光は空と地上に輝く


ある時からひとりの私。

友達のおかげで変われた。

友達がどんな秘密を抱えていようと関係ない。

ただ、友達との笑い会う日々を…。

流架との日々
私、河合香歩はいつからか変わった。常にひとりで、友達と呼べる人は誰ひとりとしていなかった。私は朝家を出てからひとりになる。
 家を出て、私は徒歩で学校に向かう。初めは同じ学校の生徒がおらず、イヤホンから流れる音楽に浸っていられるのだが、学校に近づくにつれて私の憩いの時間は次第に奪われていく。それも、バスターミナルを通り過ぎたころから一気に生徒が増える。それからしばらく歩くと、もう一つのバス停が見えてくる。そのバス停では、上下とも黒っぽい制服を着た集団が蟻のようにバスから隊列を成して降りてきている。後ろからは別のバスから降りてきたカップルが、どうでもいいような話で盛り上がりながら私を嘲笑うかのようにしてつけてくる。そして私は、ひとりイヤホンをして、ひたすら黒いアスファルトを見つめながら歩いている。そんな私を横目に私を抜かしていく男子たちもいる。校門に近づくと、更に嫌になる。毎日校門には学校一怖い先生が立っていて、癒しの音楽から少しの間離れることになるのだ。私にとっては、その少しの間がとても長く感じられる。そして、毎日混み混みの下駄箱で、外を歩いている時よりも大きな声で癒しの音楽の時間を邪魔されながら靴を履き替える。
そうして教室に着いたら、私はすぐに席に座る。私が教室に入っても、私のクラスメイトは私はいないものとして騒いでいる。私はいつも本を読んだり、音楽を聴いたりして、担任が入ってくるまでひとりの時間を楽しんでいる。そんな私はクラスメイトからしたら幽霊みたいなもので、声をかけられすらしない。だが、私はその方がいい。
学校帰りも私は音楽を聴いている。帰り道は私の憩いの時間になっている。家に近づくにつれて、気兼ねなく音楽に没頭できるから。ただ、学校を出てすぐは違う。同じクラスの男子が邪魔だと言わんばかりに自転車で私を抜いていき、女子はというと、私に見向きもせずファッションの話やタピオカの話で盛り上がっている。この時間も純粋に音楽を楽しめない。それでも、私はただそれを切り抜ければいい。
家では別だけれど、大半私はひとりだった。それが1年続いた。
 
それが、高二の四月に一変した。
寒い朝だった。クラス替えが終わり全員が初めて顔を合わせる日だ。知り合いがいない私にとってはいつも通りの朝だが。いつもと違うといえば、季節外れの雪が降っていることくらいだ。私の住んでいる町はまだ春になっていない。もう桜が咲いているところもあるのに。さすが北国、と思う。とはいえ、この時期に雪が降るのは珍しい。外では太陽に照らされたダイヤモンドが光りながら空から落ちてきていた。それがグラウンドに落ち、そこに大きな、でも厚みのない白いベッドを作っていく。外を見るのをやめてまた本を読もうとした時、先生が入ってきた。
 「おはよう」と言う安藤先生のとなりに、彼はいた。彼は緊張していた。新しい制服をまとっている彼を見て、私はすぐに思った。彼は真逆の人だな…と。彼は楽しい学校生活を送って来たのだろうと感じた。見るからにクラスの中心人物になりそうだ。いつもひとりでいる地味な女子だと、周りからはそう見られている私と違って彼は何とも言えない凄いオーラを放っていて、最も関わりたくないタイプだ。そう思うと同時に嫌な予感もしていた。
 いつも冷たい目で私を見る周りの女子の目は、いつもとは違っていた。糸で繋がれたように近くの女子と離れずに騒いでいた。「うちタイプかも!」そう言う女子もいた。まぁそれもそのはずだ。髪は短く顔が整っている。それに背も高い。イケメンだ。やっぱり私とは正反対。まあだからと言って私には関係ない……はずだった。
「今日から新しくこのクラスに加わる林くんだ。じゃあ挨拶して。」
外からは彼にふさわしく太陽が降り注ぎ始めた。ダイヤモンドは輝きを増す。
「林流架です。アメリカから来ました。よろしくお願いします。」
「よろしくな。じゃあ林くんはあの席に座ってくれ。」
 アメリカから来たという言葉に一切の反応を示さない先生のその言葉を聞くとすぐ、彼は移動し始めた。クラスの女子は移動する彼を、目を輝かせながら目で追いかけていた。そのとき、私は例の嫌な予感が現実のものとなりそうで、びくびくしていた。もしそうなったら面倒くさいことになる…。私にとっては悪夢の毎日が再び始まるかもしれない。女子から更に嫌な目で見られる…。それだけは本当に避けたかった。
 私の微かな希望は打ち砕かれた。彼はこのクラスで唯一の空席に座った。そこは、私の隣。私と彼は隣の席になってしまった。私は窓側の席で隣は彼しかいない。それに一番後ろ。ひとりでいろと言われているきにもなるが、私からしたらこれ以上ないくらいの至福の席だった。それなのに…。すると、
「林流架です、よろしくね!」
彼が笑顔で話しかけてきた。
「よろしく。」
私は俯いて答えた。どうせ転校生とも仲良くなれないと思ったから。ましてや初日から人気だし…。いや、まず仲良くなる気がない。仲良くなってしまえば女子から冷たい目で見られる。そう思っていると、
「あの、名前聞いてもいい?」
唐突で思わず彼の方を見てしまった。同時にクラス全員の顔が視界に入ってしまった。だが、クラスメートはまだ彼に注目しているらしく、男子からのさげすむような視線も、女子からのつららのような視線もなかった。私は少し安心した。そしてすぐに目をそらした。そして、ただ一言。
「河合香歩です。」
すると彼はより笑顔で
「河合さんね、よろしく!」
ふと左を見ると、暖かくなったのだろう、雪がやんでいた。太陽だけが輝いていた。左右両方の太陽が私を照らす。私はかなり嫌気がさした。私に太陽は必要ない。
 いつもならすぐに過ぎ去る授業の合間、と言っても今日は教室移動がないせいで十分間ずっと教室にいなければならない魔の時間に、彼はずっと話しかけてきた。普通に授業がある日なら、授業の合間は移動でほぼ潰れるから話しかけられなくて済むのにと思った。
「ねぇ、なんて呼べばいいかな?」
「なんでもいいよ。」
「どんな本読んでるの?今度本紹介してよ。」
図々しい。ただただそう思っていた。
 
帰りだけはひとりでいられた。解放感で心が落ち着く。何ていい時間なんだろう。生徒の大半はバスや地下鉄に乗ってお喋りを楽しむ中、私は歩いて帰る。約三〇分かけて。学校を出るとすぐに桜の木が並んでいる。満開はまだまだ先だ。桜の向かいには高級住宅地が広がる。高級車が全ての家の玄関先に並ぶ。しばらく歩くと病院がある。看護師さんや患者さんがよくいるためそれなりに賑やかだ。冬は地獄となる坂を下り一〇分ほど歩けば高層マンションが見えてくる。私の家だ。私は景色に目もくれず音楽を聴きながら帰る。一年前からずっと続く私の帰りのスタイルは未だに変わっていなかった。だが、これが一ヶ月もしないうちに様相を変える。
 
この時の私はきっと想像もしなかっただろう。これから起きる自分の変化を。



~転校生が来てから一週間~

「かけるー!まってー!」
「やーだよー」
 一面の銀世界が広がる公園。青と白が見渡す限り果てなく広がる。凍った湖の傍では、皆が様々な楽しみ方でこの自然を満喫している。バナナボートを楽しむ人は、スノーモービルに牽かれた黄色い船の上で激しく揺られ喜んでいる。また、釣りをする家族は、子どもが白い海から小さな魚を何匹も釣り上げ喜ぶのを見て両親が笑っている。そして、白銀のベッドの上では、全身真っ白になりながら走り回るふたりの子ウサギが、笑顔いっぱいに自然を謳歌している。。
 ふたりの子どもは疲れたのか、白銀のベッドにダイブして横になった。
「かほちゃんおそいよー」
「かけるが早いんだよー」
頬を膨らます女の子。そして、男の子は微笑んでから、また起きて走り出した。女の子はついていくのに精一杯だったけれど、楽しそうに男の子を追いかける。ベッドにはいくつもの小さな足跡が刻まれていた。それが無数に続いていく。
「かけるー」と楽しそうに叫ぶ私…………目の前には天井があった。
「あー。戻りたい…。ただただ楽しかった日々に。」
翔の夢を見るといつも心の中で呟く。いくらそう思っても叶うことはないとわかっている。それでも…。
 
坂を上り桜の枝を見て、いつも通り一人で登校し学校に着くと、やはり彼は話しかけてきた。
「おはよー!いい朝だねー!」
 ここ一週間いつもそう。彼だけが私に話しかけてきた。もちろん笑顔で。やはり外では太陽が輝き、春の訪れを告げている。彼に笑顔でない日はないのかと、太陽が似合わない日はないのかとこの一週間ずっと思っている。私とは正反対の彼は、早くも他のクラスメイトと仲良くなり、音楽の話やアメリカの話で盛り上がっている。もちろん、あのまぶしい笑顔は絶えることがない。
 私はいつも「おはよう」と返す。俯いて、笑わずに。単純な作業のように。
 朝を過ぎるといつも通りの日々に戻る。真面目に受けているオーラを出しながら授業を流し、あっという間に過ぎ去る授業の合間の時間で本を読み、一日が終わる。でも、帰りはいつもと違う。幸か不幸か、私と彼は同じマンションだった。最近引っ越してきた家族がいたとは思っていたけど、彼の家族だとは思わなかった。そして、マンションの玄関で会うたびに、彼は決まって私に話しかけてくる。あの笑顔で。
「河合さんじゃあねー!」
「また明日」また笑わずに返す。
 それが一週間続いた。
 最初は嫌だった。それが、一週間後、私たちの関係に蕾がついた。桜の蕾よりも遥かに小さいけれど。



~転校生が来てから一ヶ月~

私たちの間に咲きかけた桜の蕾が大きくなった。私と彼は一緒に学校に向かっていた。もう私の耳元では音楽は流れていないし、バスから降りてくる他の生徒を邪魔には感じない。病院の前では患者さんと看護師さんに挨拶をするようになり、校門で待つ鬼も苦に感じなくなった。校門の近くに並ぶ桜並木の花びらは、一部が散っていた。今までの真っ黒なアスファルトはなくなり、うっすらとピンクに染まったカーペットの上を歩いている。頭上にはほんのりピンクに色づいた桜と澄んだ青空が広がる。頭上からまばゆい光が私たちをめがけてさしてくる。
「香歩がこんなにおしゃべりだなんて思わなかったよ。やっぱり笑ってる香歩の方がいいね」
そう言って流架は笑った。
「やめてよ恥ずかしいから」
私も笑っていた。
 
流架と仲良くなった私は変わった。最初は心の底から毛嫌いしていたが、彼の人柄や一つ一つの行動に触れるうちに、彼なら信用できると思うようになった。そして、流架と仲良くなってから、流架の友達とも話せるようになり、友達が増えた。それも、私を裏切らなさそうな、信用できる友達ができた。いつもは本を読んで過ごしていた時間はおしゃべりの時間になった。音楽を聴いていた時間は流架や友達との時間になった。流架が本当の私を引き出してくれた。笑顔が増えた。皆が純粋だった昔のように…。
二週間で私は本当に変わった。

「…ほ。香歩ー。おーい」
肩をとんとんされて驚いた。と同時に物思いから流架へと意識が戻る。流架の方が驚いていた。
「ごめん。考え事してて…」
「大丈夫だけど驚きすぎだよ」
「お互い様でしょ!」
そう言ってふたりで笑いあっていた。
「今度の土曜日遊びに行かない?」
「いいけどどこ行くの?」
流架は「内緒」とだけ答えた。
 
学校に着くと私たちは自然と「おはよー」の輪に入っていた。私も太陽の輪に入ることができた。今でもホントに香歩?本当は香歩じゃないんでしょ!と何回もからかわれた。それくらい、私は変わった。それに、あのつららは解けてなくなった。今では女子とも仲良くできている。
 友達と教室を移動する。左には教室、右には吹き抜けがある。しかも教室の廊下側の壁はガラス張り。いつもガラスに自分の姿が映る。それは一ヶ月前とは違う、前を向いて、友達の方を向いて歩く、明るい私を映す。

「さようなら」「さようなら」
学校が終わるとすぐ流架のところへ行く。
帰りも流架と帰って、いつもどちらかの家に寄って話をするのが日常になっていた。
「ねぇ、どこ行くか教えてよー」
「内緒~」
「まぁいいやー楽しみにとっておくよ。」
 すぐにマンションに着いてしまう。楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。学校から家が近いことを恨んだのは初めてだった。友達には「近くていいなー」とか「家交換して」とか、羨ましがられる。地下鉄に乗らなくて済むからだろう。
「今日はどっちの家にするー?」
「流架の家にしよ」
流架の家と私の家は目と鼻の先だ。何せ同じマンションなのだから。今では家族ぐるみで仲良くなった。
「香歩ちゃん、いらっしゃい」
 そう言ったのは流架のお母さんだ。ロングの黒髪はさらさらで輝きを放っている。整った顔に、若々しく見えるこの容姿。まったくこのお母さんがいてこのイケメンがあるんだなと思った。それにとても上品だ。そこは流架とは似ていない。
「おじゃまします」
 お母さんに挨拶してからすぐ流架の部屋に行く。部屋の壁には大人気ロック歌手のポスターが貼ってある。あぁいつもこのバンドが好きだって言っていたなと思いながら、私も少しずつ好きになりつつあるそのバンドのポスターを見ていると、もっと私の興味を引くものがあった。
「あれ?これ…」
「ん?あーそれねー」
 流架はそう言って「それ」を持ち上げた。そこには湖を背景に二人の男性と一人の子どもが写っていた。太陽でより真っ赤に見える紅葉が湖を囲う。
「昔何回も遊びに行ったんだー。僕の宝物だよ!この時にお父さんの友達の子どもと仲良くなったんだけど、その時その友達の子が寝てて三人で撮ったんだ。」
 とても楽しそうだった。子どもの頃に戻ったみたいに。
「お父さんとお父さんの友達と行ったんだよ。今はアメリカにいるんだけどね」
 流架のお父さんはアメリカに単身赴任している。いや、どんだけすごい家族だよ…。ついつい苦笑いしてしまう。
「あ、そうだ!夜はLINE電話ね。また忘れたら……」
「忘れないからそれだけは……」
というのも、ある日流架がLINE電話の約束を忘れたことがあった。そして次の日学校で、
「高校生がこちょこちょって子どもっぽいなー」
そう言う流架に構わずくすぐった。
 かなり効いたらしく、流架はくすぐられるのをとても嫌がった。以降、それが罰ゲームになっている。その反応が面白くて、私はかなり楽しんでいる。
「じゃあねーまた明日!」
 家に着いたら、すぐにお風呂に入ってかわいい感じの服を着てベッドの上に行く。この日はテレビ電話をして、ふたりとも寝落ちしかけたところで電話をやめて寝た。


「翔、映画楽しかったね。わがまま聞いてくれてありがとね」
「うん、楽しかった。また行こうね」
 手をつないで映画館から出ると人が大勢いた。翔にぴったりくっついて人の間をすり抜けながら一階に降りた。突然翔が私に言った。
「ヤバい!時間忘れてた!バス遅れそう!急ご」
 発車時刻まであと5分だった。次のバスは三〇分後。心の中ではそのバスでも良いんじゃないかと思った。しかもバス停までそれなりに距離がある。それでも翔はそのバスに乗ろうとした。
「うわぁ間に合うかな、香歩足遅いからなー」
「ちょっと!ひどくない?」
「間に合わないから急ぐぞ!」
「私をいじってる暇あるなら大丈夫じゃない?」
酔うくらいの人混みの中を駆けて、急ぎ足で私たちはバスに乗った。
「ふー間に合った間に合った…ってあれ?疲れてんの?息切れてるけど」
「あのね、そりゃ、息くらい、切れる、でしょ。人、多すぎ、だし。」
バスの車内には私たちの他に数人しか乗っていなかった。何となく翔がいつもよりも苦しそうに見えたが、最近運動してないと言っていたから特に気にせずに息を整えた。、落ち着いてから私は聞いた。
「それで次どこ行くの?」
翔は何かたくらんでいるようだった。いつも何か企んでいる時にするずるがしっこい顔をしていた。
「内緒だよ」
「ふーん。まあいいや。」
翔となら正直どこでもよかった。
 そうして着いたのはある公園だった。昔からよく知っているあの公園。湖面は青く、周りの木々は黄や赤に色づいていた。珍しく人は少なかった。途中に数人見かけた程度で、周りには人はいなかった。ふたりだけの時間だった。
「ここって…」
「昔よく遊んだよな。俺あの頃から香歩のこと大好きだったんだよ」
私は恥ずかしくて顔を赤らめていた。周りの木々の葉よりも赤く。そして、翔も。
「恥ずかしいからやめてよ」
「照れてんの?」
「うるさい。翔だってそうでしょ。」
頬を膨らませながら言った。
「昔から変わってないな。その顔」
「翔だって変わってないよ?」
「ちょうど一年か…」
「早いね…」
 私たちは一年前から付き合っていた。何度も遊びに行った。映画は何回も観たし、中学生なのにカラオケにも何回も行った。翔はよくロックを歌い私はポップを歌った。
 彼が突然言った。
「香歩!あっち見てみ!」
「あっち?何で?」
 目の前にはただ湖と森が広がっていただけだった。それ以外に見てって言われるくらいに目立ったものはない。ただ湖と空が広がるだけだ。
「いいからいいから。もう少しだから」
「しょうがないなー」
言われて右に体を向けた。一分後、私は声をあげていた。
「…来た!」「うわぁ……キレイ…」
 翔が指さした方を見ていると、雲の影から現れた夕日が湖面を照らした。夕日が湖面に反射して、本当に幻想的だった。一筋の光がまるで私たちを迎えるようにのびていた。
 夕日が湖の中に落ちていく……前に目が覚めた。最近よく翔の夢をみる。
   
土曜日、私たちは遠くへ遊びに出掛けた。着いたのは地元のデートスポットだった。桜の名所で、しかも遅咲きのため人々はこの時期にお花見をする。関東からわざわざ見に来る人もいるほど名が知れている。学校の桜並木なんかとは比べ物にならないくらい綺麗で心地のいいピンクのアーチを通る。
「桜キレイだねー!」
「……………………。」
流架は反応しなかった。
「どうしたの?今日なんか変じゃない?」
 私は不思議だった。いつも上を向いている流架が今日に限って少し下を見ながら歩いていたから。一番咲き誇っている桜の陰に入ると、
「俺と付き合ってください!」
突然私の方に振り返った流架はそう言った。突然のことで私は驚いたし、周りの人の視線を感じたが、私の返事は決まっている。
「もちろん!」
 お互い顔を赤らめながら微笑みあった。見知らぬ人たちの拍手がものすごく恥ずかしかったけど、本当に幸せに感じた。そのまま手を繋いで桜のトンネルを通った。それから丘に登ってふたりで日向ぼっこ。すごく幸せだった。
 そうして私たちは付き合い始めた。告白されなくても自然と付き合っていた、そう思われるくらい仲がよかった。友達から「リア充ー!」とからかわれていたほどだ。私も付き合ってるようなものだと思っていた。
 付き合い始めてからは、ふたりで色々な場所に遊びに行ったり、今まで通りお互いの家に行ったりした。それも毎週。会わない日はほとんどなかった。家が近いから当然か。土日のどちらかは会わなかったとはいえほぼ毎日会っているからか、周りからラブラブだなとからかわれ続けている。それがまた幸せだったりする。
 それから少し経ったある日、学校に着いたら遥と直樹が私のところに来た。宮嶋遥は私の親友だ。高校でできた初めての女友達で、ボブがよく似合い、学年でもかなり人気のある女子だ。遥は女子の私も好きになるようなかわいさで、サッカー部の男子と付き合っている。野田直樹はというと、普通の男子だ。とりわけイケメンでもない。でも優しくて真面目な男子だ。
遥がにやけながら聞いてきた。
「ねぇ何であんなイケメンと仲いいのー?コツ教えてよー」
 最近遥によくいじられる。にしても遥の彼氏がかわいそうになってくる。遥の彼もイケメンなはずなのに。コツなんか教える必要ないじゃんといつも思う。
「何でだろう。自分でもよくわかんないや。ただ一緒にいると楽しいんだよねー。てか、遥の方がコツ知ってるでしょ」
「知らないよー。一緒にいると楽しいなんて羨ましいなー」
いや、遥もでしょ!っと心の中でツッコミを入れる。
「ねえねえ、流架のどこが好きなのー?」
「遥だって彼氏のどこが好きなの?」
そんな話をしている時に流架はやって来た。
「なに話してるの?」
「流架!な、何でもないよ!本当に!」
本人の目の前で好きなところとか言えない。恥ずかしくて絶対に言えない。
「いやいや絶対何かあるじゃん」
 流架はいつも通りに笑顔だった。直樹は空気を読んで笑いながらも黙っていてくれた。でも遥は違った。
「いやー香歩が………いてっ!ごめんごめんやめてよー」
 私は遥を止めるのに必死だった。ちょっと強くやりすぎたかもしれないが、いざそうなったら恥ずかしすぎる。
たまに遥は私をいじってくるけど、それでも許せてしまう。お茶目でいたずらっこなところが好きだから。
「何もないって!それより今度どこ遊びに行く?」
「話そらしたなー?まぁいいか。じゃああの場所に行こ」
あの場所は私たちにとって特別だ。
「もう桜散ってきてるよ?」
「散ってた方がいいんだよ」
 何言ってるの?と内心思った。けれど流架は「早い方がいいから明日行こう!」という。とりあえず「オッケー明日ね」とだけ言った。
 次の日、その公園を訪れた私は、公園に足を踏み入れてすぐ、流架の言葉の真意を理解した。
 そこにはピンクのカーペットが広がっていた。今年二回目のカーペットは一回目より綺麗だった。一回目をカーペットと言っていいのかと思えるけれど、本当に綺麗だった。
「え、すっごいキレイ…」
「でしょー!誘って良かったー」
 それから数時間、あの日と同じように、今度は桜のカーペットをふたりで歩いて丘に行った。この日は家につくまでずっと手を繋いでいた。
「ホントに綺麗だったね。また明日ね!」
「うん!今日はありがと!また明日ね、流架!」
 目が合って更に頬が赤く染まった。そのままふたりとも家に帰った。
 今日のことを思い出しながらベッドに横になっているとラインが来た。
『誕生日おめでとう!また明日ね!』
 時計を見ると、五月一五日(日)0時0分 03秒。
『ありがとう!楽しみにしてるね!また明日!』
 画面を閉じるとすぐに眠りについた。
      
流架と一緒に学校に来て職員室に行ってから席に座ると、廊下に出ていた流架が駆け寄ってきた。それも、さっきまで一緒に登校していたのに、今日はじめて会うかのような勢いで。
「おめでとー!今日3回目だけど」
「ありがと!何回言うつもり?」
 登校中にもおめでとうと言われていた。それが二回目。
 流架に続いて遥もお祝いしてくれた。
「それで欲しいもの思いついた?」
 二回目のおめでとうの後に、「欲しいものある?」と聞かれた。正直これと言って欲しいものはなかった。楽しい日々があればいいと思った。それで「考えとく」と言った。
 まさか考えとくと言った一〇分後にまた聞かれるとは思っていなかった。
「早いよ。まだ全然思いついてないよ」
「じゃあ帰りにまた聞くね」
そして帰りになった。学校を出てすぐ流架からあの質問をされた。
「欲しいもの決まった?」
 私は待ってましたと言わんばかりに答えた。授業中も考えていた。そして授業中にふと思いついた「あるもの」が欲しいと思った。
「決まったよ。アクセサリーほしい」
「じゃあ今から行こうよ!」
 駅に着くとすぐに駅に向かった。駅に行けば雑貨から服や時計まで何でも買い揃えられる。アクセサリーショップを探しながら、雑貨屋やファッションブランドに立ち寄った。その雑貨屋に続くこのエスカレーターに懐かしさを感じた。でもそれが何なのかは思い出せない。胸の辺りに違和感が残る。歩きながら流架が、
「どんなアクセサリーほしいの?」
と聞いてきた。
「別にそこまで決めてはないんだけど…」
歩きながら目に留まったアクセサリーショップに立ち寄っては探し回った。流架も気に入るような、そんなアクセサリーを。しばらくしてからあるネックレスに目が止まった。
「これどう?私たちにぴったりじゃない?」
「いいね、それにする?」
「うん!」
 そうして買ったアクセサリーは、私たちにとってとても意味のあるものだった。日本らしくもあり、同時にオシャレなそれは、ふたりから季節の移ろいを奪う。私たちだけの春だけが続く。しかもそれは散ることもない。私たちの幸せな時間は永遠に感じられた。
 家に着き、ソファに座り、帰っている途中に想い出したことを考えていた。
3年前にあの雑貨屋で翔とお揃いのものを買ったことがあった。その時買ったのはキーホルダーだった。中学生にとっては妥当だ。高校生になったらもうちょっと高いもの欲しいなと思った記憶がある。結局翔と同じ高校には通わなかったけれど、あの頃は翔と一緒のものを使っていると思うと、デザインが同じなだけなのに、すごく嬉しくなった。今は流架とずっと胸元に光る春の桜を見れて嬉しい。
楽しい記憶とともに、私は眠りに落ちた。

 最近翔の夢を見ない。私は得体の知れない不安を感じた。胸の辺りがまた違和感に包まれる。



~流架が来て三ヶ月~

 最近また翔の夢を見るようになった。でも今までとはまったく違うものだった。いつもならはっきりと見えていたのに、翔の顔が出てこなかった。翔は今どこで何をしているのか知りたい。何度もそう思った。高校になってから1度も会えていない。久々に会いたい。いつか会えたらいいな。夢を見るたびにそう思う。
 今日は昼まで寝ていた。たっぷり寝て夢をみる時間は多いはずなのに、それでも顔は出てこない。何年もずっと見てきた顔なのに。
 午後は家でのんびり本を読もう、そう思って本を探し始めた。私はかなりの読書家らしく、大きな本棚でさえ悲鳴をあげるほど本を持っている。上の方をあさっていると、ある本が棚から落ちた。見たことのない本だった。気になって読み始めた。
 読み終わった時には三時間も経っていた。まあまあ面白かったけれど、でも未だにこの本の事を思い出せない。ママに聞くことにした。
「ママ、この本知ってる?」
「…知らない。香歩持ってる本多すぎるもの。」
 なぜかわからないけど、ママは知ってる気がした。知ってるとしたら何で隠すのだろう。とりあえず忘れることにした。
 部屋に戻ろうとした時チャイムがなった。「出て」と言われたのでドアを開けると、遥が立っていた。
「遥どうしたの?」
「遊びに行こ!」
「今四時だよ?オールする気?」
「しないしない!まぁ帰りは9時かな」
 着いたのはカラオケ。中学生の頃からよく来ていた場所だった。でも何でこんな時間に…。
 八時まで歌った。ふたりで歌いまくった。明日喉死んでそう。ふたりともそう思った。流れのままに聞いた。
「何でカラオケなの?」
「んー、行きたかったから?」
楽しかったからいいかと納得…はしてないけど気にしないことにした。
家に着いて、よっぽど疲れていたのか、すぐに眠りに落ちてしまった。

「香歩!学校遅れるよ!いつもより長めに朝風呂入るんでしょ?そろそろ起きないと!」
私は飛び起きた。
「そうだった!やっばい!急がないと!」
 ママを起こしてしまうほど大きなひとりごとだった。まずいと思ったときにはもうママは起きていた、
「香歩。うるさいよ。まだいつも起きてる時間じゃないよ。ママまだ寝るから静かにして。」
 気を遣いながらお風呂に入っていると、ふと思い出した。さっき起こったおかしなことを。ママは、寝ていたのに、起こしてくれた?そんなことあり得るの?そう思ってママに聞くことにした。
ママが起きてきてから聞いてみた。 
「ママ私を起こしてくれた?」
「何を言ってるの?自分で起きて叫んだんじゃない。寝ぼけてるの?早く顔洗ってきて。ママ顔洗うの遅くなるから。」
 私に何が起きているの……。
 私は何で今日起きられたの……。
 起こしてくれたのは誰なの……。
疑問と不安。それが私を押し潰しそうで恐ろしくなった。
潰される前にさっさと家を出て流架との時間に浸る。
「どうしたの?顔色悪いよ?大丈夫?」
「あー大丈夫!平気平気!疲れちゃったのかな」
 何もなかったかのように取り繕う。気づかれても今朝のことを話しはしない。流架が話を信じる信じないより、自分がおかしいとわかる方を恐れた。自分が自分でないように思えた。
 そのせいなのか、一日中だるかった。そして午後に早退した。「早退」とか言って、ただの「さぼり」だけれど。流架に「やっぱり大丈夫じゃなさそうだよ?午後は休んだら?」と言われた。私は渋々頷いた。本当は流架といた方が気が紛れるから。でもだるさが勝っていた。さっさと学校を出た。
 川辺の緑のじゅうたんに横になった。七月は日向ぼっこにちょうどいい。かなりの時間寝てしまったらしく、誰かに起こされて目を覚ますと、目の前には流架がいた。ビックリして飛び起きて、流架の頭に額が勢いよくぶつかった。痛がる私と違い、流架は頭を押さえてはいたけれど、腹を抱えて笑っていた。笑いが止まってから流架が話し始めた。
「そろそろ話してほしいな。悩みごとあるんだよね?相談してよ。」
ためらった。怖かった。
誰かに生活を見透かされているような今朝の感覚が今も残っている。
私は決めた。
「たいした悩みじゃないんだけどね、最近、よく寝られなくて。それで顔色悪かったのかな。なんかだるくてさ。」
嘘をつくと決めた。半分は本当かもしれない。たしかに寝足りない。それでも流架はそれでもこの相談にのってくれた。
その後、あの写真の話をした。その間ずっと流架は空を見つめていた。どこまでも果て無く続く空を。
この日をきっかけに、おかしな事は起きなくなり平和な日常が戻った。

「学校終わったら遊ばない?」
遥が遊びに誘ってきた。カラオケに行った日以降、遥と私はかなり頻繁に遊びに出かけている。遥とならどこに行っても飽きないし、むしろまた行きたくなる。だから、
「いいよー」
と自然と答えていた。
 今日の行き先はいつもと違った。いつもは駅や駅近くのカラオケ店が多かったのに、今日に限って遥の家だった。その途中、ある公園に立ち止まった。
「懐かしいな」
「え?ここで遊んだことあったっけ?」
「あ、こっちの話。香歩は来たことないよ。まず中学が違うもん。来たことあるのは私。私よくここでブランコ乗ったの」
「へぇーそうなんだ。ちょっと、休憩していこ」
 恋バナやドラマや映画の話で話し込んで、気づいたら一時間経っていた。慌てて家に向かった。遥が「間に合わない!」と言って私の手を取り走り始めた。私はついていくのに必死だった。
「間に合ったー!あー疲れた!大丈夫?」
「何とか、息できてる。じゃなくて、殺す気か!」
この感じ、どこかで…。
「ごめんごめん。あ、始まるよ!」
 そして始まった。玉が空に吸われるように上っていき、大きな音とともに光を放った。今日は花火大会の日だった。
「花火大会今日だったの忘れてた。」
「え!?わかってると思って走ったんだけど、忘れてたの!?」
「流架が花火大会に行きたくないって言うからすっかり頭から抜けてた。」

この前流架に聞いたのだった。
「流架、花火大会どうする?」
「僕、花火好きじゃないんだ。ごめんね。」
 理由は聞けなかった。とても深刻な顔をしていたから。あんな顔初めてみた。それで花火大会には行かない。そう決めた。

説明し終わると遥が、
「何か悪いことしちゃた?」
「全然!見れて嬉しいよ」
そう言うと遥はほっとしたらしく、空に浮かぶ花をゆったりと眺め始めた。
一時間ほどで終わり、遥のお母さんに送ってもらって家に帰った。
遥と走った時を思い出して、翔のことが頭をよぎった。

始まり
~流架が来て半年~

今日は珍しく流架が寝坊した。
流架 「先行ってて!」
 朝流架からLINEが来た。それで、私は久々にひとりで学校に向かった。ひとりで音楽を聴きながら坂を上った。久々すぎて新鮮に感じられた。でもやっぱり流架がいる方がいい。流架が追いかけてくるかなと思ってゆっくり歩いていた。坂を上りきって曲を替えようと携帯をいじっていたら信号が青になった。歩き始めた。また坂を上り学校に着いてしまった。結局流架は遅刻してきた。
「遅かったね」
「無遅刻狙ってたんだけどなー」
帰りも一人になった。遅刻したからか先生に呼び出されたらしい。
「いつ終わるかわかんないから帰ってて。たぶん長いと思うし。」
「そういうの厳しいからね、安藤先生」
 そしてまた一人で歩き始めた。外はもう真っ暗だった。流架と付き合いはじめてから初めてだった。行きも帰りも流架がいない日は今までにはなかった。
「流架と帰りたいな」
 一人で呟いてしまって慌てて辺りを見回す。周りに人がいなくて安心した。遥がいたりしたら、これからいじられまくるにきまってる。安心してゆっくり歩みを進める。坂を下って信号待ちをする。学校の方を見ても流架は来ていなかった。
「遅いな。もう来てくれてもいいのに。バーカ。」
 周りに人がいないのはわかっていた。でも流架が転校してきてから、周りに常に人がいたから、少し心細かった。周りが暗いせいで余計に孤独を感じた。それに何より、帰り道がつまらなく感じる。
「まだかな。もう先生長すぎ」
信号が青にかわり、また歩みを進める。すると、イヤホンの音量よりも大きな音が聞こえた。
ふと右をみた。
私に向かって光が迫ってきた。
どんどん近づいてくる。
もう少しで私は光に圧倒される。
覚悟した。
今日はついてない。
流架………。
目の前が暗くなった。
気がついた時、私は道路に横たわっていた。
やっぱり自分は消え去るのか。まだ生きたかっ……。

 目が覚めたとき、最初に視界に入ったのは信じられない人だった。目の前には翔がいた。私は抱きついていた。そして翔から離れて落ち着いてから聞いた。
「今までどうしてたの?会いたかったんだよ」
「遠くの高校に通ってるんだけど、忙しくて。ごめんね」
「元気で良かった」
翔の顔が見える。それだけで十分嬉しかった。

目を開けるとそこは病院だった。話し声が聞こえてきた。パパとママが医者と話していた。
「軽い怪我で済んで良かったですね。」
「先生、本当にありがとうございました。」
ドアが閉まる音がしたのも束の間、ママが私に気づいた。
「香歩!良かった…。車には気を付けてって言ってるのに。まぁ今回は車の運転手の責任だけれどね。ブレーキの故障だって。これからはもっと気を付けてよ。死なないでね。」
「うん。ごめんなさい。気を付ける。すごく怖かった。もうこんな目に遭いたくない。」
「それでいいよ。これから退院するから準備しといてね。軽い怪我で済んで本当に良かった。」
 準備しようと立った時、信じられなかった。少し頭痛がしたけれど、他に痛みはさほどなかった。私は本当に車にひかれたんだろうか。坂を下ってくるブレーキの効かない車にひかれて、それなのに骨ひとつ折れてないなんて信じられない。事故直前の事を思い出せない。「考えても無駄か。生きてるのにかわりないし。」そんなふうに思って準備を始めた。
家に着くとすぐベッドにダイブした。着地と同時に少し痛みが走った。
「イタッ!気つけないと悪化しちゃうかも」
それからはゆっくりと動くように心がけた。
 何を思ったか私は机に座っていた。そして、机の引き出しからある手紙を取り出した。それを開いて読み進めた。何回か見たことがあったからか、すぐに読み終わった。さっき会ったばかりだけれど、それでも読み終わってしまうとすぐ会いたくなる。それからまた違う手紙を読み始める。よくこうして暇を潰していた。最近は流架がいるからあまり読んではいない。
明日の学校の準備をして寝た。明日からまた流架との楽しい日常を送る、はずだった…。

学校についてすぐ、職員室に呼ばれた。
「落ち着いて聞いてくれ。実はな、林が事故に遭ったんだ。意識が戻っていないらしい。」
「事故に遭った?意識が戻っていない?なに言ってるんですか先生?そんなの嘘に決まって」
私はその瞬間、意識を失った。
目が覚めたとき私は保健室にいた。
「河合さん!大丈夫かい」
保健室の先生の声が聞こえた。隣には安藤先生もいる。
すぐに思い出す。
今朝の出来事が頭のなかを駆け巡る。
「ねぇ、ホントなの?嘘だよね?」私は泣いていた。先生に何度も聞いた。同時に流架にも聞いていた。この場にはいないのに。
そのとき、いつもは厳しい安藤先生が涙を浮かべながら言った。
「林は生きてる!死んでないんだ!泣くな!」
私の心は折れかけていた。
すぐに遥と直樹も保健室に来た。二人のおかげで落ち着いた私は、三人で休みを取って病院に行くことになった。先生が許可してくれた。
 
数時間後、病院に着いた。たしかに彼は生きていた。目覚めていないけれど…。それでも少し安心できた。
「香歩ちゃん!」
声と同時に抱かれていた。
あの黒髪。
流架のお母さんだ。
「香歩ちゃん大丈夫?」
そう言うお母さんも、いやお母さんの方が泣いていた。
「流架は!流架は大丈夫なんですか!死んだりしませんよね?」
最後の方は声がかすれていた。
「わからない。わからないの…。でも、大丈夫。流架なら目を覚ますから。香歩ちゃんがいるんだもの」
二人が帰っても、私は流架の傍らで泣きながら一日を過ごした。
「香歩!この桜並木きれいだね!」
「香歩!…………。」
「香歩!……………。」
「香歩!………………。」
 今までの思い出が夢で何回も出てきた。私の名前を呼ぶ流架が何度も出てきた。
私は病院で寝てしまったらしく、起きた時、流架が傍にいた。意識がないのに私には微笑んでいるように見えた。いい夢をみて幸せそうに寝ているようにしか見えなかった。
「流架、目を覚まして。また楽しい時間を過ごしたいよ。流架………。」
 私には耐えられなかった。流架のいない生活が始まってしまうことが、何よりも。
 その日から私は学校に行かなくなった。毎日病院か家で過ごすようになった。遥と直樹は何度も会いに来てくれるが、他には誰も来ない。遥と直樹だけが折れかけた心をつなぐ支柱になっていた。
  
~その日から七日後~

今日も私は流架の傍にいる。いまだに意識が戻らない。一週間ほとんど寝られていない。
「寝ないと体に悪いよ。流架のそばにいてくれてありがたいけど自分の体も大切にしないと。一回しっかり寝た方がいいよ。」
流架のお母さんにそう言われた。本当は流架の傍にいたかったけれど家に帰った。横になってすぐ眠りに落ちた。途中目が覚めたが二度寝三度寝するうちに夜になっていた。お風呂に入ってすぐ、また寝た。
    


~その日から8日後~

ベッドの上でLINEを開いた。翔からLINEが来ていた。
翔 「香歩、流架を助けたい?」
香歩「もちろん助けたいよ…。流架が助かるなら何でもする。」
翔 「そう言うと思ってたよ。」
「香歩、流架を助けたいなら、『ここ』に来て。」
香歩「『ここ』ってどこ?」
翔 「それは香歩が自分で見つけないと意味がないんだよ。じゃあ終わったら教えてね!」
ベッドから起きた私はすぐに家を出た。そして流架がいる病院に着いた。
「流架。私が助けるから待っててね。」
私がやるべきことは一つ。流架を助けること。絶対に助ける。待っててね流架。
私の目には光がよみがえっていた。私は走り出した。ただ流架のためだけに。

家を出た私はすぐさまバスに乗った。ここからあの場所までは一時間近くかかる。バスに乗りながら考えた。
『ここ』を探すって探すほどでもないじゃん。何度も一緒に来たんだよ?なんで探さないといけないの?もしかして違う場所なの?でもあの場所以外に翔が『ここ』って言いそうな場所はないし。
「次は、みなみ公園前、みなみ公園前」
バスはあの公園に着いた。すぐさま翔と夕日を見た場所に向かう。広い公園をゆっくり進む。湖の周りにある紅葉の葉はすっかり緑になっていた。今でも湖は綺麗なままだ。そして、その場所に着いた。そこにはあの時と変わらない景色が広がっている。
香歩「懐かしいね、翔」
すぐさま翔にLINEを送った。
翔 「今どこにいるの?」
香歩「翔と夕日を見た公園だよ」
翔 「どんな感じ?」
香歩「あの時と変わってない。湖があって、木があって…。違うのは太陽の場所と季節だけ。  
冬が一番いいな。」
翔 「写真撮って送って!」
私は写真を二枚撮って送った。一枚は夏の景色、もう一枚は朝の太陽。
翔 「朝は朝でいいね!やっぱり冬の方がいいね!」
香歩「うん!」
香歩「ねぇ、これで本当に流架を助けられるの?ただ遊んでるだけにしか思えないんだけど…」
翔 「助けられるよ。でもまだできない。もう少し時間が必要なんだ。」
香歩「ずっと思ってたんだけど、どやって助けるの?翔にできるの?」
翔 「助けるのは僕じゃない。流架自身でもない。君だよ、香歩」
え?私なの?でも、どうやって…。私は訳がわからなくなった。
「君があることをしたとき、流架は助かる。でも、そのあることは僕も知らない。知ってい  
るのは香歩と流架だけなんだよ。でも僕はそのヒントだけは知ってる。夢で流架に言われ
たんだ。『答えは香歩たちが知っている。その手助けをしてほしい』てね。」
香歩「少しでも流架が助かる可能性があるなら、私はやるよ。だから教えて。あることって 
何?」
翔 「五つあるんだ。一つ目は今日終わらせた。『ここ』に来るっていうこと。二つ目はあるもの       
を探すこと。ヒントは大切なものだって。三つ目以降は一つ前を終わらせないと教えても
らえないんだ。終わらせる度に夢で教えてくれる。」
香歩「わかった。とにかく家に戻る!」
私は公園で前みたいに湖を見てから家に戻った。そして、果て無く続く空を見つめた。
    
家に着いた私は探し物がなにか考えた。私の部屋にあると何となく思った。私の部屋にあって、翔…じゃなくて流架に関係あるもの。流架に関係ある…?
 その瞬間私は玄関を出て走り出した。
「流架に関係あるなら、行くべき場所は翔と夕日をみた場所じゃなかった!あの桜のトンネルとか日向ぼっこした丘とか、流架と一緒に行った場所!急がなきゃ!」
何で翔は何も言わなかったのか気になったが、とにかく私は急いで向かった。
 バスにまた乗って、まだ明るいうちにさくら公園に着いた。すぐに桜のトンネルに向かった。カーペットになっていた道、告白の時に後ろにあった桜の木も見た。でもなにも変なところは無かった。すぐに丘に向かった。あの日とほとんど同じ状況だった。そしてあの日と同じ場所に寝そべってみた。それでも何もかもが同じに見えた。唯一違うものは…太陽と雲?そしてピンときた。
「大事なのはこの『場所』じゃなかった…。『空』だったんだ…。」
果て無く続く不安をかき消す輝かしい太陽が欲しい。そう思ったけれど、そのために私はできることをしようと思った。とにかく今は家に向かおう。
 
家に戻った私はまた考え始めた。とりあえず部屋に行った。
 まずは机の引き出しから調べた。最初に引っ張り出したのはあの手紙だった。
 中学の頃の翔は受験が終わるまで携帯をもっていなかった。だから翔から手紙がたくさん来ていた。この手紙は全て大切なものだった。だから枚数は確実に覚えている。全部で三〇枚。全てを確認することにした。
 翔からの手紙を開いてみた。
一枚
また一枚…
 読むと翔との時間を思い出して楽しかった。でも同時に恥ずかしさもあった。一枚を読み終わるのにそう時間はかからなかった。
 最後まで読み終えたがこれといって関係ありそうなものはなかった。
 次に本棚に向かった。全部見るのはさすがに気が引けた。その時、思い出した。その本を手に取った私はすぐにママに聞いた。ママはテレビを見て笑っていた。
「ママ、この本の事ホントに知らないの?」
 本を見せた瞬間、母の顔が曇った。さっきの笑い顔はすっかり姿を消していた。何があるのか不安になった。でも、ママの言葉を聞いて不安は消えた。
「実はね、それは昔ママが読んでた本で、しまう場所が無くて、でも見える場所においておきたくて、勝手に置いてたの。ごめんね」
「それなら先に言ってよ~聞いた瞬間に顔曇らせて、も~ビックリしたよ」
 翔とも流架とも関係なかった。何てややこしいことをしてくれるんだ。気を切り替えて他の本を見てみた。翔に貸したことがある本や好きすぎて何周もした本などたくさんある。とりあえず関係ありそうな本を全て出してみた。一〇〇冊近くあった。とても短期間で読み終われそうになかった。そう思った私はLINEを開いた。
香歩「時間制限ってあるの?」
翔 「時間制限はないよ。でも早く見つければ見つけるだけ流架に早く会えるって考えたら早い   
方がいいんじゃないの?」
香歩「OK!ありがと!」
 結局一〇〇冊の中で特に思い入れがある一〇冊だけは読むことにした。ただ、外にはもう太陽は見えない。いまから読んだとしても読み終わらないと思った。それで読むのは明日にして、残りの手紙を読み始めた。ずっと手紙を読んで、いつの間にか寝ていた。


~その日から九日後~

 私はベッドから体を起こした。まだ朝の七時半だった。でも、本を読み終えるには最低でもまる一日必要だった。何回か読んだことがあるとはいえ、結局三日かかるとは思っていなかったけれど。
 最初の一冊。何年か前に映画化されて話題になった小説。
 翔は映画版しか知らなかったから、といっても好きな女優が出ていたから見ただけだったらしいけど、私は小説を勧めた。一週間後、翔は目を輝かせて
「小説の方が面白いじゃん。まぁ映画も映画でいいけど。」
 なんて言ってきた。それがきっかけで翔は私から本をよく借りるようになった。少しでも先が気になると読むのが止まらなくなった翔は早いときは一日で返してきた。
「ちゃんと読んでんの?内容言ってみて!」
 疑ってかかる私に翔は当たり前のように内容を言いあてた。本当に読んでいるのはわかった。早すぎる気もするが…。でもそれより私は翔が本好きになるのが嬉しくて、頼まれる度に貸し続けた。
 そんなわけで、一冊目は私にとってとても思い入れの強い本だ。
 結局読み終わるまでに三時間もかかった。そしてただ楽しんだだけだった。まぁ予想通りと言えば予想通りだ。
 二冊目。小説家MIAのデビュー作。青春を描いた作品だった。
 これも翔に貸し、たしか二日で返ってきた。翔にとって、読み終わるのにかかった日数が多いほどその小説は面白いらしい。まぁそれなりだったということだろう。
 この本に思い入れがあるのは翔が理由ではない。それはむしろ私自身にある。その文体が、表現が、描写が、全てが私好みで、登場する男の子が小さい頃の翔と被るのだ。だから翔を勝手に重ね合わせて読んだ。「翔、勝手に登場させちゃってごめんね。もう一回勝手に使わせてね。」心の中で翔に謝った。また翔を登場人物に重ね合わせて読み進めると、翔とずっと一緒にいる気分になった。
 二冊目まで読んで、私は本来の目的を忘れていたことに気づいた。これは翔じゃなくて流架のためのはずなのに、ただただ楽しんでいた。本以外の事を全て忘れ、かつて翔と白銀のベッドを走り回った時のように、楽しんでいた。
 三冊目。本来の目的を思い出して、流架に関係ある本を選んだ。流架が一番気に入っていて、私も大切にして、そんな本だった。
「私たちに似てるよね」
「ほんとそれ!実は僕たち二人がモデルだったりして」
 そう思うのも無理はなかった。心を閉ざしていた同級生と見ず知らずの男子の関係が次第に花開く、そんな内容だった。
 私たちに似ていたから、ある日私たちは過去のインタビュー映像を二人で見てみたのだった。

「MIAさん。このふたりのモデルはいるんですよね?」
「はい。います。偶然図書館で会った人で、私が小説家になる前に会った人なんです。本の趣味が合って、それで仲良くなって。ある日お願いしたんです。小説に書かせてくれって。それがこの作品です。実はデビュー作もモデルがいるんですよ。」
「ではデビュー作も書かせてほしいとお願いしたのですか?」
「いいえ。デビュー作は弟の友達をモデルにして勝手に書きました。次の小説はその続編です」
全ての質問に優しい笑顔で答えていた。この人の小説をもっと読みたい!そう思った。
MIAという小説家の本を。

私と流架のことを描いているような本。読み進めると流架との日々が思い起こされた。初めて会った晴天の日、蕾が開いた日、開いた花が満開に咲き誇ったあの日、…流架に会いたくなった。
 私は病院に向かっていた。太陽は雲で隠れては輝きを放ち、道はどこまでも続いていきそうで。「道のり」は長く感じられた。
 流架の傍に面会時間ぎりぎりまでいて、流架を見て気持ちが強くなった。絶対に助ける。絶対に…。
家に帰ってからはもうほとんど記憶はない。一日に三冊も読んで疲れたせいだ。すぐに寝た。
   
~その日から一〇日後~

突然流れ出した音楽で目を覚ました。LINEが来た時に設定している音楽だった。それも仲のいい特定の友達にしかつけていない音楽だった。時計を見るとまだ八時だった。何とか目を開けて、とても細かったけれど、なんとか画面を見た。
翔 「おはよう!どう?進展あった?」
すごく迷惑だった。不機嫌にもなった。何せ成果はないのだから。それでただ一言。
香歩「ないよ」
 翔とLINEできるのは嬉しいけど、はっきり言って迷惑だった。それなのにすぐに返信が来て曲が流れる。
翔 「なんか機嫌悪い?なんか悪いことしちゃった?あ、そういえば朝苦手だったっけ?ごめんごめん笑」
 分かってるならLINEするな!そう思ったらもうすっかり目が覚めてしまった。目を覚まさせてくれてありがとうと思うことにした。するとすぐに次のメッセージが来た。
翔 「また夢を見たよ。」
 夢という言葉を見ると心臓の音が大きくなる。手がかりはその夢にしか出てこない。LINEに目を凝らす。次のメッセージに期待した。
翔 「新しいヒントをくれたよ。」
翔 「ヒントは流架のものだって。でもそれは香歩の家にあるって。よくわからないけどとにかく伝えたからね。頑張って!」
 さすがに流架の家に行くには早すぎる。私は先に四冊目を読むことにした。
 四冊目。唯一私が流架から借りっぱなしの本。まだ途中だった。その本は一〇〇〇ページあって、さすがに全部は読みきれなかった。残り二五〇ページくらいを一時間ほどかけて読みきった。そして流架のお母さんに電話する。事情を話すと予想通りの反応だった。戸惑っていた。無理もない。とりあえず家に行けることにはなった。

流架の家に着くなり私は部屋に向かった。流架が「大切なもの」をしまっていると言っていた場所があったのを思い出した。
 
私たちの「桜」が満開になった次の日、私は流架の部屋に行っていた。もう何回目だろう。軽く一〇〇回は越えている。でもこの日は特別だった。私たちが新たな一歩を踏み出したばかりだから。ベッドに座っていた。
「ねぇ香歩、見てもらいたいものがあるんだ」
「何?気になる」
私はベッドから立ち上がってその場所に行った。そこは、私のよりも大きな本棚だった。
「この人覚えてる?」
そうして手渡されたのはあの小説家の遺作だった。その小説家のことは全て覚えていた。
「覚えてるよ。読みたい!」
「それなら貸してあげるから読んでみて!」
 私は本を借りてそのまま流架のベッドの上に寝転んで読んだ。
 クラスでは目立たない少女と、病気で余命宣告された人気者の男子が出てくる。最終的にその男の子は死んでしまうけれど、その少女に出会って『最初で最後の恋、楽しかったよ』と言って死んでしまう。そんな、切なくて泣ける小説だった。そして、私は読みいっていた。その文体が、     
表現が、描写が、全てが私好み。デビュー作を読んだ時にもそう思った。
読み終わって流架に返そうと振り返ると、流架は寝てしまっていた。
「流架ー起きてー」
 呼び掛けても起きない。私は自分の携帯を取って寝顔を撮った。くすぐっても、頬をつねっても、それでも起きなかった。
「香歩ー起きてー」
 起きた流架に起こされた。私も寝てしまっていた。そんな記憶はないのだけれども…。本を返して帰った。
 大好きな小説家に出会って、かわいい流架の寝顔写真を撮って、ほんとに最高の1日だったなあ。なんて思い出していた。
 現実に戻った私はすぐさま本棚を見つめた。私よりも本が多い。どこから手をつけたらいいかわからなかった。
「ん?何だろう…」
 しばらく見つめて気づいた。一冊分のスペースが空いているところがあった。それも二ヵ所。一つは借りっぱなしの本のスペース。それはすぐわかったのにもう一つの本は全くわからない。とりあえず他に何かないか探すことにしたけれどなにも見つからなかった。家に帰って続きを読むことにした。
 五冊目、六冊目、七冊目、八冊目、九冊目、一〇冊目。二日かけて読んだ。じっくり読んだ。それでも流架と関係ありそうなものは何もなかった。


~その日から十二日後~

香歩「手伝ってほしいことがあるんだけど手伝ってくれない?」
LINEのグループにメッセージを送った。流架と遥と直樹の私の四人のグループだ。もちろん既読は二つしかつかない。既読が三つ付く日はいつ訪れるのか、考えるだけで気分が暗くなる。ふたりから予想通りの返事が来て安心した。
遥 「なになに?珍しくない?」
「香歩の頼みなら何でも聞くよ!」
直樹「たしかに珍しいね」
  「会って話聞こうか?」
香歩「ありがと」
  「じゃあうちに来て」
遥 「おっけー!」
直樹「わかった」
一時間後、二人が家に来た。
「それで、手伝ってほしいことってなに?」
 私は、ふたりがこれから言うことを信じてくれると願って、話すことに決めていた。流架を医者でもない私たちが助けられるなんて普通は信じてくれない。私も百%信じ切れていないし。しかもその方法が夢に出てくると聞けばなおさら信じられないだろう。でも私は、ふたりの友達にかけることにした。友達なんていなかった私の最初で最後の親友たちに。
「信じられないかもしれない。でも、私はふたりが信じてくれると思ってる。私の唯一の友達だから。」
私は呼吸を整えて、言った。
「私、流架を助けたいの。」
 私はふたりに話した。ある日、幼なじみの翔からLINEが来て流架を助ける方法があり、流架を助けるにはやらないといけないことが五つあると言ったことを。そして私は、それを今やっている最中でそれを手伝ってほしいとふたりに言った。ふたりは何も言わずに最後まで聞いてくれた。
「私は信じるよ!もちろん手伝う!」
「僕も。流架を助けたいのは一緒だからね」
安心して目から雫が流れた。
「ありがとう」
「何で泣くの?私は香歩の味方なんだよ?泣かないでよ。私まで泣けてきちゃうよ」
女子ふたりで、抱き合いながら泣いた。落ち着いてから遥が聞いてきた。
「そうだ。さっき唯一の友達だからって言ってたよね?友達いなかったの?」
「うん。中学の時は学校に友達なんていなかった。幼なじみはいたけど、途中で連絡とれなくなって。」
そして私は、中学の頃の自分の苦い思い出を記した一冊の本を、信頼できる二人に見せた。



~中学生の私~

「このドラマ面白いよね!」
「主演の俳優タイプ!」
「あー!早く次見たい!」
私はクラスの女子と他愛もない話をして盛り上がっていた。
「香歩ー、どっちの俳優タイプ?」
「私はこっちー!早希は?」
「やっぱそうだよね!香歩とはホント気が合うなー。」
この三日後、ある偶然によって私たちの歯車は狂いだした。原因は、私と親友と思っていた早希との間の歯車が狂いだした日の前日の出来事。

~前日~

「翔、おまたせー」
「よし、じゃあ行くか」
私たちは近くのカラオケ屋に向かった。受付を済ませて部屋に入った。それから三時間歌って部屋を出て会計へと向かった。
「あれ?香歩じゃん!ん?もしかして彼氏?ごめん!邪魔しちゃった?」
ちょうど早希とその友達がカラオケに着たところだった。偶然会った。早希たちは三人して翔を見た。そして私を少し離れた場所につれていって聞いてきた。
「超かっこいいんだけど!誰?」
「私の幼なじみで、今付き合ってるの。」
「へぇーそうなんだ」
その時の早希の顔は、私への嫉妬で、本当の悪魔のようだった。翔のところへ戻ると、
「お邪魔しました。じゃあね香歩、また明日―」
「じゃあねー」
そう言って部屋に向かって歩いていった。
「今の、同じ中学の子?」
「うん。」
私はあの顔を見た時から不安でしかたがなかった。

     ~その日~

「おは……」
私は教室に入ってすぐ、言葉を失った。
「香歩LOVEイケメン君」、「香歩リア充」
 それが黒板に書かれていた。黒板の横には早希が立っていた。明らかに楽しんでいる。そして、私に気づくとすぐに早希は教室を出ていった。クラスの女子は全員、わかりやすく私を避けていた。そしてつららが私の心に何本も突き刺さる。男子は、「河合、これホントかよー」「おめでとう」。そう言ってきた。男子たちに悪気はないのだろうけど、この瞬間私の学校生活に暗雲が立ち込めた。
「おはよう。ってなんだこれ?誰が書いたんだ。河合、これ本当なのか。良かったな。楽しそうで何よりだ。じゃあ皆読書して。」
 そう担任が言った。良かったな、楽しそう…私は心の中で叫んだ。「なんで!なんで楽しそうに見えるの!」と。
 私はその日のうちに、完全に孤立した。それから毎日、冷たい目で見られ、誰にも相談できず、私の心は少しずつ着実に壊されていく。二週間後、いじめはエスカレートした。早希たちと話していたドラマで出てくるいじめとは違って、早希は私を精神的に追い詰めていった。トイレに行けば、水をかけられないかわりに目の前で悪口を言われ、放課後は、暴力は振るわれないけれどずっと私を蔑んだ目で見るか、笑って通り過ぎていく。
 一ヶ月後、私は学校に行かなくなった。もちろん翔には内緒で。翔と遊びに行く時は早希たちと会わないようにわざと遠くに行った。
 三か月後、翔が遠くへ転校し、私は家族以外に頼れる人はいなくなった。

     ~高校生の私~

早希たちと同じ学校にはなりたくなかった私はこの学校に来た。私は、友達は裏切る、そう考えてひとりで過ごすことを選んだ。英語の時間のペアワークでは、教師に何を言われてもペアワークは一切笑わずに流れ作業のようにこなしたし、担任との面談でも、教師は全員クズだと思って何もないと言ってさっさと面談を終わらせた。無視すれば怒られて無駄な体力を使う。だから少しは関わりをもった。そして、私は朝から帰りまで常にひとりで過ごした。音楽と家族だけに癒しを求め、それ以外には一切関心を示さなかった。

     ~高二の私~

流架、遥、直樹、この三人は信用できる。誰よりも。私、変われるといいな。

本に書かれた文章はここで終わる。
「心の日記」。心が壊れかけた私が心を保つために表紙にそう書いた日記帳。それを読み終えたふたりは、ノートをゆっくりと閉じた。そのタイミングで私はふたりに言った。
「ごめんね。最初の頃、話しかけてくれたのに無視しちゃって。私、三人のおかげで変われた。ホントにありがとう」
 今までずっと言いたかったことを言って、私は笑いながら、泣いた。その涙とともに、残っていた暗雲はきれいに消えた。そして、心の底から思ったことを最後に言った。
「三人と出会えてホントに良かった。」
 言い終わった瞬間、遥と直樹は私を見た。私の心に刺さって残っていた冷酷なもやをかき消してしまうほどの暖かい目で。そして、ふたりの言葉が心を癒した。
「僕は香歩をいじめた奴らが許せないよ。香歩はずっと僕の友達だから」
「私も。早希って奴も担任も、香歩を傷つけたやつを許さない。これから香歩を傷つける奴も許さない。ずっと、ずーっと香歩は私の親友だよ」
「ありがとう…」
 私は嬉し涙を流した。そんな私を遥は、私の頬をつねって笑わせてくれた。直樹は、自分の涙を拭いながら、私が落ち着くのをただ待ってくれていた。そして、落ち着いた私に直樹が言った。
「僕たちは絶対に香歩を裏切らないよ。だから、今は流架を助けよう。それで、なにすればいいの?」
私は部屋にヒントがあることを話した。
「部屋ねぇ。流架の家って遠い?近いなら部屋行ってみたいんだけど」
「それもそうだね。僕たちが見ても何もないかもしれないけど見る価値はありそう」
すぐに電話して家に行けることになった。
「じゃあ行こ!」
ものの一分で着いた。
「ちかっ!!こんな近くに住んでんだ…。さすがにマンションは違うと思ってた。そりゃ毎日一緒に登下校するわ。いつでも会えるとか羨ましい!」
 遥が驚くのも無理はない。クラスのみんなは私たちの家が近いとは知っていたが、同じマンションにあるとは知らなかったのだから。
「たしかにこの近さには驚くよ。でもそれより、とにかく部屋に行こう」
三人で探してもなにも出てこなかった。直樹が真剣な顔で聞いてきた。
「本は流架のものなんだよね?なら、家に流架から借りた本とか自分で買ってない本とか何かない?」
「あ!ある!自分で買ってない本!」
 一一冊目。見たことのない本。なんの思い入れもない本。ただあの時のママの反応が気になり続けていた。本当にママの本なのか。二人を連れてもう一度聞いてみた。そして、ママは覚悟を決め、私の目を見て言った。
「黙っててごめんね。それは、翔くんから渡された本の代わりにママが置いた本。香歩がいない時にママに預かっててほしいって言われたの。そして、ある時、それを香歩に渡してほしいって。ママね、それを読んでみたの。最初は全部は読めなかった。読みたくなかった。何日か経ってから全部読んで、それでも香歩には渡せなかった。だから、その本はママの本と入れ換えて棚に入れた。本物は違う場所にあるの…。」
母は私の部屋のクローゼットから取り出した本を手渡した。
「はい。これが本物。買い物行ってくるね。最後までちゃんと読むんだよ。」
翔がママに渡した「本」。私でさえ一度も見たことがない。
 日記だった。私のことばかり綴られていた。私がひとりだったこと、翔だけが心の拠り所だったことなど、翔には気づかれていないと思っていたことがたくさん書いてあった。
 しかし本当に読めなかったのはその次からだった…。
私の中では、翔は転校したはずだった。
「ほんとごめんね。」
「翔が悪い訳じゃないよ。でも寂しくなるなー。」
 翔は転校することが決まったらしく、すぐに私に会いに来た。皮肉にもその日は晴れていた。心は厚い雲におおわれた。
でもこれは日記の続きに書いてあることとはまるで違っていた。




~日記~~

 九月二五日
余命宣告されちゃった。何もしなければ余命は一年だって。一度はそれなりに回復したのにな。香歩に伝えるべきか迷うな。
 二六日
定番だけどやりたいことを五つ考えた。
① 香歩とまた映画に行く
② 香歩とあの場所に行く
③ 香歩と夕日を見る
④ また外国に行く
⑤ 香歩に一人を卒業してもらう
それまでは絶対に死なない!そして、香歩には何も言わない。
二七日
治療が始まった。前回よりもきつい治療らしい。でも香歩に会うために乗り切る!
 二八日
かなりきつい。でも香歩に会いたいから頑張る。一回は完治させたんだから
 二九日
少し楽になった。抗がん剤はいやだ。
 三〇日
数値は変わらない。香歩元気かな?
 一〇月一日
香歩とどこかに行きたいな
 二日
もう少しで一年か。短かったな。もっと香歩と一緒にいたい
 三日
一年記念にどこか行こう!どこが良いかな。映画も良いし、あの場所に出かけるのも良いし、香歩を驚かせよう。
 四日
記念日に退院許可もらうために今日から治療がきつくなるって。香歩に会うために頑張ろう。楽しみにしててね香歩
 五日
しんどい。
 一一日
だるくてあまり動けない。しばらく日記も書けなかった。でもあと四日の辛抱
 一二日
夜にこっそり抜け出して屋上で夜の空を見た。香歩、元気かな。香歩は見てるかな?笑
 一三日
今日は副作用も無くて体も楽だった。このまま治ってくれるといいんだけどな
 一四日
いよいよ明日!超楽しみ!やっと香歩に会える。香歩に気づかれないように元気なふりしないと。
 一五日
①②③達成!きれいな夕日と真っ赤な頬をした香歩。晴れてくれて良かった。良い一日になったな。改めて、一年おめでとう、自分。目指せ二年
 二一日
治療が変わった。親は何も言わないけど、延命治療だろうな。本当は余命もうちょっと短かったのかも。
 二五日
海外旅行してたら香歩を元気づけられなくなっちゃうから、国内旅行することにした。いつでも香歩に会いに戻ってこられる距離。でも全国を回るから中学卒業までかかるかも。もしかしたら途中で倒れて戻ってこられなくなるかもしれない。香歩には転校って嘘をつこう。
 二六日
これから香歩のお母さんにこれを渡す。レコーダーと一緒に。死んだ時に香歩に渡してもらう。少しでも香歩の支えになれるといいな。
 香歩へ
何も言わなくてごめんね。香歩の笑顔を見たかったんだ。わがままでごめん。昔からずっと一緒で、ほんとに楽しかったよ。香歩が幼馴染みで、彼女で良かった。大好きだよ。本当にごめんね。幸せにね!
 
日記はそこで終わった。私と翔、ふたりの涙で字がにじんでいるところが何ヵ所もあった。
翔は一度も弱い自分を見せなかった。私のために。私はなにも気づかなかった。その頃の私の唯一の友達だったのに。
レコーダーを流した。

『香歩!やっほー!香歩のことだから泣いてると思うけど、少しでも香歩に元気出してもらいたいから言わせてね。
香歩、頑張れ!
何かあったらこのレコーダーを聞いて元気出してね。このレコーダーは香歩が好きなようにしていいよ。ずっととっておいてくれるとすっごい嬉しいけど、いつまでも香歩を縛りたくないから捨てていいよ。とにかく、元気出してね!じゃあ、ばいばーい』

涙が止まらなかった。翔はただ転校しただけだと思っていたから。翔はいつも笑っていたから。
「本当は私の近くにいたかったくせに。ごめんね翔。」
 隣にふたりがいるのも忘れてひたすら謝って、日記を抱いていた。翔を知らないふたりは、それでも泣いている私に寄り添ってくれた。
「私ずっと香歩の友達だよ。香歩がイケメンと付き合っても、喧嘩しても、ずっと。今もうイケメンと付き合ってるしね」
いつもの遥のいじりで笑った。
「僕もだよ。ずっと友達。だから、僕たちのもう一人の友達を助けよう!絶対に!」
 笑いながら泣いている私に、力強くそう言う直樹。その言葉に私は涙を拭って、そして日記とレコーダーをアルバムが入っている机の中にそっと入れた。
「ふたりともありがとう。流架のためにまだ手伝ってね!」
ふたりが帰ってから、日記を何度読み返した。寝る前に日記を表紙が見えるようにして本棚においた。私の味方がそこにいるだけで、安心感に包まれた。翔に会えることを願って寝た。
    

~その日から一三日後~

結局この日は翔とは会えなかった。
リビングに向かった。朝日が雲に隠れていた。ママは疲れた顔をしているがいつもと変わらず笑っている。それでも昨日あったことを忘れてはいないはずだ。少し気を重くしながらママの隣に座った。
「おはよう」
「おはよう。いつも通りだね。良かった。香歩がすごく落ち込んで、それで香歩おかしくなったらどうしようなんて思ったら寝られなくて。安心したし、寝るね」
 そのほっとした顔を見て心が軽くなった。強い光が外から注ぎ始めた。そして私は、何かに押されるようにLINEを開く。そして、メッセージを送った。
香歩「翔じゃないのはわかってる。でも、頼れるのはあなたしかいません。だから教えてほしい
の。夢の続きは?」
 二度とLINEが返ってこない気がした。それでも私は「翔」に頼る。それで流架が助かるなら偽物でも気にしない。夢の続きだけでも教えてほしい。そう願いつつ携帯をテーブルにそっと置いた。そして、携帯をもって二階に上がろうとした時、音楽が流れ始めた。ソファに座り直してLINEを開いた。
翔?「翔のこと、許してあげてね!」
「翔のふりしてごめんね。でもね、夢を見ていたのは本当。それでも私は、夢の続きを教え
られない。教えたくないんじゃない。ただまだ夢に出てきてないだけ。出てきたら必ずL
INEします!」
なんで、なんで夢の続きがないの?流架には関係ないから?そう思ったけど、「翔」にLINEを返した。
香歩「信じていいの?」
私には信じることしかできない。送ったメッセージを削除して、送り直す。
香歩「信じるよ。LINE待ってる。」
すぐに既読がついて、なにも返事はない。着メロの音量を大きくしてソファに横になった。
今日は何をすればいいんだろう。日記じゃないとしたら何だろう。
突然流れた大音量の音楽。私は重たいまぶたを開いた。いつの間にかソファで二度寝してしまった。見ると画面には遥からのメッセージが表示されていた。メッセージ他に五件来ていた。LINEを開いて、古い順にメッセージをみる。「翔」からはなにも来ていなかった。どうでもいい公式アカウントから来た二件は既読して閉じた。残りの三件は遥と直樹からだった。
直樹「どう?何か進展あった?」
遥 「さすがにあったんじゃない?昨日のあれ以外に考えられないしょ!」
  「香歩大丈夫?落ち込んでるなら慰めてあげるよ?笑」
すぐに返信した。
私 「何も進んでない」
  「落ち込んでないから!遥も泣いてたでしょ」
遥 「たしかにそうだね!笑」
トークをして今日やることが決まった。
直樹「翔の日記が流架の本棚に入ってた本なのかな?」
トーク中に、翔の日記を流架が持っているのはおかしいことに気づいた。
ふたりには何の繋がりもない。だとしたら本棚のあのスペースは何?まだ終わってない。ふたりにまた手伝ってもらおう。
私 「まだ終わりじゃない気がする」
  「今日ふたりとも暇?」
遥 「日曜だよ?香歩と流架のためなら部活サボる!」
直樹「手伝うに決まってる。あのさ、サボるのはどうかと思うんだけど。風邪とか何かしら理由つけたら?」
遥 「そうする!」
私 「ありがと」

午後、ふたりが家に来た。
「それで何かわかることないわけ?」
「正直、ない…」
「それじゃ進まないよ~」
「だったらもう一度流架の部屋に行ってみるのはどう?香歩が何か思い出せばいいわけだし」
直樹の言葉に私たちは頷いた。そして流架の部屋に向かった。
「さぁて、んで、何すんの?」
「わからない。行って何するか考えてなかった。」
直樹はしっかりものに見えて意外とぬけてるところがある。そういえば流架もぬけてたな。

「流架どうしたの?そんなに慌てて珍しいね」
「次使う教科書無くて。ちょっと前の教室見てくる。」
そう言って走り出した流架。ここにあるよと言いたげにカバンから顔を覗かせている教科書。
それを見た瞬間、私は声を上げて笑った。
「どうしたのそんなに笑って」
聞いてきた遥に教えたら、遥はツボに入ってまともに立っていられない。ふたりで笑っているところに流架がこの世の終わりを告げるような顔をして入ってきた。
「何でそんなに笑っ…え!?ここにあったの!?そんなー。」
本気で悔しがりながら教科書を取る流架のブレザーの胸ポケットに何か入っているが見えた。
「胸ポケットに何入れてるの?」
「本だよ。いつでも読めるように胸ポケットに入れてるんだ。ほら?早いでしょ?」

「直樹がぬけてるおかげで、わかったよ!あのスペースにぴったり入る本!」
「何か役に立てて嬉しいような、でも悲しいような。」
「そんなんどうでもいいから!それでどこなの!」
「とにかく病院行こう!」
病院へ向かうバスの車内で、小声で話した。
「そろそろ教えてくれない?何がわかったの?」
「直樹みたいに流架にもぬけてる時があったの。」
そして流架がよく胸ポケットに本を入れていたことを話した。
「ん?ってことは、流架が持ってるってこと?」
「たぶんそう」
ふたりが話すのをただ聞くだけで何も言わない直樹。ちょっと悪いことしたかな。
「直樹ごめんね。悪気はなかったんだけど…。」
直樹から反応がない。直樹は何か考え込んでいた。
「直樹?」
「あ、ごめん。何?」
「さっきは悪いことしたなって思って。ごめん」
「あぁ、全然気にしてないから大丈夫。今ちょっと考え事してて」
「考え事って何?」
「いや、何でもないよ」
話すうちに病院近くのバス停に着いた。すぐに病室に向かった。
「ねえ、香歩、勝手に探しちゃって大丈夫なの?」
「お母さんから許可もらったから大丈夫。制服はロッカーの中だって」
すぐにロッカーを開けると汚れて、破けて、見ていられないほどに痛々しい制服があった。胸ポケットには何もなかった。運び込まれたときに抜き取られたのかな。電話してみよう。そう思った時、
「香歩、これじゃないかな?」
振り返ると直樹がきれいなカバーで包まれた本を持っていた。
「きっとそれ!胸ポケットに入ってなかったし、それだよ!さっすが!」
照れ笑いする直樹から遥が本を受け取って言った。
「この本知ってる!」
横にいた遥の言葉に私はすぐ反応した。正直、遥が知っているのに驚いた。遥はあまり本を読まないから。
「ほんとに!?教えて!」
遥は頷いて話し始めた。それも不思議そうに。
「うん。えっとね、香歩が風邪で学校休んだ日に流架が言ってたの。『この人知ってる?最近はまってるんだよね』って。そしたら聞いてもないのに内容まで教えてくれて。そのとき教えてもらったのがこの本。でもさ、香歩が風邪で休んだ日って何ヵ月も前の話じゃん。今も持ってるなんておかしくない?。流架が本一冊にそんなに時間かけるわけないし。何かおかしくない?そう思わない?」
「絶対おかしい。流架長くても1週間で一冊読み終わるし。私その本持って帰って読んでみる。読んだら何か分かるかもしれないし。」
「何かわかったら教えて」
「もちろん。私もうちょっと流架の近くにいたいからまだ帰らないけど、ふたりはどうする?」
「私も一緒にいる。」
「僕は、もう少し探してみるよ」
 直樹が何かないか探している間、私はさっきの本のカバーを丁寧にめくり表紙を見た。そこには、作者MIAと書いてあった。後で読むと決めた。本を丁寧にカバンにしまって流架の方に目を向けた。目を閉じて眠っているけれど、すぐに私を照らしてほしい。あの太陽のような笑顔で。    
そう願っていた時、遥が話しかけてきた。
「ねぇ香歩、直樹変じゃない?」
 言われて気づいた。さっきからほとんど喋っていなかった。病室でこの本を見つけてからずっと一言も喋ろうとしなかった。それどころかいつもより顔が暗い。
「どうかした?やっぱりさっきの気にしてる?」
 私の言葉になにも反応しない。それどころか一点を見つめて固まっている。いつもはすぐに反応するのに反応しないなんてどう考えてもおかしすぎる。もう一度話しかけるとやっと反応してくれた。
「ごめん。」
「どうしたの?大丈夫?」
「大丈夫。ぼーっとしてただけ。何も無かったしそろそろ帰るよ。ふたりはまだいるんだよね?じゃあまた。」
 引き止めようとする私たちを背に直樹は颯爽と帰っていった。私たちは直樹が心配で、理由を知るためにつけていくことにした。
直樹はバスにも乗らず、イヤホンをしながら歩いていく。高一の頃の私みたいに。
「どこ向かってるんだろ」
「こっちって家とは真逆だよね?」
 住宅街をぬけて街中に出た。映画館、ボウリング場、ゲームセンター、若者が集う場所には目もくれずひたすら歩く。遂には街をぬけた。それから一〇分ほど歩いて、直樹の足が止まった。私たちは目を丸くした。直樹は病院へ入っていった。
「ここって、聞くまでもないけど、病院だよね?」
「うん。しかも私が入院してた病院。」
そこは紛れもなく、私が事故に遭って怪我をした時に入院していたところだった。
「中入る?」
「入ってみよう」
 中に入った私たちは直樹がエレベーターに乗るのを見た。エレベーターは七階でとまった。私たちもエレベーターに乗って七階へ向かった。エレベーターから降りると同時に直樹がある部屋から出てきた。車イスを押しながら。隠れようとしたけれど、もう遅かった。直樹は細い目を丸くして立ち尽くしていた。
「香歩、それに遥まで、どうして。」
「心配でつけたの。今日の直樹おかしかったから。」
 私よりも先に遥が答えていた。私たちは全員、全く状況を読み込めずにいた。最初に口を開いたのは直樹だった。
「とりあえず部屋に入って。話はそれから。いいよね?」
車イスの女性は、「いいよね?」という言葉に頷いた。部屋に入ると女性はベッドに横になり、直樹はベッドの横に座った。私たちも椅子に座った。さすがに少し距離をとって。
「この人たちって直樹が言ってたあのふたり?」
「そうだよ。」
「ということはつまり…」
「そう。流架がつなぎとめてくれた僕の大切な友達だよ。」
ふたりが話すのを私たちは黙って聞いていた。というか言葉が出なかった。まだ混乱している。それに救ったって何?私はとりあえず1番の疑問をぶつけた。
「あのさ、その…、どういう関係?」
直樹の答えで私の頭は余計に混乱した。
「この人は、野田奈津美、僕の姉。病気で入院してるんだ」
「え、お姉ちゃんいるって言ってたっけ?」
「いや、言ってない。あえて言わなかった。言ったらもう友達でいれなくなる。もし友達のままいれたとしても、気まずすぎる。そう思ったから。でも、この際だから、ばれたから、明かすよ、全部、何もかも。」
直樹はなぜか泣きそうな顔をしていた。友達でいられなくなるほどの秘密なんてない、そう思った。すると、直樹の様子を見てお姉さんが言った。
「直樹、いいよ、私が言うから。」
「ふたりにお願いがあるの。この話を聞いた後も直樹と友達でいてほしい。」
私たちは、戸惑いつつも頷いた。
「それじゃあ、直樹が言ってるその秘密っていうやつを教えるね。」
その秘密は私の予想よりも何倍もショッキングなものだった。

「私が大学3年の時、直樹は中2の時かな、私の友達が冬道で転んで怪我したって連絡があった。その友達とは姉弟そろって仲が良かったから、その友達はかすり傷程度で何ともなかったんだけど一応入院していたから、友達のお見舞いに行こうとした。だけどその途中で直樹と喧嘩して別れた。私は直樹を追いかけたんだけど、そのせいで直樹が赤信号を走って渡ろうとした。もちろん、車は走ってる。私は怖くて動けなかった。そのとき、ひかれそうになった直樹を助けようと大学生くらいの女性が走っていった。直樹は助かったけど、その女性は車とぶつかった。」
お姉さんが涙を流し始めた。
「すぐに警察と救急車が来て、女性は救急車で運ばれていった。何日か経ってから警察に聞きに行った。女性はどうなったか。もちろん最初は教えてくれなかった。でも女性の両親がちょうど来て、女性の父親が教えてくれた。私は殴られるんじゃないかと思った。私が喧嘩しなければ、女性は死なずに済んだんだから。でも、あの子はそういう子だって言って、直樹には今は教えなくて良いから、怪我が治ったら教えて線香をあげに来てほしいと言った。そして、直樹が退院したときに女性が亡くなったと伝えて、約束通り線香をあげに行った。それがその事故のすべて。1番の秘密はここから。」
お姉さんは私たちの目を見て言った。
「その女性は、流架くんのお姉さん、美愛さん。そして私たちは、流架くんにとって、姉を死に追いやった張本人。」
直樹はそれまではベッドに顔を伏せていた。でも、顔を上げて私たちに言った。
「ここからは僕が言うよ。お姉ちゃんは知らないことだから。僕は流架がその女性の弟だと知らず、流架も、高校生になっても、姉の死の真相は知らなかった。でも高二になるときに転校してきて、偶然クラスに僕がいることを何週間かしてから知った流架の両親は、流架に真相を話したらしい。僕の名前は伏せて。その時には僕はもう流架と、遥と、香歩、三人と仲良くなってた。でも、僕だと言った。流架になら殴られても構わなかった。でも流架は、『恨まないよ。お姉ちゃんが命がけで助けたのが直樹で良かった。真面目で人を思いやってくれる、いい人で良かった。ふたりには秘密にしておこう。ふたりが知ったらどうなるかわからないから。四人で仲良くしたいから。』って涙ぐみながら言ったんだ。そして、この秘密を守ること、つまり、嘘をつき続けることは、流架の願いだった。そして、今になって今度は流架が事故に遭って意識がないって連絡が来た。胸が締め付けられた。流架はお姉さんのもとに、空に行こうとしてると思った。そしたら僕は香歩と遥から大事な友達を奪うことになる。そして、昨日病室に行って見つけてしまったあの本。それは、流架のお姉ちゃんが残した特別な小説。世界に一つしかない、MIAの未発売の小説。つまり、流架は高二になってから毎日、『お姉ちゃん』とお姉ちゃんを殺したも同然の人間と一緒にいたんだ。それを考えたら、つけられてるのにも気づかずここに来ていた。そして、僕は今流架と約束したのに秘密を打ち明けた。もう友達じゃいられない。僕は…」
そしてまたベッドに伏せた。すると遥が泣きながら言った。
「直樹。私はそれでも直樹と友達でいるよ!流架だってそう願ったんでしょ!私は直樹をこんなことで嫌ったりしない!ね?香歩?」
私も泣きながら言った。
「うん!友達でいるに決まってるよ!だから直樹、もう自分を責めないで」
「ふたりとも…。ありがとう」
そして、全員が泣き止んだところで、私たち三人は目を赤くしながら誓った。ずっと友達だと。

~その日から一四日後~

昨日の衝撃から一転、私はまた考え込む日々に戻った。全くLINEがこない。夢の続きはあるのか、疑っていた。すると音楽が流れた。たぶん遥だろうなと思いつつLINEを開いた。
翔?「夢の続き、知りたいよね?」
待ち望んでいたメッセージがやっと来て、私はすぐにメッセージを送る。
香歩「もちろん!教えて!」
翔?「三つ目は、私について知ること。ヒントは翔!」
香歩「私って、翔のふりしてるあなた?」
翔?「そう。なぜか、私。じゃあ頑張って!」
今度は翔がヒント。翔に関係あるのはわかった。でも、それだけで「翔」を突き止めるのは簡単じゃない。ただ、何となく検討はついている。その人にLINEを送って、会うことになった。

相手が指定してきた待ち合わせ場所に着いた私は、すぐにブランコに座った。たぶん中学の頃に翔と乗ったはずのブランコ。上には青空が広がって、太陽が照っていた。小さな頃によく翔と公園でブランコに乗って遊んだのを思い出していると相手はやって来た。
「話って何?」
「正直に答えてね。翔のふりしてるんでしょ?翔じゃないってわかってから送られてくるメッセージのくせがそっくりなんだもん。「!」つけてるところとか特に」
「さすがだね、香歩。もう私って分かっちゃったんだ。「!」でばれるとは思わなかったけど。騙す気はなかったんだよ、最初は。でももう騙したようなもんか」
 笑いながらそう答えたのは、遥。本当は遥ではないことを祈っていた。私の親友だから。私が中学生の時に私をいじめてきた奴らとは違って、私に光をくれた一人。でもどうしてか、私は騙されていたようには感じなかった。それは「翔」が親友の遥だったから。でも知りたい。どうして翔のふりをしたか。そして何より、なぜ私が話すよりも前に翔を知っていたのか。隣に座ってブランコをこぎ始めた遥に、まずはどうでもいいことから聞いた。
「ブランコもあの日のカラオケも翔が関係してるんでしょ?」
「翔とよくこのブランコに乗ったんだよ。カラオケもよく行ってて、翔のことを思い出すと行きたくなるんだ」
「どうして翔のふりしたの?」
「どうしてって、わかんないの?翔の過去調べたんでしょ?まさか調べてないの!」
「調べてないよ。遥のことを知るのが目的でしょ?ヒントだから、遥じゃなかったら過去を調べるでいいかなって思って。」
「じゃあ翔と私の過去から話さないとダメだね」
「過去って、翔と遥って知り合いなの?」
「そうだよ。翔と私は中学で同級生だったの。それも、三年間ずっと同じクラス。中学生の頃から香歩のこと知ってたんだよ。翔から相談とか自慢とかされてたから。このブランコに乗りながらね。」
「そうだったんだ。って自慢って何!?変なことじゃないよね?」
「そんな変なことは自慢されてないよ。あ、でも、一回あったかな。香歩のかわいい寝顔とか言って、寝顔見せたいくせに顔を隠して見せてきたっけ。結局顔見れなかったけど。」
 翔のバカ。心の中でそう言って、顔が熱くなった。これ以上恥ずかしい話は聞きたくなくて、私は話をそらした。
「だったら翔が病気だったって知ってたの?」
「話しそらしたねー。まぁ、知ってたよ。正直、ショックだったなぁ。一番っていうか唯一かな、仲いい男子だったからね。翔以外の男子は正直ただ話すだけの関係だったし。だから翔が病気でもうすぐ死ぬなんて聞いたら普通じゃいられなかった。その日は夜まで泣いて、次の日には笑ってた。翔が死ぬまでは笑ってようって思って。そしたら相談されたよ。『最後に彼氏と過ごすならどこに行きたい?』って。私は翔のことで頭一杯で香歩の事を考える余裕なんかなくって、ただ『翔の行きたいところ』って答えた。もちろん作り笑顔でね。本当は翔のこと好きだったし。」
 翔のことを話している遥は、嬉しそうで、いつにもまして穏やかだった。本当に翔は大事な友達、半分彼氏みたいな存在だったとオーラが語っていた。
「翔、行きたいところあるって言って、その日は一周年で、翔の病気なにも知らなくて。ひどいな、私。翔のこと大好きだったのに。」
「そんなことないよ。翔が香歩のこと話す時の顔すごかったよ。口裂けるんじゃないかってくらいにこにこして、見てて笑っちゃったもん。」
 翔の笑顔は想像するだけで癒される。それは私も同じだった。一年記念日が最後だったけれど。上から照りつける太陽が、翔との日々を思い出させる。
「その記念日に家に帰った翔からLINEがきたの。『香歩を守れないから、香歩と友達になって傍にいてやってほしい。最後のお願い。』って。断ることなんてできなかった。だってそれは翔の願いだったから。香歩に一人を卒業してもらうっていう願いね。死んでも香歩を想ってるってカッコいいよね。そして、翔は日記を残して、私は翔が大切に想う人だからっていう軽い気持ちでお願いを引き受けた。そして翔は空に翔んでいった。」
 初めて聞く話だった。翔と仲良くできてよかった。つくづくそう思った。
「香歩も一回葬式に来たんだよ?絶対覚えてないだろうけど。たぶんだけど、翔が死んでたことすら覚えてないでしょ?まぁだから翔のふり出来たんだけど」
たしかに覚えていない。翔の死は日記を見たあの日に初めて知った。
「香歩、葬式で倒れて、翔の死の前日からの記憶なくなったんだよ。そのまま知らない方がいいのかなって思ったけど、高校で死人みたいで誰とも関わろうとしない香歩に会って、こりゃ知らないとダメだなって、それで翔のふりして翔を思い出させようとしたの。まあ暗くなってた理由は全然違ったけどね。それでね、最初はただ翔を思い出してもらおうとしただけだったんだけど、流架のことがあって夢に出てきて目的が変わっちゃった。でも、思い出してくれたし結果オーライだね。翔と私のことも話せたから香歩と思い出話できるね。あ、それが翔の目的だったのかも」
「そんなことがあったんだ。なんかいろいろとありがと。私遥に出会えてよかった。」
「私もだよ」
「また夢見た時は翔のじゃなくて遥のほうでLINEしてね」
これで一件落着。あと残るは二つ。その二つをクリアすれば流架は助かる。流架と再び話す日は着実に近づいて、私はやる気に満ちていた。

運命
~その日から一五日後~

起きてからずっと流架のお姉さんMIAが遺した本を読んでいた。流架の本好きはお姉さんの影響なのか、この本は流架の趣味に似ていた。私はそんな本を、流架と、一度も会ったことのない流架のお姉さんと、三人で読んでいる気分になった。この本を巡った多くの想いを象徴しているこの本。直樹にとってこの本は罪悪感を感じさせるもので、流架にとってこれはお姉さんとの繋がりのひとつ。そして私にとってこれは姉の死を悲しむ流架のありのままの姿を思い起こさせるものだった。
多くの想いを感じながら読み進め、あとがきのページを開いたとき、突然音楽が流れた。
遥 「香歩、今すぐ下に降りてきて‼」
遥からLINEが来た。「!」の多さから何かあったのかもと思って、私はすぐに下に降りた。そんな不安をよそに、下に着いた時、そこには笑顔の遥と穏やかな表情の直樹がいた。
「どーしたの?ふたり揃って」
「あれ?香歩には連絡来てないの?」
「連絡?遥からしか来てないけど…なんで?」
「なぁんだ、知らないのかー」
遥が言うと、私は携帯を見た。電源を切っていた時にちょうど留守電が入っていた。かけなおそうとすると同時に私の携帯が鳴った。流架のお母さんからの電話だった。
「もしもし。」
「香歩ちゃん!電話したんだよ。流架、目覚ましたよ!電話でなかったから先にふたりに流架のLINEで伝えて、香歩ちゃんには電話でちゃんと言おうと思って。早く来てあげて」
 ふたりを見ると、理解したらしく、歓喜の笑みを返してくれた。電話を切った私はふたりに待ってるよう言ってからすぐに部屋に戻り着替えた。いつもより少しおしゃれをして、そして三人で流架のもとへ向かった。
「まだ五個全部終わってないのに助かるなんて、夢間違ってたのかな?」
「そんなのどうでもいいじゃーん!目覚ましたんだからさ!」
「助かって良かった。本当にそう思うよ。香歩の努力の賜物かな。」
「直樹、違うよ。「皆の」だよ。ふたりとも手伝ってくれてホントにありがと!」
「流架を助けたかっただけだし、お礼なんていいってー!」
「うん。目を覚まして本当に良かった」
 三人で盛り上がっているうちに、私たちは流架がいる大病院に着いた。エレベーターに乗って上に行く。そして、流架の部屋の前に着いた。三人して喜びと緊張でテンションがおかしくなっていた。三人で一斉に個室のドアを開けた。
「流架!」
 そこには、いつもの笑顔で笑いかけてくる流架がいる。差し込んでくる太陽が流架の目覚めを思い知らせる。この一五日間、ずっと待ち望んだこの瞬間。たまらなく嬉しく、たまらなく幸せ。ここまで遠かった。私を変えてくれた三人と私、四人がやっと揃った。また楽しい、当たり前の日々が始まる。四人で明日を迎えられる何気ない日々が。
 そのはずだった。それなのに…。
 私たちは次の瞬間、凍りついた。
 流架は…、
 「あの、君たちは、誰?」
 記憶を失っていた。
半信半疑だった。本当に記憶がないのか。それは一時的なもので、きっとすぐに思い出す。そう自分を納得させた。
 それからしばらく立ち尽くしていた私たちの横を通りすぎて、流架はどこかへ行ってしまった。  
その瞬間、流架の中にもう私たちは存在していないという現実を突きつけられた。流架のお母さんの言葉が更に追い討ちをかけた。
「さっき目を覚ました時、すぐに私のことは分かったのに…。」
 流架の記憶から、私たちの記憶だけが消え去った。ふたりの頬を、雫が次々と伝っていた。けれど私は、ショックで自分が泣いたのかすら分からなかった。立つので精一杯だった。病院を出て、帰りのバスに乗っている間は、生きた心地がしなかった。ふたりが目を赤くしてなにか話しかけてくれていたけれど、そのどれも耳に入ってこなかった。家に着いてすぐに、ママの言うことに耳も貸さず部屋へ向かった。真っ先に布団にくるまった。

~長旅一日目~

泣き続け、流架との日々を思い返し、とうとう一睡もせずに夜が明けた。ベッドから立ち上がって壁に手を当てそれを支えにソファに辿り着いた。かなりの圧がかかったのか、手に力が入らなかった。体にも力が入らず、ソファに座っているのでやっとだった。
「おはよう」
 そう言って隣に座ったママに肩を抱き寄せられた。残っていたわずかな力も抜けまた泣いた。
ソファに横になっていた。いつの間にか毛布までかぶって寝ていた。それから夜までソファの上でぼーっとして、壁伝いにベッドに向かい寝た。

     ~長旅二日目~

起きてからずっと携帯を見つめた。流架と撮った写真、LINEのトークをずっと見た。一日のうちにやったことはそれだけ。それでも心は大分落ち着いてきた。ふたりはどうしているか心配しつつ寝た。

     ~長旅三日目~

昨日のように携帯を見ていた時、ふたりが家に来た。いつもなら一緒にいたいと思えるのに、今はよくわからない。少しは落ち着いたけれど、一緒にいればまた泣いてしまう。でも一緒にいないとそれはそれで泣きそうになる。私は玄関に向かって頼りなく歩いた。扉を開けたのが私だと分かった途端、遥が抱きついてきた。遥は私よりも目が赤かった。

「香歩~!」
「遥!」
私たちが離れてから直樹が元気のない声で言った。
「ふたりとも元気そうで良かった。」
「まぁなんとかね」
「香歩も直樹もすごいね。私毎日泣いてたよ。さっきだって香歩が死にそうな顔してなくて安心してまた泣いちゃったし。」
「遥ありがとね。あ、直樹も」
 そして、ふたりを部屋にあげた。この三日間どうしていたか話した。遥は、私と同じで一晩中泣き続けた。次の日は何も考えたくなくて一五時間ずっと寝て、直樹からのLINEを見て私の家に来る途中にも泣いたらしい。よくそんなに寝られるなと思ったけどあえて触れずにスルーした。直樹は、それこそ最初は何もやる気が起きなかったけれど、次第に私たちふたりを心配して遥にLINEをしてここに来たそうだ。そして、流架の記憶を取り戻せないかと直樹が言った時、二つの考えをふたりに言った。携帯を眺めていた時に思い付き、三人でやろうと決めていた考えを。
「流架の記憶を取り戻せるんだとしたら、その方法は二つしかないと思う。」
「その二つって?」
「一つ目は、遥の夢。五つやれば助かるって言ったでしょ?でもまだ三つしか終わってない。ならあと二つやれば…。」
「ちょっと待ってよ。もしそうなら、流架の記憶から私たちが消えることは決まってたってこと?」
「まぁそうなるだろうね。香歩が言っている通りなら。それで二つ目は?」
「二つ目は、遥の真似をすること。遥が翔のふりしたことで私は翔の記憶を取り戻せた。だから、私たちが誰かになりすまして流架が記憶を取り戻すのを待つ。」
「翔になりすましていたのは遥だったの!?あー頭がついていかない。まあ、とりあえず頭の整理は後で一人でやるとして、どっちにしろ問題があるね。一つ目なら流架の運命が決まっていたと信じないといけない。二つ目なら誰になりすますべきか分からない。」
「それならお姉ちゃんになりすますのは?」
「お姉ちゃんの記憶はあるから無理だよ、たぶん」
三人で話しても結論は出なかった。家に帰って一日考えることにした。

     ~長旅四日目~

三人で集まって、私たちはすぐに流架のお母さんのもとへ向かった。着いてすぐ、直樹が流架のお母さんに聞いた。
「お姉さん以外で昔、流架と仲の良かった、でも今この世にはいない人は誰ですか。」
その返事は、何も予想していなければ衝撃的なものになるはずだった。でも、すでに予想はついている。それは、その人は…
「翔という名前の子。本名は成海翔。主人の友達の子。」
信じたくなかったその答えに私たちは下を向いた。
「翔くんが死んでから、翔くんのお父さんはアメリカに渡って翔君がかかった病気の研究をしてる。でも流架は未だに翔くんが死んだことを知らないの。教えてないから。翔くんは入れ違いでアメリカで生きていると思ってるの。そして、主人はその研究を一秒でも早く終わらせるためにアメリカに残って、共同で研究をしているの。その研究が終わったら全員で翔君のお墓参りに行くことになってるの。翔君のお父さんが私たちにお願いしてきたの。翔君が最後に人の役に立てるならといって身を捧げたこの研究が終わるまでは、流架には黙っていてほしいって。」
私たちは複雑な思いで流架の家から出た。流架のお母さんも私と翔の関係を知らなかった。
二時間前からこうなる気がしていた。

~二時間前~

「夢、みたよ。夢で言われた。四つ目のヒントは、空」
「空?どういうことだろう。何かわか…香歩?どうした?」
空。やっとつながった。やっぱり「ここ」は「空」だった。流架はあのとき私と空を見上げた。でも気持ちは全然違ったんだ。あの時流架は単に空を見ていたわけじゃなかった。流架は私と話しながらアメリカにいるはずの翔のことを考えてたんだ。たぶんお姉さんのことも。でも翔はそうじゃなかったのかもしれない。そして、翔は…。気づいた私はすぐにふたりを外へ連れ出した。
「どうしたの香歩?何か分かったの?」
「ねぇ、空見て。どう?」
「どう?って青いな、澄んでるなくらいしか思わないけど?」
「じゃあ、本当に天国が空にあるとしたら?」
直樹がすぐに気づいて答えた。
「お姉さんか。」
「それだけじゃないかもしれない。」
「どういうこと?」
「もうひとり、私たちがよく知ってる人がいるでしょ?」
「それが翔だって言うの?流架と翔に繋がりなんか…」
「流架の家にあの公園の写真があったの。その時に言ってたんだ。『お父さんとその友達と行った』って。それに『お父さんの友達に子どもがいた』って言ってた。」
「やることは決まったね。流架のお母さんに聞きに行こう。」
私の家に戻り、結論は出た。
「翔のふりをしよう」
「うん」
「頼むよ。僕は翔くんの事をあまり知らないから他の事を手伝うよ」
「よし、やろう!」
      ~長旅五日目~

すぐに三人で翔の家に向かった。お母さんだけは今、日本に住んでいる。流架との思い出を細かく知るために。チャイムを押すとお母さんが出てきた。
「はーい。え?遥ちゃん?それに香歩ちゃんまで。どうしたの?とりあえず入って」
一通り説明すると、翔のお母さんは快く協力してくれた。早速流架にLINEした。
翔 「久しぶり」
すぐに既読がついた。
流架「どうしたの?ずっとLINE来なくて心配してたんだよ」
翔 「ごめんごめん」
  「流架に会いたいんだけど会えない?」
  「ごめん、今はちょっと」
翔 「なんで?」
流架「事故って入院してて」
翔 「大丈夫かよ」
  「ならしゃーないな」
  「元気になったら俺の家来て」
  「また前みたいに話そう」
流架「もちろん」
私が翔のふりをしてるとは思ってなさそうで安心した。
流架が退院したのはそれから五日後の事だった。

     ~長旅一〇日目~

五日間LINEし続けた。それでめ私たちの事を思い出すことはなかった。そこで、賭けに出た。
翔 「前言ってた彼女とさどっか行きたいんだけどどっかいい場所知らない?」
流架「どこに住んでるの?場所によってはかなり遠いよ?」
翔 「彼女は流架の近くに住んでるから遠くてもいいよ」
流架「ならあの公園かな」
翔 「懐かしいな」
  「じゃあ遊びに行ってくるわ」
流架「楽しんで」
私たちは本当にそこへ行った。そしてあの場所で写真を撮って送った。
翔 「ここ覚えてる?」
流架「もちろん!送ってくれてありがと」
アメリカにいると思っているはずなのに、流架は住んでいる場所に対しても、日本の公園の写真に対しても何も言わなかった。私たちは気づいた。翔が死んだ頃の翔の記憶も失っていると。
だからか、写真を見ても記憶は戻らなかった。

     ~長旅一一日目~

珍しく流架からLINEが来た。
流架「会いに行ってもいい?」
翔 「ごめん今日はデート入ってて」
流架「あ、じゃあ楽しんで」
翔 「楽しんでくるわー」
私たちは流架に内緒で流架のお母さんと会っていた。夢で最後のヒントが告げられたから。最後のヒントは、真実を知ること。
「お願いします!」
「分かりました。協力します。あの子のためでもあるから。お願いね」
「ありがとうございます」
私たち三人と流架お母さんの四人で、四日後にそれを決行した。

     ~長旅一五日目~

「メールを送ったら入ってきてね」
「わかりました。」
 流架のお母さんが流架に事実を話し始めた合図だ。
 あの時流架のお母さんは翔の死を告げることを受け入れてくれた。四日かかったのは、流架のお父さんと翔のお父さんが帰国するためだった。研究は終わっていないが、承諾してくれた。
 一時間ほど経ってからメールが来た。私たちは家に入った。翔が偽物だと知って、その偽物が現れるのだから、出ていけと言われる気がした。それも覚悟の上でリビングの戸を開けた。予想通り、流架は私たちを見て、冷たい視線で、ただ一言、誰?と言った。流架にそう言われると泣き叫びたくなる。でも、耐えた。前みたいに流架と過ごせない方が悲しいから。すると流架のお母さんが言った。
「流架、ちょっと出かけるよ」
 着いたのは、翔のお墓。私たちは車の中で待ち、電話を通して流架とお母さんたちの会話を聴いた。翔は死んだと知っていても辛いのに、流架は泣かなかった。まだ死んだと信じられないのかもしれない。しかし、翔のお父さんが真実を打ち明けた。翔は難病で死に、私は止めたがそれでも最後には研究に身をささげたこと。そして翔の、流架君には自身の死を告げずにずっと笑顔でいてもらいたいという願いを尊重して、流架君には告げなかったこと。他にも翔の死について真実を話した。そして、流架のお父さんが「本当だ」と言ったことで、そして、お墓の横を見たことで、流架はとうとう泣き始めた。見てるのが辛かった。そして、「翔」に話しかけた。
「先に死ぬなんてひどいよ。翔の彼女は俺が守ってやる」
 いつもは俺と言わない流架が俺と言った。思いの強さが伝わって嬉しくて飛び上がりそうになった。でも同時にいつもの流架ではないこと、そして私がその彼女だとわかっていないことを考えると悲しく感じた。
 
次は事故の現場に向かった。
車から降り、一台のトラックが通りすぎた瞬間、流架の様子が変わった。両手で少し頭を抱えてから、形相を変えた。
「そうだ。あの時。」
そう呟いてから目の色を変えてお母さんに言った。
「母さん!今すぐ香歩の家に行って!あの日、香歩が先に帰って、後で学校出てから走って追いかけて、そしたら香歩が見えて。でも車がブレーキかけないで坂下りてて。香歩は!大丈夫なんだよね?」
 あの時暗くなったのは、流架だったんだ…。私を助けるために…。車の中にいるように言われていたけれど、電話を通して聞こえた声に反応して私は駆け出した。止めようとしたふたりの手を振り払って、駆け出した。それに気づいた流架が私の方を振り返って、泣いた。そして私の方へケガをした足で必死に走ってきた。流架は走って向かってくるのが私だとわかっている。最高の瞬間。泣きながら走り、そして、抱きついた。流架が怪我しているのを忘れて。流架の存在を体で感じた。
「流架!よかった!思い出してくれて…」
「ごめん香歩!生きててよかった…」
「私のためにありがとう」
「目の前で彼女が死ぬの見たいわけないでしょ?守るに決まってるじゃん」
「バカ。流架が死んだら私生きてられないよ」
長い間抱き合っていたけれど、ふたりが車から降りてきて、少し冷静になって気づいた。流架が少しふらついていた。
「あ!ごめん!足怪我してるの忘れてた」
「ちょっと倒れそうで危なかった」
やっと、私を見て笑う流架を見れた。
「ふたりも流架のために頑張ったんだから」
「遥!直樹!ごめん!」
「やっといつも流架に会えた。よかったよ。香歩なんか死人みたいだったんだから」
「言わなくていいから!やめてよ遥」
「おかえり流架。あの秘密言っちゃった」
「え!?直樹が言うとは思わなかった。でも受け入れてくれたんだね」
「うん。この一ヶ月の事色々教えてあげるよ。後でね」
「すごい話がいっぱい出てきそうだね」
それから四人で私の家で語り合った。みんなの秘密を知って、その度に反応する流架が戻ってきた。四人で笑いあう日常が戻ってきて嬉しかった。
「ねぇ、そういえばさ、何で花火嫌いなの?」
「それここで聞く?まぁいいか。もう秘密じゃないし。直樹は耳塞いでもいいよ。お姉ちゃんが死んだ日が花火大会で、死んだって聞いたと同時に花火が空に上がったんだ。だから花火見ると泣いちゃいそうになって、香歩に聞かれたら直樹との秘密ばらさないといけなくなるでしょ?だから嫌いって嘘ついて行くのやめた。まぁもう秘密じゃないから来年は全員で行こうよ」
「えーふたりで行ってきなよー。私は直樹とふたりの後つけて「ザ!バカップル!」ってかんじの写真撮るから」
「絶対いや。遥なら本当にやりかねないし」
「人をなんだと思ってんの?」
「ごめんごめん」
「そういえば、香歩、胸ポケットの本読んだんでしょ?あとがきまで読んだ?」
「あ、まだあとがきまで読んでなかった」
「読んで。絶対に読んだ方がいい」
私はあとがきを読み始めた。………。読み終えたとき、私は全てを理解した。同時に涙があふれて止まらなくなった。
あとがきにはこう書いてあった。
 
  「この小説は私のデビュー作とともに、私の弟の友人が、自身が死ぬのを悟り、愛する人Kに思いを伝えるべく私が代理で書いたものである。タイトル「K&K」は彼らのイニシャルであり、この本の本文最後の言葉、「今までありがとう!幸せにね!」は実際に彼がKにあてたものである。」

~笑顔の日常~

四人で笑いあって過ごした高校生活も終わり、四人別々の学部ながら同じ国立大学を卒業し、あの事故から一〇年。五人であの公園に来た私たち。
「ふたりとも幸せだね。流架と香歩ならうまくやっていけそう」
「いやいや、やっていけそうじゃないから。うまくやっていってもらわないと。それにかわいい子どももいるんだし」
「そうだね。遥と直樹も仲良くね」
ふたりとも照れるのでつい笑った。流架も笑った。すると遥が話を逸らすように言った。
「高校生の頃は香歩がママ、パパって呼んでたのに、今はもう香歩がママって呼ばれて。この幸せもんが!」
 大学を卒業してから一年ほどで私と流架は結婚した。一方で直樹は、あの事故から二年後、彼氏と別れた遥に告白して、何だかんだありながら来週結婚式を挙げる。遥と直樹は二人で幸せに暮らしている。私たちは結婚して一年後に子どもを授かった。今では四歳の子ども、私、そして私の永遠の友達の五人で、翔と流架のお姉さんと直樹のお姉さんを見上げに来るようになった。
「これからは遊ぶってなったら子どももいるから五人か」
「そうだね。遥がいたずらされる方になるかもよ?」
「楽しけりゃいいよ。ホントはいやだけど…」
「ママーはやくー」
「よし、じゃあてっぺん行こっか、春翔(はると)」
「うん!」
 私たち五人は丘に寝そべって空を見上げた。そして、翔や流架のお姉さん、直樹のお姉さんと語り合った。
流架の記憶が戻ってから翔が言った五つ目のヒント、いや、ヒントという名の翔の願いを叶えると空の太陽に誓った。
その時翔の声がした気がした。「流架のそばで、幸せに生きてね」という願いを伝える声が。
そして周りを見渡すと、

地上には流架という太陽が、空には私たちを見守るように太陽が一つ輝いていた。


FIN

光は空と地上に輝く

光は空と地上に輝く

一人で高校生活を送る私。 ある日、私の暗い日々に光が差した。 高2の春にやってきた転校生は、私の日々を照らす。 私は大きく変わり高校生活は一気に楽しいものになった。 それが続くと思っていた…。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-24

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