バースデーブルー

maoria

  1. 序章「悪魔と出会った」
  2. 1章 遊び場はボロボロのお家
  3. 2章 怖い顔のおじいさん
  4. 3章 お葬式の日
  5. 4章 悪夢の続き
  6. 5章 ハッピーバースデイ
  7. 後編「桜の木の下で」
  8. 6章 あと何回目のおめでとう
  9. 7章 「久しぶりだね、ジュリア」
  10. 8章 私の物語

序章「悪魔と出会った」

サミュエルが私に画用紙を見せてきた。
「お母さん、お母さん。お絵描き出来たよ」
晩御飯の支度をしている私は一段落済ませると、画用紙を受け取った。
クレヨンで描かれた家族の絵、反応待っているかのように、にっこり笑っている。
「上手ね。今度の幼稚園の課題?」
「そう、家族の絵を描くんだ。ママも昔、こういう絵描いたことある?」
「あるわよ。懐かしいし、とってもいいと思うわ。そう思わないあなた?」
キッチンから少し離れたリビングのソファーに座り、テレビを見ている夫に声をかけた。
「ん?なんだい、ジュリア」
スイッチを切って立ち上がると、こちらに来る。画用紙に描かれた家族絵を見せる。
夫も笑っていた。
「サミュエルは、なかなかセンスあるな。僕よりもうまいよ」
「ありがとう、お父さん」
画用紙をサミュエルに渡すと、リビングに戻ろうとして再び戻ってきた。
「そういえばね、今度、発表会があってね。自分の名前ついて話さなきゃいけないんだ。お母さん、僕はどうしてサミュエルなの?」
私は大きく深呼吸をして、胸に手を置いた。
そうか、話さなければならないか。
「そういえば、僕も聞いたことがないなぁ。君が“サミュエル“がいいって言ったんだよね」
晩御飯の支度もあと少し、その時に話そうか。
その方がゆっくり話せるし、もう話してもいい時期だとはなんとなく思っていた。
「晩御飯がもう少しでできるからその時に話すわね」
「うん。今日は僕の大好きなハンバーグ?」
「ハンバーグカレーよ。できたら呼ぶから、お部屋で遊んでいなさい」
大きくうなずいたサミュエルは自分の部屋に戻っていった。
「僕、何か手伝おうか?」
「じゃあ、テーブルにお皿と、冷蔵庫の中にあるサラダ出してくれる?」
「わかったよ」
時間は夕方の5時、夕日がゆっくりと外では沈みかけオレンジ色の空と紺色の空が二つに分かれていた。


「サミュエル、食べましょう」
6時ごろになって、お部屋にいるサミュエルを呼びに行く私。
サミュエルは部屋から出てきて、リビングに来ると茶色のテーブルの上に乗っているハンバーグを見ては目を輝かせていた。 
三人が席に着くと「いただきます」と言って食べ始めた。
この「いただきます」は夫から教えてもらったのだ。
夫は趣味で日本文化を勉強していて、この「いただきます」も教えてもらった。
「熱いから、ゆっくり冷まして食べてね」
「はい」
サミュエルはふぅー、ふぅーと冷まして一口食べた。
とても美味しいのか、満面の笑みを浮かべてもう一口食べる。
「じゃあ、話しましょうか。サミュエルの名前のこと。まずは私がね5歳くらいの時の話からよ」
この話、本当はずっと伏せておこうかとも思っていた。
そうしようと思ったのは自分のため、思い出したくない過去だからだ。
でも、その“いつか“が来るのが早かっただけだ。
それは私が彼と出会ってしまったことで起こった町の悲劇と救ってくれたあの人のお話。
まわりの人も家族もしらない、私だけの物語。

1章 遊び場はボロボロのお家

大きなヨーロピアン風の白っぽい一軒家の前に三人の家族が立っていた。
「ここが新しい家だよ」
「素敵、設備は大丈夫なの?」
「もちろんさ、前の家は通勤的には場所は悪くなかったんだけど、設備がなぁ」
前の家だと水道は何度直しても壊れた。
床はいつ穴が開いてもおかしくないくらいぶかぶかしていた。
「私、前の家のほうが好き」
小さい私は新しい家の匂いが苦手だった。
古っぽい感じの方がアンティーク感あって好きだったのだ。
「まぁ、個性的って意味では前のもいいけどね・・・そうだ、ジュリア。これ、あげる」
ママがしゃがんで、首から下げていた鍵みたいなのを私に見せてきた。
銀色の鍵は少し汚かったが使えないことはないみたいだ。
「この辺り、公園に行くまで遠いし、距離もあるから昔の家を遊び場にしたらどうかしら?」
「おいおい、大丈夫なのか?床の穴から落っこちたりしたら・・・」
「大丈夫よ。普通に歩くだけなら問題はないし、下手に知らない場所で遊んで何かあるよりはこっちの方が危なくないじゃない」
それもそうだと言い切るパパ。鍵を受け取ると不思議な顔をしている私にこう言った。
「荷物や部屋のセットはしておくから、遊んできなさい」
「わかった」
新しいお家のセットより、古いお家で遊ぶ方が楽しそうだと思った私は、リュックを背負ったまま走り出していた。
ママとパパは私を見送ると荷物をもって、新しい家の中に入っていった。

古いお家はここから少し離れて、30分くらいのところにある。
あ、でも車なら15分くらいかな。
ボロボロの洋風な家、色はレトロな茶色の洋館。
大きな窓もいっぱいあって、二階の端っこが私のお部屋。
今はもう中には白いカーテンが敷かれていて見えにくくなっている。
玄関まで行くと、さっきもらった鍵をドアノブ近くに差し込んで回してみた。
ガチャっと音がして、ドアを開けた。
「こんにちは」
こうは言っても誰もいないけれどなんか、誰かがいるような気がした。
中に入ると、いろいろな部屋を回った。
水道が良く壊れるキッチン、トイレの電気は暗い。
リビングは家族三人にしてはちょっと広すぎ。二階はみんなの寝室、私の部屋は端っこ。
自分の部屋に到着して、ドアを開けるときぃっと軋む音がした。
大きなベッドはそのまま、これはもう壊れて使えないから新しいベッドを買ってもらう。
腰かけてみると、はずみで羽がちょっと出てきた。
「これ、面白い」
ベッドに乗ってどんどん跳ねて、羽がポンポンでるのに夢中になる。
元々、一人遊びが好きな私にとってこういうのがおもちゃみたいだった。
幼稚園でもちろん友達もいたけど、特に一人遊びが好きだった。
窓から見える庭、ママとパパの寝室だと、斜めになっていて顔を出さないと見えない。
新しい家はお庭がもっと広いらしい。
お庭を見ると、大きな“桜“という名前の木、近くにパパが作った小さいブランコがある。
まだ花は咲いていないし、どんな花かも知らない。
ピンク色で綺麗な小さい花が咲くとパパの会社のお友達が言っていた。
よく見ると、ブランコに誰かが座っているようなのが見えた。
あれ、誰だろう。私以外にここに後から入ってきたのかな?
それともお庭の策が壊れていたのかな。
もしかして「幽霊?」。
幽霊だったらお友達になりたい、怖いとかそう言うのも考えたことはなかった。
私はベッドから降りて、小走りで一階に降りるとリビングからお庭に出てみた。
同じくらいの歳の男の子は、ブランコに座って下を向いていた。
「こんにちは」
声をかけてみるとこちらに振り替える男の子。なんだか、青白い顔だし、元気もなさそうだ。
「こんにちは」
悲しそうな目をしている。泣いていたのかな、少し目が腫れているようだ。
時々、目をこすっている。
「どうして泣いているの?」
「僕、みんなから嫌われているんだ」
近くまで来て隣に座った。
「僕ね、不気味なんだって。傍にいると、なにか怖いことばっか起こるみたいなんだ。君もそう思うだろ?」
「・・・・あなたに会うのは初めてよ」
あなたにあったのはこれが初めてだからそんな風に言われてもわからない。
「そうだったね。変なこと聞いちゃった。君も一人なの?」
「うん、私ね一人が好きなの。お友達はいるよ、遊んだこともあるし・・・」
「かわってるね、友達がいるのに一人が好きなんて」
「そうかな・・・そんなことないと思うけど。ねぇ、私とお友達にならない?」
「え、僕と君が?何が起こるかわからないのに、君は怖くないの?」
「だって、見てもいないのに怖いって思うの?二人で遊ぼうよ。独り者同士仲良くしようよ」
手を差し出した私、男の子はびっくりして手を見て、私を見てと交互に顔を振った。
「握手知らないの?こうやるんだよ」
男の子の右手を取ると、自分の手と重ねる。ゆっくりと握り返してきて、私はにっこり笑った。
「これでよろしくねって意味なんだよ。私はね、ジュリアっていうの。あなたは?」
「僕は、ルシフェル。よろしくね、ジュリアちゃん」
ちょっと八重歯が見えるその男の子は天使のようににっこり笑った。

持っていけなかった本を読み返したり、ベッドで遊ぶ続きをしたり、かくれんぼをしたりして、夕方5時ころ、ジュリアはルシフェルとボロ家から出てきた。
「またここで遊んでもいいかな。この家、とっても気にいったよ」
「そうでしょ。ここでまた会いましょう」
そう言って、ルシフェル君は走って私の家と反対方向に向かった。
途中振り返って、大きく手を振って笑っている。
良かった、元気が出たみたいだ。
こちらも手を振り返して、新しい家に帰ることにした。


新しい家のリビングでご飯を食べているとき、ルシフェル君の話をしようか迷った。
でも、言わないでおこうと。
何故って、まだ知らないことが多いからちょっと困るし、ルシフェル君はみんなに好かれていないみたいだから、
いつかパパやママが知ったら仲良くするのを辞めなさいって言われたら嫌だった。
けっこう私の両親は“世間“っていうのを気にする。
食べ終わってお風呂に入って、新しいお部屋に入ってみる。
前の部屋よりは少し狭い、窓から見えるお庭は横長に広い。
たくさん人を呼んだらバーベキューはできそう。
「ルシフェル君は何してるのかな」
ベッドの上に座って、濡れた髪の毛をタオルで拭く。
そういえば、もう少ししたら小学校に入る。
引っ越してしまったけれど、幼稚園の友達は同じ小学校なのでまた会える。
ルシフェル君にも会えるかもしれない。
そしたら、みんなが彼と仲良くなれるようにしてあげたいなぁ。
「ジュリア、チョコレートのアイスクリーム食べる?」
下の階からママの大きな声が聞こえてきた。
「今行く」
ベッドから降りて、部屋を出て下の階に降りていった。


その夜のこと。
私は夢で森の中を走っていた。
何かが追いかけてきている。
振り返りながら“それ“から逃げる私は長い森を抜け出せなかった。
「う~ん」
ベッドの上で唸る。
逃げている私はとうとう石に躓いて転んでしまった。
怪我をした足をあげていると、“それ”が追い付いてきた。振り返ると、黒い影だった。
黒い影は私を包み込んで、永遠の真っ暗を見せてきた。
「いや、怖い」
何もない、何もないのだ。
ただ真っ暗な暗闇だけが広がっていて、そこに閉じ込められたって感じだった。
「誰か、パパ、ママ」
大きな声で叫ぶけど返事がない。後ろから誰かが肩を叩いてきて・・・・。
そこで目が覚めた。
「どうしたの?ジュリア」
ママが部屋に入ってきた。
汗でびっしょりで大声をだした私を見て飛び込んできたのだ。
「ママ、黒い影が襲ってきて、それで・・・」
怖くなって泣いてしまった。ママは私を抱きしめて、パパも入ってきて抱きしめてくれた。
初めて新しいお家で見た最初の悪夢だった。

2章 怖い顔のおじいさん

悪夢を見た日から一週間経っても、まだあの悪夢を見る。
そのせいで最近は寝不足だった。
今日から小学校が始まる。だけど、悪夢のせいで台無しになりそう。
「あの新しい家、なんかおかしい」
ボソッと呟きながら小学校まで歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「ジュリア、久しぶり」
「ルーシーじゃない。元気だった?」
幼稚園も一緒で一番仲良しだったルーシー。
いつも二つ結びで赤いリボンが良く似合っていた。
「もちろんよ。休み中、ジュリアに会いたかったんだけど、お母さんから引っ越したって聞いたからびっくりしちゃって。でも、良かった。学校は一緒だね。クラス違っても、遊びに来てね」
「行く行く」
学校の前に着くと、偉そうで赤い眼鏡をかけたおばさんが門の前に立っていた。
一人一人の生徒に挨拶している。
「お、おはようございます。」
私達は恐る恐る挨拶をすると、「おはようございます。」と返してきた。
「あの、ここの先生ですか?」
「いかにも」
「どうして門の前にいるの?」
「最近、この辺りに怪しいおじいさんがうろついているって噂があったの。生徒に何かあったらいけないから、こうして見張っているの」
ルーシーと私は先生の横を通り過ぎて、「怪しいおじいさんって何だろう?」と話した。
「ジュリア、知らないの?毎回、遊びに行くと言われるんだけど、おじいさんに気を付けなさいって。睨まれるんだって」
私達の後ろから少し背の高い男の子が声をかけてきた。
「それだけじゃないぜ。あのおじいさんは何かブツブツ言ってるらしいぜ。お嬢さん方」
見たことない顔だ。私の幼稚園にはいない、どこからきたのかな。
「ぼくはね、ジョゼフ。隣町からバスでここに通うんだ。君たちはこの辺りの幼稚園から来たのかな?」
「そうよ。隣町って、結構遠いよね。でも、この辺りだと小学校はここしかないもんね。私はルーシー、こっちはジュリア」
「こんにちは。おじいさんの噂って隣町でも有名なの?」
「奥さんがいた時は明るかったらしいんだけど、去年かな、病気で亡くなったみたいなんだ。
家政婦さんが家に来てご飯とか作るらしいんだけど、日に日に怖い顔になって言ったって聞いちゃってさ。家政婦さんの家、僕の隣で、いつもおしゃべりするんだよ。そういうの好きなんだよね、母さんも」
「なにをブツブツ言っているのかな?」
「さぁな、おかしな呪文でも唱えてんじゃねぇの」
小学校の入り口まで来て中に入った。
そこに白いホワイトボードにクラスの名前が書かれている。
「私は、1-2。ジュリア、同じクラスだわ」
「ホントだ。ジョゼフ君は?」
「残念、お隣の1組だ。時々、遊びに来てよ」
ルーシーと私は、2組に、ジョゼフ君は1組へとそれぞれのクラスに向かっていく。
2階に上がってクラスに入ると、知っている子と知らない子がたくさんいた。
同じ幼稚園だった子もいるけど、あまり話したことがない子達ばかりだった。
「あ、ルーシー。こっちこっち」
窓側にいる茶髪でポニーテール、丸眼鏡の女の子がルーシーを呼んでいる。
ルーシーは私を連れてその子の近くに来た。
見たことはある子、同じ幼稚園でクラス違いのオリビアだ。
私は嫌いではないがちょっとこの子が苦手だった。
「ジュリアだよね、久しぶり」
「久しぶり、オリビア」
ルーシーはいろんな子と仲良くなるのが得意で、いつも遊ぶ時違う子を連れてくる。
その時にオリビアと出会って少し遊んだことがあった。
でも、オリビアはルーシーには普通に話しかけるのに私と話す時だけ、なぜかライバル意識してくるのだ。
まるでルーシーを取らないでと言っているかのように。
そんなそぶりはルーシーに見せないために「久しぶりだね」って、他の子に愛想を振りまいている。
「私達同じクラスだから、これから一緒に帰れるわね。勉強、苦手だから教えてねルーシー」
ルーシーは実をいうとなかなかお勉強ができる子なのだ。
まぁ、だから仲良くなれる子も多いんだけどね。
キーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴ってみんなが席に着くと、カツカツとヒールの音が聞こえてきた。
入ってきた女性は先ほど校門に立っていた先生だった。
「わたくしがここの担任です」くいっと眼鏡をかけ直す。
「さぁ、立ち上がって。体育館で校長先生の話を聞きに行きましょう」
みんなは立ち上がると、開かれた教室のドアを通っていった。


今日は先生の話と今後の予定ついてだけだったので、学校の行事はすぐに終わった。
机の上にある授業に使う教科書を整理していると、ルーシーがこちらに来た。
「先生の話、長かったね」
「眠くなりそうだった。さぁ一緒に帰え…」
そこまで言いかけて私は口を閉じた。
「ねぇねぇ、隣のクラスの転校生見に行かない?」
オリビアがまた二人の会話に邪魔するように入ってきた。
せっかく、一緒に帰ろうって思っていたのに。
「転校生?」
「うん、すっごくカッコイイみたいなんだよ。行こうよ」
「わかったわ。ジュリアも行きましょう」
ありがとう、ルーシーは本当に優しい子なんだね。
私たち三人は教科書を片付けて、カバンを持つと、教室を出た。
隣のクラスは朝に話していたジョゼフ君がいる教室だ。
そっと入ってみると、窓側に座っている男の子に数人の女の子たちが集まっていたのが見えた。
「あそこにいるのかな」
ジョゼフ君が私達に気づいてこちらに来た。
「やぁ、ルーシーにジュリア。それと・・・」
「オリビアよ。よろしくね」
「ぼくは、ジョゼフ。君たちも転校生を見に来たのかな?生憎(あいにく)、お客さんでいっぱいみたいだけど」
「顔だけ見せてもらえればいいんだけど・・・」
「まぁ、入っておくれよ」
教室に入ると、私のクラスと違って背の高い子が多かった。女の子も少し派手な雰囲気だし。
良かった、こっちのクラスじゃなくて。
一番後ろの窓側席の近くまで来ると、ジョゼフ君が声をかけた。
「ちょっと、失礼。他のお客さんも見たいと言っているよ。開けてくれるかい?」
「ごめん、ごめん」
軽い謝り方だがすぐに数人の女の子達が退くと男の子の顔が見えた。
「あ」と私は思った。
「こんにちは、ジュリアちゃん」
「ルシフェル君」
「二人とも知り合いなの?私はね、オリビア。この二人と友達なの」
オリビアがちょっとズルそうな顔をした。
別にそんな顔されても困るんだけどね。
「私はルーシー。名前はなんていうの?」
「ルシフェル。よろしくね」
愛想のいい笑顔で笑っているルシフェル君。学校でこうやって会えるのは嬉しい。
「ねぇ、私達と一緒に帰りましょうよ。少しお話もしたいの」
オリビアったら早く仲良くなったのは私の方なのに、まるで自分が先みたいにまた言っている。
一緒に帰りたいのは嘘じゃないけど、ルシフェル君はどうなのかな?
でも、お友達ができたら彼だってもうあんな悲しい顔をしなくていい。
「いいよ。僕も帰るとこなんだ。またね、みんな」
ルシフェル君も席を立つ。みんながまたねと声をかけていく。
ジョゼフ君、ルシフェル君、ルーシー、オリビア、それから私は教室を出ていく。
その時、こちらの方を三人の男の子達がチラッと見ながら何かを話していた。
「あいつ、噂の子だろ?」
「不気味だよな。俺たちの学校に来るなんて怖い怖いね」


帰り道、オリビアは根掘り葉掘りルシフェル君にいろいろ話しかけている。
「どこの幼稚園?家は子の近くなの?」
そんなに話しかけたら疲れてしまうのではないかと心配になる。
バス停まで来ると、ジョゼフ君が立ち止まって大人の人たちと隣に並ぶ。
「ここで、僕とはお別れだね。また明日ね」
黄色っぽいバスが来て、ジョゼフ君と大人の人は乗ってはすぐに発車してしまった。
「ジュリアちゃん、またあの家、遊びに行ってもいい?」
小声でルシフェル君は話しかけてきて、私は「いいよ」と答えた。
この会話はバスのおかげでオリビアには聞こえなかったみたいだ。
バスがいなくなると、向かいの近くにある信号におじいさんがいた。
こちらをじっと見つめながら何か言っている。
あれが、学校の先生が言っていた怖いおじいさんだろうか。
「ねぇ、あのおじいさんこっち見てるよ」
白い服で腰を曲げた歩き方、両手で籠のような物を引いている。
「早く、帰ろう」
オリビアが私とルーシー、ルシフェル君の背中を押してその場を去ることにする。
その行動も目で追うようにこちらをずっと見ていた。
おじいさんのいるとこから離れると、十字路と教会が見えてきた。
教会の前にある信号で、三人は別れることになった。
ルーシーは幼稚園の近くに家があるので、教会から見て右の方に歩いていく。
オリビアはお母さんと待ち合わせがあるからと、スーパーマーケットの方に向かった。
ルシフェル君も家に一度帰ってから「“あの家”で待っているね」と言って別れた。
教会から見て正面の道に歩くと私の新しい家が見えてきた。
玄関に着くと、「ただいま」と声をかけるとお母さんが出てきた。
「お帰りなさい。学校はどうだった?」
「ルーシーと会えたわ。あと、オリビアと。新しいお友達もできた」
おまけをつけるかのようにオリビアの名前を出す。
「良かったじゃない?仲のいい子もいて。新しいこの家のお庭で、今度皆を呼んでバーベキューをしたいわね。久しぶりの再会って」
私は部屋に荷物を置いてくるねと言い残してキッチンの方へ歩き出す。
ママは集まりが好きだった。
前の家では集まりができなかったので、カフェに出かけてはママ友話に盛り上がっていた。
その中にオリビアのお母さんもいた。
ルーシーのお母さんとオリビアのお母さん、私のママは仲良し三人組。
オリビアのお母さんは優しい、よくクッキーを焼いてきてくれたこともあった。
お料理教室をしているので料理も上手だった。
ルーシーのお母さんはルーシーと違っておとなしいけど、おしゃべりは嫌いじゃない。
部屋に入るとカバンを机の上に置いた。
「ルシフェル君に会いに行こう」
引き出しにしまってある“あの家”の鍵を出すと、部屋を出ていく。
階段を降りてキッチンにいるママに声をかけた。
「昔のお家で遊んでくる」
「夕方までには帰ってきてね」
玄関で靴を履いて、ドアを開けると外に出て走り出した。

ボロ家の前に着くと、ルシフェル君が玄関前の階段の前で座って待っていた。
「ジュリアちゃん」
「遅れちゃったかな?」
「そんなことないよ。早く中に入ろう」
家の鍵を開けると、ドアをゆっくりと開けた。
「ルシフェル君が転校生だとは思わなかった。これで、学校でも会えるね」
「僕も会えて嬉しかったよ。お友達もできたみたいだし」
「オリビアが話しかけてばかりだから、疲れてない?」
「平気だよ」
ルシフェル君は壁に立て掛けてある絵画を見ながらそう言った。
そういえば、この絵画何が描かれていたかしら。
もう汚くて何が描いてあったのかもわからないけど。
「あのおじいさん、怖かったね」
「え?」
「ほら、バス停の近くにいたおじいさん。怪しいよね。僕も年を取ったらあんな風になっちゃうのかな」
「そんなことないよ。ルシフェル君は笑顔が優しいもん。あのおじいさんは怖いけど、ルシフェル君は怖くないよ」
「ありがとう」
本当に天使みたいな笑顔だ。
「何して遊ぶ?」
「だるまさんがころんだをしようよ」
「だるまさん?」
私はこの遊びを知らなかった。
ルシフェル君は来てと言って、家の中にある階段の柱に来ると説明をしてくれた。
「ルシフェル君っていろいろな遊びを知っているのね」
「僕、本を読むのが好きなんだ。その中に書いてあった遊びなんだ。他にもいっぱいあるよ。・・・鬼ごっことかね」
「そうなんだ。今度、学校でも遊びましょ」
「いいよ。僕が先に鬼やるから君は僕にタッチしてね」
ルシフェル君が柱の方に向いて顔を隠した。

***

「お母さん、サミュエルの名前が出てこないよ」
「この話は長いからもう少し先で出てくるのよ」
ご飯は食べ終わって、片付けもした。
サミュエルは話の続きが聞きたくてリビングのソファーで座って待っていた。
「先にお風呂にお父さんと入ったら?そしたら、話すわね」
「ほら、サミュエル。風呂に入ろう。話はまた後でだ」
夫がサミュエルを後ろから抱っこして肩車した。
「はーい」
二人はサミュエルの向かいの部屋、浴室に向かった。
私はリビングの近くにある窓のまで来ると真っ暗になった空を見上げた。
「“だるまさんがころんだした“あの日・・・明るい時間だったのに月がのぼっていたわね。不気味な色の赤っぽい三日月」
星々が見える空に三日月の形は笑った口のように見えた。

3章 お葬式の日

授業が始まって一週間たった。
私にとって難しいことがいっぱい。
だが新しいことを覚えるという意味ではとても楽しかった。
「ルーシー、この問題を解いてみて」
「はい」黒板の方に歩いていく。
「良くできたわね。じゃあ、戻って45ページをジュリア、読んでちょうだい」
「・・・は、はい・・・」

午前の授業も終わり、お昼の休み時間がやってきた。
校庭でルーシー、オリビア、ジョゼフ君、ルシフェル君と私は鬼ごっこをした。
説明はルシフェル君がしてくれて、鬼の役は最初、じゃんけんで負けたルーシー。
「ルーシーって足も速いのよね」
「うーんどうかな。幼稚園ではそれなりに早い方だったけど」
走って逃げていると、ルシフェル君が最初に捕まった。
その次にオリビアだった。
私もすぐに捕まって残りはジョゼフ君。
校庭のアスレチックまで逃げて、のぼったりしてうまくかわす。
「ずるいよ、ジョゼフ君」
「ごめんね。でも、ルールにはなかったからさ。あと何分かな?」
「もう」ルーシーは頬っぺたを膨らまして怒っていた。
「じゃあ、みんなで捕まえちゃおうよ」
ルシフェル君がそう言って、みんなを集めるとアスレチックに上りだす。
「やれやれ、挟み撃ちが来たらさすがに無理だよ。でも、なんだろう?」
捕まえたのは私だった。
「どうしたの?」
「一瞬だけ感じたんだけどなんだか、寒気がしたんだ」
「保健室にでも行く?」
ルーシーは心配そうに聞いた。
「いや、気のせいだったみたい。大丈夫だよ」
「今度は僕が鬼だね。10数えるからみんな逃げてね」
ルシフェル君が数えて、私達が逃げていく。
10までの数字が聞こえて走り始めたルシフェル君。
ルシフェル君は全員を追いかけていたが、方向をふと変えてオリビアを追いかけていた。
彼女が一番、足も速くないし鬼の傍にいたほうだからだ。
「捕まえた」
その時、チャイムが鳴り響いた。私達は足を止めて、二人の方に歩み寄る。
「ルシフェル君、意外と足早いんだね」
「そうかな」
「さっきよりは早かった気がしたんだけど・・・もしかして、全力出した感じ?」
「いいや、ちがうね」
三人の男の子がこちらにやってきた。
ルシフェル君とジョゼフ君と同じクラスにいた子達だ。
不良とでもいうわけでもないけど、柄は良くなさそう。
「そいつマジでやばいから、付き合わない方がいいぜ。何が起こるかわからないし」
「なんで、そんなこと言うの?」
「俺たちとルシフェルは同じ幼稚園だったんだぜ。俺、こいつの隣の席だった時、具合悪くなったんだぜ」
「はぁ?くだらないわ、帰りましょう。みんな」
オリビアは自分の仲良しになった子にそういう風に言われるのが嫌だった。
友達を取られたくないという性格だけど、ここだけは、オリビアのいいところだ。
私達は学校の中に戻っていく。そ
の子達ももちろん同じ方向に歩いてくる。
教室の前、ジョゼフ君とルシフェル君と別れて私とオリビア、ルーシーがクラスに向かう途中、さっきの三人の一人がこちらまできて「忠告はしといたからな」、そう言われた。


学校が終わるとルーシーとオリビアはお母さん達が迎えに来るからと言って、学校で残ることになった。
ルシフェル君は用事があるからとすぐ帰ってしまったとジョゼフ君が教えてくれた。
ジョゼフ君とバス停までは一緒に帰って、別れる。
今日は私一人だった。
教会の方に来た時、たくさんの黒い服を着た人たちが中に入っていくのが見えた。
そこまで小走りして中をのぞくと、大人がざっと30人くらいと子供たちがいっぱいいた。
みんなハンカチを目元にあてて、泣いているみたいだ。
外に出てきた大人の女の人と目が合って私は頭を下げる。
同じ目線になるようにしゃがむその人の目が充血していた。
「あなた、この近くの幼稚園?」
「いえ、小学生です」
「じゃあ、知らないわよね。隣町の幼稚園にいる子亡くなったのよ。まだ小さいのに可哀想」
「なんで?」
「隣町の公園に大きな噴水があるんだけど、遊んでいたらそこで足を滑らしちゃってね。頭を打ったの。母親がちょっと目を離した時にはもう遅かったって」
隣町の公園は遊びに行ったことはないがジョゼフ君から聞いた時、噴水の話をしていた。
私より年下の男の子が教会から出てきて、女の人に抱きついて泣いている。
「マーマ、どうして・・・どうしてなの?目をあけないのはどうしてなの?」
「うちの子、仲が良かったのよ。あなたも遊びに行くときは気を付けてね」
その親子は去っていく。私は教会をまわって、裏まで来るとお墓を見つけた。
一つだけ、地面に大きな穴が開いているところがある。
「ここのお墓、こんなに多かったっけ?」
そういえば、ママが言っていた。
一昨日、スーパーに行った時に「学校の近くにある教会のお墓、増えた気がするのよね」と。
ふと、視線を感じた気がして振り返るとお墓の一つの近くにあのおじいさんがいるのが見えた。
こっちを見ている。
私はなんだか怖くなって走って、教会から離れて家に帰ることにした。


今日はいつものように遊びに行くのを辞めにして、晩御飯の支度中のママに聞いてみた。
「ママ、学校から帰る途中の教会があるでしょ?あそこから今日、黒い服を着た人たちが出てきたの」
「またなのね。なんだか怖いわね」
「隣町の公園にある噴水で男の子が足を滑らしちゃったんだって」
「公園ってそんなに危険じゃないはずなんでけど・・・。人だって多いし」
そうだ、母親は目を離したすきにと聞いた。
他の人が見ていたはずだろうに、声をかけていたら助かっていたはず。
何故だろう、誰も気がつかなかったのか。
「それに、おじいさんも教会にいたの」
「ジュリア・・・」
ママが包丁をまな板の上に置いて、しゃがみ込み私のことを抱きしめた。
「そのおじいさんには気を付けなさい。学校で聞いたでしょ?」
「うん。怖いんだって」
「学校が始まった日、学校から電話があったの。おじいさんのこと、気を付けなさいって。何かされることはないと思うけど、万が一のことがあったら、学校まで迎えに来てもいいって。ジュリアは大丈夫?これから先、何が起こるかわからないから迎えに行こうか?」
確かにそうしてもらいたい。
何か不吉なことを起こらせる力を持っているかもしれない。
こんなことを言ってはいけないけれど・・・。
「大丈夫、なるべくは一人で帰らないようにするよ」
「そうしてね。何かあったら、大きな声で叫ぶのよ」
「わかった。お部屋で宿題やっているよ」
「ご飯になったら呼ぶわね」
抱きしめていた手を離して立ち上がると、ママは支度に戻った。私はキッチンから出ると階段を上がって、部屋に入る。
机の上にノートを広げると、宿題を始めた。


男の子のお葬式から数日たった日、私の学校でも生徒が一人死んでしまった。
家族がみんな外出中で、一番早く大学から帰ってきた年の離れた兄が発見したのだ。
授業は自習、ジョゼフ君の隣のクラスは教会に行っている。
そして、あのおじいさんがその家の近くを歩いていたらしい。
「あのおじいさん、もしかして悪魔なのかな」
「ジュリア、どうしたの?考え事?」
「うん。隣のクラスの男の子、何でかなって」
「怖いおじいさんいたんでしょ。きっと呪いよ。羨ましいかったのよ。寂しいから、幸せな人が嫌いなのよ」
本当にそうなのだろうか。
人を疑ってはいけないがその子がいなくなった時、おじいさんがいたのならそうなのか。
いなかったら男の子は生きていたのかな。
廊下の方が騒がしい、隣のクラスが帰ってきたみたいだ。
自習も終わって、私達三人はジョゼフ君とルシフェル君のクラスに行く。
みんな暗い顔をしていた。ジョゼフ君は私達に気づいてこっちに来た。
「ジョゼフ君」
「やぁ」
「ルシフェル君は?」
「トイレに行ったみたいだよ」
一番前の席は空席になっていて、数人の生徒が集まって泣いている。
「この前の男の子覚えてる?僕らが遊んでいた先週に忠告してきた子。あそこの席、あの子なんだ」
もちろん覚えていた。
柄の悪い子の一人で、背がまぁ高めで猫背な子だった。
「階段から落ちたみたいで手足が曲がっていて、でも顔だけは傷がなくて」
「そうだったのね」
ジョゼフ君はあまりしゃべらず、すぐに席に戻っていく。
クラスに戻る時ルシフェル君と廊下ですれ違い、声をかけた。
「あの子達に責められちゃった。僕のせいなんだって」
「そんなわけない。きっとあのおじいさんよ」
「オリビアったらまだわからないでしょ」
「だって、現場の近くにいたんでしょ?なんか仕掛けたのよ」
「わからないけど、また帰りに話すね」
ルシフェル君は教室に戻っていく。
私はまたあの時、泣いていたルシフェル君の顔を思い出しちゃった。
もしかして、トイレで泣いていたのかな。

お葬式があったので学校も早く終わってしまった。
校門の前には前よりも大人の人が増えていた。
迎えに来た両親が多いのだろう。
私のママもいて、ルーシーとオリビアのお母さんと話している。
私達五人はその方に歩いていく。
「久しぶりね、オリビアとルーシー。そっちの二人もお友達?」
「ジョゼフ君とルシフェル君だよ」
「よろしくね」
「こんにちは」二人の声が重なって挨拶する。
「ジョゼフ君のお母さんは?」
「僕、共働きなんだ。今日はお母さん、スーパーで仕事している。パートだから明日なら迎えに来れるって。今日はおじさんに来てもらったんだ。ちょっと離れたあそこに緑の車見えるでしょ?」
学校から少し離れた道路に深緑色の車が止まっていた。
「おじさん、無口で人見知りだから中で待っているんだ。じゃあね」
ジョゼフ君は車の方に走っていった。
「ルシフェル君もお母さん、共働きなの?」
「そうじゃないけど、シングルマザーって言ってね。家のこととかで忙しいし」
「なら、私達と帰りましょう」
オリビアが手をつないで軽く引っ張った。
私達は学校から出て、教会まで歩いていく。
相変わらず、ママは親同士でおしゃべりしている。
時々、「これからも迎えに行こう」とか「何かと心配だわ」と単語が聞こえてくる。
「まただわ」
私のママが立ち止まって、皆もそうすると教会の方を見た。
黒い服を着た人たちが数人教会に入っていく。
大きな箱、黒い箱を運んでいる途中だった。
「おや、どうも。皆さん」
ふっくらとした男の人は眼鏡をかけていてこちらの方に来た。
「こんにちは。お尋ねしてもいいでしょうか?何があったんですか?」
「あぁ、隣町の公園の近くにある学校の小学生とその親が亡くなったみたいなんですよ。私はその学校の校長でね。親の方はショック死、子供は事故です。あの川は封鎖しておかないと」
「川ってどこにあるの?」
私はいつも“あの家(ボロ家)”で遊んでいるから川があることは知らない。
「ここから離れたところが隣町の噴水のある公園、そこから数キロ歩いたところに住宅街と畑と小川がある。その小川は浅いから溺れることはない。でも、何かに引きずりこまれたらしい。亡くなった子の足首に何かで引っ張られた跡があったみたいでね」
お母さんたちは怖がっている顔をして両手を口に当てている。
「お気を付けください」
おじさんは教会の中に入っていった。
「引きずり込まれたって、何かいるのかしら?」
「そういう話は聞いたことないけど、怖いわね。しばらく外で遊ばせないようにしなきゃ」
「ジュリアもしばらくはあの家はお休みね」
そんな。
私は今の家よりあの家に行くことが唯一の楽しみなのに・・・。
確かに何かあったらそれは怖いけど。
「お家の中なら大丈夫だから遊ぶときはそうしましょうかね」
ルシフェル君、ごめんね。
しばらく遊ぶのは学校かお家になっちゃうけど、会えなくなるわけじゃない。
「じゃあ、私達は買い物があるからここでお別れね。オリビア、行きましょう」
「また来週ね」
オリビアのお母さんとオリビアはスーパーの方に行った。ルーシーも帰っていく。
「お家はどのあたり?送っていきましょうか?」
「ここからそう遠くないし、一人でも慣れているから大丈夫だよ。ありがとうございます。またね、ジュリアちゃん」
ルシフェル君は走っていく。
私とお母さんも帰ることにした。

***

あのお葬式から一週間経った。
“ボロ家“では遊べない、それに天気も雨が多くなったから外でも遊べない。
学校は一人の生徒がいなくなっても行事や授業は進む。
なんだか荷が重い。
それにジョゼフ君に声をかけてももう関わらないでくれって言われちゃった。
「なんで?」って聞いてみた。
ジョゼフ君は辺りを見回しながら小さい手紙を渡されて3人で読んでみた。
この前の小川でいなくなった子、ルシフェル君と柄の悪い子達と同じ幼稚園で、ルシフェル君のことをいじめていたみたい。
いじめと言っても殴ったりするわけでもないけど、ロッカーに落書きがあったらしい。
忠告してきた子も小川の子も実をいうと、私が一人で帰ったあの日の葬式もみんな同じ幼稚園だった。
ルシフェル君の隣の席になった子、何か不吉なことが起こることが多いみたいだ。
聞いた話だと、ルシフェル君、お家までこっそりついて行ったら、不気味な色の家だったようだ。
ジョゼフ君は放課後に呼び出されて、教えてもらったという。
手紙の最後に“ごめんね”と書いてあった。
「最初から、なれなれしかったのよね。私は信じないけど」
「ルシフェル君、最近、トイレからよく出てくるとこ見かけるんだ。話しかけたら、教室にいるのがちょっと嫌なんだって」
「手を出さない精神的ないじめよ。先生に言いつけてやるわ」
「ルシフェル君・・・」
なんだか、初めて会った日のことを思い出しちゃった。
私達が助けてあげることはできないのだろうか。
「そうだわ、今日、私の家でお菓子作りに来ない?ルシフェル君も呼んで。こういう時は励ましてあげなくちゃ」
「そうね、お母さんに聞いてみる。ジュリアも来るよね?」
「私も行く。今日もお迎えくるから聞いてみるね、ルシフェル君にも聞いてみよう」

オリビアの家に行くことになったのは私とルシフェル君だけだった。
ルーシーは、お母さんからおばあちゃんの様子を見に行くから来ることができなかった。
おばあちゃんは足が悪くて、普通には歩けるけど遠くまではいけないらしい。
一人でできないこと多いから、お母さんのお手伝いをしなきゃいけないようだ。
お料理教室も今日はお休みだから、貸し切りにしてもらってお菓子作りを4人でした。
ルシフェル君もこういうのが初めてだから一生懸命で、でも楽しそうだった。
「良かったわ、元気が出たみたいで。それにけっこう上手じゃん」
「ありがとう、オリビアちゃん。お母さんから簡単なお料理は教えてもらっていたからね」
その時私はふと思い出した。
ルシフェル君の親がいないというジョゼフ君の話、本当のことなのかもしれないと。
「これ美味しい。ルシフェル君は形作りも上手だけど、味もいい。私の教室入りなよ。子供だけ参加もありなんだよ。無料だし」
「ありがとう、でも遠慮しておくよ。何かあったら悪いし」
「もう、ルシフェル君も先生に相談しなって。私ついて行ってあげるから」
二人の会話を聞いていて、ほっとしてきた。ちなみに私の味は薄いし、まぁまぁだった。

4章 悪夢の続き

学校も始まって、一か月後くらい経っても、ジョゼフ君はこちらのクラスに遊びにも来なかった。
それよりもオリビアが学校に来なくなったほうが心配だ。
「オリビア、どうしたのかしら?」
先生の話だと、昨日の夜中にトイレに行ってくると言って戻ってこないのを心配した母親がトイレに行ったらいなかった。
家の中をすべて探してもいなかったからすぐに警察に相談して探してもらったんだ。
結局、見つからなくて「家出じゃないか」と言われた。
家出をするような子じゃない、でも何が彼女をそうさせたのだろうか。
「ジュリア、帰りにオリビアの家に行ってみない?」
「そうだね。なんだか、このところこういうことばかりだね」
「うん、前よりも授業も終わる時間、早くなっているし」
夕方の5時くらいに終わっていた授業も4時半に変更になった。
それだけ学校も子供たちのためだと思ったからだ。
「では、授業はここまで。みなさん、気をつけて帰ってください。それと、今日から放課後に残ってもいい自由時間をなしにします」
皆が残念な顔をしている。
「オリビアのことも心配ですが、皆さんだってそれは同じ。私達ができることをしていくしかないのです。先生達も探しているんです」
先生は一瞬、下を向いて泣いているようにも見えたが顔をあげて「起立」と言った。

私とルーシー、私のお母さん、ルーシーのお母さんはオリビアの家に行った。
オリビアのお母さんが出迎えてくれたけど、顔が少し細く見えた。
リビングに案内されて、テーブルの椅子に座る。
「ルーシーとジュリア、来てくれてありがとう。オリビアはね、まだ見つからないのよ」
「何か心当たりある場所はないの?」
「昨日、交代で旦那と探してみたのよ。隣町にも行ったわ。でも、見かけなかったって。あの子の行きそうなところ、全部探してみたの」
「誘拐なんてことはないわよね」
ルーシーのお母さんは怯えながらそう言った。
「そんな、じゃあ何で急に夜中にいなくなったりするの?誰かに呼び出されたとでもいうの。あの子、外には遊びに行かせていないし、いつも買い物だって一緒だったし」
「一度も目を離してない?」
「トイレに行くときだけかしら。でも、だからって」
その時、ベルが鳴った。
オリビアのお母さんが立ち上がって玄関に行くと、お父さんがいた。
私達も後について行くと、はぁ、はぁと何かをもって息を切らしている。
「あの子の靴を見つけたんだ」
茶色で泥だらけの子供用の運動靴を見せた。
銀の星のマークが入ったのが見えると「これ、オリビアの靴よ」と、ルーシーが言った。
「どこにあったの?あの子はいたの?」
「いなかった。でも、前に小川で亡くなった子の事件、覚えているだろ?もしかしたらって探したら、靴が見つかったんだ」
「何かに襲われたってこと?」
「分からないけど」
オリビアのお母さんは膝をついて下を向く。何もしゃべらない。
「ママ、僕、もう一度明日にあのあたりをまた探してみるよ。みんなも気を付けるんだよ」
「そろそろ、帰りましょうか」
私達は玄関から外に出ると、オリビアのお父さんが手を振って送ってくれた。


その夜のこと。私はまたあの悪夢を見た。
「ここはどこなの?誰かいないの?」
真っ暗な世界、自分一人だけ。背中を誰かに叩かれた。
ここでいつも夢は終わる・・・けれど、「ジュリア」と呼ばれて振り向くと、丸眼鏡の女の子がそこに立っていた。
「オリビアなの?」
「ジュリア、ジュリア・・・ここは暗いの。早く、早く来て」
「オリビア、どこにいるの?今どうしているの?」
「水が、水が、喉まで来ている。いやだ。苦しい」
そこに水なんて沸いていないのにオリビアは苦しそうに喉を抑えている。
「ジュ・・・リア・・・、伝えて」
そこで言葉が途切れた途端に目が覚めた。
目の前が明るい、電気がついているしママが心配そうな顔でこっちを見ている。
「また、悪夢を見ていたのね」
「ママ、オリビアが・・・オリビアが」
うまく言えない、怖くて言葉がうまく話せない。
「この子、お友達の夢を見たんだわ。何か怯えてる」
「このところ悪夢ばかり見ているな。どこか悪いのかな。明日にでも診てもらおうか?」
パパがおでこを触ってきた。
「少し熱いな、熱があるんじゃないのか?」
「そうね。明日学校を休ませてお医者さんのところ連れていくわ」
「一緒に行くよ。仕事は家でもできるし」
「今日はお母さんと寝ましょうか」
私は言わなきゃいけなかったのに言葉が出てこなかった。
言おうとすると、言葉を何かが防いでいるのだ。
そのままパパに抱っこされて、部屋から出ていく私。
早く、ルーシーに言わなきゃ。
オリビアは小川のどこかにいるって。

***

サミュエルは夫と一緒にソファーに座って、話を聞いていた。
「オリビアちゃんはどうなったの?」
「見つかってないのよ」
「なんだか、怖い話だね。他の子達の事件も急に連続しているんだな」
「・・・」
私が病院に行った次の日、オリビアの服が今度は見つかった。
父親が明るい時間で探したらボロボロのパジャマを見つけたそうだ。

特別、熱以外に異常なことはなかったので、回復してからすぐに学校も行った。
「でも、悪夢を見ることはまだ続いていたの。さすがにママに迷惑はかけたくないから、夜中も無理やり寝て、寝不足な日でも普通な顔することにしていたの。オリビアのことをルーシーに話した」
「そしたら?」
「ルーシーはジュリアも悲しいよね。だけ言って、私の話を信じてくれなかったの。ジョゼフ君にも無理に声かけて話してみたけど、同じだったの」
「ルシフェル君も?」
「いえ、彼は信じてくれた。ルシフェル君は私にあの家行こうよって」
久しぶりにに遊びに行けるようになったのは、一か月と二週間経ってからお父さんに車で送っていってもらった。
帰りは連絡できるように子供用携帯を持たせてくれた。
ルシフェル君はいつも、私を家の前で待っていてくれたと話した。
私もいけなかった事情を話しても全然、否定しなかった。
あの時だけかな大人に見えた気がしたの。
同じ年の男の子なのにね。
「さぁ、また話は明日にしましょう」
「えぇ、もう少し聞かせてよ。明日は幼稚園休みだし」
「サミュエルはすっかりママの話に夢中だな。僕はもう眠いよ」
「ごめんね。また明日、話すわね。それに、もう少ししたら事件の真相もわかるしね」
「はーい。おやすみなさい」
サミュエルは大きく伸びをして、自分の部屋に向かっていく。
「私達も部屋にいきましょう」

***

不可解な事件が連続していて、オリビアも見つからないまま、とうとう季節が少しずつ変わり始めていた。
天気も安定して、少し寒い日もある11月になった。
遠足もハロウィンパーティーも中止になってしまった。
「ジュリア、オリビアの誕生日祝えなかったね」
「そうだね。先週だったよね。お家にも行きづらいし、私のママもオリビアのお母さんと会ってないんだって」
ママの仲良し三人組の名前はどこかに消えてしまったようだ。
「私のお母さんも会いたいって連絡してるんだけど、電話でだけの会話で終わっちゃうみたい」
昼休みに遊んでいる子達も教室にいるほうが多くなったし、遊ぶ気にもなれない。
「ジュリア、あそこにいるのジョゼフ君って子じゃない?呼んでいるっぽいよ」
肩を軽く突かれて隣の席の女の子が話しかけてきた。
ふと、教室のドアの方を見るとジョゼフ君が立っていたのでルーシーと一緒に彼のところに向かう。
「あのね、僕が言うのもなんだけど・・・」
「どうしたの?」
「ルシフェル君がちょっとやばいみたいでさ。放課後、体育館の裏に呼び出されたみたい」
「えぇ?本当なの?」
「僕はあの子達とは関わりたくないから助けてあげたいけど・・・」
確かにジョゼフ君はもめ事は得意じゃなさそう。
ルーシーもどうしたらいいのかわからないという顔をしていた。
「ありがとう。私が行くわ」
「大丈夫なの?先生に話した方が・・・」
「ルーシーが先生に伝えておいて、私が助けに行くから」
「ごめんね」
ジョゼフ君はそう言って自分のクラスに帰っていく。
ルシフェル君は私が守ってあげなきゃ。

放課後になってルーシーはルシフェル君のクラスの先生に話に行って、私は体育館の裏に行って、大きな木の陰と茂みの中に隠れた。
まだルシフェル君とあの子達は来ていない。
足音がしてきてそっと覗いてみると、二人の男の子とルシフェル君が見えた。
「そろそろ、本性を見せたらどうなんだよ」
「どういうこと?」
「隣のクラスの女の子がいなくなったのも・・・みんなお前のせいなんだろ?悪魔め」
「・・・っ」
何も言い返せないルシフェル君、あんな風に強く二人に攻められたら言い返せないのは当然だ。
私はもう出ていこうと思った。
「やめなさいよ」
「あ、隣のクラスの・・・ジュリアだっけ?お友達いなくなったのは、こいつのせいなんだ」
「だから関わるなって教えたのに」
「何もしてないかもしれないのに責めるのは良くないわ。ルシフェル君、帰ろう」
私はルシフェル君の手を無理やり握って校門の方に行く。
「気をつけろよ。何があっても知らないからな」
殴りかかってきても大丈夫だと思っていたけど、そこまではしないみたいだ。
あの子達だって大事にはしたくないのだろう。
「ジュリアちゃん」
「ルシフェル君、何かあったら言ってよ。私達、友達でしょ?」
「ありがとう。あのさ、話したいことがあるんだ。二人きりになれないかな?」
「あの家で待っていてくれる?」
「もちろんだよ」
ルーシーと先生がこちらに走ってきて、何もなかったか聞いてきた。
私は大丈夫とだけ答えると先生もほっとして、「あの子達には私から言っておくから君たちは帰りなさい」と言った。
校門でママとルーシーのお母さんが立っていた。
「お帰りなさい、ジュリア。ルーシーもルシフェル君も。みんなで帰りましょう」
「ルーシー。今日、またおばあちゃんの家についてきてくれる?一度帰って支度してからでいいから」
「わかった」
私達五人は十字路の教会まで歩いていく。
ルーシーとルシフェル君と別れると、ママにあの家に行ってもいいか話してみた。
「いいけど、あの家壊すかもしれないの」
「えぇ?どうして」
「やっぱり、ずっとは置いておけないでしょ?あそこに新しい家を建てて住みたいって人から連絡が来たの。交通的にはいい場所だし」
とうとうそんな日が来てしまった。
いや、いつかは来るかもしれないと思っていた。
ルシフェル君と私の秘密の場所みたいに遊んでいたのになんだか寂しくなるなぁ。
「あなたのお気に入りだもんね。行きたいなら行かせてあげるから、気を付けてね」
「一人で行ってもいいの?」
「帰りは連絡をちょうだい。行きは一人でもいいけど、帰りは心配だからね」
家について、私は支度を済ませると子供用携帯をもって出かける。
お家の前でルシフェル君が待っていた。
鍵を開けて、「ジュリアちゃんのお部屋に行ってもいい?」と言われた。
話したいことって何だろう。
二階の階段を上がってお部屋に来ると、羽がでるベッドに座った。
「ジュリアちゃん、助けてくれていつもありがとう」
「私はルシフェル君が泣いている顔、見たくないから」
「僕ね、君のこと好きなんだ。友達以上じゃなくてもいいからずっと一緒にいたい」
私は黙ってしまった。
だって、そんなこと言われたのは初めてだったし私達まだそういう歳じゃないし・・・。
でも、一緒にいたいのはもちろんオッケーだ。
「変なこと言ってごめんね」
「私もね、これからもルシフェル君が友達でいてほしいって思っている。困ったことがあったら言ってね。力になれるかわからないけど」
「君が助けてくれるだけで僕は嬉しかったんだよ」
また、笑っている。
「変なの」
私達は笑った。
久しぶりだなぁ、いろいろ怖いことがあって笑うことちょっと忘れていたから、こんな時間がなんだかうれしい。
学校で遊んでいないから久しぶりに二人で遊ぶとママから連絡が入っていた。
お家から出てくると車が待っていて、ママとパパが乗っていた。
ルシフェル君は一人で帰っていってしまい、私も車に乗る。
「楽しかった?」
「うん。ありがとう」
車が出発するとき、道の向こう側におじいさんがいた。
こっちを見ている。
「・・・・」
目が合ったけど、何か口パクで言っている。
ゆっくりと口の動きを見て読み取れた時には車が走りかけてしまった。
でも読み取ることはできたその言葉は「気を付けて」だった。

5章 ハッピーバースデイ

私はいつものように学校に来る。
いつものように靴を履き替えて、階段を上って教室に入る。
ルーシーに「おはよう」って声をかける。
「おはよう」
自分の席に着いた時、何か小さい紙みたいなのが机の中に入っているのが見えた。
紙を取り出してみると、それはジョゼフ君からの手紙だった。

“これが最後になるかもしれない。そんな気がしたんだ。
ルーシーとジュリア、君たちだけはどうか無事でいてほしい。
11月になって最初の夜に僕は夢を見た。
あれは悪夢だ。
真っ暗な世界で誰もいないんだ。叫んでも誰もいない世界。
そして、背中を誰かに叩かれた。振り返ったら、ルシフェル君がいたんだ。
彼は僕に言った。
ハッピーバースデー、ジョゼフ君。次は君だよ。それだけ言われて、気がついたら朝になっていた。彼には誕生日は教えていない。
だからハッピーバースデーと言われたのが気になって、朝早くに学校で名簿を見せてもらったんだ。
そしたら、君の友達のオリビア、彼女の誕生日が10月25日だった。
それに僕のクラスのあの席の子も誕生日の日に死んだんだ。
誕生日に何かあると思って、僕は最近死んだ子供たちの幼稚園まで行って過去の名簿を見せてもらったんだ。やっぱり、誕生日やその近くに亡くなっているんだ。
僕の誕生日は11月15日、どういうことかわかるかな?
もうすぐなんだよ。
近いうち・・・いや、当日かもしれない。僕はたぶん、いなくなる。
この意味が分からなくても警戒だけはしておいて。
最後に君たちと友達になれたのはとても嬉しかったよ。ジョゼフ”

何が何だかよくわからない手紙だった。
それにこの手紙、早く書いたからなのか殴り書きっぽい。
確かにオリビアの誕生日は10月25日、これは間違いない。
悪夢の話も私が見たのと似ている。
「ジュリア、どうしたの?」
「ルーシー、今日は何日?」
「11月15日だよ」
「おはようございます」先生が教室に入ってきた。
チャイムも鳴ってみんなが席についていく。
先生はなんだか苦い顔をして大きくため息をついた。
「みなさんにお知らせがあります。学校に着く黄色いバスが事故にあって、何人か死んでしまったみたいなの」
まさか、ジョゼフ君のバスじゃないよね。
「今日の朝にね、学校に向かう途中のバスが事故にあったの。助かった人と助からなかった人がいて、その中にジョゼフって子がいたの。事故の原因もまだわからないのよ。ジョゼフ君の先生は病院に行っています。今日は自習にします。私も病院に行ってきます」
先生はそう言って、涙を流しながら教室を出ていった。嘘だ、嘘に決まっている。
「ジュリア、ジョゼフ君のバスって黄色だよね」
「ルーシー」
この手紙、昨日の放課後にジョゼフ君が私の机に入れたのだろうか。
ルーシーにも読ませるべきなのかな。
信じてくれるだろうか、オリビアの夢を見たことでさえ信じてくれなかったのに。
ジョゼフ君の誕生日が今日なら、他の子の誕生日も探せたらこの手紙は嘘じゃない。
私はルーシーにトイレに行ってくると嘘をついて教室を出た。
職員室は同じ階のすぐ近くにあるからそっと開けてみると、ほとんどの先生がいなかった。
一人だけ残っている先生に話しかけてみる。
バス事故にあった生徒が無事か様子を見に行ったみたいだと。
ジョゼフ君の先生の机を教えてもらって、近くまで行くと名簿が置いてあった。
本当は勝手には見てはいけないものだけど、私は確かめたいと思った。
手に取って開いてみると、ジョゼフ君の名前があって誕生日も書かれていた。
「11月15日・・・あの席の子が死んだのは10月5日」
忠告してきた子・・・名前はニックというみたいだ。
その子の誕生日と顔写真の載ったプロフィールもあった。
「ジョゼフ君もオリビアもニック君も誕生日が近い日に起っている?これって偶然なの?」
三つも一致しているのは偶然にしてはおかしい気がして、手紙の内容を思い出してみた。
「他の子も誕生日が近い日、または当日・・・これも本当なの?」
前にもジョゼフ君が手紙でルシフェル君と関わった子ばかりが何かあると教えてくれた。

私は見てないから疑っていないだけなのかな。

家に行ったら何かヒントでもあるのかな。
今は自習時間、そっと抜け出したら学校にはバレないかもしれない。
名簿をもとの場所において、職員室から出ると周りに人がいないかを確かめてから玄関口の方に走っていった。

ルシフェル君のお家は行ったことがない。
教会の十字路まで来ると、ルシフェル君の帰る方の道を歩く。
こっちは確か教会の裏のお墓があるところ。
どこが家なのだろうか。
「不気味な色の家」
そうジョゼフ君が前の手紙で言っていた。しばらく真っすぐ歩いていくと、たくさんの木が生い茂っている場所が見えてきた。
良く眺めてみると、木々の中にポツンと家のようなものが建っているように見えた。
「あそこかしら?」
確かにここだけ木々があって他のところは普通の家しかない。
これは変だと私は思った。
木々の中を通っていくと、茶色と言えばいいのだろうかそういう色の家が建っていた。
窓は背伸びして覗くと、カーテンが閉まっていて見えない。
玄関に来て、声をかけてみた。
ノックしてみて「こんにちは」。
返事はない、シフェル君の家はシングルマザーと言っていた。
お仕事でも行っているのかな。
帰ろうと思って向きを変えると、ギィッと音が聞こえて振り返る。
ドアが開いている。
「入ったらどうなるの」
勝手に人の家に入るのも悪い。
けれど、私はドアの向こうにいないはずの誰かに誘われるように中に入っていく。
中が薄暗いので携帯で明かりをつけながら家の中を歩いていく。
リビングもあるし、グレーのソファー、小さな絵画が壁に飾ってある。
どこにでもある家って感じだ。
「何が悪魔よ」
いじめっ子たちがそう言っていたのは嘘だ。
固定電話機の近くの壁の上の方にカレンダーがある。
11月15日に赤くマークが付いていて“ジョゼフ君の誕生日”と書かれていた。
「他の日も書いてあるのかしら」
カレンダーに手が届かないので、テーブルの椅子を持ってきてその上に乗る。
オリビアの誕生日の10月にめくると、25日にまた同じ記載。
もっと前の日にニック君の名前も書いてある。
他の月にも同じような書き込みがあった。
元の11月に戻すと、20日にもマークが付いているのが目に入った。
「・・・ジュリアの誕生日。ルシフェル君がどうして、私の誕生日を知っているの?」
今まで遊んでいた中でそんな会話をした記憶がない。
教えてと言われたこともない・・・。
まさか、本当にジョゼフ君が言っていることが当たっているの?
椅子から降りると、家から出ることにした。
家から出て、木々の中を通り抜けながら考えてみた。
このカレンダーと今までの子供達、一致するのは誕生日の近くか当日に事件は起こっている。
ジョゼフ君が心配になってきた。
早足で木々を抜けて道に出ると、学校に戻る道を走った。
戻って先生に聞かなきゃ、ジョゼフ君が生きているのかどか。
後ろから誰かが付いてくる気配を感じる。
振り返ると、同じくらいの背丈の子がこっちに向かって歩いてきている。
「ルシフェル君?」
学校にいるはずなのになんでここにいるの。
とにかく急ごうと走っていると、前の方から男の子が歩いてきた。
両手を後ろに組んで弾むような歩き方。
「え、さっきは後ろにいたのに」
もう聞いてみたほうがいいかもしれないと思い私は走るのをやめて、ルシフェル君の方に歩いてきた。
「ルシフェル君なの?」
「僕の家、どうだった?悪くはないでしょ」
「私の誕生日、何で知っているの?」
「何でも知っているよ。誕生日以外も君が夜に見ている悪夢も。あれ、全部僕なんだ」
笑っている顔はいつもと同じ、発している言葉の意味がわからない。
「オリビアちゃん。彼女のこと、苦手なんだよね。ジュリアちゃんが嫌いなら僕もそうなんだ」
「・・・そんな」
オリビアのことは確かに苦手だけど、いなくなってほしいとは思っていない。
いじめっ子たちが言っていたように彼は何か不吉を起こす何かを持っている。
嘘をついているようにも見えない。
「あなたは何者なの?」
「君は知らないままで、大人になるのを待てばいい」
近づいてきて右手を首元に向けてきた。爪の先がとがっている。
怖い、でも動くことができない。
冷や汗をかいている自分に気がついた。
「悪魔ってなんだか知っている?僕はそういう系統の生き物さ」
「私のことも殺すの?」
「僕を助けてくれたからそんなことはしない。でも、一緒にいてほしい」
爪を向けた手を下げて、私の近くに来た。
「16歳になったら迎えに行くよ。君と結ばれるためにね。永遠の眠りを共にしよう」
「眠るって、私は16歳になったら死んじゃうの?」
「君は僕のそばを離れないでほしいってことさ。眠っているだけだから幸せだよ。永遠のね」
「ママやパパは?私がいなくなったら心配するでしょ?」
「心配ないよ。記憶だっていじれば君のことなんてすぐ忘れるさ。簡単だよ」
「今の話は本当だからね、もうすぐ誕生日だね。お・め・で・と・う」
あの天使の笑顔でもう一度笑う。
あぁ、今は悪魔のような笑顔だ。
「い、いや。いや」
怖くなってそれしか言葉が言えない、その場から走った。
走りながら今までの記憶が蘇ってきた。
頭の中が整理され、ようやくわかった。
ルシフェル君へのいじめの仕返しでみんなが死んだ。
私のことを殺さないのは助けていたからだ。
みんなに言わないと、あのいじめっ子たちにも言わないと。
ルシフェル君は悪魔だったっていうこと。
学校に戻って自分の教室に入るとルーシーが声をかけてきた。
「大丈夫?顔色悪いよ」
「ルーシー、ルーシー落ち着いて聞いて。ルシフェル君がね」
「ルシフェル君?誰、その子?」
「えぇ?ルシフェル君だよ。いじめられていた子だよ」
「どうしたの、ジュリア。ルシフェル君なんて子聞いたことないよ」
そう言っているルーシーの顔は嘘をついているようには見えなかった。
私はまた教室を出て職員室に向かうと、ルシフェル君のクラスの名簿を見た。
名前が空欄の部分もなくぎっしり埋まっている。
ルシフェル君の名前がなかった。

“「記憶をいじるのは簡単だよ」”

彼はそう言っていた。
この短時間でみんなの記憶からルシフェル君のことをなくした。
本当に人間じゃない。これは夢であってほしい。
それから私は具合が悪くなったとルーシーには言って、学校を早退して家に帰った。


11月20日になって私の誕生日がきた。
先生にもルシフェル君のことを聞いてみたけど、やっぱり覚えてなかった。
今日が来るまで不安がいっぱいだった。
パジャマのままリビングに来ると、ママが笑顔で「おはよう、ジュリア。誕生日おめでとう」
と言った。
「パパも今日は早く仕事を終わらせてから家に帰るって。今日はこれを着てほしいの、ママからのプレゼントよ」
長袖の白い小花が細かく散らばっている黄色っぽいワンピースだ。
私が前に欲しがっていたちょっといい値段のワンピース。
「・・・ありがとう」
嬉しかったけれど荷が重い気がしていた。
「どうしたの?眠れなかった?」
「ママ、あのね」
「また怖い夢を見たのね。今日は忘れなさい、あなたにとって大事な日なんだから」
たぶん、あの話をしても信じてくれない。
他の人だってきっと、何を言っているんだと思われる。
「着替えたらルーシーに電話してちょうだい。今夜はみんなでパーティーよ」
服を受け取って、部屋に戻ると着替えてみた。
ママと買い物の時に見かけて一目ぼれした服、その時は試着だけして買うのはやめた。
値段もいいし、そんなおしゃれな服どこに来ていっていいのかもわからなかった。
鏡に映る6歳になった私、ふと一瞬鏡が揺らいで男の子が映った。
本の一瞬だったけれど、男の子はルシフェル君だとわかった。
「私だけが覚えている・・・他の人もみんなも忘れている」
ルーシーに電話をかけると、「おめでとう」を言われて、プレゼントもって夕方の5時にお母さんと家に行くねと言われた。
かわってない、いつもと同じルーシーだ。
ちょっと、家から離れたい。誕生日の準備を見たくない。
私は部屋を後にして、あの家に行くことにした。


ママにはちょっと夕方まで遊んでくるという風に言った。なるべく服は汚さないでねと言われた。
あの家に着いて玄関を開ける。
「ルシフェル君は悪魔だったからこの家に入れたんだ。あの時、あとから入ってきた子だと思っていたけど先にいたんだ」
お庭に来ると、オレンジと黄色が混ざった枯葉が足元にたくさん散らばっている。
彼に会った時は緑の葉っぱだった。
来年にこの木は花が咲くだろう。
ここで、彼に会ってなかったら私は今頃笑っていたのかな。
立ち上がってお庭から家の中に戻ると、玄関に向かう。外に出て玄関の階段でしゃがみ込む。
あぁ、泣いてもいいよね。
大きな粒の涙が目から出てきた。
後、10年したら私は・・・考えただけで胸が苦しくなってきた。
みんなの前では泣けない、言っても信じてくれない。

「なぜ、泣いている?」

しわがれた声が聞こえて顔をあげると、怖い顔のおじいさんがそこに立っていた。
このおじいさんに話したって何も起きやしないのに、私はすべてのことを話した。

というか、誰かに聞いてほしかった。

「信じられないよね。こんな話」
私が膝に顔を伏せると、おじいさんは頭を優しくなでてきた。
「君の友達を救えなかったこと後悔している」
「え?」
頭から手を離すと、おじいさんは隣に座って「他の子供達も救えなかった」と言った。
「ルシフェル君のこと、覚えているの?」
おじいさんはゆっくりと頷き、「私のこの体はもっと若い姿だった」と言った。
怖がられているはずなのになぜか言葉遣いは優しい。
聞いていると穏やかで落ち着く。
「彼は人の体に入っては出てくる・・・その繰り返しをしていた。私も体を取られ、抜け殻になった私はこの体に入ることにした。それでも、妻といるのは幸せだった。このままでもいいそう思った。けれど、妻は亡くなって、不可解な事件は起きた。放っておくことができなかった。だが、この体で助けるには間に合わなかった。私がたどり着いた時には、あの子も階段から落っこちていた。今言ったことどういうことかわかるかね」
つまりは、今までの子供達の体にルシフェル君が入って操って死へと向かわせた。
自分の意志で死んだのではなく、彼がそうさせたのだ。
おじいさんは助けようとしていたのにみんなに怪しまれてしまった。
私は今のことを言うとおじいさんは頷く。
でも、一番疑問になっていることは「おじいさんはどうして私の話を信じてくれるの?」ってことだった。
「私もあの子も生き物としては似たようなもんじゃ。何かを起こしたりできる力を持っているのだよ。これを君にあげよう」
おじいさんはゆっくりと震える手で、首から何かを外して私の首にかけてきた。
指輪に赤い紐がついていてネックレスみたいになっている。
「これは?」
「私の指輪じゃ。強い力が宿っている。これを肌身離さず持っているんじゃ。そうすれば、それが守ってくれる」
「大切なお守りなのに、いいの?」
指輪は銀色で名前が刻まれているが、私にはまだ読むことができない単語だった。
「悪夢を見るじゃろ?枕元にそれを置いて寝るといい。悪夢を見なくなる」
おじいさんは立ち上がって、歩き始める。
「しばらく、あの子は現れない。大人の体を探しに行っているのだ。君が大人になるのを待っているんだよ。誕生日を楽しみなさい。私が君を助けると約束しよう」
とても優しい、それは初めて悪魔みたいな顔のおじいさんが笑った顔だった。

その夜、おじいさんに言われた通りルシフェル君のことを忘れて楽しんだ。
パーティーを思いっきり楽しんだ後、指輪を枕元に置いて寝てみる。
すごく不思議だった。こんなにゆっくりと眠れたのはいつ以来だろうか。
悪夢もない深い眠りにつけた私は次の日に気持ちのいい朝を迎えることができた。

***

「それ、魔法の指輪なんだね」
「そうね。簡単に言えばそう言うことね。事件も起きなくなったし、ルシフェル君のこともみんな忘れていた。家にも行ってみたけど、その家なんて最初からなかったかのようにすっぽりと売地になっていたの」
「ルシフェル君はいなくなっちゃったのかい?」
「いえ、完全ではなく一時的にね。彼に出会ったのは私が15になった時よ」
夫と私、サミュエルは朝ご飯を食べている。
幼稚園はお休みなのでゆっくりとした朝食の時間だ。
「今ママがこうしていられるのもおじいさんのおかげなんだね」
「まだ、話は長いわよ」
「聞きたい。サミュエルはまだなの?」
「そうね。でも、もうサミュエルは出ているようなものよ。ここからは大人になった私の話よ。その前に今の話をどう作文に書くつもりかしら?」
「わからないところはお父さんに聞くよ。今までのこと、まとめてみるね」
ご飯を食べ終えると、サミュエルは部屋に戻ってメモ帳に書き始めた。
私が運んでくるお皿を夫が洗ってくれている。
「これまでの話、信じられないって思っている?」
「そうだなぁ。おとぎ話みたいに思ってしまったよ。信じろと言われても難しいしね」
「そうよね。私だって逆の立場だったら信じられないわ」
「お父さーん、ここ教えて」
大きな声でサミュエルは叫ぶ。夫は洗い物を済ませてサミュエルの部屋に向かう。
「私がこうしていられるのは、おじいさん・・・サミュエルさんのおかげなのよ」
今でも大事にしている・・・腕に巻いている赤いミサンガを見つめた。

後編「桜の木の下で」


幼稚園の発表会の日が来た。
「自分の名前の作文はできたかな?まずは誰から発表しますか?」
「はい」
たくさんの子供達が一斉に手をあげる。
子供達の発表会には授業参観のようにたくさんの親が教室に集まっていた。
「じゃあ、一番大きな声だったサミュエル君」
サミュエルは立ち上がると、紙を両手で持って大きな声を出すために口を広げた。
「僕の名前はサミュエル。これはある人からもらいました。それはお母さんでもなく、お父さんでもない人です。それは同じ名前のおじいさんからです」
「おじいさん?ご家族の方じゃないの」
先生は不思議な顔をしている。
「おじいさんは不思議な力を持った魔法使いみたいな人です。僕のお母さんが魔法使いに出会ったお話からします」
「わぁー魔法使いだって」
「すげぇ」
子供達は騒ぎ始め、先生は「はい、静かにね」と手を叩いている。
サミュエルはどんな風に書いたのかしら。
私の物語を・・・。

6章 あと何回目のおめでとう

小学校は卒業して中学校に上がる時は、バスに乗って通っていた。
ジョゼフ君が事故で亡くなったこの黄色いバスは、運転手も変わっていた。
クラスのほとんどが同じ中学校でルーシーも一緒だった。
バスからずっと乗って隣町の公園を通り過ぎて、それから次の町に着くころ。
私はもうすぐで13歳になる。
ゆらゆらと揺れるバスの中でただ、窓の外を見つめていた。
「後、三回」
そう、“おめでとう“を言われるのはあと三回だった。
大げさに言えば私には呪いがかかっている。
16歳の誕生日が来たら・・・私は眠りにつくんだ。
これは夢じゃなかった。

5歳の時に出会ったあの男の子・・・ルシフェル君、彼は悪魔だった。

ルシフェル君は6歳になる前の日にみんなの記憶からも消えてしまい、現れることもなくなった。

私は覚えている。
今でもはっきりと覚えている不可解な事件たち。
「おじいさん」
あのおじいさんも見かけない、どこか具合でも悪いのだろうか。
不思議な力を持っているおじいさんは私を助けると約束した。
「ジュリア、もうすぐ学校だよ」
隣に座っているルーシー。
「オリビアとジョゼフ君とも一緒に行きたかったね」
小川のどこかにいるだろうと思って必死で探し、三年経ってからやっと見つかった。
あの教会でお葬式をした後、町にいるのが怖くなってオリビアの両親は引っ越してしまった。
引越しした先も母は知らなかった。
多分、誰にも伝えたくないのだろう。
「中学校には違う学校の子達もいるんだよね。三年か、きっとあっという間に終わっちゃうよね」
「そうだね」
私が眠りにつく話は誰にもしていない。
いや、したいと思ったけれど信じてもらえないから話す気にもなれなかった。
悪夢はおじいさんの指輪があるおかげで、今でも落ち着いている。
でも、気のせいだろうか指輪が少し色あせたように思いお父さんに見せたところ、シルバーでできているからと、磨いてもらった。
結局、磨いても色は変らなかった。
「もしかしたらこのまま色あせちゃうかもな。安い奴でできているかもしれないな。肌に付けて荒れる前に捨てたほうがいいかもしれないよ」
「捨てない、大事なものなの」
「そうかい。なら、何かに閉まっておいたら?」
これがないと悪夢を見てしまう。
だから、首にかけないで小さい巾着に入れて、お守りのように持ち歩くことにした。
学校の前にバスがついて、みんなが降りていく。
「中学校って部活があるんだ。なにがいいかな」
ルーシーはこれから始まる新しい学校生活が楽しそうだったけど、私はあまりそう思わなかった。
クラスはルーシーと別になってしまい、私のクラスにいるのはジョゼフ君のクラスにいた子たちばかりだった。
あのいじわるな子達も同じクラスなんだけど、私のことを覚えてないようだ。
当然だ。
ルシフェル君はあの子達の記憶の中にはいない。
だから、あの時ルシフェル君を助けていたことも仲良くしていたことも消えている。
顔ぐらいは知っているって感じかな。
ルーシーに部活見学を誘われたけど、特別入りたいものがない。
今日の入学式が終わったら、真っすぐ家に帰りたい。


入学式はすぐに終わって、ルーシーに私は用事があることを伝えるとバス停まで歩いた。
バスに乗る子は少なかった。
思い出を作りたくないわけでもない。
でも、私は16歳になったらみんなの記憶から消えてしまう。

いっそのこと一人でそれなりの学校生活をした方がいいかもしれないと思った。

黄色いバスが来て乗る。
走り出して、また窓の外を見つめる。
そういえば、あのボロ家は取り壊されることになった。
私が10歳の時にあそこに住みたいという人が現れ、家を見学までしに行ったそうだ。
前から壊すかもみたいな話は出てきていたけど、まさか本当になるなんてね。
新しい家が建つまでは工事や契約に時間がかかるから、まだ壊されていない。
そこに住むという人も仕事先からけっこう遠くに住んでいるので、通うのに良い場所だと思ったらしい。
気に入っていたのになぁ。
遊びに行くことはできても中に入ることはできなくなっていた。
見に行ったら壊すための準備だけはできていて、黄色いテープが張られていたし。
「事件もおさまったし、お友達もいるからわざわざ独りにならなくてもいいでしょ?」
お母さんからはこう言われたけど、そういうことじゃないんだけどね。
ルシフェル君とも出会った場所、今日の帰りにちょっと寄ってみようか。
自分の住んでいる町に着くまではあと少しだ。

私が降りた場所は前の小学校の近く、そこから歩いてあの家まで行ってみた。
作業員のような知らないおじさんたちが家を見ている。
「あの、ここはいつ壊されるんですか?」
「あぁ、ここはね今年の末には工事を始めるつもりだよ。見学しに来た人がたくさん来たんだけど、いろいろ設備が壊れやすいからどうかなと思う人もいたんだ。でも、5年前に一人暮らしの会社員が住みたいというから話は決まった。設備よりも交通的な方を選んだみたいでね」
「お庭の木も切っちゃうの?」
「あれねぇ、どうしようかな。住んでいた前の家族にどうにか残してほしいとも言われてね。まぁ、うまくお庭はあのままを残すようにするよ。さて、仕事だ」
家はなくなってもいいからあの桜の木だけは残しておきたい。
壊される予定はないみたいで良かった。
私はボロ家を後にして、本当の家に帰る。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、お母さんはいなかった。
買い物に行ったのかもしれない、今日はお父さんがいつもより早く帰るって言っていた。
二階に上がって部屋に着くと、ベッドの上に座って巾着の指輪を出した。
「色あせている。どうしてだろう」
赤い紐が通されている指輪、もらった時より銀色から黄色っぽくなった。
この指輪の魔法が切れたらおじいさんに何かあったとしか思えない。
そのうち答えが出るかもしれない。巾着にしまい直すと、そのままベッドに倒れて横になった。

***

「色あせるってどういうことなの?」
サミュエルは幼稚園から帰ってきては相変わらず、私の話を聞きたがった。
毎日のように話をするので、作文はもう少しで完成だという。
「うーん、どう表現したらいいかしらね。汚れるみたいなものかしらね」
「指輪が汚れちゃうとまた、悪夢を見たの?」
「そうよ。指輪にも期限があったの。ずっと見ないと思っていたんだけど、誕生日の日に見たの。一回きりだったから寝不足まではいかなかったけど、ルシフェル君がどこかにいる。・・・そんな気がしたの」
「ルーシーちゃんはお母さんと、離れちゃうの?」
「話したでしょ?あの子は誰とでも仲良くなれるからすぐに違うクラスでも友達ができて、私とはたまにしか付き合わなくなっちゃったの。部活にも入っていたしね」
「ぶかつ?」
「絵を描いたりね、スポーツをしたりと好きな活動を人と行う時間みたいなものかしらね。サミュエルは何が好き?」
「僕は・・・・・・ご飯作りたい。味見をたくさんするんだ」
「料理部ね。でもそれじゃあ、人に出す時なくなっちゃうじゃない」
「あ、そうだね」
今思えば部活の一つくらいやっておけばよかった。
興味があったとすれば、古典文学かな。
小さい時に幽霊やお化けの友達になりたいとか思っていたし、そういうお話を読むのも好きだった。
他の国のそう言ったお話を読んでみたりするのも悪くなかった。
「僕も早く大きくなりたいなぁ」
「私も今は大人になれてよかったと思う。あの頃は大人になりたくなかったからね。ハッピーバースデーを言われるたびに思い出さないようにしていたんだけど、なんとなく胸が重くなったの」
何回目もの“おめでとう“を言われても怯えないように指輪を握りしめていた。
そろそろ夫から帰る時間の電話が来る頃だ。

7章 「久しぶりだね、ジュリア」

私の中学校生活はざっくり言うと、一人でいることが多かった。
友達はたまに話す程度で放課後は一人で帰る。
お母さんにルーシーのことを聞かれたが、あの子は部活があるからと伝えるしかなかった。
ちなみに彼女が入ったのは体操部、同じクラスの子に誘われたのだ。

まぁ、元々小さい時も一人遊びが多かったので寂しくはない。

部活がない時は一緒に帰ることもあった。
教会に行ってオリビアとジョゼフ君の誕生日には墓参りもしたことがある。
オリビアはここにいないけど、お葬式をあげたのはここ。
ジョゼフ君の家族にも何度か挨拶したこともあった。


こんな風に同じ日々を過ごしていた。
誕生日が来て呪いのことを思い出す。
私は図書室で悪魔のことが載っている本を読んだりもした。
けれど、呪いの解き方なんて載っていないし、物語みたいに王子様がいるわけでもない。
久しぶりに見た悪夢の内容も前とかわらず、真っ暗闇の中だった。

お母さんとお父さんはいつもと変わらない。
「高校はどういうところに行きたい?」
「この辺りに高校はないから引っ越すことになるかもしれないな。行きたいところがあったら遠慮なく言うんだぞ。お父さん頑張るからな」
「うん」
“「必ず助けよう」”大丈夫、おじいさんの言葉を信じよう。
絶対に大人になるんだ。

***

ルシフェル君のこととか、考えないように生活していると本当にあのことが夢だったんじゃないかと思う。
一生懸命に勉強して行きたい高校も決めた。
小学生の時に比べて中学校生活はあっという間に早かった。


私は15歳になってとうとう卒業式だ。

卒業式を学校で終えると、私は真っすぐ家に帰ろうと校門に歩いていく。
ルーシーとは、しばらく会えなくなる。
両親をこの町に残して、祖父の方に暮らす予定だ。
けっこう遠くて、専門校に通うみたい。
なんだか、寂しいけれど夏休みとかには帰ってくると約束してくれた。
だから卒業式が終わった瞬間にもう両親が迎えに来ていた。
引越しの準備をするから帰りは一人だ。

バスから降りて、歩いていると後ろから誰かがついてくる気配がした。
振り返ってみると、私より少し背の高めの男の子がいた。
私が歩き出すとその子も同じように歩き、止まってみると同じようにする。

この感じ前にもあった。

教会まで来た時、私は立ち止まって声をかけた。
「あなた、誰なの?」
「久しぶりだね、ジュリアちゃん」
あぁ、やっぱりとどこかで思っていた私の予感が当たった。
パーマっぽい黒髪、青白い顔、笑うと天使みたいに優しそうなその子・・・忘れるはずない。
「ルシフェル君・・・大人になったの?」
「そうだよ。大人の体探しにはけっこう時間かかっちゃった。全然合わないから結局は昔の体が大きくなるのを待つだけにした。ジュリアちゃんは大きくなったね。やっぱり、あの時のままだ。覚えていてくれてうれしい」
「覚えているわ。私、16歳になったら眠りにつくんでしょ」
「あと一年が楽しみだなぁ」
「私、眠りになんてつかないから。大人になるって決めたの。だから、呪いを解いて」
「もう無理だよ。君は絶対に僕のところに来る。来年の誕生日になったらご両親の記憶から君が消える。そしたら、わかるよね」
「そんなことないわ。本当に大切な記憶は消えないものよ」
「そう。でも、僕は待っているよ。あの家でね」
“あの家“とは、もうなくなっているであろうボロ家のことである。
「あの家は僕たちの秘密の場所。見に行ってごらんよ。今でもまだあるよ」
そんなはずはないけれど、ルシフェル君にならできそうな気がした。
私は早足で、ボロ家に向かっていく。
何も取り壊されていなかった。
黄色のテープはなくなって、ボロ家はまだそのまま残っている。
「業者の人はもう来ないよ。家に住むって言ってた人はもう別の家に住んでいる。記憶を変えるのも簡単さ」
私はまた怖くなりそうな思いで、その場を去ることにした。
ルシフェル君は追っかけてこない。
多分、笑いながら私が走っていく姿を見ているんだ。
早く帰ろう。
そうだ、きっと何も起こらない。
これは夢なんだ。悪魔を見ているだけだ。

***

そしてまた何でもない一年が経った。
季節が流れて高校生になっても新しい家が見つからないので、今の家で一年だけは過ごすことになった。
ちょっと通うのに時間がかかるから、毎日早起きしなきゃいけない。


11月20日の朝、なんだか埃っぽさを鼻に感じてくしゃみをする。
起き上がると、部屋にたくさんの物が置いてあって狭くなっていた。
ここ、私の部屋だよね・・・。
「今、何か音がしなかった?」
お母さんの声だ。
「そうだね。物置部屋からかな?」
階段を駆け上がる音が聞こえてきて、ドアが開いた。
だけど、大きな箪笥が壁になっていて、邪魔だし前が見えない。
「ネズミでもいたのかな。この部屋、今度整理しないとな」
「そうね。片付けするのにいい部屋がここしかなかったからね」

何を言っているの?
私よ、ジュリアの部屋だよ。

ここでお母さんたちのことを呼んでみようかと思ったが次の言葉でそれはやめた。
「うちは二人暮らしだからね。物なんてたくさんあってもしょうがないのに。なんで、買っちゃうのかしらね」
「そう言う時期もあるさ。下に戻ろう」
ドアが閉まる音がして、静かになった。
なんてことだろう。お母さんたちは私のこと忘れてしまった。
本当に起こってしまうなんて、ルシフェル君はやっぱり、悪魔なんだ。
「大切な記憶は、消えるはずがない」と思っていた私が馬鹿だった。
窓をなんとか開けて下を見る。
この家にいたらお母さんたちは私のこと「誰?」って言いだすに違いない。
物置部屋を探してみると服をたくさん見つけた。
これ、全部私の服だ。昔買ってもらったワンピースもある。
なんだか、悲しくなってきた。
でも、出ていくなら今しかなかった。
これをつなぎ合わせて・・・ロープみたいにする。
掛け布団もつなぐと、窓から垂らして下に降りていく。
行くところはもう決まっていた。

***

この物語も終わりに近くなっている。
サミュエルは悲しそうな顔をしていた。
「だから、結婚式はあげてないし、ご両親に会いたいと言っても会わせてくれなかったんだね」
夫も帰ってきて夕飯の時間になった。
「今更、こんな話してごめんなさい。もっと早くしても良かったの。でも、してはいけないって自分で勝手に思っていた。“いつかその時が来たらって“思いながら毎日を過ごしていたの」
「お母さん、本当の独りぼっちだったの?」
「そうね、家族がいなくなってしまったの。今は一人じゃないけどね。続きを話すわね」
最後まで話さなきゃ。
私はおじいさんに命を救われたんだから。

8章 私の物語

もうお母さんとお父さんの元へ戻ることはできない。
二人は私のことを忘れてしまっている。“家族”という存在がなくなってしまった。
「・・・独りぼっちは寂しいな」
ボロ家まで来るとルシフェル君が家の前で立っていた。
「ルシフェル君」
「君はもう一人じゃないよ。何も悲しむことはない。苦しいこともない。僕とずっと一緒だよ。さぁ、中に入ろう。準備はできている」
怖い。それと同時に涙が出そうになった。
きっと、私のことを覚えている人なんていない。
ルーシーでさえ、忘れてしまっている。
服は残っていたし生きていたという存在だけはあった。
けれど、それすらももう意味がない。
家の中に入ってルシフェル君の後をついて行く。
二階に上がって、前の私の部屋に入った。
「二人で住むお城には最高の場所だね」
ベッドの近くにあった小さなテーブルにグラス瓶が二つ置いてある。
透明な水?か何かかな。
「これを飲むとね、痛くないまま眠くなる。そしてそのまま眠りにつく。体も腐らないんだ。乾杯しよう」
「毒薬なの?」
「物騒なこと言わないでよ。でも、言い方をかえればそうかもね。さぁ、飲もう」
両手に持って渡してきた。
受け取って見てみても、ただの水にしか見えない。
ルシフェル君のグラスと私のグラスが乾杯をして、二人で飲み始めた。

数分の時が流れた。何も起きない、眠くもない。
「ど、どうして」
ルシフェル君が急に苦しみ始めた。
コップが手から落ちて、バリンッと地面にあたって割れた。
「く、苦しいよ。ジュリア」
「ルシフェル君、どうしたの?」
駆け寄ってみると、胸を抑えている。
「もう終わりじゃよ」
どこかで聞いたことのあるしわがれた声、ドアの方を見ると白い服のおじいさんが立っていた。
「おじいさん」
「水に細工をしたわけではない。ジュリア、君を守ったのはそれじゃ」
私は指輪のことを思い出して、首にかけていたのを見た。
そう、今日は巾着に入れず、お守りとして首にかけていたのだ。
これが守ってくれたという。
でも、指輪にひびが入っている。
「私もあと少しじゃ。君を守れてよかった」
おじいさんはそう言い残して出ていく。
「待って」
私は追いかけようとしたが、ルシフェル君が足をつかんだ。
「行かないで・・・行かないでくれ」
見ると目には涙がたまっている。
あの時と、初めて会った時と同じだ。
「僕をひとりに・・・しな・・・い・・・で。ジュリア」
掴んでいた手の力は抜けていき、ルシフェル君は倒れた。
私は「ごめんね。」とだけ伝えると、おじいさんの方に向かった。

おじいさんはお庭で桜の木を見上げていた。
「ジュリア」
「私の名前、何で?」
「もう、お別れじゃ。私の役目は終わった」
おじいさんはゆっくりと倒れていく。
「おじいさん」
そばにいって、抱き寄せて顔をこちらに向かせる。
優しい顔だった。あの、怖いと恐れられていた顔はどこかに消えていた。
「私、これからどうしたらいいの?」
「私が住んでいた家に残してあるもの・・・それを見つけなさい。指輪が示すから道なりに行けばたどり着ける」
指輪が弱く光っている。
「あなたの・・・最後に名前を教えて」
「・・・サミュエルだ。元気でな」
ゆっくりと目をつぶって、眠っているようになった。
この時私はもう起こそうとも思わなかった。
おじいさんは私を守って死んでしまったとすぐに分かった。
私はおじいさんを木の下に横たわらせて、おじいさんの家に行くことにした。

「さよなら、サミュエル」
あの指輪の名前は“サミュエル”と読むのだった。


おじいさんの家は教会の裏側を歩いていく、この道、ルシフェル君の家に向かった時と同じ道のりだ。
確か、あの時の10年前はルシフェル君がいなくなった後は売地になっているはず。
木がたくさん生い茂っていて、不思議な家だった。
歩いていると指輪が強めの光を放ち、ぼわっとしている。
道を間違えそうになった時は光が弱まり、合っている道を歩くと強くなる。
そうしてたどり着いた先には、木が生い茂っていた家ではなく一軒家だった。
見たところ普通の家という感じで、西海岸風の白い家という感じ。
階段を三段上って、玄関ドアをノックする。
「誰かいますか?」
ドアが開かれると、60代くらいの女性が出てきた。
「ジュリアね。きっと、来る頃だろうと思っていたわ」
「・・・もしかして、家政婦さん?」
前にジョゼフ君が話していたおじいさんの家にいたという家政婦さん。
「そう、わたしはねおじいさんのことを知っているの。怖いという噂話をジョゼフ君の母親としていたと言われていたけど、それはただの演技。本当はね、おじいさんのこと全部知っていて隠していたの。さぁ入って、あなたに見せたいものがある」
家政婦さんは優しそうに笑って、私を家の中に入れてくれた。
おじいさんの家の中は、アンティークなデザインで茶色の家具が多かった。
「そこのソファーで待っていて、紅茶を入れるわね。見せたいものも持ってくるわ」
奥の部屋に入っていく家政婦さんを見送って、ソファーに座った。
「あの写真は、奥さんかな」
壁に固定された板の上に写真が飾られていた。
おじいさんとその隣に並ぶのは同じくらいのおばあさん。家政婦さんも映っている。
三人が映っている写真の場所、噴水もある・・・あの噴水の公園だ。
「その写真で奥様は最後でした」
家政婦さんがお盆に紅茶を乗せて持ってきた。
アールグレイの香りがいい匂いだ。
「もう16歳なら、この手紙を読んでも意味が分かるわよね」
茶色っぽい封筒に赤いインクの判子、開けてみると長い文章が書かれていた。


“ジュリアへ
これを読むころには私はもういなくなっていることだろう。
君が助かったということでもある。
君にかけられた呪いは指輪でも限界はあった。
だから、悪夢をまたみることになったし、家族を戻してあげることができなかった。
残念ながら君の家族が君を思い出すことはもうない。
君を助ける力で私は限界だった。
許してほしい。”

途中まで読んで、私は泣いた。
「お母さんもお父さんもいない。私は一人なのね」
家政婦さんは私を抱きしめた。
私は続きを読み始めた。

“ルシフェルのことだが、君の前にはもう現れない。
彼はいなくなった。
覚えているかね。
私の言葉を。「私はもう少し若い姿だった」この言葉の意味が今の君ならわかるはず。

あのルシフェルの体、元は私だった。

彼は体に入って人々に事件を起こしていた。
彼を止めるには彼を倒す以外、方法はない。
ジュリア、君も毒薬飲んで死ななかったのは私の最後の力じゃ。
彼は気がつかなかったんじゃ。
じゃがあの体は私、体が死んでしまったから私も死んだ。
私は力が尽きるまで、話せていただろうか。
名前ぐらいは言えたかのう。
私もいじめられたということがあった。
きっと、誰かを嫌いになっていたことがある。私の悪の心が彼を生み出したのかもしれない。
ルシフェルがどう現れたのか私にもわからないのだ。
君を助けたのにはね、私と友達になってくれると言ったからじゃ。
あの体は取られたものの、もとは私。
君を助けてよかった。
最後に・・・
指輪はなくなってしまうが、その力は永遠じゃ。付けていた紐にはまだパワーが残っている。
肌身離さずずっと、持っていなさい。
君の幸せを祈ろう                           サミュエル“

私は手紙を握りしめて泣き始めた。
おじいさんのこともっと早く知り合っていればよかった。
なのに、怖いから近づくなと言われていたから、逃げていた。
「おじいさんありがとう」
「・・・この家のおじいさんはね、あまり表情を出すのが苦手な人だったの。でも、奥様の前では優しい人でしたのよ。怖い人と噂されても写真を見るときだけは穏やかだった」
「ルシフェル君はもういなくなったの?」
「どうやって現れたかわからないから保証はできないわ。でも、あなたにはそれがある」
指輪はいつの間にかなくなっていて、赤い紐だけが首についていた。
握ってみるとなんとなく暖かい感じがした。
「ありがとう、サミュエルさん」
「ジュリア、実は私も独りぼっちなの。家族は元々いたんだけど、30歳の時に亡くなってしまってね。一人で生きていた。そして、おじいさん・・・サミュエルさんが私を雇ってくれたの。ジョゼフ君の家の隣に私の住んでいた家があるの。そこに帰ってはおじいさんの家に通う。それだけでも幸せだった。もし、あなたさえよければ私と家族にならない?」
家政婦さんからの予想外のその言葉、私は真っすぐに受け止めた。
「もちろんです」
家政婦さんが私をもう一度抱きしめた。

***

「それから、私は家政婦さんと一緒に暮らしたの。大人になるまでずっと一緒にいてくれた。お父さんに会えたのは大学生の時よね。家政婦さんには顔の知らない遠い親戚がいたの」
腕に付けているミサンガを見せた。
指輪がなくなってから、家政婦さんに編み物を教えてもらってミサンガを作った。
これを、肌身離さずずっと持っていた。
「不思議よね、家政婦さんは独り身だったのに突然のように親戚が現れて」
「取っていた授業が一緒でね、お母さんに出会ったのは偶然じゃないかもしれないんだ。それが教えてくれたんだよ、きっと」
いろんな偶然が重なって結婚までもした。ここまで来ると必然かもしれない。
「これで、お話は終わりよ」
「おじいさんはどこにいるの?」
「桜の木の下にね、家政婦さんと一緒にお墓を作ったの。毎年、桜が咲いたらお参りに行くことにしているの。サミュエルさんがお父さんとも合わせてくれた。だから、あなたの名前はサミュエルなのよ」
私はミサンガを外して、サミュエルに渡した。
「私をずっと守ってくれた。今度はあなたを守ってくれる」
「もらってもいいの?大事なお守りだよ」
「お母さんはね、もう十分守られた。何か迷ったら導いてくれるはずよ」
サミュエルの腕に付けてあげると、ちょっとぶかぶかしていて通り抜けてしまう。
「あなたにはまだ大きかったみたいね。小さくしなくちゃ」

***

幼稚園の発表会、サミュエルが話し終わると、子供達は不思議な顔をしていた。
先生と他のお母さんは泣いていた。
「サミュエルおじいさんはすごいや」
隣に座っている男の子が元気よくそう言う。
「もう一回、読んでよ。物語みたいだったし」
女の子がそう言うと、他の子も「もう一回」とはしゃぎ始めてサミュエルはなんだか恥ずかしそうになった。
「これは本当のお話なんだよ」

そうこれは本当のお話。
お母さんやお父さんがいなくなったけれど、私には家族ができた。
あの家はもうないけれど、お庭だけが残っている。
倒れていたルシフェルの体はどこかに消えてしまって、跡形もなかった。

おじいさんは桜の木の下で今も眠っている。
発表会が終わったら季節が流れて春が来る。
サミュエルが生まれた日も、その日は綺麗な桜が咲いていた。

END

バースデーブルー

今回のストーリーはまさに白雪姫や眠れる森の美女のようなおとぎ話系。
それに怖さを足してみて、「IT」や「オーメン」を想像していただければわかりやすいかと思います。

ダークファンタジー第二弾、ジュリアの子供時代に起きたストーリーを物語にしました。
後編はストーリーが早くてジュリアは年を取っています。
後編にジュリアは「ママ」から「お母さん」という風に歳も上がっていったことにお気づきでしょうか。
展開が早すぎると思いますけど、おじいさんの力でこれと言ったことが起こらなかったのです。
解説はありません、もう物語読めばだいたいわかります。
前編と後編のタイトルに気づきましたか。
「桜の木の下で、悪魔と出会った」になります。

ルシフェル君は何者なのかというのには設定がないですが、一つだけ言えるのは”誕生日が好きではない”こと。
何故嫌いなのか、それは答えはありません。
例とするなら「祝ってもらえなかった」、「本当は嫌いじゃなくて羨ましかった」、「一人が多かった」等
こんな感じにいろんな考えを巡らせてみてもいいかもしれません。

最後のサミュエルが生まれた日。
そう、おじいさんの命日がサミュエルの誕生日なのです。

おしまい

完結済み

バースデーブルー

主人公ジュリアは金髪の似合う可愛くて、優しい女の子。一人遊びが大好きで、住めなくなった昔の家が遊び場。 新しいお家はあまり好きじゃなかった。 その日母親から鍵をもらって、古い家で遊んでいると小庭にあるブランコにどこから来たのか同じ年くらいの男の子が座っていた。 ジュリアは男の子と友達になる頃、町では怖い顔のおじいさんがうろついていたという噂があった。

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