冷たい足

凛悦

その先のこと

彼と食事をするのはこれで三回目だった。

今夜はちょっと贅沢をしようよと夜景の綺麗な高級ホテルのレストランを予約してくれていた。
黒いジャケットに細いネクタイが余計に細く見せていたが、それが彼らしいなと思えた。
わたしもそれなりの格好で待ち合わせた。
薄いベージュのワンピース。腰に小さな黒いリボンが付いている。
いろいろデータエンジンを照合するとこれがいちばん無難なスタイルだとわかった。
そして少し申し訳なく思う。
いくら美味しい食事をご馳走してもらっても消化ボックスで分解、液化して排出してしまうだけなのだから。

味覚機能は付いているがメンテナンスが一人では難しく、ここ数万時間やっていない。
なので今では酸性かアルカリ性かくらいしか分からなくなってきている。
救いなのは感情プログラムがいくらか正常に動いていること。
しかしそれも<悲しい>というプログラムが少し劣化していることは否めなかった。
これを解消するにはマスタープログラムが必要で、そのアルゴリズムを修正出来るのはわたしを作ってくれた「父」だけだった。
その「父」も 1,096,052時間前にこの世を去った。

今のところ<悲しい>意外は普通の人間と同じ感情が使える。
嬉しいことがあれば嬉しいし、楽しいことがあれば楽しい。
勿論、<好き>とか<愛してる>という感情も人間と変わらない。
だからわたしは彼が好きだし、守りたいとも思う。
しかし彼がわたしのもとから離れていったり、危機から守れなかった場合<悲しい>というプログラムが発動しなければ、代行プログラムとして<不安>が動き出す。
その代行プログラムによってPP4K-909という循環系の薬品に制限が掛かるため、数時間から数十時間動きが悪くなるのが難点だった。


レストランで食事をした後、少しアルコールを飲んでホテルで抱き合った。
彼に触られると体温センサーが上昇した。
<好き>と連動しているのだろう。抱かれると温度が高めになる。
そしてあらゆるセンサーが過敏に反応しだし、すべてが設定上限を越えると冷却モードに切り替わる。
その瞬間がいちばん心地よかった。

「ずっと一緒にいよう」

彼はわたしを抱きながらそう言った。
とても幸せそうに。

「大丈夫。わたしは何処にも行かないわ」

わたしは何処にも行かない。
でもあなたはわたしより先に活動の限界を迎えるの。
骨になり灰になる。

そしてそれから、ゆっくりと時間をかけて少しずつわたしは劣化し破損していく。
その頃にはもう生命は存在していないかもしれない。
今いるこのホテルの上層階も海の底かもしれないし、広大な砂漠になっているかもしれない。
わたしが活動の限界を迎えた時、できればその瞬間は小さな昆虫でもいいからわたしの傍に居て欲しいと思う。
そして静かにわたしの中で<不安>プログラムが動き出した。

「どうしたの?」

彼がわたしを覗き込む。

「ううん。なんでもない」

機能は低下していた。

わたしの足は冷たかった。

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