幸福論
それぞれのかたち
キミはクチいっぱいにほうばると、幸せそうな笑みを浮かべた。
バンズとパテの間から薄いピンクのソースがこぼれる。
キミは親指に付いたそのソースを舐めると、そのままフライドポテトを掴んだ。
アブラでぬらぬらとした指先と唇がとても卑猥で、ボクはその姿の虜になった。
食べている時は「あまり多くを語らない」ボクと「あまりにも多くを語らない」キミ。
テイクアウトしたファストフードを夏の鉄筋アパートで食べる。
聞こえるのはヒグラシの鳴き声とふたりの咀嚼する音。
とても幸福な時間。
「明日は仕事で遅くなるから」
キミは掴んでいた食べかけの残り少ないバンズをボクにぶつけた。
薄いピンクのソースがボクのシャツに染みをつくる。
ボクは無言で、ぬらぬらとした唇を重ねた。
半分開いた唇が光っている。
キミは少し照れながら微笑んで、今晩なに食べたい?と訊いてきた。
「ビーフストロガノフ」
「いいよ」
そう云ってキミはいつも違う料理を作る。
そんなとこが好きだ。
そしてふたりとも「多くを語っている」ことに気づく。
幸福な時間は終わっていた。
幸福論