幸福論

それぞれのかたち


キミはクチいっぱいにほうばると、幸せそうな笑みを浮かべた。

バンズとパテの間から薄いピンクのソースがこぼれる。

キミは親指に付いたそのソースを舐めると、そのままフライドポテトを掴んだ。

アブラでぬらぬらとした指先と唇がとても卑猥で、ボクはその姿の虜になった。

食べている時は「あまり多くを語らない」ボクと「あまりにも多くを語らない」キミ。

テイクアウトしたファストフードを夏の鉄筋アパートで食べる。

聞こえるのはヒグラシの鳴き声とふたりの咀嚼する音。

とても幸福な時間。

「明日は仕事で遅くなるから」

キミは掴んでいた食べかけの残り少ないバンズをボクにぶつけた。

薄いピンクのソースがボクのシャツに染みをつくる。

ボクは無言で、ぬらぬらとした唇を重ねた。

半分開いた唇が光っている。

キミは少し照れながら微笑んで、今晩なに食べたい?と訊いてきた。

「ビーフストロガノフ」

「いいよ」

そう云ってキミはいつも違う料理を作る。

そんなとこが好きだ。

そしてふたりとも「多くを語っている」ことに気づく。

幸福な時間は終わっていた。

幸福論

幸福論

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-19

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