかに笑顔が曇る。
「無駄な力が入りすぎてる。それじゃあ、いつまで経ってもジジイには届かねえぜ」
「見下すなぁぁっ!」
 勢いよく。
 滝を昇る龍魚のように身体が跳ね上がる。
「あっ……」
 だめだ! それでは――
「情けねえな」
 ふわり。風を受けた羽毛のようにかろやかに下がる。
「!」
 攻撃は大きく外れた。
 無防備な胴体がさらけ出される。
「眠りな」
 ふり回す動作ではない。腰だめに後ろに引かれた槍が魚を銛で突くように――
「クーーーーン!」
 跳んだ。
 横っ飛びに身体に抱きつき、そのまま一緒に転がりこむ。
「はぁ……はぁっ……」
 クンは無事か――
「おい!」
 すぐそばで悲鳴まじりの声が響く。
「だ、大丈夫かよ!」
 それは、こちらが――
「……あ」
 熱い。
 気づくのが遅れたのは、それだけするどい裂け口だったからだ。
「く……」
 じわじわと。
 日本刀で斬られたかのような脇腹の傷は、間違いなく槍撃によるものだった。
「爺ちゃん……マジで」
 血の気の引いた唇をふるわせる。
「なに甘っちょろいこと言ってんだ、おめえはよ」
「……!」
 ふるえが走る。
「よくも鳴を」
 ゆらり。
 抱きついているこちらを押しのけ、スルに向かって――
「待って!」
 あわててまたしがみつく。
「くぅ……っ」
「鳴!」
 痛みに顔をしかめるのを見て我に返ったのか、
「だって、おいら……」
「落ち着いて」
 声に力が入らない。それでも、
「だめだ」
「っ」
「一人じゃ……だめだ」
 目をそらさないまま、手を握る。
「行かないと」
「………………」
「行かないと! 一緒に!」
「で、でもっ」
 目をそらす。
「爺ちゃんはおいらの爺ちゃんで」
 ためらわない。
「クンは僕の友だちだ」
 はっとこちらを見る。そらさない。
「友だちだ」
「鳴」
 うるむその目を、しっかりと見つめ続ける。
「ほらほら」
 せかすように手が鳴らされる。
「………………」
 無言のまま。二人は並んで立った。
 もう先に行かないで――と言いかけてやめた。
 言わずともわかる。
 言われずとも、わかる。
「――!」
 どちらからともなく。
 導かれるように。
「はぁぁっ!」
 重なる。
「ほほう!」
 スルの目がこれまでになく大きく見開かれる。
「なんだなんだ、おまえら!」
 うれしそうに声が弾む。
「強ぇじゃねえか!」
 そんな言葉以上に。
「はぁっ!」
 一体感が。
「はぁあっ!」
 導く。二人を。
「うははっ、はぁ!」
 笑いながらスルの息が切れる。その目が興奮でらんらんと輝く。
「おもしれえ! おもしれえよ!」
 心からの。そんな歓声がほとばしる。
「……あんがとな」
 瞬間。すっと瞳が冷える。
「!」
 閃く。
「ぐっ!」
 かろうじて直撃を避ける。しかし、さっきまでの大きくふり回す動きが嘘と思えるほどのするどい突きは、脇の傷に重なるようにしてすべりこんできた。
「! や、やめろっ」
 はっとなったクンが叫ぶ。スルは冷えた瞳のまま、
「それは通じねえだろ」
「……!」
「手負いだからやるなってか? 仕かけてきたのそっちだせ」
「っっ……」
 声もない。
「クン」
 努めて冷静に。声をかける。
「平気……」
「じゃねえだろ!」
 声が跳ね上がる。
「おいらのせいで……」
「違う」
「なんでだよ! 嘘つくなよ!」
 言う。
「嘘はつかない」
「……!」
「騎士だから」
 そうだ。いま自分は心から嘘をついていないと言える。
 平気か、平気でないか。
 それは――ひょっとしたら自分でも決めることはできないのかもしれない。
 なら、誰が決められるのか。
 わからない。
 誰も決められないなら――
「平気だよ……」
 それを――決められるのは、
「平気だ」
 言い切る。
「クン!」
 疾る。
「ほほっ!」
 笑う。冷えた目にまた熱がこもる。
「いいねえ! 本当にいいねえ、若いってのは!」
 容赦ない突きがくり出される。
「くっ」
 かろうじて。直撃は避けるも、広がった傷口から血がしぶく。
「やめろぉっ!」
「やめない」
 言ったのは、鳴だ。
「キミも……」
 言った。
「来るんだ」
「……!」
 感じる。それを背に受け、
「ランス……」
 吼えた。
「チャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁジ!!!」
 疾った。
「ほ!?」
 かすかに動揺する気配が伝わる。しかし、
「!」
 キィィィィィィィィン!
 あっさりと突き合わされた。
「無茶するなぁ、坊主!」
 ぐぐぐ、と。
「手は抜かねえ」
 押し返される。
「槍も抜かねえ、引いたりしねえ」
 押し返されていく。
「く……」
 痛みを押して鳴は渾身の力をふりしぼっている。しかし、当然のように槍もスル自身もゆらがない。
 そもそも細身かつ短身の〝天刺の槍〟は突き合う力で言えば圧倒的に不利だ。
 ――単身であるなら。
「うおぉぉぉっ!」
 感じる。
「クン!」
 言わずとも。その名を呼ぶだけで通じる。
 呼吸が重なる。
「ランス……」
 咆哮が。
「チぃャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁジ!」
 飛び出した。
「おお!?」
 目を見開く。
 鳴が後ろに引いたのと完全にタイミングを合わせてクンが突きかかった。
 全身の。
 両手両足を合わせ、己を一本の騎士槍と化して突貫する。
「無駄だぜぃ!」
 スルは崩れない。崩れないはずだ。
 己の身体を槍とする。
 初見なら想像もできないその突撃にまともな対応などできるはずがない。
 スルにはできる。
 知っている。
 当然だ。
「!」
 しかし、
「お……おおぉ!?」
 押された。
「おめえら……」
 なんで――そう言いたかっただろう。
 自分でもわからない。
 だが、できた。
 クンと。
 その身体を抱えこみ、己の槍のようにして鳴は突撃していた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
 クンが吠える。そのたびに力が流れこんでくる。
「こいつは……!」
 スルの声が初めて動揺にふるえる。そして、
「かかっ」
 笑う。
「……いいねえ」
 心から。
「若いってのは」
 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
 一際高い音が鳴り響く。
「おおおおおおっ!」
 重なる。二人の声と心が。
 二つが一つの騎士槍となり――押し返す。
 押し切る。
「ランスチャーーーーーーーーージ!」
 三度目の。そして一つの。
 咆哮がそのまま力の奔流となる。
「!」
 飛んだ。
 真後ろに。
 二人の放った突撃(ランスチャージ)は、スルの槍を突き返し、その身体を勢いよく吹き飛ばした。
「……っ」
 そのまま地に落ちるクン。支えるだけの余力はさすがになかった。
「ご……ごめん」
「馬鹿……」
 そう言ったクンの顔に笑みがにじむ。
(僕たち……)
 突き抜けた。確かに。
 自分たちの身体を通して放たれた力が、そのまま眼前の敵を打ち破った。
 他力。
 お互いを明け渡すその力に瞠目する思いだった。
(師範……)
 技とその思想を身に叩きこんでくれた彼女に心から感謝する。
 そして、教えは自分たちをもつなげてくれた。
「クン」
 呼びかける。
「鳴」
 同じく名を呼んで――二人は、
「っ」
 強く互いの手を握り合った。

「まー、結局、全部わたしのおかげよねー」
「は?」
 思いっきり。皮肉に満ちた疑問の顔を向ける。
 そんなものは欠片も届かず、
「わたしのおかげよねー」
「くり返さないでください。不快感が倍増しますから」
「もー、嫉妬しちゃってー」
「言っていることの意味がわかりません」
 もはや隠しきれない、かつ隠す気もないイラつきと共に、
「あれから、どれだけ大変だったと思ってるんですか」
 あの事件の後――
 東アジア区館は大量の移籍者を受け入れることになった。
 まず〝聖域の騎士〟たちだ。
 ウアジェの『生贄事件』に関わったことで、彼らはアフリカ区館にはとてもいられない身となった。
 もともと、彼らは正式には騎士でなかった。
 騎士ではあった。
 しかし、その力を喪失した。
〝伝説の騎士〟花房森(はなぶさ・しん)――その愛槍である〝聖槍(ロンゴミアント)〟の力によって騎士たる器を破壊されたために。
 それゆえ、アフリカ区館では同情の声もあった。
 花房森の怒りを招いた――彼の息子・葉太郎の強引な勧誘を行ったのはウアジェだった。
 その過程で〝聖域の騎士〟は壊滅させられた。
 しかし、アフリカ区館の騎士たちは、ウアジェに絶対の忠誠を誓っている。力を失った〝聖域の騎士〟たちも例外でなく、騎士として槍をふるえなくとも、万里小路流を学んだことによるその体術で彼女を支えようとし続けた。
 そんな中での離反だった。
 しかしながら、彼らの行為もまた『アフリカ区館を思ってのため』と受け取られた。
 それらを加味し、東アジア区館への移籍という処分になった。
 そして、その〝監督〟として共にやってきたのが――
「……怒ってますから」
「もー、だって、ミンちゃん、有能だからー。さすがは未来の館長だからー。ていうか、いますぐそうなっちゃっても」
「在香さん」
 静かな怒りをこめた目で、
「レイナ館長に来てもらいますよ」
「う……」
 たちまち顔色が変わる。
「ちょっとー、ず、ずるいわよー」
「何がです?」
「だってー、わたし、何も悪いことしてないしー」
「はぁ……」
 ため息しか出ない。
 本当に来てもらおうか。そんなことを思ってしまう。
 レイナ・モス。現世騎士団オセアニア区館の館長で、在香の数少ないというか奇跡的というべき〝親友〟だ。
 実際二人は仲が良く、本来ならその名前を聞いて彼女がこんな反応を見せることはない。
 つまり、罪悪感はあるということなのだ。
 仲が良い分、レイナは叱るときにも容赦がない。在香相手に本気で怒れるというだけでも貴重な人間と言える。
「どこまで知ってたんです」
「んーと……」
「ごまかしはなしですよ。本当にレイナ館長呼びますから」
「ご、ごまかしてないってー」
 あわあわと手をふり、
「ただちょっとー、なんとなくこうなるかなー、って気はしてたっていうか」
「なんとなく……」
「だから、そんな目で見ないでって!」
 弁明が始まる。
 弁明と言えるほどの弁明ではとてもなかったが。
「ほら、わたしねー、ウアジェちゃんととっても仲良しだったわけじゃなーい」
「はぁ……」
 向こうもそう思っていたかはわからないが。
「だからねー、感じるところはあったわけよ。あの子が……」
 笑顔が消え、
「ものすごく苦しんでるって」
「……!」
 苦しんでいる――
「あの子ってねー、いい子だから。その分、責任感強いから」
 いい子――という上から目線の評価はさすがに僭越で同意できなかったが、責任感の強さというのは確かに感じ取れるものがあった。
 受け入れてしまう人なのだ。
 平静とした顔で。
 それだけに、その奥にたまるものも小さくなかったのだろう。
 仲良しと言ったことは実は誇張ではないのかもしれない。
 区館には他にいなかっただろう。ほぼ全員が絶対忠誠を誓う中で、友人のように気安く接してくれる人間は。
 実の妹のネクベですら気をつかうのだ。
 比べて――
 こちらの館長であるターフェイはそういうストレスとは無縁だ。
 無縁とまではさすがに言い切れないが、すべてを自分一人で受け止めてしまうようなところはない。下の人間にだろうと平然と弱音を吐くし、弱みも見せる。むしろ、それが強さであるとも言える。あっさり館長代理を任せてしまうところもふくめて。
「ふぅ」
 軽くため息をつき、
「こんなことを考えてる時点で、それこそ僭越ね」
 つぶやく。
「こういうことになりそうな気はしてたのよ」
 在香もつぶやく。
「おジイってね、ほら、甘やかしちゃうほうだから」
「は?」
「そりゃそうよねー。ウアジェちゃんのこと、ちっちゃいころから知ってるらしいしー」
「ちょちょ……」
 さすがに聞き過ごせないと、
「なんです、それ」
「甘やかしちゃうのよ」
「それは聞きましたけど……甘やかす?」
「そう」
 うなずかれる。
「ちょちょちょ……」
 それが、どうしてあのようなことになってしまうのだ。
 あのとき――
 ウアジェ失踪という異常事態に直面し、情報のこの上なく少ない中でそれでも気づきを得たミンは、村に残っていたネクベのもとへ走った。
 他に打ち明けられる相手がいなかった。
 スルが――
 少数で行動する中、同行者に選ばれた側近と思しきその人物が、館長であるウアジェにとって何か不測の行動を取ったらしいなどと。
 話を聞いたネクベは、あり得ないという反応を当然のように見せた。
 しかし、異常事態であるということには同意し、こちらの望みに応じてアフリカ区館の主要な部署へ連絡を取ってくれた。
 正直――疑いはあった。
 すべてが芝居なのではないかと。
 最終的に何を目的としたものなのかはわからないながら。
 と、そこで一つ情報が入った。
 館長直属の精鋭部隊だった〝聖域の騎士〟の者たちが全員消息を絶ったと。
 区館本部としては、周囲に秘密で動いているウアジェの指示でなんらかの任務についているとの認識だった。
 今回のウアジェ失踪と何か関係があるのか――
 スル以上に彼らがおかしなことをするはずがない。ネクベは言い切った。
 正直、判断が下せなかった。
 とにかく慎重に情報を集め続けた。芝居という疑いも捨てきれないため、派手に動けばかえってつけこまれると感じた。
 一方で、本当の非常事態である場合、手遅れになるという可能性も否定できなかった。
 二人は夜を徹して現状を把握しようと動き続けた。
 その裏で――
 まさか、あんなことが起こっていたとはさすがに想像もできなかった。
「ならないでしょう」
「ん?」
「だから」
 とっくにこらえきれないいら立ちと共に、
「甘やかす? そういうことじゃなかったでしょう、ウアジェ館長のされたことは」
「そういうことよ」
「どこがです!」
「……降ろしてあげたかったのよ」
「っ」
 静かなまなざしで、
「館長という立場から。これ以上、苦しまなくていいように」
「それは……」
 納得しかけるもあわてて、
「だからって、あんなやり方はないでしょう。もっと普通に」
「普通に?」
 かすかに笑みを見せ、
「周りが許さないわ」
「………………」
 その通りだ。事実、謹慎させられた彼女は区館の者たちの強い希望で館長に復帰している。
「だからって」
 納得しきれない。普通に辞めさせることができないから殺してしまうというのは、やはりどう考えても乱暴すぎる。
「殺そうとしたわけじゃない」
「……!」
「救おうとしたの。二重の意味で」
「二重の?」
 うなずかれる。
「館長という立場から解き放つこと。そして……」
 微笑む。
「彼女の愛する区館を救うこと」
「っ……」
 区館を救う――
 そうだ。スルが行おうとしていた〝祭祀〟にはその意味もあると聞いていた。
 だからこそ『アフリカ区館のため』という見方もされたのだ。
「責任を取る……ですか」
「そうよ」
「他に方法はあったはずですよ」
「どんな?」
「………………」
 辞める――という選択肢はなかったのだ。
「……でも」
 どうしても納得はしきれない。
「それでウアジェ館長は本当によかったんですか。納得してたんですか」
「してたのよ」
「じゃあ」
 最初からすべてをスルたちに指示していたのか――
「何も知らなかったはずよ」
「けど」
「わたしと同じように予感はしてたはず。その上で……」
 静かに澄んだ目になり、
「ゆだねるつもりだったのよ」
「………………」
 言葉もない。完全に入りこめない〝絆〟の世界なのだ。
「……念のためですけど」
 最後に確かめる。
「在香さんは本当にまったく何も知らなかったんですよね。まさかと思いますが今回のことに合意――」
「ミンちゃん」
 ひやりと。首すじに手が触れる。
「そんなふうに思われてるなんて、残念だわ」
「っ……」
「わたしが最初から全部知らされてたらね」
 瞳の色が氷点下となり、
「やらせるわけないでしょ。かわいい後輩を」
「……すみませんでした」
 素直に頭を下げる。
 そうだ、そこでぶれる人ではない。わがままで感情は過剰だが、基本的に誰より人情家でもあるのだ。
「じゃあ、どうして在香さんがあの場に」
「ミンちゃんたちが来るんだもーん。わたしがいなくちゃ話にならないでしょ」
「ということは、無理やり……」
 在香は真剣な顔で、
「東アジア区館との架け橋になってほしい。そう言ってウアジェちゃんが頭を下げたのよ」
「え……」
 初めて聞く話だった。
「あの」
 軽く混乱する。
「ウアジェ館長に予感はあったんですよね」
「そうよ」
「在香さんにも」
「まあね」
「………………」
 どういうことなのだろう。
 最初に聞いたウアジェの目的は、両区館の交流。しかし、すぐにミンや鳴のスカウトという本当の目的が明かされる。
 一方で――
 スルにとっては好機であった。
 区館に内密で彼女が動いたことが。
 邪魔する者の限られる中で拉致することは、通常の状態にあるときよりはるかに目的の遂行が容易であったはずだ。
「予感はあったんですよね……ウアジェ館長にも」
「もー、しつこいわねー」
「………………」
 ウアジェが内心で〝生贄〟になることに納得していたのなら――
 何も知らされていない在香は完全な邪魔者だ。
 それを踏まえてなお、東アジア区館とのつながりを持とうとしたということなのか。
 アフリカ区館のために。
 これから館長を害したことで立場がなくなる――〝聖域の騎士〟たちのために。
 いや、立場がなくなるどころではない。すべて支障なく行われていたなら〝騎士団〟として重い処分が下されるのは必須だった。
 つまり――
(失敗したときのことも予想して……ってことだったの)
 わからない。
 どこからどこまでが誰の思惑で進んだのか。
 真相は闇の中だろう。
 ウアジェに聞いたとしても答えてくれるはずがない。そもそも最初からその心の内をのぞかせない人であるのだから。
 ただ――
(クンくんのことは……どういうつもりだったのかしらね)
 それだけは知りたいと思えた。


「どう?」
「ん」
 それだけで通じ合えるものがあった。それだけの〝試練〟ともいうべき激闘を二人は力を合わせて乗り越えたのだから。
「海ってさ」
 クンは言う。
「なんかこう、海なのな」
「なに、それ」
 苦笑する。
「だってさー」
 すねたように唇をとがらせ、
「他に言い方ないだろ」
「ないかなあ」
「ないんだよ」
 そう言って二人で笑い合う。
 あの後――
 危機を救ったはずのウアジェから向けられたのは驚くべき言葉だった。
「クン・ベ。あなたをアフリカ区館から除名します」
 怒りを爆発させたのは鳴だった。
 どうして、クンが! 自分の身を顧みることなくウアジェを助けようとしたのに。
 ウアジェの――人の命を救うというその教えに従ったのに。
「それは騎士として当然のことです」
 彼女が口にする言葉はあくまで冷徹だった。
 そして、それ以上の説明は一切なかった。
 一切を闇に葬る――
 その気づきに、鳴はめまいを覚えた。
 実際、とてもすべてを表沙汰にすることはできないだろう。ならすべてをなかったことにする。そのためには自分を助けた人間をも遠ざけようというのだ。
 当然のように、納得できなかった。
 しかし、クンは逍遥としてその命令を受け入れた。
 そうなるともう何も言えなかった。
「どう?」
 再び聞いていた。
 現在――
 クンは現世騎士団東アジア区館に所属している。そして、区館の中心である鳳莱(ほうらい)島の港で海を見ている。
 隣には――鳴。
「みんな、いい人だな」
「うん」
 それには自信を持ってうなずける。
「だけどさ」
 苦笑される。
「毎日〝聖域の騎士〟の人たちは大変だよな」
「だね」
 こちらも苦笑してしまう。
 クンと共に東アジア区館に来た彼らはいま猛烈な試練(?)の最中にあった。
『在香のアネさんが仕込んだってんだろ? バッチリ見せてもらうぜ、万里小路流の奥義ってやつをよ!』
(奥義まではさすがにと思うけど……)
 それでもかなりのレベルまで技を会得し、それを騎士の経験と恵まれた体躯によって洗練昇華させていることは間違いない。
 そんな彼らを平然といっぺんに相手しているのだ。
 東アジア区館館長・孫大妃は。
「……けど」
 表情がかすかに沈む。
「なんで、おいらは稽古に呼ばれないんだろうな」
「呼ばれないほうが……」
「おまえだってそうだぞ、鳴!」
 覇気のなさに不満そうに頬をふくらませ、
「おまえはおいらの兄弟子だろ! 同じ万里小路流の使い手だろ!」
「う、うん……」
「なのに相手されないなんて、これって」
 そこに、
「未熟だからよ」
「……!」
 辛辣――というよりそれは教師の冷静な指摘のように響いた。
「あ!」
 あたふたと立ち上がり姿勢を正す。隣ではクンがとっくに起立していた。
「向こうではお世話になりました、ネクベさん!」
 大きく頭を下げる。と、こちらのあいさつなどなかったかのように、
「あなたたちは二人ともまだ〝騎士〟。修練の相手とするには力不足と考えたのでしょう」
 力不足――
 まったくその通りなのだが、容赦のない言葉は胸に刺さる。
「あの……」
 話題をそらそうとなかば無意識に、
「今日はどうしてこちらに」
 答えない。
「ネクベさん?」
 やはり答えない。
「あの」
 違和感が大きくなっていく。鳴の知る彼女はもうすこしやわらかいというか、これではまるで――
「……館長」
「!」
 信じられないというように隣を見る。
 そして再び正面を見る。
「っ」
 重なって――
「あなたはあなたの道を行きなさい」
 言う――〝彼女〟が。
「おいらの道……」
「そう」
 うなずく。
「あなたの――騎士道を」
 長身にふるえが走る。
「騎士道とは」
 言葉が続く。
「ただむやみに命を投げ出そうとすることではありません」
 そっと。
 彼女の手がクンの頬にふれる。
「館長……」
 信じられない。
 しかし、信じるしかない。彼女を敬愛するクンが間違ってそんなことを口にするとはとても思えない。
「あなたは……あなたの」
 そこまで言って、かすかに言葉につまる。
「わたしのそばにいては、あなたは自分の騎士道を歩めない」
「そんな……!」
 クンが身を乗り出すも、それを静かな眼差しが押しとどめる。
「今回のことではっきりしました」
「それって」
 叱られた犬のようにうつむく。
「やっぱり……情けないから」
「クン」
 名を呼ぶ。目をそらすことなく、
「わたしの迷いがあなたを巻きこみました」
「えっ……」
「だから」
 そこまで言って――
 何か続けようとしたその言葉を飲みこみ、彼女は背を向けた。
「館長!」
 足が止まる。
「本当の騎士になりなさい」
「……!」
「アフリカ区館という小さな世界にとらわれない、世界にあるすべての命のために働く……本当の〝現生騎士〟に」
 それが最後の言葉だった。
「あ……」
 目を疑う。
 いなかった。
「あ、あれ?」
 あわてて辺りを見渡す。
 そこにあったのは、ただ打ち寄せる波の音ばかりだった。
「クン……」
 ぼうぜんと。ふり返る。
「いまのって」
「館長だよ」
「でも……!」
「〝真眼(しんがん)の槍〟」
 たんたんと。言う。
「おいらたちは館長じゃない館長を見せられた」
「けど、クンにはわかった」
 こちらを見る。
「だよね」
「………………」
 うなずく。
 その口もとに笑みが戻る。
「よし」
 パン! 拳を手のひらに打ちつける。
「やんなきゃな!」
「えっ」
 やる――?
「決まってんだろ」
 確かな意志をその瞳にこめ、
「おいらがしっかりしなきゃ、後から来るやつらの立場がないからな」
「後から……来る?」
「ここだからよかったんだ……」
 おだやかな目をして。つぶやく。
「アフリカ区館と仲の悪いここだから」
「えっ……え?」
 何を言おうとして――
「ここなら簡単に手が出せない」
「え……」
「そうか、そうだったんだ!」
 やっと納得できたというように声を張られるも、こちらはただあぜんとするばかりだ。
「ど……どういうこと」
「おいらだよ!」
「!?」
 ぐっと。目を輝かせながら顔を近づけられる。
「おいらやみんなだ!」
「………………」
 わからない。
 すると、じれったそうに、
「おいらや村のやつらだよ。みんな……」
 ふっと視線が沈み、
「またいつ襲われるかわからないだろ」
「……!」
 そうだ。事実、襲撃を受けたところを自分は見ている。
「けど、ここまではさすがに来られないよな」
「あ……」
 ひょっとしてクンが言いたいのは、
「ここなら安全……ってこと?」
「おう!」
 うなずく。
(そうか……)
 確かに。
 アフリカ区館内部にも襲撃者の手が伸びているとすれば、むしろ交流のない区館こそが最高の避難先と言える。
 ウアジェが隠密で動くため騎士たちの警戒が薄くなっていることを彼らに知らせたのは、おそら陽動を目的としたスルだろう。しかし、あのときのことに限らず、これからもどのような隙をついてくるかは予断を許さないのだ。
 そんな彼らでも、東アジア区館にまではさすがに干渉できない。
 交流がないことがむしろ交流の理由になるのだ。
「じゃあ、村のみんなも」
「おいらと同じようにこっちに来ることになる! 館長は最初からそのつもりだったんだ!」
 そうだったのか。
 正直、はかり切れないところはあったが、クンの言うことが本当だとしたらそれこそ『命を救う』ということになる。
「僕も力になるよ、クン!」
「おう!」
 がしっと。手を重ね合わせる。
「じゃあ、行くか!」
「うん……えっ」
 うなずきかけてすぐ我に返る。
「行くって」
「決まってるだろ」
 からりと笑う。
「みんなのとこさ」
「みんなの……」
 村の? いや、そういうことではないと――
「ターフェイ館長のとこさ!」
「ええっ!」
 驚くも、すぐにどういうことか気づき、
「そ、そうだね。これから来るみんなのことをお願いして」
「そのためにもさ」
 ぐっと。力こぶを作り、
「館長に認めてもらう。〝聖域の騎士〟のみんなに負けてられないだろ」
「えっ!」
 今度こそ本当にあわてて、
「で、でも、僕たちはまだ力不足って」
「だから行くんだろ」
 笑った。
「クン……」
 鳴も、
「そうだね」
 笑った。
「よし」
 パン! 共に拳を鳴らし、二人は海を背に駆け出した。

暗黒大陸の〝騎士(ナイト)〟たち

暗黒大陸の〝騎士(ナイト)〟たち

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-10-04

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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