笑茸

笑茸

茸小咄です。 縦書きでお読みください。

 もうすぐ十五夜。そんな真夜中のことでございます。熊八がふっと目を開けました。なにやら、笑い声が聞こえてきます。隣に寝ている、女房のとめも目を開けています。
 「おい、聞こえるかい」
 「ああ、となりの、桜ちゃんと、桃ちゃんだ」
 となりは、姉妹がすんでいます。桜ちゃんは十三、桃ちゃんは十二。かわいそうに、父親と母親は桜ちゃんが十になったときに、二人が働いている味噌屋が昼火事にあい、なくなってしまいました。
一時はずい分落ち込んで、泣いてばかりおりましたが、二人とも茸取長屋で生まれた子、長屋のみんなが見守ってくれ、しかも、幸い、おとっつぁんおっかさんができた人で、それなりの蓄えを残してくれておりました。
二人とも、明るい子どもで、寺の脇の大きな水茶屋で茶酌み女として働き、つつがなく暮らしております。器量もなかなかのもの、もう少したてば、必ずいいところに嫁にいける、その時は一肌脱ぐつもりと、親代わりになっている家主の八茸爺さんも心を砕いております。
 「昨日も夜中に笑ってたな」
 「うん」
 「なにやってんだろう」
 「だけど、楽しそうに笑ってるね」
 「ここのところ、毎日だろう」
 夜の九つ時あたりから、一刻ほど、二人で笑っています。
 「いつかきいてみるとしようや」
 と、熊八ととめはまた布団にもぐりこみました。
 それが二、三日続くと、笑い声は聞こえなくなります。
 そして、十五日の夜から、また笑い声が聞こえるようになりました。
 「どうする、とめ」
 「八茸爺さんに相談しようじゃないか」
 ということで、八茸爺さんのところに相談しにまいります。

 桜ちゃんと桃ちゃんにはこんなことが起こっていたのです。
 その月の一の日のことです、お茶屋は休みです。朝早く、桜と桃は籠を背負って茸採りにでかけました。二人の茸山は、川向こうの茶城山です。茶城山の麓はお茶の畑になっています。お城の奥方様が、京都の宇治から茶の木を持ってきて、植えたのです。だから、ここの茶畑はお殿様のもの、お茶は奥方様のために作られています。
 茶城山を通り越して、もっと奥の椚山には珍しい茸がでることがあるので、父ちゃんと母ちゃんがよく行く茸山でした。まだ、ちいさい桜と桃は、危ないのでそこには連れて行ってもらえませんでしたが、少し大きくなった時、その手前の茶城山で、一緒に茸採りをしたことがあります。猪口の仲間や、時には滑子、それに占地も生えます。それを覚えていて、二人は、茶城山にいくようになったのです。
 林の中に入ると、早速桜が茸を見つけました。
 「大きな猪口だこと」
 少し緑ががかった茸です。山鳥茸という、猪口の仲間です。猪口の仲間はたくさんあります。ここではどれも猪口と呼んでいます。
 「あ、あたいも見つけた」
 桃ももっと小さい黄色っぽいちょっとぬるっとした猪口が集まっているのを見つけました。これが花猪口で、この辺りでは一番普通に見られるものです。
 もう少し奥に行くと、枯れ木に滑子がまとまって生えていました。
 「今日のお味噌汁ね」
 しばらくそのあたりで茸探しをしますと、平茸もあり、籠が半分ほどうまりました。
 「もういいでしょう」
 桜が桃に帰るように促します。
 その時、平茸の生えていた枯れ木の裏から、かすかな音が聞こえました。
 「なにかしら」
 桜と桃が覗くと、白いひょろんとした茸が、落ち葉の中からたくさん顔を出しています。
 「白い茸よ」
 「食べられないわね」
 「そうね、小さいし、毒かもしれない」
 桃が落ち葉を掻き分けると、白い茸は動物の糞から生えています。
 「あら、やだ、これ、兎のうんちよ」
 「兎の糞から生えたのでは食べるのもいやね」
 「でも、見た目はきれいな茸ね」
 と、その時、小さな声が聞こえました。
 「旨いよ、兎っこは草をもぐもぐ食うだけだから、きれいなもんだ」
 それを聞いた桜と桃は顔を見合わせました。
 「誰かいるのかしら」
 どこかで聞いたような声です。あたりを見渡しても誰もいない。
 「おかしいね」
 白い茸の頭が揺れました。
 「わしだよ、本当の笑茸」
 他の声も聞こえました。
 「食べると色も白くなるし、楽しくなるのよ」
 女の人の声です。やっぱり聞いたことがある声です。
 「どうしよう」
 「茸が話をするわけはないけど、桃にも聞こえたのだから、誰かが言ったのに違いないわね」
もしかするとと思った二人はまた顔を見合わせました。
 「父ちゃんと母ちゃんの声に似ていなかった」
 「うん、そうだ、きっと、父ちゃんと母ちゃんだ」
 「それじゃ、この兎の糞から生えた白い茸、食べられるんだね」
 「採っていこう、それで、塩漬けにしておこう、毒茸でも、塩漬けにすると、毒が消えるしね」
 「そうしよう」
 それで、二人は、か細い白い茸を採ると、羊歯の葉っぱでくるんで、籠に入れました。そうして、家に戻ると、その日は、滑子の味噌汁と、猪口を炒めて食べ、白い茸は塩漬けにしたのです。次の日に食べるつもりでした。
 さて、次の日の夕方、桜と桃は仕事から帰ると、夕飯の用意をしました。
 「あの白い茸食べてみる」
 「うん、そうだね、ちょっと壷から出してみようか」
 桜は、壷の蓋を取ると、塩にまぶしておいた白い茸を取り出しました。ちょっとかじってみる。
 「しょっぱいけど、美味しいわ、塩抜きして、ご飯の上にのせるといいかもしれないよ」
 そこで、何本か壷から出して、水で洗い、大根おろしをそえて、皿に載せました。
 大根の味噌汁に、白い茸の塩漬けでご飯。
 「おいしいね」
大根おろしも一緒に食べたらなお美味しい。
 「これだと、塩に漬けなくても食べられるかもしれないね」
 そう言って、楽しく夕ご飯を食べたのです。

 その夜、二人が寝ておりますと、いきなり部屋の中が明るくなりました。
「なにかしら」と驚いて、桜と桃は目を開けました。見ると、床の上を、今日食べた白い茸が、ぴょこぴょこ飛び跳ねて布団のそばにやってくるところです。それも一つだけではありません。数えてみると五つです。
 五つの白い茸が二人の枕もとの床の上に並びました。二人は起き上がり、布団の上に座って、茸を見ます。
白い茸たちが、桜と桃に向かって、ぴょこりとお辞儀をしました。茸たちが頭をあげると、今までなかったのに、白い傘の前に二つのぽちぽちとした目玉が出来ています。二人が驚いていると、
 「おこんばんは、美味しかったでしょう」
 一つの白い茸の傘が動いた。
 「それだけではないんだ」
 と言うと、ぴょこりと後ろ宙返りをして、踊りだした。その様子がおかしくて、始めは奇妙で、怖いと思っていた二人は笑い始めました。
 「おかしい、あんたたち、どこからきたの」
 「お前さんたちからでてきたのだよ」
 白い茸の細い柄が太くなって、臍が出来、臍踊りを始めた。
 二人は笑わずにいられません、わはは、わはは、と、大笑いを始めます。
 「おねえちゃん、笑いが止まらないよ」
 「あたしも、おかしくて、お腹が痛い」
 二人はお腹をかかえて笑っています。しかし、一時も経つと、おさまって、眠くなり、ぐっすりと寝てしまいました。白い茸たちは、なんと、ぞろぞろと二人の口の中に入っていくではありませんか。その夜、二人はとても美味しい、甘いものを食べる夢をみたのです。

 朝になりました。
 「昨日の夜中の白い茸、あれなんだったのかしら」
 「夢じゃないよね、二人とも見たんだもの」
 「思い出しても面白い」
 その夕も白い茸で美味しくご飯をいただきまして、夜中になると、やはり、白い茸が、ぴょこりと、桜の口の中から飛び出してきました。桃の口からも飛び出しました。二つの茸は枕元に来ると、跳ねておでこの上に乗りました。
 びっくりして目を覚ました二人。
 「桜と桃ちゃん、また出てきたよ」
 白い茸に目ができ、臍が出来て、まず臍踊り。くにゃりくにゃりと、踊る様は、おかしいのなんの、桜と桃はまたもや大笑い。
 「どうして、夜中に出てくるの」
 「二人が食べて、お腹の中でウンチになると、こうやって出てこれるのさ」
 「あら、いやだ、私のお腹の中のうんちから生えてくるの」
 「そうだよ、おれたちゃ、本当の笑い茸だからね」
 白い茸はぷーっと膨らむと、胴体が丸くなって宙に浮き、短い手足がはえて、ぴょこんぴょこんと飛び回ります。二つがぶつかったり、上に行ったり下に行ったり。その様を見ていると、やっぱり笑いたくなります。
 桜と桃は、笑い転げて、お腹が痛くなっちまった。
 「おねえちゃん、涙が出てくる」
 「わたしもよ」
 その日も、一刻過ぎると、ぱたりと眠くなり、二人は寝てしまいました。白い茸は二人の口の中から、お腹に戻っていきました。
 このように、白い茸を食べた日には、必ず夜中に白い茸が二人のお腹から出てきて、二人を笑わせたのです。
 隣の熊八ととめが聞いた笑い声はこのようなことだったのです。

 とめが八茸爺さんのところに相談に行って、隣の家から夜中に笑い声が聞こえることを説明しました。
 「八茸爺さま、どうしたらいいかね」
 「うーむ、だが、桜と桃にかわったことはないんじゃろ」
 「そうだね、いつものように、元気で、顔色もむしろいいくらいだね」
 「それじゃ、悪いことではないと思うが、儂がきいてみようや」
 「そうしてください、私らが聞くと、気にするかもしれんからね」
 八茸爺さんはうなずいた。
 「次の一の日にでもいってみるじゃ」
 一の日と十五の日は、茶屋が休みで、桜と桃が家にいます。
 
 神無月に入ると、もう冬も間じか、茸も限られたものしか採れなくなってまいります。その、一の日、八茸爺さんが桜と桃の家に行くと、二人が、茶城山からもどってきたところです。
 「あら、おじいさん、どうしたの」
 二人は色が白くなって奇麗になり、とても元気そう。
 「まだ、茸採りかい」
 「ええ、もう、今日で止めにするつもり」
 「なにが採れたかね」
 「笑茸がこんなにたくさん、他には何にも採れなかった」
 八茸爺さんが籠を覗きます。白い細い茸がたくさんあります。
 「この白い細い茸が笑茸とな」
 「ええ、笑い茸、塩漬けにしておくと美味しいのよ」
 そこへ隣のとめさんも出てきました。
 「あら、おばさん、おはよう」
 「今日も茸にいったんかね、あたしらはもう寒くて止めちまった」
 「ええ、わたしたちも、今日でおしまい、この笑茸が欲しかったの、おいしいの」
 八茸爺さんが不思議そうに尋ねます。
 「笑茸は、茶色で糞に生えるものじゃが」
 「ええ、この茸も兎の糞から生えているの」
 「ひゃ、それを、喰っちゃうんだ」
 とめさんはちょっと驚きます。
 「誰に食えると教えてもらったのかな」
 「この茸がそう言ったの」
 桜が今までのことを話しました。
 「それで、夜中に笑い声が聞こえたのか」
 とめさんが頷くと、「あら、ごめんなさい、聞こえてしまったのね」、桜が恥ずかしそうな顔をしました。
 「いや、いいよ、変になっちまったのかと思って心配しちまった、笑茸を喰ったからなんだね」

 「不思議なことがあるものじゃね、そういえば聞いたことがある」
 八茸爺さんが話しはじめました。
 「昔、茶城山は茶白山と呼ばれておってな、まだ殿様に京都の姫さまがお輿入れしていない頃の話じゃ。そこに兎がたくさん棲んでおってな、なぜか兎が好きな山だった。それにしてもたくさんおったそうだよ。もちろん町の猟師が猟に行ったのだが、いつも一匹も獲れずに戻ってきたそうな」
 「すばしっこかったんかね」
 とめが聞きます。
 「いやな、猟師が山に入ると、兎は一斉に逃げるわけじゃが、一匹逃げないやつがいたんだそうだ、そいつは真っ白でな、赤い目をしておった」
 「大黒鼠のようにかね」
 「ああ、そうじゃ」
 大黒鼠は溝鼠(どぶねずみ)の白子で、大黒様のお使いとされています。科学的に言いますと。色素が遺伝的に欠如していることで、まっ白になっちまった鼠でございます。
 「それじゃ、白い兎は何のお使いかね」
 「福神じゃ、笑う角には福来るというじゃろ、大黒鼠は大国主命の使いとして、功徳や財宝をみなにばら撒く役割があるが、白兎は福神(ふくがみ)兎(うさぎ)と言って、笑をばら撒くそうだ、要するに幸福をまくそうだよ」
 「それで、どうして、猟師は兎が獲れなかったの」
 桜が聞きます。
 「それがな、猟師が茶白山に入ると、その白兎が猟師の前に現れてな、踊るんじゃそうじゃ、それがまた奇妙な踊りで、おかしくておかしくて、笑い出したら止まらないそうじゃ、それで猟師は兎に鉄砲を構えても、思い出して笑ってしまって、撃ってもあたらなかったそうだよ、猟師は笑いすぎて苦しくなって、茶臼山をでると、直ったそうだよ」
「でも、あたし達のところに出たのは兎じゃなくて、白い笑茸よ」
桃は不思議そうです。
「儂も詳しくは知らないのだが、こうじゃなかろうか。昔、あの山の辺りで病気がはやって、多くの動物達が死んでしまったことがある。白い福神兎も死んでしまったのじゃろう、困った福神は、兎の糞に生えていた茶色の笑い茸に、役目を頼んで白い笑い茸を作ったのじゃろう。だから、桜と桃が獲ってきた白い笑茸は、白い兎のお役をもらった茸なんじゃな、福神茸なんじゃな」
「そうなのね、だから、私たち楽しく笑っちゃったのね」
「今日採ってきた白い笑茸、茸取長屋の人に配って、みんなに福がくるようにしましょう」
「桜ちゃん、桃ちゃんやさしいね」
「塩漬けにしなくても食べられるかしら」
「大丈夫じゃ、きっと旨いよ」
ということで、とめさんが手伝って、桜と桃は白い茸を配りました。
 夜中になりますと、茸取長屋のあちこちから、大きな笑い声が聞こえてきたのでございます。

その年の暮れ、八茸爺さんのところに、桜と桃の縁談が持ち込まれました。
桜には米問屋の跡取り息子、桃のところには着物問屋の跡取り息子、どちらも、茶屋で二人を見初めたとのことです。
年が開けた春、ぽかぽかと暖かい日に、二人はお嫁に行きました。
八茸爺さん、喜び半分、寂しさ半分。
「元気だしな、お祝いじゃないか」
長屋のおかみさんたちが、寄ってたかって、八茸爺さんをなぐさめます。
「どうでい、八茸爺さま、長屋の入り口によう、桜と桃を植えたらよう」
植木職人の熊八が言いますと、八茸爺さん、はっと目を輝かせ。
「いいのを見繕ってくれ」と大乗り気。
さて、大きな苗木を熊八が探してまいりました。
植える当日、桜ちゃんも桃ちゃんも呼ばれました。
桜ちゃんと、桃ちゃんはお嫁に行って、ますます奇麗になりました。
「八茸のおじいさん、お元気そう、私たちも元気にやっています」
 丁寧に頭を下げられて、八茸爺さんは恵比須顔。
 こうして、三人で、桜と桃の苗木を植えました。
「桜の木と桃の木は嫁には行かないから、八茸爺さんよかったね」
長屋のおかみさんが、八茸爺さんに声をかけます。
それから、八茸爺さんは毎日、犬の梅と猫の梅をつれて、桜と桃の木に水をやりに通ってまいります。
茸取長屋はますます明るくなります。これも笑茸のおかげと、飾り職人の芳に金物で茸を作ってもらい、どの家でも神棚に奉じて、福神として祀ったということでございます。

笑茸

笑茸

茸長屋。夜中になると隣の家から、姉妹の大きな笑い声が聞こえてきます。どうしたんだろう隣の夫婦が気をもみます。

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-18

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