グッドコミュニケーション
男と女ダンサーとフリーター
セックスをたくさん経験するのって悪事なんだろうか?私はそうは思わない。
セックスはコミュニケーションだ。だからたくさん場数を踏むことによって手練れてくるんだ。
小野君はその点、ほかの男と違った。ダンサーを生業にしながら普段は本屋でアルバイトしている小野君と私はバイト仲間だった。深い仲になるのに時間はかからなかった。少し埃っぽい本棚のにおいに満ちた書庫の奥で私たちはよくキスをした。小野君の舌はゆっくりと回転し私の舌の裏側、柔らかいところをはい回る。そのまま前歯の裏なんかをなめられていると小野君がどこでこんなテクニックを身に着けたんだろうと不思議になってくる。脱ぎはしないが、下半身がうずいて止められないから、小野君の勃起したそれにわたしはこすりつけるように腰をふっていた。
6か月たって、私は正式に就職口が決まったから小野君とはそのままお別れになった。出版社の漫画編集部という憧れの職場だった。小野君はまだずっと売れないダンサーとしてアルバイト生活を続けていくと言っていた。私は一回だけ、一緒に住まないか?と聞いてみたことがある。小野君は笑って僕には共同生活は向かない。と言っていた。その代わり、私の送別会にきてくれてダンスのチケットを二枚くれた。彼氏と一緒に見に来てよ、彼は言った。期日は半年後、ちょっとした名の知れたホールでの公演だった。小野君は長年の夢がかなって、ダンサー集団の端っこで出演するのだという。
私は彼氏がまだできていなかったので上司の田中さんと一緒に見に行った。秋風の強まるころ、いちょうの葉がひらひらと舞い落ちる大通りを田中さんと歩いた。田中さんは紺色のマフラーをまき直し、男性用皮靴のかかとを直してから私に追いつこうと走ってきた。曲目はドントストップビリービン、レディガガのテレフォン。他昔のアメリカのヒットソングだった。田中さんは、あやちゃん、こういうダンスに興味あるの?と不思議がっていて私は昔の友達がでてるんです、と説明した。小野君とは友達だった。セックスフレンド、といえば聞こえは悪いが実際友達以上の何かをしたことはなかった。ロマンティックな食事、バースデープレゼント、クリスマス、バレンタインと恋人たちのイベントは全部ひとりきりで過ごしてきた。小野君も私に恋愛感情は抱かなかったことだろう。私たちはクールな関係だった。エッチだけの。
小野君は妖艶に踊っていた。大集団の一番端でしかしソロがあった。スポットライトが小野君だけを煌々と照らし出す。小野君は腰を振り、それにあわせて上半身をくねらせ、大きく回転した。そのまま右腕を高く掲げ左手は恥骨を隠し、マイケルジャクソンの有名なポーズ。小野君が躍るのにつられて音楽は光を落としていく。そこら、ここらに音楽のかけらが散らばった。拾い集めて元に戻すのには時間がかかりそうだった。小野君のソロは終わった。田中さんはどこか赤い顔をしていた。
正直、衝撃だった。小野君があそこまでうまいとは。私も興奮冷めやらんままに帰り道また銀杏並木の大通りを田中さんと歩いていた。田中さんは言った。
「小野君、て子、すごかったね。思わず引き寄せられそうだったよ。同じ男なのにね。」
「田中さんもダンスしたいんですか?」
「いや、僕は違うけどね。でも同じヒトとして尊敬を感じたよ。」
辺りはもう薄暗く、舞い散る銀杏も黒くみえる。
「このあと、すこし食事いきませんか?」
「いいね。」
私はノリに任せて誘ってみた。田中さんも乗り気だったみたいでよかった。
「おしゃれなバーをしってるんです、そこで夕食も出ます。ぜひどうぞ。」
「上司のおごりかな?」
「そりゃもちろん。なんてね、嘘です、私払いますよ」
「じゃ割り勘だ。」
「激しいテンポの曲も悪くはないんだけどね。」
田中さんはタコのカルパッチョをつまみながら言った。
「僕はどちらかといえばクラシック音楽はでね。あやちゃんはクラシック聞きますか?」
「いや。正直あんまり。堅いイメージです。」
「そうだね。でもこれなんかどうかな?」
スマホの動画サイトでショパンのエチュードを聞かされた。よく聞いたことある曲だ。
「田中さんて意外と情熱的。できる上司って風なのに。」
「そうかな?」
田中さんと私は、まずショパンのエチュード滝、を、2人で聞いた。低音がしっかりとテーマを奏でる合間に高音が自由気ままに飛び回る。音階を少しずらしてピアノの端から端までまるで蝶が高速で花の蜜を集めるみたいに。音階が興奮を募らせて最後には爆破するんじゃないかと思うが低音が落ち着きをみせるから安定していて破綻しない。右手が小指が、煌めきを放つ。曲自体はすぐに終わった。次に聞いたのはショパンエチュードイ短調。それはまるで魔法の世界に紛れこんだみたいでせかせかしていて金の粉で飛び回る妖精達がそこらじゅうを魔法にかけ、ピーターパンとウインディが空へ舞い立つ。老婆が、左手の低音が軽快にダンスを踊り、その上空を妖精が舞う。世界はオレンジ色でところが一瞬曇り空になるがまた晴れて魔法の森は楽しい時間に包まれる。そして唐突に夢は終わる。
田中さんは3杯目のカクテルをあけていた。私はまだ一杯も飲み干さないのに。ピッチが早い。顔が赤い。
「小野君、は君の彼氏?」
「いえ、ただの友達です。」
「でもあんなセクシーな男とこんな美女だよ、何も無いわけないだろ?」
「まあね。恋愛抜きで、コミュニケーションはとりました。」
「やっぱり。ねえ、このあともう一件いかないか?」
「大丈夫ですか?だいぶ酔ってますよ。」
「大丈夫。」
田中さんはクラシックに詳しい。コミュニケーションに似合う曲はやはりバイオリンだという。バイオリンの形は女体を模している。くびれ、腰つき、胸の膨らみ。それを大事に慎重に丁寧に扱って初めて良い音が響く。女性を扱うように優しく妖艶にジェントルマンに。チャイコフスキーとメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲ニ長調が二件目のバーへ向かう道すがら田中さんと一緒に聴いた曲だ。心温まる幸せなメロディ。愛している人と一緒なのかと錯覚した。バイオリンの主旋律が美しく柔らかく秋の空から降ってきた。オーケストラが背後で静かにバイオリンを盛り上げる。田中さんは手を伸ばしてきて私のマフラーを直してくれた。顔が近づく。私は、今日紐パンティを履いてきていたのを思い出した。しかも赤のTバック。バイオリンの主旋律に合わせて田中さんは私の髪を撫でる。手が、頬に触れた。唇の形の良さに目がいった。
「僕ともコミュニケーションしてみない?」
いった途端キスされた。さっきのカクテル、ジンフィズと、ホワイトレディが混ざりあった。甘い、あまりに甘い。
バイオリンはクライマックスに。田中さんは小野君とはまた違う。紳士だ。だが、手は腰をだき、下半身には熱さがこもっている。二件目は行けそうにない。私達は公園のベンチに腰掛け夜空を見上げて星屑を数えようとしたが二重奏が邪魔をした。人気はない。私は右手を田中さんの股間へ。硬く熱く強いものがそそりたっている。ズボンの上から優しく撫で田中さんは私のDカップを掴む。愛かと錯覚した。オーケストラのせいだ。ジッパーをゆっくりさげる。唇でくわえる。熱い熱量。準備はできていた。スカートをまくりあげ、ゆっくり挿入。ああ、いい。紐パンティがプチんと音をたててちぎれた。奥にあたり、お尻の割れ目から白い液体が流れ出しゆっくり本当にゆっくりと私達は上下運動する。一回一回が子宮の奥の少し硬い部分にあたり男のそれのカリは他の男の液体をかき出して、自分の液体で女を満たす。繋がり上も下も一緒になった。舌を絡めお腹を満たす。一つだ。次第に動きが激しくなり田中さんは私の背骨をきつくつかみ、腰を打ちつけお尻を、離すまいと爪をたて、根本まで入れた状態で果てた。私は頭が白くなりしばらく白い液体を垂れ流したまま抱きついてそして酔いが覚めた。
「俺、どう?」
「悪くないです。」
私達は冷静に戻り、明日また職場で会う事を約束して、公園を後にした。心地よい疲労感。だが、愛ではない。恋人にもならない。だってこれはコミュニケーションだから。
グッドコミュニケーション