カメムシ
ただの愚痴です
聞いていってください。
なにかを書きたいという欲求はあるにもかかわらず、なにも書くことがないというのは歯痒いものであります。
腹は減ったが食うものがない。
どうしてお腹が減るのかな。
一枚の食パンを勉強机に押し込んだことは数知れずとも、分かち合ったことがあるというような涙ぐましい体験を持ち合わせている人間ではありませんが、とても貧しいという錯覚を覚えるようです。
どこかからお節介な人が湧いて出て
「センス無いわ、書くことに向いてない」と言ってくれたほうが書くことがないことに
「ひどい、その言葉に深く傷ついた」という言い訳と同情が両立できますから、しめたものです。
そんな親切な白いエノキが呆然と言い訳を考えているうちに壁から生えてきたりするはずもないので「書くことがない」ということについて書いてみたいと思います。
つまらなくても、書くことがないと申し上げているのにこれを書けとアドバイスした友人Sさんのせいにできるからです。
「書くことがない」とは言いましたが、この「書くことがない」という言い分をおおいに疑問に思い、小難しい顔をするときがあります。
僕の身近な日常生活というものは、それほどに刺激のない退屈なすくうところのない事柄の集まりなのでしょうか。
例えば、ほんの数日前のことですが
「部屋のどっかからカメムシの臭いがしてきてめちゃくちゃくさかった」
なんてことがありました。
そのとき
僕は、沸かしたての熱々な安い烏龍茶をすすっていたのですが、茶の匂いではない鼻に抜ける異様な匂い。
まさかとは思いますが、沸かしたての烏龍茶が腐っているはずもありません。
なにより、嗅ぎ覚えのある不快な臭い。
「くっさ」
僕はカメムシのテロ行為だと本能で確信をしました。
ささやかな平穏を破壊された僕は憤怒と殺意。
捨て忘れていた空のペットボトルで武装し、殺人的な臭いを頼りに血眼になって雑草を煮詰めたような不快な臭いを放つ大元、人様の家に勝手に上がり込んで悪臭を撒き散らす悪意のよそ者に正義を執行するためにカメムシを1Kの間取りの隅々まで捜索しました。
しかし、どこをどう探しても結局カメムシの潜伏先は見つけられず、そこまで執念という根気があるほうでもありませんからアッサリと事件の真相は迷宮入り。
そもそも、平静を欠くあまりに僕は気が付きませんでしたが空っぽのペットボトル程度では鈍器として余りにも破壊力に欠く。
カメムシを見つけたところで、その息の根を止めることが出来たのだろうかという疑問まで増えてしまい、気温30度をゆうに越える9月の京都の厳し過ぎたる残暑のなか、冷房を切り、窓を開け放ち、不貞寝をする羽目になりました。
この出来事は立派なミステリーです。
カメムシが見つからないのにカメムシの臭いがするだなんていうのは不可解で、僕の鼻に吹き出物のようにカメムシが生っている以外には道理が合いませんし、奴等は証拠も残しませんから完全犯罪といえるでしょう。
それを臭いだけを手がかりに、からだをすくめ
犬のたった1億分の1しかない嗅覚で不快な臭いを敢えて嗅ぎまわり「あー、くっさ」と苦悶しながら解決しようとする大の大人なんていうのは、あまりに無謀で滑稽な物語であるようにも思えます。
それにこの物語の真実が
「臭かったのはカメムシではなく、自分の体臭だった」
なんていうオチにしてしまえばどうでしょうか。
あまりにも哀しい物語です。
目から涙が溢れそうなほど不快極まりないと憎んだ臭いは、自身が発した加齢臭だったということになるのですから。
なんという無情でしょうか。
ところが
冷房を使わずに寝たばっかりに僕が熱中症になり、そのまま死んでしまえばカメムシの臭いどころか、カメムシより俄然迷惑な刺激臭を近隣に撒き散らす腐乱死体になってしまった挙句、ホンモノのサスペンス劇場を生み出してしまうところでした。
これは僕の日常のほんの1コマ
時間にして30分にも満たない、運動不足な三十路の貴重な活力と、関節の軟骨という老後の蓄えを無駄にしたという些細なアホ話に過ぎませんが、こう書き起こしてみると「ふっ」と誰かの鼻息の幻聴が聞こえるような気がしてしまい、うっかり得意気な顔をしてしまいます。
しかし
大名人好楽師匠のしたり顔には遠く及ばず。
書けば書くほどに、鬱憤は発散されることなく。
精神は後悔という生コンクリートに沈んでいく一方です。
もし、僕が大嘘つきであったら
「書くことがない」だなんていう苦労を知ることもなかっただろうなという憧れを抱きます。
僕には「UFOを見た」だの「幽霊を見た」だの、ましてや「日本経済を回復させる」なんていう適当なホラ話をでっちあげる度胸も創造力もありません。
僕に書けることといえば、人の悪口か愚痴くらいのものですから、風情のないくだらない人間だと思われることが恐ろしいあまりに「書くことがない」なんていう一介の物書きのセンスを持ち合わせているかのように、言い逃れをして格好をつけてしまうのです。
ある日
僕が友人にこぼした「書くことないわ」という一言をきっかけに書き始めたこの文章にもそろそろ飽きてきたころです。
良い落としどころを見つけ、この文章と自意識を供養してやらなければなりません。
幸運なことに、つらつらとくさい話を書き続けているうち
あのミステリーの謎は解けました。
ことの真相は
僕の加齢臭でも、ましてやゴミが腐っていたわけでもありません。
くさいカメムシは
たしかにそこに存在していました。
あの日
1Kの間取りの隅
巨大なカメムシは、ベッドに腰掛け
ぼんやりと烏龍茶をすすっていたのです。
カメムシ
ありがとうございました。