ランドリー

 ごうんごうん、と洗濯機が音を立てる。ここはいやに暑い。それに、公園のすぐそばだからか、セミもみんみんみんみんうるさい。時折威嚇するようなおとが混ざるセミの鳴き声にも、冷房一部故障しておりますの貼り紙を見ないで勝手に怒ってさらにアツくなってえんえんと洗濯機を蹴っているおじさんにも、あたしは、苛々しはじめていた。
 どうにもしょうがないから、脱水もすべて終えるまであと三十分は残っているのだけど、ただただドラム式洗濯機の枠の金属のぶぶんを見つめている。金属のぶぶんに映るあたしは、あまりにもゆがんでいた。目と目が離れたり、くっついたり、輪郭がなくなったりするのを、すこしずつ楽しむ。やがてそれにも飽きて、ドラムのなかで生活があばれ狂っているのを、持ち主であるにもかかわらず他人事のような気持ちで、見る。あたしのタンクトップとかパンツとかよそ行きのあれこれとかユニクロのパジャマとか、そんなものたちが解放されるように暴れている。解放されているようで、じつは手のひらで踊っているだけだということに彼らは気がつかない。どんどんどん、とおじさんが洗濯機をたたく音が鳴り続ける。うるせえよ、と思っていたけど考えてみればおじさんのそれもやっぱり叫びで、自由への渇望かもしれなかった。おじさんはロックンロールをしている。あたしはおじさんを許した。
 相変わらずセミはうるさいしあたしを嫌っているに違いないようにシネシネシネとぶつけてくる。ぴーっぴーっと音が鳴って、おじさんは満足そうに帰っていった。ロックンロールをやめたおじさんはただの腑抜けであって、自らの表現をやめ苗場あたりのフェスで諸手をあげたりするようになる、あたしはそれを不満に思う。ごうんごうんと音をたてる洗濯機を見つめるだけにまた戻ったときに、最近廃園になった遊園地のことを思い出した。ひとつの遊園地がつぶれるということのかなしさを、やっとわかって、思い出なんてないのにぼんやりとかなしくなる。かなしくなって、存在を知らなかったベンチに腰を下ろしてから、隣に女が座っていることに気がついた。女は、汗で濡れた前髪をぺったりとおでこにまとわせていて、それが結構、いい感じだった。カレシとディズニーランドに行く予定を立てている最中の女、と、あたしは予想を立てる。でもカレシとディズニー行く予定あるんすか?なんて訊いたらそれなりにキモいだろうから、ただその横顔をじって見た。たぶんみんな、遊園地が潰れようが潰れなかろうがどっちでもよくて、友達のカレシがバイクで事故ろうが事故らまいがどっちでもよくて、ディズニーランドや自分のカレシのタケくんがなくなんないとわからないんだろうな、と寂しくなる。
 洗濯機はまわる。メリーゴーラウンドは止まったのにタケくんもたぶん泊まっていったのに、洗濯機だけがごうごう唸っていてでもセミもまだ鳴いていた。彼らは共鳴しているみたいだった。というか、共謀してあたしをいびっているみたいだった。そろそろほんとうに熱い。ぐるぐるまわるこの洗濯機のなかに男物の下着でもあればちょっとはさわやかでいいかんじの、なんとなくいとおしむ系の、ディズニーランドに行くと決めたけど日程は不明瞭な段階のぼんやりとした期待感、あの感じの気持ちでいられたかもしれないし、バンドマンに恋なんかしてなかったかもしれなかった、と思った。思ったから、隣の女がちょうど洗濯を終えて、でもスマホを見たままで立ち上がろうともしないのをいいことに、女の目の前の洗濯機からパンツを盗んだ。女は当然、それに気がついた。気がついて、それ、欲しいの?とちょっと笑った。笑った顔もいい感じだった。女はディズニーランドで男と別れてきたらしい。名前はヒロくんといって、パンツがめちゃくちゃ臭いひとだったらしい、あたしはそのパンツを手にしかめっつらをしている。でもあたしの好きなバンドマンと同じ名前だし、いっか、くさくても、と思った。ヒロくんのパンツ、と思うだけで、たのしくなる。女は自らの(ヒロくん抜きの)生活を取り出して、ディズニーランドを潰して、清々しいかおで去っていった。
 そのあと、ちょうどあたしがヒロくんのパンツをおそるおそる嗅いでいるところでぴーっぴーっと音が鳴った。ようやくだ、あたしは暮らしのかけらたちを大切に大切に大きめのトートバックに入れて、コインランドリーを出る。自動ドアをくぐると、外のほうが涼しかったので、驚いた。そういえばもうセミ鳴いてないなと思ったら、地面に無数のセミが転がっていた。女がそうしたのだろう、となんとなくわかった。
 ヒロくんのパンツは、防犯の面で非常に役に立った。ベランダの物干し竿でゆれるそのくささとみじめさは、手練の下着泥棒をも慄かせた。でもある日、ヒロくんのパンツは急に無くなった。急にというか、なくなる場面をあたしは、しっかり見ていた。あのくささに動じない、じつに将来有望な下着泥棒がいたのだ。ベランダには、セミの死骸がおっこちていた。女のあまりにもゆがんだ顔を、思い浮かべる。

ランドリー

ランドリー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-26

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