少女のいる場所

 ぼくは、はざまの園で少女と会っていた。
 少女、今、その顔は思い出せない。
 
 
*ハザマの園で*
 
 いつ頃からだろう、ぼくは、夜とも昼とも決まっていない時に、その場所で少女と会っている。ひとりでいると、その場所はどこかほんの小さな隙間から広がってくる。あるいは、その場所のかすかなかおりを感じると、ぼくはひとりになる。ほかのだれにも知られたくない、見られたくないところだから。
 少しの暗闇を抜ければ、もうその場所は広がっている。
 そこに、少女がいる。
 
 そこは水辺。音もなく、くつも濡れないけれど、水が流れつめたさにみちあふれていると思う。そのつめたさは心地よい。
 上のほうで、ときおり小さな汽笛の響きが聴こえるようだ。
 
 夢の国ではない。夢の国というよりは、鏡の国といったほうが合っている。
 そこには、ぼくのいる日常に存在する物は何ひとつない。だけど、名前も知らない巨きな植物、ゆがんだ形の石や動かない星、見たことのないすべてのものが、見たことのある何かをその裏側に隠しているようだ。そしてここは、何処かハザマにある場所だ。
 
 
 
*少女*
 
 どこまでもほの暗い空間に、ひとつオレンジ色の灯が浮かんでいた。足下に、骨のような、白くて、かわいた花が咲いて、そこに少女がいた。
 ぼくの影がうつしだされなかった。それを不思議とは思わなかった。
 少女はいつもひとりだ。
 たしかに、ぼくは、少女と会っている。そして、……
〝……わたしとあなたは、これからまだ何度も会うことになると思う。
 会えない時期もあるだろうと思う。けど、必ず時々は会う。
 そして、終わりが来る。
 そんなに遠くはないうちに。
 それは、どちらかが死ぬ時だと思う。〟
 少女の声が聴こえていた。暗い部屋に、ぼくはひとりで帰った。少女の顔は、思い出せなかった。
 
 
 
*似顔絵*
 
 ぼくのたったひとつ、得意なことは、絵を描くことだ。うちの急な階段、庭の蜂の巣、裏を走る線路、壊れかけた隣の古本屋、……だけど、ひとを描いたことがない。
 描けるだろうかな。
 ぼくは、あのはざまの園の少女の顔を、描いてみたくなっていた。奥の部屋からキャンバスを出して、散らかった床に絵の具を探した。
 だれにも会いたくなくなって、すぐに、ぼくはあの場所に入り込んでいったようだった。
 
 オレンジの灯の下にぼくの影がうつしだされて、少女の姿がみえない。
 いつもここで会っていたはずだった。
 遠くへ駆けていくひとの気配があった。その先に、暗く、ゆるい丘が伸びているようで、いちばん高いところにおかしな突起がみえた。中腹あたりを、白い影が走っていた。もう、あんなところに。
 ぼくは追いかけていた。
 ここは、視界が狭くて、空気も薄い。すぐ、息苦しくなった。
 暑さを感じ、足下が少しごつごつしてきたように思ったが、ぼくは気にしたくなかった。ぼくの背が、やけに伸びた気がして、もう丘の中腹に達した。ぼくはそのまま大きくなり、丘を登りきろうとしていた少女を捕らえた。顔を見ようとすると、いちばんてっぺんにあった突起がぼくに近づき、油にまみれた男の顔が浮かび上がり、いやあらしい見下したような目つきでぼくを見て笑うのだった。はげで、ひげで、その顔は醜く侵食された岩のようにでこぼこで、……突起が見下ろしているのは少女で、少女の顔はよく見えない、ぼくはその光景を見ながら、深い空へ吸い込まれていった。最後に、キャンバスに少女の顔を捉えた。むなしい汽笛の音が耳もとで響いた。
 ぼくは暗い部屋でキャンバスを見てためいきをつき、滅茶苦茶に、塗り捨てた。
 
 
 
*剣士の夢*
 
 だれ?
 少女が、成長したのだろうか。後姿で、髪は短い。
 そのひとは、細く長い剣を持っている。鋭い。
 視界がぶれて、もうひとり、同じひとがすぐ近くに現れたように見えた。ぶれが戻る、次の瞬間、そのひとの足下に、もうひとりがそのまま倒れこんだ。鋭い切っ先に血が。血が、流れて、園を赤く染めていくのだろうか。
 あれが少女の死なのだろうか。
 
 
 
*燃える*
 
 学校で、ぼくは、少女にふさわしい、もっといちばんふさわしい最期を考えていた。
 それは、燃えるということ。すべてが。あの、少女のいるはざまの園ごと、燃えてしまうこと。
 きっと、そうやって少女は死ぬんだ、とぼくは思った、そうやって死ぬべきだと。
 
 
 
*少女との会話*
 
 ――          。
  ――          。
   ――          !
    ――          ………
 
 
 
*風景画*
 
 ぼくはいつか風景画家になろう。
 だれも知らない景色を、ぼくは描き続ける。
 それはやがて、燃えていくあのはざまの園。
 
 ほんとうは、それは風景画、ではない、そこには、少女の不在、があるのだけど。だれも、知らない。
 
 
     *
 
 
 今度、少女に会うのはいつだろう。

少女のいる場所

少女のいる場所

2006年4月初稿/2006年4月メリーゴーランド童話塾で発表

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-30

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