弱肉強食
T君のお父さんが、事故で亡くなりました。しかしT君だけは、お父さんが本当は事故で死んだのではないことを知っていました。お父さんは、T君にこう言い遺しました。
「私が死んだら、うんと勉強して、保険金でいい大学に行きなさい。私には出来なかったが、お前は強くなるんだよ。強くなければ、生きていけないからね」
T君はとても悲しみました。でも、それ以上に怒りました。T君のお父さんが死ななければいけなくなったのは、会社をクビになったからなのです。T君は会社に乗り込んで、社長に詰め寄りました。胸ぐらを掴まれた社長は、T君から目を逸らしてこう言いました。
「うちの会社だって厳しいんだ。恨むなら社会を恨んでくれ。世の中は弱肉強食だって言うだろう?残念ながら、君のお父さんは弱かったんだ」
そう言われ、T君は掴んだ胸ぐらを乱暴に突き放して、その場を立ち去りました。
その後、T君は死に物狂いで勉強しました。名門大学をトップの成績で卒業し、数年の社会経験を経て、T君は選挙に立候補、当選して、国会議員になりました。その力強い正義感と雄弁さは国民を味方につけ、T君はどんどん国会の中で力を強くしていきました。
そしてある時、T君はこんな政策を打ち出して、国民を驚かせました。
「遺産相続を廃止して、故人の遺産は国庫に還元する。その代わり、遺族には十分な手当を支給し、小中高大の学費は全て無料、医療手当もより充実させるなど、福祉・教育支援を強力に推進する。」
初めこそ、大多数がこの政策に戸惑いを見せましたが、そのうちに多くの国民、特に若い層を中心に大きく支持を集め、この政策を掲げる彼の新党は大きな躍進を遂げました。
しかし、この政策に強く反発する勢力がありました。それは、高齢者を中心とした、高い所得を持つ人でした。そして、今では会長になった、あのT君の父親をクビにした元社長は、その勢力の中心的な人物でした。
反対勢力の抵抗は強力でしたが、T君も負けじと国民に支持を訴え、ついには次の選挙で彼の政策に味方する政党が過半数を超えるかもしれないという所までこぎ着けることが出来ました。
そして、そのことに焦りを感じていた会長は、T君と直接の話し合いを持ち掛けました。T君もその申し出を受けて、二人は料亭で会食の席を設けることになりました。
初めこそ、社交的な会話の中でT君を圧迫しようとした会長でしたが、Tの自信と雄弁さ、そして用意周到さに徐々に押さえ込まれ、次第に苛立っていきました。とうとう、我慢の限界に達した会長は、食卓をひっくり返してT君の胸ぐらを思いきり掴みました。
するとT君は、醒めた目で真っ直ぐに会長の目を見返すと、ゆっくりとこう言いました。
「僕はあなたの言葉をバネに、この政策に命を賭けたんだ。恨むならご自身を恨んでください。世の中は弱肉強食なんでしょう?それなら、弱者も強者も、死んだら土に還らなきゃ。」
弱肉強食