とある国。
とある国に一人の旅人が訪れた。
そこで出会った商人はこう言うのだ。
旅人と商人と。
ある日とある国に一人の旅人が訪れた。
それは誰が見ても十代半ばの少年のよう。
その旅人が門を潜ると、広場のすぐ近くに商人が店を出していた。
「すみません」
「はい?」
簡素な木の店の中で、男は指でくいっと帽子をあげると、こっちを向いてそう言った。
「ここはいい国ですか?」
捉え方によっては失礼な聞き方をしてしまったが、男はさして気にした様子はない。
「えぇ、いい国ですよ。特に女が元気だ」
商人は興味を失ったのか、そばにある新聞を広げて読み始めた。
「そうですか。それは良かった。女性が元気な国は何処も良い国だと聞きます。ここもきっとそうなんでしょうね」
「えぇそうですよ。だから女には気を付けて下さい」
「……えぇ、ところで」
商人の言葉を些か疑問に思いながらも、先程から気になっていた事を口にした。
「あれはなんでしょうか?」
「あぁ、あれかい?」
商人は新聞と帽子の間からチラリとそちらを見た。
「はい、その、あの方達は女性…ですよね?」
「あぁそうだよ。……旅人さん、アンタも《つまらない》事を聞くねぇ」
「そう、ですか?」
商人は新聞を傍に置くと、足を組んで面倒そうに話す。
「この国に初めて来た人は必ず同じ事を聞くのさ《あれはなんだ?》ってね」
二人が見詰める先、噴水の周りには、中々の美形な男達が行き交うのが目にとまる。
しかし、よくよく見ると彼らは
「そして次にこう言う、《何故女が男の格好を?》とね。違うかい?」
「いえ、その通りです」
そう言うと商人はやはり面倒くさそうに顔をしかめた。
きっと今までにも何度も何度も同じ説明を繰り返しているのだろう。
しかし、彼には申し訳ないが気になるものは気になるもので、旅人は次の言葉を待つ。
「まぁ昔の話だ。何、珍しい話じゃない、この国はそれは女の扱いが酷くてね」
「……女性差別ですか」
「そんな生半端なもんじゃないよ。言葉にするには憚れるが簡単に言うと、人としての扱いではなかったそうだ。奴隷より酷い扱いだったんだろう。そこに人権なんてものは当たり前のようになかったのさ」
「……」
「そこで女達は女である事を捨て《男として生きる》事にしたんだよ」
「男として生きる、ですか」
「そうさ、追い詰められた女達が考えた苦肉の策だ」
商人はただただ面倒そうに、淡々と話を続ける。
《言葉や態度、服装を変え、女としてのものは全て捨てて、自分達は男として生きると決めたのさ》
と。
「女のままでは人として扱われないからね。生きるか死ぬかの戦いだったんだよ。更に、女達はこの国を捨て、新しく自分達だけの村を作った。ここからもっと遠い山奥にね。……噂ではまだ残っているそうだよ」
《一度行ってみてはどうだい?》
ニヤリと笑ってこちらを見た商人の眼がそう言っていた。
「……遠慮しておきます」
旅人は控えめにそう言うと、商人はその言葉をさして気にする事もなく続ける。
「……国から女達がいなくなり、男達はそりゃあ怒ったさ、いくら女達が自分達は男として生きると言っても、生まれ持った身体までは変える事は出来ないからね。それに納得する男はいるか? 今まで言いなりだった便利な道具がいなくなったんだ面白い筈がない。おまけにその当時ここは辺境の地だったもので、他から女を連れてこようにも出来なかった」
商人は馬鹿馬鹿しいとばかりに、ふっと鼻で笑って言う。
《そうなると痺れを切らした男達は力ずくで連れ戻そうとするだろう。するとどうなるか。女達は皆、その手に武器をとった》
「本当の戦いが始まったのさ」
「男と女のですか……」
「あぁそうさ、珍しい話だろ?この国ぐらいのもんかも知れないな」
商人はタバコらしき物を口に加え一服した。
「果たしてどちらが勝ったか……それは意外や意外に女達の勝利に終わった。男達は女をバカにし過ぎていたんだろうな。彼女、いや彼らは男としての戦い方と女にしか思い付かないような戦法で、男達を一網打尽にした。ようはここが良かったのさ」
商人はタバコを持った方の手で頭をトントンと叩く。
「なるほど……」
「結果女達は人権を手に入れ、この国は女でも住みやすい国になった。まぁその時の風習が今でも残っているんだな。何しろこの国の女達はその事を誇りに思っている。男として生きると決意し、勝利を手にし、人権を勝ち取った先祖の勇気や勇ましさをね」
「……わかる気がします。並大抵の事ではないですから」
「今では女はこの国の自由と人権の象徴として、観光名物にもなっているよ。何がいいのかわらんが、特に若い女の子達に人気だね」
商人はまた新聞を手に取ると「どうだ、つまらない話だろう?」そう言った。
旅人は少し考えると
「そう、ですね。確かにつまらない話しです。……でも、貴重な話を聞かせていただきました。お陰でこの国に興味がわきましたよ。有り難うございました」
旅人が軽くお辞儀をすると、新聞を広げた商人はククッと笑った。
「旅人さん、アンタは面白いお人だ。……まぁゆっくりしてって下さい」
「ええ、そうします」
旅人は噴水の方に向かって歩みを進めた。
途中でふと、思い出したように足を止め振り返る。
「先程は遠慮しますといいましたが、時間が出来たら行ってみようと思います」
そう言い残して旅人は人混みの中へと消えていった。
商人は新聞を読みながら、フッと笑むと
「楽しみに、待っていますよ」
そう呟くのだった。
とある国。― 完 ―
――と言った事があったのだと、旅人は口にした。
すると、それを横で聞いていた男は不愉快そうに顔をしかめる。
朝焼けもまだ見えぬ頃、この時間まで二人は寝ずに星空を見上げながら、互いの旅の話を語らっていた。
そして丁度旅人が最近訪れた奇妙な国の話をし終えると、二十以上歳上であろう男は「理解しかねる」と一言。
「そうですか」
と旅人が言えば、先程より強めの口調で「そうさ、だってそうだろう?」と言う。
「正直言って気味が悪い。女が男として生きるだって?無理だろう。ありえない」
「えぇ確かに」
旅人は静かに頷いた。
「男が女になれないように、女は男にはなれないさ、そもそも男として生きるって……女を好きになるのかい? 女にしか思い付かないような戦法ってーのだって、所詮、自分のその身体で男を垂らしこんだに決まってらー」
考えても考えても理解出来ない話しに、男は頭を軽くかきむしった。
別にこの男に関しては、旅人の話しをバカにしてるんではない。真面目に聞いて、真面目に考え、それでも分からず投げやりにそう言う事しか出来なかったのだ。
男のその言葉に旅人は涼しげに微笑んだ。
「だから《女にしか思い付かない戦法》だったのでしょうね」
その言葉に暫し、男は考えて、成る程と頷いた。
つまりは自分の思う事は全て的はずれなのだと。
きっと、どんな手を使ったのかなんて、男である自分には分かるまい。
お手上げだと、男が考えるのをやめると、旅人は「全て単純な事ですよ」と、呟いた。
「人として生きるか死ぬかの戦いだった」
どう言う事だと、男は黙って話しの続きを待った。
「人ではない扱いを受けながら死んで行くか、戦って多くの仲間達が死にながらも人として生きるか」
男でなければ、人としては扱われない。
そこから抜け出せる方法はただ一つしかなかったのだ。
けれどもこの男にそれが伝わるだろうかは分からない。
「そんな追い詰められた状況化で、果たして色恋沙汰など考える事が出来たでしょうか?」
男は、あっと言う顔をしたが、直ぐにいや待てとまた顔をしかめて、身体をその場に投げうった。
「勘弁してくれ、頭がおかしくなりそうだ」
その男の様子に旅人はやはり涼しげに笑うと「分からなくていい事ですよ」と言って、静かに立ち上がる。
いつの間にか、朝日が森の中に射し込んでいた。
身支度を始める旅人に「君は見たのか?その男として《生きる》女だけの村を」と。
「えぇ、見覚えのある方が出迎えてくれましたよ」
銃の調子を確認し、荷物を腰に巻き歩き出す。
「君は《いつかはそこに行く》のか?」
すると旅人は淡々と
「まさか、僕には僕の《生き方》がありますから」
そう言って、朝の日射しが眩しい森の中へと、旅人は姿を消した。
とある国。おまけ ― 完 ―
とある国。
古くから女性が人として扱われていない話しってよくありますよね。
物語ではなく本当にあった歴史として。
その全ての感情や葛藤や苦悩や人としての戦いを理解出来るかと言ったら、現代を生きる私達には何一つ理解は及ばないだろうなと。
商人はその当事者で、旅人はその気持ちを理解出来る者で、そして今の私達をおまけに出て来た『男』のつもりで書きました。
昔テレビで観た
未だ過去の呪縛から逃れられない部族の女性達が男として生き、迷彩柄の服を来て、銃を片手に煙草をふかし、誰も信じていない目付きで、口悪くインタビューを受ける。
その孤島からわざわざ川をボートで渡って街の医者にかかるヨボヨボのおばあさんが何処か周りの人とは違った殺気を放ちながら『オレは男だ』と昔あった壮絶な話を語り出した時の衝撃が忘れられず書いた話です。
インタビューしていた男性は全く理解出来ず、失礼と思える質問をしていたのが印象的でした。
誤解しないで欲しいのは『とある国。』はあくまでフィクションです。
この物語の商人達はもう、銃を人に向ける必要はなく暮らしております。
今風に私が話を作っているを承知いただけると幸いです。