誰の為か

誰の為か

 今日はやや曇りだった。私は空を眺めていた。

 雲の隙間から漏れる光の束が、私の頬をかすめたかと思うと、とたんに熱を帯び始めた。ほおはどんどん膨らんでいき、とうとう顔に別の球体が生じたような奇妙な姿になってしまった。

 仮に周囲に人がいたならば、それらの人の目は私の両ほほに釘付けになっていただろう。それも悪くはないと思ったが、今は自分のこの普段ではありえない異様な状況に集中すべきだと思い直した。
 
 しばらくして収まるどころか痛みも増してきていたので、私は死ぬのではないだろうかという恐怖感すら覚えてきた。太陽光でほほが腫れて死ぬ人など生まれてきてから聞いたことなどもちろんない。おそらくこの奇妙な病気を発症し死ぬ人間は世界で私が初めてなのだろう。どの医者が私を診れるというのだろう。私は医者に行くのは無駄だと悟っていたし、もしそうでなくとも周囲には軽い風邪を診てくれる医者すらいなかったので無駄な考えだった。

 ほほは破裂しないのが不思議なほど巨大になっていった。ちょうど顔に同じ大きさの風船が二個くっついているようであった。もう破裂して失血死するのが早いか、もしくは風船みたいなほほの浮力で宙に浮き、イカロスが蝋の翼を得て飛ぶことができたのと引き換えに太陽の洗礼を受けたのと同じ運命をたどるのが早いか、といった具合であった。

 私は苦しいながらもゆっくりと深呼吸して、両の掌を胸の前に持っていき、深いしわの入った埃や泥にまみれた汚い手を眺めてみた。社会のゴミみたいな自分は、今までその不当な扱いを不本意ながら甘んじて、繊細な心が傷つくのを仕方なしに傍観してきた。自分で自分を傷つけ、これ以上ないくらいの苦痛を受け続けてきたつもりだ。なのに、今のこの状況はなんだろうか。今までの辱めは、未来の苦痛を避ける免罪符にはならないのか。私はこの先も得体の知れない存在から体を、心を侵される運命なのか。そう思うと、乾いていた私の両目から突然涙が出てきた。そのなけなしの涙が赤黒く膨張したほほに流れたかと思うと、突然痛みが消えた。そして次第にほほのふくらみも痛みも収まってきた。私の涙は私の痛みを分かってくれたのか。

誰の為か

誰の為か

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted