島-透明人間譚

草片文庫(くさびらぶんこ)

島-透明人間譚

透明人間の物語2。縦書きでお読みください。


 客船トレドはスペインを周り、ポルトガルに行く中型のクルーズ船である。船籍は米国で、造船所はオハイオ州のトレドであった。同じトレドはマドリードの近くの古代都市だが、そこに行くわけではない。
 その船が竜巻に遭い唯一乗っていた日本人、浅海(あさみ)透児(とじ)は初めての海外旅行でこの難に遭遇した。

 彼はゲームを作る会社に勤めていたが、出勤するのは週一回、自宅で新しいゲームをコンピューター相手に考えていればよいだけである。もちろんテレビ会議のようなことや、部長や仲間から質問や手助けの連絡が来るが、人と話すのは商店街に買い物に行ったとき、店の人と一言二言話すだけである。仕事時間が終わると、本を読むかDVDを見るか、そんな生活をしていた。ただ一人旅は好きで、まとまった休みがもらえると一人で各駅停車の旅にでることもある。
 今回、新しく作った脱出ゲームが思ったよりヒットした。おかげで3週間ほどのまとまった休みがもらえた。飛行機でマドリッドにおり、そこからバルセロナへ国内線で飛んで、クルーズ船に乗った。ポルトガルのリスボンで二泊して、ロカ岬に行こうとしていたとき、海上に大きな竜巻がおきた。天気はそんなに悪くなかったはずだ。ただ遠く離れた海上の空に、黒い厚い雲が浮いていたことは確かである。その下から竜巻は起きた。海の上をくねるように、厚い雲の中に水が巻き上げられていく様はまさに竜である。他の船客は部屋でおとなしくしていたか、窓のあるラウンジで外を眺めていたのだが、彼はデッキに出てしまった。危ないので外にでないようにという英語でアナウンスがあったはずだ。彼に聞こえなかったのか、持ち前の周りのことはいっさい考えない、興味だけで突っ走る性格がそうさせたのかわからないが、直接竜巻を見に出たのである。その時船の上にも黒い雲が降りてきた。
 すごい、彼は感嘆のため息をもらした。船の旅でないと、このようなものは見ることはできない。遠くの竜巻はクネクネと生きているように見えた。たしかにその竜巻は見ている限りは何ら問題がなかった。竜巻はどこに発生するかわからないものである。頭上に真っ黒な雲があることに彼は気がつかなかった。いきなり目の前の海面から大きな渦状の水が空にのぼり始めた。と思ったらあっという間に大きな竜巻になり、船をかすめて、上へ上へと上っていった。別の竜巻が起きたのである。
 当前のことデッキで見ていた浅海は吸い上げられてしまった。
 空に持ち上げながら彼は手足をバヤバヤさせた。なんとか呼吸はできたが、どんどん上に登っていく。意識も薄れてきて、洋服もなにもかもはぎ取られ、真っ裸になって気を失った。海や川でおぼれ死ぬと、水の流れと圧力による物理的なものによるものか、衣服はあっという間になくなってしまう。同じような現象なのだろう。
 気絶している人間には時間の経過も、場所もなにもかもわかるわけはない。死んでいるのと同じことである。
 だが、彼は目を開けた。死んでいなかったのである。目に入ったのは空の青さである。クルーズ船に乗り込んだ日に見た青さだ。手に砂の感触がある。砂浜のようだ。脇を見る。海水が足元まで打ち寄せてきている。ただとても静かだ。さらさらと波の音しかしない。
 突然、船のデッキから竜巻に巻き上げられたことを思い出した。
 ということは、自分は竜巻で地中海のどこかの国に運ばれたのだろうか。ジブラルタル海峡をでて、大西洋に入り、ポルトガルのリスボンを観光して、ロカ岬に向かう途中ではなかっただろうか。世界最西の岬、ロカ岬に向かったときに、竜巻が現れた。そんなことを思い出した。とすると、ポルトガルの砂浜だろうか。
 手を後ろについて上半身を起こした。真っ裸だ。太陽の光はそんなに強くないが、焼けてしまう。振り向いて海と反対のほうを見る。木の茂った丘が見える。
 真っ裸を恥ずかしいなどと思う余裕もない。命があっただけでももうけものだとすら、まだ感じられていない。彼はゆっくりとからだを起した。立ち上がる力が残っている。 
 海を見ると、小高い丘が囲んだ小さな入り江のような場所だ。静かな波が砂浜に寄せている。穏やかな海だ。
 手をついて立ち上がった、ちょっとふらっとするが、何とか歩けるようだ。痛いところはない。
 日陰がほしい。彼は木の茂った丘の麓に向かって歩き始めた。砂にまじって貝の欠片が落ちている。踏まないようにして注意して歩く。砂浜を過ぎると、松の種類だろう、高い木がまばらに生えている。張っている枝が日陰を作っている。木の下は砂だから歩きやすい。大きなヤドカリが木に上っていく。
 幸い喉が乾いた感じもしないし、だんだんからだが慣れてきて、いつものペースで歩けるようになってきた。
 松の木の生えているところを過ぎると、雑木林になった。林の中はちょっとすずしい。足元は背の低い草がまばらに生えている。ここも歩くのに苦労しない。鳥の声が聞こえる。近くに人の家がある気配はない。リスのような動物が木の枝に止まってこちらを見ている。逃げようとしない。真っ赤な雀ほどの鳥が数羽、木の枝に止まって、葉っぱの先を突いている。
 日本では見たことのない木の林である。白い小さな実を葉の間につけていて、鳥たちはその実をついばんでいるようだ。
 日がよく差し込んでいる明るい林だ。奥の方に歩いていくと、大きな岩壁に突き当たった。急斜面になっている。
 岩の間から水が染み出している。岩壁はそんなに高いものではなく三、四メートル程度だろう。大きな岩が積み重なっている。登るのは難しくなさそうだ。見上げると、岩壁より上の斜面はまた林になっている。丘の上に行けば家があるかもしれない。
 岩壁に沿って太陽の方向に歩いていくと、小さな池があった。鏡のように静かな水面に周りの木々や空がくっきりと映っている。覗くと自分の姿があった。素っ裸だ。ここでちょっと恥ずかしくなった。透児は手で水を掬った。冷たくてうまい水だ。出っ張った石に腰掛け一息ついた。日本では野外で裸のまま鳥の声を聞き、ちらちら当たる日の光を受けるといった経験をしたことがない。まだ気持ちがいいという感情はわかなかった。
 しばらく休むと、池のほとりを歩いてみた。岩の間に大きな洞があった。そこに池の水が小さな流れになって入っていく。入り口は幅、高さとも一メートル半ほどで、かがめば中を覗くことができる。入口は狭いが中はもう少し広いようだ。奥のほうは光が届かず、どのようになっているのか判らない。ということは、かなり深い穴のようだ。
 透児はともかく丘の上に行こうと思い、登れそうな場所探すと、穴から少し先に行ったところに太い木の根が垂れており、捕まれば岩を登れそうだ。やってみた。竜巻から落ちたのに意外と力が残っている。簡単に岩の上に登れた。上から下を見ると、広がった雑木林は意外と明るく、池がきれいな水をたたえているのが見えた。岩の壁は思ったより簡単に上り下りできそうだ。
 岩壁の上の斜面は、下の雑木林と同じように、草地になっており、土が程々に軟らかいのと、枝などがあまり落ちておらず、裸足でも気にならない。道らしいものはないが、木の枝などにつかまりながら、まっすぐ登っていった。時計がないのではっきりしないが、三十分も歩けば上につきそうだ。
 半分ほど登り、上ってきた方向を見ると、木の間から自分が倒れていた砂浜や海が見える。環境としてはすばらしいところだ。こんなところに別荘でも建てればいい暮らしが出来る。丘の上にはそういった家があるに違いない。もしかするとここはプライヴェートビーチかもしれない。などと思いながらさらに登っていくと、青空が良く見えるようになってきた。そろそろ岩場を上がってから三十分ほど経ったのではないだろうか。透児は少しばかり汗をかきながら急いだ。
 青空が真上に見えるようになった。もうすぐである。 
 さあ、丘の上だ。
 彼はたどりついたところを見た。
 「え」と立ち止まってしまった。初めて声を出した。確かにそこは丘の頂上だった。本当の丘の頂上だったのである。反対側を見ると海が見える。左を見た。海だ。右を見たずーっと丘の上だ。
半島の突き当たりのような場所だ。家などは見当たらない。
 彼は丘の頂上を太陽の方に向かって歩いていった。三十分ほど歩いただろうか。また斜面に突き当った。今度は断崖だ。下のほうには広くないが砂浜が見える。遠くには海が見える。右も左も海だ。丘の反対の端に来たわけである。ということは、周りは全部海である。
 ここは島だ。しかも小さな島だ。無人島である。
 しばらくぼーっと立ったままでいた透児は木の根元に腰を下ろした。ただ海を眺めていた。丘の東の端である。
 孤島に取り残された男がどのような生活を送るか。いくつかの小説を読んだ記憶がある。そんなマンガもいくつもあった。自分の作ったゲームにもそういったところから脱出する状況をとりいれたものがある。島ではないが、一人取り残された環境で、そこにあるものを使って生き延び、うまく脱出するための物を作らなければ死んでしまうというものだった。同じようだ。今の自分だと、木を切り出して、丸木舟を作って脱出するといったどころだが。
 なにもない砂漠に不時着した、数人の飛行機の乗客が、その場からなんとか脱出するという映画があった。みんなで力を合わせ、壊れた飛行機を小さなプロペラ機に改造して、その飛行機で無事帰るのだ。その指揮をとった飛行機のことをよく知っている男は感謝されるが、本業はおもちゃの飛行機を作る会社の人間だった。それを知った乗客は唖然とする。なんという映画だったかタイトルを忘れた。そうだ、飛べフェニックスだ。オモチャといえどもきちんとした縮尺で作るために、本物の飛行機をよく理解していたのである。
 こんな状況で、よくそんなことを思い出したものである。早く日本に帰りたい気持ちであせっていたら、そんなことも考えられないだろう。透児のちょっと楽天的な性格が良かったのだ。
 しかし、と透児は思った。コンピューターゲームをつくっていて、いろいろな道具や機械を登場させたが、それを詳しく知ろうとしたことはなく、原理など考えなかった。丸木舟だって作れるとは思えない。ちょっと悲観的にもなるが、きっと捜索の船がすぐ来るだろうと、気持ちを変えることができるのが彼の性格だろう。
 助けを呼ぶには、ここにいることが分かるようにしなければならない。それに、生き延びるには食べられるものを探すのだ。まずこの一日をなんとか生きよう。目的が定まって少し気持ちが楽になった。
 彼は自分でも以外に冷静だと思い、海岸に近い松の木の生えた砂浜のところまで戻ることにした。林に木の実などもあるだろう、水は池がある。池のある場所を本拠地にして、しばらくこの島の様子を探るのがいいだろう。
 何か食べられるものがあるのではないかと、ゆっくりと海岸の方向に斜面を下っていった。途中で、大きめのドングリがいくつか落ちていたのでそれを拾った。
 降りてから池の脇でドングリ割に挑戦した。適当な石はすぐ見つかり、簡単に割れた。かじってみると食べられそうである。リスのような動物がいるということは、こういった実はいろいろあるのだろう。日本でドングリを食べようと思ったことはない。そういえば熊はドングリが好きだというのをどこかで聞いたことがある。あのでかい熊がこんなに可愛いドングリをどのようにして食べるのだろう。
 日が暮れてきた。やっぱり疲れてきた。今日の寝床はどこがいいのだろう。松の木が生えているところは砂地だ。池の草地よりそこのほうが柔らかそうだ。自分が素っ裸なことをしばし忘れていたが、寒くないのは幸いである。彼は海岸よりのその場所に行って、木の根の張った間に腰を下ろし寄りかかった。食べ物は数粒のドングリだけだったが、明日はこの島の周りを歩いてみよう。
 暮れたといっても空は群青色である。それにもかかわらず無数の星がひしめき合っているのが見える。月は丘の後ろの方のようだ。視野に入ってこない。真っ暗になったら空は星だらけになるのだろう。寒くならなければいいが。裸で寝られるのだろうか。心配に思ったとたんがくっと眠りに落ちた。やっぱり疲れている。
 どのくらい寝たのかわからないが透児はぱっと目が覚めた。空には月が輝いていて、それでも星が空一面に瞬いている。あーあと伸びをした。どこも痛くない。それにしても暖かい。身体の周りがなんだか毛皮に包まれているようだ。素っ裸のはずだが、と周りを見て驚いた。月明かりで浮かび上がったのは、木の下の砂の上に、ごろごろと横になっている大きな動物たちである。自分もその動物に寄りかかっていたようだ。その毛皮で暖かかったのだ。
 そいつらはカピパラに似ている。大きな鼠だ。周り一面そのカピパラだらけだ。透児が上半身を起こしても、カピパラに似た動物は目を覚まさない。よく寝ている。髭がぴくぴく動く。のんびりした顔だ。動物の名前はとりあえずカピパラにしておこう。自分が寝た時にはなにもいなかった。いつの間にかやってきたのだ。きっとこの砂地の林はカピパラの寝床だったにちがいない。それにしても肉食獣でなくて良かったと思う。これがライオンだったらどうなっていただろう。
 透児は奥の雑木林に行っておしっこをした。目が覚めたらお腹が空いたが、まだ横になっていた方がよいだろう。何時だろう。時計がないのは心もとない。もどって木の根の間に入って一頭のカピパラに寄りかかった。可愛い顔をして寝ている。頭をさすってみた、暖かいものだ。
 孤島に来たときには北斗星を探すべし。というのも一番わかりやすい星だからだ。ゲームを作るのに星座を調べたことがある。
 北斗七星は北天の大熊座の七つの星で、柄杓の最初の星は北極星である。北極星はほとんど北の中心になり、季節が変わってもほぼ北の中心近くにある。柄杓の柄の七番目の星は北極星を中心として、大きく輪を描くように動くので、時計の針の代わりになる。時間の想像がつくらしい。北斗七星はわかった。北極星もわかる。北の方角がほぼ分かった。しかし、時間まではわからなかった。
 そんなことを考えていると空が青っぽくなってきて、星の光が消えていく。するとカピパラたちがムックリと起きあがった。伸びをしている。一匹が彼を認めた。すると、周りのカピパラが彼のところに寄ってきて、髭をこすりつけた。ずいぶんなれなれしい。見ると何十頭も自分を見に来ている。やがて彼らは海に向かって一斉に歩いていく。透児は後をついて行った。
 カピパラたちはのんびりと砂浜を横切って、入り江の海の中に入った。なにをしているのだろう。波に揺られながらプカプカ浮いている。透児も海に入ってみた。冷たくない。彼は浮かんだまま一匹のカピパラに近づいた。カピパラは目を閉じて気持ちよさそうにしている。きれいな水で海の中が透けて見える。カピパラに魚がたくさん寄ってきて、からだをつついている。魚に毛の掃除をさせているようだ。魚はいろいろな種類がいるようだが、すべての魚がカピパラをつついている。
 自分には魚が寄ってこない。透児はカピパラのように海面にただ浮いてみた。手を動かさないようにして上向きになると海面に顔を出したまま浮いた。すると、魚たちが寄ってきて、透児のからだをつついた。こそばゆい。透児は手の平をつついた魚を掴んだ。ぴちぴち跳ね、逃げようとする。手を離すと驚いたようにカピパラのほうに行ってしまった。
 ああそうか気がついた。こうやって魚を捕ればいいんだ。透児はある程度泳げる。海の中に顔をつっこむと海の底がきれいに見える。水深は浜に近いところは2メートルほどだ。海底の砂の上でカニや海老が元気に動いている。たこも石の陰に隠れている。海の幸が豊富だ。食べるのには困らないだろう。
 太陽が海から顔をだすと、カピパラが足かきで砂浜にあがった。そう言えばこの島のカピパラたちは猫のように歩くときに音を立てない。そればかりか、全く鳴き声をあげない。静かな生き物だ。
 彼らは砂浜沿いに東に向かって歩きはじめた。ちょっと腹が減った。彼らもきっと朝食に行くのではないだろうか。透児はついていった。東のほうに行くと海岸線に沿って、雑木林が続いている。カピパラはしばらく歩いていくと、立ち止まった。見ると雑木林が途切れ、大きな葉っぱの木の林になった。これは確か芭蕉だ。バナナの木じゃないだろうか。
 やはりそうだった。カピパラたちは芭蕉の林に入っていくので、ついていくとバナナがなっている。ちょっと嬉しくなった。バナナなは主食になる。カピパラは青いままのバナナをもぐもぐとかんでいる。これを蒸し焼きにしたりするとやわらかくなる。取ってどこかにおいておくだけでも黄色くなるだろう。だが、今食べたい。カピパラは三々五々好きなところでバナナを食べている。彼はバナナ畑を歩いてみた。カピパラが食べ残したバナナがなったまま黄色くなっているのがある。とって食べてみた。柔らかくて甘い。黄色くなったバナナを探してほうばった。おなかが一杯になった。何本か青いものをもいで、木の下の砂に埋めた。もしかすると蒸し焼きになるかもしれない。夕飯になる。
 バナナの葉っぱは大きい。そのままでも前は隠せるが、誰もいないのだから隠してもしょうがない。乾燥させて潰して繊維にすると、腰蓑ぐらいにはなりそうだ。とりあえずおなかが膨れた透児は、芭蕉の葉っぱをとって腰に巻き付け、海岸を歩いてみることにした。カピパラはまだ食べている。
 透児は海岸をさらに東に向かった。バナナ畑はそこだけでまた雑木林になる。海岸は一部岩礁のところがあるが、ほとんどは砂浜で、裸足で歩くのに問題はなかった。東の端に来た。上を見ると断崖だ。昨日歩いた丘の東端が見える。砂浜沿いに島の反対側に行った。同じような海岸が続く、途中に椰子の木が続いているところがあった。とても大きくて登ることができないが、たまたま落ちていた実を石にぶつけて割ったところ中の汁が飲めた。そのかけらは食器として使えそうだ。適当な二枚貝を見つければお皿にすることもできるだろう。なんとなく生活ができそうに思えてきた。椰子の実を一つ抱えて南側と思われる海岸を歩いた。
 一つの丘しかない小さな島である。木に覆われ、鳥や小型の獣はいるが、熊やイノシシのような怖い動物はいないようである。カピパラが一番大きな動物のようだ。
 どのくらい歩いたのか分からないが、ぐるっと回って戻ってくるのに、感じでは二時間ぐらいかかったのだろうか。もっとかかっているかもしれないが、寄り道しながらゆっくり歩いたので、周囲は二キロか三キロの小さな島だろう。回ってみると、自分が落ちた砂浜のところが島で一番大きな入り江だった。そのあたりを住まいにするのが一番いいだろう。喉が渇いたので、池に行って水を飲んだ。再び入り江に戻ると、
カピパラたちが食事から戻ってくるところだった。ずいぶん長い食事だ。彼らは透児を見つけると寄ってきて、髭をこすりつけた。頭をなぜてやると、目を細める。全く警戒心がない。いい仲間ができた。
 透児は砂浜でこれからのことを考えた。雨が降ったらしのげるところがあるといい。砂浜に住むわけにも行かないだろう。松の木の林を抜け、雑木林に入ると、池のところまで行った。何頭かカピパラがついてくる。好奇心の旺盛なやつらだ。
池にきたカピパラたちは水面に口を突っ込んで、水を飲んだ。ついてきたのではなく、水を飲みにきただけか。
 池の端の、昨日みつけた水が流れていく穴をじっくり覗いた。中に入れそうだが暗いので怖い。火が必要だ。いずれ何とかしなければならない。
 竜巻から落ちてまだ二日目、自分でもよく落ち着いていると思うほど、透児はさめていた。
 やっぱり穴の中は気になる。少しは中が見える。彼は水の中に足を入れ、穴の中に首を入れてみた。思ったより広い。立って歩けるほどだ。少しは光が中に入っている。奥は見えない。水はちょろちょろ穴の底の一部を流れているだけである。彼は入口からちょっと入ってみた。だいぶ奥までありそうだ。
 ふっと穴の中が暗くなった。彼が入り口を見て、どきっとした。誰かが覗いている。光を遮ったのだ。人ではない。よく見ると一頭のカピパラがのぞいてる。どうも最初に松林で寄りかかって寝ていた奴のようだ。彼が穴から出ようとすると、カピパラは後ずさりをした。外に出ると、他のカピパラたちが我々を見つめている。彼が穴から出て、海岸の松林に戻ったら、彼らもついて来て、松林でごろりと横になった。透児も一休みすることにした。この島に人間がいることを知らせる方法を考えなければならない。丘の上の木に大きな旗のようなものを吊るすのもいいだろう。
 遠くの海に船でも通らないかと眺めていたが、全くその気配はない。ここがどこかすら分からないのだ。
 彼は浜辺で欠けた厚い二枚貝の貝殻を拾った。その貝殻で一本の松の木に三本の筋をつけた。今日で三日目である。毎日一本つけていこう。いずれ救助の船も来るだろう。人に親愛なるカピパラがいるためだろう、透児は孤独感を感じないですんでいた。
 それからず松林で寝ることにした。寝るときは必ず決まった一頭のカピパラが透児によりかかるようになった。透児もカピパラの腹を枕にする。最初に隣で寝ていたやつだ。それで名前を付けてやった。マクラだ。
 こうして、松の木に十四本の筋がついた。二週間が過ぎたのだ。その間、雨も降らなかった。一番進歩したのは、火をおこすことができたことである。海岸で、海で洗われ、丸くなったガラスの欠片を拾ったのだ。調度凸レンズのような形のもので、透児はすぐに気がついて使ってみた。太陽からの光が砂の上にスポットになって映った。これで火が起こせると思った彼は、乾いたココナッツの実をほぐして繊維にしたものに光を当てた。すぐに煙が出てきた。喜んだ彼は改めてココナツの実を叩いて繊維にして、観想させ、火をつけることに成功した。
 入り江に浮かんで、手づかみで捕まえた魚を、一時は生で食べていたが、焼いて食べることができるようになった。青いバナナも葉に入れて蒸して食べることができた。カピパラがよってきて、物珍しそうに眺めている。焼いた魚は食べなかったが、蒸したバナナは喜んで食べた。
 バナナの大きな葉を石でたたいて繊維にして縄を作ったり、布のようなものをつくったりすることができた。アフリカの原住民の人たちがつけているような腰簑のようなものをつくることができた。
 松の木に浸み出していた樹脂は、火の付きがよく枯れ枝の先に塗って松明のように使うことができた。透児はそれをもって、穴の中にはいった。下に水が流れているが、空気は乾燥していた。ずいぶん奥が広い。中は暖かく、住居にできそうだ。カピパラもついて入ってきた。物珍しそうに眺めている。マクラのやつだ。透児のことを兄弟か親か何かと勘違いしているのだろうか。
 穴の中に入っていくと、ところどころに小部屋のようなところがあり、寝床や貯倉庫になりそうだ。しばらく歩くと行き止まりになり、水溜りができていた。池の水はそこから土の中に浸みこんでいるようである。
 透児が手を入れてみると、少し暖かい。底のどこからか温が湧き出ていて、そこに池の水が流れ込み、ぬるい温泉のような水溜りをつくっている。透児はつけていた腰箕をとると、湯につかってみた。深い池ではない。立つと首が出る。温泉として温度は低いが気持ちのいい風呂だ。これはいいものを見つけたものだ。冬になったら助かるだろう。
 ついてきたカピパラも湯にはいってきた。気持ちが良さそうだ。日本の動物園で湯に浸かってのほほーっとしているカピパラをテレビで見たことがある。この一族は温泉が好きに違いない。
 透児がでると、カピパラもでた。穴を活用するように考えねばならない。芭蕉の葉で作った寝床もつくろう。そう思いながら穴から外に出て驚いた。体が真っ赤である。マクラはと見ると,マクラも赤い雫を垂らしている。どうも温泉の湯は赤いようである。松明の明かりではよくわからなかったのだ。なぜ赤いのだろうか。熊本の血の池地獄を知っているが、あれは鉄分で赤くなる。だがここの温泉の赤さは透明な赤さで、濁っていない。ともあれ、金属成分か微生物がこの赤さを作っているのであろう。体がぴりぴりするわけではなく、害はなさそうだ。ちょっと舐めてみたが、味はしない。むしろ皮膚がすべすべして気持ちがいい。温泉の湯はからだにいいことが多い。今度は飲んでみよう。
 こうして、孤島での暮らしが安定してきた。いつもは入り江の砂浜にいて、船が通りかからないか眺めている。丘の上の東と西の端の木に芭蕉で作った旗を垂らした。温泉には毎日入った。マクラのやつも一緒だ。赤い御泉水を飲んでみた。特に味はしないが、おなかの調子がいいようなので続けている。バナナや海の幸を食べ、カピパラの仲間になって暮らして二ヶ月が経った。その間、船は全く見かけなかった。それに季節の変動を全く感じられないのである。常夏の島なのだろうか。
 ある日、穴の奥にある温泉に浸かって外に出てきた透児は、自分の肌がやけに白くなっているのに気がついた。赤い温泉の湯を芭蕉の葉っぱの線維でぬぐうと、手足が真っ白なのである。日に焼けてただれ、夏に海に行ったような状態だったのが、女性の肌のようにすべすべでもある。理由は皆目分からない。毎日、入り江の海に浮かんで魚を捕ったり、潜ってカニを捕まえたりしているが、海の水の影響だろうか。それとも、池の水に浸かったり、穴の奥の温泉に浸かったからだろうか。ともかく、色がだんだん白くなってきたのに気づいたのである。
 いや、色素が抜ける病気がある。それかもしれない。マイケルジャクソンがその病にかかり、色が白くなった。きっとそれにかかったのだと透児は思った。どうしてだろうか。からだの調子は悪くない。
 半年が過ぎると、彼の皮膚は白を通り越して半透明になってきた。思い当たるのは、洞窟の奥にある温泉である。ゆったりして気持ちがいいので、毎日どころか、朝夕二度はいることも珍しくない。あの穴の湯の赤い成分の影響だろうか。
 マクラも温泉には必ずついてくる。実はマクラの茶色の毛が白っぽくなり、中には半透明の毛も混じっていた。
 それからさらに経ち、透児は自分の髪の毛が透明になっているのに気が着いた。池に自分の顔を映してみる。つるつる頭だ。肌や下の毛がない。いや触ると触れるので、透明になっているのだ。それどころではない。顔は骸骨だ。目や耳や鼻がない。いや触るとある。鼻くそも感じる。ほじくり出して丸めても見えない。
 手を見ると骨が透けて見える。まだぼんやりと手の形はわかる。足も同じだ。肋骨が見える。その中で心臓らしいものが動いている。腹も同じだ、うねうねと腸がうねっている。そういえば血管や神経、筋肉はみえない。もう透明になっている。こりゃなんなのだ。あの温泉のせいだろう。入らない方がいいのかもしれないが、あのぬくぬくとした湯に浸かるのが唯一の楽しみだ。気持ちのよい方がいい。もしかすると一生ここにいるのかもしれない。カピパラのマクラも同じような状態になっている。大きな鼠の内臓が見えている。
 そして、一年、とうとう、彼らは透明になってしまった。透明人間と透明カピパラだ。どこにいるのかわからないが、なんとなくわかる。自分も自分が見えない。ただ面白いことに、入り江で海の中で魚とりをしている時は、上を見上げるとマクラが海水でのんびり浮かんでいる形が見える。自分自身も足や手がなんとなく見える。水から上がって砂浜でごろごろすると、首のない砂人間になるし、マクラは毛の間に砂はいるのでカピパラの形が判るようになる。
 透明では、たとえ助ける人が来て、浅海透児と名乗っても驚くだけである。声だけしか聞こえないことになる。どうなるのだろう。一生をここで終えるしかないだろうか。透明カピパラのマクラは仲間に認めてもらえず透児の後をついてまわっている。いつもそばにいるのがわかる。海に入った後は砂をかけてやる。するとカピパラが現れる。髭をしごいてやると喜ぶ。
 二年が経ったある日、沖合に大きな客船が停泊した。手を振ってもしょうがない。そう思って見ていると、なにやら空中を飛んできた。カピパラたちは丘の方に逃げて行ってしまった。ドローンだ。ドローンは島の周りを回ると、入り江の上にしばらく空中停止してから客船の方に戻っていった。
 それからしばらくして、小型のボートが三人ほどの人を乗せて入り江にやってきた。
 外人さんたちだ。乗組員の帽子をかぶっている。彼らはボートを砂浜にあげ、話しながら島を歩き始めた。イタリア語のようだ。カメラで周りを映している人がいる。調査に来たようだ。丘の上に行けば木に吊るした芭蕉で作った旗がわかるのだが、彼らは海岸沿いにほんの十分も歩かなかったのではないだろうか。
 三人とも戻ってきてボートに乗った。透児も後をついてボートに乗った。マクラまでついてきた。乗組員の人たちは気がつかなかったようだ。
 大きな客船につくと、乗組員はボートの四隅に甲板からおろされたロープをつけた。ボートは人をのせたまま甲板に釣り上げられ、乗組員達が降りた。甲板にいた人と何かしゃべっている。
 透児は船員たちの間をすり抜け、船の下に降りる階段見つけ降りて行った。何階か降りると映画館、ミュージックホールやレストランのある階にでた。いい匂いがしている。透児はレストランに入った。遅い朝食を食べている人たちが何人かいた。透児はいい匂いのするバイキングの前で人が見ていないのを見計らって、ミニハンバーグを口にいれた。うまい。二年ぶりだ。食べ物は口にはいるとすぐに透明になった。マクラにはリンゴをとってやった。あっという間に食べた。
 カピパラのマクラがどうも飛び上がろうとしているようだ。これはまずいと思って、果物がのっていた皿をすこしずらして落とした。
 マクラはバナナをくわえると陰に隠れて食べた。
 ボーイがきて、不思議そうな顔をしながら、落ちた皿をかたづけた。
 透児はそこから離れて客船の中を見て回った。あらゆるものがそろっている。見つからないようにすればいつでも使える。透明人間は便利である。調理場には残った食べ物や、これから出される調理したものがおいてある。人がいなければいつでも食べることができる。きれいなトイレがある。久しぶりに水洗便所を使った。カピパラも一緒にはいって、ゆっくりとした。鍵のかかっていないリネン室をみつけた。ねぐらによさそうだ。展望デッキもいいだろう。この船がとこに行くのか、いずれ乗り換えながら、日本に帰ることが出来るだろう。
 彼は調理場でイタリア料理をしこたま食べて、とりあえずリネン室で寝ることにした。カピパラもおとなしく足にこすりついてくる。やっと人心地ついた。孤島でカピパラを相手に一生を終えるのだろうと思っていたところが、また日本に帰ることができるとなった今、透児は期待に胸を膨らませた。
 ただ透明人間になってしまった。
 朝、レストランが始まる前に厨房に行き、わからないようにつまみ食いをして、果物をとると、リネン室に閉じこめてきたカピパラに持って帰った。廊下の宙を浮いていくバナナやリンゴを見た人がいたらびっくりしただろう。リネン室をあけるとカピパラのマクラがこすりついてきた。おとなしく待っていたようだ。バナナ二本とリンゴ、それにオレンジも喜んで食べた。
 その後、マクラと二人して、デッキのプールで泳いだ。まだ誰もいなかった。
 天気のいい日はプール脇で日に当たっていた。カピパラも水が好きなようで、プールの脇にいることを好んだ。水着姿の人たちは浮き輪に捕まって水に浮かんだり、プール脇の椅子で日光浴をしたりして遊んでいるが、透児やカピパラは見えない。
 そのとき、透児は懐かしい言葉を聞いた。
 「明日はローマね、一泊して日本よ」
 「楽しかったね」
 声の方を見ると、サングラスをかけた二人の女の子が水着を着てデッキに出てきたところだった。日本人だ。やっぱり日本人がいい。二人はデッキチェアーにタオルなどを置くと、プールにはいった。相手にはわからないように気をつけながら透児もはいった。
 彼女たちは浮き輪につかまって浮きながら話をしている。「明後日から会社ね」「うん、またお金貯めてこようね」
 会社の同僚のようだ。透児は二人の胸元を見ていただけで腰がむずむずしてきて、プールの中で射精してしまった。プールの中を覗くとでたものも透明のようだ。
 女の子たちは、プールからあがり、ドリンクのおいてあるところからジュースをとって、チャアーのうえでうつぶせになった。
 透児もカピパラと一緒に脇で横になった。
 「部屋に戻って、映画でも見ない」
 一人がいうと、もう一人も立ち上がった。ついて行くと船の下の方の階の客室に入った。ついて入ろうと邪心がわいたが、カピパラがいるのであきらめて、出てくるのを待った。
 こうしてその日は夜まで彼女たちについて回った。
 次の日、クルーズ船はチビタベッキアというところについた。みな降りるしたくをしてでてきた。ここはどこだろう、ローマといっていたが。彼はそう思いながら、船客に混じって船を下り、どうしようか迷った。しばらくホテルに行って、そこで暮らして考えることにした。あの日本人の彼女たちの後をつけた。
 桟橋のところに、たくさんのバスが待っていた。ホテルに行くバスのようだ。彼女たちの乗り込んだバスに透児とカピパラも乗った。席が十分空いていたので問題なかった。話を聞いていると、バスはローマのいくつかのホテルに客を連れて行くようだ。
 一時間ほどでついたホテルはローマの町中のそれなりの大きさの国際ホテルである。そこならばうまく暮らせそうだ。思った通り、レストランもあり、リネン室をうまく利用すれば楽に暮らせる。客のいない部屋があればうまく利用もできる。
 女の子たちの部屋もわかったが、透児は自分の興味を押さえた。透明人間になったからには、食べる本能は押さえることはできないが、性の本能は押さえないと、大騒ぎになることはわかっている。人との間隔の取り方が大事である。透児の息がかかるほどだと、相手は気味悪がり、騒ぐだろう。昔から幽霊がでたとか、物が宙を舞ったとかいう伝説、伝承があるが、透明人間が昔からいたのかもしれない。
 透児は島にいる時、どうして透明になったか、よく考えたものだが、いくら考えても答えはでない。あの洞窟の奥の温泉が原因のようだが、温泉の湯がどうして生き物を透明にするのか、今の科学でもわからないのではないだろうか。
 透児は客が観光に出かけた隙に部屋を利用した。しかし、決して客のものに手をふれなかった。レストランの厨房で食べ物をくすねたが、それ以上のことはしなかった。
 しばらくすると、カピパラも透児の言うことをよく守ってくれるようになった。部屋で待っていろと言えば待っていた。
 透児はローマの中を歩き回った。裸足で歩くのに丸くなった古くからの石畳は問題なかったが、砂利の道などは大変であった。
 ローマの有名な遺跡はほとんど見た。何せ乗り物はすべてただだ。一人で歩くこともあったし、カピパラが一緒のこともあった。カピパラはトレビの泉に何度行ったことか。あそこが好きなようだ。
 冬になり、ずいぶん寒くなったが、ホテルの中は心地がいい。夜、人のいないのを見計らい、警備室においてある防寒服を失敬して、寒いのを我慢しながら、ちょっと離れたホテルにいき、そこで何日か暮らし、また違うホテルに行ってと、冬の間はホテルを渡り歩いて楽しんだ。超豪華ホテルにも長く逗留した。とても自分で金を払って食べることができない高級料理も楽しんだ。そんな生活をしていると、冬も終りになり、やがて春のいい季節になってきた。
 豪華ホテルに滞在していたとき、近くに日本の旅行会社の代理店があった。イタリア語、英語、日本語でかかれたツアーのパンフレットがあった。カウンターの女性がちょっと席を立ったときに透児は船旅のパンフレットをとった。持っているとパンフレットが空中を動くことになる。道路に人がいないのを見極めて、裏道を通ってホテルに戻った。観光客は出払っていて、カウンターのホテルマンも暇そうにスマホを見ている。彼はわからないように階段をあがり、リネン室にいった。カピパラは人に近づかないことを覚えたようで、一人で出歩いても問題ないようだ。どこかにいっている。きっとトレビの泉じゃないだろうか。今では透明カピパラは見えなくて存在がわかるようになった。カピパラもそうだろう。
 彼は豪華客船世界一周の旅のページを開いた。JTBのパンフレットだ。なつかしい日本語だ。船の名前はプリンセスと飛鳥だ。すごい値段だ。プリンセス世界一周は98日間で200万から900万、飛鳥の方は107日間で550万から3000万、すごいものだ。ローマにはくるのだろうか。予定を見るとプリンセス号はチビタベッキアに5月17日にくる。助けてくれた地中海クルーズ船を降りたところだ。今5月3日だ。適当なときにチビタベッキアに行って港の様子を知っておいた方がいいだろう。ローマにはずいぶん長くいた。そろそろお別れである。
 透児はマクラをつれて、チビタベッキアの港にいくバスに乗った。ローマのいくつかのホテルに寄って、地中海クルーズ船の客を拾っていく。ちょっと冷や冷やしていたが、バスはいっぱいにならなかった。透明人間の彼は透明カピパラのマクラと並んで座った。
 マクラは日本を気に入るだろうか。ちょっと心配だが、一緒に連れて行こう。7月7日には横浜につく。2ヶ月ほどで日本に帰れることになる。
 彼は港に近いホテルを見つけ、船を待った。
 プリンセス号は予定通り港に入り、多くの乗客はローマのツアーに出かけた。その隙をねらって、彼はカピパラとともにまた船の上の透明人間となった。船の方が暮らしやすかった。町の中だと足の裏に傷がつきやすかったが、船の上だと裸足で歩いても安心である。食べ物と寝るところは全く問題ない。
 何百万円も払う船の旅をただでやっているわけだ。問題は人と話をすることができないことだ。彼は一人でいることがどちらかというと好きだった。しかし、誰ともしゃべることができないとなると、ちょっとつらいと感じる。人間は誰もいないところで、一人で生きるのは大変だ。発達した脳が他人との会話を欲しているのだ。
 船旅はそれなりに楽しいし楽である。ニューヨークについたときには、後一月という意識が頭にもたげ、待ち遠しい気持ちがますます強くなった。
 そしてついに長旅は終わった。
 その日が来たときには、まっさきにタラップを駆け下りていった。マクラが走るように後ろについてくるのがわかった。
 日本を出て4年近くなる。横浜だ。よく遊びに来た。これからどこに行くか。日本は人が多い。ヨーロッパの町とは違う。気をつけなければならない。表情はわからないが、マクラはどう思っているのだろう。透明の髭をこすいてやった。手に甘えてきた。
 まず自分の住んでいたマンションに行ってみよう。品川だから比較的近い。入り口の番号はまだ覚えている。彼は電車で品川にでた。周りは変わっていない。マンションの5階3号室である。エントランスに入り郵便受けを見ると知らない人の名前になっている。彼はあがってみた。暗証番号であくはずだが、当然変えてあるだろう。そこまでであきらめてマンションをでた。
 さて、どこをねぐらにするか。品川には有名な大きなホテルがある。そこにしよう。いずれ九州の実家に帰ることになる、新幹線も利用しやすいし、いいだろう。透児はホテルにはいった。日本の道路は裸足で歩くのはつらい。マクラと一緒にリネン室にじんどって、レストランの厨房で、できていたすしのつまみ食いをした。うまい、やはり日本の飯だ。
 ホテルの部屋の使い方も覚えた。このホテルには大浴場はないので、朝、客が帰り、掃除のために開け放たれた部屋で風呂を使った。カピパラはトイレでおしっこをすることを覚えた。猫より頭がいい。
 その日は会社に行ってみた。ゲームの開発部だ。あまり人は来ていない。自宅でゲームを考え、週に何回かでるだけなので、共用のコンピューターが何台もおいてあるだけの部屋だ。ただ部長はかならずいた。部長は変っていて知らない人だ。会ったことのない女の子が一人だけ、コンピューターの前で考えている。
 同期の知り合いが入ってきた。
 「面白いのができましたよ」
 懐かしい声だ。いい男でいろいろ助けられた。
 「へー、見せてよ」
 部長が立って男が座ったコンピューターのところにきた。
 「お、当たるかもしれないな」
 ここに俺がいるのに気づきもしない。そりゃそうだ。透明人間だからな。話しかけたくなるが我慢して部屋を出た。落ち着いたら九州の田舎に帰るしかないだろう。
 彼は品川のホテルに一週間いると、マクラをつれて新幹線の博多行きのぞみにのった。デッキにいれば、みつかることはない、空いていたら座ればいい。マクラはおとなしくついてくる。ただ長い旅で、食べるものに困る。車内販売のものを失敬すると大騒ぎになる可能性がある。がまんしなければ、どうしても困ったら途中で降りよう。
 実家は大分の湯布院の近くである。たくさんいい湯があるから、マクラも喜ぶだろう。のぞみは比較的空いていて、横浜をすぎてから三人席でカピパラとともに座った。すべて指定だから名古屋までは安心だ。その後も順調に座ったまま九州に入り、博多に着くことが出来た。
 博多から湯布院号にのり、湯布院から各駅停車で実家のある駅で降りた。昔からの土地で本家は大きな農家だが、我が家は分家だ。お祖父さんは次男で町役場に勤めていたが父親は市役所勤め。それでも東京とは違って、大きな庭のある八部屋もある家である。今両親と、やはり市役所勤めの兄夫婦が住んでいる。二階の4室の端が自分の部屋だった。
 駅から歩くと二十分ほど歩く。人はあまり通らない。駅の脇の雑貨屋においてあった黒い足袋をいただいた。盗むのは極力避けてきたが仕方がない。はかないと足の裏が痛い。透明人間はつらいものだ。マクラは問題ないようだ。
 実家の石垣が見えてきた。懐かしい。縁側の戸が開いていて、赤ん坊の泣き声がする。兄貴に子供ができたんだ。おやじも兄貴も仕事でいないだろう。家に上がると、台所でお袋が夕食の用意をしている。あまり変わっていない。おさんどんの好きな母親だった。居間に行くと仏壇に自分の写真があった。まだ位牌がない。きっと死体が上がっていないからだろう。二階に行った、自分の部屋だったところの戸が開いていた。のぞくと義理の姉が胸をはだけて子供に乳を飲ましていた。二つ違いの兄貴の同級生で、高校の頃からきれいで人気のある人だった。よく兄貴の嫁になったものだとちょっとうらやましかった。
 ふくよかな白い胸が目を打った。透児はおやじと兄貴が帰って来て、顔を見たら湯布院のホテルに移ろうと思った。声をかけたくてもできない。それもつらいものだ。
 開いている部屋でマクラと一休みすることにした。
 畳の匂いが懐かしい。マクラも気に入ったようだ。
 夕方になると父親が帰ってきた。思ったより年をとっていない。兄貴も帰ってきた。子供ができたせいかずいぶんしっかりとしている。
 夕食の用意のできた居間に集まった。
 「今日は透児の好きだったきんめの煮付けに、椎茸の肉づめにしたよ」
 どちらも自分の好物だ。
 「仏壇にもそなえろや」
 「ああ」
 「だけんどどうして今日そうしたんだ」
 「なんだか、帰ってくるような気がしてな」
 母ちゃんは勘がいい。
 「そばにいるみてえだよな」
 父ちゃんも勘がいいんだ。透児はしゃべりたくてうずうずしていた。ぐっと我慢して、居間の隅にすわった。
 「あいつが生きてたら、嫁世話してやろうと思ってたによ」
 兄貴が言った。
 「だれだい」
 「美代のいとこに美代そっくりのがいて、まだ一人だよ」
 美代は兄の奥さんである。
 「そうねえ、おにあいだったかも」
 美代さんもそう言っている。似ているのならきれいだろう。透明人間を止めたいとつくづく思った。
 母ちゃんが俺の分をお膳に乗せて仏壇の前においた。
 みんなは兄ちゃんの子供が何になるか想像して楽しんでいた。
 食事が終わると、かたづけて、兄ちゃんたちは二階の自分たちの部屋にいった。母ちゃんと父ちゃんは一階の自分たちの部屋にいった。
 誰もいなくなった居間で、透児は仏壇の前のきんめと椎茸の肉づめを食べた。うまい、涙が出てきた。マクラにはカボチャの煮たのをやったらきれいに食べた。
 日本に帰ってきたら、島のときよりもっと寂しくなった。日本語が聞ければいいと思っていたら大間違いだ。話ができないのはつらいものだ。言葉のわからない外国で一人で生きた方が楽そうだ。しばらく湯布院にいて、ゆっくりと横浜に戻り、豪華客船に戻ろう。
 朝早くに出かけよう。仏壇の前の夕飯が食べられているのを見て家族は驚くだろう。猫でも入ってきて食べたと思うだろうか。

 朝暗いうちに透児は家を出た。湯布院に行くんだ。6時半まで電車がなかった。湯布院駅につき、おいてあった宿のパンフレットを見て、行くところを決めた。金鱗湖の脇を歩いていたら、水しぶきがあがった。マクラのやつ我慢ができなくて、飛び込んだようだ。立ち止まって見ていると、すぐにあがってきた。透児はマクラをうながして宿に向かった。
 良さそうな宿だ、厨房では朝食の用意をしている。つまみ食いをして腹を満たした。マクラには果物をとってやった。そのあと露天風呂にはいった。もう誰もはいっていない。
 いい気持ちだ。脇でマクラの奴湯から顔を出しているのがわかる。鼻の頭をなでてやった。これから秋から冬だ。このあたりの温泉宿を巡って、来年の5月になったら、神戸か横浜からまた世界一周のクルーズ船に乗ろう、あれだと一年中、裸のままでも楽に暮らせる。途中で気に入ったところがあったら、一年でも暮らせばいい。透明人間になったからには、一生をそうやって暮らすことを覚悟しなければならない。しかし悪いことだけではない。普通に暮らしていたらできない経験ができる。
 由布温泉にくれば、両親兄弟の顔も見に行ける。たまにはお袋の料理もつまみ食いもできる。
 こうして、透明人間透児の湯布院での暮らしが始まった。一週間ごとに宿泊施設を変え、食事も楽しんだし、いろいろな湯を楽しんだ。
 実家をのぞくこともあった。家族は皆元気に暮らしている。宿屋の食事ばかりだと、親の作った料理がとてもおいしく感じられる。
 暮れと正月は、母親と義姉の作ったおせち料理のつまみ食いをした。
 年が明け、透児は別府までも足を延ばした。九州といってもやはり冬は寒いが、裸で暮らしていたら、むしろ強くなり、寒いことは寒いが裸でいることが気持ちよくすら感じられた。
 別府でもたくさんある宿を渡り歩いた。ある日、山地獄という動物のいる遊園地のようなところにいった。するとカピパラが湯にうたれている。
 あ、っと思ったら、そばにいたマクラは柵を乗り越えて、カピパラのはいっている温泉に飛び込んだようだ。カピパラたちが、不思議そうに湯の中の一点をみている。騒がないところを見ると、仲良くなっているようだ。きっとマクラも同じ仲間に会えて嬉しいにちがいない。なかなか出てこようとはしない。
 カピパラの説明看板がたっていた。
 読んでみた。カピパラじゃなくて、カピバラだそうだ。間違えていたようだ。鬼天竺鼠とも言うらしい。南アメリカのアンデスにいるようだ。ということは大西洋にいるマクラの仲間は種類が違うのだろう。体長1・2メイトル、体重60キロとあるが、マクラたちは1メイトルないようだし、持ち上げたことがあるが、50キロもないと思う、もっと小型な種類だ。人になれるとある。お、雄は鼻のところに白っぽい卵形の毛の固まりがあると書いてある。マクラは雄か雌か透明じゃわからない。鼻のところを触ってみよう。 
 人がいなかったので、「マクラ」と声を出して呼んだ。久しぶりに声を出した。湯の中のカピバラたちの間から水しぶきがあがった。出たようだ。
 「帰るぞ、またこよう」とこすりつけてきた鼻を触ってみた。目と目の間あたりに毛の丸い固まりがあった。雄だ。男二人旅というわけだ。
 ホテルに帰り、ロビーに居座った。しばらくそのホテルにいたが、毎日マクラの奴はカピバラに会いにいった。透児は一人で別府の町を歩いた。
 いくつものホテルを渡り歩き、湯布院でもそうだったが、人気の高い女優とも遭遇した。そういう女優の素顔どころかすべてを見てしまうと、テレビやスクリーンの姿はすでに、ヴァーチャルなもので、道ですれ違う土地の娘の方がずーっと魅力があることを知ってしまった。
 梅が咲く頃、湯布院に戻り、四月には神戸に行き、世界一周のクルーズ船を待つことにした。桜が咲き始めた頃、両親と兄家族の顔を見て、別れの無言の挨拶をすると、博多にでた。新幹線で新神戸に行き、地下鉄で三宮のホテルに入った。駅のJTBでクルーズ船を調べた。バルセロナに止まるのは神戸を5月10日にでる。それまで三宮で過ごすことにした。有馬温泉も近い。マクラも喜ぶだろう。マクラは自分が透明であることをわきまえていて、とてもいい伴侶になった。日本をどう思っているのか知る由もないが、行く先々で、彼なりに楽しみを見つけているようだ。
 三宮を本拠地にして、明石、姫路城、宝塚、京都まで足を延ばした。マクラはいろいろな動物園でカピバラに会った。
 予定通り運こび、ふたたび豪華客船による世界一周に出かけた。これから何度も日本にもどることがあるだろう。きっとまた故郷が恋しいと思うときもくる。
 乗った客船は日本に帰ってきたときの船よりももっと大きかった。なんと、百数日間の旅で、三千万円の部屋があった。その部屋へはいる日本からの乗客はいなかった。香港で老夫婦がその部屋に乗り込んだ。老夫婦が食事時などに部屋からでると、透児はカピバラとともに入いってみた。老夫婦は食事がすむとすぐ戻ってくるので、長居は出来なかった。部屋は確かに豪華なものだが、といって、あまり感激することはなかった。
 今回もマクラとともにリネン室の隅を住処にして、豪華な食事を摘まみながら生活をした。透明人間の彼にとって、旅行じゃなくて、この船が自分の家である。
 透明人間の生活をしながら、またバルセロナにきた。透児はここから乗ったクルーズ船で竜巻にあったのだ。この船からあの島を見ることができるだろうか。島の名前もわからない。周囲たった2、3キロの小さな島である。
 バルセロナから大西洋にはいり、ポルトガルのりズボンによる。デッキから海を見ていると、ポルトガルの陸地がみえた。島のような物は見えない。リスボンに着くと、希望者はこれから二日間ポルトガルをバスツアーだ。降りない人もかなりいた。
 透児とマクラは船にとどまった。四年前、地中海クルーズの時には、リスボンの町を見て、ロカ岬に向かう時に竜巻にあった
 リスボンに降りない人は船の甲板のプールで遊んだり、日に当たったりしている。透児とマクラはデッキでぶらぶらしながら、リスボンの町を見下ろしていた。豪華客船は十階建てのビルに相当するほど高い。
 いきなりマクラが透児の手にかみついてひっぱろうとした。なんだと思っていると、マクラが反対側のデッキに行こうとしているのがわかった。陸の方ではなく果てしなく広がる大西洋の海の方である。遠くはアメリカの東海岸だ。
 何だろうと見ると、遠くの遠くの方に豆粒のような小さな島が見える。海面の動きで見え隠れしている。マクラの生まれた島かもしれない。透児が透明人間になった島だ。マクラにはわかったのだろう。確かにリスボンから出てすぐだったが、その時には気が着かなかった。意外と近くだ。とすればもっと早く調査の船がきてもおかしくなかったろうに。
 豆粒のように小さくしか見えないが、確かに形は似ている。マクラの頭に触ると、そちらの方を向いているようだ。帰りたいのだろうか。あそこに戻って一生を過ごすのはどうだろう。このように豪華船にのって一生を裸のまま旅をするのか、カピバラに囲まれて、バナナを食べ、温泉にも入って自由に暮らす。どっちがいい。
 二日ほど停泊するのだから、今日の夜、リスボンの港から、ボートを無断に借りて、行ってみようか。といっても、透児はボートをあやつることはできない。
 あきらめるしかないだろう。そうこうしていると二日が過ぎた。この船はロカ岬によったら北欧に向かう。
 夜中、船尾のデッキで手摺に手をかけ、マクラと海を見ていた。星が降ってくるように空一面を覆っている。あの島の夜中の星を思い出した。小さな島は見えない。
 後ろからクーウと声がした。透明なカピバラが初めて声を出した。そう思ったとき、カピバラの鼻が透児のからだを突き上げた。透児のからだが宙に舞った。十階建てのビルから二つの生きものが海に向かって落ちて行った。
 透児は竜巻に巻き込まれたときを思い出していた。それにカピバラの寿命は五から十年と看板に書いてあったことも。マクラはいくつなんだ、やっぱり故郷が・・・・。
 海の表面に二つのしぶきがあがった。

 一年後、ポルトガルの小さな湾の砂浜に半分透き通った人の骨が打ち上げられた。同じように半分透き通った動物の骨もあった。
 遺伝子調査が行われ日本人の骨であることがわかった。動物は大型の齧歯類のようだが、まだ知られていない種のようだ。
 遺伝子の解析は遺伝子をバラバラにして調べる。この二つの生命体の遺伝子が三重螺旋構造を持っていたことは誰にもわからなかった。透明人間と透明動物の遺伝子である。

島-透明人間譚

島-透明人間譚

海外旅行でクルーズ船に乗った透児(とうじ)は竜巻に巻き込まれる。島に落ちた透児は温泉につかり透明人間になる。、ともに透明になった島のカピパラのような動物と日本に戻ることになる。最後はどうなるのか

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