原発の女4️⃣

原発の女4️⃣


-叔母-

 女が戻ってきた。服が変わっている。花柄の薄いシャツに青いスカートだ。若やいで見える。「ますます男を惑わせる」「お上手ね」
 薄いシャツの豊満な盛り上がりに乳首がくっきりと浮き上がっているのに男は気付いた。

 「だから、あなた?これだけは必ず約束して欲しいの?」「何でしょう?」「乱暴な振る舞いだけは決してしないでちょうだいな。野卑は嫌いなんだもの」
 男が声をあげて笑った。いぶかる女を放置して、煙草に火を点けてゆっくりと紫煙を放ち終えた男に、「何がそんなに可笑しいのかしら?だって、あなたが来た目的は何があっても私を犯すことなんでしょ?」「犯すなんて。そんな乱暴なことはしませんよ」「でも、私を抱きたいんでしょ?」「そうです」「だから、こうしてお願いしてるんだわ」
 「あなたは俺がどんな狼藉を振る舞うかと心労しているんですか?」「力ずくで私を組伏せるのかしら?」「あなた次第だ。場合によってはそうするかも知れない。もし、そうだったらどうします?」「そんな卑劣は許せないわ。私には夫があるんだもの。たとえどうされようと…」
 「今すぐにあなたに飛びかかって。そこに押し倒したら?」「ここに?」「そう。あなたの上にのし掛かって。その乳房に手を掛けたら?」「はねのけるわ」「それでも指を這わせたら?」「その手に噛みつくわよ。そしたら殴るの?」「どうしようかな」「きっと叩くんだわ」 女がわなわなと震え始めた。「どうしたんです?」「だって。私。思い出してしまって」「何を?」「遠い昔の。でも、決して忘れられない。本当に忌まわしい事件だわ。余りに厭らしいんだもの。あんなこと。今まで誰にも話せないでいたの」「話してくれませんか?」
 「でも…」「少しは楽になるかも知れませんよ?」
 いかにも長い吐息の後に、女が話し始めたのである。

 「私が女学校の二年の時の夏休みだったわ。その年の暮れにあの忌まわしい戦争が始まったのよ。あなたは?」「五つだった」

 「酷く暑い日で気味が悪いほどに蒸してたわ。私は町の女学校に寄宿していて、その日に帰省したの。昼下がりに玄関に入った途端に、家の奥から叫び声が聞こえたの。息を凝らして奥の部屋を覗いたら。叔母と男が揉み合っているの。私。驚いちゃって。事情も飲み込めないし。声もかけられないで」
 「何をしている情景なのか、わかったんですか?」「私は一七だったのよ。初めて見る世界だけど。何が繰り広げられているか位はすぐにわかったわ」
 「それで?」「叔母は三七。夫が半島で戦死して実家に帰っていたの。独立派の暴動鎮圧に当たっていて暴徒達に撲殺されたのよ。子供はなかった。叔母は母の妹で。母は婿取りなの」


-坊主-

 「男は?」「お坊さんよ。村に一つしかない寺の住職なの。国民学校の先生もしていて。私は教え子だったの。物知りで温厚で。信頼される人だったわ」「歳は?」「あの時は六〇に近かったと思うわ。その男が、がむしゃらに拒む叔母から離れたかと思ったら。僧衣を…」「脱いだ?」「そうよ。みんな脱いだわ」「真裸に?」「そうよ」「見たの?」「何を?」「陰茎」「言うの?」「厭だったら言わなくていい」「厭だわ。でも。…見たわ」「どんなだった?」「…隆起してて。反り返って。臍まで届いてた。あんなのを見るのは初めてだったから。驚いて。口を手で押さえたの。叫びそうになったのかしら?」「おっきかった?」「そうよ。赤黒くて。剥れてて。陰毛がいっぱい。恐ろしいほどだったわ」「それから?」「それを見せられた叔母は凍りついたみたいにおとなしくなってしまって。男が叔母を後ろ向きにしたと思ったら。尻を叩き始めたのよ。随分と叩き続けたわ。そしたら、叔母のもんぺを脱がせて。下穿きも半分まで脱がせたら。叔母の尻が剥き出しになったのよ」「どんな?」「桃色の大きな尻だったわ」
「それで?」「坊主がその裸の尻を叩くのよ」「叔母は?」「呻いていたわ」 「それがおかしいのよ。厭だとか、止めてっては言うんだけ
ど。さっきみたいには抗っている風がないんだもの。その内に叔母が叫び始めたの。もっと強くとか」
 「坊主が叔母を仰向けにさせたの。叔母はぐったりして。坊主に足を開かれてもされるままだったわ。坊主は叔母の股間を見ていたわ」
 「どんな?」「厭らしいのね。知りたいの?」「教えてくれ」「厭だわ。坊主がその男恨で叔母の顔を叩き始めたの。叔母がそれを掴んで…」「頬ずりしたのか?」「そうよ。どうしてわかるの?」「それから?」「それから?さあ。どうしたのかしら?」「聞きたいな?」「つくづく、厭らしい方ね。でも、これから先は話せることじゃないわ」「充分に喋ったんじゃないか?随分ともったいぶるんですね?」「そうだったかしら。でも、もうこれ以上は駄目よ。あなた?せっかちはいけないのよ」


-マゾ-

 「それよりも、私とあなたの話の続きがしたいわ。だって、いつの間にか話が逸れてしまったんだもの。肝心なのはあなたの無頼の話をしていたのよ。あなたも、あの僧侶と同じ無体を私にするに違いないんだもの。そうでしょ?男なんて、いずれにしても、終いには力ずくで欲望を発散するんわ。あなたも内心では、私を組伏せて叩きたくて仕方ないんだわ。きっとそうなのよ。違うかしら?」
 男が煙草に火を点けて紫煙をなだらかに吐き出した。「何とか言いなさいよ?」「随分と物騒だな」「間違いなく叩くわよ」「どうかな」「今にも襲いかかりたくてうずうずしているんだわ」
 「あなたはマゾなんじゃないですか?」「マゾ?」「そうだよ。奥さん?止めてしまったけど、きっと、さっきの話の続きが重要なんだ」「何故なの?」「坊主が叔母さんの尻を叩いた話だった」「そうよ」
 「それから二人はどんなことをしたんだ?縛ったんじゃないですか?」「どうして知っているの?」「そんなのを見るのは初めてだった?」「そうよ」「処女だった?」「当たり前だわ」「衝撃的な経験だったんだ。それが脳裏にこびりついてしまって。逆に性癖になってしまったんだ」「性癖?」「旦那とはどんなことをするのかな?」「洗いざらい言えば解放されるかもしれない」「解放?」「鬱屈が取れるかもしれない。心が軽やかになる」「そうなのかしら?」
 女が話し始めた。「縛ったわ」「どんな風に?」「叔母は随分と抗ったんだけど。両手を縛られてしまって。キスをされてたわ。口じゃない。うなじや耳よ」「それでも足をバタバタさせていたから、両の足首も縛られてしまったの」「もう身動きはできないでしょ?」
 「私にはあんなことはしないわよね?」


-淑女-

 「最近、古本屋で実に面白い本を見つけたんです。『淑女たちの囁き』という、戦後、暫くして書かれたもので私家本です。作者が男なのか女なのかもわからない。多分、高齢者ではないかぐらいで。まあ、奇書の類いです」「どんな内容なのかしら?」「戦後の道徳の廃退を嘆いている、と言うより、嘲笑しているんです」「復興の名目のもとに、この国の伝統や慣習が次々と失われていく。あの戦争で国民性が著しく歪んだように。いかにも移ろいやすい世相を、批判というより、斜に構えて揶揄しているんです。そうした視点で、市中の女たちの告白を集めたドキュメントなんです。浅ましい真実が網羅された奇書ですよ」
 「あなたは、夫婦喧嘩はしませんか?」「…するわ」「腹の虫が収まらずに、秘密に仕返しをしたことはありませんか?」「…ないわ」「その本には、女たちの、様々な夥しい仕返しの事例が書かれているんですよ」 「例えば、夫の歯ブラシで便所掃除をして再び洗面に戻して、そしらぬ面持ちで夫の歯磨きを眺めた女の独白とか」「まあ。他には?」「夫の味噌汁に小便を一たらしした女とか」「まあ」
 「圧巻は、閨房の最中に他の男を思い浮かべるというものです」「まあ。どういうことなのかしら?」「詳しく書いてありましたよ」「聞きたいわ」「夫が浮気をしたというんです」「その夫婦の歳は幾つなの?」「確か…。夫が五〇代前半、妻は少し下だったか」「それで?」「妻は錯乱して、最初はねやも拒絶していたが、いつの間にか身体が応じてしまった。それが悔しくて仕方がない。思い付いて、過去の男達との交接を夢想するようにしたんです」「夫との最中に?」男が頷く。「酷い裏切りだわ」「それでも怨念が収まらない。そんな時にある男に身を任せてしまうんです」「どんな人なの?」「旅の若い物売りです」「幾つなの?」「ニ〇代前半」「若いわ。妻にとっては子供みたいだわね。それで?」
 「男は何を売っていたと思います?」「知る分けがないでしょ」「バイブレーターなんです」「それって。何かしら?」「知りませんか?」「知らないわ」「肥後ズイキは?」「聞いたこともないわ」「女に入れて楽しむ性具ですよ」「まあ。それで?」「この夫婦はバイブの愛好者だったから、裏切った夫の顔が浮かんでしまって。怒りがわき返って、その若い男を巧みに誘惑するんです」「そんなこと、奥さんはありませんでしたか?」


-殺意-

 「最近の事件で、トリカブトで夫を殺害したというのがありましたね?」「新聞で見たわ」「犯人の妻は六三。殺された夫は七一だった」「数年に渡って毒薬を盛り続けたと言うんだ。その歳でですよ」「それほどにまでに、何が許せなかったんですかね」「四〇年の結婚生活だって書いてあった」「この二人はどれ程の夜を重ねてきたんだろ?」
 「子供が二人いたんでしょ?」「互いを狂おしく求めたこともあったろうに」「男と女の身体の交わりなんて微塵の意味もないのかと、思いましたよ。どう思います?」「私にはわからないわ」「人の心は浮き雲の如しか。気持ちが変われば自ずと身体も変わる。性愛の絆など幻に過ぎないのかも知れないな」
 「ご主人に殺意を抱いた刹那はありませんか?」「…ないわ」「あるんですね?」「ないわよ。そんなことがあるわけがないでしょ?」


-原発の交接-

 「さっきの話の続きを聞きたいわ。玄関での話よ」「どこまで話したかな?」
 「原発の女の話よ」「あなたの?」「私の、違うわ。まあ、いいわ。その女の特徴を言ってみて?」「見たんでしょ?私の、いいえ、その女の…」「裸ですか?」「そう」「奥さん?みんな脱いで真裸になりましたよね?」「してないわよ」「何を見たの?」「全てです」「だったら、どこまで見たのか、詳しく言ってちょうだい」

 「そうよ。私の…」女が足を組み替えた。「さあ、私の身体がどんなだか、言ってみてよ」「わかりました」
 「肌は真っ白だ。尻の割れ目の奥まで白い」「そんなとこまで見えたの?私だって知らないのに」「四つん這いになりましたからね。盛りのついため雌犬みたいに。豊かな尻の肉を震わしてましたよ」「乳房が豊かで。乳首も…」「あなたの三段腹がいかにも肉感的で、色情をそそるんです」「臍は?」「縦長」


(続く)

原発の女4️⃣

原発の女4️⃣

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更新日
登録日
2020-09-19

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