繭子5️⃣

草也

繭子 5️⃣



-写真-

 草乎が話し終えた。自分の担任だった女教師の淫獣の話だから繭子は酷く侮蔑を覚えた。だが、義兄が話すのは紛れもない実話なのだ。繭子は信じた。それはいつも読んでいる性愛小説などよりは並外れて刺激が強いから、膣の深奥が痺れて息が乱れたのも真実だった。
 繭子は拒絶して押さえ込んでいた筈の義兄の隆起を、いつの間にか密やかに撫で回しているのである。

 ばら撒かれた写真から男が一枚を取りだして女に示した。「何が写ってる?」
 布団の上で三人が交接している。真裸だ。足を大開きにして股がった豊満な女に、義父が挿入して、母と口を吸いあって舌を絡めているのだ。
 繭子には何の事かわからない。「その女をよく見てみろ」
 股がった女は髪が乱れて顔は判然としない。豊かな乳房で二段腹だ。陰毛が極端に短い股間には、陰茎が半分だけ挿入して、女の指が根元を掴んでいる。
 「これが何なの?」と、女が鏡の中の男に顔を向ける。「その女の顔だ。見覚えはないか?」繭子がまじまじと見直した。
 撮影だからわざとそうしたのか、激しい戯れで乱れたのか、長い髪が邪魔をして女の顔は判然としない。しかし、よくよく見ると、髪の乱れから覗く特徴のある鼻に、繭子はようやくに思い至った。そうして改めて見ると、その淫乱な女は、確かに、今まで義兄が話していた中学の時に担任だった音楽教師なのだ。「そうなの?」


-月明かり-

 「四人で絡み合いながら写真を撮り合ってるんだ」「半島や大陸では若い兵士が戦っている。命を賭しているんだ。この戦争は容易くは終わらない。俺だって遅かれ早かれ召集されて。きっと死ぬに違いないんだ。一方で、淫らな性夢に耽溺している堕落したこいつらの現実。軍人や教師なんてこの程度のものだ」と、義兄が吐き捨てた。しかし、批判する男にも女には言えない秘密が山ほどあるのだった。

 この世の出来事などはすべて夢の様なものかもしれない、と繭子は改めて思う。そして、この義兄とした夢に似た戯れを思い出していた。
 繭子が中学三年の盛夏。ある蒸し暑い夜のことであった。一つしかない硝子窓を開け放した部屋。満月の黄金の月明かりに照らされた蚊帳の中で、女は性愛小説の赤裸裸な性交の描写を読み耽っている。やがて、うつ伏せの浴衣の股間に思わず手を入れてしまうのである。そんなことが女の習癖になってしまっていた。
 小説の中の女が愉楽を漂うのと同時に、繭子も法悦の只中に堕ちるのだ。そうした後に電気を落として瞼を閉じても、一旦火照ってしまった身体は、なかなか女を寝付かせない。満月の金色の光の中で、女は何かを待っている風情だ。
 どれ程の時間がたったのだろう。気付くと、女は夢を見ているのだった。
 いつの間にかに忍び込んできた性愛小説のあの男が、女の膣に陰茎を思う存分に挿入しているのである。
 「私を夜這いしてるの?」「そうだ」「どうして?」「お前の身体が引き寄せるんだ。それに…」「なに?」「こんな夜だもの。若い男は、お前のように生まれながらの淫乱な女の虜になって、獲物を求めて徘徊するんだ」「あなたはもう若くはないでしょ?義父と同じぐらいじゃないの?」「俺の絶倫は隅々まで読んでるじゃないか?若い女を獲物にする夜は、精神も身体もすっかり若返るんだ。この隆起だって。素敵だろ?」「そうには違いはないけど…」
 「歳のことなら、お前は義父ともしたんだろ?」「何をしたって言うの?」「もちろん、これに決まってる。性交だよ?」「仮にも親なのよ。そんな不条理なことはしてないわ」「夢の住民の俺に嘘を言っても始まらないものを。まあ。決して知られてはならない秘密と言うわけか」
 「しかし、幼い頃に実父が戦死してしまったお前は、男の包容に飢えているんだ。若い男にそんな余裕はある筈もない。あいつらは、ひたすらお前の豊満な肉を貪るだけなんだからな。だから、俺のような存在がお前には必要なんだ。お前が望むなら、お前の父親の霊魂だって顕すことも出来るんだぞ」「父と性交するの?」「義父とたいして変わりはあるまい」「知ったようなことばかりを言わないでちょうだい」「怒ったのか?まあ。今夜はこれでお役御免って訳だな」
 男が陰茎を引き抜くと、すぐさま新たな勃起が侵入してきた。その感覚は、夢の繭子には何故だか覚えがある。「あなたなの?」「当たり前だ。お前の男は俺だけだろ?」「そうなの?あなたは誰だったかしら?」「まさか、忘れたのか?」「俺の方が誰よりも先だというのに。全く不実な女だ」「だから、あなたは誰なの?」「あの間抜けな男の兄じゃないか?」「知らないわ」「こうして性交してるのに。余りに不実じゃないか?」「だって…」「これを忘れたとは言わせないぞ」「凄すぎるわ」「思い出したか?」「あの時みたいに熱いわ。射精するの?」「俺のは如意だ。お前の望み通りにしてやる」「だったら射精して欲しいわ」「いっぱいか?」「そうよ。私のことは、とっくに、わかってるでしょ?」
 女が奔放に亡我を漂っていると、乳房を生温かい刺激が這い回っているのに気づいた。「あなたなの?」「そうだ」「遅かったんだもの。もう来ないかと思ったのよ」「何を言ってるんだ。俺はずうっとここにいるんじゃないか」この三人目の男こそあの義兄なのだった。「そうなの?だったら、今まで私にどんなことをしたか、言ってみなさいよ?」男が頷く。「いったい、なぜこんなことをしてるの?」「暑くて眠れないんだ。外に出て煙草を吸ったら。満月が出ていた」「それで?」「その時にお前の部屋の電気が消えたんだ。しばらく待っていて。部屋の窓の傍に行ったら開いていたんだ」「当たり前だわ。この暑さだもの。閉めてたら、それこそ悪夢にうなされるわよ」「覗いたら蚊帳が吊ってある。月明かりに、浴衣の悩ましいお前の寝姿が浮かび上がっていたんだ」「だから?」「蚊帳をそっとまくって中に入ってしまった」「それで?」「お前の脇に座って」「浴衣から乳房が溢れているから、思わず手が延びてしまったんだ」「どんな風にしたの?」「触って…」「おっぱ
いをいっぱい撫でたでしょ?」「一〇分くらいかな」「私が眠ってるとでも思ってたの?」「最初から起きてたのか?」「二人目からよの時からよ」 

 「俺はみんな知っているんだ」と、義兄がいう。「お前にはもっと密かな楽しみがあるだろ?」「この小説を読むむんだ」開いた雑誌を女が見る。「好きなんだろ?」「読みながら自慰をしてるんだろ?」「声を出して読むんだ」
 「これは白昼夢なの?」と、沈黙を繭子が破る。「そうだ」「本当に夢?」「夢だ」「夢だから誰にも分からないの?」「そうだ」「二人だけの秘密なのね?」女は読み始めた。

 
 「私がこんなになったのは母の遺伝のせいじゃないわ。あなたがこんな風にしたのよ」「あの夜にあなたにすっかり教えられたてしまったんだわ」

 そもそも夢というものは、その只中にある時は、次々に現れる全ての事象が整合的で一貫した物語に思えてしまう。しかし、目覚めるとすぐに、たった今、脳裏を去来していた筈の幻は、何の根拠もない不可思議と不条理の断続だったことに、繭子は気づくのだ。時にはその落差に、女は身震いしたりもする。しかし、大半の夢は決して記憶に留まることなく、瞬時に消えてしまうのである。だから、人は悪夢の罪悪から解放されているのだが、繭子のこの夢のように記憶の深奥に沈殿して、夢そのものが物語を創ってしまうこともあるのだ。
 そして、この現実も、実は不整合の積み重ねなのではないかと、女は考えるに至ったのだ。

 父親が突然に死んだ。それは、父親には微塵の非もなく、殺した相手もいない戦死だった。遺骨すら届かない。
 兵士達は病死や餓死をしているらしい、親戚の大人達の噂話を盗み聞きながらも、幼い繭子が国家の容貌に思い至るわけもない。しかし、戦争というものが父親の死に直接に関わっていることは知っている。だから、戦果を礼賛する大人達を嫌悪した。
 そして、幼心の悲惨が癒える間もなく再婚した母親は、新しい男と交わっているではないか。繭子はその醜態を幾度か目撃していたのである。その母は、だから、最も身近な嫌悪の対象だった。しかし、その義父は繭子にとっても性を露にしていた。そして、突然に現れた新しい義兄姉達が、繭子を未知の世界に誘おうとするのである。この無秩序で不条理に変転する現実は、まるで夢の世界のものと変わることはないに違いない。そう、繭子は確信したのである。


-風呂-

 両親が再婚して間もない夜。義父と他の義兄姉はどこかに出掛けていた。母に、もう兄妹なんだからと言われて、無理矢理に義兄と二人きりで風呂に入れさせられた。「あの時に生まれて初めて男の性器を見たのよ」「父親のは?」「小さかったから覚えがないわ」
 一緒に浸かった浴槽の中で、繭子の尻に幼い陰茎が触ったのだ。女が、「これよ。覚えている?」男の記憶にも鮮明に刻印されている性の原初だ。しかし、男には、なぜ一緒に浴槽に浸かったのかは全く記憶がなかった。「でも、お前のを見たのははっきり覚えている」男が言うと、「こんなに大きくなって」「あの時は小さかった筈だけど、とってもおっきいと思ったわ」と女。「勃起していたんだ」と、男。女が見つめながら、「したかったの?」「わからない。本当は恥ずかしくて。悔しかくて仕方なかったのに」


(続く)

繭子5️⃣

繭子5️⃣

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更新日
登録日 2020-09-09

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