繭子8️⃣
繭子8️⃣
-満月-
「あなたも、随分と早熟だったのね?」と、大和の綺談の様な告白を聞いた繭子が言った。果たして、大和はどんな数奇な体験を語ったのか、いずれは著述しなければならないが、とある事情で先を急ぐのである。
「自慰はするんでしょ?」「恥ずかしいの?」「何にも恥ずかしいことじゃないわ。性欲は本能なんだもの。その年頃だもの。当たり前だわ。無精、するでしょ?」「する」「この前は気持ち良かったのかしら?」と、繭子が妖しい息を漂わせながら囁いた。
「一昨日の、満月のあの黄金の夜のことだわ。私、目覚めていたのよ。知らなかったでしょ?」と、男の顔色が変わるのを見越した様で、湿った重い乳房を背中に擦り付けて、と、すっかり戸惑って宛もない隆起を、難なく捕らえてしまった。
大和にも、そして繭子にも、二日前の夢のような光景が鮮やかに蘇る。
僧の父が不在で、神経がおかしくなるほどの蒸し暑い深夜だった。豊満な肉体を持つ繭子の寝乱れた姿態が浮かんで、思春期の最中の大和は悶々と眠れないのだった。
若者は遂に意を決した。居間に行って電灯もつけずに父親のウィスキーを飲んだ。身体を火柱が貫く。昼間に買っておいた煙草に火を点ける。ゆっくりと紫煙を吐き出して、気がつくと、皓皓とした月明かりなのだ。満月の深夜だ。
大和が女の寝所の襖を息を殺して引いた。狭い部屋だから、眼前に横たわっている女を月明かりが照らし出している。黄金の光の中で何も掛けていない。大輪の花花が咲き乱れる浴衣にだけくるまれた豊満な身体が静かに波打っている。寝息まで聞こえるようだ。
必ず眠っているのだろか。男の逡巡を打ち消すように、その時、低く呻きながら女がゆったりと寝返りを打った。生暖かい桃の香りが流れる。すると、浴衣が乱れて漆黒の陰毛が月明かりに曝されたのだ。
怪異に引きずり込まれるように男が四つ足で忍び入って、女の足元にうずくまって股間を見据えた。
桃色の裸だ。月の光を受けて、一刷けの油を引いた按配で輝いている。なだらかに膨れた腹に横に切れた臍。豊かな太股を僅かに開いて股間を晒している。豊かに厚く盛り上がって鬱勃と火照っている。
その時に、夢遊した女の指が股間に降りてきた。まるで、男の反応を確かめるように指が這って陰毛がざわめいた。猥褻な夢でも見ているのか、太股を痙攣させて女が呻いた。
囚われ人の風情で、ついに、息を殺した男が、おずおずと股間に指を落とした。女の寝息に耳を澄ます。変化はない。
指が大胆に冒険を始めた。
豊かな乳房を女が自分で揉んでいるのに男は気づかない。
-栗の花-
男の動揺が収まらない。「どうしたの?」「ウィスキーを飲みたいんだ」「まあ。お酒を飲んでるの?」「煙草も吸う」「そんな風には見えないけど。存外に不良なのね。野球部なのに大丈夫なのかしら?」「いつもじゃない」「こんな時だから?そうね。私も飲みたくなったわ。私も好きなのよ」「部屋においしいのがあるのよ」「だったら、先に上がって。私は汗を流してからいくわ」
繭子が風呂場を出て部屋で浴衣を着ようとしていると、大和が来た。女が、「怪我をしてるんだもの。疲れるといけないわ。横になったら」と、派手な布団を敷いた。
男がウィスキーを取り出したのを見て、「こっちを飲んでみなさいよ」と、棚から出してきたのは男が見たことのない、いかにも高級そうなボトルだ。「本場の逸品なのよ」と、繭子がグラスに注ぐ。 「どう?」「強いけど旨い。香りが全然違う」「わかる?そうでしょ?」と、自分も飲む。男が煙草を吸う。女も自分の煙草を取り出した。
「さっきの話、本当だったの?」「何だったかしら?」「あの夜。本当に目を覚ましてたの?」「そうよ」「いつから?」「私のにあなたが指を入れてからよ。当たり前でしょ?」「馬鹿ねえ。女のあそこなんて物凄く敏感なんだもの。覚めないわけがないのよ」「さっきはよっぽど驚いたのね。真っ赤になったわ。それに…」「あなたのが、縮んじゃうんだもの」と、女が笑った。
「あなたがやったああゆうのって夜這いって言うのよ」「一番多かったのが、若者が後家の床に忍び込むのよ。若者は盛りだし後家は飢えてるでしょ?きっと、大昔から都合のいい取り合わせだったんだわ。ただ二人が楽しむだけで誰にも迷惑などかからないんだもの」「今は、何もかにもが民主化だからかは知らないけど、戦争が終わるまでは夜這いなんてどこにでもあったのよ。特に夏なの。盆踊りの夜なんかは後家は大変だったらしいわよ」「私も後家なのよ」「そうなの?」「戦死したの。敗戦の一ヶ月前だったわ」「だから、あなたとは古典的な取り合わせなんだわ」「怒ってないの?」「怒ってなんかいないわ。…あの夜。あなたはどうしてここに来たのかしら?」「いつの間にか…」「私の裸を見たかったの?」「わからない。でも…」「浴衣が乱れて見えてしまったんでしょ?」「そう」「だって、浴衣は下着を着けないのよ。それに、寝乱れるのは私のせいじゃないわ」「そうだな」「私のを見たんでしょ?」「月明かりだったから。ぼんやりして…」「私の
を見ながら射精したんでしょ?」「わかるのよ」「どうして?」「精液って、特別な匂いがするのよ。知ってるでしょ?」「どんな?」「栗の花の匂いよ」「そうでしょ?」「あの時に栗の花が匂ったのよ」
「何にも恥ずかしいことじゃないわ。私だって指を入れてだでしょ?」「入れてた」「性欲なんて本能なんだもの。誰にでもあるし。若い人が盛んなのは当たり前だわ。ひとつも恥ずかしがることなんてないのよ」「風呂でも言ったでしょ。自慰して射精するのは当たり前なのよ。私だってするもの」「ほんと?」「本当よ」「どうしたの?信じられないの?あの夜だって、私。したでしょ?見たでしょ?」「見た」「あなたもしたでしょ?」「した」「射精したんでしょ?」「した」「ようやく噛み合ったわね。
「私の?ぼんやりとしかみえなかったの?」「そう」「どうだった」「別な生き物みたいで」「別な生き物?そうかもしれないわね。また見てみたい?」「見たい」「だったら、見せてあげようかしら?どう?」「見たい」「いいわ。その代わりにあなたのも見せなきゃ駄目よ」「だって。私一人じゃ恥ずかしいもの。わかるでしょ?いい?」「わかった」女が浴衣を脱ぎ払った。真裸だ。男は呆然としている。女が腕を引いて立ち上がらせる。「手が不自由なんだもの」と、シャツのボタンを外したかと思うと、瞬く間に下着まで下ろしてしまった。
-撲殺-
その日も、源倫は本山に一週間の出張で、その三日目の日曜だった。朝早くの出掛けに問う繭子に、大和は夕方遅くなると答えた。
しかし、対抗試合は突然のまれに見る雷雨で中止になり、以降の日程も全て取り止めになった。
昼下がりに大和は家に帰った。家の辺りは快晴だ。しかし、本堂の雨戸が閉まって静まり返っている。何となく雰囲気が違うと大和は怪訝に思った。
玄関の鍵を開けて家に入ると、上がり口に見知らぬ靴と鞄があるが静まり返っている。濡れた服を着替えた。
バットを持って忍び足で本堂に向かうと、廊下の境の板戸が閉まっている。そっと引くと、。嬌声が辺りをを切り裂いた。 「助けてぇ」「いやぁ」「死ぬぅ」女の声が本堂に渦巻いているのだ。目が慣れると、天窓からの薄明かりの中で、女の上に見た事のない男が股がっている。二人の下半身は剥き出しで両手を握りあっている。その時、「死んじゃう」「助けてぇ」女が絶叫した。
大和は一気に引き戸を開け、叫びながら駆け寄った。スローモーションフィルムのように、女の股間から隆起が抜けて男が立ち上がった。太股を広げた女の甲高い叫び声と勃起を揺らした男の顔が交錯した。その頭に、大和が思いきりバットを降り下ろした。男は、三メートルも飛んで転倒して動かない。一瞬の出来事だった。
やはり、下半身を曝していた繭子がワンピースを整えて髪を撫でながら、男の口に手をやって脈をとった。念入りに死を確かめてから、大和に抱きついた。「助けてくれてありがとう。あなたが悪いんじゃない。みんな私のせいなんだもの」「でも、正当防衛よ」「私を犯していたんだもの。こうなったのも報いなんだわ」と言った。
繭子は大和の手を引いて居間に行き、二人はウィスキーをあおった。押入れから布団袋を探し出した。
繭子が男とのいきさつを短く話す。見た事もない男で、道を聞かれ応対しているうちに本堂に引きずり込まれたと。「正当防衛なのよ」と、幾度も言う。
誰が雨戸や玄関の鍵を閉めたのか、大和は聞かない。女も黙ってウィスキーを飲み続ける。大和も飲んだ。体が熱くなる。女の煙草を大和も吸った。
突然、雷雨が来て一気に薄暗くなった。呆然と座る大和を残して女は寺中の雨戸を閉め玄関に鍵をかけた。 戻ってきて、女が泣きながら大和を抱き締めた。泣きじゃくりながら、「ご免なさい」「あなたは何も悪くないのよ」と、繰り返した。
薄いワンピースを透して豊かな乳房の激しい鼓動が伝わる。女の身体が熱い。
女が男にキスをした。誘われ男は横になった。「みんな秘密にしましょ?」被さった女が舌を吸った。股間の熱い盛り上がりを男に押し付けゆったりと揺らす。
「あいつともやったろ?」「あいつって、お父さんのことなの?」「してないわ。私はただの執政なのよ。そんなことをする訳がないでしょ?」「だから、嘘をつくなと言っただろ?」「嘘じゃないわ」「じゃあ、俺が見たのは何なんだ」「一体、何を見たというの?」「あんたと親父がしてるのをだよ」「いつ?」
残り物で腹ごしらえをした。
女と男は風呂に入り丹念に洗った。女は股を泡立てて擦った。何度も繰り返す。
大和は導かれるままに繭子と交合して眠った。起きると一一時だ。残り物を口に入れた。
暫くして、二人は本堂に行き、遺体を裸にして布団袋に入れ、豪雨にうたれて墓地に運んだ。古い小さな墓石の下を堀り返して布団袋を埋めた。
翌日、大和は野球部の監督に頼んだ。そして、友達の家に身を寄せた。繭子女の言う通り隠し通すしかないと男は思う。全てを忘れるしかないと思った。しかし、女と二人きりでいるのは耐えられなかった。
帰ってきた父に、ある宗派が運営する古都の野球の名高校に行きたい、監督推薦も取り付けた、もっと技量を高めるために通学時間も練習に当てたい、友人の家に下宿したいと、一気に言った。父は喜んで認めた。女との爛れた生活を二人きりで楽しみたかったのかどうかは解らない。女は僧に同意した。
(続く)
繭子8️⃣