紅茸
茸の小咄です。縦書きでお読みください。
一月ほど前より、茸取長屋に不思議な女人(にょにん)が一人住まいをしております。背が高く、卵のような白い顔に切れ長の目、束ねた長い黒髪が背中に揺れ、小袖を粋に着こなし、家から出てくると、子ども達が振り向くほど、茸取長屋には似つかわしくないのでございます。簪(かんざし)のようなものは頭につけない。紫色の紐一本で髪を束ねているのみで、それがまた、あまりにもすっきりいたしております。
その女、年のころ十九、二十、名前をお雪と申しました。三日に一度ほど、暮れ六つの少し前、長屋を出まして、丑三つ時に戻ってまいります。時として、朝早く茸採りに出かけます。
八茸爺さんはもうそろそろ伊勢参りから戻るころ、伊勢参りに行く直前に空いている家に人が入るからよろしくと、長屋のみなに言って出かけております。その後、越してきたのがお雪さん。八茸爺さんはお雪の素性を知っているのでしょう。
このお雪さん、住まいの片付けはよくしておるようですが、全く食事の支度をしない。朝忙しくしているのを見たことがない。ただ、かならず、朝、湯浴みに行く、その帰りにどこぞで食事をしているようで、朝早くから開いている飯屋にいるのを見たとか、寺の近くの茶屋で甘味で茶を飲んでいるのを見たとかいう話は聞こえてまいります。
お雪さん、普段は長屋の部屋で静かにしております。噂では、書物が台の上に積んであるということで、なにやら読んでいるようです。夕飯も飯屋でございます。一方で、立派なお仏壇があり、その前で一心に拝み、呟いているということを言う者もおります。いずれにせよ、何をやっている女性なのかわからない。
「いやあ、あの女はよく飲むね、一人で、入ってくるてえと、酒と言って、俺の作った鯉の洗いで、三合飲んで、出ていったぜ、え、三日か四日に一度くらいくるね」
居酒屋瓢箪で、板前をしている平助の話です。
「きっぷもいいね、釣りなどいらないと、ぽんと、大きなおあしを皿の脇において、すーっと出て行きやがる、男でもあんなに男っぽいやつあいねえね」
とは主人の茂蔵の言でございます。茂蔵の連れ合いのまつなどは、「ふん、なにやってるのかね」と嫉妬のかたまりになります。
逢魔時あたりからの営みといやあ、ちょっといかがわしいものでございます。それにしては身なりが良過ぎる。それは皆の思いが一致するところでございます。
もう一つおかしなことがありました。お雪という女、茸採りに行きましても、自分のためには赤い茸しか採ってこないのでございます。しかも、子どもの赤い茸です。
「何であの女は赤い茸だけを採ってくるのだろうね、気味悪いじゃないか」
「茸の毒をつかって、なにかしているのじゃないかい」
赤い色の茸は毒だと、食べる人などおりません。
雪さんは、明け六つごろになりますと、山(やま)袴(ばかま)をはいて、すなわち、もんぺでございますが、籠を背負って、茸地蔵に手を合わせ、頭を垂れ、出て行きます。時として、茸取長屋の茸採りの人と顔をあわせると、「たくさんお採りくださいまし」と微笑む。すると、微笑まれたほうは、もう、ただ、「へえ」としか答えられません。
お雪のいくところは、他の人とはちょっと違いました。長屋を出て、天神山とは反対方向の道を四半時ほどいくと、小高い丘の上に登る道があります。丘の上は金色ヶ原と呼ばれる草地です。薄が繁り、秋も遅くなりますと一面に薄の白金色の穂がたれ、満月の時には、月の光に照らされた薄が黄金色に変わるというところでございます。
今はまだまだ、薄は穂の先が少しばかり伸びている程度、青々としております。そこには大きな池があります。池の名前は月見池、満月が池の面に映るさまは、それはきれいなものです。月見池の反対側は広い雑木林に続きます。その林がお雪の茸採りの場です。
お雪さんが長屋に戻ってまいります。籠の中には林で採った茸が葉っぱに挟まって一杯詰まっております。
「何採れたかね」
井戸端で洗い物をしていたおかみさん連中が声をかけますと、「占地がたくさんとれました、ここに置いておきます、皆さんでどうぞ」と、籠の中から羊歯の葉をとりだし、占地を井戸の脇の縁台に積み上げます。このようにいつも、籠の上のほうに載せてある食べられる茸を、長屋の人たちに分けてしまいます。そんなこともあってか、気味悪がっている一方、誰もがお雪さんには親しみをもっております。
「こりゃ、たいしたもんだ、立派なのがたんと採れたな、もらってええのかね」
「どうぞ、どうぞ」
おかみさんの一人が背負っている赤ん坊を見ると、うりざね顔のお雪さんの白い顔に、少しばかり赤みがさし、嬉しそうに小さく微笑みます。
長屋のおかみさんが籠をのぞいて、残っている茸を見ます。やはり真っ赤な茸でございます。それも、白い壷からちょっとばかり赤い頭が飛び出している若い紅茸です。
茸取長屋の連中は茸には詳しい。お雪が採ってくる赤い茸が、よく知られた毒茸、紅色をした蝿捕り茸、すなわち紅天狗茸とは違う茸であることを知っています。根元に白い壷があり、大きくなると、茎は斑の朱色、傘は見事な朱に線が入っている、奇麗な茸に育ちます。墓場などでも見かける茸で、みなは墓紅茸といって食べる者などおりません。ただ、見る分にはとても奇麗な茸、絵師などはよく描くようでございます。この茸、今ではあまりにも有名な卵茸でございます。本当は美味しい茸で、泰西では、あのシーザーさんが好んだ茸といわれております。
お雪さんは、紅茸の入った籠を背負って、自分の家に戻っていきます。
「あの茸どうするのかね」
「聞いてみたらよかったに」
「聞きづらいやね」
おかみさんたちは、占地をとると、「今日は炒めよう」「うちは汁にする」「和え物にするさ」とそれぞれの家に戻っていきます。食べ方もそれぞれ、占地はなかなか食べがいのある茸です。
さて、お雪さん、家に戻りますと、紅茸の子どもを紙に包み、土間に置きます。
その夕刻、竹籠にヒバを敷きまして、その上に紅茸の子どもをならべます。その上にまたヒバの葉を載せ、紅茸をのせます。ヒバをかぶせ竹籠の蓋をすると風呂敷にくるみます。
自分はいつもの小袖に着かえ、風呂敷をもち、長屋から出て行きます。
それを見ていた、松五郎と竹五郎が顔を見合わせます。
「どうでえ、どこにいくか、ついていってみようぜ」
「ああ、そうしよう」
お雪さんに興味津々の二人は、こっそりと後をつけ、長屋を出ます。このあたりは、江戸と違って、長屋に木戸番などはおりません、ここから長屋だよと、ちょっとした棒っ切れが二本立っているだけでございます。ただ、最近は松五郎と竹五郎がつくった茸地蔵があることで、ここからは茸取長屋だということがよくわかります。
ともかく、ふたりは、誰に見咎められることもなく、お雪さんの後をついていくことができました。
いくつかの長屋の脇を通り、大通りに出ます。その道を熊井川のほうに行きますと、茸橋があり、反対側の田んぼになりますが、お雪さんは橋を渡らず、途中から曲がって、お城のほうに向かいます。
日が沈みあたりが暗くなってきます、逢魔(おうまが)時(どき)でございます。蝙蝠が飛び交い始めました。
「おい、松、灯りを持ってこなかったな」
「うん、忘れたな、だがよ、昨日は名月、今日も月明かりはあるにちげえねえ」
「そうだな」
そういいながら、後をついていきます。飯屋や遅くまでやっている酒屋や油屋の提灯に火がはいります。
二人の前を黒いものが横切りました。
「お、あぶねえ、なんだ」
「狢じゃねえか」
前を行くお雪さんの足が速まります。
「おい、ずい分早く歩くじゃねえか、女の足じゃないね」
「うん」
二人はあわてて、早足になります。
お雪さんの背中を見て、松五郎が竹五郎の袖を引っ張ります。
「おい、お雪さん、歩いていねえ、すべってる」
「そう見えるんじゃねえのか」
竹五郎も目を凝らします。薄暗い中を確かに宙を滑るようにして、お雪さんが進んでいきます。
「お城に行くのかね」
「さあなあ」
もう、半時も後をついています。あたりは暗くなり、まだ大きな月の輝きが目立つようになりました。
「おかしいね、城までは四半刻ぐれえで着いちまうはずだぞ、まだ城も見えねえ」
「おい、さっきの狢に化かされていねえか」
「そんなことはねえよ、だいじょうぶだ」
と言っていると、お雪さんの後姿が急に消えました。
「あ、いなくなっちまった」
「あそこの家に入っていったんだ」
二人は、お雪さんの姿が見えなくなったところまで急ぎます。二人の眼に入ったのは立派なお屋敷の門です。
「こんな屋敷あったけかな」
「うーん、おぼえがねえな、お城に勤めているえれえ人の家みてえだ」
「門が開いてるが、どうだ、入ってみるか」
「だがよ、見つかったら、打ち首かもしれんぞ」
「お雪さんが入っていたのだから、大丈夫じゃねえか、門も開いているし」
二人は門の中に入ります。屋敷の戸が開いております。中は真っ暗。月明かりが周りに反射をしてかろうじて中が見えます。土間にはお雪さんの履いていたぞうりがきちんとならべられています。
「お雪さん、家に上がったようだぜ」
「ああ、だが、誰もいねえのかね」
松五郎が、首をのばして廊下を覗きます。長い廊下の端の部屋にほんのりと明かりがついております。
「黙って入っちゃいけねえよな」
「そりゃそうだ」
さて、戻ろうか、と二人が入り口から出ようとした時、
「お入いんなさいな」
と声がした。
「お、あれは確かにお雪さんの声じゃねえか」
「そうだ、入れといったよな」
「ああ、聞こえたよ」
「上がってみるか」
二人はぞうりを脱ぐと、廊下伝いに明かりのついている部屋の前まで行きました。
「お入りなさいましな」
またお雪さんの声です。障子にお雪さんらしき人影が映っております。
「どうしよう」小声で松五郎が竹五郎に耳打ちします。竹五郎もなかなか障子に手を伸ばすことができません。
すると、するすると音もなく障子が開き、部屋の中では、真っ白な着物を着たお雪さんが、畳の上で中腰になっています。はて、と二人が廊下から見ますと、部屋一面に紅茸の子どもがならんで立っています。白い壷から赤い頭を出した紅茸がゆらゆらと揺れている。その中で白装束のお雪さんが長い黒髪を後ろにたらして、丸っこい可愛らしい赤い顔を出したばかりの紅茸を、大事そうに竹籠から取り出し、並べていきます。お雪さんは紅茸の子どもに囲まれています。
お雪さんが、二人のほうに顔を向けました。赤い目をして微笑んでいます。
「見ていてくださいな、これが、八百八十八番目の子ども」
そう言うと、竹籠から最後の紅茸の子どもを取り出して、畳の上に置いたのです。紅茸の子どもはゆらゆらと揺れます。
お雪さんが立ち上がって微笑んだ。
そのとたん、お雪さんが置いた、最後の紅茸の子どもがふわりと宙に浮くと、ゆるりゆるりと天井に上っていきます。その後を追うように、畳の上から、八百八十七の紅茸の子どもが同じように宙に浮き、ゆらりゆらりと、上がって行きます。
松五郎と竹五郎が天井を見ますと、そこには漆黒の夜がありました。闇の中で紅茸の子どもがゆらゆらと揺れて上っていきます。
部屋が冷たくなってまいります。と見る間に紅茸が雪に変わり、降り始めました。闇を見上げ、立ったままのお雪さんの長い黒髪に雪が積もっていきます。
見ていた松五郎と竹五郎は金縛りにあっています。動くことができない。震えることも出来ない、氷ついています。真冬の冷たい空気が二人を包み込みます。
お雪さんの目が真っ赤になりました。白い布に包まれた赤子を抱いています。すーっとからだが宙に浮きあがると、二人に話しかけました。
「松五郎さん、竹五郎さん、ありがとう、確かに見てくださいましたわね、ありがとう、ありがとう」
そう言いながらお雪さんは、赤子を抱いたまま宙に浮いて、廊下から、外に出ていきます。
松五郎と竹五郎は金縛りから解放され、お雪さんの後を追いました。
屋敷の外に出ると、夜の空から雪がおちてきます。
見上げると、白衣装のお雪さんが、赤子を抱いて、微笑みながら雪の中を空にのぼっていく。
「雪女だ」
松五郎と竹五郎は、お雪さんが雪のつぶと同じ大きさになるまで見上げておりました。どのくらいの時が経ったのでしょう。
雪が目に入ります。お雪さん行っちまった。
そう思い、松五郎と竹五郎がはっと気がつくと、二人は草むらの中におりました。まわりに紅茸が生えています。
「ここはどこでえ」松五郎があたりを見回します。
道の反対側に地蔵が立っています。
「おう、ありゃあ、雪地蔵じゃねえか」竹五郎が言います。
町のはずれには、いつからあるのか分からない地蔵が一つありました。雪地蔵とよばれていて、冬に雪がひどくならないように、昔はここでお祭をしました。松五郎と竹五郎も子どものころに来たことがありました。なつかしい地蔵です。
「お雪さん、雪女だったのかな」
「いや、狢にだまされたのかも知れねえ、長屋に帰るともう戻っているかもしれないじゃないか」
ここから長屋まで一刻かかります。いきなり遠くに来てしまったものです。
長屋までとぼとぼと歩いて、やっとたどりつき、疲れ果てた二人は、自分の家に戻ると、布団をかぶって寝てしまいました。
次の朝、なかなか起きてこない松五郎と竹五郎を気遣って、近くのおかみさんたちが戸をたたきました。亭主はみんな仕事に出ています。
何度かたたきますと、戸が開いて、松五郎が顔を出しました。ちょっと遅れて竹五郎も起きてまいりました。
「どうしたのさ、二人とも」
おかみさんたちが、たずねても、「うーん」と言ったきり、二人はうなだれてしまいました。
「ほら、飯もってきてやるから、気張りな」
おかみさんの一人がそう言って家に戻りました。
松五郎がやっと声を出しました。
「お雪さん、戻ったかね」
「なにかあったのかい」
「うーん」
おかしな雰囲気に気がついたおかみさんたちはお雪さんの家にまいりました。戸をたたく。しかし、返事も何もありません。
おかみさんの一人が戸に手をかけました。戸はすーっと開きました。ところが、土間に入ってみますと、何もありません。部屋の中を覗いても、何もない。人が住んでいた跡形がありません。空き家のままです。
おかみさんたちは顔を見合わせました。
「松っさん、竹さん、お雪さんとこ空っぽだよ、夜逃げかね」
松五郎と竹五郎はうつむいたまま、首を横に降りました。
「それじゃ、なにさ」
しかし、ふたりは「うーん」としか言いません。
「まあいいや、今日、八茸爺さん戻ってくるということだ。おとついは江戸に泊まったということだから、爺さんのことだから朝早く江戸を発ち、夜通し歩いて今日の朝のうちに戻るさね、お雪さんのこと聞こうじゃないかい」
松と竹も頷きます。朝飯を差し入れしてもらい「すんません」と、一緒に食べたのでございます。
「竹、なにがおきたのかな」
「わかんない」
二人にも昨日のことは分かっていないようでございます。
伊勢参りに行った八茸爺が元気に戻って参りました。還暦にもなるのに、供も連れずに、一人で伊勢に行ってきたのです。
帰ってくると、長屋のおかみさんがすぐにやってきて、「お雪さんがいなくなっちまったんで」と報告しました。
「だれじゃね、お雪さんと言うのは」
八茸爺さんは、不思議そうな顔をしております。きっと、伊勢参りのことを聞かれると思っていたが、違うことを聞かれたので面食らったのです。
「爺さまが、伊勢詣でに行く前に、空いてる部屋に入るといった女人ですよ」
「わしゃ、そんなこと言っとらんが、なんじゃ」
話がかみ合いません。おかみさんたちも不思議そうな顔をしております。
「八茸爺さんが伊勢にいっている間、あの家にお雪という人が越してきて、一月いたんだが、昨日消えちまったんだよ」
とおかみさんの一人が出来事を話しました。
「なんじゃ、それは」
「今、松五郎と竹五郎をよこしますじゃ、様子をきいてくださいよ」
おかみさんの一人が松と竹を呼びにいきます。
松五郎と竹五郎はまだ、夢を見ていたような顔をして八茸爺さんの家にやってまいります。
「おかえんなさい」
二人とも、とりあえず、挨拶は忘れなかったようでございます。
「どうしたんじゃ」
そこで、松五郎と竹五郎は、昨日の夜、お雪さんの後をつけて、起こったことを、包み隠さず話したのでございます。
一緒に聞いていたおかみさんもびっくりどころではありません。
「雪女だって」
しかし、聞いていた八茸爺さんは、話しが終わると、大きく頷きました。
「そうかい、そんなことがあったのかい、それはすまなかったな、お雪さんか、成仏してくださったのだろう、松五郎と竹五郎、ご苦労さまじゃった、ようやってくれたな」
それから、八茸爺さんは昔のことを話し始めました。
「儂がまだ小さい頃、まだ、このあたりに今の殿様がいないときだ。山賊のような侍の集まりが、いくつもあって、争っておったのじゃ。わしゃ、水飲み百姓の倅で、しかも末っ子、川向こうの掘っ立て小屋のような家で、小作をやっておったのじゃ。
そのころ、最も力のあった豪族がこのあたりをともかくも治めておった。その頭領は、井草甚平さんといったがな、なかなかできたお人でな、うちの親爺もそこに雇われておったんじゃ。
甚平さんの息子も、それがまたなかなかよくできた人物で、みなに好かれておったのじゃが、嫁を娶ってな、名前をお雪といったんだ。その女子はわしもよく知っておった、百姓の娘でな。やっぱり、お雪の親爺は甚平さんとこの小作人だったのじゃ。その甚平さんは家や格式をとやかくいう人ではなかったのだな。そのお雪さんもまた、利発でとても慎み深い女子でな、色の白い背の高い奇麗な女(ひと)じゃった。親に茸採りに連れて行かれたときに、そう、五つぐらいのときだったろう、林の中で、お雪さんも親と一緒に茸を採っておった。おそらくお雪さんは十五、六だったのだろうな、色白の手に赤い茸を持っていて、あ、っと思ったな、わしゃ子供心にあんなお姉さんがいたらいいのにと思ったのじゃよ。わしゃ男兄弟しかなかったしな。
ところがな、そのお雪さんに子供が生まれてすぐじゃった、雪の降る寒い日じゃった。山賊たちが甚平さんの家を襲ったのじゃ、家の者は皆殺し、お雪さんも子供もみな殺されてしもうた。
山賊たちは、その家に居座って、我々に難題をふっかけたもんだ。若い娘のいる親などは戦々恐々としておった。
しかしな、井草家の親戚筋の強い武将が、少し離れたところにおってな、その様子を聞くと、すぐに駆けつけて、山賊どもを討ち果たし、その武将がこの地も納めることになったのじゃ。その武将が今の城を作ったのじゃ。今の殿様の父親、橋爪右京様じゃ。その時、誰もいなくなった井草の家の前に、雪地蔵を建てたということじゃ、井草の家も取り払われてもうないがな」
昨日、松五郎と竹五郎が雪女になったお雪さんを見送ったところです。
「今の殿は右京様の息子で、京都のお公家から嫁をとって、この村を大きく、奇麗な町にしたのじゃよ」
「それじゃ、あのお雪さんは」
「きっと、生まれたばかりの子供に未練があったのじゃな、幽霊になって出てきたのだろう。子どもに未練を残し幽霊になった女子が雪女になるという言い伝えがこの辺りにあるからのう。幽霊となった女子は、八百八十八の何かを成し遂げると雪女になることができるということじゃ」
「お雪さんは八百八十八の紅茸の子どもを集めたんで」
「おお、そうじゃな、それを二人が見たのじゃな」
二人は頷いた。
「雪女になるには、成し遂げたことを、人に見てもらわなければならないということだったな。それを、松五郎と竹五郎がやったのじゃ、功徳をしたなあ。きっといいことがあろうよ。
お雪さんは、きっと茸が好きだったのだろう、それで茸取長屋に住んでくれたのではなかろうか、そう思いたいのう」
八茸爺さんは昔を懐かしむように言った。
その日、茸取長屋の人たちは、それぞれが採ってきた茸をもって、雪地蔵におまいりに行ったということでございます。
紅茸