気体猫

ガス猫か気体猫かで迷いましたが、ガス猫ってちょっと危ない感じがあったんで、気体にしました。

武蔵浦和の駅前にあるビバホームにはペットを扱っているコーナーがある。
ビバホームの二階の端っこの所。ショーケースって言っていいのかわからないけど、そういうのが並んでてそこに猫とか犬とかが売ってる。売ってるとか言っていいのかわからないけど。猫とか犬とかもわからないけど昨今の情勢を鑑みると、猫ちゃんとかワンちゃんとか言わないといけないのかもしれないけど。ペットっていうのも嫌な人は嫌なのかもしれないけど。ペットという扱いではなく家族の一員という扱いをしなくてはいけないのかもしれないけど。でもまあ、とにかくペットコーナーがあるんですよ。ビバホームの二階の隅っこの所に。

ある日、武蔵浦和駅前を自転車で滑走している際そのことを思い出した。
「ああ、あったそういえば」
その時、こう、なんか少し疲れていた。癒しを求めている部分があった。足湯とか温泉があればそっちに行ったかもしれないけど、近くにもない。一番近くで思いつくのは北浦和の駅から少しの場所にあるスーパー銭湯。自転車に乗ってるから行けないこともないけど、でも、
「北浦和行くってなると上り坂だしな」
上り坂だし。あと自転車で行ったら風呂上りビール飲めないし。飲んで自転車乗ったら捕まるし。

家に帰って国際興業バスという手もあったが北浦和行というのは本数が少ない。あれって大体浦和行っちゃうから。浦和からあと一駅で北浦和だけども。じゃあ何のためにバス乗ったんだっていう話にもなってくる。何より、そういう時間が惜しかった。出来たらすぐに癒しを求めていた。出来るだけ早く。家に帰ってスーパー銭湯に行くためにカバンにバスタオルとか着替えを準備してとかそういうのない。無理。今。

だもんで、ペットを買う気もないのにビバホームに行った。買うとかいうのもまずいのかもしれないけど。お迎えする気もないのにとか言わないといけないのかもしれないけど。自転車は駅前にたくさんある二時間無料の自転車置き場に置いた。

んで、猫とか犬とか・・・ネコちゃんとかワンちゃんとか見にビバホームに行った。あとはまあ、ついでに18ロールのトイレットペーパーあればなって思って。白くないやつ。ピンクとか色付きだったら何でもいい。色付きの18ロールのトイレットペーパーあればなって。安かった買うかなって思って。

急いてる気持ちを落ち着けてビバホームに入る。んで、
「いやあ、ネコちゃんとかワンちゃんを見る気はないんですよ」
みたいな顔でエスカレーターに乗る。そして二階へ。

久々のビバホーム。店内の様子が少し変わっていてそれでちょっと田舎者みたいにキョロってしまったが、天井から垂れ下がったプラカードですぐに目的の場所が判明した。

んで、まずそこには向かわないでトイレットペーパーを眺めた。12ロールのピンクがあった。18ロールもあったがピンクではなく白。うーん。帰りにオリンピックにも行けたら行こうかな。

そういう顔で何気なく紙類の場所を後にする。そんでそのまま何気ない顔のままペットコーナーへ

「おおおー」
マスクで隠れた口元。マスクの中で他の誰にも聞こえない独り言。おおおー。感嘆の声音をあげた。

縦三段、横五連。

そこにはショーケースが並んでおり、温かみでも表現したいのかバックには薄いオレンジ色の照明が灯っていた。

そしてショーケースの中には犬猫、あ、ネコちゃん、ワンチャン、チャン違う変換ちゃんとしてちゃ・・・もう、うるせえ!

犬猫が、ショーケースの中には様々な犬猫が居た。子猫もいれば子犬もいる。成猫も成犬もいる。

とにかく居た。

「ぎいいいい!」
マスクの中で誰にも、他の誰にも聞こえないように声をあげた。ぎいいいいって。バイオ1の洋館でドア開けたみたいな声。感嘆の声を。

可愛い!

可愛いいいいなああ!

犬とか猫とか。

こいつらこの野郎。

獣この野郎。

そのショーケースの前には座ってくださいと言わんばかりにベンチがあった。だもんでもう座って眺めた。前のめりで鑑賞した。家でもたまに猫とか犬とかの動画をようつべで見るけど、でもこう実際見ると違うもんですねえ。

はあ、そうなんですねえ。

犬も猫も小さいのは転がったりしている。大きいのはそれなりに落ち着いて寝てたりしている。

可愛らしい。

可愛いらしいとは聞いてたけど、実際そうなんだろうかなあって思ってたりはしてたけど、こうしてみると可愛らしい。実際可愛らしい。

「ぐううううう!」
ぐううううってなった。

犬も猫も種類とかは何も知らない。興味を持ったら危ないからだ。だから何も知らない。何一つ知らない。でも、とにかく可愛らしかった。癒された。頭の中でポケモンセンターにポケモンを預けた時の音がした。

そんな中、ふと気が付くとさっきまでショーケースの中にいた一匹の成猫がショーケースからいなくなっていた。

「え?」
さっきまでいたのに?

突然、足に毛がまとわりつく感覚があってぎゃあ!ってなった。ベンチの下を見るとそこにその猫がいた。
「ぬあーん」
え?どうして?

ペットコーナーの係員さん、胸にネームプレートが付いてて木村メルトと書いてあった。が来て、ああ、すいませんと言って、その猫を抱え上げた。

「あの、その猫さっきまでそのショーケースの中に居たんですけど」
ぎゃあって叫んだのが恥ずかしくて場を凌ぐために聞いてみると、

「この猫、そういう猫なんです」
と言われた。

そういう猫?

どういう事?

どういう猫?

「よく猫ちゃんって液体とかって聞きませんか?」

「あ、聞いたことあります」

「この猫はその更に上、気体猫ちゃんなんです」
「気体猫?」
気体猫?ガス猫?

「ノットテールっていう種類なんですけど、知りませんか?」
「知りません」
何一つ知りません。

「この猫ちゃん、相性が良さそうなお客さんが来ると、その人の所に行っちゃうんですよねえ」
「・・・」
なんとなく買わないくせに来たんじゃないかという探りを入れられてる気がして、気まずくなった。ああ、そうですか。そらすごい。じゃあ、私はこの辺で。すいませんね。

そうして小走りでビバホームを後にした。

家に帰ってパソコンで調べてみても、ノットテールという種類の猫は出てこなかった。

気になってもう一度ビバホームに行ってみると、すでにビバホームは閉店していた。

『ビバホーム武蔵浦和駅店は7月5日(日)をもちまして閉店いたしました。永らくのご愛顧ありがとうございました。』

武蔵浦和店で買ったものの対応に関しては志木店で行いますという事だったが、買ってるわけじゃないし。あと志木店とか遠いし。そこまでして調べる気はない。

むしろ感謝しなくてはいけないかもしれない。コロナの影響でペットを飼う人が増えたそうだけど、でもコロナの影響で経済状態が悪くなってペットを手放す人もいるらしいから。ニュースになってたから。

半端な気持ちで興味を持って飼うとか。あり得ないよなあ。責任が生じるもんな。大変だろうなきっと。ああよかった。

気体猫

気体猫

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-24

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