繭子4️⃣

繭子4️⃣


-滝-

 草乎の話が続いている。「義兄が放課後に一人で学校にいた義妹を捜しだして、言い寄るんだ。女は拒絶して、里山に逃げ込む。豊かな尻を揺らして走る女を追いかけ回しながら、男はますます欲情する。義妹も長らく鬱積していた気分が終戦の知らせで解放されていたし、小さい頃からこの義兄に抱かれかったから、誘うばかりにわざと森の深くに逃げて。二人は前戯の様に里山をさ迷うんだ。
 そして、『深淵の滝』の所で、とうとう捕まる様に仕向けるんだ」 「そして?」「わざと滝壺の中に入った義妹を男が押さえつけて。二人ともずぶ濡れになりながら」
 「それから?」「それから岸に上がって。男がもんぺを脱がせて」「それから?」「ふたりとも真裸になる」「それから?」

 この後、繭子の誘いを受けて、二人の欲情の詳細を草乎が描写したが、今、この時点で、それを書き起こすだけの熱情が、残念なのか幸運なのかは定かではないが、筆者にはないのである。

 「そんな事を書いて本にしていいの?」「だから、密かに好事家達に話題になってるんだ」

 「義母はその事を知ってるのかしら?」「未だ知らない」
 「それから?」「男が叫ぶ。その台詞が凄い。これが一番の騒ぎになったんだ。こんなことを書いた作家は未だかっていないし、これからも出ないに違いない」
 『御門も后妃も戦争などはさらさら他人事で、ぬくぬくとおまんこをしてるだろ?自分の足を潰した徴兵拒否の俺が好きな女を抱いて何が悪いんだ?御門よ。戦争は必ず敗けるんだ。ゆっくりと戯れ事をやっていればいい。戦争が終われば、お前などは人民裁判で斬首になるのが定めなんだ』
 「と、こうだ。これが最後の場面だ」

 「これを知った皇道右翼が御門侮告だと大騒ぎとなった。躍起に著者探しをして、半島出身のある大学教授に違いないと決めつけて襲撃したんだ。その教授は戦争や御門制に異を唱えて論陣を張っていたからだ。事実は小説とは全く無関係だった。教授は不在で、応対したやはり半島出身の若い女中が灯油を浴びせられて焼き殺されたんだ」「その事件は知ってるわ。余りに凄惨だったもの。でも、その小説の通りに御門も后妃も本当に交接をしてるんでしょ?」「当たり前だ。むしろ、人の何倍もするだろう。子孫が絶えたら、万世一系の御門制はお仕舞いだろ?」「そうだわね」「あいつらは交接するのが仕事のようなもんなんだ」

 「支配者は世継ぎが最も大事なんだ。この本にも書いてある。ノブナガには二〇人以上も子供がいた。ヒデヨシだってどれ程、世継ぎが欲しかったか。トクガワの大奥は世継ぎを得るシステムだ」「御門は神だと教えられたわ」「出鱈目だ。交接しなくては子供は絶対に生まれない。そうだろ?」


-夢-

 「この本を読みたいんだろ?」繭子の表情が猥雑に揺れた。大半を読んでいる女だが今は認めるわけにはいかない。自分から秘密の戸を開けてはならないのだ。
 「白昼夢をやりたいんだろ?」女は答えない。淫靡な隠し事の深奥を覗かせるわけにはいかないのだ。
 「本物を見たくないか?」息を殺した女の、計算高い沈黙が続く。女にとっても、これは甘美だが危険なゲームだ。男への情愛などでは全くないのだ。青い性欲だけが暴走している真夏の昼下がりの、危険も孕んだ戯れに過ぎないのだ。

 「俺達も白昼夢なんだ」「白昼夢?」女が反復して問い返す。「去年の夏?覚えてるだろ?」女は答えない。「あの時のことも夢だったんだ。だから、これも夢だ」「夢?」「そうだ」。
 「やっぱり夢だったの?」繭子が緩んだ。「これも白昼夢なの?」と、沈黙を女が破る。「そうだ」「本当に夢なのかしら?」「夢だ」「夢だから誰にも分からないの?」「そうだ」「二人きりの秘密なのね?」

 男は女の薄い半袖シャツの上から乳房を弄る。ブラジャーをつけていない。突起した乳首を静かに揉み続ける。女が呻きを圧し殺す。
 腕を上げさせると繭子は逆らわない。腋毛が生えて濡れている。ゆっくりと唇を這わすと女の息がいっそう乱れた。
 長い愛撫の果てにシャツも剥がされて繭子は真裸だ。濃い桃色の豊潤な肉の塊である。

 どれくらい弄ばれただろう、女は本当の陰茎の挿入そのものが怖いのか、この様な場面で処女膜を放棄するのが疎ましいのかさえ、今となっては判然としないのである。女の感覚の全てが、茫茫と初めて味わう快楽を漂っていた。

 何しろ、繭子は義兄が言う戯れ言と全く同じ事を考え、男の挿入の場面を妄想して自慰に耽っていたのだ。度々、そうして女は白昼夢を迷うのだ。
 真夜中の性夢の中でも繭子は義兄とさんざん交わっていた。 そうした性癖が身についたのは、やはりこの部屋で自慰をする義兄を盗み見たのが契機だった。

 去年の夏休みだ。やはりこの部屋で、同じ写真を見て射精しながら、男が女の名を呼ぶのを確かに聞いたのだった。そして、男の隆起が脳裡に張り付いてしまった。その侵入を妄想して自慰をして佳境を漂泊するまにまに、女も男の名を呼んだのだった。今のこの出来事はあの夢の続きに違いないと、女は朦朧と思った。


-女教師-

 草乎が、「本物の性交を見たことがあるか?」繭子が目を伏せると義兄が話し始めた。

 盛夏の夕まぐれ、草乎は煙草を吸うためにいつもの辺りを徘徊していた。すると、奇妙な声を聞き付けて、無人化で廃屋になった駅の石炭小屋の隙間を覗いた。
 腰を折ると、隆起をしゃぶっている女の舌が目の前にあった。晩夏の白墨に紛れて、紅い舌が亀頭を這い回っているのであった。「慌ただしく抱かれるなんて嫌なの。電車を一本遅らせれば済むことよ。二時間もやれるわ。暑いくらいだし、ここには絶対に誰も来ないんだもの。真裸でもいいわ。
 不能な夫は何も言わないし。この前、あなたが剃ったでしょ?だから、夫とは何もないのよ。ようやく戦争が終わったんだもの。堪能しなきゃ。すっかり自由なんだもの」
 「今日はちょこちょこといっぱいしたわね。校長も教頭もいなくて良かった。朝は早く来てここで。一晩たまってたから濃かったわ。一時間目が終わるまで、あなたの精液が入った避妊具をそのままにしてたのよ。三時間目は二人とも授業がなかったから、空いてる理科室でしたのね。一〇分ばかりだったから、あれからトイレに行って自慰をしたんだわ。昼休みには裏山の神社で。そして、さっきは音楽室で。見つかりそうになって止めたけど」
 立ち上がった女が紫のパンティを脱ぎ落とすと足元によじれた。スカートをたくしあげると下半身が剥き出しになる。陰毛が短く生えでた股間と大きな尻だ。男がしゃがみこんで舐め始めた。女が甲を噛んで声を堪えている。

 「いいことを思い付いたわ。明日は由子を呼ぶのよ。大好きだもの、喜んでくるわ。うるさい教頭は出張だし。あなた、昼前には授業がないでしょ?父兄だもの生活相談の名目で。懇話室であなたが由子として。昼になったら三人で体育館の床下で。どう?興奮しない?」

 やがて、石炭小屋から出てきたのは四〇位の男と女である。草乎が卒業した中学の教師同士だ。繭子も教え子だ。


(続く)

繭子4️⃣

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更新日
登録日
2020-09-08

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