君色に染まる

 冬のことを、ときどき、思い出しては、また、おとずれるのだと、思い耽ってみたりする。秋が、ようやくそこまで、来たばかりだというのに。
 図書館、午後の、微睡むような静けさのなか、作れもしないだろう、洋菓子のレシピをながめながら、となりで、むずかしそうな本を読んでいる、きみの横顔を、ぬすみ見る。うっとりするほど、長いまつげと、かたちのよい、はな。文章に埋めつくされたページを、見つめる、まなざし。さいきんの空は、あいまいで、きまぐれで、だれかの、思い悩んでいるこころを、うつしているみたいだから、すこしだけ、やさしい。本のにおいは、もっと、やさしい。やさしいは、すべてで、不完全で、ぶかっこうだから、いいと思う。
 ぼくは、レアチーズケーキのページで、ふいに、きみのことを、好きだとあらためて、目をつむる。
 きみが、ゆっくりと、ていねいに、ページをめくる音が、きこえる。
 じとり、と。
 じわじわ、と。
 好きは、染みてゆく。

君色に染まる

君色に染まる

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-18

CC BY-NC-ND
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