繭子2️⃣

繭子2️⃣


-源爺-

 「物語の始まりは異様な程に蒸し暑い日なんだ。まるで今日みたいな」「狂ったみたいな陽気なんだもの」
 繭子が指摘した通り、その陽気に触発された如くに、義兄がある老人を殺してしまうのである。男は自分の足を傷めてまで戦争を拒否してきた。その男を、村人ばかりではない、実の父親ですら非国民だと蔑んでいたから、愚劣な戦争が一刻も早く敗けるのを願いながら、ひたすらに身をすくめて生き延びてきたのであった。庇ってくれたのは義母と義妹ばかりで、それのみが生きる支えだった。しかし、その日に、ある疎ましい老人に出会ってしまう。その老人は普段から、とりわけて陰湿な言葉を投げつけていたが若者は忍従していた。源爺という。この時も酷く侮蔑されて、その瞬間に限って怒りを暴発させてしまった。源爺の不吉を振り払うように思わず突き飛ばすと、転倒した老人は道端の岩に頭を打って、呆気なく死んでしまった。
「その老人は何て言ったの?」 繭子の義兄が話を続ける。
 『人一倍の体躯の若者が戦争が怖くて足を叩き潰すとはな。この村にもとんだ卑怯者がいたもんだ。ところが、意気地無しにしては持ち物が自慢で、継母や義妹を泣かせているそうじゃないか。お前の親父もとんだ間抜けな役回りだ。大体があいつは昔からとんまな奴なんだ。逃げた先妻も今の女房も俺が身体の喜びというやつを教えてやったんだからな。その内にお前の妹の女先生も可愛がってやろうじゃないか』と、こう言ったんだ」


-実父

 男は義母に源爺の殺害を打ち明けた。二人は相談して、現場の草むらに隠しておいた遺体を男の炭焼き小屋に運んで焼いてしまった。全ては義母の入れ知恵である。焼きながら交わって、「こうなったらあの男も邪魔だ」と、義母が言う。夫のことだ。義母は若い義理の息子の身体にすっかり溺れてしまっている。
 男に異存のある筈がない。実父とはいえ戦争を礼賛して、徴兵を忌避した息子を忌み嫌ってきた人間だ。以前から憎悪を抱いていた。それに、最近では自分と義母との関係も察知した節がある。男に殺意が沸々と沸き上がってきた。

 「それで?」「その日の夜に母が父を誘って、いつものように交わってると…」「父は少し前から妻と息子の間柄に疑問を持っていたが、妻の身体に執着していて諦めきれない。だから、逆に交接で妻を籠絡した挙げ句に息子を殺してしまおうと企むんだ。でも、その妻はとうに若い義理の息子に執着していて、今この時にも自分の殺害を企てているなどとは知る由もない」「そして、妻がかってないほどに淫らに喘ぐんだ。男も我を忘れて…」「その時、母の手引きで忍んで来た男が、母に挿入している実の父親を背後から殴り殺してしまう」繭子は微動だにしない。「二人は死体をそのままにして抱き合うんだ」「それから?」「やっぱり、あの炭焼き小屋で焼いてしまったんだ」

 夫の失踪を駐在に申告した義母は、涙ながらに駐在にしなだれかかって夫の不用意をなじった。夕暮れから雨が激しく降り続いていたが、夜半に増水した大川の様子を見に行ったきり、夫が戻らないと言うのだ。殆んどが徴兵されて男手がない小さな村では増水した川の捜索など儘ならない。それに、義母は駐在を意のままに繰るためなら、その欄熟した身体を与えることすら厭わない覚悟なのである。 一方、源爺に身寄りの者はいなかったから、暫くは騒ぎにはならなかった。数日してある村人から通報を受けた定年間際の駐在も手の打ちようがないのだった。
 この二つの殺人は、戦争のどさくさと無能で好色な駐在のお陰もあって、結局は完全犯罪で終わる気配だ。 もう邪魔者がいなくなった二人は貪欲に互いを堪能し続けたのである。


-強姦-

 「母親は幾つなの?」「四〇位かな」「やっぱりグラマーなの?」「そうだ。お前の母親にそっくりなんだ」
 「一寸待って?義母と義兄が最初にしたのはいつなの?」「男が一八の時だ」

 盛夏の酷く蒸し暑い日に二人は畑にいた。父親は食あたりで寝こんでいる。昼になって、畑の近くの小さな祠が祀られている鎮守の森で、握り飯と漬物だけの貧しい昼食を摂ることにした。二人とも汗まみれだ。祠の脇に清水が湧いている。義母が手拭いで汗を拭いていると、白と青の二匹の大蛇が現れて。清水の小さな溜まりに入ったかと思うと絡まり始めた。義母は暫く眺めていたが男を呼んだ。
 二人は真昼の蛇の交尾を目撃している内に、怪しい手妻の虜になってしまう。
 「この蛇は何をしてるんだ?」「交尾よ」「交尾?」「知らないの?」「知らない筈があるもんか。さんざん見せつけられたからな」「何を?」「あんたと親父の交合だよ」「そんなのを覗き見してたの?」「人聞きが悪いな。見せていたのはあんたじゃないか?」「一昨日だってそうだろ?」「何のこと?」「ここでしてたろ?」
 「俺は早くから山に入ってキタノヤマイグサを採っていたんだ。あれは俺の慢性の頭痛の妙薬なんだ」「喉が乾いてこの清水に寄ったら、あんたたちが交わっていた」「見たの?」「随分と白々しいんだな。見られていたのに気付いていたんじゃないのか?」「俺はみんな聞いていたんだ」

 「あの子とのことを疑っているの?私はともかく実の息子も信じられないのかしら。あなたの猜疑心は度を越しているんだわ。義理とはいえ、私はあの子が一〇の時から育ててきたのよ。我が子と変わりないもの。それの不義を疑うなんて。つくづく情けないわ」と、女が辺りも憚らずにわめき続ける。「それよりも、あなたにそんなことを口にする資格があるの?この前だって、帰省してた娘を見る目が尋常じゃなかったわ。いくら私の連れ子で血の繋がりはなくても、戸籍上は立派なあなたの子供なのよ。あなたって人は、何につけても不埒なんだもの。やっぱり生来が不道徳なのよ」
 「この事は胸に秘めて決して話しはしないと思っていたんだけど。もう許せないもの」「俺がどうかしたのか?」「居直るのね?」
 「そもそも、私とのことだって。まるであなたの強姦から始まったんでしょ?こんなことを言い出したから驚いたの?出来たら言わないで置きたかったわ。でも、あなたの物言いがあまりに理不尽なんだもの。堪忍袋だって破れるわよ」「何の話なんだ?」「やっぱりぬけぬけとしらを切るのね?」「あの時に。あなたに小水してるのを見られて。私はあなたに犯されたのよ」「そうよ。あなたにだわ。あなた?私の歳を聞いて言ったわね?いい具合な年増なんだから、一発ぐらいやらせたって減るもんじゃないだろうって。忘れたなんて言わせないわよ」「いくら子持で年増の戦争後家でも矜持はあるのよ。無理矢理に犯されて喜ぶ筈がないじゃないの?」「そうよ。あれは犯罪だわ。あなたは犯罪者なのよ」「そんな話を誰かにしたのか?」「?言ってないわよ。当たり前でしょ?あんなことを誰にも言えるわけがないでしょ?」
 「あの夜から半年後に、あなたは人を立てて結婚を申し込んできたんだわ。その時は、あの時の男だとは露ほども疑わなかった。あの事そのものを忘れたかったし。あの時は、背後から襲われてすぐに目隠しをされたんだもの。訳は知らないけど声にも覚えはなかったんだわ。仲人が縁の深い人だったから、あなたとの婚姻を受け入れたんだわ」
 「それなのに。一月前に、源爺があなたと火乃屋の後家が逢い引きしているのを見たって言うんだもの。あの滝壺で…」「」「そうよ。源爺が教えてくれたのよ。そしたら、あなたの全てに疑念が湧いてしまって。押し入れを調べたら。奥の箱に色んな物が入っていたわ。卑猥な雑誌や写真、性具はいつも見てたけど。その一番底に私の下穿きが隠してあったんだわ。そうよ。あの時に私が穿いていたものよ」「驚いた?黙っていないで何か言いなさいよ?」「あの女と滝なんかには行ってない」「火乃屋の後家とはやってないって?一度も?」「小さい頃には悪戯で嵌めたことがある。お前だって…」「私が?小さい時に?近所の誰かと?そんなことをするわけがないでしょ?」

 「あの夜も、あなたは目撃者だったって言うの?あの下穿きはそこで拾ったものだって?私の後をつけて身元を調べて結婚を申し込んだって言うの?まあ?驚いたわ。苦し紛れに随分と突飛な言い逃れを考え付いたものね?でも、あなたらしいわ」
 「私?もちろん。みんな覚えているわよ。あなたがそんなことを言うなら、私だって詳しく言うわよ」「六年前のあの日よ。今みたいに酷く蒸し暑かったわ。選挙の手伝いで遅くなったあの夜。帰り道の公園の大木の影で。私が小水を終えて下穿きを上げようとしたら。いきなり後ろから羽交い締めにされて。口を押さえて。みんな見てたぞって。どうしてもやりたくなったって。声を出すな。拳銃を持ってる。騒いだら殺すって。俺は大陸のあの突撃作戦の生き残りだ。国の英雄だ。一発やらせろって。一回だけでいいって。わかったら頷けって。そうよ。私。怖くて。身体が凍りついてしまって。頷いたわ。私に抵抗の術なんてなかったんだわ。そしたら、あなたが、余計なことは知らないのが身のためだと言いながら、手拭いで目隠しをしたんでしょ?」

 男が小水をしている間に義母の声は止んで、父と義母が交接しているのであった。
 「あの男はほんとにあなたじゃなかったって言うのね?あなたの言うのは出鱈目ばっかりなんだもの。信じていいのね?」「所詮は、私達は色好みなんだもの。秘密を見咎められてしまった不甲斐なさを詫びて貰えば済む話なんだわ」「やっぱり、火乃屋とはやってないのね?本当なのね?安堵したわ。源爺に言い寄られなかったかって?そうよね。あの人の逸物は有名だものね。でも、例え誘いがあったとしても操は守るわよ。そう。これはあなただけのものなんだもの。誰にもやらせたことはないのよ」

 「あれを、みんな聞いてたの?」「俺が祠の裏にいるのを知ってて、わざと聞かせたんだろ?」「嘘よ」「嘘はお前だ。身体に聞いてやろうか?」と、男が後ろから義母を抱き締めて乳房を鷲掴みにした。義母は逆らわないどころか、作業着の襟を緩めて乳房を男に委ねるのである。後ろに手を回して陰茎を握ると忽ちに挿入してしまった。 「俺がいたのを知ってたろ?」「当たり前でしょ?」「俺が自慰するのを見ていたろ?」


(続く)

繭子2️⃣

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更新日
登録日
2020-09-07

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