ヨートビーチ

 1
 
 ヨートビーチ。
 寂しげな、夏のおわりの砂浜に、静かで暗い雨がふってるんだ。
 わたしは、おおきな貝がらを見つけると、それをいっこいっこ、丹念に、潰して歩く。
 
〝天使なんかいないさ
 天使なんか いない〟
 
 ヨートビーチには、もう使われなくなった海のうちが何軒もつらなって、海岸に横たわる名前も知らない昔の恐竜の化石みたいで、すてき。近づいて目を凝らしても、どの海のうちも奥はまっ暗で、それぞれが違う海の底への入り口になってる……
 ヨートビーチ。
 ヨートビーチ。
 
 静かで、とても暗い雨が線画みたいだ。
 
 ……
 死んだ魚が、砂浜の随分高い丘に打ちあげられていて、わたしはそのいっぴきと見つめあっている。

〝天使じゃない 天使じゃない、さ……〟

 わたしは、ずぅっと向こうまで、貝がらを踏み潰しながら。
 歩いていくうしろすがたを、丘の上から死んだ魚だけが見ているのだった。
 
〝さよなら。またあおうね〟
 
〝天使なんかじゃない、さ……〟
 
 
 
 
 2
 
 ヨートビーチの砂浜の真ん中にたてられた看板には、矢印が描かれていて、なぜか海の方を向いている。ボロボロで、ペカペカの、看板。わたしもただ、その看板の、矢印の示す方向を向いている……じっと、佇んで。
 ヨートビーチには、細かな雨がふっている……
 
 
 
 
 3
 
 ヨートビーチに、細かな雨がふっている。
 だれもいないこの場所で、わたしは砂にうずまった、得体の知れない何かの骨を見てる。しゃがみ込んで……そっと手をおしあて、つめたくて、穏やかな雨がふっているこの今だけ、それをわたしのものにしている……
 夏のおわりの心地よさにわたしは…… …… 
 
 
 
 
 4
 
 まっ暗で、何も見えない。
 ここは、もうだれもいない海のうちの奥で、わたしは、泣いている。
 
 
 
 
 5
 
 来てご覧。嬢ちゃん……
 仔猫が生まれたよ。
 いっぴきはさっき、母猫が捨てに行った。
 ぜんぶは育てられないと思ったら、いちばんよわそうな仔を選んで、捨てに行くんだよ?
 嬢ちゃん、……どうしたんだい? ……
 
 
 
 
 6
 
 さよなら。
 
 
 
 
 7
 
 遠くの沖を、船が通って行くのが聴こえる。
 かすれた汽笛。
 雨で白く映る海のどこにも、そのすがたは見えないけれど。とっても、おおきな船だ。
 
 
 
 
 8
 
 雨に濡れてつめたい、砂浜にねそべって、いつまでも、空からいつまでもふる雨を見ている。
 あまりにもおわらないすてきな風景を……雨に濡れながら、手をかざして、……
 
 わたしは、骨だ。
 
 砂浜にうち捨てられた、だれのものでもない、夏の、骨……
 
 
 
 
 9
 
 ……海の底は、さむくて……
 ずっといられるような場所ではなかった。
 あるいは……
 来る場所を間違えたのかもしれなかった。まだ、わたしが来るべきところではなかったのかも。……(どこへ行こう。)何も聴こえない、(どこへ……)まっ暗やみの中にやがて目がなじんでくると、方々で巨大な白い貝がらが転がっており、ときおりその一部分が視界に入ってくるのだった。
 ひかりのように……
 わたしは、歩いていく、暗い海の底を……
 それをすこしだけ、てらしてくれる、ひかりのように…… ……
 
 
 
 
 10
 
〝さよなら。またあおうね〟
 
〝天使なんかじゃない、さ……
 
 
 知っていたよ。ずっと。
 海の底で、ずっと、それを知ってた。
 
 
 さよなら、……(さよなら。

ヨートビーチ

ヨートビーチ

2007年11月初稿/未発表作品

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-30

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