Dog dies
「ヒトは死なないのに。どうして動物は死んでしまうの」
馬車に乗る途中の子どもが母親らしき人物に道端に落ちて虫に食われている途中の鳩に指を向けて質問をした。母親らしき人物は子どもを抱き上げて「そうね。死というものを理解する為によ」と微笑んで言った。
僕はその会話を聞きながら泥の付いた長靴を叩いた。びちゃびちゃと飛び散り昨日までの大雨が嘘のような快晴の空を見上げた。太陽は油絵で厚く塗られたごとく輝いていた。425年ぶりに友だちに会う事になった。どうやら結婚式を挙げるらしい。先々週に手紙が届いていた。僕はあまり時間を気にする『たち』じゃないから彼から届いた手紙の冒頭に会っていない日数が載っている事には心底驚いた。相変わらず真面目な奴だと感心した。家を出発する際に同僚のD氏から餞別にと貝殻の形をしたエメラルドとサファイアを貰った。結婚する友だちへの贈り物らしい。D氏は「よろしく伝えてください」と言うので僕は「そうします」と答えた。
彼が住む大陸には船で向かわねばならない。船に乗るため僕は出発して七日ほど経っていた。緑が生い茂る腰まで伸びた丘を歩き、時たま、人が住む家が見えるとそこを訪問して水筒に水を入れて貰うが、家の住人は他にも笑顔でビスケットやグレープフルーツ、入れたてのブラックコーヒーを僕に渡した。それから決まって「兄弟。どこへ行く途中ですか?」と質問してくる。それで僕は「友だちの婚式に向かっているんです」と返答した。
麦わら帽子を被った若い男はニコリと笑い「どこまで行かれるのですか?」と言った。
「昔、アフリカと呼ばれていた辺りまでです」僕は述べた。
男はハハンと微笑み「懐かしい呼び方をしますね」と言った。
そうして僕は感謝を述べそこを去る。赤茶色のレンガで舗装された道を進んでいると白いパラソルをクルクルと回す白いドレスを身に着けた女性が東屋に座っていた。その隣には和服を身に着けた女性が本を開いて文章を読んでいる。僕は近づいて挨拶をした。
「こんにちは」
女性二人は僕に気づいて微笑む。それから「こんにちは」、「ごきげんよう」と僕に言った。
僕は和服の女性に「最近からお始めになったのですか?」と聞いた。和服の女性は「そうなんです。一週間前から」と言った。
「どこ出身で?」僕は白いパラソルを回す、青い目の女性に聞いた。
「オーストリア大公国と申しますわ」
「そうなんですか。どうですか調子は?」
「とても幸せですわ」
「それはよかった」
僕はそう返答して会釈した後に道を進んだ。
時刻はもう22時となっている。森の奥の林が茂った所で絵本を足元に置いて少女は眠っていた。星はサンサン輝いて月は青白く光っている。澄んで冷たい空気が植物も動物も穏やかに静かに瞼を閉じさせるには些細な事であった。
僕は柔らかい草の上で寝っ転がり、ゆっくりと回転する星を眺めていた。それから今朝、幼い子どもが母親に質問した内容を思い出した。それで小さく唇を動かす。
もはや死はなく以前のものは過ぎ去ったのだ。
Dog dies