800ss day5
先生は寄生される。サナダムシなんかの奇怪で地味な寄生虫にではなく、街で見掛ける花や見目好い昆虫、時に鉱物が先生の体に取り付く。
自分のようないたいけな男子学生が変な趣味に走ってしまったのは入学して間もない頃で、神の御子のオマージュを見つけたのが発端だった。
彼が傷つこうが血を流そうが何も感じなくなってしまった。でも時々、何の意味があるのか分からなくなる。
彼を救った気でいるのか、それとも自分に秘めたる加虐性が芽生えたのか、彼の一部を収集したいという変態的な嗜好に目覚めてしまったのか。
気づけるだけマシだけれど、何のメリットがあるのだろう。赤く剥けた皮膚に軟膏を塗りながらそんなことを考えていた。
「痛くないの」
「痛い」
「でも止めないよね」
「それはお前が無理やり」
「人聞きの悪いことを」
寄生を剥がされた先生は喪失による虚脱感か、違和感からの解放からか、いつもよりぼんやりすることが多い。自分を視界に収めたくないのは前提としても、心がそこにいない。
ここで自分と話しているのは誰なのだろう、という気持ちに駆られる。別の次元から来た人みたいだ。
「例えば、さ」
先生は長い髪を耳に掛け直す。目の下の皮膚は薄い褐色になって傷は言えつつあるが、片目は鉱物の名残があるせいで光を乱反射する。
ギラギラとした光は窓へと跳ね返る。窓を抜けて、外へ。飛び出したきらめきは帰って来ない。
「人が寄生したり、するのかな」
人以前に問うものがあるはずだ。鳥の羽根や魚の鱗は見たことがあっても、それ以上大きな動物が取り付いたことはない。
そうなってしまえば人ではなく別な生き物だ。名前はなんと言っただろう。ソーシャルゲームに複合された生命の名前を見掛けた気がする。
「それを聞いてどうする」
「どうもしないけど」
「興味か」
「うん」
先生は包帯を巻かれながら取り憑かれたように窓を眺める。遠い星に思いを馳せるような曖昧さで、視線を固定したまま動かなかった。
「人、か」
先生はそればかりを口にした。最後はどうだろうな、と言い放ったきり、美術室からふらりと出ていってしまった。
その日は部室に帰って来ることはなかった。
800ss day5