原発の女2️⃣

原発の女 2️⃣


-疑念-

 妖艶に揺れる女の尻に続いて部屋に入った男が、「いい風だ」と、汗をぬぐう。「酷く喉が乾いたな」呟くその男を肘掛けの椅子に座らせると、女はすっかり諦念した風情で背中を見せた。青いワンピースのあちらこちらには汗が滲んでいる。「奥さん。少しもお構いなく。氷だけをいただければ有り難いんですが…」と、ワンピースの薄い生地が張り付いて浮き立たせた、放埒な尻の割れ目を男の声が撫でる。女が振り返ると、「ウィスキーが飲みたいんです」男がバックからウィスキーのボトルを取り出した。「用意がいいのね?」「これじゃないと駄目なんだ」「あの会社のね。珍しい銘柄だわ」「ウィスキー、好きですか?」「まあ…」「グラスも頂けますか?」再び、汗を滲ませて揺れる尻に、「あなたの分も忘れないで」振り返った女の頬がわずかに怪しさを忍ばせて緩んだ。

 慌ただしくコップの水を流し飲んだ女が、台所の床に崩れ落ちて大きく息を吐いた。忌々しい闖入者だと音をたてて舌打ちをした。
 女はこの事態の解決の方途を未だに思い付けないでいた。真夏の真昼が突然にいかがわしく変容してしまったのだ。不意をくらって鳥羽口すら掴めないのである。危機は発火したばかりなのだ。
 「あの男は本当に見たのだろうか…」女は混乱している。男の話には事実もあるし誤謬もある。誇張もあるに違いない。しかし、女自身の記憶も茫茫としているのである。半信半疑なのだ。女は堂堂を巡っているに相違ない。いずれにしても落ち着かなければならない。
 もう一度水を含んだ。「あの男はどうするつもりなのかしら?」思わず呟いた女が即座に自らに回答した。 「夫の出張を見越して押し掛けたに違いないんだわ。これから三日間も留守なのも知っているんだ。このまま居座り続けて。終いには、きっと、私を犯して。飽きるまで蹂躙するんだわ。これは私が解いた答えじゃない。あの男があからさまに宣告してるんだもの。あの秘密を武器にして私が必ず屈することを確信しているに違いない。果たして、むざむざと餌食になってしまうのか。二人きりのこの空間で私は籠の鳥になってしまったのかしら…」 「そうだとしたら、今すぐにでもその勝手口から逃げ出す手だてもあるが…。それでどう解決するというものか…」「それにしても、あの男は本当に見たのか。だとしたら何をどこまで知っているのか。あの時にあの部屋は闇だったのではないか。…そうだ。証拠だ。証拠はあるのか。確たる証拠などある筈がない。若しそうなら男の主張は原発反対派の虚言として排斥できるではないか。しかし、この事は表沙汰には決してできないのだ。必定、二人の談合で解決しなければならないのだ。いずれにしても、あの事は決して悟られてはならない秘密なのだ」


-自慰-

 女の思考はさらに混迷する。男は女への思慕を赤裸々に告白した。その意図を疑いながらも、虚無な風貌を女は嫌いではない。むしろ趣向なのだ。第一に、この退屈な真昼に突然に訪れた無頼に快感さえ感じるのである。
 乳房を掴んでみる。豊潤に熟れている。あの秘密を死守するためなら御供などは厭うものではないが。この身体をあの男は気に入るのか。引き換えに必ず沈黙するのか。
 異様に盛り上がった男の股間が訳もなく脳裏から離れない。 眼前の水屋の硝子戸に女の半身が映っている。訳もなくワンピースを捲ってしまう。真裸の半身が現れた。風はない。蒸せかえるような熱気が股間にまで流れ込んで膚を刺すのであった。

 玄関から男の声が聞こえた時には湯上がりの自慰の途中だったから、下着を失念していたのだ。濃密な漆黒の陰毛だ。湿っているのは陽気のせいばかりではない。赤黒い隠唇を両の指で開く。硝子戸で朱い肉が光っている。自己愛に酷く執着するこの女は、快楽の年輪で創られた自分の裸体が限りもなく愛おしいのだ。油を引いた様に艶やかな白い肌は誇りすら感じる。、 陰唇の淵を探ると、うっすらと濡れている。この女の股間は肉食植物の様にいつでも陰湿なのだ。思わず指を入れてみる。熱い。この膣は何人かの男から名器だと囁かれたのだ。締め付けてみる。指に艶かしい圧力
が残る。あの男にも充分な武器に違いないのである。
 女は四八。男とは大分の歳の差に違いないし豊満な身体だ。疎まれはしないのか。しかし、こんな身体を欲する性向の男達が多くいることも、女は承知している。
 「あの男もその一人なのか。何れにしても、あの秘密だけは絶対に埋葬しなければならない。その為には、この身体と瞬発の知恵だけが私の武器なんだわ」

 戻った女が、長椅子で男と向かい合った。グラスに女が氷を入れ、男がウィスキーを注ぐ。「穏やかな風が入りますね」
 その時、女が不意に慌てた風情で、テーブルの端に乗っていた一冊の本を戸棚にしまった。
 「何かに乾杯したいな」「こうして出会えたあなたの存在に、では、いけませんか?」「出来合いの修辞を平然と言うのね?」「まあ、いいじゃないですか」二人は互いの思惑を飲み込むように、ウィスキーを含んだ。
 こうして、異様なほどに気怠い盛夏の昼下がりに、密室の猥雑な寓話の二幕が開くのである。

(続く)

原発の女2️⃣

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更新日
登録日
2020-09-14

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