繭子総集編

繭子 総集編
 


-繭子-

 大陸で戦争の危機が一段と深まった頃のことである。この島国の西の方に、一つ違いの義理の兄妹がいた。繭子が九歳、男が一〇歳の時に両親が再婚したのだ。
 繭子の母は教員で一年前に夫が病死していた。繭子は一人娘である。
 男の父は職業軍人で二年前に離別していた。母はある男と失跡したのだった。

 時を経て、大陸の戦争が南方に拡大する兆しを見せ始めた頃の、男が高校三年、繭子が二年の盛夏である。二人が夏休みの昼下がりだ。両親は親戚の急な葬儀に揃って出かけていた。この日から二日間、不在なのである。
 父は街外れの小山の中腹の軍施設に勤務して、母は近くの国民学校に通っている。男の兄は出征して姉は嫁いでいた。

 男が離れの午睡から醒めて居間に行くと、形跡はあるが繭子はいない。何故か男は身体を固くした。暫く待っても変化はない。
 ある予感に引かれて、男は廊下を辿って奥の両親の寝室の板戸を密かに引いた。
 北窓の淫靡な薄陽のなかで、繭子の豊穣な尻が剥き出しなのである。足元に青いスカートとパンティが打ち捨てられている。上半身は黄色の半袖シャツを着けている。
 繭子がふしだらに腹這いになって、広げたおびただしい写真を見ているのだ。右の手が下腹部に入っていた。自慰をしているに違いない。男は沈黙を呑み込んで女の秘密の戯れに食い入った。


-義兄-

 つい最近にも似たような出来事があった。やはり遅い昼食を摂りに母屋に行くと誰もいない。
 両親は、やはり戦死した親戚の急な葬儀に揃って出かけていた。居間で昼飯を摂っていると繭子が入ってきた。二人とも無言だ。水風呂にでも入っていたのか、濡れた髪にタオルを巻いて半袖の青いシャツに乳首が突起している。長くて青いスカートをはいている。「気持ちいい」と言い、背中を見せて座った太股を広げて、スカートの中に扇風機の風を入れている。
暫くすると向かいに座り、桃を食べ始めた。汁をしたたらせて赤い唇を紅い舌で舐めた。石鹸と強い体臭が漂ってきた。男の股間が反応した。
「また暑くなった」と、繭子が扇風機を回して男に背を向けて横になった。スカートを太股までたくしあげて、「暑い」「裸になれたら気持ちがいいのに」と、聞こえよがしに呟いた。
 その声が男に届いた。女の尻が淫靡に揺れている。

男が背後からスカートをめくった。裸の尻がむき出しなった。繭子は、「厭だ」とは言うが声を押さえている。特段の抵抗はしない。足を閉じてはいるが、手で探ると簡単に太股に届いた。しかし、ついに男が隆起することはなかったのである。男は女の隠微な痴態に反応した性根が疎ましかった。今こそは失敗できないのだ。


-写真-

 息詰まる猥褻な時が流れ、やがて、女が嬌声を圧し殺しながら次第に全身を痙攣させて絶頂の最中のその時、下半身を脱ぎ払った男が忍び寄って声を掛けた。

 繭子は男の股間に釘付けになって動かない。男は女の肉厚な丘に繁茂する漆黒の剛毛に視線を落とした。傍らに取り残された女のスカートとパンティを丸めて箪笥の上に放り投げた。

 両親の性愛の濃密な液臭と盛夏の熱気が詰まったむせかえる部屋だ。繭子の桃の薫りの体臭が澱んだ空気を微かに揺るがせた。
 繭子がゆるゆると上半身を起こして座り両手で股を覆った。そして、まだ法悦を漂っているのか、陽炎の様な女に動じた素振りは微塵もない。甘い香りが男の鼻孔を刺激した。
張りつめた乳房の紫の乳首、くびれた腹が敷き詰められた交接の写真に目を落としている。写っているのは男の父と女の母の異形な姿態だ。
ある一葉などは射精の瞬間を捉えた一枚だ。義母が飛び出る精液を口で受け止めているのだ。

 男も既にその所在を知っていた。時おり忍んで、この情欲な痴戯を見て自慰をしていたのだった。

 矢庭に男がのし掛かり、押し倒した女に覆い被さった。たぎる肉と汗の塩にまみれた肉が激突して絡み合う。女の身体から桃の香りが飛び散った。そして、いかほどの攻防が続いただろうか。 
しかし、それは女にとっては、さんざん読み耽りながら自らの身体を自らで犯した性愛小説をなぞる様な前戯に過ぎなかった。そして、父親の戦死の間もなく再婚した母親を絶対的に否定しながら、同じ血をたぎらせて淫靡な世界に船出するための一里塚に過ぎなかった。女の総てが熟れていたのである。


-交接-

 やがて、男が繭子の気分を見定めた様に、繭子を反転させて背後から乳房を鷲掴みにして、身体を密着させた。隆起した陰茎が女の尻に食い入り簡単に湿った太股を割った。男の陰毛が女の尻を擦る。乳房を揉み、「嵌めないで」と囁く女に、「入れない」と囁きながら、隆起を擦り付ける。
女の抵抗が鎮まった。女の尻は湿っている。もはや手では覆い隠せないすっかり無防備な、女陰の厚ぼったい肉塊の表装に陰茎が届いた。

 男は実物の女陰の初めての感触に神経を研ぎ澄ます。繭子が呻き声を噛み、陰毛の繁りで隆起のたぎりを受け止めながら、その膣からは自慰で噴出したばかりの淫液が溢れ落ちて、男の陰毛をも濡らすのだ。「触るのはいいのか?」女は答えない。

 男が耳元で囁く。「何をしてた」「勝手でしょ」「自慰してたな?」「勝手でしょ」「この写真はどうした?」「勝手でしょ」「俺達も同じ事をやろう」「厭よ」「俺の父親もお前の母親も聖人の仮面を被った獣だ。俺もお前も獣の子なんだ。同じ事をしたいに決まっている」「厭」「犯すぞ?」「やれるもんならやってみたら?」女の目が煌めいた。

 男が写真の一枚を女の目の前にかざした。性器の結合が大写しの写真だ。女が見入る。「やってんのは誰だ?」女は答えない。男が乳房をゆっくりと愛撫する。乳首を蹂躙すると呻いて身体をよじった。男が写真を変えた。父の上に髪を乱した義母が股がり両手を繋いでいる。繭子が呻いて熱い息を吐いた。「こういう事をしたくないか?」女の太股が痙攣した。


-秘本-

 男が、枕元のある本に気付いた。「読んでいたのか?」「未だよ」繭子は中程まで読んでいた。「この本は何だと思う?」繭子が頭を振る。「本当か?」「いったい、その本が何なの?」

 汗を拭った男が話し始める。「この本は地下出版されたものだ」「地下出版って?」「今時は、何にでも政府の取り締まりが厳しいだろ?俺の友達なんかは姉貴と歩いていたら、すれ違った軍人に見咎められて。いきなり殴られたと言うんだから。笑い話にもならない」「英語が禁止になるかもしれないって、誰かが言ってたわ」「そうだろ?出版もますます検閲が厳しくなっているらしい。そこで、正規のルートを通さないで検閲を逃れるのが地下出版だ」「だから、この小説の作者は誰だかわからないんだ。内容からすると東北が舞台だから、推測はできるが」

 「もう読んだの?」「読んだ」「どんな内容なの?」「この小説は、戦争を批判して、天皇制と性の禁忌に挑戦している。国が最も嫌がる題材だ。ただ、殆どは真っ昼間から厭らしいことをする話だ」「厭らしい事って?」「交接だ。交接の描写をこんなに露骨に赤裸々にやった小説はかってなかった。だから、奇書中の奇書と言われているんだ」
 「白昼夢って、どういう意味なの?」「夜に夢でしかみられない様な淫らな事を、昼に実際にやる。昼日中にやる厭らしい事。それが白昼夢。昼間みる淫乱な夢だから白昼夢だ」「本番小説って、何の事なの?」「そんなことをどうして知ってるんだ?」「学校でなんと無く聞いたんだわ」「主人公のグラマーな女教師が本当にやった描写がふんだんにあるからだ」「何を?」「交接だ」「グラマーって?」「豊満な身体の女の事だ。おっぱいや尻の大きい。お前の母親のような」

 「どんな内容なの?」「今の戦争の、東北の山の中の話だ。主な登場人物は四人。父親と母親、実子の息子と母の連れ子の娘。だから二人は義兄妹だ」「それって、私達と似ているわね?」「そうだ。一〇歳の頃に両親が結婚して義兄妹になった」「そっくりだわ」「この四人が入り乱れて性交をする」「どんな風に?」「父と母はもちろん。だろ?でも、父と義理の娘。母と義理の息子。義兄と義妹。みんなだ」「凄い話だわ」「母親は他の男ともやる」「誰?」「学校の校長や軍人だ」「淫乱なの?」「そうかも知れない」
 「その時の義妹は二〇位の女教師で主人公だ。炭焼きの義兄に犯されるんだ」「男はいくつなの?」「女のひとつ上。戦争に行きたくなくて、自分で足を傷めて徴兵を逃れたんだ」「それで?どんな風にするの?」「男は小さい時から女とやりたくて色々と妄想していた。夢の中で、散々、義妹を犯して自慰をしていたんだ」
 「そんな小説を書くなんて許されるの?」「駄目に決まってる。だから地下出版したんだ」


-会津-

、「禁忌に挑んだ人達はいくらでもいると、この本には書いてる」「歴代の天皇と対立して闘ったのはアテルイや平将門。源頼朝は天皇制に代わる武家政権を打ち立てようとした。後白河法皇はそれを阻止するために義経を利用したんだ。義経の背後には奥州藤原がいる。兄弟は対立した。天皇制の考え方の対立だ」「信長は合理主義者で天皇制を否定していた。ヨーロッパの王制と法王制の並立も知っていた。安土城に天皇を幽閉しようしたのかも知れない。天皇側との熾烈な暗闘の果てには、天皇を暗殺する計画をたてていたに違いない。それに恐れをなした天皇や公家、室町幕府の旧勢力が企てたのが本能寺の変だ。あんなことが明智光秀だけで出来るわけがない。秀吉や参謀の黒田長政は天皇側と気脈を通じていたに相違ないんだ。だから、秀吉政権は不思議なほどに天皇を持ち上げたんだ。関白は天皇の家臣なんだから」「徳川政権は豊臣を否定して生まれだ。だから、武家諸法度を作ると同時に、公家諸法度を定めて天皇勢力を支配したんだ」「明治維新は天皇家絶対主義者と、天皇制にゆかりがある長州藩の極右勢力が結託した武力クーデターだ。長州は関ヶ原以来の怨念を晴らしたに過ぎない。だから、権力を握ったら、忽ちの内に徳川幕府がやっていた開国政策に舵を切ったんだ。あんなのは人民革命じゃない。大義なんて微塵もない。岩倉具視と木戸孝允の単なる陰謀だよ。錦の御旗なんては岩倉が思い付いた詐欺の代物なんだ。そんなものに畏れおののいて世の中が変わってしまうというんだから、そもそもが漫画みたいな国なんだ」「会津はそんな出鱈目な権力に敗けたんだ」「この奇書の作者は会津の人なんじゃないか?」


-源爺-

 「物語の始まりは異様な程に蒸し暑い日なんだ。まるで今日みたいな」「狂ったみたいな陽気なんだもの」
 繭子が指摘した通り、その陽気に触発された如くに、義兄がある老人を殺してしまうのである。男は自分の足を傷めてまで戦争を拒否してきた。その男を、村人ばかりではない、実の父親ですら非国民だと蔑んでいたから、愚劣な戦争が一刻も早く敗けるのを願いながら、ひたすらに身をすくめて生き延びてきたのであった。庇ってくれたのは義母と義妹ばかりで、それのみが生きる支えだった。しかし、その日に、ある疎ましい老人に出会ってしまう。その老人は普段から、とりわけて陰湿な言葉を投げつけていたが若者は忍従していた。源爺という。この時も酷く侮蔑されて、その瞬間に限って怒りを暴発させてしまった。源爺の不吉を振り払うように思わず突き飛ばすと、転倒した老人は道端の岩に頭を打って、呆気なく死んでしまった。
「その老人は何て言ったの?」 繭子の義兄が話を続ける。
 『人一倍の体躯の若者が戦争が怖くて足を叩き潰すとはな。この村にもとんだ卑怯者がいたもんだ。ところが、意気地無しにしては持ち物が自慢で、継母や義妹を泣かせているそうじゃないか。お前の親父もとんだ間抜けな役回りだ。大体があいつは昔からとんまな奴なんだ。逃げた先妻も今の女房も俺が身体の喜びというやつを教えてやったんだからな。その内にお前の妹の女先生も可愛がってやろうじゃないか』と、こう言ったんだ」


-実父

 男は義母に源爺の殺害を打ち明けた。二人は相談して、現場の草むらに隠しておいた遺体を男の炭焼き小屋に運んで焼いてしまった。全ては義母の入れ知恵である。焼きながら交わって、「こうなったらあの男も邪魔だ」と、義母が言う。夫のことだ。義母は若い義理の息子の身体にすっかり溺れてしまっている。
 男に異存のある筈がない。実父とはいえ戦争を礼賛して、徴兵を忌避した息子を忌み嫌ってきた人間だ。以前から憎悪を抱いていた。それに、最近では自分と義母との関係も察知した節がある。男に殺意が沸々と沸き上がってきた。

 「それで?」「その日の夜に母が父を誘って、いつものように交わってると…」「父は少し前から妻と息子の間柄に疑問を持っていたが、妻の身体に執着していて諦めきれない。だから、逆に交接で妻を籠絡した挙げ句に息子を殺してしまおうと企むんだ。でも、その妻はとうに若い義理の息子に執着していて、今この時にも自分の殺害を企てているなどとは知る由もない」「そして、妻がかってないほどに淫らに喘ぐんだ。男も我を忘れて…」「その時、母の手引きで忍んで来た男が、母に挿入している実の父親を背後から殴り殺してしまう」繭子は微動だにしない。「二人は死体をそのままにして抱き合うんだ」「それから?」「やっぱり、あの炭焼き小屋で焼いてしまったんだ」

 夫の失踪を駐在に申告した義母は、涙ながらに駐在にしなだれかかって夫の不用意をなじった。夕暮れから雨が激しく降り続いていたが、夜半に増水した大川の様子を見に行ったきり、夫が戻らないと言うのだ。殆んどが徴兵されて男手がない小さな村では増水した川の捜索など儘ならない。それに、義母は駐在を意のままに繰るためなら、その欄熟した身体を与えることすら厭わない覚悟なのである。 一方、源爺に身寄りの者はいなかったから、暫くは騒ぎにはならなかった。数日してある村人から通報を受けた定年間際の駐在も手の打ちようがないのだった。
 この二つの殺人は、戦争のどさくさと無能で好色な駐在のお陰もあって、結局は完全犯罪で終わる気配だ。 もう邪魔者がいなくなった二人は貪欲に互いを堪能し続けたのである。


-強姦-

 「母親は幾つなの?」「四〇位かな」「やっぱりグラマーなの?」「そうだ。お前の母親にそっくりなんだ」
 「一寸待って?義母と義兄が最初にしたのはいつなの?」「男が一八の時だ」

 盛夏の酷く蒸し暑い日に二人は畑にいた。父親は食あたりで寝こんでいる。昼になって、畑の近くの小さな祠が祀られている鎮守の森で、握り飯と漬物だけの貧しい昼食を摂ることにした。二人とも汗まみれだ。祠の脇に清水が湧いている。義母が手拭いで汗を拭いていると、白と青の二匹の大蛇が現れて。清水の小さな溜まりに入ったかと思うと絡まり始めた。義母は暫く眺めていたが男を呼んだ。
 二人は真昼の蛇の交尾を目撃している内に、怪しい手妻の虜になってしまう。
 「この蛇は何をしてるんだ?」「交尾よ」「交尾?」「知らないの?」「知らない筈があるもんか。さんざん見せつけられたからな」「何を?」「あんたと親父の交合だよ」「そんなのを覗き見してたの?」「人聞きが悪いな。見せていたのはあんたじゃないか?」「一昨日だってそうだろ?」「何のこと?」「ここでしてたろ?」
 「俺は早くから山に入ってキタノヤマイグサを採っていたんだ。あれは俺の慢性の頭痛の妙薬なんだ」「喉が乾いてこの清水に寄ったら、あんたたちが交わっていた」「見たの?」「随分と白々しいんだな。見られていたのに気付いていたんじゃないのか?」「俺はみんな聞いていたんだ」

 「あの子とのことを疑っているの?私はともかく実の息子も信じられないのかしら。あなたの猜疑心は度を越しているんだわ。義理とはいえ、私はあの子が一〇の時から育ててきたのよ。我が子と変わりないもの。それの不義を疑うなんて。つくづく情けないわ」と、女が辺りも憚らずにわめき続ける。「それよりも、あなたにそんなことを口にする資格があるの?この前だって、帰省してた娘を見る目が尋常じゃなかったわ。いくら私の連れ子で血の繋がりはなくても、戸籍上は立派なあなたの子供なのよ。あなたって人は、何につけても不埒なんだもの。やっぱり生来が不道徳なのよ」
 「この事は胸に秘めて決して話しはしないと思っていたんだけど。もう許せないもの」「俺がどうかしたのか?」「居直るのね?」
 「そもそも、私とのことだって。まるであなたの強姦から始まったんでしょ?こんなことを言い出したから驚いたの?出来たら言わないで置きたかったわ。でも、あなたの物言いがあまりに理不尽なんだもの。堪忍袋だって破れるわよ」「何の話なんだ?」「やっぱりぬけぬけとしらを切るのね?」「あの時に。あなたに小水してるのを見られて。私はあなたに犯されたのよ」「そうよ。あなたにだわ。あなた?私の歳を聞いて言ったわね?いい具合な年増なんだから、一発ぐらいやらせたって減るもんじゃないだろうって。忘れたなんて言わせないわよ」「いくら子持で年増の戦争後家でも矜持はあるのよ。無理矢理に犯されて喜ぶ筈がないじゃないの?」「そうよ。あれは犯罪だわ。あなたは犯罪者なのよ」「そんな話を誰かにしたのか?」「?言ってないわよ。当たり前でしょ?あんなことを誰にも言えるわけがないでしょ?」
 「あの夜から半年後に、あなたは人を立てて結婚を申し込んできたんだわ。その時は、あの時の男だとは露ほども疑わなかった。あの事そのものを忘れたかったし。あの時は、背後から襲われてすぐに目隠しをされたんだもの。訳は知らないけど声にも覚えはなかったんだわ。仲人が縁の深い人だったから、あなたとの婚姻を受け入れたんだわ」
 「それなのに。一月前に、源爺があなたと火乃屋の後家が逢い引きしているのを見たって言うんだもの。あの滝壺で…」「」「そうよ。源爺が教えてくれたのよ。そしたら、あなたの全てに疑念が湧いてしまって。押し入れを調べたら。奥の箱に色んな物が入っていたわ。卑猥な雑誌や写真、性具はいつも見てたけど。その一番底に私の下穿きが隠してあったんだわ。そうよ。あの時に私が穿いていたものよ」「驚いた?黙っていないで何か言いなさいよ?」「あの女と滝なんかには行ってない」「火乃屋の後家とはやってないって?一度も?」「小さい頃には悪戯で嵌めたことがある。お前だって…」「私が?小さい時に?近所の誰かと?そんなことをするわけがないでしょ?」

 「あの夜も、あなたは目撃者だったって言うの?あの下穿きはそこで拾ったものだって?私の後をつけて身元を調べて結婚を申し込んだって言うの?まあ?驚いたわ。苦し紛れに随分と突飛な言い逃れを考え付いたものね?でも、あなたらしいわ」
 「私?もちろん。みんな覚えているわよ。あなたがそんなことを言うなら、私だって詳しく言うわよ」「六年前のあの日よ。今みたいに酷く蒸し暑かったわ。選挙の手伝いで遅くなったあの夜。帰り道の公園の大木の影で。私が小水を終えて下穿きを上げようとしたら。いきなり後ろから羽交い締めにされて。口を押さえて。みんな見てたぞって。どうしてもやりたくなったって。声を出すな。拳銃を持ってる。騒いだら殺すって。俺は大陸のあの突撃作戦の生き残りだ。国の英雄だ。一発やらせろって。一回だけでいいって。わかったら頷けって。そうよ。私。怖くて。身体が凍りついてしまって。頷いたわ。私に抵抗の術なんてなかったんだわ。そしたら、あなたが、余計なことは知らないのが身のためだと言いながら、手拭いで目隠しをしたんでしょ?」

 男が小水をしている間に義母の声は止んで、父と義母が交接しているのであった。
 「あの男はほんとにあなたじゃなかったって言うのね?あなたの言うのは出鱈目ばっかりなんだもの。信じていいのね?」「所詮は、私達は色好みなんだもの。秘密を見咎められてしまった不甲斐なさを詫びて貰えば済む話なんだわ」「やっぱり、火乃屋とはやってないのね?本当なのね?安堵したわ。源爺に言い寄られなかったかって?そうよね。あの人の逸物は有名だものね。でも、例え誘いがあったとしても操は守るわよ。そう。これはあなただけのものなんだもの。誰にもやらせたことはないのよ」

 「あれを、みんな聞いてたの?」「俺が祠の裏にいるのを知ってて、わざと聞かせたんだろ?」「嘘よ」「嘘はお前だ。身体に聞いてやろうか?」と、男が後ろから義母を抱き締めて乳房を鷲掴みにした。義母は逆らわないどころか、作業着の襟を緩めて乳房を男に委ねるのである。後ろに手を回して陰茎を握ると忽ちに挿入してしまった。 「俺がいたのを知ってたろ?」「当たり前でしょ?」「俺が自慰するのを見ていたろ?」 

 
 
-日射病-
 
 
 義兄の草乎と母は本当に交接をしていたのだろうか?
 繭子が惑う間に草乎が安直に戦死してしまって、母があの負け戦のように自裁した今となっては全てが謎なのだが、繭子の夢には、時おり二人が現れたりもするのである。

 草乎が中学三年の夏休みのある日。異様に蒸す昼下がりなのである。
 男は離れの自室で、ロシアの長編を汗にまみれて読んでいた。哲学的な殺人事件の絶頂に、義母の悲鳴が聞こえた気がした。男を呼ぶ声が後に続く。庭からだ。何があったのだ。何故なのだろう。ふと、ロシアの殺人事件が引き起こす新しい災厄なのかなどと考える。そして、そういえば今日はあの義母と二人きりなのだと気付いた。他の家人はそれぞれの理由で留守なのだった。

 男が駆けつけると、義母がダリアやグラジオラスの大輪の花株の間にへたり込んでいた。
 「目眩がするの。多分、日射病に違いないわ」と、絶え絶えなのだ。「貧血を起こしたみたいにふらつくんだもの」豊潤な身体が男にすがり付いた。
 ようようの態で居間に辿り着くと、草乎の腕から義母が崩れ落ちて横臥した。
 息を乱しながら矢継ぎ早に男に指示をする。コップで水を飲ませてから、洗面器に水を入れてタオルを持って戻ると、濡らしたタオルを女の額に当てた。 「身体が火照って仕方ないの」と、言いながら、義母が上っ張りの紐を解くと、裸の乳房が大胆にこぼれ出た。思春期の若者には驚くほどの重量だ。「ここも冷やして」と、女が媚びる。男がもう一枚のタオルを濡らして、波打つ真っ白い乳房に当てた。
 「これでは仕方がないものね」義母に言われて、男が義母の浴衣を取ってきて半裸を隠した。大輪の紫の花が咲き乱れている。女はその下でモンペも脱いで、「これですっかり楽になったわ」と、熱くて長い息を吐いた。
 「日射病には冷やすのが特効なんだものね。身体も拭きたいわ」と、男が頷く間もなく、たくしあげられた浴衣の下から義母の下半身が現れた。
 臍を頂点に繁茂する陰毛。三段腹。太股。みんなあの写真で見たままだ。

 「お願いね」義母がまた長い息を吐いた。男は拭いた。脂の浮いた三段腹が淫靡に揺れる。「あなたがいてくれなかったら、どうなっていたのかしら?」女の手が男の手を導く。陰毛の丘だ。「命の恩人だわ」

 「また、あなたに助けられたのね?」
 「あなたが六年の時だったでしょ?夜半にあの人と喧嘩していた時にあなたが起きてきて。母さんを殴ったら承知しないって、間に入ってくれたでしょ?あの時に、初めて母さんって呼んでくれたんだもの。涙が出るほどに嬉しかったのよ?覚えてるでしょ?覚えてないの?」男は赤面して俯いたままだ。

 女が反転した。尻の妖艶な山脈が姿を表した。
 「少し休みたいわ」と、義母が瞼を閉じる。男はどうしたらいいものか迷っていたが、女のの目が届かない窓の側で煙草を吸った。

 暫くして呼ぶ声がした。落ち着きを取り戻したのか、義母が、「気付けにウィスキーを飲んだらどうかしら?」と、近寄った男に目配せをする。父親が軍から横流しして愛飲している舶来のウィスキーとグラスを持って戻ると、横臥したままで、義母はそれを旨そうに飲んだ。厚くて赤い唇から溢れたウィスキーが胸元に垂れる。「大分楽になったわ。驚いたでしょ?あなたも飲んだら?気が休まるわよ」男が戸惑っていると、「酒には違いないけどスコットランドでは薬の代わりなのよ」「時々、くすねてるでしょ?」男が瞬く。「煙草だって知ってるのよ。今も吸ってたでしょ?でも、みんな内緒にしてあげるわ」男がウィスキーを飲むと、「二人だけの秘密が初めてできたのね」と、男の手を握る。

 「身体がまた暑くなってきたわ。日射病の熱が抜けないのかしら。そう言えば、冷たいタオルで何度も拭いて熱をとるのがいいって、何かに書いてあったんだわ。でも、身体が麻痺したみたいにだるくて、ちっとも動けないんだもの。あなたに、また拭いて貰おうかしら?」と、男を覗き込む。男が、つい今しがたの淫靡な情景を思い起こしながら、頷く。すると、義母はさらに大胆になるのだ。

 草乎の股間を凝視しながら、「どうしたのかしら?」と、囁くのである。思わず、「窮屈で」と、返すと、「勃起したんでしょ?」端的に露悪だ。「痛くない?」「痛い」「それって身体に良くないのよ。それに、この暑さだもの。暑いでしょ?」「暑い」「ズボンも汚れてしまったし。後で洗うから。みんな脱いだら?」男がズボンを脱いで、戸惑っていると、「パンツもなのよ」男の下半身が剥き出しになった。陰毛を見て、「立派だわ。もう、すっかり男なのね」
 
 「母のって、どうしてあんなに黒いのかしら?」義兄の草乎が、「お前のは違うのか?」繭子が首を振った。「いっぱいやったからだろ?気持ち良くなると汁が出るだろ?」「それが沈着して黒くなるんだろ?」
 「これってあの小説の話なの?それとも、私がみている夢なの?」


-滝-

 草乎の話が続いている。「義兄が放課後に一人で学校にいた義妹を捜しだして、言い寄るんだ。女は拒絶して、里山に逃げ込む。豊かな尻を揺らして走る女を追いかけ回しながら、男はますます欲情する。義妹も長らく鬱積していた気分が終戦の知らせで解放されていたし、小さい頃からこの義兄に抱かれかったから、誘うばかりにわざと森の深くに逃げて。二人は前戯の様に里山をさ迷うんだ。
 そして、『深淵の滝』の所で、とうとう捕まる様に仕向けるんだ」 「そして?」「わざと滝壺の中に入った義妹を男が押さえつけて。二人ともずぶ濡れになりながら」
 「それから?」「それから岸に上がって。男がもんぺを脱がせて」「それから?」「ふたりとも真裸になる」「それから?」

 この後、繭子の誘いを受けて、二人の欲情の詳細を草乎が描写したが、今、この時点で、それを書き起こすだけの熱情が、残念なのか幸運なのかは定かではないが、筆者にはないのである。

 「そんな事を書いて本にしていいの?」「だから、密かに好事家達に話題になってるんだ」

 「義母はその事を知ってるのかしら?」「未だ知らない」
 「それから?」「男が叫ぶ。その台詞が凄い。これが一番の騒ぎになったんだ。こんなことを書いた作家は未だかっていないし、これからも出ないに違いない」
 『御門も后妃も戦争などはさらさら他人事で、ぬくぬくとおまんこをしてるだろ?自分の足を潰した徴兵拒否の俺が好きな女を抱いて何が悪いんだ?御門よ。戦争は必ず敗けるんだ。ゆっくりと戯れ事をやっていればいい。戦争が終われば、お前などは人民裁判で斬首になるのが定めなんだ』
 「と、こうだ。これが最後の場面だ」

 「これを知った皇道右翼が御門侮告だと大騒ぎとなった。躍起に著者探しをして、半島出身のある大学教授に違いないと決めつけて襲撃したんだ。その教授は戦争や御門制に異を唱えて論陣を張っていたからだ。事実は小説とは全く無関係だった。教授は不在で、応対したやはり半島出身の若い女中が灯油を浴びせられて焼き殺されたんだ」「その事件は知ってるわ。余りに凄惨だったもの。でも、その小説の通りに御門も后妃も本当に交接をしてるんでしょ?」「当たり前だ。むしろ、人の何倍もするだろう。子孫が絶えたら、万世一系の御門制はお仕舞いだろ?」「そうだわね」「あいつらは交接するのが仕事のようなもんなんだ」

 「支配者は世継ぎが最も大事なんだ。この本にも書いてある。ノブナガには二〇人以上も子供がいた。ヒデヨシだってどれ程、世継ぎが欲しかったか。トクガワの大奥は世継ぎを得るシステムだ」「御門は神だと教えられたわ」「出鱈目だ。交接しなくては子供は絶対に生まれない。そうだろ?」


-夢-

 「この本を読みたいんだろ?」繭子の表情が猥雑に揺れた。大半を読んでいる女だが今は認めるわけにはいかない。自分から秘密の戸を開けてはならないのだ。
 「白昼夢をやりたいんだろ?」女は答えない。淫靡な隠し事の深奥を覗かせるわけにはいかないのだ。
 「本物を見たくないか?」息を殺した女の、計算高い沈黙が続く。女にとっても、これは甘美だが危険なゲームだ。男への情愛などでは全くないのだ。青い性欲だけが暴走している真夏の昼下がりの、危険も孕んだ戯れに過ぎないのだ。

 「俺達も白昼夢なんだ」「白昼夢?」女が反復して問い返す。「去年の夏?覚えてるだろ?」女は答えない。「あの時のことも夢だったんだ。だから、これも夢だ」「夢?」「そうだ」。
 「やっぱり夢だったの?」繭子が緩んだ。「これも白昼夢なの?」と、沈黙を女が破る。「そうだ」「本当に夢なのかしら?」「夢だ」「夢だから誰にも分からないの?」「そうだ」「二人きりの秘密なのね?」

 男は女の薄い半袖シャツの上から乳房を弄る。ブラジャーをつけていない。突起した乳首を静かに揉み続ける。女が呻きを圧し殺す。
 腕を上げさせると繭子は逆らわない。腋毛が生えて濡れている。ゆっくりと唇を這わすと女の息がいっそう乱れた。
 長い愛撫の果てにシャツも剥がされて繭子は真裸だ。濃い桃色の豊潤な肉の塊である。

 どれくらい弄ばれただろう、女は本当の陰茎の挿入そのものが怖いのか、この様な場面で処女膜を放棄するのが疎ましいのかさえ、今となっては判然としないのである。女の感覚の全てが、茫茫と初めて味わう快楽を漂っていた。

 何しろ、繭子は義兄が言う戯れ言と全く同じ事を考え、男の挿入の場面を妄想して自慰に耽っていたのだ。度々、そうして女は白昼夢を迷うのだ。
 真夜中の性夢の中でも繭子は義兄とさんざん交わっていた。 そうした性癖が身についたのは、やはりこの部屋で自慰をする義兄を盗み見たのが契機だった。

 去年の夏休みだ。やはりこの部屋で、同じ写真を見て射精しながら、男が女の名を呼ぶのを確かに聞いたのだった。そして、男の隆起が脳裡に張り付いてしまった。その侵入を妄想して自慰をして佳境を漂泊するまにまに、女も男の名を呼んだのだった。今のこの出来事はあの夢の続きに違いないと、女は朦朧と思った。


-女教師-

 草乎が、「本物の性交を見たことがあるか?」繭子が目を伏せると義兄が話し始めた。

 盛夏の夕まぐれ、草乎は煙草を吸うためにいつもの辺りを徘徊していた。すると、奇妙な声を聞き付けて、無人化で廃屋になった駅の石炭小屋の隙間を覗いた。
 腰を折ると、隆起をしゃぶっている女の舌が目の前にあった。晩夏の白墨に紛れて、紅い舌が亀頭を這い回っているのであった。「慌ただしく抱かれるなんて嫌なの。電車を一本遅らせれば済むことよ。二時間もやれるわ。暑いくらいだし、ここには絶対に誰も来ないんだもの。真裸でもいいわ。
 不能な夫は何も言わないし。この前、あなたが剃ったでしょ?だから、夫とは何もないのよ。ようやく戦争が終わったんだもの。堪能しなきゃ。すっかり自由なんだもの」
 「今日はちょこちょこといっぱいしたわね。校長も教頭もいなくて良かった。朝は早く来てここで。一晩たまってたから濃かったわ。一時間目が終わるまで、あなたの精液が入った避妊具をそのままにしてたのよ。三時間目は二人とも授業がなかったから、空いてる理科室でしたのね。一〇分ばかりだったから、あれからトイレに行って自慰をしたんだわ。昼休みには裏山の神社で。そして、さっきは音楽室で。見つかりそうになって止めたけど」
 立ち上がった女が紫のパンティを脱ぎ落とすと足元によじれた。スカートをたくしあげると下半身が剥き出しになる。陰毛が短く生えでた股間と大きな尻だ。男がしゃがみこんで舐め始めた。女が甲を噛んで声を堪えている。

 「いいことを思い付いたわ。明日は由子を呼ぶのよ。大好きだもの、喜んでくるわ。うるさい教頭は出張だし。あなた、昼前には授業がないでしょ?父兄だもの生活相談の名目で。懇話室であなたが由子として。昼になったら三人で体育館の床下で。どう?興奮しない?」

 やがて、石炭小屋から出てきたのは四〇位の男と女である。草乎が卒業した中学の教師同士だ。繭子も教え子だ。



-写真-

 草乎が話し終えた。自分の担任だった女教師の淫獣の話だから繭子は酷く侮蔑を覚えた。だが、義兄が話すのは紛れもない実話なのだ。繭子は信じた。それはいつも読んでいる性愛小説などよりは並外れて刺激が強いから、膣の深奥が痺れて息が乱れたのも真実だった。
 繭子は拒絶して押さえ込んでいた筈の義兄の隆起を、いつの間にか密やかに撫で回しているのである。

 ばら撒かれた写真から男が一枚を取りだして女に示した。「何が写ってる?」
 布団の上で三人が交接している。真裸だ。足を大開きにして股がった豊満な女に、義父が挿入して、母と口を吸いあって舌を絡めているのだ。
 繭子には何の事かわからない。「その女をよく見てみろ」
 股がった女は髪が乱れて顔は判然としない。豊かな乳房で二段腹だ。陰毛が極端に短い股間には、陰茎が半分だけ挿入して、女の指が根元を掴んでいる。
 「これが何なの?」と、女が鏡の中の男に顔を向ける。「その女の顔だ。見覚えはないか?」繭子がまじまじと見直した。
 撮影だからわざとそうしたのか、激しい戯れで乱れたのか、長い髪が邪魔をして女の顔は判然としない。しかし、よくよく見ると、髪の乱れから覗く特徴のある鼻に、繭子はようやくに思い至った。そうして改めて見ると、その淫乱な女は、確かに、今まで義兄が話していた中学の時に担任だった音楽教師なのだ。「そうなの?」


-月明かり-

 「四人で絡み合いながら写真を撮り合ってるんだ」「半島や大陸では若い兵士が戦っている。命を賭しているんだ。この戦争は容易くは終わらない。俺だって遅かれ早かれ召集されて。きっと死ぬに違いないんだ。一方で、淫らな性夢に耽溺している堕落したこいつらの現実。軍人や教師なんてこの程度のものだ」と、義兄が吐き捨てた。しかし、批判する男にも女には言えない秘密が山ほどあるのだった。

 この世の出来事などはすべて夢の様なものかもしれない、と繭子は改めて思う。そして、この義兄とした夢に似た戯れを思い出していた。
 繭子が中学三年の盛夏。ある蒸し暑い夜のことであった。一つしかない硝子窓を開け放した部屋。満月の黄金の月明かりに照らされた蚊帳の中で、女は性愛小説の赤裸裸な性交の描写を読み耽っている。やがて、うつ伏せの浴衣の股間に思わず手を入れてしまうのである。そんなことが女の習癖になってしまっていた。
 小説の中の女が愉楽を漂うのと同時に、繭子も法悦の只中に堕ちるのだ。そうした後に電気を落として瞼を閉じても、一旦火照ってしまった身体は、なかなか女を寝付かせない。満月の金色の光の中で、女は何かを待っている風情だ。
 どれ程の時間がたったのだろう。気付くと、女は夢を見ているのだった。
 いつの間にかに忍び込んできた性愛小説のあの男が、女の膣に陰茎を思う存分に挿入しているのである。
 「私を夜這いしてるの?」「そうだ」「どうして?」「お前の身体が引き寄せるんだ。それに…」「なに?」「こんな夜だもの。若い男は、お前のように生まれながらの淫乱な女の虜になって、獲物を求めて徘徊するんだ」「あなたはもう若くはないでしょ?義父と同じぐらいじゃないの?」「俺の絶倫は隅々まで読んでるじゃないか?若い女を獲物にする夜は、精神も身体もすっかり若返るんだ。この隆起だって。素敵だろ?」「そうには違いはないけど…」
 「歳のことなら、お前は義父ともしたんだろ?」「何をしたって言うの?」「もちろん、これに決まってる。性交だよ?」「仮にも親なのよ。そんな不条理なことはしてないわ」「夢の住民の俺に嘘を言っても始まらないものを。まあ。決して知られてはならない秘密と言うわけか」
 「しかし、幼い頃に実父が戦死してしまったお前は、男の包容に飢えているんだ。若い男にそんな余裕はある筈もない。あいつらは、ひたすらお前の豊満な肉を貪るだけなんだからな。だから、俺のような存在がお前には必要なんだ。お前が望むなら、お前の父親の霊魂だって顕すことも出来るんだぞ」「父と性交するの?」「義父とたいして変わりはあるまい」「知ったようなことばかりを言わないでちょうだい」「怒ったのか?まあ。今夜はこれでお役御免って訳だな」
 男が陰茎を引き抜くと、すぐさま新たな勃起が侵入してきた。その感覚は、夢の繭子には何故だか覚えがある。「あなたなの?」「当たり前だ。お前の男は俺だけだろ?」「そうなの?あなたは誰だったかしら?」「まさか、忘れたのか?」「俺の方が誰よりも先だというのに。全く不実な女だ」「だから、あなたは誰なの?」「あの間抜けな男の兄じゃないか?」「知らないわ」「こうして性交してるのに。余りに不実じゃないか?」「だって…」「これを忘れたとは言わせないぞ」「凄すぎるわ」「思い出したか?」「あの時みたいに熱いわ。射精するの?」「俺のは如意だ。お前の望み通りにしてやる」「だったら射精して欲しいわ」「いっぱいか?」「そうよ。私のことは、とっくに、わかってるでしょ?」
 女が奔放に亡我を漂っていると、乳房を生温かい刺激が這い回っているのに気づいた。「あなたなの?」「そうだ」「遅かったんだもの。もう来ないかと思ったのよ」「何を言ってるんだ。俺はずうっとここにいるんじゃないか」この三人目の男こそあの義兄なのだった。「そうなの?だったら、今まで私にどんなことをしたか、言ってみなさいよ?」男が頷く。「いったい、なぜこんなことをしてるの?」「暑くて眠れないんだ。外に出て煙草を吸ったら。満月が出ていた」「それで?」「その時にお前の部屋の電気が消えたんだ。しばらく待っていて。部屋の窓の傍に行ったら開いていたんだ」「当たり前だわ。この暑さだもの。閉めてたら、それこそ悪夢にうなされるわよ」「覗いたら蚊帳が吊ってある。月明かりに、浴衣の悩ましいお前の寝姿が浮かび上がっていたんだ」「だから?」「蚊帳をそっとまくって中に入ってしまった」「それで?」「お前の脇に座って」「浴衣から乳房が溢れているから、思わず手が延びてしまったんだ」「どんな風にしたの?」「触って…」「おっぱ
いをいっぱい撫でたでしょ?」「一〇分くらいかな」「私が眠ってるとでも思ってたの?」「最初から起きてたのか?」「二人目からよの時からよ」 

 「俺はみんな知っているんだ」と、義兄がいう。「お前にはもっと密かな楽しみがあるだろ?」「この小説を読むむんだ」開いた雑誌を女が見る。「好きなんだろ?」「読みながら自慰をしてるんだろ?」「声を出して読むんだ」
 「これは白昼夢なの?」と、沈黙を繭子が破る。「そうだ」「本当に夢?」「夢だ」「夢だから誰にも分からないの?」「そうだ」「二人だけの秘密なのね?」女は読み始めた。

 
 「私がこんなになったのは母の遺伝のせいじゃないわ。あなたがこんな風にしたのよ」「あの夜にあなたにすっかり教えられたてしまったんだわ」

 そもそも夢というものは、その只中にある時は、次々に現れる全ての事象が整合的で一貫した物語に思えてしまう。しかし、目覚めるとすぐに、たった今、脳裏を去来していた筈の幻は、何の根拠もない不可思議と不条理の断続だったことに、繭子は気づくのだ。時にはその落差に、女は身震いしたりもする。しかし、大半の夢は決して記憶に留まることなく、瞬時に消えてしまうのである。だから、人は悪夢の罪悪から解放されているのだが、繭子のこの夢のように記憶の深奥に沈殿して、夢そのものが物語を創ってしまうこともあるのだ。
 そして、この現実も、実は不整合の積み重ねなのではないかと、女は考えるに至ったのだ。

 父親が突然に死んだ。それは、父親には微塵の非もなく、殺した相手もいない戦死だった。遺骨すら届かない。
 兵士達は病死や餓死をしているらしい、親戚の大人達の噂話を盗み聞きながらも、幼い繭子が国家の容貌に思い至るわけもない。しかし、戦争というものが父親の死に直接に関わっていることは知っている。だから、戦果を礼賛する大人達を嫌悪した。
 そして、幼心の悲惨が癒える間もなく再婚した母親は、新しい男と交わっているではないか。繭子はその醜態を幾度か目撃していたのである。その母は、だから、最も身近な嫌悪の対象だった。しかし、その義父は繭子にとっても性を露にしていた。そして、突然に現れた新しい義兄姉達が、繭子を未知の世界に誘おうとするのである。この無秩序で不条理に変転する現実は、まるで夢の世界のものと変わることはないに違いない。そう、繭子は確信したのである。


-風呂-

 両親が再婚して間もない夜。義父と他の義兄姉はどこかに出掛けていた。母に、もう兄妹なんだからと言われて、無理矢理に義兄と二人きりで風呂に入れさせられた。「あの時に生まれて初めて男の性器を見たのよ」「父親のは?」「小さかったから覚えがないわ」
 一緒に浸かった浴槽の中で、繭子の尻に幼い陰茎が触ったのだ。女が、「これよ。覚えている?」男の記憶にも鮮明に刻印されている性の原初だ。しかし、男には、なぜ一緒に浴槽に浸かったのかは全く記憶がなかった。「でも、お前のを見たのははっきり覚えている」男が言うと、「こんなに大きくなって」「あの時は小さかった筈だけど、とってもおっきいと思ったわ」と女。「勃起していたんだ」と、男。女が見つめながら、「したかったの?」「わからない。本当は恥ずかしくて。悔しかくて仕方なかったのに」



-納戸-

 繭子は母と義父の交合を見ていたのだ。一五歳の八月の異様に蒸し暑い午後だった。
 廊下の奥から声が漏れるのを繭子は聞いた。淫叫は納戸からだった。そっと戸を引いた。隙間の暗闇の奥から奇妙な声がするのであった。

 目がなれると、汗にまみれた裸の母が仰向けになり、両の膝を立て大きく両足を開いているではないか。下に裸の義父がいるのだ。股間と足しか見えない。仰向けの義父に仰向けの淫熟した母が乗っているのだ。黒々と茂る陰毛の森に下から隆起が差し込まれているのだ。母の手がその隆起を妖しく撫でている。
 義父の手が母の汗にまみれた淫奔な両の乳房をわしずかみにしていた。
 女は幾度か母の交接を盗み見ていたが、これ程に露なのは初めてだった。
 臍まで延びた濃い陰毛の中に大きな淫乱黒子がある。下から激しく突き上げられるたびに、母の三段腹の脂肪が揺れた。肉欲ではち切れた裸体が発情した獣の様に無様に痙攣した。
 間もなくして結合が解かれた。母が義父に股がり口を吸った。崩れた淫らな尻が割れ大きく開かれた。母が隆起を握り濡れた股間に導いて再び押し入れた。尻を淫らに回す。前後に猥褻に振る。性器と性器が叩きあう濡れた音が響く。母は声を押し殺して卑猥な戯言を言い続けていた。

 母は、この時には国民学校の音楽教師だったが、戦争を礼賛して、実権を持つ教頭や派遣将校とも交接を武器に談合したのであった。

 繭子は疎ましい性戯を盗み見ながら、座り込んで股間に手を入れ、膨れた乳房を揉んでいたのだと言うのだった。


-桃-

 つい最近にも、今日と似たような出来事があったのだ。
 草乎が遅い昼食を摂りに母屋に行くと、誰もいない。両親は仕事だ。居間で昼飯を摂っていると繭子が入ってきた。二人とも無言だ。

 「あの時は風呂に入ってたんだろ?」「そうよ。今日みたいに朝から狂ったみたいに蒸し暑かったんだもの。水風呂に入ったんだわ」

 濡れた髪にタオルを巻き、半袖の青いシャツに乳首が突起している。薄く長いスカートをはいている。すると、男がかけている扇風機を黙って移動して、男に背中を見せて座り、股間を広げてスカートの中に扇風機の風を入れ始めた。

 「なぜ、あんなことをしたんだ?」「そうかしら?覚えてないわ」「俺を挑発したとしか思えない」

 暫くすると、繭子が立ち上がって台所に行き、戻ると向かいに座って桃を食べ始めた。赤い汁がしたたる。赤い唇を紅い舌で舐めた。陰茎が反応した。 

 「どうしてあんなことをしたんだ?」「何のこと?」「桃だ?」「食べてただけだわ」「これ、何かに似ているって、言ったろ?」「そんなこと言ってないけど。仮に言ったとして、どう思ったの?」「お前の裸を連想したんだ」「私の?」「そう」「それで、熱くなったの?」 「それに、桃の汁をわざとシャツに溢したろ?」「わざとじゃないわ」「汁で濡れて乳首が浮かび上がったんだ」「見てたの?」「見せるためにやったんだろ?」「そうなのかしら?」「それを手で拭っていた」「それが?」「愛撫をしているとしか思えなかった」「自分のおっぱいをどうしようと勝手でしょ?」

 繭子は、「また暑くなった」と、言いながら、草乎に背を向けて横になって扇風機を回す。スカートを太股までたくしあげた。

 「暑い。裸になれたら気持ちいいのにって、言ったろ?」「ほんとに暑かったんだもの」「普通は言わないだろ?」「そうかしら?」「お前は生まれついての淫乱なんだよ」「あなたこそ、そんなことばかり思ってるから、みんなそんな風に聞こえてしまうんだわ」「お前の尻が淫らに動いていたんだ」「誘っていると思ったの?」「当たり前だろ?」「男って、誰でもそうなのかしら?」「誰でもって?他にもしたのか?」「知らないわ。それより、私のお尻を見ていて熱くなったの?」「そうだ」「したくなったの?」「そうだ」「だから、背後からいきなりスカートをめくったのね」「そしたら、裸の尻が剥き出しになった。なぜパンティを穿いてなかったんだ?」「暑かったからだわ」

 繭子は、「厭だ」とは言うが声を押さえている。抵抗しない。足を閉じてはいるが、背後からだから全く無防備な陰茎を当てた。
 「何をしてるの?」「お前が挑発するからだ」「そんなことはしてないわ」「仕草のいちいちが厭らしいんだ」「私のせいなの?」「したいんだ」「何を?」「性交」「厭よ。それに、私達は兄妹なのよ?」「義理だろ?」「戸籍上もちゃんとした兄妹だわ」「血の繋がりはひとつもない」「それはそうだけど。不道徳だわ」「性欲なんてそんなものだ」  しかし、その後も続く繭子の抵抗に草乎は萎えた。男は女の隠微な痴態に反応した自分の男根が疎ましかった。
 「あの時にどうして萎えてしまったの?」「拒まれると駄目なんだ」「私が拒んだのかしら?」「違うのか?」「そんなに簡単には許さないわよ」「女はしたくないのか?」「何を?」「性交」「さあ。どうかしら?」「性欲はあるだろ?」「教えないわ」



-源倫-

 敗戦後の混迷は続いていた。相変わらず、繭子はその底辺を歩んでいたのであった。
 繭子はあの戦争の最中に結婚して、直ぐに徴兵された夫を亡くしていた。子供はいなかった。いずれは詳しく書く機会があるかも知れないが、今は少しばかり先を急ぎたい。筆者の事情である。

 戦後の間もなく、あの草也の倫宗が台頭してきた頃の盛夏である。
 半年前、繭子は執政という触れ込みでその寺に入った。信徒会の幹部達は、僧の男が持ち前の強引で説き伏せてしまった。執政などは、男がさしたる根拠もなくこじつけたのだった。寺の事務や雑務の一切を取り仕切る仕事だが、実際は僧の妾である。繭子は寺の一隅に住み込んだ。
 住職の源倫とはとは、倫宗の会合で声をかけられて、その夜の内に関係を結んだ。
 繭子は男達と戦争に弄ばれた二六歳の、砂を噛むような暗澹とした心と、飢餓の身体をもて余していたのである。男は倫宗のある末寺を預かりながら、教団内部の抗争で反草也派幹部に引き立てられたのをいいことに、出鱈目な占いや金貸しに血道をあげ、様々な投資をして蓄財していた。女癖もほとほと悪い。


-大和-

 離婚して三年になる僧には一五歳の一人息子がいた。この親には似ても似つかない、薫風のような若者である。大和という。
 大和が中学三年の夏の事だった。
 父親の源倫はその日の朝に教団本部に出張して、明日まで戻らない。
 その日の体育の授業で、大和は右の手首を捻挫して大仰に包帯を巻かれた。
 夕方に家に帰ると、半年前から同居を始めた繭子という女の気遣いがただことではない。
 青いワンピースの胸を揺らして、屈んだりする拍子に、時おり、乳房の欠片を覗かせたりしながら、甲斐甲斐しく湿布を取り換える。
 「少しも収まらない暑さだわ。喉が乾かない?スイカが冷やしてあったの」。
 大和が慣れない左手で匙を扱うのを見て、「それじゃ、食べた気にならないでしょ?」と、自分が食べていたスイカを男の口に運んだ。戸惑った若者も直に慣れる。女は男の口の端しに残った赤い汁をタオルで拭う。
 「風呂には入るんでしょ?」「汗にまみれたから」「そうだわね。臭うもの。でも、右手だから。どんなにか大変に違いないわ。自分で洗えるのかしら?」と、目を煌めかせる。「なんとかなるよ」「駄目だわ。変に悪化したら大変だもの。お父さんに叱られるわ。私が洗ってあげるわよ」「いい」「遠慮なんてしなくていいのよ。これも私の仕事の内なんだから」「いいって」「恥ずかしいの?」「そんなんじゃない」「怪我や病気の時はせいぜい甘えていいんだもの。洗う時になったら呼んでね?きっとよ?」

 右手をあげて、大和が風呂に入っていると、「不自由でしょう?」と言いながら、女が戸を引いて入ってきた。薄いワンピースをたくしあげて、白い太股を太股の付け根まで露にしている。頬を染めて、「呼んでないだろ?」と、思わず左手で温い湯をすくって、女に投げつけた。「やったわね」と、女は意に介さないで湯面を叩くから、男の顔に跳ねる。それを、持ってきたタオルで女が拭き取る。
 男がかけた湯が女の豊かな胸元に染みて、張り付いた乳首が飛び出ているのだ。男の目の前で、初めて会う生き物のように躍動している。 「こんなになっちゃったわ。いけないんだから?」「いきなり入ってくるからだ」「言ってたでしょ?」「許してない」「だったら、許して?」

 「洗ってあげるから、もう出なさい。茹だっちゃうわよ?」それでも躊躇う大和を、「同じ屋根の下に寝起きしてるんだもの、当たり前のことなのよ?」「そんなに恥ずかしいんなら、私も裸になろうかしら?」と、女が急かして、大和の腕に手をかけた。
 観念した若者は、余程、思いきりがいいのか、一切、隠す仕草もせずに立ち上がった。女が、「まあ」と、感嘆した。

 繭子は十も若い男の背中に取り付くと、巧みに石鹸を泡立てて丹念に洗う。「大きい背中だわ。背も高いし。身長はどれくらいあるの?」「一六五」「やっぱりね。私より大きいんだわ。すぐにお父さんを抜くわよ」。脇の下に手を入れると、「もう大人なんだわ」と、暫く手を止めたりする。
 やがて、何の躊躇いもなしに、若者の股間に手を伸ばした女が、陰毛に石鹸を擦り付けて巧みに泡立てた。すると、充分に出来た泡で男の若い陰茎を握ってしまった。ゆっくりとしごきながら、「最近は気味が悪いくらいに蒸すんだもの。ここは、特別に綺麗にきれいにしなきゃあね」と、言いながら手を停めた女が、「どうしたの?」「何が?」「だって。これが、だんだん」「凄いんだもの「どんなに?」「とっても大きいわよ。こんなことするの、初めて?」「初めてじゃない」「あら?もしかして?性交したことあるの?」「ある」「まあ。どんな?」「ねえ?これをいっぱい。ほら。こんな風に洗ってあげるから。教えてちょうだい?」
 大和が話し始めた。



-満月-

 「あなたも、随分と早熟だったのね?」と、大和の綺談の様な告白を聞いた繭子が言った。果たして、大和はどんな数奇な体験を語ったのか、いずれは著述しなければならないが、とある事情で先を急ぐのである。

 「自慰はするんでしょ?」「恥ずかしいの?」「何にも恥ずかしいことじゃないわ。性欲は本能なんだもの。その年頃だもの。当たり前だわ。無精、するでしょ?」「する」「この前は気持ち良かったのかしら?」と、繭子が妖しい息を漂わせながら囁いた。

 「一昨日の、満月のあの黄金の夜のことだわ。私、目覚めていたのよ。知らなかったでしょ?」と、男の顔色が変わるのを見越した様で、湿った重い乳房を背中に擦り付けて、と、すっかり戸惑って宛もない隆起を、難なく捕らえてしまった。

 大和にも、そして繭子にも、二日前の夢のような光景が鮮やかに蘇る。
 僧の父が不在で、神経がおかしくなるほどの蒸し暑い深夜だった。豊満な肉体を持つ繭子の寝乱れた姿態が浮かんで、思春期の最中の大和は悶々と眠れないのだった。
 若者は遂に意を決した。居間に行って電灯もつけずに父親のウィスキーを飲んだ。身体を火柱が貫く。昼間に買っておいた煙草に火を点ける。ゆっくりと紫煙を吐き出して、気がつくと、皓皓とした月明かりなのだ。満月の深夜だ。
 大和が女の寝所の襖を息を殺して引いた。狭い部屋だから、眼前に横たわっている女を月明かりが照らし出している。黄金の光の中で何も掛けていない。大輪の花花が咲き乱れる浴衣にだけくるまれた豊満な身体が静かに波打っている。寝息まで聞こえるようだ。
 必ず眠っているのだろか。男の逡巡を打ち消すように、その時、低く呻きながら女がゆったりと寝返りを打った。生暖かい桃の香りが流れる。すると、浴衣が乱れて漆黒の陰毛が月明かりに曝されたのだ。

 怪異に引きずり込まれるように男が四つ足で忍び入って、女の足元にうずくまって股間を見据えた。
 桃色の裸だ。月の光を受けて、一刷けの油を引いた按配で輝いている。なだらかに膨れた腹に横に切れた臍。豊かな太股を僅かに開いて股間を晒している。豊かに厚く盛り上がって鬱勃と火照っている。

 その時に、夢遊した女の指が股間に降りてきた。まるで、男の反応を確かめるように指が這って陰毛がざわめいた。猥褻な夢でも見ているのか、太股を痙攣させて女が呻いた。
 
 囚われ人の風情で、ついに、息を殺した男が、おずおずと股間に指を落とした。女の寝息に耳を澄ます。変化はない。
 指が大胆に冒険を始めた。
 豊かな乳房を女が自分で揉んでいるのに男は気づかない。


-栗の花-

 男の動揺が収まらない。「どうしたの?」「ウィスキーを飲みたいんだ」「まあ。お酒を飲んでるの?」「煙草も吸う」「そんな風には見えないけど。存外に不良なのね。野球部なのに大丈夫なのかしら?」「いつもじゃない」「こんな時だから?そうね。私も飲みたくなったわ。私も好きなのよ」「部屋においしいのがあるのよ」「だったら、先に上がって。私は汗を流してからいくわ」

 繭子が風呂場を出て部屋で浴衣を着ようとしていると、大和が来た。女が、「怪我をしてるんだもの。疲れるといけないわ。横になったら」と、派手な布団を敷いた。
 男がウィスキーを取り出したのを見て、「こっちを飲んでみなさいよ」と、棚から出してきたのは男が見たことのない、いかにも高級そうなボトルだ。「本場の逸品なのよ」と、繭子がグラスに注ぐ。 「どう?」「強いけど旨い。香りが全然違う」「わかる?そうでしょ?」と、自分も飲む。男が煙草を吸う。女も自分の煙草を取り出した。

 「さっきの話、本当だったの?」「何だったかしら?」「あの夜。本当に目を覚ましてたの?」「そうよ」「いつから?」「私のにあなたが指を入れてからよ。当たり前でしょ?」「馬鹿ねえ。女のあそこなんて物凄く敏感なんだもの。覚めないわけがないのよ」「さっきはよっぽど驚いたのね。真っ赤になったわ。それに…」「あなたのが、縮んじゃうんだもの」と、女が笑った。
 「あなたがやったああゆうのって夜這いって言うのよ」「一番多かったのが、若者が後家の床に忍び込むのよ。若者は盛りだし後家は飢えてるでしょ?きっと、大昔から都合のいい取り合わせだったんだわ。ただ二人が楽しむだけで誰にも迷惑などかからないんだもの」「今は、何もかにもが民主化だからかは知らないけど、戦争が終わるまでは夜這いなんてどこにでもあったのよ。特に夏なの。盆踊りの夜なんかは後家は大変だったらしいわよ」「私も後家なのよ」「そうなの?」「戦死したの。敗戦の一ヶ月前だったわ」「だから、あなたとは古典的な取り合わせなんだわ」「怒ってないの?」「怒ってなんかいないわ。…あの夜。あなたはどうしてここに来たのかしら?」「いつの間にか…」「私の裸を見たかったの?」「わからない。でも…」「浴衣が乱れて見えてしまったんでしょ?」「そう」「だって、浴衣は下着を着けないのよ。それに、寝乱れるのは私のせいじゃないわ」「そうだな」「私のを見たんでしょ?」「月明かりだったから。ぼんやりして…」「私の
を見ながら射精したんでしょ?」「わかるのよ」「どうして?」「精液って、特別な匂いがするのよ。知ってるでしょ?」「どんな?」「栗の花の匂いよ」「そうでしょ?」「あの時に栗の花が匂ったのよ」
 「何にも恥ずかしいことじゃないわ。私だって指を入れてだでしょ?」「入れてた」「性欲なんて本能なんだもの。誰にでもあるし。若い人が盛んなのは当たり前だわ。ひとつも恥ずかしがることなんてないのよ」「風呂でも言ったでしょ。自慰して射精するのは当たり前なのよ。私だってするもの」「ほんと?」「本当よ」「どうしたの?信じられないの?あの夜だって、私。したでしょ?見たでしょ?」「見た」「あなたもしたでしょ?」「した」「射精したんでしょ?」「した」「ようやく噛み合ったわね。

 「私の?ぼんやりとしかみえなかったの?」「そう」「どうだった」「別な生き物みたいで」「別な生き物?そうかもしれないわね。また見てみたい?」「見たい」「だったら、見せてあげようかしら?どう?」「見たい」「いいわ。その代わりにあなたのも見せなきゃ駄目よ」「だって。私一人じゃ恥ずかしいもの。わかるでしょ?いい?」「わかった」女が浴衣を脱ぎ払った。真裸だ。男は呆然としている。女が腕を引いて立ち上がらせる。「手が不自由なんだもの」と、シャツのボタンを外したかと思うと、瞬く間に下着まで下ろしてしまった。


-撲殺-

 その日も、源倫は本山に一週間の出張で、その三日目の日曜だった。朝早くの出掛けに問う繭子に、大和は夕方遅くなると答えた。
 しかし、対抗試合は突然のまれに見る雷雨で中止になり、以降の日程も全て取り止めになった。
 昼下がりに大和は家に帰った。家の辺りは快晴だ。しかし、本堂の雨戸が閉まって静まり返っている。何となく雰囲気が違うと大和は怪訝に思った。
 玄関の鍵を開けて家に入ると、上がり口に見知らぬ靴と鞄があるが静まり返っている。濡れた服を着替えた。
 バットを持って忍び足で本堂に向かうと、廊下の境の板戸が閉まっている。そっと引くと、。嬌声が辺りをを切り裂いた。 「助けてぇ」「いやぁ」「死ぬぅ」女の声が本堂に渦巻いているのだ。目が慣れると、天窓からの薄明かりの中で、女の上に見た事のない男が股がっている。二人の下半身は剥き出しで両手を握りあっている。その時、「死んじゃう」「助けてぇ」女が絶叫した。
 大和は一気に引き戸を開け、叫びながら駆け寄った。スローモーションフィルムのように、女の股間から隆起が抜けて男が立ち上がった。太股を広げた女の甲高い叫び声と勃起を揺らした男の顔が交錯した。その頭に、大和が思いきりバットを降り下ろした。男は、三メートルも飛んで転倒して動かない。一瞬の出来事だった。
 やはり、下半身を曝していた繭子がワンピースを整えて髪を撫でながら、男の口に手をやって脈をとった。念入りに死を確かめてから、大和に抱きついた。「助けてくれてありがとう。あなたが悪いんじゃない。みんな私のせいなんだもの」「でも、正当防衛よ」「私を犯していたんだもの。こうなったのも報いなんだわ」と言った。

 繭子は大和の手を引いて居間に行き、二人はウィスキーをあおった。押入れから布団袋を探し出した。

 繭子が男とのいきさつを短く話す。見た事もない男で、道を聞かれ応対しているうちに本堂に引きずり込まれたと。「正当防衛なのよ」と、幾度も言う。
 誰が雨戸や玄関の鍵を閉めたのか、大和は聞かない。女も黙ってウィスキーを飲み続ける。大和も飲んだ。体が熱くなる。女の煙草を大和も吸った。

 突然、雷雨が来て一気に薄暗くなった。呆然と座る大和を残して女は寺中の雨戸を閉め玄関に鍵をかけた。 戻ってきて、女が泣きながら大和を抱き締めた。泣きじゃくりながら、「ご免なさい」「あなたは何も悪くないのよ」と、繰り返した。
 薄いワンピースを透して豊かな乳房の激しい鼓動が伝わる。女の身体が熱い。
 女が男にキスをした。誘われ男は横になった。「みんな秘密にしましょ?」被さった女が舌を吸った。股間の熱い盛り上がりを男に押し付けゆったりと揺らす。
 「あいつともやったろ?」「あいつって、お父さんのことなの?」「してないわ。私はただの執政なのよ。そんなことをする訳がないでしょ?」「だから、嘘をつくなと言っただろ?」「嘘じゃないわ」「じゃあ、俺が見たのは何なんだ」「一体、何を見たというの?」「あんたと親父がしてるのをだよ」「いつ?」

 残り物で腹ごしらえをした。
女と男は風呂に入り丹念に洗った。女は股を泡立てて擦った。何度も繰り返す。
 大和は導かれるままに繭子と交合して眠った。起きると一一時だ。残り物を口に入れた。
 暫くして、二人は本堂に行き、遺体を裸にして布団袋に入れ、豪雨にうたれて墓地に運んだ。古い小さな墓石の下を堀り返して布団袋を埋めた。

 翌日、大和は野球部の監督に頼んだ。そして、友達の家に身を寄せた。繭子女の言う通り隠し通すしかないと男は思う。全てを忘れるしかないと思った。しかし、女と二人きりでいるのは耐えられなかった。
 帰ってきた父に、ある宗派が運営する古都の野球の名高校に行きたい、監督推薦も取り付けた、もっと技量を高めるために通学時間も練習に当てたい、友人の家に下宿したいと、一気に言った。父は喜んで認めた。女との爛れた生活を二人きりで楽しみたかったのかどうかは解らない。女は僧に同意した。


(続く)
 

繭子総集編

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更新日
登録日
2020-09-09

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