つめたい教室

 だれか、やさしいだれかの、あたたかい指が、枯れた花をにぎりつぶしてゆく。かなしい、という感情が蔓延した、教室で、つめたいからだのきみが、薄紫色の空気に触れるように、なにもない空中に手を伸ばす。テレビのなかで跋扈する、正義、というものは、ときどき、うそくさくて、図鑑のページにはりついた、極彩色の蝶だけが、すべてをゆるされる存在のような気がしている。放課後。一瞬、首を絞められたような感覚に、めまいがして、音楽室から聴こえてくる、吹奏楽部の演奏は、こなごなになった花と共に、鎮魂歌として、よこたわるきみのからだに降りつもった。やさしいだれかは、慈悲深く、残酷で、ねむりたいのにねむれないのだというきみは、花だったものを、細い指でそっとつまみ、愛おしそうにながめた。屋上からみえた、あの、森の近くにあった、おおよそ、ひとが住んでいるとは思えない古い家のかたわらで、犬小屋が燃えた日のことを、ぼくは思いだしていた。犬は、もう、そこには棲んでいなかったのに、意味もなく、泣けた。みたこともない犬のことを想って、なのか、たんじゅんに、あの小屋では、かつて、ちいさいいきものが息をしていたのだという想像が、同情を揺さぶったのか。しだいに、花の残骸に埋もれてゆく、きみは、儀式に選ばれた生贄みたいだ。

つめたい教室

つめたい教室

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-09

CC BY-NC-ND
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