始まりの日

始まりの日

 その日は昨日と同じような曇り空で始まった。ここ最近青空を目にしていないことに、ベットに腰掛け手持無沙汰に何気なくベランダ越しに見た景色をしばらく眺めていてハッと気づいた。そのくらい当たり前に目の前にあることすら気づかないほど心がすり減っていたのだ。

 時計を見るともう10時になろうかという時間だった。もうすぐここともさよならだ、と思うと感慨深かった。こういう感傷に浸ることはこの部屋に戻ってきて何度もあったが、その度ごとになぜか新鮮な気持ちになれた。何度も同じことをしてもまるで過去を否定するように現在が塗り替わっていく。人間とはつくづく不思議なものだ。もしかしたら、僕の未来は過去の延長線上にあるのではなく、それとはまったく別の道の上、つまるところ無意識に過去を書き換えた先にあるのかもしれない。そうだとしたら、僕はどこから来たことになるのだろう。踏む大地がいとおしい。

 しばらくすると部屋の管理人が訪ねてきた。一通り現状確認を終えてすぐに了解がとれた。荷物を持ち部屋を出る直前、振り返ってみた。そこにはがらんとした空間があるだけで実際何もなかったけれども、初めてここに来た時のかすかな印象が頭の中でほのかに閃いた。それはほんの一瞬のことだったが、確かな実感をなぜだか覚えて懐かしい気分になった。もうここにはなにもないけれども、ここにあったものは確かに感じ取ることができたのだった。

 駅までの道、いつの間にか暑い日差しが照りつけている。おぼろげな記憶の中にしまっていた去年よりもはるかに暑いような気がした。ふと、では来年はどうだろうかという問いが思い浮かんだ。僕はなんとなく、今年よりも暑いかもしれないと考えたが、もしかすると逆に冷夏になるかもしれない可能性も捨てきれなかった。あれこれ考えた末、結局めぼしい答えにはたどり着けなかったが、果たして来年の夏はどうなるだろうかという、意外にも未踏の風景に続く道を歩いている自分を見つけて、下り坂の上で一人苦笑した。

始まりの日

始まりの日

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-12

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