異風の儚3️⃣
異風の儚 3️⃣
-蜜子-
三〇分余りを悪路に揺られて、なだらかな峠を登り切った突き当たりがその集落だ。バス停のすぐ奥は大滝である。別の会社の北行きのバスで、大川に架かる郡境の橋を渡って二つ目が義母の実家だ。
山あいの集落も、盛夏の茹だる様な昼下がりである。
バス停から数十歩の夏花の咲き乱れる庭から辿ると、玄関は開け放してある。声をかけても静まり返っていて蝉時雨以外に応答はない。
土間に足を踏み入れた途端に、蜜子は息を飲んだ。土間の隅で白と青い大蛇が絡み合っているのだ。交尾しているのだと、何の確証もなく思った。呆然と暫く時を忘れる。やがて情欲の塊が解かれて蝉時雨が戻った。
囲炉裏間から続く全ての部屋が開け放してあり、侘しい風だけが揺らいでいる。
気を取り直して声をかけようとした刹那、囲炉裏で気配が動いた。蛇の妖しい交尾に幻惑された目が馴れると、男が横臥している。眠っている様だが、その余りの異形に女は仰天した。女物の赤い半襦袢をはだけた男の股間で、つい今しがたに交尾を解いて姿を隠した筈のあの青い大蛇が鎌首をもたげて、赤い大蛇と絡み合っているのだ。一陣の風が女の火照りを撫でて正気に立ち返らせ様とする。
正気を得た女が改めて凝視したものは、赤い褌からはみ出している勃起した巨根だった。女は生唾を飲みながら目を離さない。
男の手が股間をまさぐったりする。どれくらいの時が過ぎたのか。
「誰だ?」野太い声が女の内耳を貫いた。「センダイの駄菓子屋の嫁です」男が半身を起こした。
「何か用か?」「義母に言い付けられて」と、女の口上が始って、男はウィスキーを飲み始めた。隆起が裏返って臍まで届いている。
「まあ。そこに掛けなさい」と、客座を示して、「飲むか?」女はかぶりを振った。隆起はいつの間にか仕舞われていたが、重たそうな褌を揺らして席を立った。
暫くして、「みんな湯湯治で出払っていてな。今日は泊まりだ」と、言いながら戻ると、「狂ったような陽気だ。汗をかいたろう」「ここらでしかとれないナツドクピリカという薬草を、水屋に引き入れている清水で煎じた薬湯だ。大振りのエミシ梅にタイワンの黒砂糖も妙薬だぞ。大滝様の恵みの甘露煮も絶品だ」と、勧める。「そこの滝壺で捕ったんですか?」「始末に困るほどに精がつくぞ」
女が礼を言い、来意を告げると、「艶子さんは変わりはないかな?」
女が義母から預かった包みを差し出した。男が無造作に包装を破り、厚紙の箱を開け、写真の束を取り出して眺め始めた。
突然、一陣の風が写真の二、三葉を飛ばして女の膝元に舞い落ちた。カラーの写真だ。
蜜子の目が釘付けになった。豊満な色白の女と赤銅色の男が裸体を絡ませているのである。性交をしているのだ。女の方は髪が解かれて形相が一変しているが、よくよく確かめると紛れもなく義母の艶子だった。初めて見る義母の五十半ばの女の狂乱なのである。男の顔は判然としない。
何も言わずに蜜子の様子を舐め回していた男が、蜜子の息が乱れたのを見極めて口を開いた。「見られてしまったか」「この男の人は?まさか?」「俺だよ」
「映画館があるだろ?館主は知ってるだろ?」
知っているばかりか、会うたびに蜜子に卑猥な戯れ言を浴びせる肥満で禿頭の初老の金満家だ。
「昔からの仲でな」「あいつが撮って現像したものだ」「女は間違いない、艶子だよ。お前の義母だ」「そっちのを見てみろ」
義母が飛び散る精液を口で受け止めた瞬間だ。「それはな。お前がさっきから気にかけてる…。これだよ」
「ゆっくり見たいんだろ?」と、褌から抜き出した。
「艶子が言ってだぞ?」「何てですか?」「お前ほどの床好きはいないってな」「毎晩やってるってな」「どうしてそんな事が?」「お前のよがり声が家中に漏れているんだそうだ」蜜子が口を押さえた。「やり過ぎて子供ができないんだってな?」「そんな事まで…」
「艶子が一緒に見たいってあんまり言うから。夜中に行ったんだ」「まさか?家に忍んだの?」「そうだ。喘ぎ声が始まったっていうから。お前達の部屋を二人で覗かせてもらった」「そんな事って…」「案の定。お陰様で極上の淫靡なネヤを拝ませてもらったよ。真似して艶子と陶酔させてもらったもんだ」「私の何を見たの?」
「様子を見に行った艶子が戻ってきて、始まったって言った。満月だから手に取る様に覗けるってな」「お前達の襖を引いて覗いたら。お前が亭主に股がって口を吸っていた。淫らな尻が割れて俺達の眼の前で揺れていたんだ。艶子の言った通りにまれに見る満月だったから、黄金色のお前の振るまいは実に見ごたえがあったよ。二度目の体位だったんだろ?肉と肉が叩きあう音が響いて。お前が声を押し殺して卑猥な戯言を言い続けていた。艶子が興奮してせがんだから、俺達も嵌めながら眺めたんだ」「私達のを見ながら?」「淫靡な刺激は格好の媚薬だからな」
女の身体が熱くなった。「変だわ…」「効き目が出てきた様だな」「効き目?」「さっきの薬草だよ」「あれがどうかしたの?」「夏バテに飲むんだが。大昔は兵士が戦の前に飲んだんだ」「だから?」「少し多目に煎じた」「だから?」「それで熱いんだよ」「わからないわ」「お前の獰猛な血が蘇ったんだ。原始の血だよ」
「暫くするとお前達は身体を離して」「亭主のを舐め始めた」「何を?」風彦が、「これだ」と、股間を揺らした。「それを見て艶子がこれを舐め始めたんだ」「お義母さんが?」「あいつはしゃぶるのが大好きだからな。お前もそうみたいだな。触りたいか?」蜜子が思わず頷いてしまう。「だったら握ってみろ」握った。「どうだ?」「鉄の塊みたい」「舐めたいか?」頷いた。「お義母さんのに、こんなのが?」
-告白-
蜜子と風彦が交接をしている。「義母とはいつからなの」「一三年前だ」「そしたら、義父は?」「未だ生きていた」この艶子の死に風彦は無関係だったのか?
「俺の死んだ女房は初音といった。俺達は入籍はしなかった。取り立てて訳はない。初音というのは俺がつけた名だ。あの女は大陸のマン族のリチェンハウライという名だ。日本名は艶子…」「艶子?」風彦が頷いて、「初音は厳蔵という男の後妻だった。先妻が艶子だ」「お義母さん?」再び頷いて、「艶子と厳蔵には鯉子という子供がいる」「一度だけあったことがあるわ」「俺が使いに出したんだ」「あなたには実子はいなかったの?」風彦が首を振る。
「あなた?あなたはこの国の人なの?」「俺はアイヌだよ」「アイヌ?」「お前達の始祖はエミシというんだ。アイヌとエミシは親族みたいなもんだ」
「ここに来る前は何をしていたの?」「シラオイで生まれ育って、一五の時からサタケの鉱山にいた。二三の時に騒ぎがあってな…」「騒ぎ?」「労働争議だよ。劣悪な労働環境や賃金。労務管理に怒りが爆発して暴動を起こしたんだ。労務管理の男ともみ合いになって。突き放したら倒れて。呆気なく死んでしまった」
-受胎-
「名は体を表すと言うがお前ほどの者はいない」「どうして?」「それでなくとも人一倍柔らかい身体が溶けて蜜になって、おれの猛りに粘りついている」「だって。あなたがあんまり技巧なんだもの」「お前の表情が淫靡だ。いつとはなしに唇を舐めている」「」「スケベ顔になってるの?」 「中に出してもいいのか?」「出して。どうせ妊娠しないから」「だから、もらい子をしたのよ」「そうよ」「どこの子なんだ?」「私にも教えてくれないの」「あの顔立ちだ。下下の出とも思えない」蜜子が深く頷いた。
「亭主の他には?」「五人ばかりよ。でも、みんな結婚前だわ」「妊娠はしなかったのか?」「一度もない」「避妊したんだろ?」「そういうわけでもないけど」「あれが嫌いなのか?」「そんなところだわ」「亭主は浮気はしてないのか?」「あの人に限って。私に溺れているのよ。誓えるわよ。私のせいだわ」「そんな事は断定できまい?」「どうして?」「お前が妊娠しなかったのはたまたまかも知れない」「そうかしら?」「無精子の男は多いんだ」「そうなの?考えた事はあったけど…」「俺はB型だ」「夫もよ」「判ってる」「どうして?」「艶子から聞いた。子供が欲しいか?」「欲しいわ」「俺の子だぞ?」
(続く)
異風の儚3️⃣