無防備
勝手な定義にすり減ったこころで、それでもあるいている。肺呼吸だって、地上はくるしい。みえないなにかにすこしずつとらわれながら、水のなかをあるくみたいに、すすむ。
ぴかぴかに磨かれた窓のむこうに、それはあった。つるつるうつくしいやかんだった。埃っぽいのれんと、対照的で、でもそれは完璧な組み合わせだった。きのうきみは毛布を干していた。夏のあいだ掛け布団を離さないきみの、念願。たしかに肺のすきまをふあんに染めるような、そんな、ひややかな風が吹くようになった。一瞬だって、なんだって、かんけいなくふあんに陥るもの。
贈りものにしたいというと、耳ざわりのよい音をたてる包装紙をとりだして、おばあさんがていねいに包んでくれた。りぼんはなに色がいいかといわれて、あわい水色をえらんだ。秋の風は、そんな色をしている。
たんたんと階段をのぼって、角部屋の玄関扉が視界にはいる瞬間、なにもかもの防御を脱ぎすてそうになって、こまる。あともうすこしをがまんしなかったから、いま、きみはぼくの、ぼくはきみのこいびとである。
贈りものといいつつ、お湯をわかすのはぼくの係だ。やかんはだから、ぼくがつかう。きみはマグカップとそのときどきに合わせた飲みもののもととスプーンを用意する。飲むものをえらぶ係だから。
それでも贈りものにするのは、ぼくのため。さっとりぼんを解いて(きみはどんなものもするりと解いてみせる)、包装紙を、ためらいなく破く。びりびり、それがどんなにうつくしい包装紙であっても、びりびり、べりべり、なかみがまるっとはだかになるまで、跡形もなく、破く。このときの、きみの、無邪気なゆびさきを、たのしむため。ぼくはしょっちゅう、贈りものをする。
「まるくて、つるつるで、いいね。ペンギンのお腹みたいな、撫でたくなる感じの」
それは、もう、ぼくのこころにあるままの形容で、それでもうすっかりあんしんして、ぼくはただいまを言う。
無防備