胎児の夢
――それは胎児の夢
赤子の腕割る、七つの宝こそ、今は昔のお伽噺に過ぎないが、ただひたすらに夢追い続けたかの王子はただの愚者に過ぎず。ただの夢物語でしかなく、明日は、夢になることもなく、笑い話になることもない。ただただの阿呆の話であるが良ければ聞いてくだされ……。
今日の夢はただの笑い話、狂ったように思想を語るは瞑想に尽き、何も実現することなく、ただかの夢の如し愚夢を語る。それは哀しいかな、悲哀そのものであるはずにも関わらず気づきもしなければ、それが愚かであることにも気づかずただ崩壊する砂上の城を眺め、それがまるで、夢以上の幻覚だと知っていながら、そう思い込むようなものに等しく。
嗚呼なんと呼べばいいのだろう。
兎にも角にも彼方の夢其方の夢、それ全てを抱擁する胎盤までも包括する母体のような逞しさを併せ持つ。そんな偉大さを持った世界を祖の手のひらに乗せ、指で転がし弄ぶようなそんな子供心を持ち異心による、異界への好奇心を笑って、いや、嗤って哂って。貴方は「くだらないと」百相の思惑を持った面で言う。何面も何面も、彼には表情と顔があって、日替わりでそれは変わりゆきそれ全ては、胎児の夢。
それは、一日と同じ日はなく、また同じ瞬も無い。変わりゆく、腕の関節は何かを手に取るための細長いものへと変わる。人が人として変わる。それこそが胎児の夢。嗚呼悲しかな、それが善とも悪とも分からない純なる。純なる故にその心は恐れと悪を知らない、だからこそ人間になるのであり、それを彼は皆々愚者と嗤うのだ。それが祝福か絶望か、それは人間として成り代わった瞬間に騙るのだ。
これがこの世に生まれた幸福かと幸せに泣くのか、これが私への罰かと不幸せに泣くのか、それは胎児の夢。
人間として希望を持つのか、それとも愚者としての絶望を希望として持つのか、それは彼には分からない。それは胎児の夢。
嗚呼、水が流れてゆく。彼の身体を抱擁する。母の愛が流れてゆく、まだ体温すらも感じない。冷たいだとか、温かいだとか、そんなことも知らない。そんな齢すらも迎えない。そんな軟な、脆く、そしてすぐに壊れてしまう、意思をもった硝子のように触れた瞬間割れてしまう。
何も分からずに、それが、それになることが分かっていながら、それを分かっていないふりして、その愚考に飲み込まれ、愚者に成り果て、この世に生れ落ちることに希望を持つ。
それを私は、こういうのだ。
胎児の夢と。
胎児の夢