二人のキリスト

草也

二人のキリスト
 

紀元の初めの頃。
 ヘブライ民族のユダヤ教団は内部の分裂が激しく、様々な宗派の陰謀が渦巻いていた。
 対立の根元は救世主の現存を認めるか否かだ。彼らは救世主は必ず現れなければならないと求めていたが、現実に救世主を名のるのは至難だった。
 現実の統治を執り行うのは法学者であり、法学者の聖書解釈が絶対的な法理なのであった。だから、彼らは思いのままに人民を支配をしているのだった。
 救世主は法学者や聖職者を超越した純粋法理の存在として規定されていた。だが、神ではない。神は絶対的に不可侵な存在であり、それ故に、現実世界に存在してはならないのだ。
 だから、救世主は支配階層にとっては存在はするが現れてはならなかったのである。
 
 だが、その解釈と支配そのものに異議を唱える民衆と指導者が現れようとしていたのである。
それに、各部族や各派の歴史と価値観の違いが複雑に絡み合っていた。 ローマやエジプト、アラブとの距離感も対立を生んだ。階層による利害の対立もあった。偶像崇拝の是非の問題も重要な対立点だった。
 ユダヤは世俗派主流派、原理主義者、部族主義アラブ派、純粋民族主義者、中間派、ローマ強硬派、エジプト和解派などなどに散り散りに分裂していたのである。
 
この頃、エルサレムで、インドから来たチベット仏教の二人の僧と、ユダヤ教団の反主流派の学僧ヨハネやぺテロなどが密議を凝らしていた。
ユダヤ教団の反主流派でも、とりわけ原理主義急進勢力の指導者のぺテロは、救世主を具現化して一挙に教団を支配する為に、様々な陰謀をめぐらしていたのである。
ぺテロはチベット仏教に習って、救世主の候補者として、ナザレの瓜二つの双子に目をつけた。男の子のキリストと女の子のキリだ。この二人を操縦すれば壮大な伝説を作れると、ぺテロは確信した。

  双子の母のマリアは子供の父親を決して明かさなかった。と言うより解らないのだ。
 マリアはナザレ一の豊満な美女だが精神を病んでいた。色情狂なのである。誰とでも交わった。しかし、相手は決して明かさない。だから、男達にとっては極めて好都合な性欲の捌け口だった。
 そして、どんなに交接を重ねてもマリアが孕む事はなかった。だから、「みんなのマリア」と、侮蔑とある種の敬意、或いは恐れを込めて呼ばれていた。
 だから、マリアの懐妊は初めての事だったのである。そうした意味では奇跡だった。とりわけて、マリアを抱いた男達にとってはそうだったろう。
 彼女は、「この子は神の子だ」とのみ繰り返した。賛否ない交ぜの世情の中、幼い頃からのマリアを知るヨゼフは全てを承知で結婚した。
。ナザレの民はこの事で持ちきりだった。

人道主義的民族主義者で有力者の家系のユダは、この一時期にはペテロと手を握っていた。だから、マリアの存在も驚きと同時に新鮮な価値感だったし、キリストの象徴化にも賛成して、横暴で現世利益、差別主義の法学者支配体制を革命しようとしたのである。


飾りに過ぎないキリストと影の存在のキリ。キリは男装をするとキリストと見間違えた。ぺテロなどは数々の嘘の奇跡を計略して実行した。その主役は二人だ。

キリストもキリもマリアの血を引き放蕩だった。キリストは若くして奔放なマグラダのマリアと交接して以来、関係を続けている。キリは幼くしてペテロの女だった。

ユダがキリストを裏切った訳はユダとぺテロの路線対立だった。

飾りであるべき筈のキリストが自立しようとしていた。民衆の間で高まる人気を自分一人の力だと勘違いしたのである。
キリストはユダヤの大統一を自分が成し遂げて最大権力者になろうと、いつの間にか目論んでいた。キリストを支持する者達の多数はローマに対する武装闘争を公言している。ペテロやユダにとってキリストの変質は想定外の驚きだった。

ユダはそもそもがローマ派であった。だから、ユダヤ主流派と談合し、キリストをローマに売る事でユダヤ教団を支配しようと目論んだ。邪魔になったキリストを捨て、自分の女のキリをキリストに代えようとしたペテロは黙認した。

そして、キリストは処刑された。ぺテロはキリを使って復活の奇跡を演出した。
しかし、その内幕、すなわちキリの存在をユダに暴露されて、ペテロは完全に民衆の支持を失って追放された。
その際、ぺテロなどは秘密を守る為にキリストの父母とキリを殺害した。

こうしてぺテロなど一一名はユダヤの地を離れ流浪の教団となったのである。

一方、マグナダのマリアはキリストの子を身籠っていた。彼女はぺテロ派の暗殺を恐れて永久に身を隠した。
 
 
  終り

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更新日
登録日 2020-09-10

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