異風の儚2️⃣

草也

異風の儚 2️⃣



-艶子-

 あの惨劇の後に初音と別れた風彦は険しい北国峠を越えてミヤギに下りてセンダイの街に出た。
 盛夏の昼下がりに、ある男の危急に遭遇して一命を助けた。金満家で好色な映画館主の椎名である。その縁で請われた風彦は映画館の一隅に寄宿をした。
 そこで、ふと見かけた艶子に心引かれたと言う風彦を、椎名がある会合に誘った。
 政府の目を掠めてある寺で開かれた、ある宗教組織の会合だ。そこに艶子がいたのである。この女こそ、あのセンダイ駄菓子職人の妻であり、あの翔子の養母であった。
 椎名がばつが悪そうな面持ちで艶子に風彦を紹介した。
 二時間ばかりの講話が終わって、艶子は講師の宗教学者と暫く話をしていた。気がつくと誰もいない。

 艶子が寺を出ると、夕刻だというのに外はけたたましい猛暑だった。墓地から隣接する公園に出て、朽ちたベンチに座った。「こんなに暑いんだもの少しぐらい狂うのも当たり前ね」吹き出る汗を拭いながら女が呟いた。


-草真上人-

 青いワンピースの豊満な女の脇に立った男が改めて挨拶して隣に座り、煙草に火をつけた。寺を出た時から男がつけていたのを艶子は気付いていた。
 「こんなに有意義な講話を聞いたのは初めてです。涼やかな気持ちになりました」背の高い頑健で精悍な三十前後の男だ。「私だって今日が二度目なのよ」「あなた。椎名さんの映画館に寄寓してるそうね」「一寸したいきさつがありまして」
 風彦が、「草宗や草真上人という存在を初めて知りました。凄い人がいたんですね?」「草真上人は歴史からは抹殺された人だけど。唯一の血統の草尽先生が草宗を復興されて。こんな時勢だもの、政府の弾圧を受けながら、命を賭して戦争や御門制に反対を唱えているんだもの。有難い事だわ」
 「草真上人はなぜ浄土真宗から別れたんですかね?」「私もそれが気になって講師の先生に尋ねていたの」「確か紀夫先生ですね?私も尋ねようと思ったんですが…」「私が話していたから?」男が頷いて、「あまりに親密だったから」「迷惑な邪推だわ」「何故だったんですか?」「あの先生もはっきり言わないかったんだけど。だから、良くは分からないけど、性の考え方の違いらしいわ」「性ですか?」「男と女の、ね?」「草宗には草真上人が編んだ密教があるみたいなの」「あのシンラン上人もそれに悩んで比叡山を降りたのよ。先に一派を成していたホウネン上人もそうだったわ。平等を唱えると、どうしても男女の問題に突き当たるでしょ?」「若さのせいもあったんでしょうか?」「そうね。若さに性はつきもの。というより、青春は性ばかりだわ。あの時代も、若い僧達と貴族の女達の淫行が発覚して弾圧されたんだわ」「ホウネンもシンランも流刑に処されたんですね?」「そうよ」「シンランはたぐいまれな巨根で。性豪で。それに悩んだと聞いた事があります」「まあ。あなたも随分と赤裸々に仰る方なのね?でも、こんな話はあなたの流儀の方が、きっと、禁忌の謎は解明しやすいんだわ。」
 「そうよ。そのせいかどうかは知らないけど。僧侶で初めて妻帯したのはシンランなのよ。そうね。長い修行の夢枕に阿弥陀如来が現れたのは有名な話よ」「そうなんですか?」「お前の悩みはすべて受け止めてやると、如来が言ったらしいわ」男は眉間にシワを刻んで怪訝気だ。「阿弥陀様は、女体に変化してお前に抱かれようと言われたのよ」「驚きました」「私もだわ」
 男が煙草に火をつけて、「シンランがみたのはどんな儚だったんでしょうね?」「一本いただける?」女が紫煙をくゆらして、「どんな夢だったのかしらね」
 「性夢かな?」「性夢?」「性交する夢ですよ」「まあ」「夢の中で如来とした。違いますかね?」
 「そんな夢を男の人はみるの?」「他人の夢に関心はない」「あなたは?」「しょっちゅうです。特に恋慕が叶わない時などは…。女は見ないんですか?」「どうかしら」「射精もしますよ。凄い快感です」「まあ」「夢精って言うんです」
 「草真上人の生きざまはもっと衝撃的ですよね?」「そうだわ」「御門を怨嗟したあげくに、御門制の革命を一人で実行したんだわ」
「女性御門に自分の子を産ませ様としたんですね?」「そうよ」「草真上人も巨根だったんですかね?」
 女の脳裡をあの宗教学者の隆起がよぎった。この男もそうなのだろうかと、風彦の股間から流し目をそらした。


-奇書-

 「放れ犬が多いと聞いたんですが。今日はいませんね。暑さで萎えているのかな?」と、風彦が言った。艶子が、「どういう意味なの?」「白い犬と黒い犬が交尾してる筈なんですが?」「あなた。もしかしたらこの後に写真を出すの?」と、突然に女が笑いだした。乳房が揺れる。笑いが止まらない。文字通り腹を抱えている。ようやく落ち着いて長い息を吐いた。
 「あの人から聞いたのね?」「誰ですか?」「椎名さんに決まってるでしょ?ハゲでデブのどすけべな金満家よ」

 「やっぱり出鱈目な男だったんだわ。あの人がそんな歪んだ気持ちなら。いいわ。みんなはっきりさせてあげるわ」


-白日夢-

 「一週間前のあの日は確かに犬も交尾していたし、あの人が写真を出したわよ。でも、それまでなの」「私。あの人をきつくぶって。ここを憤然と立ち去ったのよ。本当よ。あの人はどう言っていたの?」「写真を見せた後は実力次第だって」「そうでしょ?あなた。あの色狂いにすっかり担がれたんだわ。今時分はきっとその辺に隠れて、私達を卑怯に覗いているんだわ。あの人はすっかり倒錯してしまったんだもの。そうだわ。きっとそうに違いないわ」女は煙草をせがんだ。

 「あなた?幻の覆面作家が書いた『白日夢』っていう小説、ご存じかしら?今では禁書だけど」「つい最近に読みました。椎名氏に勧められて」「やっぱり、そうだったのね」「官権が血眼で探索しているという反逆の作家ですね?」「筋金入りだわ」
 「明治の終わりに、今日みたいな盛夏の昼下がりの墓地で、男と女の幽霊が戯れる話ですよね?」「そうよ。類い稀な奇書よ。さっき宗教学者の先生に、ある話を教えられたの」「何ですか?」
 「あの話の時代背景は現代だけど、主人公のモデルはカマクラ幕府の初めに生きた草真上人なんですって」「そうなんですか?」「場所のモデルはさっきのあのお寺なんですって」「そうなんですか?」「実際に本当の事件があったらしいの。異父姉弟の心中よ」
 「あのお墓で蜃気楼みたいに情交するあの場面、今の私達の状況に似ているとは思わない?」「そういえば、そうですね」
 「あの小説でも、男が茶封筒を差し出して、女にあなたの落とし物でしょ?って言うのよ。だったら、あなた?椎名さんから写真を預かったんでしょ?」「はい」「そこに持っているの?」「はい」「じゃあ。小説みたいに言ってみて」


-写真-

 男が演技ともつかずに、「あなたの落とし物でしょ?」と、復唱した。「そんなの落としてないわ」女が奇書の台詞で答える。「あなたが座った席にあったんですよ?」「上手いわ。その調子よ。…でも、私のじゃないわ」「だったら封筒の中身を確かめましょうか?」男が封筒を探った。
 「写真を出すのは一寸待って」と、女が制して、「あなた?そもそも、どうしてこんな事をやろうと思いついたの?」「最初に見た時から、あなたがあんまり魅力的だから…」「だから?」「一度ばかりでもいいから抱きたかった。シンランの様に焦がれたんです」「いつ見たの?」「映画館です」「記憶にないわ」「部屋から館内が覗けるんです」「そこから私を見ていたの?」頷きながら、「椎名さんに聞いたんです」「そしたら?あなたの事を色々と教えてくれて」「それで?」「色んな知恵とこの封筒を…」「それで?」「あの白昼夢みたいにあなたを抱きたいんだ」「随分と大胆な物言いね」
 「あなた。お幾つなの?」「二九」「私?幾つに見える?」「歳は関係ない。成熟した魅力が堪らないんだ」女がまじまじと見据えて、「面白い事を思い付いたわ」
 女が一枚の写真を手提げから取り出した。「あの時に椎名さんがしまい忘れたのよ。返しそびれていたの」男が食い入る。「椎名さんは写真を出さないで帰ったんじゃないんですか?」「そうよ。出そうとした時に私がぶったんだもの。その時にこぼれ落ちたんだわ」
 「何が写ってる?」「随分と露骨ですね」「言ってみて?」 「女の大写しの顔と男根。飛び出る精液をうまそうに飲んでる」「女の顔には髪がかかっていて表情が良く判らないでしょ?」「そうですね」「椎名さんたら。その女が私だって言うのよ」「二人でこの写真を見たんですか?彼は帰ったんじゃないんですか?」「そうね。勘違いだったわ。小説の話よね」


-痴態-

 「さあ。これからがゲームよ。あのお馬鹿に一泡ふかせるのよ。あの藪の辺りから絶対に見ているに違いないんだもの。だから、あなたも真剣にやるのよ。この女は絶対にお前だって。あなたが言うのよ。言ってみて」
 「この女は絶対にお前だ」「違うわ。私じゃないわ」「股間の脇に黒子がある筈だ」「飲み込みがいいのね。その調子よ。そんなのある筈ないわ」「見ればわかる。下穿きを脱げ」「嫌よ」
 「どうしたの?」「今、あの藪の陰で何かが動いた様な…」「人がいたの?」「そんな気がした」「間違いないわ。あの人よ。やっぱり覗いてるんだわ。そうだわ。あなた。私のワンピースを捲るのよ」「いいんですか?」「いいのよ。早く。わざと乱暴にして」「見せろ」風彦が裾をまくると太股が現れた。「何をするの。嫌よ」「見せたいくせに」「本気じゃないのよ。ゲームなのよ」「うるさい。つべこべ言わずに見せろ」「その調子よ。下履きを脱がせて?」「いいんですか?」「もちろん嫌だけど。仕方ないでしょ。いっそ乱暴にして?」「これを脱いで秘密を見せろ」「絶対に嫌」
 艶子が藪の向こうの椎名に向けてに叫声を送った。風彦が下穿きを脱がせた。艶子が股間を手で覆う。
 「黒子を調べるんだ。それじゃ判らない」「駄目よ」「陰毛がはみ出てるぞ」「嘘」「手をどけろ」「厭よ」「映画館で熟れた匂いがしたって、椎名から聞いたぞ」
 「それって本当なの?ゲームじゃないの?」「本当に桃の匂いがしたって」「嘘だわ」「身体が飢えてるんだな?戦争未亡人か?誰かとやりたくて映画を見に来たんだろ?」「本気で言ってるの?馬鹿」「こんな写真撮って」「本当に私じゃないわ」「いいから見せろ」


-交尾-

 その時、黒と白の二匹の犬が駆けてきてじゃれ始め、互いの尻を嗅ぎ始めた。
 「あの時の犬ですか?」「雌はそうだけど雄は違うわ」「ふしだらな雌ですね」「盛りがついてしまったんだわ。本能なんだもの。仕方ないんだわ」風彦が艶子の股間にに手を伸ばした 「あの小説みたいにするの?」手が止まった。「だったら、あなたが草真上人の変わり身の性豪で私が淫乱な遊女の亡霊なの?」「そうに違いない」男が股間に手を沈めると、「あの犬達も相性がいいかどうか確かめてるんだわ」
 すると、黒が白にのし掛かって交尾を始めた。「雄のが凄いわ」「雌が気持ち良さそうだな」「あなた?あの人みたいに何か言ってちょうだい」「あの人?」「小説のあの人よ。草真上人の化身の。違うわ。草真上人その人かも知れないわ」
 「だったら、言いますよ?」「お願い」「俺のを見たいんだろ?」「厭よ」 風彦が隆起を出して、「ほら。よく見ろ」「厭よ。見かけ通りに野卑なのね?」「偉丈夫だろ?」「露悪だわ」「小説の女みたいにいうんだ」「あの女みたいに?」「そういう約束だろ?」「そうだったの?」「お前が言い出したんだ」
 「あの小説では見せながら男がしごくのよ。何百人と嵌めたから黒くなったんだって。こんなにでかいの見たことないだろって」「みるみる固くなって。触りたいだろ?って。男が言うんだ」「そうよ。女は催眠術にでもかかったみたいになってしまって。触ってしまって」
 「犬のって長いわね」すると、とうとう黒犬が射精した。「腰をブルブル震わせて。白も気持ち良さそうに呻いて。目が潤んでるのよ。まるで人間みたい」
 「男が、舐めんのがうまいって、言うのよ」「男って誰だ?」「あら?あなたって椎名さんじゃないの?」
 
 「そこで嵌められたの。犬みたいになってやったのよ」「誰と?」「あら?あなたじゃなかったの?」「違う」「じゃあ。椎名さん?違うわ。あんな人に許すわけがないもの。だったら、やっぱり小説の話だったんだわ。それとも草真上人だったの?」


-儚-

 青いワンピースの豊満な女の脇に立った男が改めて挨拶して隣に座り、煙草に火をつけた。寺を出た時から男がつけていたのを艶子は気付いていた。
 男が、「あんなに淫乱な交接を見たのは初めてだ」「何の事?」「宗教学者の紀夫氏とあなたですよ」「見てたの?」
「だったら、あなたもキスしてちょうだい?あの人達に見せつけてやりましょうよ?」「いつまで言ってるんだ。誰もいないよ」

 風彦は一月後に大滝に戻った。


(続く)

異風の儚2️⃣

異風の儚2️⃣

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更新日
登録日 2020-08-31

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